自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

観察会

2020年12月21日 | 玉川上水
12/13に玉川上水の観察会をしました。もちろん花は少なかったのですが、果実は意外と色々ありました。



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クロガネモチなど

2020年12月20日 | 植物 plants
近所を散策して、新しい道を歩いたりしています。ある公園にクロガネモチがありました。



クロガネモチ

別の場所の農家の庭の脇に赤い果実がありました。モチノキかと思いましたが、違います。果実がもっと大きく、たくさんついています。それに葉がギザギザがあります。後で調べたらアメリカヒイラギでした。
 この名前は紛らわしいと思います。私が直感で思ったように、これはモチノキの仲間で同じモチノキ科のIlexという属です。ヒイラギはモクセイ科で、違う科です。

アメリカヒイラギ








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コナラ黄葉

2020年12月19日 | 自然 nature
順光のコナラもいいですが、やはり逆光が心を引かれます。




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コナラ

2020年12月18日 | 自然 nature

秋になって木のはが色付くのを見るのはいいものですが、色付くと言っても色々です。
カエデの仲間の多くは鮮やかな赤になるので「コウヨウ」と入力してすぐに出てくる紅葉ですが、イチョウなどは黄葉です。どちらも同じ色になりますが、コナラやカエデは1本の木の中でも違うし、木ごとに色が違います。だからコナラ林はほとんど赤からほとんど黄色、その間に様々な段階の褐色があります。
 コナラだけではないですが、太陽の光の当たる角度でまた違って見えます。私は半逆光が好きですが、青空を背景にしたやや傾いた順光というのも気持ちの良いものです。私は山陰で育ったので、初冬の青空と黄葉には目だけでなく、心もまぶしいような感覚が付け加わります。
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モミジ

2020年12月17日 | 自然 nature


12月9日に近所の小平霊園を散歩しました。イロハカエデが鮮やかに紅葉していました。


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日本学術会議 2

2020年12月16日 | 標本
東京大学出版会の広報誌は「UP」という。上むきのアップでもあるが、University Pressの頭文字をとったものだ。知的な短文が載っていて、毎月届くのが楽しみだ。
 最新号はいくつかの文章が日本学術会議に関するものだったが、以下に紹介する佐藤氏の文章は最も端的で激越ともいえるものだ。
 私は6人の学者を「外した」のは自分たちに都合の悪い「抵抗勢力」をはじくためだと思っていた。官房長官時代の菅氏の大きな「功績」の一つはマスコミ対策と官僚の人事掌握(支配)であるという。それにはここでは触れないが、要するにイエスマン以外を排除するのが成功に不可欠と考えるタイプの人であるらしい。そういう人はどこにでもいるし、小さな組織ではそれで問題がないことも多いと思うが、政治はそうはいかない。権力を持てば持つほど、自分の行いや決断を多様な立場から評価するのがリーダーたるものに不可欠な資質であろう。
 菅首相がそういう大物でないことはすぐにわかる。そういう人が苦手な人物を外そうとするのは(許容はできないが)理解できる。そうではあるが、国会の質疑を聞いていると、この人は質問にまともに答えない度合いがひどい。都合が悪いことは答えない。その答えない内容が、例えば「なぜ外したか」に「人事は言及しない」と、まるで理由になっていない。「基準は何か」に「総合的、俯瞰的に」と見当違い。これについて、「問題をそらしている」と批判する人がいるが、私はそうではなく、質問の意味と自分の「回答」がそれに答えていないことが理解できないのだと思っている。おそらく議論を戦わす訓練を受けたことがないのだろう。要するに相手の考えを理解しようとも、聴こうとさえしないのだ。そして「丁寧に説明させていただく」とくる。それは相手の意向に無関係に自分の主張をただ繰り返す無能さの露呈だ。
 さて、佐藤氏の文章だが、私が菅首相の答弁にイライラしているだけなのと違い、その背後にあるもの、つまり何のために6人を外したかに端的に答えている。恐ろしい事にそれは武装だというのである。佐藤氏が疑りすぎと思いたいが、説得力がありすぎる。



