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北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

初雪の便り

2006-11-12 23:00:58 | Weblog
 週末は大荒れの北海道です。なあんにもできない。

【道内各地から初雪の便り】
 札幌でついに初雪が降りました。屋根や窓を叩くパラパラという粒の音は紛れもなく霰(あられ)です。

 窓から見ると、地面にあられの粒が当たって跳ね返るのが見えます。日中は雪片もひらひら舞って、冬の訪れを知らせてくれました。

 これでは来週末まで待てないと、ついに車のタイヤ交換を決断しました。

 今年の札幌の初雪は平年より16日遅く、昨年より3日遅いのだそうです。

 「12日までずれこんだのは、1962年以来44年ぶりで、偶然にも北海道日本ハムファイターズが前回、優勝した年(当時は東映フライヤーズ)と同じになる。(毎日新聞)」なのだそうで、よく調べるものですねえ、はい。

 根雪はいつになるのやら。
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友引は迷信か!?

2006-11-11 23:49:31 | まちづくり
 なぜか疲れがどっと出て午前中はぐったり。たまにはこういう日もあるのです。

【友引は迷信?】
 今日の北海道新聞札幌版に「友引の市営火葬場休業~『迷信だ』NPOが稼働陳情」という記事が載っていました。

 内容を要約すると、市内のNPO法人が市営火葬場を「友引」稼働させるように求める陳情を市議会に提出し、議会の厚生委員会で審査されたということなのです。

***(以下、北海道新聞からの引用)***

 友引は「葬儀を出すと、他人の死を誘う」とされるが、○○(記事では実名)代表は委員会で、由来は中国の占いで、宗教とは関係のない「迷信」であると指摘。火葬場が休業している現状について、
 ①葬儀を友引後にするため、遺体を安置する会場の費用や葬儀参列者の宿泊費用がかさむ
 ②遺体の痛みが進む
 などと問題点を挙げた。

 これに対して市保健福祉局の大津英三生活衛生担当部長は、友引も稼働していた1978年から82年までの一日の平均火葬数が1.9件と、それ以外の26.5件を大きく下回っていたことから「友引は利用が多いとは思えない」と説明した

***(引用終わり)*** 

 この背景には火葬場の改修に伴う一時的な不足への不安があるようです。現在札幌市には火葬場が二カ所あるのですが、そのうちの一カ所が改修のために二年間閉鎖されることになっていて、改修の始まる来年4月からは集中による混雑が予想されるとのことです。

 一部の議員からは「現在と当時の市民の意識には変化があるのではないか」という意見もあったようですが、市側は「稼働すれば人件費などで年間4千万円程度の支出増になり利用料値上げにつながりかねない」と稼働の考えはないと強調した、とも書かれていました。

 ところがこのNPOの調べでは全国の15政令都市で友引に休業しているのは札幌市のほか、川崎市など4市で、道内では函館市が稼働している、のだそうです。

 私は、迷信や風習、文化が経済とどのように関わるのか、という点で極めて面白い問いかけだと思いました。

 風習や文化、伝統的な考え方ということがらは「世間の常識」に由来するものですからもちろん法律や条令などにそのことを根拠として書き込むことは適当ではありません。

 世間の常識が変化すれば対応が変化しても構わないわけで、それを伝統の破壊と呼ぶか、時代の変化と見るかは判断の分かれるところです。私はなにか問いかけがあったときには、世間の常識を問いただしてみることは正しいアプローチだと思います。

 今回の件では、実際に友引に稼働させたときに収入に見合う利用が見込めるのかどいうことがとりあげられていますが、現実にはそれほどの利用は期待出来ないと思います。

 逆に友引も稼働させている他の自治体の例を見て、それらが今現実に友引の日にどれくらいの稼働率であるのかを調べる方が先のような気もします。NPOもそこまで調べたならば、「友引でも利用率は他の日と遜色がない」というくらいのデータを出せるならば力強い意見になるのでしょうが、そういうデータがなかったのでしょうか。

