自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

大晦日

2015年12月31日 | ごあいさつ Greetings
今年も最後の日を迎えました。振り返ればいつもの年よりも「大ごと」のあった年でした。いや、人生で最大かもしれません。
 まず3月に最終講義がありました。長かった大学人としての最後のお勤めでした。私なりによいものにしようと準備しました。結果として、自分らしいものができたと思えるものになりました。多くの人が集まってくださり、感激しました。
 退職してのんびり、というわけにはいかず、9月の開館に向けて博物館の準備をすることになりました。博物館になった建物は学生食堂で3月まで営業をするということですから、工事はその後、それを横目に見ながら、内壁の色、展示のデザイン、展示物の決定、解説文の執筆、ラベル作り、歴史展示では麻布大学の歴史を勉強して、その冊子作り、パンフレット作りなどのすべてを一人でしなければなりませんでした。今思えば、どうしてできたのか不思議なくらいですが、ともかく9月12日に開館式典をし、15日に開館、19月には大学祭と博物館関係で大ごとがありました。
 本がいくつか出たことも大ごとでした。「たくさんのふしぎ」に「食べられて生きる草の話」(福音館)を書きましたが、これは2年かかりの長い仕事になりました。子供に動植物のおもしろさ、すばらしさを伝えたいという私の夢がひとつ実現しました。子供用といえば、「ふしぎのお話365」(誠文堂新光社)もでました。これは執筆ではなく、話題提供したものをサイエンスライターが文章化したもので、365の話題のうち3つを担当しました。それから、これも時間がかかったのですが、「動物のいのちを考える」(朔北社)がでました。これは編著です。8月には「シカの脅威と森の未来」(文一出版)が出ました。これは専門書で、前迫ゆりさんとの編著です。10月には「となりの野生動物」(ベレ出版)がでました。これは9種の動物の解説と、動物の言い分を動物になりかわって書きました。朝日新聞がとりあげてくれました。11月には「シカ問題を考える」(ヤマケイ新書)が出ました。シカ研究に長くかかわってきたので、いつか書かないといけないと思っていましたから、荷物を降ろしたような気持ちがあります。アマゾンの環境問題ジャンルで一位になっているそうです。来年の1月6日に「タヌキ学入門」(誠文堂新光社)が出ますが、印刷はできていて、私のところには届いています。動物学を勉強しながら、日本人とよりそうように生きてきたタヌキのことを、おとぎ話をよみときながら考えるような本にしました。「となりの野生動物」とタヌキの本では好きなイラストを描かせてもらいました。



というわけで多産な年になり、うれしいことでした。本というのは数年に1冊くらいのペースで出るものだと思っていたので、1年に数冊も出たというのは「びっくりぽん」です。


 一方、私生活では3女が6月2日に次男を出産、「大地」という名前に決まりました。すくすく育って、今は歯も生え、はいはいをするようになりました。


 11月26日にはが天寿を全うしました。91歳でした。病気ではなく、眠るように息をひきとりました。戦中に満州に渡り、父と出会って結婚し、文字通り命からがら引き揚げて、一生懸命生きました。「シカ問題を考える」の校正の段階で亡くなったので、あとがきに一文を添えました。1ヶ月経って、「いなくなったのだ」という実感がじんわりと効いてきました。
 生まれるものがいれば、死ぬものがいる。人生の大ごとを見た思いです。
 今年もつれづれな文章におつきあいくださり、ありがとうございました。これからもこうした調子で書いていきますので、気の向いたときに訪問いただければさいわいです。皆様、よい新年をお迎えください。
 
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狭山丘陵の里山(12月12日)ひっつきむし

2015年12月30日 | その他の調査地

ベリーは鳥や哺乳類に種子を運んでもらうための工夫で、動物に食べられて運ぶものなので、「体内散布」という言い方をすることがあります。それは「体外」があるからです。哺乳類の体にくっついて種子を運ぶもので、世間では「ひっつきむし」と呼ばれます。いろいろありますが、これはキンミズヒキです。果実の先のほうに、たくさんのフック状の構造があり、これが動物の毛につくわけです。