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日本学術会議 1

2020年12月15日 | がんこおやじ
菅首相は総合的、俯瞰的という、それまでに聞いたこともないような言葉を使って、学術会議の委員任命を認めなかったことの、苦しい言い訳をしたが、全く説明になっていないし、いまだに任命拒否の理由を説明していない。この俯瞰的という言葉を最初に使った吉川先生が朝日新聞にその意味をわかりやすく書いておられる。これを読めば菅首相の言葉使いがいかに間違っており、しかも使い方は真逆であることがわかる。これは間違いなく、菅首相の軽率な発言を、官僚が大慌てでなんとか言い訳をするために、苦し紛れに猿知恵を絞って、「学術会議が書いた言葉を使えば文句は出ないだろう」と考えて探し出したに違いない。安倍前首相の時も大変だったに違いないが、官僚の苦しさもただならぬものがあるに違いない。
 吉川先生は私が東大にいたときに何度かお会いした。私は総合研究博物館にいたのだが、展示が改まって内覧会があると時々ご夫妻でお見えだった。ご夫婦ともに純白の白髪がとても印象的だった。工学部の先生なのに(というのが失礼なのは承知の上で)言葉使いが極めて優れた人だった。無駄がなく論理的でいて人間味に満ちている。
 ある年の卒業式の総長訓辞が大学の広報誌に載っていたので読んだ。こういう挨拶は大体は形式的で無難、したがって心に響かないものだが、私は期待しないでその文章を読んでいて、あまりに引きつける文章で「これが訓示か」と驚いた。それは学部生に向けたものだったが、同じ広報誌に大学院生に向けての訓示もあった。同じようなことが書いてあると思って読んで、これまた驚いた。全く違うことが書いてあり、それ以上に心に響くものだった。「この人は違う」と思わせるのに十分だった。
 穏やかな吉川先生がこれほどはっきり反論されるのは珍しい。この言葉を初めて使った人が言うのだから、間違いはない。菅首相には心して読んでほしい。




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子供観察会

2020年12月14日 | 玉川上水
12月6日に子供向けの観察会をしました。こちら


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アファンの森 10

2020年12月13日 | 標本

私はアファンの森の調査を続けさせてもらっています。これまでは調べて分かったことをニコルさんに聞いてもらい、喜んでもらうということが目的のような気持ちがありました。かと言って、ではニコルさんがおられないから調査をやめるかというと、そうはなりません。それは私と自然との関係ということもあるし、続けることが天国のニコルさんが喜んでくれることだと信じるからです。
 ニコルさんは上皇陛下が美智子様とアファンの森に来られた日のことを
「The best day off my life」
と言ってました。そして私がタヌキの食性を解明するために糞分析をしていると知って、天皇陛下であられたときに皇居にお招きいただいてタヌキの論文をいただいたことを誇らしく語っていました。その論文は通常の研究者の植生研究が1年間の季節変化であるのと違い、5年間も継続したものです。これが我が国での最長記録ですが、私のアファンの森での調査は今年で8年目になりました。サンプルが多すぎて未分析のものが残されていますが、これが完了すれば最長記録を破る事になります。
 通常の「論文執筆」でいえば、非効率な事です。合理的に考えれば最小努力で最大成果を上げるのが賢明です。でも自然から学ぶということはそういうことだけではないと思います。松木さんから学んだ頑固さや、ニコルさんから学んだ「生き物のつながり」を捉えることの大切さ、それに、幼い頃から「この子は根気強いねえ」と呼ばれながら育った私が生態学者としての余生の最後に自分らしい作品を作るには、これでもかというほど長い時間をかけてたくさんのサンプルを分析してやろうと思うのです。
 今年、アファンの森を歩く私の気持ちはこれまでと明らかに違いました。ニコルさんがこの世にいないという気持ちがいつも胸にありました。それだけに、森の中を歩きながら、この森に眠りたいと言ったニコルさんの魂がはっきりと感じられました。

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アファンの森 9

2020年12月12日 | アファンの森


ゲストハウスの向かいに「松木小屋」があります。今は退かれましたが、アファンの森を作ったといってよい人です。森を知り尽くした人で、昔風の頑固な人でした。口が悪いのなんのと言ったらありません。
 ある著名な植物学者がアファンの森に来たときのことです。それは冬だったそうですが、松木さんはその研究者に向かって
「あんた、この木を知っているかい」
と聞いたそうです。
「いや、今は冬で葉がないから、春になればわかるんだが・・・」
というと、松木さんは
「ああそうかい。あんたらは冬の木は見ないのかい」
と吐き捨てるように言ったそうです。そういうことが何度かあったらしく、私がアファンの森に行き始めた時は大変でした。難問を出して、私が口籠っていると
「そんなことも知らねえのか」
とニヤリと笑います。
何度かそんなことがありましたが、植物や森の話をしているうちに次第に気持ちが通じるようになりました。あるとき、私がナツエビネを見つけました。と言ってもその時は名前がわからず、でもランであることは分かったので、調べてナツエビネだということがわかりました。そのことを松木さんに話すと、
「そんなのまだ見たことないぞ」
とその場所に連れて行くように言われました。
現地に行くと
「ああ、これは今まで見たことがないな」
と言って、この辺りからよく声をかけてくれるようになりました。とはいえ、口の悪さは相変わらずで
「そんなことも知らねえのか」
は続きましたが、その会話を楽しんでいるようでもありました。
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