駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

麒麟は来る

2022年12月01日 | 日記
 演目自体はnot for meだったと結論づけておいてなんなんですが、記事にも書きましたとおり、過去にあったこちらのツイートに触発されてしまってもうずっとずっと脳内妄想が止まらず、書かないことにはどうしても消化/昇華しきれなかったので、したためてしまいました。アイディアの著作権者(?)にインスパイアされて書いてしまった旨のご報告はDMで済ませてあります。
 ご当人、というか中の人は「覚えてろよ!」に対するコール&レスポンスかな?な光の速さの「覚えてるかー?」で下界(笑)に降臨されましたが、まああくまで物語の世界では、ね…ということで。こちらによれば本日12時になにがしかの発表がある模様で、その前に上げねば…というナゾの焦りで、そっと置いておきます。
 あ、要するにいわゆる『ヅカロー』の二次創作SSってことです。解釈違いは、ご容赦ください。あと本家『ハイロー』完全未履修なので、そのあたりも齟齬などありましたら、そっとご指摘ください…

***

 うちの頭は、巷では破壊神などと呼ばれていて、凶暴無比で猪突猛進、敵に対しては執念深く粘着質だが、身内には意外と気のいい親分肌な、豪放磊落な男だ。逆に言うと小難しいことは苦手ですぐ投げ出す、からりとした、困った男でもある。そこはまあ、組織のNO.2であるこの俺、GENがフォローするのが腕の見せどころでもあるのだが…とにかくある日、ヤサに届いた手紙らしきものを眺めて珍しくずっとしかめっ面をしていたので、声をかけることにした。
「なんかあったんですか、なんの手紙ですか?」
「…一応、母親ってことになる女が死んだらしい。でももう二十年近く会ってなくて顔も覚えてないし、もう他人だよなあ? 葬式なんざ、行かなくてもいいよなあ?」
 まともな家族がいてまともな家庭に育っていたら、俺たちは誰もこんな街に暮らしていない。確かリンさんの母親は彼がものごころつく前に家を出て行って、彼はその後、父親とも死に別れて天涯孤独と聞いていた。だが何かしらの記録を辿って連絡を寄越すくらいには、マメな親戚が誰か残っていたのだろうか。連絡した相手が苦邪組の頭と知ったら、仰天するんじゃねえかな、そいつ。
「…まあでも寝覚めも悪いし、線香の一本くらいあげてくるかな…」
「…そうですね。でも遺産とかいって変な借金とか、押しつけられてこないでくださいよ。誰か付き添わせますか、ロンとか?」
「いや、いらねえよ。ついでに近くの温泉にでも浸かってくるわ。二、三日、留守を頼むな」
 リンさんは手紙を雑に丸めると上着のポケットに突っ込み、ゆるりと出ていった。鮮やかな紫のスーツは彼のトレードマークだが、カタギの街では浮くだろう。
「ちゃんと礼服、着ていってくださいよー」
 後ろ姿に声をかけると、フリフリと手を振られた。

