■ Chopin が平均律 10番に fingering のみ記入した深い訳 ■
~ 第 10回「 Chopin が見た平均律・アナリーゼ講座 」
10番 prelude & fuga e-Moll ~
2013.1.19 中村洋子
★1月 17日にカワイ表参道で、
「 Französische Suite フランス組曲 」 の
第 1回アナリーゼ講座を、開催いたしました。
まず、Bach の初稿自筆譜を詳細に検討し、さらに、
Edwin Fischer エトウィン・フィッシャー(1886~1960)が、
どのような ≪ fingering ≫ を、書き入れていたか、
という分析も、加えました。
その結果、“ 驚くべき ”と形容するしかないような、
Bach の構成力と対位法、そして、
その Bach をどう演奏すべきか、それを、≪ fingering ≫ で、
見事に表現した Edwin Fischer の偉大さを、
目の当たりにしました。
★明 1月 20日 ( 日 )、横浜みなとみらいで開催します、
第 10回「 Chopin が見た平均律・アナリーゼ講座 」
平均律 第 1巻 10番 prelude & fuga e-Moll では、
Chopin がどう Bach を見ていたかについて、
Bach と Fischer との“ 横綱相撲 ”を見た後の新鮮な目で、
あらためて、調べましたので、
また、目の覚めるようなことが分かってきました。
★Chopin の 10番 prelude & fuga 楽譜には、
1、2、3、4、5、6、7番で書き込んでいました、
テンポ指示、ディナミーク( 強弱記号 )、スラー、
エスプレッションなどは、一切、書き込まれていません。
★Chopin は 8番で、「×」 や「 菱形の中に× 」を入れるなど、
数種類の独特の記号のみを、書き込んでいます。
そして、9番では、書き込みはありません。
★今回の 10番では、≪ fingering ≫ のみが、記入されています。
これは、Edwin Fischer の Bach 校訂版と、同じ手法です。
「 Französische Suite フランス組曲 」 を通じて、
Bach と Fischer を学んだ後、
Chopin の 10番を見ますと、Fischer と Chopin が、
≪ fingering ≫ で表現したかったことは、寸分違わず同じであった、
ということも、分かってきました。
深い、感動を覚えます。
★ Chopin と Fischer にとって、≪ fingering ≫ は、容易に弾くため、
ミスタッチしないための、便利なガイドでは、決してありません。
Bach の音楽の構造が、どのように出来ているか、それを指し示すための、
最も、分かりやすく、有効な手段であったのです。
それは、 Chopin 本人と、生徒など楽譜を見る人、
両方のためだったのでしょう。
★平均律 1巻 7番で、多種多様な書き込みをしていた Chopin が、
8番では、記号だけ書き込み、そして、9番では沈黙。
10番で、 ≪ fingering ≫ のみ記した。
これは、単なる偶然ではありません。
★ Chopin は、10番 fuga でたくさんの ≪ fingering ≫ を記していますが、
prelude では、 ≪ fingering ≫ は、ただ 2ヵ所のみ。
28小節目下声、二番目の 16分音符 「 e ( カタカナ ホ音 ) 」 と、
30小節目下声、二番目の 16分音符 「 A ( ひらがな い音 ) 」 です。
★ Chopin の ≪ さあ、ここで何故、私が 「 e と A 」 に 「 3 」 を付けたか、
よく、考えてごらん、これがこの曲を読み解くカギですよ ≫ と、
お弟子さんに話しかけている様子が、目に浮かぶようです。
★明日のアナリーゼ講座では、まず、この点について、
お話を始める予定です。
10番 fuga では、全部で14小節に fingering が記入されていますが、
それは、すべて prelude の ≪ 28、30小節目 ≫ に書かれた、
「 e音 と A音 」 の 「 3 」 から、導き出されたものなのです。
★1 ~ 7番 fuga まで、こと細かく記入された、
テンポ指示、ディナミーク(強弱記号)、スラー、
エスプレッションなどを、書き記すよりも、
この 10番の ≪ fingering ≫ のみのほうが、
Bach の巨大な世界を、より深く理解でき、
多様な演奏に到達できると、
Chopin は、考えたのかもしれません。
★平均律 1巻 10番 e-Moll は、この曲集の中で、
革命的な位置を占めています。
fuga は、曲集中で、唯一 「 2声 」 ですが、
≪ counterpoint 対位法 の極致 ≫ ともいえる曲です。
それが、どのように、後世の作曲家の豊かな土壌となっていったか、
Mozart モーツァルト Klaviersonata a-Moll KV 310 を例に、
自筆譜を基に、明日の講座でお話する予定です。
★この KV 310 の自筆譜は、私たちに馴染み深い、
ト音記号とバス記号(ヘ音記号) による大譜表では、始まっていません。
まず、曲頭の左手は、テノール譜表で記されています。
左手が、バス記号である大譜表になりますのは、
5小節目 1拍目の直後からです。
しかし、9小節目ではまた、テノール記号に戻ってしまいます。
★これは、何を意味するのでしょうか?
この KV 310 に対する、Edwin Fischer と、
Bartók バルトーク (1881~1945) の校訂版から、
Bach の Mozart への深い影響を、どこに読み取るべきか・・・、
逆に申しますと、 Mozart が Bach から汲み取ったものについて、
講座で、ご説明いたします。
★さらに、この ≪ 10番の和声 ≫ も、画期的です。
それは、深泉水となって、あの Tchaikovsky
チャイコフスキー(1840~1893)にまで、到達しているのです。
★Bartók バルトーク(1881~1945) 版平均律も、調べてみましたが、
この10番について、Bartók は fingering を多数、記入しています。
しかし、驚くほど Chopin と同じであったり、 fingering は異なっても、
思考法が一致しているのです。
そして、 Bartók は脚注に、
「 preludium 3小節目上声のスラーは、
Originalmanuskript ( オリジナルの手稿譜 ) に、由来する 」 と、
書いています。
★ 天才 Bartók もやはり、とことん Bach の自筆譜を、
研究していたのですね。
しかし、日本の有名な平均律解説書では、この 10番について、
『 フーガはフーガとしての悪条件カタログをみるような観を呈しています。
まず2声部しかないということ。・・・絶対的な「手不足」ということです。
次ぎに主題。2小節のこの主題がリズムが終始16分音符の動きだけで、
リズム的特長が少ないということ ・・・ 』
Bach の手稿譜も、ご覧になっていなかったようですね。
“ 権威 ” は盲信すべきでない、ということでしょう。
★なお、2月の 「 Chopin が見た平均律アナリーゼ講座 」 は、
お休みさせていただきます。
その後の予定は、カワイ横浜にお尋ねください。
※All Rights Reserved, Copyright Yoko Nakamura
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