駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『インヘリタンス』

2024年02月19日 | 観劇記/タイトルあ行
 東京芸術劇場プレイハウス、2024年2月17日13時(前篇)、18時(後篇)。

 モーガン(篠井英介)と作家を目指す青年たちがいる。その中心に、エリック(福士誠治)と劇作家のトビー(田中俊介)、初老の不動産王ヘンリー(山路和弘)とパートナーのウォルター(篠井英介)、二組のカップルを軸とする世界がある。トビーの自伝的小説がヒットし、舞台化が決定。その主役に抜擢された美しい青年アダム(新原泰佑)の出現により、エリックとトビーの仲は破綻するが…
 作/マシュー・ロペス、演出/熊林弘高、翻訳/早船歌江子、ドラマターグ・演出助手/田丸一宏、美術/二村周作、照明/佐藤啓。E.M.フォースターの小説『ハワーズ・エンド』に着想を得た、ニューヨークのゲイ・コミュニティの物語。2018年ロンドン初演、19年ブロードウェイ初演。オリヴィエ賞4部門、トニー賞4部門受賞。上演時間6時間半。サブタイトルは「継承」。

『ハワーズ~』は未読ですが、絶対好きそうなヤツ、と思えて通し券を買いました。『エンジェルス・イン・アメリカ』では分けて買いましたが、そのときいっぺんに観たいな、と感じたので。
 さすが芸劇の椅子の方が断然いいこともあって、小休憩はロビーに出て伸びをし、大休憩は近くのサイゼリヤでエナジーチャージしましたが私のお尻も腰もまったく問題なく、我が身の頑丈さというか鈍感っぷりに感謝です。
 そしてもちろん内容もまったく退屈せずかつ長さを感じさせず、集中して夢中で観ました。作中の時間はエピローグを除けば4年ほどのもので、登場人物もそう多くはない物語なんだけれど、深く濃く一大叙事詩とも言えそうなものなので、そういう意味ではたっぷり長いのかもしれませんが、それがまた深い満足につながりました。全部わかってもう一回アタマから観たい!と思ったくらいでした。2階席でしたが気持ち良くスタオベしてしまいました。とても良かったです。私好みの舞台でした。
 ケチってA席にしたのですが、2階センターブロックからの眺めは遠いは遠いけれどなんの問題もなく、音もよく抜けて快適でした。役者たちはみんな、遠目でも誰が誰か判別しやすい造詣で(二役の人はさっと上着その他のお衣装を変えるのでした。「青年」たちはそのままだったかな、でも佇まいでちゃんとわかるんです。もちろん後ろを向くとか、照明の当たり方なんかにも工夫がありましたが…というか全編ホント照明がよかった!)助かりましたし、みんな声が良くて、それで判別が楽だったというのもあります。もちろん近ければもっと表情での演技なんかもわかったのでしょうが、2階からノーオペラでも芝居としてまったく問題なく、素晴らしいなと思いました。
 というかみんなホント達者で、その人にしか見えませんでしたよ、すごいなあ…ネタバレですが要するにこれはのちにレオ(新原泰佑)が書いた小説の舞台化、というか朗読劇のようなものだった、ということになるのだと思うので、台詞もちょっと不必要なくらいに饒舌だったりするんですけれど、噛んだ人がほぼいなかった気がしました。もちろんそれは丸暗記でできることではないと思う。台詞が全部ちゃんと入っていて、しっかりその役として演技しているからこそ自然に口に出せて、だから観客はノーストレスで物語に没頭できるという、素晴らしいものでした。R15でもあり、カーテンを使いつつヌードを見せたりシーツを使いつつ濡れ場を見せたりといった場面もあったんですけれど、段取り臭さもまったくなく、とてもスムーズだったのも良かったです。
 いい役者さんばかりで、なるべく名前を覚えたいな、と思いました。海外ではオープンリー・ゲイの役者さんが演じ観客もゲイ男性が多いそうですが、日本ではそうなっていないことに対し、批判的な意見も目にしました。プログラムの役者コメントでも「ゲイの男性役なので皆さん自然に繊細で柔らかな空気をまとっているのに、休憩時間になると途端にメチャメチャ男っぽくてラフな空気になり(笑)、」みたいな発言があって、「そういうとこやぞ…」とはなったりしました。
 私はシスヘテロ女性がBLを愛好したりこうしたゲイ・カルチャー作品を観に来たりする心理については理解できているつもりですが、シスヘテロ男性がこうした作品を演出したがったり出演したがったりする心理はよくわかりません。シスヘテロでも男性も生きづらさを感じている、ということなのかな? 単なる冷やかしにはなっていないとは思うのですが、しかし特にお若い方にどれだけ理解が及んでいるのか…はちょっと考えさせられました。この上演に関しても、たとえばエイズに関するアップデート研修のようなものも行われていたようですが、もっと広い人権教育みたいなものがそもそも世間に全然行きとどいていない現状からすると、役者さんにだけ高い意識を求めるのも酷な気もしますしね。でも差別の再生産にならない作品に仕上げること、感動搾取エンタメにしないことは必要だと思います。なのでまあ「処女作」とかは引っかかったかな…
 でも、いい作品だと思いました。もっと男性に観てもらいたいな、とも思いました。ゲイでなくとも。
 ラスト、トビー(の亡霊?)が庭に若木を植えようとして、穴を掘って土をかけているだけでは何度も倒れてしまうところを、エリックとレオが本を支えに若木を囲むと、安定するのです。これもまた「世界には物語が必要だ」がテーマの作品だ、ということです。世界には、というか要するに人間には、ということです。以前はこの「人間」に女性が含まれていないことも多かったんだそうですけれど(これは皮肉で言っています)、劇場に来る人間はほぼ女性なのが日本の現状です。男性は少年漫画は読んでも、劇場にはほぼほぼ来ない。でも舞台でしか、演劇でしか物語れないものもあると思うので、もっと来て触れて癒やされて考えるようになってくれると、世界がより良くなるのが少しは早くなる気がするんですけれどね…ま、欧米の男性は日本なんかよりは断然劇場に出向くのでしょうが。ジョジョミュからでいいので(そして鬼滅歌舞伎が飛んだことが悔やまれる…)少しずつ足が向くようになるといいのにな、と心底思います。