 更に言えば、現在稼働している自治体であっても、友引の日の利用率が少なければ稼働をとりやめるくらいの判断があっても良いのかも知れませんね。

 今回は、経済的理由を前面に出してその効率性を問うていますが、私自身の生き物としての感覚から言えば、何事につけ「一定の割合で休憩を取ることの自然さ」を大切にしたいものだと思います。
 例えその根拠が迷信や風習だとしてもです。

 施設の管理を携わる身から言うと、施設には点検や補修などもあるわけで、稼働することだけが行政サービスなのではなくて、稼働すべきときに安定した稼働を約束するということだって質の高いサービスの重要な要素だと思うのです。

 短絡的に考えると「伝統的な考えを破壊する不埒なNPO」や「楽をしたい安易な行政運営」という批判もあり得そうですが、一方的な視点ではなく、経済的、道徳的、心情的、伝統的など様々な角度からの合理性を十分に斟酌して総合的に判断していただきたいものです。

 私ですか?個人的には稼働しなくてもよいのではないか、と思いますが、皆さんはいかがですか?

  
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二つの軸の思考実験

2006-11-10 23:51:53 | Weblog
 週末もお天気が悪そうです。緑でも白でもない、グレーで憂鬱なシーズンです。

【雑談の効用】
 知人のAさんから「絶対に会わせたい、面白い先生がいるので是非飲みましょう」という誘いをいただいていたのが今夜。

 Aさんは全国に様々な人脈を持っているのだが、その彼が「この方だけはまた特別な先生なんですよ」と非常に崇拝している先生なのだから、是非ともお会いしてみたかったわけです。

 ご紹介していただいたB先生は、関西弁が漂う、温厚で優しそうな先生でした。実はその分野ではかなりの権威なのですが。

 話は実に多岐にわたり、面白い話題が次から次へと移って行きました。先生に触発されると、同席したメンバーもいろいろなネタを思い出すので、話題に対象が膨らんで行くのです。

「掛川でスローライフ運動を始めた頃に、『スローってなんとなく良さそうだけど、やっぱり駄目なような気がするんですよね。よく分からないな』と言われたことがあって、いろいろと考えた末に、ある図を書いて説明したんですよ」と私。

「昔はスローは駄目なことで、早くすることは良くすることだったわけです」
「なるほど」

「だから駄目なことを良くするということは、イコール遅いものを早くすれば良かった。だからいろいろなものが早くなることは便利になって良いことだ、と思われていたんです。だから不必要なくらいにとにかく早く便利にすることに力を入れてきたと思うのです」
「はい」

「それが、いろいろなものが充実するに及んで、実は遅いことと悪いことは必ずしも同じではないし、速いことと良いことも必ずしも同じではない、という風に社会が成熟してきたのだと思いました」
「それは面白い考えですね」

「そこで図のように、『遅い~速い』と『悪い~良い』という二つの直行する軸で捉えてみると分かりやすいのです。こうすると左下のように『遅くて悪いこと』ということもあるし、それを右上の『速くて良いこと』にするということがあって、それがこれまでのいわゆる『進歩』だと思ってきた。しかしこの図をよく見ると、左上のように、遅くても良いこと、いや遅いからこそよいことという事があり得るし、逆に右下のように速くて悪いこともあると思えるのです。だから遅いだけのスローが良いのではなく、その遅さに価値を見出すことが重要ですし、そのことは一人一人の意識の中にあるんだよ、と説いてきました。これが私のスローライフの考え方なのですが、いかがでしょう」

 すると先生は、「それは実に良いアプローチですね。実は二つの軸で考えて、どこに位置するのかな、という考え方は僕も良くするんですよ」との事。ちょっと嬉しくなりました。

「学生などを見ていて、思考実験的にいろいろな軸を考えるんですよ。『人が喜ぶのが嬉しい~自分が喜びたい』という軸とか、『消極的~積極的』を考えると自分はどこにいるかな、なんてね。そういう二つの軸で説明するといろいろなものが見えやすくなりますよね」

