駒子の備忘録

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田辺イエロウ『結界師』(小学館少年サンデーコミックス全35巻)

2020年06月03日 | 乱読記/書名か行
 妖怪退治の専門家、結界師。22代目当主予定の中学二年生・墨村良守は妖の類を呼び寄せる不思議な土地・烏森を守ることを先祖代々伝わるおつとめとしていた。お隣に住むもうひとりの結界師、雪村時音とは、どちらが正統な後継者かを争っている。しかし、過去に自分の失態によって時音に大けがを負わせてしまった良守は、時音を二度と傷つけないために強くなることを誓い…

 いい絵だな、とずっと思っていて、人気があるとも聞いていたので、そのうち読みたい…と思ってから、長い年月が経ってしまいました。
 この漫画家さんも、こんなペンネームですが女性ですよね。でも別に性差は感じない絵、作品だと思いました。ただ、人間性は出てると思いました。
 絵はとても上手い。デッサンが確かだし、多彩なキャラクターをきちんと描き分ける画力があるし、水彩ふうのカバーイラストのセンスもいい。異能力とか妖怪とかのイマジネーションと、それを描き出せるだけの力量もある。とても端正で、達者な絵です。
 ただ、端正すぎて色気とか愛嬌とかの味わいには欠ける…かもしれない。これはおそらく漫画家さんの性格によるもので、未だテレがあるんじゃないのかなー。ちょっとカッコつけすぎちゃうところがあるというか。もうこれは性格だろうからしょうがないんだろうけれど、ちょっともったいない気がしました。
 あと、絵は上手いけどネームは普通。ものすごく上手い、ということはない。そして残念ながらストーリーテリングはあまり上手くないと見ました。
 初連載作品なのでどこまで続けられるかわからず、どうストーリーの風呂敷を広げていいか悩む…というようなことはあったかと思います。それでも作家の中にはわりと最初から構想がいろいろあったのでしょう。人気が出て、続けられるとなって、じゃあ、と順に出していったのでしょうが、でも、その出し方がどうにも良くなかった気がするのです。
 おそらく良守の祖父か時音の祖母をもっといわゆるヨーダに仕立てて、彼らがなんでも知っていてコントロールしていて、良守たちの成長を見越して順々に解き明かし、時にふいに襲い来る敵たちの動向についても達観して解説する…というようなポジションに置けると、もっと読者がスッキリ読みやすかったんだろうと思います。でも、そういう工夫がなく、いろんな立場のいろんなキャラクターが敵味方ともに次々出てきてはみんな違うことを次々言う、という構造になってしまっているので、たとえ良守自身は広い心で受け入れていくんだとしても、我々読者としてはワケがわからず、ついていきづらいものを感じてしまうわけです。良守はああいう性格だから流せてるけど、騙されてるんじゃない? 本当はどういうことなの? ってつい物語の世界全体をつかもうとしてしまうのが読者だと思うんですけれど、その全貌とか理屈とかシステムとかがきちんと説明されることがないままにストーリーがどんどん展開してしていってしまうので、なんとなく納得しきれず、なので盛り上がりきれないまま、同調しきれないままに一応つきあって話を追っかける…みたいな形にならざるをえない。そこが、弱かったなと思いました。
 こうした異能力とか、妖怪とか、魔法とか、ESPとか、とにかくそういう超常現象というかリアルじゃないものを扱う作品においては、そのルール作りが肝要です。なんでもアリになっちゃったら、つまらないからです。それじゃ主人公がピンチになっても「なんか必殺技で逃げ切るんでしょ?」ってなっちゃって親身になって心配できないし、たとえ死んでも「魔法で生き返るんでしょ?」ってなったら泣けもしない。それじゃ感動できないし、心は揺さぶられません。オールマイティーなパワーになんかしちゃ絶対ダメで、できることとできないことをきちんと決め、それを作中で読者に上手く説明する必要があります。この作品はそれがわりとゆるい。そもそもこの世界の普通の「人間」ってなんなのか、すら定義が怪しい。「結界」という概念はよくあるものですが、この作品のそれはなかなかおもしろいアイディアだっただけに、そのあたりが残念でした。
 ヒロインが年上の幼なじみで、かつて彼女に怪我を負わせてその痕が残ってしまったので主人公はそれを気に病み、彼女に負い目を感じ、常に彼女を気遣い、もう傷つけたくない、守りたいと思い、淡い恋心を抱いている…というのは少年漫画としてはちょっとレアなケースで、でもとてもラブくエモい設定で、とてもよかったと思うのです。良守のキャラクターも時音のキャラクターも良かったし、時音の方はあくまで良守を弟分くらいにしか思っていないし、傷跡のこともたいして気にしていない…というのも良かった。同業者として家同士はライバルとして反発し合っているんだけれどこのふたりは意外と仲良し、というのもとてもおもしろく、ゆっくり変化していく関係もよかったんだけど…まあ、もうちょっと進んでほしかったかな、と個人的には思います。
 でも少年漫画としてラブはやはり脇の話で、メインのストーリーは烏森という土地を巡るドラマにあったはずなんだけれど、結局なんだったの? これで勝ったの、負けたの、終わったの、これで良かったの…?って感じのオチだったし、何より途中に「こうなればゴールだ、勝利だ、これを目指すのだ」というものの提示が漠然としかなくて、そうだそれが正しい!それを成し遂げようとする主人公を応援する!みたいな心情に読んでいてなれなかったのが、もったいなかったんですよね…そのあたりがものすごく、もの足りないというか、下手な作品で、残念でした。
 あと、これは私のごく一方的な、勝手な意見ですが、キャラクターの敵味方がわかりにくいというか、時音以外はそれこそ良守含めて基本的に実はあんまりいい人間じゃないっぽい描き方をされている点に、私は作家の女性性をものすごく感じました。男性作家で人間をこういうふうに捉える人、描く人ってあんまりいない気がするんですよね…真の人の悪さ、意地悪さは女に宿りがちなんじゃないかと思う。少年漫画を描こうという女性だけに、余計に。私はフェミニストなんですけど、だからこそ、そう思うのでした。
 そしてそこが、勧善懲悪でスッキリした方がいい少年漫画に今ひとつフィットしきれていない原因かもしれません。絵は少年漫画向きだけれど、もっとクールにして、テーマも選んだら、青年漫画の方が向いているテイストの作家なんじゃなかろうか…バカだけどいいヤツ、みたいなキャラクターを信じられない人、信じて描けない人に少年漫画は向かないと思うんですよね…
 作家が一番シンパシーを感じてノリノリで描いていたのって、実は良守母なんじゃないのかな…でもそれじゃやっぱ、ねえ…
 それで言うと、正統後継者の印が弟に出ちゃった兄の立場、みたいなものにもものすごくドラマを感じて描いていたんだろうとも思うんだけれど、やはり少年漫画の軸からしたら「ソコじゃない」感しかしませんでしたよね。だったらもっとわかりやすく敵方になってラスト実は真の見方でした、とかになる展開、とかさ。ベタでいいんですよ、ベタが大事なんですよ、ベタってことは王道ってことで、まずそれがちゃんとで来てなきゃダメなんですよ。このあたりの中途半端さももったいなく、萌えづらく(強面すぎるだろう!)、残念でした…
 この次の作品とか今の作品とかは、どんな感じなんでしょうか。この画力はそれこそもったいない気がするので、機会があれば読んでみたいと思います。


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