駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『イザボー』

2024年01月22日 | 観劇記/タイトルあ行
 東京建物ブリリアホール、2024年1月16日18時半。

 百年戦争の時代、バイエルン公の娘として生まれた少女は、やがて隣国フランスの王妃イザボー・ド・バヴィエール(望海風斗)となる。夫であるシャルル6世(上原理生)はイザボーをこよなく愛したが、ある出来事を境に狂気に陥ってしまう。破綻した王政につけいり、権力を掌握しようとするのはシャルル6世の叔父ブルゴーニュ公フィリップ(石井一孝)とその息子ジャン(中河内雅貴)、彼らと対立するシャルル6世の弟オルレアン公ルイ(上川一哉)だった。混沌の時代の中で、イザボーは愛と衝動のままに生き抜こうとするが…
 作・演出/末満健一、音楽/和田俊輔、作詞/末満健一。Musical of Japan Origin project、すなわち「MOJOプロジェクト」の第一弾として上演される「悲劇」。全2幕。

 弩兵みたいな扮装をした大道具スタッフさんが人力でガンガン回転させるセット(美術/松井るみ)はすごい。ちょっと危険なくらい高速な気もするけれど、スペクタクル感を演出できていることは確かだと思うので、いいはいい、とは思いました。
 また、アンサンブルもメインキャストも基本的に黒を着ている中で、イザボーだけが赤を着て、手を変え品を変えドレスをチェンジしているのも(衣裳/前田文子)素敵でした。
 音楽は複雑で、こういうミュージカルには印象的でわかりやすいワイルドホーン系の歌い上げソング大曲がひとつふたつ欲しい気がしたのでそこはもの足りなかったですが、まあバラエティもあり、単調すぎることはなかったので健闘していたかと思います。そしてキャストの歌唱力がいずれもものすごく高く、へっぽこ音響のブリリアに勝って歌詞も見事に聞かせていました。細かい歴史をゴタゴタ歌おうとなんの問題もない、というのは素晴らしい。
 照明もややうるさかったけれど(照明/関口裕二)、演出として効果は上げていたかと思いました。
 戴冠したシャルル7世(甲斐翔真)にその妻の母親ヨランダ(那須凛。これが初ミュージカルとはすごい! 今までなんでストプレオンリーだったの!?)が歴史を遡って語る構成になっているので、馴染みの薄い百年戦争の時代の物語だろうと特に問題はなく、お話は理解できました。というか王位を狙って弟だの叔父だの従兄弟だのが出張ってくるのなんて、歴史ものの韓ドラや中華ドラマやラノベあたりで観客は慣れているのではないでしょうか? なのでそんな気遣いは要りません、大丈夫。男系男子の、直系の、嫡子の、長子相続のと言ったって、確かなことは産んだ女性が誰かということしかないし、孕んだ当人ですら種がどの男かわからないこともあるんだから血筋がどうとかはちゃんちゃらおかしい、までデフォルトです。
 なので話がわからないということはない。では何が問題だったかと言えば…
 おそらく好きで観てきた宝塚歌劇のスターとやっと仕事ができるとなって、温めていた題材をぶつけて、日本初のオリジナルミュージカルとぶち上げて、キャストもスタッフもこれだけカード揃えて、それで脚本がつまらなくておもしろくなかったってことですよ。本当に残念です…
 まあ韓国くらいには売れるかもしれません。それかこのまんまの座組でソウルで日本語上演する契約だってできるかも。でもそれだけなのでは…だっておもしろくないんだもん。これでは世界に羽ばたくことは無理でしょう…
 キャラがないんですよ、だからドラマがないの。百歩譲って、男たちのキャラが薄いのはまだいいですよ? いや、フィリップは辛気くさいとかルイは色男だとかジャンは武闘派だとか、一応の設定はあるんだけれどそれは設定でしかなく、説明台詞にあるだけで、それを具体的に表現するエピソードはないので、これでは役者も演じようがないでしょう。いずれもドラマがいくらでも作れそうな濃いメンツなのに、もったいない…
 しかし彼らはともかく、タイトルロールの、主役のキャラがないのは問題です。大問題です、だいもんだけに(笑)。いや笑いごとではなく…
 バイエルン公女の物語でもあるし、これは末満版『エリザベート』だったのでしょうか? でも致命的なことに、プロローグはともかくとして「パパみたいに」から始まらないのが痛い。「私だけに」もない。このヒロインは、パパみたいに、とかジプシーのように、とか鳥のように、といった希望をまったく口にしないのです。主義も主張も語らない、だから何を考えているのかわからない、だから観客は共感も感情移入もできない。そんな主人公、駄目に決まってます。