 するとAさんが「それなら女性を語るのに、『綺麗じゃない~綺麗』軸と、『話して楽しくない~楽しい』軸ということはどうですか?」と意見。

 すると先生はすかさず、「そういうのは駄目なんですよ。良い、悪いという評価になってしまうような軸だと、全部駄目に入ってしまう人は浮かばれないでしょう。良い悪いではなくて、異なる価値観だということが大事ですね」とたしなめました。

 なるほど、こういう表での思考実験は、結果がマイナス面を浮かび上がらせるのではなく、違いを明らかにするということに力点を置くべきなのだということでしょう。

 さて、いろいろな軸の組み合わせで世の中を観てみるとどうなるでしょう。案外面白いものですよ。

 今日も面白いお話が出来ました。世の中は広い

 

 
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市民フォーラム~市役所はどこまで変わったの?

2006-11-09 23:48:52 | まちづくり
 しとしと雨が降る鬱陶しい天気ですが、気温だけは下がらず、気持ちが悪いほどです。
 そろそろどかっとくるかなあ。

【市民フォーラム~市役所はどこまで変わったの?】
 今夜は職場の近くで札幌市民フォーラム「市役所はどこまで変わったの?」が開かれるというので参加してきました。考えてみると掛川を離れてからこうした市民フォーラムに参加することもありませんでした。

 自分の住むまちの動きを生で見てみようと思ったのです。

 時間は18時半~21時までと少し遅めですが、学生さんからサラリーマンから若い女性まで約300人くらいの人が参加したでしょうか。

 構成は二部構成で、第一部は上田市長さんからの基調報告、第二部は北大の宮脇先生をコーディネーターに迎えて、市の行政評価委員となった二人の市民の方と市長の四人でのパネルディスカッションというものでした。

 最初の基調報告では、これまでの3年5ヶ月の在任中に行った様々な改革について思いを述べる報告がなされました。

 まず最初に行ったのは職員の接遇研修で、来庁者に対する言葉遣いから変えていったそう。そのほかには市民との情報共有を図ったり、職員のコミュニケーション能力の向上にも努めたのだそうです。市役所職員も1万5千人近くもいると、いろいろな人がいることでしょう。

 財政改革にも努め、二年間で約270億円の歳出削減を行ったということでしたが、数年後には300億円規模の歳入不足が予想されていることから、まだまだ改革を進めなくてはならないとのこと。

 行政評価委員会のお二人からは、「事務局の文書をチェックするようなものではなく、職員ヒアリングからはじめて、感じたままの提言書を出せた」とのこと。ホームページでも内容は公開されているそうですから一度見てみることにしましょう。

    *   *   *   * 

 第一部と第二部の間の休憩時間に、会場から質問や意見を募集していたので、質問を一つ書き込んで係の方に渡しました。パネルディスカッションの最中にコーディネータの宮脇先生が多くの紙の中からいくつかを選んで紹介するのだそうです。

 「質問の機会があったら質の高い質問をせよ!」とはいつも私が言っていることですが文字通りの実践。私の質問もなんとか採用されて読み上げられました。質問をする力も大事です。

 私の質問は財政改革に関連して、「財政の支出を削減することが大事だと思いますが、市営交通やゴミ収集などの現業部門に対して民間委託を拡大することをどうお考えですか?」というもの。

 宮脇先生から質問を振られた市長さんは「ゴミは減量すべく努力をしています。(現業部門は)全部公営と全部民営の間のどの程度がよいのかを考える必要があると思います。不当に経費が高いかどうか、と言われると、私はいまの状態で不合理ではないと考えています」と回答。なるほど、そうお考えですか。

「市営交通の赤字問題ですが、これはインフラにお金をかけすぎたのと、計画通りに乗客が伸びていないのが原因です。計画では80万人が乗るという計算なのですが、現在これが56万人しか乗っていただけていないので赤字になっているのです」という回答でした。

 こちらもなーるほど、上手に交わしたと言うべきでしょうか。本当に訊きたかったのは、市営交通の支出に占める人件費の割合が高いために赤字体質であることが問題なのではありませんか、という点なのでした。

