自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

キノコ

2008年09月30日 | 植物 plants
急に涼しくなりました。この季節になるとキノコが目につくようになります。小平霊園の林にもキノコがありました。けっこう大きい者もありましたが、これは小さいほう。アカマツの中にコナラが混じっている林に生えていました。少し透明感のあるオレンジがかった茶色で、なんだか童話の世界を連想させる楽しさがあります。キノコはどうも勉強する機会をもつことができず、名前がわかりません。ということは認識をしていないということで、表層をながめているだけです。誰か名前を教えてくれる人はいませんかね。


キノコ 2008.9.23 東京都小平霊園
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ゲンノショウコ紅色

2008年09月29日 | 植物 plants
9月25日に富士山麓のゲンノショウコが白花だったと書きました。土日に町田里山で植物の調査をしましたが、そのときに紅色の花のゲンノショウコをみたので、見比べてください。まるで印象が違います。でも、です。東京のゲンノショウコは紅花というわけではありません。同じ場所に白いものもありました。したがって、25日の書き込みは正確ではありませんでした。


ゲンノショウコ 2008.9.28 町田市小山田
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機器

2008年09月28日 | その他 others
 小学校の3年生くらいの頃であったと思う。それまで許されていなかったノコギリを使ってもよいことになり、あれこれ工作で作った。ノコギリの使いかたや、金槌での釘の打ち方などを覚えた。同じ頃だったが、理科で電気のことを教わった。電池と豆球をつないで点灯したときの胸のどきどきはよく覚えている。少しずつ上達して、モーターを使うようになった。扇風機や自動車を作った。電池が力を送って光だけでなくモーターを回転させるということが、なんだか感動的だった。そうしてみると、世の中のいろいろなものが電気のおかげで機能していることが感じられた。
 リンゴ箱と金網を使って鳥かごを作ったり、ウサギ小屋を作ったりした。工作が好きなうえに動物はもっと好きだったから、楽しさは倍増した。そういう物を作るのは大人に近づくような気がした。大人も物を作ったり、修理をよくしていた。箱を直したり、塀を修理したりしていた。曲がった釘をまっすぐにして再利用したものだ。
 あの頃、家にあったものはたいてい修理の効くものだった。ラジオだって枠が木だったりしたから、調子が悪くなるとドライバー(ねじ回しといていたが)で裏板をあけて修理したりしていた。トースターなども手で開くもので、中がどういう構造になっているかよくわかった。
 テレビが現れた頃から機械がしろうとの手に負えない物になってきたように思う。それでも長いあいだはなんとか構造やメカニズムが見当のつくものが多かったが、ワープロやパソコン、携帯などが普及するようになるともうまったくだめだ。そもそも直してみようかなど思ってもみない。
 「機械」という字が木偏であることが懐かしいような、愛おしいような思いにする。機織り(機はハタと読むのだ)や糸巻き、水車などはマシーンではあるが、生きていて愛情を注ぎたくなる存在だった。かつては汽車*の壁や椅子さえ木製だった。飛行機に木偏は絶対おかしいと思うが、初期には木製の飛行機もあったのだ。そういう木製の機械は、傷めば休ませ、ていねいに修理して、またがんばってもらうという感じがあった。
 私はアナログ人間だからパソコンは苦手だ。苦手だが使わないわけにはいかないので使っている。だが、朝から夜まで使っているにもかかわらず、機織りのような愛着をもつことはない。パソコンに限らないが、ハイテク機器は、故障したら何がどうなっているか全然わからないから、修理を頼むことになり、えらく高い費用をとられ、しばしば「新しいのを買ったほうがいいですよ」と言われて、言われるがままになる。ずいぶん世話にはなるので、愛着のようなものがまったくなくはないが、しかし思い出にとっておこうという気にはならない。我が家にはもう動かない木製の古時計がとってあるが、それとはまったく違う、実に不公平な態度をとっているとは思うが、いたしかたない。そういうモノとつきあわないといけないというのは不幸なことであろう。
 鉛筆とシャープペンもそれと似ている。もちろん私は鉛筆派だ。鉛筆が木でなく、プラスチックになったら、私は鉛筆を使わないだろうと思う。「そんな好き嫌いいうものではありません」と言われそうだが、いたしかたない。私にとっては機能よりも素材のほうが大切だという感覚があるようだ。「木仏、金仏、石仏(きぶつ、かなぶつ、いしぼとけ)」と、ありがたい仏様の順にいうが、石の次にプラスチックが出現してしまった。いくらなんでも「プラ仏」は拝む気になれない。我ながらまことに理にかなわないことを言っていると思うが、この感覚は生物としての私の内側から出ているようで、どうにもならない。

* 山陰の田舎で育った私は電車というと市電をイメージしてしまう。とくに蒸気機関車などは「汽車」でないといけない。同じことを安野光雅さんが書いていた。

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スミレの種子

2008年09月27日 | 植物 plants
これは6月に書いたままにしていた文章です。

 通勤路に4月にマルバスミレが白い花をつけていたが、その後,気にもとめないでいた。最近になってふと立ち居土間って見てみたら、3方向にのびたサヤにあふれんばかりの種子を溜めていた。しかし、これは4月の花が結実したのではなく、花が終わってから株の脇から「閉鎖花」という花ともつかない花をつけて、それが結実したもの。なんでそんな無意味なようなことをするのか、植物学者はあれこれ調べている。




