リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

前書きにかえて

2022年01月24日 10時24分11秒 | 音楽系
近々きちんとした本の形にする初級中級者用曲集「イージー・バロック・ピーシーズ 1」の前書きを作ってみました。前書きと言っても簡単な創作ストーリーを書いただけなので、「前書きにかえて」としておきました。

前書きにかえて
(18世紀初め頃、ドイツのとある地方のお城で)

「ジャン、また今日もレッスンを始めようぞ」
「ははーっ。前回はメヌエットが大体あがりましたゆえ、今日は次のメヌエットに参りましょう」
「またメヌエットか。わらわはファンタジーを弾いてみたいぞ」
「どのファンタジーでござりまするか?」
「ヴァイス氏のじゃ。この間のコンサートで聴いた曲の中でも特に気に入ったぞよ」
「あの曲はよろしゅうござりまするな。はるばるドレスデンから招聘申し上げた甲斐があり申した。変幻自在のアルペジオで始まり、ぐっと盛り上がったところで、フーガが始まる。またこのフーガがすばらしい・・・」
「そちはファンタジーのタブは持っておるのか?」
「もちろんでござりまする」
「見せてたもれ」

 これはルイーゼ姫とそのリュート教師ジャンの対話です。ある日姫のお館にはるばるドレスデンからヴァイスを招きコンサートが開催されました。姫はその時の演奏に心を奪われ、特にファンタジーがいたくお気に入りのご様子でした。ジャンが持ってきた楽譜を見てパラパラと弾き始めた姫は、

「ここはどう押さえるのじゃ。わらわの指ではかなわぬぞよ」
「ははーっ。こういう風に押さえるのでござりますが、恐れながら姫におかれましてはいきなりアルペンの山に登るようなものでござりまする。それに音が出ただけでは、あのヴァイス氏の演奏のようにはなりませぬ。ファンタジーをお弾きになりたいというお気持ちはよくわかりまするが、何事にも道筋というものがござりまする。」
「そういうものか。ではどうすればよいのじゃ?」
「ははーっ。まず手にあった曲を選び、お気持ちを込めて弾けるようになるまで練習することでござりまする。曲は私めが姫に合ったものお作り申し上げます故、ぜひそれにそって精進して頂きとう存じます」
「さすれば、必ずファンタジーは弾けるようになるのじゃな?」
「御意にござりまする」

※ルイーゼ姫:ルイーゼ・フリーデリケ(1722-1791)。ドイツ南西部の連邦国家ヴュルテンベルクの皇太子であるフリードリヒ・ルートヴィヒの娘。ルイーゼはリュートを専属の教師に習っており、嫁ぎ先近くのロストック(ドイツ)に現存する手稿本に「ヴュルテンベルクのルイーゼ王女殿下のためのリュート曲選」と題されたページがある。この「王女殿下のためのリュート曲選」にある曲が他の手稿本にも見られ、そこでは作者名がジャン・フランソワ・シュヴィングハマーとあることから、王女のリュート教師はシュヴィングハマーである可能性があるが、詳細はわからない。
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ルイーゼ姫のリュート教師は専用の曲を姫のために作りましたが、現代ではなかなかそういう風には行きません。この曲集は第3巻(全36曲)まで作る予定ですが、曲はフランス、ドイツ、ポーランド、オーストリア、チェコあたりのソースから集め、それぞれに適宜運指を施し、ごくわずかですが加筆修正も行いました。第3巻の一番技術的に難しい曲でもルイーゼ姫が大好きな(架空の話ですよ)ヴァイスのファンタジーハ短調にはまだ届きませんが、そこまで行けばもうファンタジーの背中は見えています。「何事にも道筋というものがござりまする」by Jan