駒子の備忘録

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ケイト・クイン『戦場のアリス』(ハーパーBOOKS)

2022年01月14日 | 乱読記/書名さ行
 1947年、戦時中に行方不明になった従姉を探すシャーリーは、ロンドンの薄汚れた住宅を訪ねる。現れたのは酔いどれの中年女。潰れた指で拳銃を振り回すその女、イヴは元スパイだった。第一次大戦中、若きイヴは無垢な容姿と度胸を買われ、ドイツ占領下のフランスに潜入した。そこでは凄腕のスパイ「アリス」が無数の情報源を統括していた…実話に基づく傑作歴史ミステリー。

 一次大戦中のイヴの物語と二次大戦直後のシャーリーの物語が交互に描かれるような構造で、今のシャーリーの前にいるくたびれたイヴと三十年前のイヴがどうつながるのか、シャーリーが探す従姉ローズとはどうつながるのか…と思いながら読むにしては、つながり出すのは作品のかなり後半なんですけれど、つながらなくても個別に十分スリリングでおもしろいので、ジレジレしながら楽しくねちねち読み進めました。
 読み終えて思ったことは、何がおもしろかったって、イヴのパートにしろシャーリーのパートにしろ、その時代、その境遇での女性の生きづらさを描いているから、だったんでしょうね。女性、というにはまだ若すぎるくらいの、うら若き未成年の、ほとんど女の子、の物語。でももちろんお子さまなんかではないし、子供でいられるような幸福な境遇にもなく、でも屈することなく戦いあがきもがき道を切り開こうとする、タフな女たちの物語なのでした。
 なので実在の女スパイがモデルの…みたいな売り方をするよりはむしろ、解説では「ウィメンズ・フィクション」と言っていましたが、シスターフッド・ハードボイルド・サバイバル・ロマン、みたいなキャッチで売った方が今の世にはハマるんじゃないかしらん、とも思ったりしました。ともあれおもしろかったです。
 イヴとシャーリーあるいはローズに血縁があった、なんて話じゃないのがよかったし、シャーリーの若き日の(今も若いんだけれど、より若き日の)暴走とか親への屈託とかローズバッドの父親についてとかがくだくだ語られないのもよかったです。イヴの若き日のエピソードはもちろん過去のものなんだけれど、物語の力点は常に現在と未来にあるんですよね。その力強さ、ひたむきさ、清々しさがまぶしいのです。フィンはスパダリだけれど、肝心のクライマックスに不在なのもいい。あくまでもイヴとシャーリーの戦いの物語なのです。
 原題は『ザ・アリス・ネットワーク』(「ジ」かな)。なので『ネットワーク・アリス』とか『コードネーム・アリス』とか、それこそ『アリス・ネットワーク』というタイトルでもよかったかもな、とはちょっと思いました。まあでもこれは好みの問題かな。この「アリス」は別にイヴのことでもシャーリーのことでもない、というのがまたいいですよね。アリス・デュボア、本名ルイーズ・ド・ベティニという実在の女スパイから着想して、でもこういう物語を組み立てるところが素晴らしいと思いました。



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