駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『不死鳥よ波濤を越えて』

2023年05月21日 | 観劇記/タイトルは行
 明治座、2023年5月20日11時半。

 平家は全盛の時を迎え、安芸国・厳島神社では桜が咲き誇り、花見の宴が催されている。白拍子の陽炎(市川笑也)をはじめとするきらびやかな女たちや、佐伯義澄(中村福之助)たち四天王が舞う中、龍をいただく船に乗って平知盛(この日から市川團子)とその想い者である白拍子の若狭(中村壱太郎)が現れる。皆はこの栄華がいつまでも続くよう祈って舞うが…
 作/植田紳爾、演出・振付/藤間勘十郎、振付/市川猿之助、補綴/戸部和久、音楽/寺田瀧雄、玉麻尚一、SADA、橋本賢悟、作詞/田中傳左衛門。明治座百五十周年記念市川猿之助奮闘公演、昼の部の歌舞伎スペクタクル。全二幕。

 先日、昼夜通しで観たときの感想はこちら
 その後、まだ詳細がわからないのでなんとも…ですが、猿之助さんが休演し、夜の部は花形歌舞伎で主演が予定されていた中村隼人が代役主演して再開し、夜の部はなんと出演してもいない市川團子の代役主演で再開されることになりました。演目としておもしろかったこともあり、観られるなら追加して観ておく…?と確認したら自分が行ける日がもう再開初日しかなく、しかもお安いお席から売れるものなのでもう一等席しか残っていませんでしたが、えいやっと手配したらその数時間後にはもう完売していたようで、あわわわわ…となりました。
 こんな代役、抜擢は無謀だ、とか残酷だ、とかひどい、という見方もあるのかもしれません。でも少なくとも彼はお稽古をしっかり見ていたか、舞台袖から見学していてきちんと研究できていたのではないでしょうか。お稽古熱心な人だと聞くし、普段からそういう心構えでいて、だからいざ話を振られたときに、もちろん悩んだり迷ったりしたでしょうけれど、やります、と応えられたのではないでしょうか。イヤ全然なんにもホントに知らないので、単なる憶測ですが。通しの舞台稽古は休演日に一度やっただけ、との報道もあったようですが。
 でも歌舞伎はコロナ休演がひどかったときも、かなりランボーな代役を立ててすぐさま公演を再開していましたし、払い戻しなどは別途ちゃんとしているにせよ(よそのジャンルより役者につくファンが多そうですものね)、とにかくショー・マスト・ゴー・オンで、芝居小屋を開け続けることに矜持を持っているのでしょう。この公演も、明治座の百五十周年の記念公演、ということもありますが、いろいろな風評や憶測を吹き飛ばすためにも、是非とも再開、続行したかったのでしょう。
 夜は新公主演が代役する形だけど、昼は路線といえどまだ研二くらいの下級生を別箱から急遽引っ張ってきて主役に据えるようなものだ…と、宝塚歌劇にたとえるなら言えるかもしれません。たとえば全ツでBJの陰をやっていたわかくんが急にエルピディイオをやらされるとか、『ストルーエンセ』に出ていたエンリコくんが急に『ボニクラ』に呼ばれてクライドをやるようなものでしょうか。たとえお手伝いしています、みたいなことがあっても、そりゃランボーだろう、となりますよね…私は歌舞伎のおうちのことは全然わかっていないのですが、御曹司なら御曹司だけに、そんな抜擢でいいのかよ、他にもっと適任もいるだろうよ、という見方だってあるのでしょう。御曹司といえどそもそもまだまだ若者、もっとゆっくりのんびり育ててやってくださいよ、ということだってあります。
 それでも、やる、となったらファンは応援するしかないし、ガタガタ言うより観に行ってあげるのが一番、なんですよね。私は、まだ大丈夫です、とか言い続けて逃げている、ファンの風上にも置けない、感じの悪いミーハー周辺オタクですが、ここは即決した自分を褒めたいし、たまたま予定が開けられたご縁を喜びたいです。
 開演前も終演後も、劇場の前にはテレビのレポーターらしき人が来ていましたが、華麗にスルーしました。もちろん彼らが捕まえたがるのはお着物などお召しのいかにも歌舞伎ファンなマダムな方々でしょうが、仮にも報道しようというなら実際に観ればいいだろう、と思います。私でも取れたチケットを彼らが取れないわけはない。その労を惜しんで、「どうでしたか?」とか人に尋ねてその感想で番組を作ろうなどとは片腹痛い。実際に観劇してちゃんと記事にした記者もいたそうで、その記事によればイヤホンガイドも修正が入っていたそうです。私はイヤホンガイドを利用したことがないので、これは盲点でした。手厚いなあ、ちゃんとしているなあ。