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狭山丘陵の里山(12月12日)ベリー

2015年12月29日 | その他の調査地
里山の話題がクリスマス関係で中断しましたが、戻ります。

タヌキやテンの食べ物を糞分析で調べているので、ベリー類の種子標本を充実させようとできるだけ集めています。よい図鑑も出たのですが、やはり本物と比べないと確信が持てないことがありますから、なんといってもホンモノがいるのです。この日もいくつかありました。


アオハダ


ノイバラ


マユミ

そのほかムラサキシキブ、ガマズミ、ツルウメモドキなどがありました。
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シカ問題を考える

2015年12月29日 | 研究など research
「シカ問題を考える」(ヤマケイ新書)についても朗報がありました。出たばかりですが、ヤマケイの担当のひとによると、Amazonの「環境問題」で売上トップになったそうです。ホントかなぁ。

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となりの野生動物

2015年12月29日 | 研究など research
「となりの野生動物」という本が出ましたが、28日の朝日新聞の夕刊で「エコ」というページでとりあげてくれました。動物に語らせたところが受けたみたいです。私はこの文章を書いた時、後ろから何かに押されるような感覚というのか、考えてから入力するのではなく、文章が先走って指がついていかないという感じを体験しました。つまり、動物がどんどんしゃべってくるという感じがしたのでした。

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クリスマスの約束

2015年12月28日 | うた
小田和正の「クリスマスの約束」のことは何度か書きました。今年のものはよかったです。一時、紅白歌合戦みたいな拡大傾向があり私はいやだったのですが、その次の年、横浜の赤レンガ倉庫でこじんまりしとしたものになり、「よいな」と思いました。今年もそこだったみたいです。平野レミの息子という才人がでて、長い時間のセッションをしていて、それはそれでとてもよかったのですが、一番感動したのは「悲惨な戦争」でした。
 私は高校になってこの歌を聞き、英語の歌詞がわかる数少ない歌だったので覚えてよく歌いました(文末に歌詞)。そう、PPMです。
 今回すばらしい歌詞訳が出ていて、ハッとしました。歌は3番あり、1番から3番までの最後にNo, my love, noとあって、あれは恋人が戦地に行くことを悲しんだ女性のことばだと思っていました。だから、「連れていって」のあとのNo, my love, noは「だめよね、やっぱりこの愛はだめなんだ」と。
 でも、あれは兵士になる男のことばだったのですね。1番から3番までの最後はNo,my love, noですが、最後はYes, my love, yes!です。だから、私は「そう、私の愛は確かなものだ、まちがいない、ジョニーは必ず帰ってくる」という自分の愛への確信とその確認だと思っていました。でもここでは「連れていって」という女性のことばに、男性が「わかった、そうしよう」と答えるのだと訳されていました。そうなると、また別の感動があります(ただ、私は今でも自分の解釈が正しいと思っていますが)。
 思えばこの歌ができたころ、アメリカはベトナムと戦争をし、ラジオで連日空爆のことが報じられていたのでした。誰もがアメリカが戦争をして負けるわけはないと思っていたし、音楽シーンではパット・ブーンとかコニー・フランシスなどの明るく健康な白人向けのポップスが流行っていました。そこにアメリカ自国の戦争を批判する歌が現れたということ自体が、思いがけず新鮮なことでした。「アメリカでは若者が戦争に反対している」それは私たちにただならぬことと思わせました。
 もっとも、PPMの歌はそういうものよりも、いわゆるフォーク(民)の歌、素朴な生活へのあこがれや手作り感を描写するものが多く、ハーモニーのすばらしさを伝えたと思います。ギターというシンプルな伴奏で、3人がハモる。そのことが音楽好きを刺激しました。そしてジョーン・バエズやボブ・ディランというさらにメッセージ性のあるフォークシンガーが登場する時代になります。当時の日本の若者はそれに共感しました。
 それにしても、「悲惨な戦争」はコード進行にしても歌詞にしても、いかにもシンプルで、だからこそ心に直裁に訴えるものがあります。ハイティーンになった私たちは、「今日は日曜日、月曜日になればあなたは行かないといけない」、「軍服を来ていっしょに行けば、誰も気づかない」、「人類すべてよりあなたを愛してる」という歌詞にどれだけ感動したことか。そしてみようみまねでギターを手にし、いっしょに歌ったものです。
 思えば、外国のことばが翻訳という手続きを通さないで、その意味が直接、心に入って来る心地よさを始めて体験させてくれたのは、この歌だったような気がします。
 この日の演奏でいえば、Jujuのヴォーカルがよかった。じつは私は彼女をこれまであまりいいと思ったことはありませんでした。声もいいし、歌もうまいのだけど、それをこれみよがしに前に出す感じと、どこかふてぶてしさをを感じていたのです。でもこの日の「悲惨な戦争」では、いつもの小手先の技術を抑え、ビブラートもほとんどかけず、じつにすなおに歌っていました。最後の最後で、声がちょっとかすれるように乱れました。でもそれはライブのよさ、緊張感のある演奏が「これで終わる」という安堵感もあったろうし、最後の「Yes,my love, yes」がリタルダンドで、音量も下がる終わり方だから、録音ならフェードアウトなどしたのだろうけど、喉だけで調節しないといけない。そういうことから乱れたのだと思います。ハッとしましたが、それが却って好感がもてました。
 これもそうですが、全体に70年代の香りがし(冒頭の”Today”からして、あまりヒットしなかったが、60年代の匂いのするとても落ち着いたよい歌で、クリスマスの約束では一度紹介しています)、私たちの世代には腑に収まりのよいものでした。「なごり雪」もピアノ伴奏で違うアレンジにし、とてもよかったです。ギターだとジャンジャンと、機械的にリズムを切る感じになるけど、あの歌は情緒的なので、ピアノで聞くとそのほうがふさわしいと思いました。
 サイモンとガーファンクルを演る前に、「むずかしいのに、むずかしく聞こえなくて、まちがえると、「なんでそこまちがえるんだ」なんて言われるのいやだよね」という会話が演ずる者の本音だなと思いました。バッハがそうらしいです。
 というわけで、わかりやすい音楽、ハーモニーの楽しさ、十二分に練習した演奏のすばらしさとナマの緊張感、聴衆とのほどよい距離感、小田のセリフなど、「クリ約」に期待するものが満たされ、とても満足しました(去年がひどかったからね)。




