駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

Tri-anGle『ライム』

2022年12月04日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 澤田写真館、2022年12月3日16時25分。

 20世紀初頭の欧州、大戦下。有機物を石灰化する化学兵器TR0310を開発した軍事研究員(華波蒼)が忽然と姿を消した。3年後、さびれた港町のとある船内で仲間(月夜見翔)を待つ彼のもとに、見覚えのある神父姿の男(斎桐真)が訪ねてくる…
 脚本・演出/平野華子、楽曲提供/梟、振付/千泥遙。予測不能のミステリーコメディミュージカル。全1幕。

 劇団メリーゴーランドの舞台には知人に誘われて行き始め、直近だとこちらなど。その後いろいろあって今の男役3人芝居におちついたようです。前回の公演は日程的に行けなかったので、久々の観劇となりました。場所は、普段は本当にフォトスタジオなのかな? 撮影の背景に使うのだろうスクリーンや床から一段上がったステージ、暗室…なんて今どきないか、ともあれスタッフルームらしき階上へ上がる階段などが効果的に使われた、劇場ではないもののおもしろい会場でした。生声で十分な気もしたけれど、歌があるのでマイクを使っていたのかな。ともあれ十分生声が聞こえる距離での観劇となりました、ありがたや。なのでついついお衣装とかをガン見してしまう私…
 それはともかく、毎度脚本が秀逸な舞台で、構成が上手いとか台詞がいいとかはもちろん、モノローグやふたりや3人の会話の掛け合いで話が進み、キャラクターと関係性と過去やいきさつ、その行き違いや誤解、真意などが見えてきてドラマが立ち上がり、二転三転揺さぶられ、ちょいちょい笑わせられて、やがて希望の船出をするエンディングに押し流されたどりつくのが本当に快感なのでした。比喩のおもしろさとか、ちょっと海外文芸みたいでした。ホントよかった。
 役者の個性がまた毎度三様で、それぞれハマり役なのも楽しいです。そして私は毎度斎さんのその役ならではの発声にシビれている気がします…
 こういう小さい劇団の活動はコロナ禍でさらに大変なことになっているんだろうと思いますが、演劇でないとできないことがある、演劇をやりたいんだという人は演劇をやるしかないわけで、私たちもまたその演劇を観たいからこそ追っかけるのである…という行為をしんどくてもなんとかつなげていくしかないんだな、とか思ったりしました。
 本日千秋楽ですね、どうぞご安全に。




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『ショウ・マスト・ゴー・オン』

2022年12月02日 | 観劇記/タイトルさ行
 世田谷パブリックシアター、2022年11月30日18時。

 とある劇場の舞台袖。舞台監督の進藤(鈴木京香)のもと、舞台監督助手の木戸(ウエンツ瑛士)、演出部ののえ(秋元才加)たちが慌ただしく開幕の準備をしている。芝居の演目はシェイクスピアの『マクベス』で、この劇団のオリジナルバージョンだ。だが、間もなく客入れも始まるというのに、マクベスを演じる肝心の座長・宇沢(尾上松也)の姿が見当たらない。劇場に来るはずの外国人演出家は迷子になっているようだし、若い演出部のスタッフは連絡もなく現れず、ミュージシャンのひとりも来られなくなった。波乱の予感しかない開幕前。次から次へと襲いかかる想定外のアクシデントを、役者とスタッフたちは切り抜けることができるのか…?
 作・演出/三谷幸喜、美術/松井るみ。三谷幸喜が劇団東京サンシャインボーイズ時代に書き下ろした1991年初演の伝説のコメディ、28年ぶりの再々演。全2幕。

