駒子の備忘録

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高山真『エゴイスト』(小学館文庫)

2023年03月30日 | 乱読記/書名あ行
 14歳で母を亡くした浩輔は、同性愛者である本当の自分を押し殺しながら過ごした思春期を経て、しがらみのない東京で開放感に満ちた日々を送っていた。30代半ばにさしかかったある日、癌に冒された母と暮らすパーソナルトレーナーの龍太と出会う。彼らとの満たされた日々に、失われた実母との想いを重ねる浩輔だったが…鈴木亮平と宮沢氷魚主演で映画化された、2020年に没したエッセイストの唯一の自伝的小説。

 映画は楽しく観ました。ゲイ映画としての評判を聞いて観に行って、前半はBLとして楽しく観て(こういう言い方はいけないのだとわかってはいるのですが…しかし実写BLとしてさすがの迫力だなとか、BL漫画でしか観たことなかった絡みだけど本物の人体で本当にこういう体勢になるのかとか、ちゃんとインティマシーコーディネーターが入ったそうだけどどういうふうに撮影したんだろうとか、恋愛描写も演技も上手くて適切でホントキュンキュンするなとか、そういう消費を確かにしました)、後半の展開は個人的には意外だったので、最終的にはタイトル含めてなるほどこういう作品だったのか、とラストでやっと把握したような気持ちになりました。
 原作小説がある、しかも自伝的小説らしいと聞いて、読んでみたいと思ったものの、知らないエッセイストさんでしたし(重ね重ね申し訳ない…)きっとそんなにおもしろくない、ないしそんなに出来が良くないものを、すごく上手く映画化しているのではなかろうか…などと考えていました。映画を観たころには書店で売り切れていて、やっと重版が入ったのか先日遠征先の書店で見つけたので購入し、帰京の新幹線内でほぼ読み終えてしまいました。
 ごく短い、というのもありますが、非常に読みやすく、それは簡易だとかそういう意味ではなくて、とてもナチュラルでわかりやすかった、ということです。情景描写みたいなものに特に手をかけず話がさくさく進むのは、書き手がプロの小説家ではないからかもしれませんし、書きたいことはそういうことではなかったからでしょう。どこまで事実そのものなのか、かなり歪曲されているのかはわかりませんが、とにかくこうした相手とこんなような出会いがありこういう経緯を経て失った、ということは確かなのでしょう。それがごくシンプルに捉えられ、描かれていた、読みやすい小説で、それがなんとも意外でした。もっと照れ隠し紛れのゴタゴタした虚飾があるか、単に稚拙かで読みづらいものなのではないか、と勝手に類推していたからです。我が身の不明を恥じ入ります。
 小説では映画以上に、主人公が早くに母親を失っていることがフィーチャーされている印象で、相手との恋愛も純粋な好意や性欲よりも、彼を通して母親との関係を生き直すことができる相手、みたいに捉えられているようだったのが印象的でした。私は映画を観ていてそういう側面をほとんど感じなかったので…根が薄情なのかもしれません、すみません。小説では最終的に、龍太の母親ですら自身の母親との関係を語り出し、浩輔との間でそれを再構築し出そうとします。まあそれくらい、母親との中断された絆というものはその人にとって甚だ大きく太い、ということなのでしょう。それがぴんとこない私は、未だ両親ともに健在だということもありますが、恵まれて育つことができた子供だったということなのでしょう。ただ、龍太の母親のこの視線がなければ、私は「男ってホントーにマザコンだね」みたいで終えてしまいそうでもあったので、よかったなと思いました。もちろん種が必要ですが、人は誰でも母親からしか生まれないので、やはり大事で重要な存在なのです。そしてもちろんごく自然なものに思えるこうした愛情、こだわりもまた、単に自分のためだけのもの、わがまま、エゴイズムなのです。そういうタイトルだし作品だと思いました。それが人間で、だから愛しい、という作品なのかな、と…
 もう一度見直したい、という意味で円盤を買いたいなと思っていますが、発売されますよね…? それか、まだやっている映画館があれば見に行きたいな。そういえばドキュメンタリーふうの手持ちカメラでの撮影が多用されていて、私は臨場感があってとてもいいなと思ったのですが、三半規管が弱い方には苦行だったそうですね。そういうところも鈍感で健康な我が身をありがたいと思ったのでした。
 書籍化、映画化にもいろいろ顛末があったと聞きました。円盤解説にそうしたものもあると嬉しいな、と思ったりもしています。






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