音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律 1巻 3番 70小節目、なぜ途中で段落を分けたのか?、真央の秘密を解くかぎがここに

2010-03-26 17:59:55 | ■私のアナリーゼ講座■
■平均律 1巻 3番 70小節目、なぜ小節途中で段落を分けたのか?、
真央の秘密を解くかぎがここに■
                 10.3.26  中村洋子


★日本は、桜、桃、海棠、連翹、椿と、春の花で満ちています。

桜も、大島桜、寒緋桜、染井吉野、白桜、八重桜と、繚乱です。

桃色、黄色、白、真紅と、色とりどり。

昨晩、サッカーで有名なドイツ・ドルトムントの楽譜出版社の方から、

メールをいただきました。


★「こちらは、1週間前にようやく、雪が解けたばかりです。

最初の花が、大地から顔をのぞかせ始めました。

それは KROKUS クロッカスです。

MAIGLOECKCHEN スズランも、もう直ぐです。」

MAIGLOECKCHEN は、言葉どおりに訳しますと、

「五月の小さく可愛らしい鐘」です。

可憐な花の姿が、髣髴とします。


★来週の30日(火)に、カワイ表参道で開催いたします

「 バッハ平均律アナリーゼ口座 第 1巻 3番 嬰ハ長調 」の準備で、

じっくりと、勉強しています。

そこから、また、“あー、そうだったのか!”という、

いろいろな発見が、ありました。


★3番の「 前奏曲 」は、かなりの部分が、8小節単位で、作曲されています。

「 非常に、整っており、破綻がなく、弾き易い曲である 」と、思っていました。

ところが、バッハ自身による手書譜を、詳細に見ていきますと、

作曲の単位は 8小節であっても、単純に、

演奏の単位を 8小節として、

8小節ごとに、句読点を打ったような、機械的な演奏を、

決して、バッハは求めていなかった、

ということが、分かりました。


★フィギュアスケートの浅田真央選手の演技が、音楽的であり、

観客の皆さんは、演技中の真央選手と同じような呼吸を、

自然にしていることに、自ら気付きます。

これは、ちょうど、バッハが演奏者に求めていたものを、

真央選手が、見事に、演技で実践しているということでもあります。


★平均律 3番「前奏曲」を、8小節単位で演奏するということは、

強拍をフレーズの頭として、機械的に奏することです。

そうしますと、音楽は自然に流れません。

瘤ができたように、ぎこちない印象となります。


★フィギュアスケートでも、同様に、

音楽の強拍の部分で、いきなり、大きい技を始めますと、

観客は、心理的に面食らいます。

音楽の流れ、呼吸に乗ることができません。

心地好く、真央選手と息を合わせて演技を楽しむためには、

自然に息が合うように、観客の心理をもっていく工夫、技が必要です。

その工夫が、「 アウフタクト 」という操作です。


★バッハの実例で挙げますと、平均律 3番「 前奏曲 」(3拍子)の

70小節目に、それが出現します。

バッハの手書譜では、

70小節目の途中の、「 2拍目 」で、2段目が終わってしまいます。

次の「 3拍目 」 から、3段目が、始まっています。

普通の常識では、考えられない書き方です。

現在、出版されていますたくさんの楽譜は、

バッハの書いた通りには、印刷せずに、ごく普通に、

この70小節目を、途切れることなく書いています。


★なぜ、そのような横紙破りの書き方を、バッハがあえてしたのでしょか?

3段目の冒頭に、70小節目の 3拍目をもってきた、ということは、

3拍目の上声の「 嬰ト音 」が、≪ アウフタクト ≫であることを、

まず、視覚的に強く焼付ける効果を、もっています。

さらに、その「 嬰ト音 」と、それに続く71小節目 1拍目の、

「 重嬰ヘ音 」によってできる長 7度の、極めて、

不協和な音程が、際立った印象を与えます。


★この曲の主調である「 嬰ハ長調 」という調は、

有名な曲としては、バッハがほぼ初めて、この曲により、

歴史上に出現させたといえる、「 画期的な 」調です。

調号に♯が 7つ付きます(すべての音に♯が付きます)。


★71小節目 1拍目の「 重嬰ヘ音 」は、

ファのダブル♯という、衝撃的な音で、

この曲の構造上でも、要となる音の一つです。

この「 重嬰ヘ音 」を際立たせるために、

3拍目の「 嬰ト音 」を「 アウフタクト 」として使い、

それを、段落を変えて、あえて 「 冒頭に配置 」 し、

長 7度音程という 「 不協和音程 」 を使う、

という「 三重の仕掛け 」が、施されているのです。


★ここで、「 アウフタクト 」Auftakt の意味が、

少し見えてきたと、思います。

ドイツ語の「 アウフ Auf 」は、英語の「 on 」「 upon 」に近く、

「 ~ に接して 」、「 ~ ~の上(前)にくっついて存在する 」

というような、意味合いです

「 upper 」 のように、「上に浮かんでいる」のではありません。


★「 タクト Takt 」は「拍」という意味で、この場合は、

小節の第1拍、即ち、「 強拍 」ということになります。

別の言い方をしますと、≪ 大技 ≫ といってもいいでしょう。

ですから、「 アウフタクト 」という存在は、以下のように説明できます。

“ さあ皆さん、これから ≪ 大技 ≫ が、始まりますよ ”と前触れする

合図の拍(音、あるいは、動作)である、

といっても、いいかもしれません。


★真央選手は、音楽の強拍と同時に、3回転半ジャンプなどの

重要な技( 強拍 )を、演じているのではありません。

強拍( 大技 )に接する( 直前の )「アウフタクト」、つまり、

「 ≪大技≫の前の動作 」 の段階で、既に、

これから起こる ≪ 大技 ≫ を、想像させるような動きを、

見事に、自然に見せています。


★観客は、その動きを見て、十分に心の準備ができます。

まるで、自分が演じるかのように、

一緒に息を合わせ、待ち構え、楽しむことができます。

それが、感動につながります。

真央選手は、「アウフタクト」を、体現しているのです。

そこが、抜きん出た美質です。


★30日の講座では、聴く人の呼吸と一体化できるような演奏を、

するにはどうするか、

バッハの望んでいた、演奏はどのようなものか、について、

お話いたします。
 


                      (桃の花)
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コメント (2)
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