駒子の備忘録

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博多座開場25周年二月花形歌舞伎『江戸宵闇妖鉤爪/鵜の殿様』

2024年02月12日 | 観劇記/タイトルあ行
 博多座、2024年2月11日11時。

 時は江戸末期の安政年間、蓮の花が見頃の夏の夜。所は江戸の名所である上野不忍池のほとり。出合茶屋に御家人の神谷芳之助(市川染五郎)が、恋仲の芸者お甲(河合雪之丞)と密会しようとやってくる。お甲を待つ神谷は、通りかかった夜鷹蕎麦屋にかけ蕎麦を頼み、色恋談義を始めるが…
 脚色/岩豪友樹子、演出/九代琴松、齋藤雅文、補綴/松岡亮。サブタイトルは「明智小五郎と人間豹」で、江戸川乱歩『人間豹』をもとに染五郎時代の松本幸四郎が創作し、松本白鸚が九代琴松として演出した新作歌舞伎。2008年国立劇場初演、11年大阪松竹座で再演。初演時は明智小五郎(松本幸四郎)を白鸚、恩田・神谷の二役を幸四郎が演じたものを、今回は明智を幸四郎、恩田・神谷を染五郎が演じる趣向。ショルダータイトルは「江戸川乱歩生誕一三〇年」、市川染五郎大凧にて宙乗り相勤め申し候。読み方は「えどのやみあやしのかぎづめ」、全2幕。

 実は江戸川乱歩をきちんと読んだことがありません。小学校の図書館とかで、ポプラ社とかの、子供用にリライトされた少年探偵団とか怪人二十面相とかのを読んだくらい? 舞台も宝塚歌劇版の『黒蜥蜴』を観たことがあるくらいでしょうか。でも明智小五郎とか小林少年とかのだいたいの設定は知っているし、作品の雰囲気にもなんとなくのイメージは持っているので、乱歩歌舞伎再演の報に合いそう!観てみたい!!とすぐ思えて、遠征を決意したのでした。
 博多座と博多が好きすぎて、前回の星『ミーマイ』遠征では日帰りばかりだったので前乗りしてでも泊まりたい、ごはんしたいと勇んだ、というのもあります。本当は花組大劇場公演初日遠征と合わせるためにこの日を選んだのですが、初日がズレたために花組の方のチケットの手配は上手くいかず、結果的に本当にお友達たちとのごはんのためだけに前乗りする形になりましたが、いろいろ楽しかったのでいいです(笑)。
 福岡在住の、博多座会にいるお友達にチケットを頼んだこともあって、他の福岡の友とも呑みたいねとなり、そこから、「その回、私もいる」とか「なら私もそこで行こうかな」となって、観劇前夜は総勢7人の宴会になりました。東京、神奈川、埼玉、愛知、大阪からみんなてんでバラバラにやってきて、朝着いて観光している者や夕方近くからゆっくり出てくる者、夜の部を観てから宴会に合流する者ととりどり。私はみんなと友達だけど初対面同士もたくさんいて、でもみんなすぐ打ち解けてわあわあ話せて呑んで食べて、ものすごく楽しかったし発散しました。で、福岡在住の友はともかくホテルもみんなバラバラで、でも翌朝ラーメン屋さんでバッタリしたり、喫茶店のモーニングでニアミスしてたり、終演後もてんでに出たのにその後うどん屋さんでバッタリしたりして、まあ行動範囲が狭くて興味関心も似てるってのもあるんでしょうけれど、おもしろすぎました。またすぐどこかの劇場でバッタリすることでしょうし、超ニアミスすれ違いもまた起きるでしょうし、それでまた久々にゆっくり語ろうってなってごはん会を企画することでしょう…多少メンツが入れ替わってもみんなお友達のお友達で、贔屓が違ったり他の沼にも忙しかったりしても、適度な距離感でつきあえるオトナのお友達たち…貴重で、ありがたいです。本当にお世話になりました。

