駒子の備忘録

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虫歯『天国in the HELL』(集英社EYES COMICS Bloom)

2018年11月18日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名ま行
 プロデュース業に営むユタカは出張ホストとしても働いている。ある日、指名されて待ち合わせ場所に行くと、客として待っていたのは自分より長身で超強面の男だった。その男・ツカサと言葉を交わすうち、不器用ながらも可愛い一面に興味をそそられるユタカ。誘いに乗り、いざセックスしようとしたところ、ツカサが見習い中のサキュバスであることを知ってしまい…!?

 私は自分が恋愛体質ではない方だからか、物語では余計にラブストーリーを求めてしまうところがあって、それでBLもわりと好きなんだと想うのです。葛藤とか障害とかがある恋愛の方がやはりドラマチックに盛り上がるものですからね。
 そしてBLってやはりファンタジーだからか、男女の恋愛ものよりも身分の差とか社会的立場の差、年齢差、みたいないわゆる格差を盛り込んでくることが多くて、ただでさえ同性同士という障害があるのになおさら盛り上げる、みたいなことが多い気がします。イヤ私がそういうタイプのものを好んで探して読んでいるだけなのかもしれませんけれど。
 で、種族の差というかなんというか、そういうものもよくよく盛り込まれがちですよね。人外ものジャンルというか。この作品はいわゆる受けがサキュバスという設定です。いわゆる淫魔、夢に現れて性交を行うとされる下級の悪魔で、女性の姿をしたものはインキュバスと呼ばれます。
 で、サキュバスのツカサが生きていくためには人間の精液が必要で、けれどセックスどころか誘惑にもビギナーで…みたいな設定をまず読み取って、私はニヤニヤしたのです。こういう、愛とセックスとなんらかの義務とか必要性とかの捻れと、そこから生まれる葛藤が大好物なので。本来なら愛し合う者同士で行われるべきセックスを、生死のためにしなければならないという状況と、それに煩悶する心理を読むのが大好物なので(…って書くとホントただのヘンタイみたい…ところで「精子に生死がかかってんだね」というユタカのギャグのしょーもないおもろさはホント空前絶後な気がします)。
 で、すごくおもしろかったのです。なんせ「出していいよ」って言われて出しちゃうのが角と翼と尻尾なんですからね!(笑)
 けれど、さらに予想外におもしろかった、というか私がツボったのはむしろ攻めのキャラクターのユタカの在り方です。アートスペースと雑貨屋を経営していて、インディーズのCDレーベルを持っていて、ときどき自身で出張ホストもやり、いつかアイドルをプロデュースしてみたいと思っている男。「他人の才能を自分の手柄にしたい」「こんな才能を見つけられる俺はセンスが良いでしょうと/世間に知らしめたい」という、実に浅ましい男です。垂れ目で優男の美形なんだろうけれど、笑顔でも目が暗くて笑っていない、自己肯定感の恐ろしく低い男です。どういう育ちでこんな人間になってしまったんだろう、普通にしてたらこれで充分高スペックな男なんだろうに…というキャラクターです。この暗さ、闇深さは、なかなかない。
 そんな、したあと「君には才能と素質がある/俺とアイドルを目指そう」と言っちゃったり「改めてもう一度スカウトさせて/俺と一緒にナンバーワン風俗嬢を目指そう」とか真顔で言うような困った、捻れた発想しかしなかった男が、「好きです」って言われて「好きだよ」って応える、そんな簡単な、あたりまえの、「これだけの事」に至るまでの物語なのです、この作品は。BLって基本的には受けが主人公というかヒロインというか読者が感情移入するキャラクターなんだと思いますが、この作品の陰の主役はユタカなんだよなあ、と思いました。おもしろい構造の作品だと思います。
 ところで「その後in the HELL」は描き下ろしなのでノーカンなのかもしれませんが、ツカサが他の客たちとは実はやっていなかった、としたのには、私はそこまで受けに処女性というかフィデリティというか、を求めなくても…とちょっと思ったんですね。だってユタカはそれ以前にバンバンやってんだから、ツカサだってバンバンやってちょうどイーブンで対等、じゃないですか。それをユタカがちょっと嫌に思おうがそれごと引き受けてこそだろう、とも思ったんですよね。でも、ユタカもまたツカサと出会ってから「君以外とセックスどころか恋愛もしてない」と言うし、ならツカサの側だけに「嫌だけどする」を強要するのも理不尽だな、と思い直しました。
 出会うまでの過去は変えられない。出会ったときまでの過去が出会ったとときのその人を作ったのだし、それで恋に落ちたのなら、そこからはふたりが作っていくもので、そこにフィディリティがあればいいのだと思います。そう、こういう一対一関係というか超ロマンチック・ハイフィデリティを私はBLには求めがちかもしれません。それもまたファンタジーだからなのでしょう。男女なら、それだけじゃないはずじゃんとかもっといろいろあるかもしれないじゃん、とかついリアルが邪魔をするからです。
 ちょっと不思議というか意味不明なタイトルは、ユタカの名字が「天国(あまぐに)」というところからも来ているのかもしれませんが、作者あとがきによればマーク・トウェインの「天国にユーモアはない」という言葉を踏まえているそうで、そこからの「BLは私にとって大切なユーモアのひとつです」という言葉が深いなと思いました。
 とはいえ全体にはそんな哲学的な話ではなくて、むしろギャグで、濡れ場もバンバンあるし、「ここをケシてなんの意味があるんだろう…」とか不思議に思っちゃうくらいなんですが(笑)、そういう点も含めて、とても好みの作品に出会えて嬉しかった、というご報告でした。






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