マルバスミレ 2008.6.29 東京都小平市
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湧水

2008年09月27日 | 自然 nature
小平霊園の林の中には道がありますが、それが数年に一度「川」になります。この写真は川そのもののようですが、注意深い人にはそうでないことがわかります。水の中に生えている植物が本来、陸上に生えるものだとからです。今年は雨が多かったせいで、川ができました。川の中に湧水があり、地下から水が供給されているのがわかります。



霊園の湧水 2008.9.23 東京都小平市
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ヒガンバナ

2008年09月26日 | 植物 plants
「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、私の住んでいる小平には霊園があるので、お彼岸にはたくさんの人がお参りに来ます。霊園はふつうのお墓とは違い、広々としていて明るい感じの場所です。一部には伝統的なお墓もありますが、多くは芝生に横長の墓石があり、ピクニックを楽しみに来る人もいます。
 そんな中にヒガンバナがあり、普段は忘れていますが、ほんとうに秋に彼岸の頃に咲くので、その存在を思い出します。植物の名前のつけかたもいろいろがりますが、多くは見た目の印象によるものです。花の時期が名前になっているのはめずらしく、しかもそれが実にふさわしい名前です。よく知られているのは、印象的だからで、改めて見ても、この花の色は強烈です。花の構造は原理的にはいわゆるユリと同じですが、花びら*は細く、反り返っていて、この色ですから、ユリとはまるで印象が違います。
 この霊園では木の下に生えていますが、やはり田んぼの畦のほうがふさわしい気がします。


2008.9.23 ヒガンバナ 東京都小平市

*花びらは6枚あり、3枚は花弁ですが、3枚は萼です。
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ゲンノショウコ

2008年09月25日 | 植物 plants
富士山麓でみたゲンノショウコはほとんど白でした。東京ではピンクでときに、濃い紅色のものもあるので、印象はずいぶん違います。町中の空き地にもある、ふつうの草ですが、こうして改めてながめると実に美しい。葯の紫色と柱頭のピンクなど、うなるような大胆な配色です。属はGeraniumで、フウロの仲間です。ヨーロッパの窓辺に鉢植えにするゼラニウムのこの仲間で、これになるとさらに印象が違います。
 フウロといえばモンゴルで大群落を見ました。膝よりも少し高いくらいの群落で、密生しています。イネ科の群落の中を歩くときとは気持ちが違います。注意して歩いても花を踏まないでは歩けません。心の中で「ごめん」といいながら歩く気持ちです。もっともそういうところにウマが来てムシャムシャと食べているのをみると、「そ、そうか。これもウマにしてみれば牧草のひとつか」と、納得というかなんというか、妙な気持ちですが。


2008.9.19 ゲンノショウコ 富士宮市


2008.7.27 Geranium sibericum, Bulgan, Mongolia
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ツリフネソウ

2008年09月24日 | 植物 plants
富士山麓にはツリフネソウがたくさんありました。今年の夏、モンゴルで訪花昆虫の調査をしたので、この種の花が気になります。ツリフネソウは名前のとおり、大きな花の上に細い柄があって、舟を吊るようにぶらさがっています。細長い円筒状ですが、この大きさがマルハナバチにぴったりなのです。花を正面からみると紅色の中に黄色い模様があって、いかにも「この奥においしい蜜あり」のシグナルを発しているかのようです。今度気がついたのですが、ハチが「着地」する部分は中央が「はこひだ」になっていて、左右に力がかかると開くようになっています。大きいハチが来たら開くようになているのですね。花の一番奥の部分はクルリと巻いています。オダマキなどにもある距(きょ)です。ここに蜜があるのですね。ハチはここをめざして筒の部分を進むわけです。花の天井にはちょっと変わった形のおしべがあり、ハチの背中に花粉がつくようになっています。
 ダーウィンは小さな変化の積み重ねが生物の形を作ったと説明するわけですが、こういう巧みをみると、「神の意志」で説明するほうがよほど納得できる気がするものです。
 それにしても、本能のおもむくまま、きれいな花にひきつけられ、「この奥に甘い蜜があるんだ」と信じて紅色の半透明な筒の中を進むハチに、もし創造力や洞察力があったら、実に楽しくワクワクする瞬間なのだろうと、子供のころ、土管などに入って遊んだときの胸のときめきを思い出しました。





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ヤマボウシ

2008年09月23日 | 植物 plants
秋を感じさせるものの一つに木の実、草の実がありますが、富士山麓にはそのひとつ、ヤマボウシがよくなっていました。小鳥が好んで食べる果実には直径5,6ミリのものが多く、それにくらべるとずいぶん大きめで、ガマズミなどに代表されるようなジューシーな果肉が入っているのではなく、サクサクとしたマシュマロのような果肉です。ベリーとしてはちょっと変わり者のようです。


2008.9.19 ヤマボウシ 富士宮市
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水滴

2008年09月22日 | 自然 nature
富士山麓での実習はあいにく天気がよくなかったのですが、それはそれで自然の楽しみはあるもの。散歩をしながら見つけたのは、イネ科の葉の上に並んだ水滴です。仲良くならんでいるようでした。直径5ミリはある大きなもので、例図となって葉の表面の微細なつくりが見えました。この写真を撮ったすぐあとにプルンと落下しました。なんだか拾いたいような気持ちでしたが、そんなことできるはずないと思い直しました。


2008.9.18 富士宮市
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