 数日後、久々に現れたリンさんは、薄汚れたジャージ姿の貧相な小僧を連れていた。貧相というか…ほっそりした、よくよく見ると妙に色気のある、とんでもない美形の小僧だった。
「なんスか、そいつ。兵隊候補っすか」
 SUZAKUがさっそく絡みに行く。
「いや、そういうんじゃねえんだ。おいバイフー、おまえお下がりの服かなんか、ないか? こいつ、細ぇから女物でちょうどいいだろ。着替えさせてやってくれねえか、この汚ぇ服しか持ってねえって言うんだよ」
「あらあら、確かにサイズはなんとかなりそうだけど…こんにちは美男子さん、お名前は?」
 バイフーが寄っていっても、小僧はうつむいたまま返事をしない。リンさんはソファにどっかと腰を下ろすと、テーブルに脚を乗せながら言った。
「ああ、それがいいや。そいつの名前、美男子(メイナンツー)で。これからそう呼んでやってくれ」
「はあ…」
 バイフーが小僧を連れて隣室に去るのを、ロンが口を真ん丸に開けて見送っていた。まあ、気持ちはわかる。陰はあるが思わず二度見する美貌だった。
 俺は軽く咳払いして気を取り直し、リンさんにフルートグラスを差し出した。朝からシャンパンのガブ飲みがこの人流だ。
「で、誰なんですか」
「なんかさ、焼き場にひとりでいたんだよ。ぼーっと突っ立ってて、他に親戚みたいなのは全然いなくてさ。手紙も誰が寄越したんだろうな? …で、どうも、弟らしいんだよ、俺の」
「…はあ?」
「俺と父ちゃんおいて出ていったあと、どこでどんなイケメンとデキたんだろうな、あの女。そうそう、遺影を見てもやっぱりなんにも思い出せなかったけどな…でもまあ、あいつには似てたかな。だからやっぱ血がつながってんだろうな。しかしホント女みてえなご面相だよな、あいつ」
「はあ…」
 リンさんは注いだそばからグラスを空けていく。口数が多いし、妙にご機嫌だ。
「そんで行くところがねえっつうから、仕方ねえし、連れてきたんだ。昨日はうちのソファに寝させたんだが、夜中に俺のベッドに忍び込んできてよぉ」
 ロンが差し出そうとしていた灰皿をテーブルに落とし、派手な音を立てた。口がさっきよりさらに大きな真ん丸に開いている。
「やべぇ、どっかの刺客だったかって焦ったんだけどよ、なんかガキがひとりで眠れねえみてえなのあんじゃん、アレなんだよ。渡した枕抱えてブルブル震えててさ。なんで仕方ねぇから抱っこして一緒に寝てやったんだよ、俺。ガキって体温高いから、湯たんぽみたいで気持ちよくってさあ、ひっさびさにぐーっすり寝ちまったよ」
 からから豪快に笑っている。あいかわらずのいい声で、よく響く。しかしそれで機嫌が良かったのか。こう見えて意外と神経質なところがあるこの人は、いつも眠りが浅いとぼやいていたからな…だが、見ず知らずの他人にこうも気を許すとは、意外というか、心配というか…いや、兄弟だから他人じゃないのか。
 ともあれ、口を開けたままのロンを叩いて正気に返らせたところに、紫のチャイナ服に着替えた小僧がバイフーに押し出されて来た。心なしか髪も整えられて小綺麗になっている。ますます二度見必至の艶姿だ。
「どう? ボス」
「おお、いいじゃん。馬子にも衣装、掃き溜めに鶴か? はっはっは」
バイフーの片眉がぴくりと跳ね上がったが、ご機嫌なリンさんは意に介さない。
「悪いな、バイフー。今度なんか服新調してやるよ。そんなわけで行儀見習いっつーか、まあなんかちょっと雑用でも適当にやらせてやってくれ。これも社会勉強だ、な? メイナンツー」
「…はい」
 やっとしゃべった。だがあいかわらず無表情なままでにこりともしない。しかし確かにこれはうかつに外に出すとあっという間にトラブルの種になりそうだ。いわゆる傾城っていうか…いや、あれは女にいう言葉だったか?
 SUZAKUとロンが小僧を事務所の案内に連れていき、バイフーはデスクのパソコン仕事に戻った。俺もボトルを置いてデスクに戻ろうとすると、リンさんが指で手招きしてきた。
「…何か」
 仕草でさらに寄るよう言うので、ソファの背に手をついて、リンさんに覆い被さるようにして耳を近づける。あいつらには聞かせたくない話だろうか。
「…よく眠れたのはいいんだけどよ。朝、目が覚めたらあいつがなんかゴソゴソやっててさ」
「…家捜しでもされたってことですか?」
「いや、俺の身体を撫で回してんだよ」
「はあっ!?」
 つい大声が出てしまい、バイフーが顔を上げた。リンさんに首を押さえつけられ、俺はまた屈み込んだ。リンさんが小声で続ける。
「声がでけぇよ。…なんかさ、一宿一飯の恩義をそういうんで返そうとしてるってーの? まああんなナリだからさ、ウリでもやらされてきたのか、ちょっとネジ飛んでるっぽいんだよ、あいつ。そういうもんだと思い込んでるっつーか、そういうことしか知らなそうっつーか」
「それは…」
 母親が息子にそんな稼ぎをさせていた、ということか? いや、それとも葬儀にも出なかったらしいあいつの父親か? 確かに、金ならいくらでも出すって女も男もわんさと湧いて出そうな美形だが、しかし…いつから? それで、そういう方法でしか人とのつながり方を覚えてこなかったということなのだろうか。そんな子供の育ち方ってあるか? そもそもいくつなんだ、まさか未成年じゃないだろうな?
「だからちょっとリハビリが要るってーかさ…そんなわけなんで、まあ、うまく面倒見てやってくれよ」
「はあ…」
 SUZAKUやロンはあれで気のいい兄貴分を務めるだろうが…まさかヘンに懐いてヘンにややこしいことになりゃしないだろうな? というかそんな魔性の小僧を、このままリンさんのところに置いておいて大丈夫なんだろうか。破壊神などと呼ばれるだけあって、この人には節操がないところがあるが、さすがに兄弟という一線はちゃんと守る…よ、な? ああ、頭が痛い。どうしてこの人はこう面倒ごとを…
 リンさんがさらに口を寄せてきた。
「…心配しなくても、おまえは特別だよ」
「バッ…」
 耳元で囁かれて、俺は飛び退いた。
「バカじゃないですか!? 冗談もたいがいにしてくださいよ!」
「ははは、まあ妬くなって話だよ。頼んだぞ」
 いい声の哄笑がヤサに響く。ああ、心臓が痛い…

