御父に喜ばれる道

  「人の歩みは主によって確かにされる。
   主はその人の道を喜ばれる。
   その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
   主がその手をささえておられるからだ。」(詩37:23-24)

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 レプタ銅貨2つを献金箱に投げ入れたやもめにイエスは彼女の信仰を見た(マルコ12:41-44)。いわゆるレプタのやもめにとっては御父への信仰がすべてであり、まさに彼女の道であった。 だから有り金すべてを献金しろと言っているのではない。むしろ、人それぞれに、御父に喜ばれる道があると思う。
 周り中からみじめな奴だと見られていても、自分はイエスと共にあって満足しているというのも、その道の一つだろう。このたとえは上のレプタのやもめに近い。
 「人の歩みは主によって確かにされる」のであり、自力でじたばたせずに天に従うとき、気づくと主に喜ばれ自分も満足できる道を歩んでいる。御父はずっと支え続けてくださり、これからも支え続けてくださる。

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 健やかな一日をお祈りします!

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