 観られて、よかったです。團子丈の活躍が観られて、というのもありますが、私は常にスターより作品、というタイプなので、二度観ることで、前回の記憶や印象が改めて確認できて、更新できて、気づけなかったことにも気づけて、深く刻まれいろいろ考えられたのがよかったのです。そしてこれは歌舞伎でも宝塚レビューでもないけれど、植田歌舞伎としてやはりよくできているし、エンタメで、おもしろく、そこにこんなメタ的要素が重なってしまって、そういう見方はいけないんだろうけれどやはりどうしても刺さってしまって、とても印象深い観劇になりました。客席の集中度も高く、お茶の間のようにお仲間としゃべるご老人やお弁当だかなんだかビニール袋をずっとガサガサいわせているような人もほぼなく、大向こうもよく飛び(ホントにいいところに入って、胸がすきました。絶対に台詞に被らせない、キメるところや出や引っ込みのちょうどいいところに綺麗にかかる。ちゃんと観ている人の、まさしくオタファン芸です)、そして一幕も二幕もよくすすり泣きがしていました。まあさすが植G歌舞伎でベタだけど泣ける作りなわけで、うっかりそれに乗せられるのは悔しいのですが、でも気持ちよく泣いてしまった方が楽…というのもありますよね(^^;)。
 最初から今日が観劇予定だった人、初日から何度も観ていて今日もいるという人、今日が初日だった人、あえて今日観に来た人…いろいろだったでしょうが、温かく、そしてとても真剣な空気だったと思いました。ヘンに甘やかすことはしない、ちゃんと観る、冷笑しない、盛り上げる…そんな気合いを感じました。客席かくあれかし、です。

 BGから入るので、「みなさま、本日はようこそ…」って開演アナウンスが入りそうな気がついしちゃうんですよね。そして「♪祇園精舎の鐘の声…」のコーラスになる。ああ、植Gってカンジ…客席が暗くなり、緞帳が上がって黒カーテンにタイトル文字が出て、そしてチョンパで幕開きです。センターは二番手娘役格、居並ぶ女形に女優さん(今回は女性の出演者もいるのでした)、そして若手スター格の四天王が出てきて舞い踊り、からのトップコンビのセリ上がり、キター!感がたまりません。團子知盛のきりりと麗しい公達ぶり、それはそれは素晴らしい真ん中力がありました。照明を跳ね返す強いオーラがありました。臆していない、やったるで!感が確かにあったと思いました。
 歌は丁寧に歌っていて、まあ若者のカラオケレベルなのかもしれませんが、それでも本役よりお上手。ミュージカルを日々観ている身からすると、腹筋が足りなくて声が支えられないんだな、台詞の発声とは鍛えるところが違うのかな、など思いましたが、でも十分です。歌詞に「♪永遠の彼方に羽ばたく」みたいなくだりがあり、また刺さります。彼はまだ若く継がされる身だけれど、その彼もまたいずれ息子だの甥だのなんだのに永遠をつないでいかなければならない、そういう過酷な芸能に携わっている身なのだ、と改めて思わされました。それでいいかと悪いとかは、私には語れません。
 デュエダン(笑)も美しい。壱太郎若狭が上級生娘役として、リードとまでは言わないもののよく目を合わせてしっかり沿っているのがよくわかりました。美しい、よくできたプロローグです。
 からの、炎の紗幕が下りて、白拍子はじめ平家の女たちが源氏の兵士に襲われるカーテン前芝居になるのですが、小太刀で果敢に戦う女たちがとてもカッコいいんですよね。植Gには常にそこはかとないミソジニーが香るわけですが(この年代の男性だから仕方ないとはいえ)、これは意外でした。まあ歌舞伎の女形さんたちは要するに男性で立ち廻りもできるので…ということなのかもしれませんが。
 そして花道、四天王たちが出てきて、さらに髪を振り乱した知盛が出てきて大立ち回り。これも手がしっかり入っていましたね。殺陣は斬られる方が上手ければなんとでもなる、という部分もあるのでしょうが、それでもやはりメインのスターがちゃんとしていないとカッコよく決まらないものでしょう。実に凜々しく、シャープでよかったです。追いつめられて、船端から海中へ…ここのドボン!な飛び込み方も、本役より良かった気がしました。さすが若者、こんなデカいお衣装でも身体が利くのです。