 私としては、インフラは社会資本なのでそこに補助金をもらいながら建設費をかけると言うことはある程度認めても良いと考えるものです。しかしその運営が単年度でいつまでも赤字を出してそこへ一般会計から補填をし続けるということはまさに改革の対象ではないのだろうか、ということです。
 そこへの言及がなかったのはちょっと残念です。

 今日の講演や発表の中では実行されたことについての説明が多かったのですが、そのことはそれとして、本当の問題は、実は手がつけられていない、あるいは手がつけられない問題がどこにあるのか、ということなのです。
 そして説明のなかったそれらのことには案外気づかないものだなあ、と思うのです。

 上手くいった事を説明される分にはあまり批判も出ないでしょう。ホームページという情報公開手段も、なされたことしか書かれていないわけで、触れられていない事が何かと言うことを見抜く目も必要なのですね。

 実は、こういうことは交渉術の上では良くあることで、自分が得意なこちらの土俵に乗ってくれた人と意見交換をするのであれば、こちらの準備も出来ているのでそうそう負けることはないのです。

 問題はこちらの土俵に乗ってくれずに、「こちらに来い」とばかりに自分のリングに誘いをかける相手で、これは手強いことになるわけです。どちらの得意なフィールドで戦うかという時点で既に戦いが始まっていると言えるでしょう。 


 「市役所はどこまで変わったの?」という問の裏側には「やっぱり変わっていないことは何?」という問がありえます。物事の全体を俯瞰する視野と、特定の問題には専門的に突っ込むことのできる専門性のバランスが大事です。

 それもまた眼力というべきなのでしょう。

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【番外編】単著もないのに~はてなダイアリーより

2006-11-09 23:47:10 | Weblog
 「はてな」とは、『株式会社はてな』が運用する高機能ブログサイトです。

 現代用語の基礎知識2007に、このはてなが提供する「はてなダイアリーキーワード」が掲載されたとのことでした。現代のネット社会での流行言葉を知る上では貴重なサイトですので、一読の価値有りです。

 現代用語の基礎知識に掲載されたのは全部で95語ということでしたが、言葉遊びに関しての知恵には思わず笑ってしまいます。ネットのあちら側には日本語の達人のなんと多いことかと感動ものです。

単著もないのに】というフレーズが流行ったそうです。

 ブログやネット上での言い争い(書き争い?)に端を発して、それをさらに派生させて遊んでしまっている様子がうかがえます。

 はてなのサイトによると、ことの経緯は『ライター・鈴木芳樹 id:yskszk 氏の「せめて単著を出しやがれ。そうでもなけりゃ相手にする気にゃなれん」という発言に由来するフレーズ。2006 年 6 月初旬から中旬にかけて流行』とありました。

 傑作なのはその後で、『返しの派生フレーズとして、「単著ないですよ。俺単著させたらたいしたもんだ」というのがある』ときたもんだ。ははは!思わず長州小力の顔が浮かんで爆笑!

 いや本当にたいしたもんです、はい。

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本当に欲しい情報

2006-11-08 23:21:15 | まちづくり
 昨日の嵐や道東佐呂間町での竜巻被害が嘘のような穏やかな一日。昨日亡くなられた方は働き盛りの年齢の方が多く、悲しみがつのります。

【これきてドットコム】
 観光関係の会合に出席して、面白いお話をたくさん聞きました。

 講演をしてくださったのは、北海道へ旅行するときに「一体何を着て行けば良いのか?」という疑問に答えるホームページサイト「これきてドットコムhttp://collekite.com/」をマネジメントしているYさん。

 ちょっとした会話の中から、北海道へ旅行するときには着る服は一体何が良いのかという情報がない、ということに気づき、それを提供するサイトを作ったところ、一日に2万件以上ものアクセスが殺到してサーバーがダウンしたのだそう。

 そして「これきてのサーバーダウン」と報じられたところでさらにアクセスが加速して復旧がままならなかったという裏話もご紹介いただきました。

 結局、「食だ」「景色だ」といった道内にいる側が送りたい情報と、道外にいる人が求めている情報のミスマッチに気づき、その差を埋めようとしたところに成功の秘訣があるようです。

