■お能が深く、深く理解できる本 『 横道萬里雄の能楽講義ノート 【 謡編 】』 ■
2013.10.1 中村洋子
★秋たけなわです。
思わず、読みふけった本があります。
檜書店からの新刊本、 ≪ ひのき能楽ライブラリー ≫ の1冊、
『 横道萬里雄の能楽講義ノート 【 謡編 】 』 です。
★この本は、横道先生が東京芸大を退官された 1983年、
その最後の講義を、テープ起こしした貴重な内容です。
先生は昨年 ( 2012年 )、 95歳でお亡くなりになりました。
能楽をはじめ、雅楽、声明、歌舞伎、文楽、沖縄芸術まで、
広く深く、日本の伝統芸術を分析、研究し、
極められた方といえます。
★私は、実はこの年、先生の別の講義を受けていました。
確か 「 日本音楽史 」 というような名前の講義でした。
他の講師による、同様の内容の講義もあり、
それは必修でしたが、
横道先生の講義は、必修でもなく、選択でした。
★面白いことに、必修のほうの 「 日本音楽の歴史と鑑賞 」 は、
私が日ごろ、このブログであきれている Bach研究家にも似た、
干からびた、死んだような内容で、
げんなりした記憶しか、ありませんでした。
ほとんど何も、頭に残らないうえ、
単位を取るためには、高い著書まで買わせられる仕組みで、
いやいや購入した記憶が、あります。
★選択だった横道先生の 「 日本音楽史 」 を、聴講していたのは、
邦楽系、楽理の学生がほとんどで、ピアノ、作曲などの学生は、
私と、もう一人だけでした。
★内容は、正直申しまして、当時の私には
中身が濃く、難しく、 “ 猫に小判 ” でした。
しかし、室町時代の 「 田楽 」 やら、
能が成立する前の、たくさんの芸能について、
先生の知識、分析、理解、愛情の深さに、
「 この人は本物だ!」 と、感銘を受けました。
そのような感動を覚えることは、
人生で、あまりないでしょう。
★当時の芸大の授業は、はっきり申しまして、
ろくな講義がなかった、と記憶しています。
その他で、心に残っているのは、
若桑みどり先生の 「 マニエリスム 」 の、講義ぐらいでした。
美術学部の講義でしたが、受講は可能でした。
★今回の本 『 横道萬里雄の能楽講義ノート 【 謡編 】 』 は、
うれしいことに、CD付きです。
先生の、甲高い、歯切れのいい、懐かしい東京言葉、
当時の講義を、学生に戻った気分で、
また、聴くことができるのです。
奇跡的に、講義がカセットに録音されており、
それを、CD化したのです。
とても、貴重だと思います。
★練習室から漏れてくる、木管楽器による音階練習の音、
“ 芸大の生活音 ” も入っています。
講義は夕方でしたので、上野の山のカラスが、
物寂しげに鳴く声も、窓から闖入してきました。
★この本の素晴らしさは、 「 お能の入門書 」 として、
とても素晴らしい本である、ということです。
例えば、 「 強吟 」 、 「 弱吟 」 という言葉が、
お能で、よく使われます。
★洋楽の私にとって、お能をお稽古する際、
お能の 「 音階 」 が、どうしても分かりませんでした。
具体的に言いますと、 「 強吟 」 の音階にある
≪ 中音 ≫ と ≪ 上音 ≫ が、
西洋音楽でいう 「 音の高さ 」 としては、全く、
同じであるのです。
洋楽の人間にとっては、理解不可能でした。
★しかし、この本では、それが見事に分かりやすく、
説明されています。
しかも、先生が実際に、謡いながら例を示されるので、
その違いが、否が応でも、体感できてしまうのです。
これは、先生が、単なる書物の上の学者ではなく、
お能の謡、仕舞、太鼓、小鼓まで、すべてを修め、
習得された方であるから、可能なのです。
★私はのちに、少し、お能をお稽古したことがありますが、
お稽古では、通常、理論的な説明はされないものですので、
音階の疑問は、残ったままでしたが、
今回、この本とCDで、ようやく、
完全に理解できた、と思います。
★ 「 強吟 」 、 「 弱吟 」 の例に限らず、
シテ方、ワキ方、アイなど ≪ 能の役柄 ≫ についても、
懇切丁寧に、ご説明されています。
能に狂言方が参加することは、非常に多いのに、
狂言に、お能のシテ方、ワキ方が参加する例は、
全く、ありません。
それは、狂言のあとにお能ができたため、
シテ方、ワキ方が絡むことができなかったと、
説明されています。
★≪ 地拍子 リズム ≫ についても、詳細に、
熱意溢れる講義を、されています。
お能に興味をもたれる未経験者、さらに初心者、
またお詳しい方にとっても、
座右の書になると、思います。
★また、付録 CDには、宝物が詰まっています。
「 ボーナストラック 」 では、観世、宝生などの 「 座 」 が、
どのようにできたのか、解説されています。
★さらに、嬉しいことには、
先生が講義される内容を、
最高の名人が、実演して示されているのです。
★例えば、 ≪ クセの地拍子謡 ≫ を、観世寿夫、
≪ 笛の呂中干の地 ≫ を、笛:藤田大五郎、小鼓:北村一郎、
太鼓:安福春雄、太鼓:金春惣右衛門 という、
最高の名人が、実例を示されています。
★「 観世寿夫 」 先生から、
直に、教えを受けることができるとは、
なんという幸せでしょう。
「 Bachの自筆譜 」 から、 「 Bach の音楽 」 を、
直接学ぶことと、同じですね。
■檜書店 : http://www.hinoki-shoten.co.jp/
( 能の「井筒の井戸」 : 金沢・卯辰山 )
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