 そしていわゆる碇知盛場面、これも碇の持ち上げ方が本当にリアルで、鬼気迫るものがありました。気持ちよく拍手しちゃいましたねー…
 一方、若狭は命を絶とうとしたものの、源氏の兵に囚われて…と話は進むわけですが、前回私が一幕で最も印象的に感じたのが船宿での陽炎のくだりだったので(酔うと体温上がって蚊に刺されるんだよね知ってる…!ってなりました)、正直言って全体としては知盛はただ真ん中に白くいるだけで、ドラマは周りの役者が回す構造だから、まあ代役でもできるんじゃね?とか考えていたのですよ。でもやはりそんなことはなかった。通盛(中村鴈治郎)のおもの狂いのくだりといい、若狭と再会して以降の一連のくだりといい、知盛には台詞も他者との掛け合いもしっかりあってそらタイヘンだったのでした。でもそれを、團子知盛はとても丁寧に、そしてときに熱く、きっちり演じている印象でした。お友達が他の公演の初日によく聞こえたというプロンプなんかも全然なかったです。台詞回しが本役そっくり、といっているツイートも見ましたが、私は猿之助知盛をそこまでしっかり覚えていなかったので…周りに比べるとずいぶんゆっくり話している印象で、それが澤瀉屋ふうということなのかなあ、などと思ったりしました。何もわかっていなくてすみません。訥々と実直で、でもさわやかな人物像を演じてみせていたと感じました。
 女は不浄だから船には乗せられない、と宗の水兵に言われて、若狭が行けないのなら自分も行かない、ここで静かに暮らそう、なんならここで死のう、と言い出すのは、やはり若い團子知盛の方が自然にも思えました。だからこそ若狭が、身を賭してでも知盛を行かせようとする流れに説得力が出ていました。でも若狭もあっさりそうするわけではなく、師の尼(市川笑三郎)たちに身を引けと言われたときにはちゃんと嫌がる、のがまたいいんですよね。そうよ、そんな簡単に割り切れるものじゃないですよ。でも一度覚悟を決めたら、ここまで持ってきたんかい!とはつっこみたくなる装束にきちんと着替えて、美しい姿で別れを告げ、扇を形見に投げ捨てて、崖から飛び降りるのでした…
 屋島の侘び住まいでの「死ぬよりつらい生き様を…」みたいな台詞もなかなか刺さりましたが、ここでも若狭の死を嘆く慟哭のすさまじさが、またメタに刺さりましたねえぇ…ところでこの断崖での慟哭は『俊寛』か何かに通じているとかなんとか? これまた教養がなく、私がよくわかっていなくてすみません…
 ここで終わってもいい気もしますが、歌をつけちゃうところがまあおもろいわけですが、スモークの中、大盛り上がりで幕、良き。さすが植田歌舞伎です。
 二幕は、主題歌を胡弓か何かで演奏する中華風のBGから始めて、金王宮の宴から始めるのがまた上手い。いかにもタカラヅカ、植田レビュー歌舞伎です。ここも二番手娘役格のセンターから始めて、トップ娘役とのシンメになる美しさが良き。くらげとじゅりちゃんみたいなものです。二役の壱太郎は一幕とはメイクも変えて、ホントいい感じでした。
 二幕も芝居の白眉は武完(下村青)と紫蘭(中村壱太郎)のくだりだろう、と思っていたわけですが、その前の知盛と紫蘭のくだりもやっぱりよかったです。お礼は言う、ご挨拶も改めてする、誠意は尽くす、だがそれ以上の馴れ合いはしない、まして色恋などとんでもない、亡き若狭に誓った愛があるから…なんてのが似合う清廉な若者っぷり、素敵でした。そういえばここを始め白のお衣装三着、本役より細身でタッパはあるはずですが松竹のお衣装部さんもさすがなんですね、ぴったりフィットしていてマントの丈もちょうどよかったです。
 その後の城外の幕舎場面以降はもうノンストップなわけですが、乾竜(中村隼人)が武完に阿るようで実は…というのも上手い。だからこそ、宗と金の関係を悪くさせたくなくて、自分が死のう、と知盛がなるわけですが、それに抗う乾竜の台詞が、ちょっと足りなくないですかね? 役者が飛ばしているんじゃなくて、脚本に穴がある気がしました。それとも私が聞き取れなかっただけ?