 サイトのトップページには、二軒の美容院スタッフと来店客の協力を得て、その日のお客さんの洋服姿を写真で紹介しているのだそうです。

「外を歩いている人に声を掛けたりすると、『えー?髪がぼさぼさだから』とか『気持ち悪い』とか言われて断られるものですが、美容院だときれいになっている状態ですから『いいですよ』と言ってくださるお客さんが多いんですよ」とか。

 これもまたちょっとした気づきの世界です。

 与えられる情報と欲しい情報の差に気づきたいものです。やはりよそ者の力が必要なのでしょうか?

    *   *   *   * 

 夜に知人と飲んでいて、「まちづくりのリーダーについてどう思うか?」と訊かれました。

 もうだいぶ酔っていた私が答えたのは、「やはりお手本があると良いのではないでしょうか」ということ。
「お手本ですか?」

「そうです。自分が『こうありたいものだ』という一つの理想像を思い描くことが出来れば、それに向かっていけるとおもうのです。その対象は古典の中に求めても良いし、偉人伝の中に求めても良いでしょう。幸い私は掛川で優れた市長に仕えたので、自分の中に一つのお手本の姿が具体的な形としてあります。何か一つ、そのようなありたい姿を持ち、遠い道だけれどそれに近づけるように努力するということが大事なのではないでしょうか」

 ううむ、少し酔いすぎたようです。

 そういえば先日行われた秋の叙勲で、私の仕えた榛村前掛川市長が地方自治功労で旭日中綬章を受章されたのだそうです。さっそくお祝いのご連絡をしたところです。

 お手本は手が簡単に届かないほど遠い方が良さそうです。おめでとうございます。
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佐呂間町の竜巻

2006-11-07 23:18:56 | Weblog
 まだ平地には初雪が降っていません。どうやら今年は雪が遅いようです。
 
 今日も日中は雨で雷も鳴っておりました。季節はずれな、と思いつつ手元の歳時記を開いてみると「夏の季語だが日本海側では冬も多い」とされています。世の中にはまだまだ知らないことが多いのです。
 
【竜巻災害に呆然】
 午後職場に衝撃が走りました。道東の佐呂間町で竜巻が発生して9名が死亡したというニュースです。

 この被害にあった現場が実はわが開発局の網走開発建設部が発注した工事の業者さんのものだったのです。

 天災と言ってしまえばそれまでなのですが、それぞれ仕事に一生懸命だった人たちばかりです。誰が現場の打ち合わせ中に竜巻の進路に巻き込まれることを想像できたでしょうか。

 現場ではすぐに被害者の救出が行われたようですが、なにしろ一瞬の出来事で竜巻が過ぎてしまった後にはがれきの山が残るばかり。

 打ち合わせの建物は二階建ての建物だったようですが、二階の部分が吹き飛ばされて中にいた人たちが犠牲になったのです。亡くなった方達の年齢を見てもまさに働き盛りの方達ばかりでなんとも痛ましい限りです。

 テレビで見る限り、建物の屋根は吹き飛ばされるわ大きな車も横転しているあたりは考えられない力の風が吹いたことが予想されます。

 札幌の方でも警戒態勢が敷かれましたが、担当の職員がすぐに現地へ飛んだのを除けば、待機組は現地からの情報を待つばかりです。

 政府からもあるいは与党からも担当大臣以下の視察部隊が既に何人か現地入りしているほか、明日以降も要人が次々に現地視察と慰問に駆けつけてくれることになっています。

 確率で語れば何十年に一度は発生する確率があること、で済まされるのかも知れませんが、その被害を直接被った人にはどういう因縁だったのか、とやるせない気持ちで一杯です。

 明日以降、復旧と復興活動が始まることでしょう。亡くなられた方達のご冥福を心からお祈りしたいと思います。  合掌
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「ウェブ進化論」を読む~その2