 周りは、あるいは歴史的な評価は、「史上最悪の王妃」なんだそうです。それは何度も何度も歌われる。だからそれはわかりました。ではそれは事実なのか? はたまた別の、彼女なりの真実があったのか? それを見せてくれるものだと思うじゃないですか、でもそんなことには全然ならないのです。ただ、ああなってこうなって…と歴史的な経緯が語られるだけ。そんなのおもしろくないに決まっています。観客は歴史を学びに来たわけではないのですから。
 本編は、『エリザベート』でいう「嵐も怖くない」で始まるように見えました。ならば、狂気に陥った夫への愛を貫き、夫や息子や家族の立場や権利を守ろうとしただけの、ごく普通の女だったのである…と描くのか? あるいは、政略結婚に反発し、嫡子を産むだけの存在と見做されることに抗い、いつ暗殺されたり幽閉されたりするかわからない政争を生き抜くために、誰に何を言われようと悪女と呼ばれて嫌われようとできることはなんだってやる、死にたくない殺されたくない幸せになりたいと懸命に足掻く女…と描くのか? せめてその方向性くらい見せてほしかったです。
 でもそうしたものは何もない。なら、行き当たりばったりに生きているだけなのに、それが周りには不遜な態度に見えて、悪女だダメ王妃だと言われているだけなのだ、そんな悲しい女なのだ…と描いてくれてもいい。とにかく主人公の姿を見せてほしい、その心の声を聞かせてほしいのに、そうしたものは全然ない、だから何もわからないのでした。
「王妃イザボー」になる前の「少女イザベル」みたいなのが出てきて(大森未来衣)イザボーにわあわあ語りかけ、要するにスカーレット2みたいにしているんですけど、これも全然機能していませんでした。ならいなくてよかったのでは…イザベルは少女のころの望みを語り、イザボーが反発するようなくだりはあるのですが、じゃあイザボーはどうするのか、どうしていくのか、は描かれないのです。それじゃ意味ないじゃんねえ…
 それと、大森さんはジャンヌ・ダルクと二役なんですか? 私は二階席からノーオペラでしか観ていなかったので、識別できなかったのですが…そこに意味を持たせたかったのかもしれませんが、そもそもジャンヌは全カットでもよかったくらいではないでしょうか。二幕、長かったし…神がかった、純粋な聖少女と、放蕩の限りを尽くす、しかし人間的な生き様を見せる史上最悪の王妃、という対比を見せたかったのだとしても、何度も言いますがイザボーの生き様が全然見えないので、そんな対比も成立していないのです。
 ヨランダやヴァレンティーナ(伯鞘麗名)との共闘やシスターフッド、百合めいた空気もなくもなかったのに、ヒロインにキャラがないんだから萌えられず、これも残念でした。
 ああ、歌えて踊れて芝居もできるだいもんに、せっかくのオリジナル作品を与えて、これなんだ…もったいなさすぎます、残念すぎます。オリジナル作品のタイトルロールが来る、ということはものすごいことですが、なので出来は問わない、とは言えませんよね…
 もっとピカレスク・ロマンに徹すればよかったのでは? 最後の最後にどう評価されようとかまわない、みたいなことを歌いますが、それをハナから主張させるだけでよかったと思うんですけれど…夫も息子も義弟も叔父も従兄弟も、国家も国民も私に何もしてくれなかった、助けてくれなかった支えてくれなかった、なら自力で生き抜く、殺されたりしない、幸せになってやる、それで悪女と言われようと歴史に悪名を残そうと関係ない、私は私のためだけに生きる…!ってんで、十分だったのにねえ…いや『エリザベート』にしろと言ってるんじゃないですよ? ヒロインをもっと主体的な人物として描いたらよかったんじゃないの?というひとつの提案です。素人の提案なんぞ受け付けん、と言いたいところでしょうが、でも作者の主張が見えないんだもん、客は注文つけますよ…
 歌がすごいのでコンサートみたいなものとして捉えればおもしろい、みたいな意見も見ましたが…でもコンサートではないので駄目でしょう。海外ミュージカルでよくこういう、脚本がスカスカの舞台ってありますが、そんなところを真似しても仕方ないでしょ? 私は末満さんは『ヴェラキッカ』と『禺伝』しか知らないけれど、もっとできる人だと期待していただけに、本当に残念です…てかマジしょんぼりです……
 みんなホント上手いのになあ、空回りしているんだよなあ、絶対やりづらいんじゃないのかなあ…

 あとプログラムが高すぎます。いくら紙もインクも値上がりとしているといっても、この装丁で取っていい値段ではないでしょう。ハードカバーに箔押ししているわけでもなんでもないのに、客を舐めすぎです。グッズもいろいろ出してるんだから、そっちを高く値付けして、なんでも買うファンから金を取りなさいよ、と思います…
 頼むよナベプロ…(ToT)








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