自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

最終講義20 留学生4

2015年03月31日 | 研究など research
アイムサさん(ノッティンガム大学)

ベネズエラのカロリーナさん(ガリンデス・シルバ)さんは金華山のシカの社会順位と性ホルモン濃度の関係を調べた。


カロリーナさん(ベネズエラ出身)


 アイムサさんがスリランカで調査していた2004年にスマトラ沖大地震が起きてスリランカ南部を津波が襲い、多くの犠牲者が出た。アイムサさんは現地に行って救援チームを編成して救助にあたった。ローズさんたちは孤児の教育支援のために「ゾウさん基金」を立ち上げ、募金を集めて孤児に贈った。この活動は現在も継続しているが、一部の孤児は大学に進学する年齢になった。2011年の東日本大震災のときは、この孤児たちから被災者激励の手紙が届いた。

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最終講義19 留学生3

2015年03月30日 | 研究など research
スリランカから来たローズ(ヴェラシンハ)さんはアジアゾウとスイギュウ、アクシスジカの種間関係を研究した。


ローズさんと(スリランカ, 1997年)

 夫君のパリタさんは熱帯雨林の哺乳類の果実利用を研究した。スペインのアイムサ(カンポス・アルセイス)さんはスリランカのアジアゾウの農業被害問題に取り組んだ。アイムサさんは現在、マレーシアのノッティンガム大学クアラルンプール校でゾウの大きなプロジェクトを進めている。



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最終講義18 留学生2

2015年03月29日 | 研究など research
 モウコガゼルから始まったモンゴルでの研究は、その後モンゴル草原の放牧圧が草原に、また草原の昆虫類に与える影響や、タヒ(野生馬)とアカシカの食性と群落影響への比較などに発展した。この調査では帯広畜産大学の佐藤雅俊さんと群落調査をした。二人でとったプロット数は1000を超えると思う。


モンゴル草原で群落記載をする(2010年)

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最終講義17 留学生

2015年03月28日 | 研究など research
 東京大学では中国、スリランカ、スペイン、ベネズエラからの留学生を受け入れた。中国から来た姜兆文さんはニホンジカとモウコガゼルの研究をし、それがその後のモンゴルでのモウコガゼルの調査につながった。
 初めて姜さんとゴビに行ったとき、吹雪にあって近くの店に泊めてもらったのだが、食べたインスタントラーメンが古かったらしく、二人ともお腹を下して苦しんだのはなつかしい思い出である。


姜さんと(中国内蒙古草原, 1997年)

 この研究はその後、恒川篤史さんとの共同研究となり、伊藤健彦さんの協力を得て、最新機器を使ってガゼルの長距離の季節移動が解明された。


ガゼルに発信機をつけて放逐する(2003年)

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最終講義16 東京大学時代2

2015年03月27日 | 研究など research
 その後、移った総合研究博物館では院生の指導と博物館活動をしたが、博物館には人類学、考古学などまったく知らない分野の一流の研究者がおられ、刺激に満ちた体験をすることができた。収蔵されている資料は文字通り日本の文化遺産の山であった。明治初期に作られた動物標本を運ぶときは、手が震えるほど緊張した。シーボルトが作った植物標本がオランダから里帰りしたとき、その標本が百数十年の時間を超えて戻って来たことに感動した。


哺乳類の骨格の展示
(2003年, 東京大学総合研究博物館)

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最終講義15 東京大学時代1

2015年03月26日 | 研究など research
1994年に東京大学大学院農学生命科学研究科で研究することになった。教授の樋口広芳先生と助教の宮下直さんの3人でスタートした。樋口先生はすでに日本の鳥類学を代表する研究者で、精力的に論文を発表された。とくにその後研究された渡り鳥の移動経路解明は世界が注目した研究である。学生に対しておだやかではあるがきびしく質の高い研究を求められ、研究室の運営という点でも見事であった。宮下さんはクモが専門ということだったが、すぐにそれ以外の動物にも取り組んで、すぐれて生態学的な研究を精力的に進め、あっという間に日本を代表する生態学者となった。二人のすぐれた研究者に出会い、研究のきびしさとそれによって得られたすばらしい成果を見たことは私にとって大きな学びとなった。


宮下さん、深見さん(手前), 高槻, 樋口先生(1998年)

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最終講義14 渡米

2015年03月25日 | 研究など research
 シカの研究をしていると、日常的に北アメリカでの研究成果を目にする。そういう毎日を過ごしているうちに、どうしても現場の研究体制などを見たいと思うようになった。1981年にカリフォルニア州立大学のマッカラー(D. McCullough)博士とカナダ、カルガリー大学のガイスト(V. Geist)博士に会いに行った。
 マッカラー博士とはずっと交流が続き、その後何度か来日し、金華山にも訪問された。


マッカラー博士と(31歳, 1981年)