2006-11-06 23:49:31 | 本の感想
 気温はそれほど低くないものの朝から雨。落葉が促されて、木々もいよいよ冬を迎える準備です。
 
【ネットの『こちら側』と『あちら側』】
 前回ご紹介した梅田望夫著「ウェブ進化論」の二回目のご紹介です。

 今日はネットの『こちら側』と『あちら側』というお話し。インターネットをする人なら必ずパソコンは持っているはずです。

 大概の人は電子メールを受け取ると、自分のパソコンのハードディスクに格納するでしょう。そして昔のメールを自分のハードディスクの中から探すことでしょう。

 パソコンの中には自分で買った色々なソフトが入っていて、もちろん自分が作った文章や年賀状の宛名などのデータもたくさんあるはずです。この自分のパソコンを使ってインターネットに接続していますが、このようなインターネットの利用者や私達の回りの物理的な世界のことをこの本ではネットの『こちら側』と呼んでいます。

 つまり何となく自分自身でその様子が意識できる範囲でもあります。

 そして一方、ネットの『あちら側』とは、インターネット空間に浮かぶ巨大な情報発電所とも言うべき、バーチャルな世界のことです。そこではネットを介して世界中で均質なサービスをほぼ同時に提供することができます。

 手触り感のある『こちら側』と違って、ネットの『あちら側』はバーチャルな想像の世界であり直接目で見ることができません。そのため一体何が起こっているのかが掴みにくい世界でもあります。

 しかしもはやアメリカのコンピューターサイエンスのトップクラスの連中はもはや、その才能の活かしどころをネットの『あちら側』と見定めたようです。

 IBMが2004年にパソコン事業部門を中国に売却したというニュースが走りました。実はそれこそが、巨人IBMですら、ネットのこちら側にはもうビジネスチャンスはないと見限った一つの行動だったのです。

 もはや安いパソコンさえあれば、ネットの『こちら側』においた情報を『こちら側』で処理するよりも、『あちら側』に置かれた情報を『あちら側』で処理する方が高性能かつ、合理的だという常識が誕生しつつあるのです。

 もはや高い付加価値と性能を争ってパソコンを売る時代ではなく、パソコンなどそこそに動けば良くて、高速のブロードバンドに接続できる環境さえあれば、必要な能力はネットの『あちら側』から調達できる時代になったということなのです。

    ※    ※    ※    ※

 前回もお話ししたグーグルはその思想の最前線を走る企業です。彼らは世の中の情報をネットのあちら側に置かせることで、世界中の情報を検索して利用できるようにすることを一つの目標においています。

 そしてメールの内容を判断して、その内容に沿ったスポンサーの広告を全く自動的につけるというサービスも研究しているのだそうです。

 そうすると例えば私がこのブログで「北海道のおぼろ月というお米が美味しい」と記事を書いたことを察知して、自動的に登録されているいくつかのお米やさんのバナー広告がブログにくっついてくるということが可能になります。

 しかもそれはいつも同じ会社の広告がついているのではなく、毎回記事の内容ごとに会社が違うという芸当すらできるのです。

 私のブログの記事を読んだ読者が、美味しいお米が食べたくなってついそのお米や産のホームページをクリックするとそのことで私にお金が入るというシステムもできあがっています。

 こうしたネットのあちら側での動きは、理屈で視覚的に説明できるものではありません。あるがままに理解する力が必要なのです。大変な時代になったものです。

 しかしそんな事の中から一つだけ真理が語れるとしたら、それは「情報の受信者と発信者の間にものすごい格差が生じる可能性がある」ということです。

 ネットの世界はウィルスあり、いたずらメールあり、中傷ありと悪いことが強調されがちで、その怖さが宣伝されがちですが、それらに現実的な対処をしつつ、玉石混淆の情報の海を泳いで行くことがネット時代の強い生き方だと言えるでしょう。