 さて、幸四郎さんなのになんで「花形」なんだろう? …とか思っていたんですよね、実は。歌舞伎で言う花形って、まあ新公とまではいかないけれど要するに若手公演、って意味だと私は思っていたので。でもこの作品は確かに鉤爪も人間豹も要するにタイトルロールは恩田乱学(市川染五郎)なのであって、彼がど真ん中の主人公なんですね。探偵から隠密同心に変わった明智小五郎はほとんど狂言回しに近い立ち位置なのでした。なので染五郎くん主演公演なのです。
 彼は祖父と父親がこの演目を演じたときにわずか三歳ながら観劇していて、父の宙乗り姿を覚えているそうです。長じてガチの乱歩ファンになり、また最愛の一冊が『人間豹』だそうで、そしてこの公演にずっとずっと出演したくて、そして今回の上演となっそうです。いやぁエモいですね…! プログラムにスチール撮影時の密着記事ページがありましたが、幸四郎さんのときの鬘を使ってピッタリだったとか。床山さん曰く「頭の形が三代でそっくり、一緒」とのこと。おそるべきDNA…!
 お甲/お蘭/お文が初演、再演同様に雪之丞さんだったり、蛇娘お玉(市川高麗蔵)も同様に高麗像さんだったりと踏襲しているところも多いんだけれど、商家の娘だったお甲が芸者になったり、小林少年にあたる小林屋新八(澤村宗之助)が同心から船屋の若い者になったり、高麗蔵さんが明智の上役の筆頭与力を二役でやるようになっていたりと、変更やブラッシュアップも多いようです。まあ、たとえどんなに出来が良くてもただまるっとまんまやるならそれはそれでつまらないですもんね。そんな中で、「変えるべきところは変え」、でも「“あの人間豹をやりたい”という思いが強いので」と語れる染五郎くんは、素敵だなと思いました。
 アバンというかプロローグというか、第一場が終わるとバーン!と幕が下りて、そこに題字がどかんと出るんですが、そのロゴ、染五郎くん作だそうです。イイんですよコレが! 将来は「ポスターのデザインもしてみたい」んだそうです。絶対イイ! センス良さそうだし、プロデュース能力がある役者ってこの先絶対強いし、なんなら製作に回っても素晴らしいものを作るんじゃないでしょうか。楽しみすぎるなあ…! この作品も今後何度か再演されるだろうし、そのとき「アタシ、染五郎の初役を観たのよ」って自慢できるんだなあと思うと今からワクテカです。
 御曹司で、段階踏んで歳相応のお役を少しずつ(いや十分に大きいのか…)務めてきてはいるんでしょうけれど、もっと濃い役、太い役もやってみたい…みたいなことを考えるようになる時期だったのかもしれません。本来なら神谷の方が似合うしそれで終わりでもいいようなところを、恩田も演じてそれがまさに縦横無尽の大活躍、若くて身体も利くし(とはいえ一部スタントありましたよね? え、まさか全部本人!?)身体能力が高いので八面六臂、野太い声も出せていて迫力あって芝居が良くて、悪役なのにもうもう気持ちがいいくらいに清々しく、素晴らしかったです。
 そしてやはり乱歩っぽく、原作小説も推理小説というよりは怪奇小説の趣が濃いそうですが、いわゆる怪人ものの定番として彼にもそうならざるをえなかった悲哀があり…みたいな展開になってくるとその繊細な演技も良くて、私はうっかり泣きました。てか原作は父親だそうですが、結局恩田ママの百御前(片岡千次郞)が元凶では!?ってことなんじゃないんですか? でもその老婆も息子のためにと自刃する…もうもう、そんなに泣かせないで!!!
 私は二役と聞いて、実は同一人物…みたいな話なのかな?とか思っていたんですよね。ジキルとハイドみたいな? でも神谷さんはホント単なる「色男で道楽者」なのでした。芸事に夢中で(デートの最中に音楽に聴き入って彼女がおかんむり、フォローしてのちイチャイチャ、みたいなくだりがありましたけどなんなんスかね!?いいぞもっとやれ)、素行不良がすぎて謹慎を命じられ、結局お武家さまとしてはやっていけず小鼓の師匠として身を立てるようになるのですが(お稽古事としてちゃんとやっているんでしょうが、舞台で劇中劇としてちゃんと皷を打つんだからたいしたものですね…)、女弟子が引きも切らずご多忙のご様子、さすがなのです。そんな浮かれた姿が、恩田みたいな男の逆恨みを買う…めっちゃわかる、めっちゃ怖い。そこを同じ役者が二役でやるのが舞台のおもしろさですよね。