 メイナンツーが馴染むのは早かった。意外にも優雅な手つきで茶だの酒だのをみんなに給仕して、あとは無言無表情で気配を消して、ただ部屋の隅に佇んでいるだけだったからだ。リンさんが帰ってくると飛んでいって迎え、甲斐甲斐しくコートを受け取り伝言メモを渡しグラスとボトルを用意して、ソファにおちつくリンさんの隣にぺたりとくっついて座る。それがこいつなりの親愛の情の示し方なんだろうから、もうつっこみようがなかった。最初の頃はその密着度に目を剥いていたロンたちも、今は慣れてしまってもう誰もかまわなかった。KIDAが顔を出したときは大騒ぎになったが…
 リンさんはウザそうに押しのけるときもあれば、好きにさせておいて、俺たちとの打ち合わせ中も無心にその髪を撫でていたりする。昔のマンガとかで、悪の組織の首領が膝にシャム猫かなんか乗せていたりしたもんだけど、ああいうのに近いんだろうか。リンさんなら、足下にゴツい土佐犬でもはべらせている方が似合いそうではある。
 ともあれ俺たちは、SWORDなどと呼ばれ始めてイキがっている奴らを一網打尽にするべく、潜入調査を始めていた。留守番を頼める人間ができたのは正直ありがたかった。単なるボーイ扱いだったメイナンツーは意外に役に立ち、立派に苦邪組の仲間になっていったのだった。

 決行の日。
 結論から言うと、俺たちは失敗した。
 山王街もクラブheavenも無名街も達磨の縄張りも鬼邪高校も、俺たちは燃やしてやった。だが、あろうことかコブラとROCKYがタッグを組み、俺たちの前に立ちはだかった。俺たちは散り散りになって逃げるしかなかった。
 バイフーとは携帯電話で連絡がついた。ロンと一緒にいて、SUZAKUを探していると言う。
「リンさんは? 一緒なの?」
「いや、だが行き先に心当たりがある。合流したらまた連絡するから、そっちは頼むな」
「了解」
 俺は街の騒ぎをかいくぐりながら、リンさんと万が一のときにはそこで落ち合おう、と約束していた場所に向かった。リンさんさえ無事なら、苦邪組はすぐにでも再興できる。一度や二度の失敗など、なんでもない。
 だがそこにいたのは、膝を抱えてうずくまるメイナンツーだった。煤で汚れた顔を上げる。汚れていても、青ざめていても、あいかわらず美形は美形だ。
「おまえひとりか」
 見ればわかることを、つい言った。メイナンツーは小さく頷いて、また顔を伏せた。
「ここのことはリンさんから聞いていたのか」
 メイナンツーの頭が動いて肯定する。これも、聞かなくてもわかることだった。ここはバイフーたちにも知らせていない、リンさんと俺だけの、万々が一のための秘密の場所だったのだが…
 なんだか気が抜けた。メイナンツーの隣に腰を下ろす。このあたりもずいぶんと煙いが、焼け落ちるようなことはなさそうだ。
 リンさんの携帯電話は、何度かけても呼び出し音が鳴り続けるばかりだった。もうしばらく、待ってみよう。
「…無事だよ、きっと」
 俺は言った。メイナンツーは顔を伏せたまま動かない。
 だが、リンさんはきっと帰ってくる。絶対に。俺たちのところへ。メイナンツーのもとへ。
 あの、意外とお人好しでおせっかいなところのある頭が、仲間を、弟を見捨てられるはずがない。特にこの弟をおいてどうにかなっちまうなんて、絶対にありえない。
 リンさんのリンは麒麟のリンだ。不死身の聖獣だ、炎に巻かれてくたばることなどありはしない。
 メイナンツーは震えているようだった。背中でもさすってやろうかと思ったが、やめた。それはリンさんの仕事だ。戻ってきた彼に任せればいい。
 そういえば、リンさんの本名を知らないことに、俺は今さら気がついた。それを言うなら、メイナンツーも本名も知らない。
 リンさんが帰ってきたら、聞いてみよう。
 彼は必ず帰ってくる。俺たちの絆は永遠だ。
 俺たちは、MUGENだ。





                             〈to be continued…〉




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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2022-12-12 19:39:32
いつも愛読していたのですが、まさかこんな素敵な短編が拝読できる日が来るなんて…!続編待ってます!
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コメントありがとうございました (Unknownさんへ)
2022-12-17 10:51:27
いつもご愛読いただいているとのこと、ありがとうございます!
またコメントありがとうございました、励まされました!
思いついてしまってどーしても形にしないではいられなくなり、
そっと置いてしまいましたがどこからも反応がなく、寂しかったので…(^^;)
作品の前後の物語を想像させるキャラクターって、素敵ですよね。
作品自体はそれほど評価してなくても(^^;)好きなキャラ、気になるキャラってできるもんなんだな、とか発見しました。
あーちゃんの今後の活躍も楽しみです。
またいらしてくださいませ、お待ちしています!

●駒子●
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