自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

いのちの歌

2022年10月02日 | うた
今年のモンゴル調査のことを報告しました(こちら)。とても楽しく充実した調査でしたが、野外で調査をしているとき、ずっと頭の中を流れていた歌がありました。私はどうも野外にいるとき機嫌が良いらしく、自分では意識していないのですが、鼻歌を歌っていると学生に言われたことがあります。その歌は「日替わり」することが多いのですが、今年のモンゴルでは一貫して竹内まりやの「いのちの歌」(こちら)でした。


なぜだか理由はわかりませんが、とにかくずっと流れていて、今ではモンゴルの景色とリンクしています。
 冒頭の

生きてゆくことの意味 
問いかけるそのたびに

の低めの声が聞こえてきます。心に染みたのは切り替えるようにメロディーが変化し、

本当にだいじなものは 隠れて見えない
ささやかすぎる日々の中に かけがえない喜びがある

という歌詞でした。ウクライナの人たちのことや、日本のコロナで不穏な空気になったことを思いました。

私は大学をやめてから、「あと何年生きられるだろう」と感じるようになりました。それで、現役の時以上に与えられた時間を無駄にしないように過ごすという気持ちが強くなりました。そういう気持ちがあるせいか、以下の歌詞が繰り返し心に響きました。

 いつかは誰でも この星にさよならを する時が来るけれど 
命は継がれてゆく
 生まれてきたこと
 育ててもらえたこと 
出会ったこと 
笑ったこと 
そのすべてにありがとう 
この命にありがとう 

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O Holy Night

2021年12月23日 | うた
クリスチャンでもない者がクリスマスを祝うのはおかしいのだろうが、それでも子供の喜ぶ顔を見るのは嬉しいことで、まあ大目に見て欲しいといった気持ちだ。幼子が信じるのを見るとき、この風習を作った文化を見上げる気持ちにもなる。それで想うのは秋田のナマハゲで、子供が怖がるのを嬉しそうに見る大人がいるが、どうもよくわからない。
 山下達郎も悪くないがこの季節になるといつも以上に音楽が聴きたくなる。最近出会ったクリスマスソングに秀逸なものがあった。Lucy Thomasという、まあ見た目も素晴らしく美しい人だが、声が良くて歌が桁外れにうまい。



この人の歌はどの曲もいいのだが、「O Holy Night」はデュエットで、アルトはどうやら妹らしい。ハーモニーがすごすぎて、どちらの声とも違うギーというような協和音が聞こえる。繰り返し聞いている。
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玉置浩二

2021年11月11日 | うた
歌はいいので気になり、いくつかは愛唱する歌もある。だが、気に入らない男でもある。それは外見を過度に意識しすぎるからだ。もちろん人前で姿を晒す歌手という職業であれば、外見が大きいのは当然なのだが、奇をてらい、好みがよろしくない。そうでなければとてもいいのにと思ってきた。
 11日の夜にNHKで特集をしていた。最近、オーケストラをバックにしているのは知っていたし、何度か見たこともあったが、特にいいと思ったことはなかった。むしろギターを弾きながらの方がいいと感じていた。
 だが、この番組での玉置は違っていた(と私には思えた)。相変わらず髪や髭を白く染めて奇を衒う格好をしているのだが、「メロディー」(これはいい歌だ)を歌いながら、後半でマイクを置いたのだ。そうしてマイクなしで歌った。この歌は・・・・「楽しくやったよ」のあとで「メロディー」と高くなり、そのあとで「泣きながら」というのがさらに高くなるのでファルセットになるかと思いきや、喉を開放するように大きな声を振り絞るのが他の歌手にはできないところなのだが、玉置はこれをマイクなしで歌った。それまでマイクで歌っていて、急にマイクを置くのだから、音量は圧倒的に小さくなる。おそらく聴衆はシーンとして耳をそばだてたはずだ。会場には小さいが生の声が響く。それは物理的には小さくても、歌い手が全力で出す声であることは伝わる。その効果は絶大で、テレビを見ていても深い感動があった。
 たまたまコロナのために聴衆はマスクをし、歌の後も拍手だけなのだが、これがまた感動的で、声は出さないが心の中で大喝采しているのがよくわかった。
 そして歌い終わった玉置浩二の目が、私が知る「外見をつくろう」男のそれではなくなっていた。素直で、まじめな男の目になっていた。その目には「歌に関してはまじめであろう」という気持ちで、「それが果たせた、聞く人に届いた」という満足感があるように見えた。
 こいつも一皮むけたな。還暦を過ぎ、体の変調も経験したらしい。そうして新境地に達したことが伝わるコンサートであった。
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ホームにて

