リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ごまかさないクラシック音楽(3)

2024年06月02日 16時34分55秒 | 音楽系

フーガとかカノンだけについて述べているのかもしれませんが、フーガやカノンも含めてバッハの音楽の一番の魅力はフレーズやハーモニーが「エモい」ことです。もちろんバッハが作るフーガやカノンはとても構成的で「完全なるシステム」ですし、書法も完璧です。でも彼の音楽の最大の特質はその様な構成的な音楽に使われているフレーズやハーモニーが「エモい」ことです。

マタイ受難曲のアリアのなんという甘美さ。宗教曲、しかも受難曲でこの甘美さはいったいどういうことなのか!高校生1年の時初めてバッハのマタイを聴いたときの思いでした。バッハが作り出したフレーズやハーモニーは時に甘美に、時に深遠にあるいはあり得ないような斬新さで響きます。これはフーガでもカノンでも同じです。

演奏家はこのことをきちんと受け止めて表現するわけで、けっして「機械論的な音楽の極致だ。人間なんていなくても勝手に作動する音楽」ではありません。勝手に作動してくれれば誰も演奏に苦労しません。岡田氏は根本的な誤解をしていると思います。

とはいうものの古典派、近現代に関して言えば本書はとてもインフォーマティブで興味深い内容でした。ただ本書の帯に「最強の入門書」とうたっていますが本書は入門書ではありません。あまり音楽がよく分かっていない方が本書を読んで耳年増になってしまうことが危惧されます。長い期間クラシック音楽をしっかり聞き込んだ方、演奏家の方には是非お薦めしたい本です。
 
「ごまかさないクラシック音楽」岡田暁生、片山杜秀著、新潮選書2023