駒子の備忘録

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小池田マヤ『女と猫は呼ばない時にやってくる』(双葉社ジュールコミックスシリーズ全6巻)

2018年11月18日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名か行
 東京・高円寺にあるお酒とサラダを楽しむ店。詩が趣味のOL・ヒラリーはそこで様々な女性客に出会う。謎の美魔女や主婦、独身女性、そしてシェフ。みな楽しく語らうもそれぞれ胸には抱えるものがあり…

 シリーズ第1巻の刊行は2012年。私は知らない漫画家さんで、でもごはんものというかレストランものがジャンルとして好きなので、ジャケ買いしてみたんだと思います。そこから『老いた鷲でも若い鳥より優れている』『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』『カラスと書き物机はなぜ似てる?』、そして完結『仕事は狼ではなく森へは逃げない』上下巻まで、動物のことわざをタイトルに連載されてきたのを新刊が出るたびに追っかけてきました。
 オムニバス連作というか、確かに軸となるヒロインはヒラリーなんだけれど、順にフィーチャーするキャラクターを変えていって、ラストは銀さんそしてヒラリー、とまとまる構成が美しくして、大好きです。このふたりがくっつくだけでなく、小鳥遊さんは嫁を迎え九さんには恋人ができて新上さんにはママ友ができました。大人になっても、後半生になっても、世界は閉じて行くばかりでなく広げられるんだ、という作者のメッセージのようで、心強いです。
 ヒラリーの仕事の描かれ方というか扱われ方がまた良かったです。お仕事漫画ではないんだけれど、ヒラリーは仕事ができるっぽくてだからこそ職場で便利遣いされているっぽくて、古い体質っぽい営業でのセクハラやパワハラもありそうだしとにかく拘束時間が長くて家で寝る以外ほとんど会社にいるようで、そのわずかな隙間にこの店に来て骨休めをしていることが充分窺えて、なのにそこにチャラくて仕事ができない同僚かつ元カレが上司になっちゃってさらに面倒くさくて、疲弊して…というのが、ごくわずかな描写でちゃんと見えるんですね。
 けれど自分のためだけのごはんを、自分を大事に想ってくれる人に作ってもらえて、自分もそれをすごく楽しみにしていることにやっと自分でも気づけて、そういうことがすべて身に染みてやっと、自分でも自分を大事にする覚悟ができて、他のことはすべて投げ捨てる覚悟ができて、仕事のチームから外してくれ、もうできない、と涙ながらでもはっきり言える。そんな強さをついに手に入れたヒラリーの姿に、こちらも泣くしかありませんでした。
 そこまでの銀さんとの紆余曲折がまた良くて。恋愛ってホント、ある程度心の余裕がないと始められないし、その隙間は何度か寝た程度では埋まらない。でも身体のつながりができたことって、確実に心や状況をも動かす大きなことではあるのです。寝てもときめかなかったヒラリーが、調子に乗ったり怒ったり落ち込んだり忙しかった銀さんが、そこから変化して、ゆっくりゆっくり落ち着くべきところに落ち着いていって、手をつないで、目を見交わして、周りに祝福されてやっときちんと告白し合って。なんて微笑ましいんでしょう、幸せのあるべき形だと思いました。
 でも周りのこういうつかず離れずな空気やつきあいも大人にならないと絶対できない。盛り上がって主役を邪魔して私が私がとなるような人がひとりもいない、美しく気高く、練れた、大人の社交と、それを育む場が大事。それは奇跡のようなことなのだろうし、だからこその物語なのかもしれませんが、読む者のハートを確かに温め幸せにしてくれるのでした。
 いいシリーズでした、愛蔵して何度も何度も読み返したいです。

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