駒子の備忘録

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ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』(新潮文庫)

2023年03月24日 | 乱読記/書名さ行
 私立探偵マックスが受けた依頼は、元大リーガーのチャップマンからのものだった。キャリアの絶頂期に交通事故で片脚を失い、今は議員候補と目される彼に脅迫状が送られてきたのだ。殺意を匂わす文面から、かつての事故にまで疑いを抱いたマックスは、いつしか底知れぬ人間関係の深淵へ足を踏み入れることになる…ポール・オースター幻のデビュー作にして正統派ハードボイルドの逸品。

 イヤもうすごかったです、ハードボイルド小説芸が。イヤ作品に罪はないのだけれど、1982年の作品が今訳されて読まれていることに半笑いが抑えきれません。まさしく、30年前では効かない、40年前にこういうの、ハヤカワ文庫ミステリとか創元推理文庫でたっくさん読んで育ちましたから、私…
 まず、主人公の私立探偵が、まあヤメ弁ってのはわりと新鮮な気はしましたが、普通はヤメ警がわりと多いですよね。なんにせよ体制派、組織側であることに限界を感じて、独立し一匹狼になるパターンです。あるある。それと前後して家庭でも問題が起きて離婚している、これもよくあるパターン。思春期前の息子がいる、これもあるある。妻とは傷つけ合って別れたけど、今は落ちついていていい友達で、でも向こうに再婚を考える相手ができて、でも向こうは迷っていて、それがこちらもわかっていてでもどうする気もなくて、でも寝ちゃう。もうすっごいあるある。さらには依頼人の妻、なんならその後被害者の妻になり容疑者になる女性とも寝ちゃう、もうすっごいすっごいあるある。
 ギャングのボスとも知り合いで小競り合いがある、あるある。野球蘊蓄、あるある。帯のアオリにもありますが「軽口(ワイズクラック)に運命の女(ファム・ファタル)。ハードボイルドの王道」あるあるあるある。
 事件は無事に解決されるけれど、真犯人より何より、裏で糸を引いていたのは被害者の妻だったのではないか、みたいなことが示唆されて終わる。「女は怖い。魔物だ」みたいな結論、もうあるあるすぎてつっこみが追いつきません。賭けてもいいけどジュディスは1年でマックスなんて男がいたこともその関わりも忘れるでしょうが、マックスの方は10年経っても自嘲を装って自慢げに、こんな女とこんなことがあってね…と語っていることでしょう。男ってホント馬鹿。ハードボイルドってもはやそれを楽しむ文芸ですよね。何故今訳出されたのか、謎ですが…オースターにしたってそんなに人気作家ってワケでもないと思うのだけれど。
 まあでも久々にハードボイルドを読んでみてもいい、と思って私が店頭で自分で選んで買った文庫ですし、その目的はきちんと果たされたのでいいのです。当時はお洒落に思えたかもしれないけれど今の目で見るとあまりにベタベタで、それだけだった、ということが改めて確認できたのと、ワイズクラックという言葉を覚えたので満足です。てかこんなにきっちりあるあるを押さえている作品って、秀逸すぎるのでは…
 今書かれているハードボイルドは、まあ今はハードボイルドを書くにはいい時代ではないかもしれませんが、おそらくもっと違う何かしらの進化や発展をしているのでしょう。たとえば何が有名なんでしょうね…?
 そんなことを考えた、おもしろい読書になりました。イヤ意地悪で言っているのではないのです、ホント。古式ゆかしいハードボイルドが読みたくなったというときには、おすすめの一作です。昔のものを昔のままの訳で読むのってけっこうしんどいかもしれないので、愛蔵している古い本を引っ張り出してきて読むより快適に「昔のまま」が味わえる、という利点がこういうものにはあるな、と思ったりもしました。



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