 初演と再演(94年)は進藤さんは西村雅彦(現・まさ彦)で、今回は女性にしたそうです。「笑いの要素も含め時代に合わせてリニューアルはしていますが、骨格は変えていません」という作者のプログラムの言葉があり、それはそうなんだろうなと思いました。この舞台自体の舞台監督さんも女性だそうですし、裏方さんにも女性進出は進んでいるはずですよね。今、進藤と木戸が男性でのえだけが女性で観せられていたら、「あーあ…」と思ったと思います。だからこの改変は正解だと思いました。
 ただ、だからってそれだけでいいかと言えばそんなことはないんで、結局進藤さんは仕事はできるけど若いダンサーに入れ揚げててマフラーとか手編みしちゃってて金せびられてて若い女に浮気されて別れ話される、ってキャラにされちゃってるんですよね。働く中年女性の典型がこうで、笑えるでしょ?ってなっちゃってるのは、ホントどうかと思いました。
 でも、役者の愛嬌と脚本の上手さでやっぱり笑えちゃうんですよ、悔しいことに。口癖のエピソードとかホント上手いと思いましたし、そういうことひっくるめてホントいろいろタイヘンでも、最後に座長に「お疲れさま」って言ってもらえてる進藤さんを見て、こっちがじーんと涙ぐんじゃうんですよね。ホント上手い。そのあとすぐ宇沢さんが電話口でしょーもないこと言ってこっちの涙を乾かさせる、ところまでセットでホント上手い。ホント大笑いしました、手を叩いて笑ってしまった。客席でそこまでしちゃうことってほぼないので、自分でも驚きました。
 野原さん役の峯村リエが「三谷さんはリアリティとかけ離れたところで笑いを作っていく。そこがいい」と語っていますが、ホントそこが抜群に上手いんですよね。「ないよ、そんなこと!」ってところで笑わせる。ドリフまでいけばまだしも、そこに至らないしょーもない笑いに厳しい私が、ついつい吹いちゃう…そんな笑いがたくさんありました。あるあるっぽいネタも仕込んで、キャラクターやディテールのリアリティがちゃんとあって、でもそこにとんでもなさを重ねていくからできることなんでしょうね。
 個人的にはプロデューサーというか、制作会社の社長さん?で自前の劇団の座長役者のマネージャーも務めているような大瀬さん(中島亜梨沙)がヒットで、これも再演まで男性役ですね。でもそれこそ今回の製作のシス・カンパニーの社長が女性でモデルになっているそうで、これはわかる、絶対こういう女性がビシバシ仕切っていたりする、でないとこんな現場回らないだろうし、でもこんな感じで浮いていたり煙たがられたりもしているんだろう…って感じがものすごくよく出ていて、働く女として共感もできて、それをあのしずくちゃんがやっているんだと思うともう感服しまくりました。すごくよかったです、濃いメイクもキリリとしたパンツスーツもめっちゃそれっぽかったです。
 外国人演出家ってのも今っぽいし、その通訳で演出助手として入っているという木村さん(井上小百合)もすごくそれっぽかったし、そういう意味ではのえもだけれど女性キャラクターはみんなステロタイプというか、それをデフォルメ、カリカチュアナイズしているわけです。だから進藤さんもああなる。むしろ女優役のあずさ(シルビア・グラブ)が一番マイルドなくらいかもしれません。それからしたら男性キャラクターの方がややぼやっとして見えるのは、私が女性として観ていて解像度が低くなるからなのかな? 男性作家の手によるテレでもあるのかもしれません。だって木戸くんのフツーさとか、ズルいじゃん。七右衛門(新納慎也)や鱧瀬(浅野和之)ってのはもう飛び道具だからさ(笑)。中島さん(藤本隆宏)とかもうファンタジーなわけでさ、ホントは(笑)。でもおもしろくて笑えちゃうんですよねえ、卑怯ですよねえ。
 ミュージシャンの尾木さん役で作曲家・ピアニストの荻野清子を起用するのもホント卑怯。音楽・演奏もやらせてるんだからギャラは三倍出してますよね?って妙な心配しちゃいましたけど、これがシャイで小さい声でしかしゃべれないってキャラにしてるのがまた上手いんですよ。結局役者って声だから、そこは差が出ちゃうところでもあると思いますしね。で、その声が誰にも聞こえなくて伝わらないことがあり…ってのにつなげるところがまた抜群に上手かったです。ホント卑怯(笑)。
 初めて戯曲を書いた作家、という栗林(今井朋彦)に作家のシンパシーはあるのかなあ? でも三谷さんならお稽古場に通い詰めそうだし、初日から観ないなんてありえなさそうですけどね。でもこのあたりもおもしろかったなあ、ウザさがもう卑怯でねえ…(笑)
「観た後に何も残らない」ということはないんじゃないかと思いますけれど、あえて、そういうエンタメを目指しているんでしょうね。それはある種正しいと思います、そういう娯楽もホント大事。何か教訓めいたことを入れなくては、とかいい話にまとめなくては、とかは別にしなくてもいいんです。ウェルメイドなコメディって、笑って泣いて全部流れちゃって、心にほっこりしたあたたかさだけが残るのが正解なんでしょう。そんな舞台にちゃんと仕上がっていると思いました。ハコが大きくなっても、役者が著名な俳優さんたちばかりになっても、みんな真摯にひとつのものを追い求めている。そういう姿はちゃんと見せてくれました。楽しかったし、感動しました。よくできていると思うし、しかしみんなホント『マクベス』好きだな、シェイクスピアってすごいなとも思いました(笑)。
 福岡、京都と来て東京がファイナルなんですね。年末の大楽まで、どうぞご安全に!






