■Turner ターナーの光、 Caillebotte カイユボットの伸びやかさ■
2013.12.15 中村洋子
★今月は、9日にKAWAI 「 横浜みなとみらい 」 で、
「 Bach 平均律第1巻17番 As-Dur 」、
11日は、グループレッスンで、 Chopin の 「 Etude Op.25-1 」
12日は、KAWAI 「 表参道 」 で、「 Bach 平均律第2巻10番 e-Moll 」 を、
アナリーゼいたしました。
★取り上げましたこの 3曲が、実は、1本の太い糸で繋がれていることが、
勉強するにつれ、明確に分かってきました。
Chopin の自筆譜を、詳細に分析していきますと、
「 Etude Op.25-1 As-Dur 」 は、
同じ As-Dur の 「 平均律 第 1巻 17番 」 と、全く瓜二つ。
motif モティーフ、 counterpoint カウンターポイントの展開が、
Bach そのものなのです。
「 Etude Op.25-1 」 が、実は、 「 平均律 第 1巻 17番 」 から、
生まれていたことに、
私も、参加された皆さまも、驚きの連続でした。
★Frederic Chopin ショパン(1810~1849)の 「 Etude 」 のうち、
「 Op.10 」 は、 1827年~32年にかけての作品で、33年に出版、
「 Op.25 」 は、1837年までに完成し、同年に出版されています。
つまり、 Chopin の 10代後半から 20代後半まで、約 10年間の作品です。
Chopin がいかに天才とはいえ、 二十歳前後で、
無からあれだけの傑作を、生み出すことはできません。
彼にとって、Bach という ≪ 理想 ≫ があったからこそ、
生まれたのです。
★アナリーゼ講座が終わり、東京都美術館で、楽しみにしていました、
≪ ターナー展 Turner from the Tate: the Making of a Master ≫ を、
見て参りました。
★ Chopinは、ジョルジュ・サンドと別れた後、1848年に、
英国の資産家姉妹に招待され、英国に行っておりましたので、
当然、同時代の芸術家の作品にも、接していたことでしょう。
Turner ターナー(1775 - 1851)の作品も、
きっと、目にしていたことと思います。
★Chopin が、 「 Etude 」 を書いた青年時代、
Turnerは、どんな絵画を描いていたのでしょうか。
1828年に、傑作の 『 Regulus レグルス 』 があり、
今回の展覧会に、出品されていました。
★『 Regulus レグルス 』 は、古代ローマの将軍の名前です。
Regulus将軍は、カルタゴとの戦争で、カルタゴの捕虜になりました。
真っ暗な地下牢に閉じ込められ、拷問により、まぶたを剥がされます。
そして、地上へと連行されます。
光のない暗闇の世界から、太陽が燦然と輝く世界へ。
陽光が眼球を射る。
光を遮るすべもなく、Regulus将軍は失明します。
★この絵は、Regulus が失明する瞬間の地上です。
Regulusのまぶたに、脳裏に、焼き付いた光です。
画面中央奥から、洪水のように溢れ出る光の流れ。
両脇は、高い石造りの建物に、大きなマストの商船。
陸でもあり川でもあり、海でもあるかのようです。
水の流れに浮かぶ小舟に、こぼれそうに乗り込んでいる人々。
陸にも群衆。
★将軍Regulus が現実に見た、最後の光景ではないでしょう。
彼の一生が、フラッシュバックのように、
一つの光景として、瞬間に焼き付いたのかもしれません。
そして、未来を予見したのかもしれません。
Turner本人の、世界観かもしれません。
私たち鑑賞者は、失明するRegulus と同じ光景を見ているのです。
圧倒的な、明るさ。
見る人に、人類の未来の破局すら、想起させるような、
不気味な、黄色い光の塊です。
★西洋絵画で表現される光は、蝋燭の灯などが多く、
それが、暗示的に神の恩寵への導くような描き方が多いと思います。
Europe北方の英国で、Turnerが、ローマの残酷な史実を基に、
神とは関わりなく、このように 「 光 」 を描くその発想は、
とても斬新に、思えます。
★Tuner は、Regulus に先立ち 1798年には、
『 Buttermere Lake, with Part of Cromackwater, Cumberland, a Shower
バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨 』 を、
描いています。
ここでは、光を 「 輪環 」 として描いています。
神秘的で、深い憂愁をたたえた、美しい光です。
魅入られるような美しさです。
★この 「 輪環 」 の光をおし進め、 「 光 」 を集合体として、
描くことに成功したのが、 『 Regulus 』 でしょう。
30年後です。
★ 『 Regulus 』 より、1年前1827年の作品 『 Three Seascapes
三つの海景 』 は、面白い作品です。
上端は、絶望的な黒の帯。
天空から、のしかかってくるかのようです。