The Cruel War

The Cruel War is raging, Johnny has to fight
I want to be with him from morning to night.
I want to be with him, it grieves my heart so,
Won't you let me go with you?
No, my love, no.

Tomorrow is Sunday, Monday is the day
That your Captain will call you and you must obey.
Your captain will call you it grieves my heart so,
Won't you let me go with you?
No, my love, no.

I'll tie back my hair, men's clothing I'll put on,
I'll pass as your comrade, as we march along.
I'll pass as your comrade, no one will ever know.
Won't you let me go with you?
No, my love, no.

Oh Johnny, oh Johnny, I fear you are unkind
I love you far better than all of mankind.
I love you far better than words can e're express
Won't you let me go with you?
Yes, my love, yes.

Yes, My Love, Yes.

付記:この歌詞は繰り返し歌って諳んじていましたが、raging, grieve, comradeなどのことばはこの歌で覚えました。それからMonday is the dayのあとにthat your Captainとなるのが、英語の授業でおそわるカンケーダイメイシだと身をもってわかりました。「月曜日はキャプテンがあなたをよんで、あなたが従わないといけないトコロノ」だな、と。no one will ever knowというのも、「日本人ならany one will never knowといいそうだな」とも思いました。as your comrade, as we march along.で、asが戦友「として」とも、行進する「とき」とも使うんだなとも思いました。こういう歌詞は全部覚えてしまっていたから、試験で思い出して助けられたことがよくありました。
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クリスマス会3

2015年12月27日 | 家族
若いお父さんたちが忙しくて、全員集合というのがなかなかむずかしいんですね。この日も一人、出張中でしたが、それ以外は全員集合したので、記念撮影をすることにしました。みんなお気に入りのプレゼントをもって写ることになりました。6ヶ月くんは別の部屋でおねんねです。



 あとはのんびりし、子供はもらったプレゼントをながめたり、遊んだりしていました。お父さんはほろ酔いだったり、子供の遊びの相手をしたり。
 おばあちゃんと娘たちはくつろいでなにやら楽しそうに話しています。3人ともお母さんになってくれて、どうしても話題は子供のことになるようです。