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麒麟は来る

2022年12月01日 | 日記
 演目自体はnot for meだったと結論づけておいてなんなんですが、記事にも書きましたとおり、過去にあったこちらのツイートに触発されてしまってもうずっとずっと脳内妄想が止まらず、書かないことにはどうしても消化/昇華しきれなかったので、したためてしまいました。アイディアの著作権者(?)にインスパイアされて書いてしまった旨のご報告はDMで済ませてあります。
 ご当人、というか中の人は「覚えてろよ!」に対するコール&レスポンスかな?な光の速さの「覚えてるかー?」で下界(笑)に降臨されましたが、まああくまで物語の世界では、ね…ということで。こちらによれば本日12時になにがしかの発表がある模様で、その前に上げねば…というナゾの焦りで、そっと置いておきます。
 あ、要するにいわゆる『ヅカロー』の二次創作SSってことです。解釈違いは、ご容赦ください。あと本家『ハイロー』完全未履修なので、そのあたりも齟齬などありましたら、そっとご指摘ください…

***

 うちの頭は、巷では破壊神などと呼ばれていて、凶暴無比で猪突猛進、敵に対しては執念深く粘着質だが、身内には意外と気のいい親分肌な、豪放磊落な男だ。逆に言うと小難しいことは苦手ですぐ投げ出す、からりとした、困った男でもある。そこはまあ、組織のNO.2であるこの俺、GENがフォローするのが腕の見せどころでもあるのだが…とにかくある日、ヤサに届いた手紙らしきものを眺めて珍しくずっとしかめっ面をしていたので、声をかけることにした。
「なんかあったんですか、なんの手紙ですか?」
「…一応、母親ってことになる女が死んだらしい。でももう二十年近く会ってなくて顔も覚えてないし、もう他人だよなあ? 葬式なんざ、行かなくてもいいよなあ?」
 まともな家族がいてまともな家庭に育っていたら、俺たちは誰もこんな街に暮らしていない。確かリンさんの母親は彼がものごころつく前に家を出て行って、彼はその後、父親とも死に別れて天涯孤独と聞いていた。だが何かしらの記録を辿って連絡を寄越すくらいには、マメな親戚が誰か残っていたのだろうか。連絡した相手が苦邪組の頭と知ったら、仰天するんじゃねえかな、そいつ。
「…まあでも寝覚めも悪いし、線香の一本くらいあげてくるかな…」
「…そうですね。でも遺産とかいって変な借金とか、押しつけられてこないでくださいよ。誰か付き添わせますか、ロンとか?」
「いや、いらねえよ。ついでに近くの温泉にでも浸かってくるわ。二、三日、留守を頼むな」
 リンさんは手紙を雑に丸めると上着のポケットに突っ込み、ゆるりと出ていった。鮮やかな紫のスーツは彼のトレードマークだが、カタギの街では浮くだろう。
「ちゃんと礼服、着ていってくださいよー」
 後ろ姿に声をかけると、フリフリと手を振られた。