 ガイスト博士とは1986年にカモシカの会議があり、再会した。


三浦慎悟さん, ガイスト博士と(1986年)

そのときにコロラド州立大学によってベイリー(J. Bailey)博士に会い、1985年と翌年、文部省(当時)の在外研究員としてコロラドで一年ほどを過ごした。


ロッキー山脈国立公園(コロラド州)にて
(35歳, 1985年)

 滞在中にカナダで国際哺乳類学会があり、シャラー(G. Schaller)博士に会った。自分がシカとササのことを研究していると話したら、中国のジャイアントパンダの研究に参加しないかと誘われた。そして帰国後数度にわたって四川省でジャイアントパンダのプロジェクトの参画してササの調査をした。


パンダ調査に参加してササを調査した
(36歳, 1986年)

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最終講義13 シカの角

2015年03月24日 | 研究など research
 シカといえば角が連想される。ウシやヤギにも角はあるが、シカの角は枝があり、毎年落ちて更新されるという点でユニークである。角は社会器官であり、オスが繁殖成功を高めるために角が「立派である」進化が起きた。そのためオスジカは角に投資をするが、その負担は大きい。したがってオスにとっては角を大きくして繁殖成功を高めるか、栄養の利用に無理をしないで生存率を高めるかのトレードオフがある。この問題は資源の乏しい金華山のような場所のシカにとって一層深刻な問題であるはずである。こうした観点から、島集団と本土集団の角を比較した。


金華山(●)と五葉山(岩手県●)のシカの
角の長さと重さの関係

 同じ長さの角であれば、島集団のほうが軽かった。つまり同じ物質投資をするなら島のシカの角のほうが細く、長い。また同じ体積であれば島のシカの角のほうが軽かった。一方、主軸と枝との関係は、島のシカで枝数が少ないことはなく、また重さはむしろ島のほうが枝への配分が大きかった。
 これらのことは島のシカは限られた資源をできる限り角に投資し、できるだけ長くするとともに、枝へ配分するというやりくりをしていることを示している。
 シカの角の分析は、哺乳類が資源不足な環境において、繁殖成功と生存とのトレードオフをいかに実現するかを理解する重要なヒントを与えると思う。
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最終講義12 シカの個体群学2

2015年03月23日 | 研究など research
 この試料は三浦慎悟氏らの協力を得て年齢査定された結果、死亡圧は年齢層によって違うこと、その年齢層は雌雄で大きく違うことが明らかになった。私は死体から胃内容物を採取して分析したが、枯葉や太い木の枝などが入っていて驚いた。この結果を「Ecological Research」に投稿したら、査読者から「なぜ全個体から採取していないか」というコメントが来た。私は「死体にはさまざまな状態のものがあり、胃内容物が得られるのはその一部に過ぎない。死体から胃内容物を確保する作業がいかに大変なものであるか想像願いたい。」という強い調子の反論をしたところ、そのまま受理された。自然から事実を引き出すことに対して机上の理屈を語ることに攻撃的になる自分を自己発見した思いだった。
 回収した標本から得たシカの歯を岡田あゆみさんが分析したところ、雌雄で年輪幅のパターンに違いがあることがわかった。オスはほぼ一定の年輪幅だが、メスは年輪幅が広い年と狭い年があった。南正人さん、大西信正さん、岡田あゆみさんらが継続してきた、100頭ほどのシカを識別し、出産履歴を長年追跡した結果と対応させたところ80%以上の確率で出産と年輪幅が対応していることがわかった。


金華山のシカの切歯歯根部に形成された年輪の雌雄比較

 これら膨大な試料は、並行しておこなっていた岩手県の集団と比較することができ、島集団が小型していること、歯の摩滅が速いこと、妊娠率が低く、初産年齢が大きくずれ込むことなども明らかになった。
 歯の摩滅については久保麦野氏との共同で全国のシカ集団と比較しても、金華山のシカの歯の摩滅は極端に速いことなどが示された。

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最終講義11 シカの個体群学1

2015年03月22日 | 研究など research
 金華山では1967年に日本で初めてシカの個体数調査がおこなわれ、その後、継続している。私が引き継いだ1990年代以降、毎年3月におこなってきたが、1984年と1991年の2回、シカの約半数が死亡するという出来事があった。
 シカなどの草食獣が新しい生息地に入って爆発的に増加し、資源を食べ尽くして崩壊するという「爆発崩壊モデル」は生態学の教科書にのる「定説」であった。だが、金華山では大量死はあったが、最大数の約半分で「底打ち」し、その後数年で、もとのレベルに回復した。このことは日本の植物の旺盛な生産力と関係する。大量死のあった年、私は東北大学や山形大学の協力を得て、鈴木和男君と島内を歩きに歩いて250ものシカの頭骨を回収した。


金華山で1984年に起きた大量死のときに回収したシカの頭骨群

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