音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律 1巻 24番は、 Messe in h-Moll ロ短調ミサ へと向かう■

2012-06-11 17:17:07 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律 1巻 24番は、 Messe in h-Moll ロ短調ミサ へと向かう■
                         2012.6.11 中村洋子

 

 

15日の平均律クラヴィーア曲集第 1巻 「 24番 h-Moll 」 の、

アナリーゼ講座のため、 Bach  「 Messe in h-Moll  ロ短調ミサ 」 の、

 Autograph ( 自筆譜 ) を、勉強中です。

24番前奏曲&フーガを、理解するためには、

必要不可欠な、作業なのです。


「 Messe in h-Moll  ロ短調ミサ 」 は、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の、

1710年代後半から、晩年までの作品を、大きな構想、意図の下で、

構築したものです。

それは、決して  “ 寄せ集め ” ではないのです。

Bach 晩年の集大成です。

音楽史上 「 最も偉大な作品 」 と、いえます。


「 Messe in h-Moll  ロ短調ミサ 」 の、核心中の核心が、

 Autograph 113page ~115page 上段にかけて、記されている

「第 17章 Crucifixus クルチィフィクスス」

( ラテン語:キリストは十字架に磔にされた ) です。

 

 


この 「第 17章 Crucifixus 」  は、実に、奇妙な書き方になっています。

 113page の冒頭は、実は、この曲の 「 5小節目 」 から、

書き込まれています。

では、 1小節目~4小節目は、どこにあるのでしょうか。

( 実用譜では、 「Crucifixus 」  は、当然のことながら、1小節目から、

記譜され、何事もないように、 5小節目へとつながっていますが )

 

Bach は、 「 Crucifixus 」 の前の 「 第 16楽章  Et incarnatus est

( そして、聖霊により、処女マリアから御体を受け、人となられた ) 」 を、

1740年代後半に作曲し、15楽章の後に挿入したと、言われています。

 「 第 16楽章  Et incarnatus est 」 は、111page と 112 page の、

表裏 1枚に、書きこまれています。


★ところが、 「 Crucifixus 」 の 1~ 4小節は、

「  Et incarnatus est 」 の前、第 15楽章の最後に、

押し込めるように、記載されているのです。


★整理いたしますと、

15楽章の終了後の空白部分に、17楽章 「 Crucifixus 」 の 、

1 ~ 4小節 が、押し込めて書かれています ( 110page ) 。

16楽章の 「  Et incarnatus est 」 は、 Bach が後から晩年に、

挿入した楽章で、表裏 1枚 ( 111~112page ) 。

17楽章の 「 Crucifixus 」 は、「 Messe in h-Moll ロ短調ミサ 」 の、

核心楽章 で、 113 pageは、 5小節目から始まっています。


★演奏する場合、当然のことながら、16楽章が終わると、

もう一度、前のページにめくり直して 17楽章の 1~ 4小節目を弾き、

そして、急いで、またページをめくり、17楽章を見ることになります。

 

 


★これについて、Autograph ファクシミリの解説は、

「 Et incarnatus est には器楽による後奏がなく、次の Crucifixus は、

1小節目から合唱が始まるため、楽章間の移行をスムーズにしようと、

Crucifixus に 4小節 の前奏が、書き加えられた。

Bach は 110 page のわずかなスペースを見つけ、

この 4小節 を書き加えている 」 と、書いています。

つまり、 Bach は “ 紙を惜しんで余白に押し込んだ ”

というようなニュアンスです。


★しかし、Autograph をよく見ますと、驚くべきことに、

16楽章の 「 Et incarnatus est 」 が終わった 112 page下段にも、

110 page より格段に広い余白が、存在しているのです

ここに書き込もうとすれば、書き込めます。


★この余白を、正確に見ますと、

5段分に加え、五線が 4本しか引かれていない 1段の、計 6段です。

一方、 4小節を書き加えた 110 page の余白は、

112 page 下段余白の、わずか 4分の 1 の面積しかない狭さ。

そこでは、音符がくっ付き合い、窮屈そうに並んでいます


★ 「 Et incarnatus est 」 の終わりに、 1~ 4小節を加えれば、

なんの問題もなく、スムーズに 「 Crucifixus 」  5小節目に移行します。


Bach は何故煩わしくも、ページを一枚、めくり戻す手間をかけ、

「 Crucifixus 」 の冒頭 4小節を、 「 Et incarnatus est 」 の前楽章の、

後尾に、書き込んだのでしょうか

 

 


★その謎を解くことが、さらに申しますと、解いてこそ、

「 Messe in h-Moll  ロ短調ミサ 」 の核心中の核心である、

「第 17章 Crucifixus クルチィフィクスス」 が、理解できるのです。

その結果、「 Messe in h-Moll  ロ短調ミサ 」 も、分かるのです。

 その謎については、講座で詳しく解説いたします。


★ところで、この112 page の広い余白は、どうなっているのでしょうか。

Bach は、ここの二段分をつかって、大きな文字で黒々と、

≪ Crucifixus ≫ と、手で書き記しています。

“ さあ、ここから 白眉の Crucifixus が、始まるよ ” と、

高らかに、宣言している Bach の顔が、

目に、浮かぶようです。


Bach の自筆譜を学ぶことは、 Bach 自身から直接、

教えていただくことと同じである、といえます。

平均律クラヴィーア曲集の自筆譜と同様、 Bach は、

≪ この曲は、どのように作曲されているか ≫、

≪ どう、構成され、構築されているか ≫ を示し、そして、

≪ このように、弾いて欲しい ≫ と、願って、

書き記しているのです。

見やすく、演奏し易いように、書いているのではありません。


★余談ながら、 「 Et incarnatus est 」  に、耳を澄ましますと、

Wolfgang Amadeus Mozart モーツァルト (1756~1791) の遺作

「 Requiem レクイエム  K.626 」 の有名な一節が、

鳴り響いています。

 Mozart もさぞかし、多くのことを、「 Messe in h-Moll 」 から、

学んだことでしょう。

 

 


                                   ※copyright © Yoko Nakamura
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