 数日後、久々に現れたリンさんは、薄汚れたジャージ姿の貧相な小僧を連れていた。貧相というか…ほっそりした、よくよく見ると妙に色気のある、とんでもない美形の小僧だった。
「なんスか、そいつ。兵隊候補っすか」
 SUZAKUがさっそく絡みに行く。
「いや、そういうんじゃねえんだ。おいバイフー、おまえお下がりの服かなんか、ないか? こいつ、細ぇから女物でちょうどいいだろ。着替えさせてやってくれねえか、この汚ぇ服しか持ってねえって言うんだよ」
「あらあら、確かにサイズはなんとかなりそうだけど…こんにちは美男子さん、お名前は?」
 バイフーが寄っていっても、小僧はうつむいたまま返事をしない。リンさんはソファにどっかと腰を下ろすと、テーブルに脚を乗せながら言った。
「ああ、それがいいや。そいつの名前、美男子(メイナンツー)で。これからそう呼んでやってくれ」
「はあ…」
 バイフーが小僧を連れて隣室に去るのを、ロンが口を真ん丸に開けて見送っていた。まあ、気持ちはわかる。陰はあるが思わず二度見する美貌だった。
 俺は軽く咳払いして気を取り直し、リンさんにフルートグラスを差し出した。朝からシャンパンのガブ飲みがこの人流だ。
「で、誰なんですか」
「なんかさ、焼き場にひとりでいたんだよ。ぼーっと突っ立ってて、他に親戚みたいなのは全然いなくてさ。手紙も誰が寄越したんだろうな? …で、どうも、弟らしいんだよ、俺の」
「…はあ?」
「俺と父ちゃんおいて出ていったあと、どこでどんなイケメンとデキたんだろうな、あの女。そうそう、遺影を見てもやっぱりなんにも思い出せなかったけどな…でもまあ、あいつには似てたかな。だからやっぱ血がつながってんだろうな。しかしホント女みてえなご面相だよな、あいつ」
「はあ…」
 リンさんは注いだそばからグラスを空けていく。口数が多いし、妙にご機嫌だ。
「そんで行くところがねえっつうから、仕方ねえし、連れてきたんだ。昨日はうちのソファに寝させたんだが、夜中に俺のベッドに忍び込んできてよぉ」
 ロンが差し出そうとしていた灰皿をテーブルに落とし、派手な音を立てた。口がさっきよりさらに大きな真ん丸に開いている。
「やべぇ、どっかの刺客だったかって焦ったんだけどよ、なんかガキがひとりで眠れねえみてえなのあんじゃん、アレなんだよ。渡した枕抱えてブルブル震えててさ。なんで仕方ねぇから抱っこして一緒に寝てやったんだよ、俺。ガキって体温高いから、湯たんぽみたいで気持ちよくってさあ、ひっさびさにぐーっすり寝ちまったよ」
 からから豪快に笑っている。あいかわらずのいい声で、よく響く。しかしそれで機嫌が良かったのか。こう見えて意外と神経質なところがあるこの人は、いつも眠りが浅いとぼやいていたからな…だが、見ず知らずの他人にこうも気を許すとは、意外というか、心配というか…いや、兄弟だから他人じゃないのか。
 ともあれ、口を開けたままのロンを叩いて正気に返らせたところに、紫のチャイナ服に着替えた小僧がバイフーに押し出されて来た。心なしか髪も整えられて小綺麗になっている。ますます二度見必至の艶姿だ。
「どう? ボス」
「おお、いいじゃん。馬子にも衣装、掃き溜めに鶴か? はっはっは」
バイフーの片眉がぴくりと跳ね上がったが、ご機嫌なリンさんは意に介さない。
「悪いな、バイフー。今度なんか服新調してやるよ。そんなわけで行儀見習いっつーか、まあなんかちょっと雑用でも適当にやらせてやってくれ。これも社会勉強だ、な? メイナンツー」
「…はい」
 やっとしゃべった。だがあいかわらず無表情なままでにこりともしない。しかし確かにこれはうかつに外に出すとあっという間にトラブルの種になりそうだ。いわゆる傾城っていうか…いや、あれは女にいう言葉だったか?
 SUZAKUとロンが小僧を事務所の案内に連れていき、バイフーはデスクのパソコン仕事に戻った。俺もボトルを置いてデスクに戻ろうとすると、リンさんが指で手招きしてきた。
「…何か」
 仕草でさらに寄るよう言うので、ソファの背に手をついて、リンさんに覆い被さるようにして耳を近づける。あいつらには聞かせたくない話だろうか。
「…よく眠れたのはいいんだけどよ。朝、目が覚めたらあいつがなんかゴソゴソやっててさ」
「…家捜しでもされたってことですか?」
「いや、俺の身体を撫で回してんだよ」
「はあっ!?」
 つい大声が出てしまい、バイフーが顔を上げた。リンさんに首を押さえつけられ、俺はまた屈み込んだ。リンさんが小声で続ける。
「声がでけぇよ。…なんかさ、一宿一飯の恩義をそういうんで返そうとしてるってーの? まああんなナリだからさ、ウリでもやらされてきたのか、ちょっとネジ飛んでるっぽいんだよ、あいつ。そういうもんだと思い込んでるっつーか、そういうことしか知らなそうっつーか」
「それは…」
 母親が息子にそんな稼ぎをさせていた、ということか? いや、それとも葬儀にも出なかったらしいあいつの父親か? 確かに、金ならいくらでも出すって女も男もわんさと湧いて出そうな美形だが、しかし…いつから? それで、そういう方法でしか人とのつながり方を覚えてこなかったということなのだろうか。そんな子供の育ち方ってあるか? そもそもいくつなんだ、まさか未成年じゃないだろうな?
「だからちょっとリハビリが要るってーかさ…そんなわけなんで、まあ、うまく面倒見てやってくれよ」
「はあ…」
 SUZAKUやロンはあれで気のいい兄貴分を務めるだろうが…まさかヘンに懐いてヘンにややこしいことになりゃしないだろうな? というかそんな魔性の小僧を、このままリンさんのところに置いておいて大丈夫なんだろうか。破壊神などと呼ばれるだけあって、この人には節操がないところがあるが、さすがに兄弟という一線はちゃんと守る…よ、な? ああ、頭が痛い。どうしてこの人はこう面倒ごとを…
 リンさんがさらに口を寄せてきた。
「…心配しなくても、おまえは特別だよ」
「バッ…」
 耳元で囁かれて、俺は飛び退いた。
「バカじゃないですか!? 冗談もたいがいにしてくださいよ!」
「ははは、まあ妬くなって話だよ。頼んだぞ」
 いい声の哄笑がヤサに響く。ああ、心臓が痛い…