2020年11月21日 | うた
私は鳥取県の生まれ、育ちで、田舎者です。昭和40年代に仙台に行きました。飛行機など考えられない時代ですから、電車です。それも最初のうちは山陽新幹線がなかったので、伯備線というローカル線で岡山県に出て、山陽新幹線で大阪から東京を目指します。それだけで大旅行ですから東京で1泊して東北本線で北上です。こちらも新幹線はなく仙台まで特急で4時間かかりました。「北帰行」という歌がありますが、上野で電車に乗るときはその気分です。大阪圏も東京圏も異郷ではありますが、東北線に乗ると言葉も違い、景色も違うので、故郷が遠ざかるという思いが強くなります。十代ですから寂しいという思いがありました。
 仙台での暮らしは全体としては、楽しく、充実もしていたのですが、最初の2年間は大学紛争が激しい時代でしたから講義も少なく、「こんなはずではなかった」という思いがありました。そんな時、仙台駅の前を通ると、「電車に乗ればあの友達がいる故郷に帰れる」という気持ちが湧き、それを抑制しました。

 中島みゆきに「ホームにて」という傑作があります。この歌は今、聞いても心に染みます。季節にもよりますが、今のような肌寒くなる頃に聞くと一層心に響きます。
 しばらく前にYou Tubeで高畑充希がカバーしているのを聞きました。
https://www.youtube.com/watch?v=8mdoVpSQ7GY
これが実にいい。明るくて伸びやかな声だから長調の歌を大声で歌うのに向いていると思いますが、この歌は抑え気味の声で感情を込めています。演技者ですから、「歌を演じる」のかもしれませんが、素晴らしい演奏だと思います。背景のストリングスもいい響きです。
 それにしても中島みゆきがこれを作ったのが25歳というから恐ろしい。「帰り人」などおかしな造語なのだが、全く違和感がない。まったく驚くべきことです。


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明日にかける橋

2020年05月16日 | うた
サイモンとガーファンクルは私たちが学生時代によく聞いたものです。若い頃に聴いた歌というのは、体の細胞の中にまでしみ込んでいるような気がします。
 昨夜のニュースで「明日にかける橋」を病院関係者が歌っていて評判になっていると報じていました。複数の人が歌い継ぐものでしたが、冒頭の女性の歌のうまさにぞくっとしました。それで、ネット検索したら、以下のサイトに出会いました。
 
聴いたら、次から次とうまいのなんの。
 これはウェールズの病院のスタッフのようで、以下の説明がありました。
 
これは「明日にかける橋」の特別なもので、Llandudno's Venue Cymru病院の勇敢な男女が歌いました。この病院は暫定的にコロナ病院になることになりました。この過程で病院の名前は「Ysbyty Enfys」と変わりましたが、これはウェールズ語で「虹の病院」という意味で、希望の象徴として名付けられました。
 
 ある病院のスタッフが歌うのに、なぜこれほどうまい人がいるのか。歌に心があり、声も豊かなのに驚きました。きっとこの国の人たちはこのくらいが普通なのだと思います。そうでなければこういうことはありえないはずです。ともかく素晴らしい。終わると、病院の突貫工事をした人たちが、作業着のまま暖かい拍手をする映像が流れました。
 一人一人が短いフレーズを歌い繋ぐのですが、ずっと歌って欲しい人が何人かいました。そして最後は合唱になりました。
 実は私はこれを聞く前に、ある嬉しい報せを聞いたばかりだったので気持ちが高揚していたせいか、この合唱を聞いて不覚にも涙を抑えることができませんでした。
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竹内まりや 6

