駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)

2023年08月11日 | 乱読記/書名さ行
 ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のために彼女のもとを去って行く。以来、村の人々に蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニが鳴くところ」に想いをはせて静かに暮らしていた。しかし村の裕福な青年チェイスが彼女に近づいて…2021年本屋大賞翻訳小説部門第1位作品。

 不思議な味わいの小説でしたが、おもしろく読みました。
 死体が発見された現在と、遡って語られる過去とが交互に描かれ、どんな経緯で死体が出る事件ないし事故に至ったのか、その顛末は、はたまたその真相は…というふうに読んでいく、という部分もあるので、その意味ではミステリーなのでしょうが、ドキュメンタリーのような、はたまた大人の寓話のようでもあるような…なニュアンスもある小説です。最後は史実か評伝にも思えたりもしました。でも、まあ、ある種のファンタジーなのかな…なんであれ、フェミニズム小説です。
 実際には、人がこんな境遇でこんなふうにサバイブできることはほぼ奇跡、無理ゲーなのではないでしょうか…このネグレクトは本当にひどい。そんな中で生き延び、あまつさえ読み書きを覚え特技を発揮しそれなりに社会で暮らしていけるようになるなど、本当に奇跡的なことだと思います。人は人に人々の間で育てられないとそれこそ「人間」にならないものだと思うので…
 一方で、何不自由なく育っても人として生きるに値しない残念な人間というものはいて、チェイスはそれでした。私は主人公の選択を支持します。やってよかった。彼にも愛する人が、とか彼を愛する人が、とかは関係ない。彼は彼女の尊厳を踏みにじりました。だから命で贖わなければならなかったのです。
 汚されていないじゃん、未遂じゃん、とかいう問題ではない。人を暴力で支配し屈服させようとしたこと自体が、非人間的であり問題です。人が人にしていい行為ではない。もちろん愛情でも性欲でもありませんでした。単なる嗜虐心であり、相手が嫌がっているからこそ強いることを楽しんでいたのであり、残忍きわまりない支配欲のたまものでした。こうした精神はほぼ決して更生されません、だから彼は死ぬしかなかったのです。そこに議論の余地はない。
 ザリガニが自然のままに鳴き、人間がみなありのままに暮らし幸せに生きる世界は、この地上のどこにあるのか。この先、作ることができるのか…そんなことを考えさせられた読書となりました。











コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 宝塚歌劇宙組『大逆転裁判』 | トップ | 『サントリーホールでオルガ... »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
昨日飛行機内で映画を見ました。 (H.A.)
2023-08-13 23:16:22
はじめまして。
昨日、台湾旅行からの帰り、機内でこの原作をもとにした映画を見ました。華語字幕でわかりづかかったのですが、選んでよかったです。今日はブログを拝見して驚きました。(行きは「アメリカから来た少女」という映画を選んで見ました。)

駒子様のブログは、宝塚をCS放送でみるようになってから、ファンのブログをあちこち探しているうち拝見するようになりました。観劇者として書かれているブログはほとんどなく、その他ご感想のスタンスにも共感するところが多々あります。

8年前に新聞の劇評をみて、気になっていた作品を、2年前、CS放送でたまたま見ました。宝塚は初めてでしたが、それからスカイステージを契約して徐々にみるようになりました。ただその作者も去られ、最初にみたその作品以上に心動かされる作品には出会えていません。『星逢一夜』という作品です。
返信する
コメントありがとうございました (H.A.さんへ)
2023-08-16 10:17:23
そうそう、「映画化決定!」みたいな帯がかかっていました。
秋、となっていたけれど去年のことだったのかな…?
映画はヒロイン視点で時系列に進む構成かしら…などと考えていました。機会があったら見てみたいです。

いつもお読みくださってありがとうございます。
他のブログはスターのファン目線みたいなものが多いということでしょうか…?
くーみん、まだ留学中かな? 今後の活躍も楽しみですが、やはり歌劇団を離れてしまったことは残念でしたね…
『星逢一夜』はなかなかに極北の作品だったと思っています。

●駒子●
返信する
ご返信ありがとうございます。 (H.A.)
2023-08-17 23:24:36
映画ですが、ほとんど華語字幕だけでみていました、Kyaという名前もキュア?と思ったくらいです。最初は悲惨そうだった主人公の子供時代で、途中から若い女性に変わりました。自宅には動物や植物の絵を描いた紙がたくさん貼られています。確かに主人公視点で時間が流れ、その後裁判になり、弁護士の横に座った主人公は左利きで絵を描くあたりから、過去と現在が交錯していました。無罪判決になり、主人公と最初の男性が結ばれ、二人でボートに乗り、幸せに年を取った最後、一人でボートに乗った主人公が母親の幻影をみてから、ボート上で亡くなり、夫が彼女のアルバムをみて、貝殻があったことで事実を知ったようです。

いつも連日観劇されていることに驚いています。私は一度だけ当たった大劇場ペアチケットも、仕事で職員にあげたものです。数年来の作品の感想をいろいろブログで見て、ずっと詳しく深い内容で書かれている方は、駒子様の他ほとんどみあたりません。他のお芝居や本のご感想を含め、言葉を紡いで書かずにはいられない方だと思いました。また他の方々が”人事”に興味を持たれているところ、純粋にお芝居に関心をもたれていることがわかります。また教養も窺えます。漫画だけ読んでいい漫画家にはなれないように、教養がないといい批評はできないし、いい作品も書けないでしょう。これは私が惹かれたあの作品の作者もそうで、あの方の作品は何とか皆録画して、何度も見ました。

これからもご健筆を続けられることを願っております。では取り急ぎ失礼します。
返信する

コメントを投稿

乱読記/書名さ行」カテゴリの最新記事