 武完には私が殺す、と言っておきながら、知盛を逃がそうとする乾竜。金の若き王、衛紹王(中村米吉)もそうしてくれと言う。けれど知盛は、それで宗と金の関係がこじれるのは本意ではないから、自分が死のう、乾竜よ殺してくれ、と言う。いやー昔の人なら考えそうなことだし、それを取り入れてベタに作る植Gホントすごいしひどい…そこで多分、乾竜はそれを嫌がって、だったらむしろ自分が死ぬ、みたいなことを言うんじゃないのかなあ? だから知盛が一段ギアが入って激高するんじゃないかなあ? その乾竜の台詞がないように、私には二度の観劇とも聞こえたのでした。日本の敗残の一武将のために宗の宰相の息子が金で死んだらそれこそ国際問題なわけで、知盛はそれを止めるのです。さらには、殉死しようとする部下たちも止める。「死んではならぬ! 生き延びてこそ…」と訴える。そりゃ満場、涙、涙でしょう…
 なおもためらう乾竜を見て、知盛はあえて斬りつける。つい応戦してしまう乾竜。形は違えどちょっと『星逢一夜』を思い出しましたよね…でも我に返った乾竜は剣を握る手を緩める、そこで知盛は乾竜の剣を握って我が身に刺す。二番手の腕の中で息絶えるトップスターさまですよ…! 團子知盛は二階上手席に若狭を見て手を伸ばすので、オペラ越しに目が合って私はもう若狭になりました。てか涙も鼻水も光る大熱演でした。一方で、こときれるにせよ再び乾竜に抱き寄せられるにせよ、常に綺麗な胡座で、身体が柔らかいしお稽古が身に染みついているのだな…などと感心したりもしました。
 カーテン前で王と乾竜、四天王が惜別の想いと未来を語り(歌之介も大号泣)、再び幕が開くとトップコンビのデュエダンでフィナーレ突入です。團子がハケると壱太郎の左右に笑也、笑三郎が並び、これははることくらっち、とか思いましたよね…! 娘役群舞になって壱太郎はハケ、そこからはバレード。四天王、隼人、ラインナップで主題歌合唱、そしてスッポンから不死鳥となった白と金のお衣装で團子知盛の宙乗り、天井から舞い振る紙吹雪…そら泣くよね! 泣かいでか!!

 終演後、客席が明るくなって規制退場のアナウンスが入っても、拍手は鳴り止まず、ついにはスタオベになりました。とはいえ誰かがカテコをやれるようなものでもないのでしょう、スタオベは五分以上続いていましたが、緞帳前に黒カーテンが降りて、舞台では早転換がなされ夜の部の準備が始まったのだろう、と察せられて、自然と散会となりました。でもあの拍手が楽屋に、舞台袖に、スタッフさんたちに届いていたらいいと思います。よくがんばったね、というねぎらいも、本当によかった感動した、という賛美も、明日からもこれからもがんばれ、という激励も、すべて込められていた拍手だったと思いました。実は私はオペラばりにブーイングとかあったらどうしよう、とかまで心配したりもしたのですが、そんなことは全然ありませんでした。気持ちよく退場できました、本当にお疲れ様でした。
 もちろんまだまだこれからが大変で、ここから千秋楽までコンディションを保ってきちんと公演を続けるのも大変でしょうが大事なことですし、体調をキープして、よく寝てよく食べて、完走できるようお祈りしています。さらに今後の公演予定だっていろいろ狂ってくるのかもしれませんが、いろいろ思惑もありつつもみんなで上手く調整してくれることを願ってやみません。ああ、踊りだからパスかな、とか思っていた三越劇場の歌舞伎舞踊、どうしよう…てかもうさすがにチケットがないかな?
 そして猿之助さん、無事の復帰をお祈りしています。私はホントーにただの素人ですが、スーパー歌舞伎の企画といい、パフォーマーとしてプロデューサーとしてとても力量がある人なんだと思っているので、とにかく生還してください、と言いたいです。しんどくても、つらくても、生き地獄でも。ファンなら何を望んでもいいわけではない、と言われようと、ここまで芸で生きてきたからにもそれを見せ続けていただきたいです。引退というものがない、生涯現役という怖ろしいジャンルなのでしょう?
 ハラスメント報道がきっかけとも言われていますし、それが事実ならそういうことは松竹ぐるみで改善していかなくてはならないのはもちろんのことですが、それは宝塚歌劇団も同じことです。反省して、謝罪して、精算して、改善して、進むしかない。被害者の方々の望みを叶えることももちろん大事なので、たとえば廃業を望む人がいるのだとしたら難しいところではあるかもしれませんが…なんとか、どうぞなんとか。
 そしてジャニーズとか今回とかG7とかの陰で、また邪悪な法案がうっかり可決されたりしていませんように…政府に阿りすぎる報道しかない今、ホントもう何も信じられません。こんなのろくなリークじゃないよ、正しい告発ならともかく…
 負けるな。生きねば。そして、四代目市川段四郎丈並びに夫人・延子さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
 





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