 じいさんとしては、その会話には入らないというか、入れないというか、ちょっと距離をもちながら、聞くともなく聴きながら、こんなたおやかな時間をもてることの幸せを噛みしめる気持ちでした。サッチモではないが、What a wonderful world! であります。

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くリスマス会2

2015年12月26日 | 家族
お昼が終わってデザートを食べてしばらくすると、子供たちお待ちかねのプレセントの時間になりました。小さい子(といっても6ヶ月君はわからないので)からで、まず2歳君。懐中電灯みたいなライトやおもちゃや本をもらいました。包み紙をあける真剣なこと。



次は年中さん。自動車、とくに「働く車」が大好きなので、いろいろもらったもののうちでも、それが一番うれしかったみたいです。この大きな箱は駐車場の形をした箱で、遊び終わったら片付けにもなります。



次は年長さん。この前、自分の誕生日でプレゼントをもらったので、ちょっと慣れた感じ。



それから3年生。昆虫少年なのでファーブル昆虫記をもらってよろこんでいました。それとあこがれのFC東京のサイフ。



最後が5年生で、本が主体でした。シートン動物記もありました。



そのうえ、あしたはサンタさんが来ますから喜びの連続です。みんながほかの子にも心づくしのプレゼントをしますが、買うものはあまりなくて、作ったり、卒業したおもちゃを下の子にゆずったりです。気に入りのおもちゃですが、自分がよく遊んだおもちゃなので、その年齢の子にはうれしいものです。プレゼントは心だよね。

最後に、毎年手作りの素敵なクリスマスプレゼントを送ってくれる大阪の友達からのプレゼントを披露しました。包みからして手作りで、心の温まる手紙がそえられて、いろいろ素敵なものが入っていました。ハンガリーの刺繍とか、ドングリの本物の「帽子」にフェルトの色玉を入れたものなど、うれしいプレゼントに大人が大喜びしました。


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クリスマス会

2015年12月25日 | 家族
毎年恒例のクリスマス会を23日におこないました。今年は孫が一人増えて6人になりましたから、楽しさも倍増です。その子は半年になり、歯が生えました(この前指を噛まれて、ちょっと切れました。赤ちゃんの歯はとてもするどい)。ハイハイを始めました。ほかの子より少し早いみたいです。まだ歩かないから足がぷよぷよに太く、今日は3年生のいとこと太ももの計測比較をしました。この子は太ももの周囲が25センチ、3年生は28センチで、3センチしか違いません。ということは直径でいえば1cmほど、ま、3年生くんが細いということもありますが、いかに太いかがわかります。

 


こどもたちはしばらく遊んでいましたが、ごちそうの時間になり、おいしくいただきました。




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狭山丘陵の里山(12月12日)雑木林4

2015年12月24日 | その他の調査地
そのことと関連するかどうかわかりませんが、私が心安らかに感じるのは林の縁を歩くときです。広々とした空間もいいのですが、その明るさは「ハイ」な感じで、お昼を食べたり、遊んだりするにはよいが、落ち着いた気持ちにはなりません。
 その意味で、人は山の上や海岸で開放的な気持ちになります。私は思うのですが、そのことと、たとえばスポーツの開会式、閉会式、野外コンサートなどは、なにか人の特殊な心理を巧みに使っているような気がするのです。サルの1種であるヒトが、100人を大幅に上回る人数で行動するということは進化上ありませんでした。だから、そういう大人数が開放空間にいることはないために、そういう特殊状況になると一種独特な心理状態が生まれるのではないか。ナチはそれを利用した可能性が大きいし、赤の広場や天安門広場などもそういうものを感じさせる。ギリシアのコロセウムなどもそうかもしれない。
 ヒトの脳にそういうものに反応するものがあって、天才的な企画者、演出家はそれをとらえるのだと思います。

 ただの散歩なんだから、あれこれ考えるなって?たしかに。でも、林縁の小径をゆっくり歩きながらあれこれ考えるのは愉しいものです。歩くということと考えるということにもつながりがあるような気がします。・・・またあれこれ考えてる。


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