中央には、荒波が白い波頭を見せています。
この海も、陰鬱です。
その下は、少し明るさが見える空間と、
穏やかな海。
眺めていますと、妙に、気持ちが落ち着きます。
不思議なリズムが、あります。
シベリア抑留を描いた画家・香月泰男の世界に、似ています。
★日を置かず、 「 ブリジストン美術館 」 で、
≪ カイユボット展 ≫ を、見てまいりました。
Gustave Caillebotte ギュスターヴ・カイユボット(1848 - 1894)。
Turner から約50年後のフランス、印象派の画家であると同時に、
モネやルノアールなどの画家を、経済的に支援した人でもあります。
★私のお気に入りは、≪Périssoires ペリソワール≫ 1877年作です。
一人乗りのカヌーを 「 ペリソワール 」 と呼ぶそうです。
実に、開放感溢れる、伸びやかで、心地いい作品です。
★緑の川面。
両手で長い櫂を握った、帽子の若い男たちが、
気持ちよさそうに漕いで、近づいてきます。
鑑賞している私は、少し上空から、小鳥の目で、
その滑走を、楽しみます。
★中央の奥、川の上流に、長方形の光の塊が描かれています。
その光の塊が、この絵のすべての源であるかのように、
白く鋭い光を、放っています。
櫂の両端は、アーモンド形の大きな平面。
黄色く光るアーモンドが大小5面、微妙な均衡で、
陽光を反射しています。
ここにも、リズムを感じます。
★この絵を見ますと、まず白いシャツに視線が行きます。
ついで、その右の櫂、
さらに、左上の対角線上にある小さい櫂へと飛び、
そして、上流の長方形の光の塊へと、吸い寄せられます。
川の涼風を浴びながら、滑空していくような爽快さ。
★青年が握る長いオールは、十字架の横棒、
ボートが縦棒と、見ることができるかもしれません。
西洋絵画は、何百年も十字架を背中に負って、
描かれてきました。
この ≪ Périssoires ペリソワール ≫ では、
見えない十字架を、背に負うのでなく、
現実に、手で握っています。
この時代になって、絵画が、十字架のくびきからは、
もう解き放されている、と暗喩しているのかもしれません。
★父から資産を受け継ぎ、裕福だった Caillebotteは、
モネ、ルノワール、ピサロ、シスレー、ドガ、セザンヌらの、
作品を買い上げ、モネの家賃を払い続け、ルノワールにお金を貸し、
それを帳消しにしたり、後に大家となる印象派の画家たちを、
経済的に、支援し続けた人でした。
本人は、34歳の 1881年以降、絵画を発表せず、
1894年に 45歳で、死去しています。
★ドガ、セザンヌ、マネ、モネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、ミレーなどの、
作品 68点を、フランス政府に贈呈する遺言書を作成していました。
しかし、政府は乗り気でなく、遺贈は認めるものの、美術館での展示を
認めませんでした。
★ルノワールなどの奔走により、やっと 2年後に、
一部がリュクサンブール美術館で展示されることで、
決着が図られました。
現在は、 Musée d'Orsay オルセー美術館へ、
移管されています。
★当時のフランス政府は、全く、印象派の価値が分からなかった、
ということですね。
現在、世界からフランスを訪れる観光客のかなりの割合は、
印象派などの名画を、お目当てに来る、と言ってもいいでしょう。
最大の国家的資産を、 Caillebotteがたった一人で、
自分の資産を使って、築いていてくれたのです。
いつの時代でも、どの国でも、
お役人は、その時代の陳腐な権威にしか、
顔を向けず、真の芸術を創造しようとしている人たちを、
理解しようとしない、できない人たちのようですね。
★私は、Bach の自筆譜を勉強し続けたおかげで、
絵画も、自分の方法で見るようになっているのに、
気付きました。
画集や美術書などの解説は、細部など枝葉末節にこだわり勝ちで、
絵画を楽しんで鑑賞するには、
あまり、役に立たないように思います。
★来年のアナリーゼ講座は、1月はお休みをいただき、
2月は、
6日(木)にKAWAI 「 表参道 」 で、Bach 平均律第 2巻 11番 F-Dur、
26日 (水 )に、KAWAI 「 名古屋 」 で、
Inventio & Sinfonia 13番 a-Moll を、取り上げます。
これまでより、さらに深く、Bach を暗譜し、
真のBach を獲得することを、目指します。
★昨年4月にも、当ブログで、カイユボットの「ピアノを弾く若い男」
を、取り上げています。
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/201204
★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 4、 5、 6番 」
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
全国の主要CDショップや amazon でも、ご注文できます。
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