 そして「常に情報発信者たれ!」ということがネット時代の自立した個を生きる中心的な行動様式のように思います。

 それが現代の”Boys, be ambitious! ”なのだと言ったら大げさでしょうかねえ。

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講義の後の意見交換

2006-11-05 23:19:07 | Weblog
 三連休の3日目。いろいろな知人からお誘いがあって嬉しい限りです。
 
【北大講座の裏話】
 昨日の北大での観光公開講座は知的興奮の連続で大変有意義な時間を過ごすことが出来ました。講師陣も充実していて、来春からの開講が楽しみです。

 ところで、今回のこの公開講座のパンフレットを知人に見せたところ、「あ、僕このS先生を知ってますよ。懐かしいなあ、夜でも会って飲みたいなあ。もし良かったら紹介しますから、こままささんもいかがですか」とのことでした。

 S先生というのは、昨日もコメントした「よそ者の効用論」を展開してくださった方です。

 「先生の都合が良ければお願いします」と伝えたところ、今日の夜なら空いていますという返事が来たとのことで、今日の夜は昨日の講師と友人と3人で会食をすることになったのです。なんとまあ、また縁が広がったようです。

 講師からは、講演のお話を聞いた後にお酒でも飲みながら思うところを意見交換すると言うところに本当の意義を感じる私としては、お話を聞いてわずかな質疑応答で終わる講義は、その後にお互いを高めるためには不十分に思うのです。

 ですからこういう機会に講師と直接意見交換が出来るというのは大変な楽しみです。

 S先生はお会いしてお話を聞いてみると、年齢が私より一歳下とのことで、まさに同じ世代に属する人種でした。ご自身の論文や発言要旨は大概ホームページにアップしていて、講義の内容を確認するための手段をすべて公開することに積極的です。これもまた実に共感すべきふるまいです。

 私がブロガーです、と伝えると、「講師の側から見ていると、聴衆の中の情報発信者であろうとする人と、聴くだけという人の違いが分かるものです。こままささんは情報発信者の聴き方をしているように思いました」とのこと。ほう、そういうことが分かるものなんですね。

 話は講義の内容にも及んで、「あれだけの内容を一時間に収めるというのは、濃厚なシロップを飲まされているかんじでした」と言うと、「私もそう思いましたけれど、講義の内容を出来るだけ詰め込んで欲しい、という要請もあったのです。よそ者論だけで2時間の話が出来るのですがね」とも。

 まだまだいろいろなことが教えて頂けそうですよ。

    *   *   *   * 

 さて、昨日の講義で少し疑問に思ったことを率直に訊いてみました。
「昨日はマスツーリズムの対極にある概念としてエコツーリズムを挙げられましたが、動植物や環境を相手にするイメージのエコツーリズムだけではなく、地域の歴史や文化、ちょっとした町並みや風景などを楽しむような地域ツアーもあるのではありませんか?それもエコツアーという概念に含まれるのでしょうか?」

「むむ、そこに気づかれましたか。実はパワーポイントのファイルを整理していて、一枚抜けてしまったのに講義中に気づいたんです。実はそれがSITという言葉です」
「SITというのは?」
「英語でSpecial Interest Tourの頭文字で、特別な興味を楽しむツアーという意味です。文化や歴史などはこういう分野でくくることができ、そういう意味ではエコツアーもSITの一つと言うことが出来るでしょう」

「なるほど」
「もっともこれが充実していなかった頃はSindemo Ikitakunai Tour(死んでも行きたくないツアー)の頭文字と言われましたが、今ではSugoku Ikitai Tour(すごく行きたいツアー)に変化してきましたよ。パワーポイントのファイルを入れ忘れるとは、失礼しました」

 それでやっと分かりました。より広い意味の地域の宝を案内するガイドツアーの可能性を信じて、これからも頑張ることにしましょう。

 来春の北大にはよそ者の観光研究者と実践者がたくさん集まってきます。相当面白いことになりそうですよ。

 
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北大観光講座の2日目

2006-11-04 23:52:16 | Weblog
 今日も絶好の行楽日和ですが、我が身は昨日に続いての観光講座の聴講です。
 北大校内の紅葉が綺麗です。
 
【北大公開講座を聴く~二日目】
 今日は昨日に続いて、北大の公開講座で「観光創造の理論と実践」について講義を聴きました。

 今日も5コマの講義ですが、最初は石森先生のコンベンション観光の効果についてお話しをいただきました。

 コンベンションとは学術会議などで世界中から多くの人が集まるイベントです。このためには1000人~2000人が収容できる会議場が必要で、同時にそれだけの人が宿泊できるホテルなどの周辺施設も重要です。