 メイナンツーが馴染むのは早かった。意外にも優雅な手つきで茶だの酒だのをみんなに給仕して、あとは無言無表情で気配を消して、ただ部屋の隅に佇んでいるだけだったからだ。リンさんが帰ってくると飛んでいって迎え、甲斐甲斐しくコートを受け取り伝言メモを渡しグラスとボトルを用意して、ソファにおちつくリンさんの隣にぺたりとくっついて座る。それがこいつなりの親愛の情の示し方なんだろうから、もうつっこみようがなかった。最初の頃はその密着度に目を剥いていたロンたちも、今は慣れてしまってもう誰もかまわなかった。KIDAが顔を出したときは大騒ぎになったが…
 リンさんはウザそうに押しのけるときもあれば、好きにさせておいて、俺たちとの打ち合わせ中も無心にその髪を撫でていたりする。昔のマンガとかで、悪の組織の首領が膝にシャム猫かなんか乗せていたりしたもんだけど、ああいうのに近いんだろうか。リンさんなら、足下にゴツい土佐犬でもはべらせている方が似合いそうではある。
 ともあれ俺たちは、SWORDなどと呼ばれ始めてイキがっている奴らを一網打尽にするべく、潜入調査を始めていた。留守番を頼める人間ができたのは正直ありがたかった。単なるボーイ扱いだったメイナンツーは意外に役に立ち、立派に苦邪組の仲間になっていったのだった。