「伝統芸能としての歌舞伎があるとしたら、もう一方に演劇としての歌舞伎、お芝居としての歌舞伎があってもいいのでは」とプログラムで白鸚さんが語っていますが、私が求めているのはそういう歌舞伎ですね。知識や教養がないから、踊りの見方もわからないし、お話や設定をみんなが知っているものとして名作の一部分だけを上演する、とかやられても理解できないのです。スーパー歌舞伎は人気原作があることも多いのでそれに近い作りなのかもしれませんが、でも一応ひととおりの起承転結を作って、ひとかたまりのストーリーものとして提示してくれますよね? 新作歌舞伎もほぼそうですよね、それなら私は観られるのです。
 今回も、お蘭のウズメ舞の良さとかはよくわからなくても(舞踊を観る素質がまたないんですよ私には…)、劇中劇としての意味はわかるし、この趣向がまたおもしろかったのでした。二役、ダミー、早替わり、劇中劇、その客席に見立てられる客席、からの客席登場、客席いじり…そしてもちろんフライングまで含めたアクロバティックなアクションと、舞台ファンみんな好きだよね、なギミック満載で、そこに何よりキャラクター同士の相克のドラマがどかんとあって、本当に良く出来た舞台で、私は心揺さぶられまくりでした。
 明智が探偵から同心になって、つまり政府側というかお上側というか、民間人から公務員になっているのもおもしろく感じました。ちょっとヌルそうというか享楽的っぽいところがないわけではないんだけれど、彼は道楽で探偵をやっているのではなく、社会の秩序を守るために公僕として任務として捜査にあたり、犯人を追います。でも上役に嫌味がましいことを言われたりするし、逆に恩田の境遇に同情して心を寄せちゃったりもする。そういう人間臭さや感情の機微も、すごくよかったです。ドラマがありました。
 それを実の親子がやっているのもいいし、そういうこととは別に、単なるふたりの役者同士として、生き生きと丁々発止の芝居をしている感じもとてもよかったです。かつて自分が演じた役を、長じた我が子がやっていて、自分は父がやった役をやってその芝居を受けている…なんてもうエモエモのエモでしょうが、それ以上におもしろい作品でおもしろい相手との芝居なんて、ホント役者冥利に尽きるでしょうね。いや自分で作った作品だから客観視はできないのかもしれないけれど、客席が沸いていることは伝わるでしょうし、手応えを感じられているだろうと思うんですよね…そのことにも胸アツでした。そしてただの一観客なのに、ひとつの舞台を、大きな物語を一緒に作れている気がしてしまいました。ちゃっかりすみません…
 ラスト、凧での宙乗り、とは聞いていたのでどんなものになるのかな、とは思っていたのですが、まさかあんな登場の仕方をするとは思っていなくて…そこに大詰めの明智の拳銃一発、凧から墜ちた人間豹が、それでも宙を飛んで追っ手から逃れて消えていくさまが描かれて、舞台は終わります。
 もうもう、席が良すぎて、コーフンで泣きました。センターブロック通路側で、左を向けば下手ブロックを割る花道もよく見えて、出てきて最初に止まって芝居するポイントが真横だし、客席登場の幸四郎さんが横を通るは目の前で止まって芝居するはで息も絶え絶えでしたが、今回の宙乗りは筋交いのワイヤーが席の真上を横切り、凧に乗っての見得もそこから落ちての見得もみんなみんな、私たちに向けてやってくれてるんですけど…!?みたいなベスト・ポジション席だったのです。わかっていたらお友達たちと豹柄の服着て並んで観たのに!(迷惑)立ち上がって手を伸ばしたら染五郎くんのあんよがつかめそうなくらいでした(出禁)。ブンブン手を振りたいくらいでしたが、そぐわない気もしたのでただただ拍手して見送りました…
 呆然として幕間を迎えましたよね…これで終わりかと満足して帰っちゃうというお客さんがいるらしい、というのもむべなるかな、でした。