 さらには食事のケータリングサービスや人の移動などの交通手段も必要です。コンベンションはこれだけの施設が要求される一大イベントなので、都市規模としてもそれなりのところでなくては用意ができません。

 また、会議を主催する側にとって見ると、世界中のどこにしようかと考えるわけでライバルも多いというわけ。要求水準の高い主催者側の眼鏡にかなうのはなかなか大変そうです。

 しかしそれだけのイベントを開催してもらえれば、直接・間接にその経済効果は大きなものがあるため、誘致に力を入れる自治体も多いというわけです。

 特に最近は、コンベンションからMICEと呼ばれるものも増えてきている。MICEとはMeeting Incentive Conference EVENTの頭文字を集めたもので、集団の会合の他に企業の報奨旅行なども含む概念だとか。

 保険のおばちゃんなどで成績の良かった人だけが海外旅行へ連れて行ってもらえる、というイメージですね。なんでもかんでも、選んでもらえることが大事なのです。

    ※    ※    ※    ※

 さて、今日の講義のなかで最も面白かったのはS先生の「エコツーリズムによる自律的な地域づくり」でした。

 マスツーリズムは、地域外でデザインされたツアー商品で、地元の地域は自然や文化という部品提供になりさがっていると先生は言います。

「部品供給であれば、買ってもらうには良くするか値段を下げるしかなくなるんです」

 これに対してエコツーリズムは、完成品を地域でデザインすることであると言います。そのため、「必ずしも地域で全てを用意しなくても良いのです。無いものを無理して作ろうとするよりも、無いものはよそから持ってきたって良いのです。そういう割り切りをして良いのです」とも。

 エコツーリズムといいながら、なんだか掛川で行っているような地域を案内する地域文化巡りツアーのようです。

 エコツーリズムの利点を先生は
①資源や環境の管理を必要とする
②日常に埋没した価値を他者の目で発見できる
③利用者も参加して向上することができる
④地域の製品のデザイン能力アップ
⑤地域内の結びつきを作り出す  として挙げています。

 しかしまた同時に弱点もあって、「エンターテインメントなのに、勉強だ、学習だと思われてしまっていて、ガイドの方も勉強を要求しがちになることがあります。あくまでもエンターテインメントなのだ、というところから出発するのがよいでしょう」ということだそうで、なるほど、確かにそう言う側面がありそうです。

    ※    ※    ※    ※

 S先生のもう一つの話題は、よそ者の利用について、でした。

 よそ者のもたらす効果として先生は、
①技術や技能などの知識を地域へともたらす
②地域の創造性を起こす
③地域に蓄えられている知識を他者に翻訳できる
④地域の知識の変容
⑤しがらみがない   と5つ挙げました。

 私も掛川にいて特に、③の地域の知識を他者に翻訳する役割というのが案外大きいということを実感しました。地元の人達はもはやあうんの呼吸で分かり切っていることが、案外外には伝わっていないということがあるために、その間を取り持って通訳をする必要があるのです。

 通訳というからには両方の立場が分かっていなければならず、そこに地域に入ったよそ者の登場する余地があるのです。

 特に外部の専門家による地域への関わり方には四つのモードがあるといいます。それは、
①出前モード → ぽっと来て話をするだけ
②調査・研究モード → 地域を研究してくださるだけ
③一体同化モード → 短期的に地域にいて解決方法を押しつけがちになる
④解決力向上モード → 地域を見守り、アドバイスをしながら地域が自分たちで問題を解決する力をつけて行く

 外部のよそ者であっても、地域内にはいると地域の目になり外の視点が曇りがちです。常にそうならないように自戒したいものです。

 それにしてもただ講演するだけでは「出前モード」と言われてしまうんですね。うーむ…。

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