2019年11月29日 | うた
 「竹内まりやが紅白?」という気持ちがないではない。長い間聞き続けた者のわがままとしては、何も知らないチャラチャラしたガキに「いいなあ」などとわかりもしないで言われたくないような気持ちがあることはあります。でも彼女のしゃべりを聞いていると、そういうことも卒業して、聞いてくれる人がいるなら歌いたい、自分は歌手として無理なく生きてきて、それが多くの人に評価されるというなら、それはそれで受けようという境地に達したのだと思います。

 「いのちの歌」の歌詞を聞きながら、実は私は最終講義の時に準備した原稿と通じるものがあることに気づきました。その講義で私は、自分が戦後の平和な時代に生まれ、育ったおかげで好きな生物学を学ぶという人生を送ることができたこと、貧しい引揚者であった両親が私を大学院まで進ませてくれたこと、私を支えてくれた家族や友人に恵まれたこと、その全てに感謝したいと語りました。こちら と こちら

 そう振り返れば、竹内まりやは若い時のティーンエイジ・ラブの歌、大人になってからの落ち着いた歌、そして人生を振り返る歌と、人生のそれぞれのときに心を満たしてくれました。その意味で、私の人生において彼女の歌はかなり大きな存在であったように思います。まさに「ありがとう」です。



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竹内まりや 5

2019年11月28日 | うた
そして、最近、「いのちの歌」を聞きました。今度は人生を振り返る境地に達しています。

故郷の夕焼けの優しいあの温もり
本当に大事なものは隠れて見えない
ささやかすぎる日々の中に
かけがえのない喜びがある

いつかは誰でもこの星にさよならをする時が来るけれど
命は継がれてゆく
生まれてきたこと
育ててもらえたこと
その全てにありがとう


 ごく普通の言葉で、誰でも思う内容だけれど、このように言葉に表現することはできません。こねくり回すこともなく、難しい言葉を使うこともない言葉のつながりですが、これがメロディーにぴったりです。
 「人生の扉」の歌詞にもあったように、この歳になると「あと何回春を見ることができるだろう」などと思いますが、そんな気持ちを感じる者として聞く「誰でもこの星にさよならをする」という歌詞には胸が詰まるような思いがします。

 ある番組でご主人の山下達郎が、「竹内まりやの歌には普遍性があるから色褪せない」と言っていましたが、本当にそうだと思います。初めて聞いても懐かしいように自然な音の動きがあり、昔に聞いた歌なのに今聞いても色あせることがありません。

 それから忘れたくないのは、彼女のしゃべる時の言葉の魅力です。時々ラジオ番組に出ますが、敬語が的確で、(ユーミンと違って)控えめです。その控えめは、自分を低くするのではなく、相手や話題にする人を敬意を持って語ると言う意味で・・・。
 低めの声で、考えながら発せられる言葉が語彙の豊富さにより的確で、言葉が多すぎず、含みを持たせて終わります。そういう言葉使いをできる人だから、つまりいつでも言葉のことを考えているから、歌詞にするときも自然に収まるのだろうと想像します。



つづく
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竹内まりや 4

2019年11月27日 | うた
 さて、竹内まりやを聞くのに、またしばらく間がありました。10年ほど前でしょうか、「人生の扉」を聞きました。彼女に限らず、日本の歌の主要テーマは「恋」でしたが、それを脱して人生そのものを歌う年代になっていたことに気づかされるような歌でした。その歌詞から

春がまたくるたび 一つ歳を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでいた幼い日は遠く
気がつけば五十路を超えた私がいる
信じられない速さで時が過ぎ去ると知ってしまったら
どんな小さなことも覚えていたいと心が言ったよ

I say it’s fun to be 20
You say it’s great to be 30
And they say it’s lovely to be 40
But I feel it’s nice to be 50

満開の桜や色づく山の紅葉を
この先いったい何度見ることになるだろう
ひとつひとつ人生の扉を開けては感じるその重さ
ひとりひとり愛する人たちのために生きて行きたいよ

I say it’s fine to be 60
You say it’s alright to be 70
And they say still good to be 80
But I’ll maybe live over 90

君のデニムの青が褪せてゆくほど味わい増すように
長い旅路の果てに輝く何かが誰にでもあるさ

I say it’s sad to get weak
You say it’s hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it’s worth living


 私は数年前から「ああ、あと何度この春を見れるかなあ」と思うようになりました。ちょうどその頃、この歌を聞いたので、心にしみました。カッコよさを追求し、見事に実現してきた竹内まりやは、そういう意味での評価を卒業し、自分の心に素直な歌を作るようになったと感じました。

