音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ピアノソナタ Op.101を基に、Beethoven の cresc. を解き明かす■

2012-01-14 23:53:24 | ■私のアナリーゼ講座■

■ピアノソナタ  Op.101を基に、Beethoven の cresc. を解き明かす■
                                                 2012.1.14   中村洋子

 

 


1月17日 ( 火 )の 「 第 19回 平均律アナリーゼ講座 」 のため、現在、

Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の 「 Klaviersonate Op.101 A-Dur

ピアノソナタ 28番 Op.101 」 の自筆譜を、詳細に勉強しています

http://shop.kawai.co.jp/omotesando/news/pdf/lecture20120117_nakamura.pdf


Beethoven が書き込んだ、1楽章 冒頭の 2小節を見るだけで、

その情報量の多さに、眩暈がする思いです。

“ 市販されている実用譜を、見ているだけでは、

百年間毎日、それを眺めていても、

Beethoven の作曲意図や、どんな演奏をしていたか・・・などは、

伝わってこないであろう ”、

そんな思いに、とらわれています。


★講座では、≪ ピアノソナタ 28番 Op.101 の源は、

Bach の Wohltemperirte Clavier TeilⅠ Nr.19  A-Dur

平均律クラヴィーア曲集 1巻 19番  A-Dur である ≫

ということを、お話します。

 

 


冒頭 1小節目の 「 crescendo 」 と、 2小節目の 「 diminuendo 」 が、

どのように記されているでしょうか?

お持ちになっている楽譜で、見てください。

ほとんどの楽譜は、上段と下段の間の空間に、

 「 一つ 」 だけ、記されていることでしょう。


★しかし、Beethoven は、そのようには書いていません。

自筆譜では、 「 crescendo 」 と 「 diminuendo 」 記号を、

ともに、  「 上段の上 」  と 「 下段の下 」 に、二か所も、

大きく、書いています。


さらに、  「 crescendo 」 と  「 diminuendo 」 によって形成される

頂点が、上段と下段とでは、微妙にずれています。

この 「 ずれ 」 に、 Beethoven の作曲意図が、色濃くにじんでいます。


★何故 Beethoven は 、「 crescendo 」 と 「 diminuendo 」 を、

二か所に大きく、書いているのでしょうか。

それは、≪ 冒頭 6小節が、四声体で書かれており、

弦楽四重奏の音域に、各声部が一致する ≫ からです。


実用譜のように、「 crescendo 」 と 「 diminuendo 」 が、

一回しか 記されていないと、 「 内声 」 に、

 「 crescendo 」 と 「 diminuendo 」 が付されている、という、

奇妙な記譜になってしまいます。

ベートーヴェンの作曲意図とは、かけ離れてしまいます。


自筆譜では、 ソプラノ と バスの声部に、それぞれ独立して、

「 cresc. 」  と 「 dim. 」 が付されており、別の意味をもっているのです。

このソプラノの  「 cresc. 」  をさらに、仔細に見ますと、

1小節目 8分の 6拍子の 6拍目までは、末広がりに、

拡大しながら、描かれています。

しかし、その後は、二本の 「 平行線 」 として、描いています。


★Beethoven には、各小節の 1拍目を記す際、その直前の小節線から、

かなり離して、つまり、少し空間を置いてから書き始める癖があります。

この 「 Op.101 」 の場合も、 2小節目の最初の音である、 

ソプラノ e2 音 ( 2点ホ音 ) は、小節線からかなり空間をとってから

書かれています。

 

 

 

★この小節線と空間の部分での 「 cresc. 」  については、

上記のように、「 平行線 」 として、描かれています。

この描き方から分かることは、≪ 1小節目 6拍目のソプラノ

cis2 ( 2点嬰ハ音 ) と、2小節目の最初の ソプラノ e2 音 が、

対等の関係にある ≫ ということです。

cis2 からさらに、 「 cresc. 」 するのではないのです。


★ 「 cresc. 」 が、一つしか記されていない大方の実用譜ですと、

1小節目は 「 cresc. 」 、2小節目は 1拍 e2 から  「 dim. 」  が始まる、

即ち、2拍目の1拍が頂点となりますので、当然、1小節目 6拍の、

 cis2 より 2小節目 1拍目の e2 のほうが音が大きい、ということになります。

とげとげしい感じの 「 cresc. 」 です。


cis2 と、 e2 音 を、対等の関係で弾きますと、

愛情がこもった優しく、デリケートな表情となります。

Etwas lebhaft und mit innigsten Empfindung

( すこし生き生きとして、そして、心からの愛情をもち、親密な感じで )と、

Beethoven が、曲頭に記した言葉が、生きてきます。


★一方、低音部譜表の下に書き込まれた、

「 cresc. 」  と 「 dim. 」 の位置は、どうなのでしょうか?

1小節目 1拍目のバス E音 ( ひらがなホ音 ) は、付点 2分音符で、

1小節間をずっと伸ばし、さらに、2小節目 1拍目の 付点 4分音符の

E音に、タイで結ばれています。


★2小節目 4拍目に、同じ E音が 4分音符 で再度弾かれるまで、

ピアニストは、1小節目 1拍目の E音の鍵盤に、指を置き続けます。

≪ ピアノは一度打鍵しますと、音は減衰するだけですので、

「 cresc. 」  と記しても、意味はない。

だから2つの 「 cresc. 」  をまとめて、一つにしてしまえ ≫、

というのが、大方の editor の考え方でしょう。

 

 


★しかし、この 1小節目 6拍 + 2小節目 3拍 の計 9拍もの間、

ずっと鳴り響いている E音 が、ピアノではなく、弦楽四重奏の、

チェロのパートであったら、どうでしょうか?

音を段々と、弱くしていくでしょうか、答えは 「 No 」 です。


Beethoven は、ここでバス E音 が、たとえピアノの性質上、

段々と弱くなっていくとしても、弦楽四重奏のチェロのように、

上 3声を、しっかりと支え、あたかも、 

「 cresc. 」 のように弾きなさい、と、指示しています。


★そして、 「 cresc. 」 は、実は、 2小節目の 2拍目まで続いていて、

頂点は、この 2拍目にあり、この 2拍目から 「 dim. 」 が、始まります。

ソプラノに付けられた 「 cresc. 」 と 「 dim. 」 とは、全く違った意図で、

記入されています。


まさに、ここにこそ、この28番ソナタが、

Bach  バッハ  由来である理由が、あるのです。

その理由を、講座で詳しくお話いたします。


★先月の、 Cello のWolfgang Boettcher  ベッチャー先生との録音で、

私は、長い持続音を 「 cresc. 」 しながら弾くとは、どういうことであるか、

それを、体験し、学びました。

講座では、Beethoven の ピアノソナタ Op.101 で、

どのようにしたら、 9拍も続くたった 1つの E音を、

 「 cresc. 」 に聴こえるように弾くことができるか、

その方法も、お話いたします。

 


                                            ※copyright © Yoko Nakamura
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