 続編として『京乱噂鉤爪(きょうをみだすうわさのかぎづめ)』という作品もあるんだそうですね。恩田を逃した明智が、今度は恩田と京都で出会うお話なんでしょうか…こちらもいつか観てみたいです!


 二部の『鵜の殿様』は原案/山川静夫、作・振付/西川右近。歌舞伎では初上演という、狂言仕立ての松羽目舞踊で、1984年「名古屋おどり」で初演。鵜飼を素材に、鵜匠と鵜を血税を吸い上げる殿様と庶民と見て、皮肉を込めて表現したものだそうです。
 …が、ドリフでした(笑)。
 太郎冠者が幸四郎さん、大名が染五郎くん、腰元は雪之丞さん、宗之助さん、高麗蔵さん。なかなか脳がバグりますね、宝塚の男役が女装するのと違う頻度で女形もやるからな歌舞伎役者は…
 殿様に鵜飼とはどんなものかと聞かれて、太郎冠者が鵜匠に扮し、大名の首に縄を巻いて鵜にして実演する…というようなワン・シチュエーション・コメディ(笑)で、その前の大名の長袴での踊りもたいしたものでさすがプロ、という捌き方なんですが、鵜にされてからのアクションがもうものすごいわけですよ! 縄で引っ張られてあっちへ行かされこっちへ飛ばされ、どったんばったん、それをものすごい身体能力でおもしろおかしく見せる技のすごいこと! 人は長袴であんなにも動けるものなのか、と!! 対する太郎冠者も中の人ってもう五十代ですよね? それでそのジャンプ、そのスライディング!という荒技を見せる見せる!! もう大笑いでした。
 でもこれも息が合っていないとこんなふうには見せられないんだと思いますし、親子だから息が合うよねってもんでもないんだと思うので、きっちりお稽古しているし、裏では大汗かきながら舞台ではにこやかにひょうきんに戯けてくれているんだと思うんですよね。鮮やかでした、ホント楽しかった!
 政治批判みたいな空気はなくなっているのかなと思いましたが、『人間豹』との取り合わせもあり、これで良かったかなと思いました。あれはやはり政府の、あるいは社会の棄民の物語なんだと思うので…昭和初期の(舞台では幕末の)哀れなる無敵の人、ってことですもんね。(そういえば映画『哀れなるものたち』語りをまだここではしていないのでした…)悲しい、しんどい。そして今なお似た問題は解決されないままなので、現代で上演される意義がある…
 あと一週間で楽ですね。どうぞ最後までご安全に。たくさんの方に観て、楽しんでいただけますように。
 そして来年二月、また伺います。これまた評判のいい『朧の森に棲む鬼』再演、今から楽しみすぎます! 新橋演舞場でも観るけど(チケ取りがんばる!)、ハコを変えても観たい! てか博多座に、博多に行きたい! なんならついでに九州旅行もしたい!
 …と、夢は広がるのでした。鬼が笑っても私は来年の野望を語っていきますよ!!


 ちなみに私の初・博多座は大空さんのプレお披露目『大江山/アパショ』でした。このとき開館10周年だった模様…チケ出ししているスタッフさんにおたおたしつつ声かけて入会案内をもらったものです、懐かしや……

















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