イエス・キリストの十字架、復活、そして「いのち」にあずかるということについて
平成隠れキリシタン
イエスの友
「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。
わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。」(ヨハネ15:13-15)
---
十字架に架かる直前のイエス。
イエスはいのちを敢えて捨てる。
なぜか。
友にもいのちを捨てさせるためである。いのちを長らえさせるためではない。
この難しいことについて、イエスは自ら手本を示す。これこそ神の愛なのだ。
このイエスはいのちを捨てて、そしてよみがえる。
友にもこの道を歩ませて、永遠のいのちの喜びに満たされて欲しいとイエスは願っている。
しもべは、イエスが何故敢えていのちを捨てるのかが分からず、想像も付かない。
だが、友はよく分かっている。あるいは、あとで合点がいく。
友としもべとでは、だから全く違う。
しかし、イエスのしもべが恵みによってイエスの友になるということが、ままあるのである。
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[一版]2017年 6月 1日
[二版]2019年 3月19日
[三版]2021年 3月14日(本日)
健やかな一日をお祈りします!
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わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。
わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。」(ヨハネ15:13-15)
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十字架に架かる直前のイエス。
イエスはいのちを敢えて捨てる。
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友にもいのちを捨てさせるためである。いのちを長らえさせるためではない。
この難しいことについて、イエスは自ら手本を示す。これこそ神の愛なのだ。
このイエスはいのちを捨てて、そしてよみがえる。
友にもこの道を歩ませて、永遠のいのちの喜びに満たされて欲しいとイエスは願っている。
しもべは、イエスが何故敢えていのちを捨てるのかが分からず、想像も付かない。
だが、友はよく分かっている。あるいは、あとで合点がいく。
友としもべとでは、だから全く違う。
しかし、イエスのしもべが恵みによってイエスの友になるということが、ままあるのである。
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