 この歌の場合、英語が実にいい。これまでも英語を入れることでカッコよさを演出していましたが、これはそう言うのとは違います。日本語でこれを言うと説明っぽくなりますが、英語ではさらりとした感じです。それぞれの年代を一つの形容詞で言い切る。fun, great, lovely, niceそしてfine, alright, still goodこれで20代から80代までを表現しています。見事と言うしかありません。
 最後のところで「弱くなるのは悲しい」「老いるのはつらい」「人生は無意味だ」と私が、あなたが、みんなが言うと言った後、「でも私は生きるのは価値があると信じる」と明るく言い切ります。

 日本語もいいです。特に最後の「デニムの青が色あせるように味わいが増す」と言う表現。人生をうたう歌にこんな表現をするかと心から感心します。
 「あの竹内まりやが人生を歌うようになったか」と感慨がありました。



つづく
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竹内まりや 3

2019年11月26日 | うた
 竹内まりやの作る、そしてうたう歌は - 語彙の貧困さが嘆かわしいが - 「カッコいい」。声が低めで暖かく、ナチュラルなひっくり返りがある。コブシというのとは違う。昔ヘレン・シャピロという歌手がいて繰り返し聞いたものだが、ああいう声に通じるものがある。70年代というより60年代のアメリカン・ポップスの香りがある(もちろん本人が言うようにビートルズの影響も強くはあるが・・・)。フォークブームで伴奏がシンプルになる前のパットブーンとか、ブラザーズフォーとかにつながる時代の厚みのある伴奏がふさわしい曲が多い。それが「カッコいい」のだが、そういう戦後の日本の若者が憧れたアメリカの良さを感じさせる。

 と同時にロックンロールの心があることも忘れたくない。ロックといえばシャウトだ。大音量で激しい。でもそれは浅い。犯罪で言えば粗暴犯といったところ。だがロックンロールの心はそうではない(と私は思う)。
「アンフィシアターの夜」という楽曲がある。前奏が「ゆっくり」なのだが、来るべきボーカルをじらすようで、胸がドキドキしてくる。そして「今夜もお客は満パイ」と始まる。その場にいたら叫び出すのが自然だと思う。この「満パイ」の「ま」のところが半音の半分くらいフラットする。ギターを弾く時、フレットの間の弦を思い切り脇に引っ張るところだ。思わずギターを揺するし、目を閉じたくなる。これはセクシーだ。これこそがロックンロールだ。犯罪で言えば、知的で証拠を残さないといったところ。その「ちょいワルさ」がカッコいい。

 白いワンピースで軽やかに草原を走りそうな竹内まりやと、黒い革ジャンの首にタイを巻いてロックンロールを歌う竹内まりやは、どちらも本物で、これには参る。




つづく
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竹内まりや 2

2019年11月25日 | うた
竹内まりやについてちょっと触れておきたいことがあります。一つは英語のうまさです。若い頃の歌では、洒落た雰囲気を出すためのアクセサリーのように英語を散りばめるものが多いです。でもその英語が完璧なので、似たような効果を狙う同類の歌のカタカナ英語とは全然違う。彼女は高校生の頃にアメリカで暮らしたことがあるのですが、同じような体験しても、発音はうまくできない人が圧倒的に多いのだから、耳がいいのだと思います。だからマスターできたし、それは音楽的耳の良さと通じるのは間違いないと思います。
 もう一つは、彼女が島根県の出雲出身だということの不思議さです。私は鳥取県の倉吉という小さな町に生まれて、米子で育ち、一時松江(島根県の県庁所在地)にも暮らしました。松江は落ち着いたいい町でしたが、非常に保守的でした。でもその松江に住む大人が、出雲に比べればうちは伝統が浅いと感じるほど、出雲は伝統的、大和の大和らしさを持つ土地です。何しろ11月は日本中で「神無月」ですが、それは神様が出雲に集まるので、出雲では11月は「神在月」なのですから。その出雲からこれだけ才能に溢れた「非日本的」な人材が生まれたことの不思議。この人が江戸時代に生まれていたら、どういう人生を生きたのだろうと想像してみます。



つづく
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