 決行の日。
 結論から言うと、俺たちは失敗した。
 山王街もクラブheavenも無名街も達磨の縄張りも鬼邪高校も、俺たちは燃やしてやった。だが、あろうことかコブラとROCKYがタッグを組み、俺たちの前に立ちはだかった。俺たちは散り散りになって逃げるしかなかった。
 バイフーとは携帯電話で連絡がついた。ロンと一緒にいて、SUZAKUを探していると言う。
「リンさんは? 一緒なの?」
「いや、だが行き先に心当たりがある。合流したらまた連絡するから、そっちは頼むな」
「了解」
 俺は街の騒ぎをかいくぐりながら、リンさんと万が一のときにはそこで落ち合おう、と約束していた場所に向かった。リンさんさえ無事なら、苦邪組はすぐにでも再興できる。一度や二度の失敗など、なんでもない。
 だがそこにいたのは、膝を抱えてうずくまるメイナンツーだった。煤で汚れた顔を上げる。汚れていても、青ざめていても、あいかわらず美形は美形だ。
「おまえひとりか」
 見ればわかることを、つい言った。メイナンツーは小さく頷いて、また顔を伏せた。
「ここのことはリンさんから聞いていたのか」
 メイナンツーの頭が動いて肯定する。これも、聞かなくてもわかることだった。ここはバイフーたちにも知らせていない、リンさんと俺だけの、万々が一のための秘密の場所だったのだが…
 なんだか気が抜けた。メイナンツーの隣に腰を下ろす。このあたりもずいぶんと煙いが、焼け落ちるようなことはなさそうだ。
 リンさんの携帯電話は、何度かけても呼び出し音が鳴り続けるばかりだった。もうしばらく、待ってみよう。
「…無事だよ、きっと」
 俺は言った。メイナンツーは顔を伏せたまま動かない。
 だが、リンさんはきっと帰ってくる。絶対に。俺たちのところへ。メイナンツーのもとへ。
 あの、意外とお人好しでおせっかいなところのある頭が、仲間を、弟を見捨てられるはずがない。特にこの弟をおいてどうにかなっちまうなんて、絶対にありえない。
 リンさんのリンは麒麟のリンだ。不死身の聖獣だ、炎に巻かれてくたばることなどありはしない。
 メイナンツーは震えているようだった。背中でもさすってやろうかと思ったが、やめた。それはリンさんの仕事だ。戻ってきた彼に任せればいい。
 そういえば、リンさんの本名を知らないことに、俺は今さら気がついた。それを言うなら、メイナンツーも本名も知らない。
 リンさんが帰ってきたら、聞いてみよう。
 彼は必ず帰ってくる。俺たちの絆は永遠だ。
 俺たちは、MUGENだ。





                             〈to be continued…〉




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