 エリックは主人公だから、あまりくわしい過去とかが語られなくて、典型的なゲイ男性、みたいに描かれているのかなあ。優しくてナイーブで、自己肯定感が弱くて、なよやかな立ち居振る舞いや言葉遣い、好きな人との久々のセックスで(もちろん異性愛カップル同様、多種多様なセックスライフがあるに決まってるんだけど、同棲も7年となると挿入までのセックスはなかなかしないものなのかな、とかもおもしろかったです。ゲスですみません)「結婚して!」と叫んじゃう感じとか、いじらしくてチャーミングでした。そしてとても聡明で、人として譲れないものをきちんと持っている…イヤしかし福士くんホント上手いな、素晴らしかったです。
 それからするとトビーはキャラブレして見えないこともなかったけれど、それだけ彼が未熟で不安定な人間だったということなんだと思います。中の人は映画『ダブルミンツ』で初主演だったとか、おぉう…
 好きなのはジャスパー(柾木玲弥)です。私のツボはいつもこういうタイプの優等生です。声も良かった。ヘンリーの次男ポールと二役なのもおもしろいと思いました。
 そして私はもう老兵なのでヘンリーの生き方、考え方もわかるのでした。ジャスパーとの論戦…にもなっていなかったと思うけれど、あれはきっとどんなに言葉を尽くしても平行線なのではないかと思います。世代間ギャップはそれほど大きいし、ヘンリーは閉じていてエリックもそれは変えられなかったのだし、ましてジャスパーでは無理でしょう。でもヘンリーの時代に、それはフォースターの時代にも近く、ゲイであることをカミングアウトするなんてありえなかったことで、そしてヘンリーは改革運動に身を投じるタイプではなかった、それだけのことです。彼は独力で努力してビジネスで成功し、巨万の富を得て、それで家族を守り、今も仕事が好きで楽しんでやっている。安らぎは欲しくてウォルターの死後はエリックを愛するようになるけれど、セックスは彼とはせず、男娼を買っている。そうした生き方を、彼はもう変えられないでしょう。これまでの生き方を否定することのように思えるだろうから…
 アダムもおもしろいキャラクターでした。彼に才能がある設定になっていて本当によかったよ…もちろん凡百の「才能のないアダム」がこの世にはいるのでしょうけれど。レオとの二役も素晴らしかったです。前日観た『ヤマトタケル』以上の早替わりと声変わり(笑)をしていたと思いました。レオも本当に良くて、私はこういうお役を上手くやるお若い俳優さんにとてもとても弱いので、もうメロメロでした…てか買い忘れていた『エゴイスト』のブルーレイを買っちゃいましたよね(笑)。
 レオに「年配」と言われてショックで倒れるエリックとか、四十歳の誕生日を祝われて改めてその数字にショック受けるとか(『何食べ』のケンジか…(笑))、チャーミングでホントたまらなかったんですけれど、それでも死ぬのはレオが先だったのでした。薬があるとはいえHIV陽性で生きることは身体に負担だったろうし、それにしては長く生きた方だったのかもしれません。でももちろんもっと長くてもよかった、でも彼の人生は充実していたことでしょう。そしてあの家で死ねた…幸せだったと思います。
 そう、これは「家」の話でもあるな、と思いました。彼らは同棲しても結婚しても家族になっても、子供は作れない。だから家庭というより、住み処としての、そして友が集う場所としての「家」が必要で、それを巡る、またそれを求める物語だったのかもしれません。エリックが暮らしていた分不相応なアパートメントといい、お坊ちゃんのアダムの家といい、ヘンリーとウォルターの家といい、またヘンリーのタウンハウスといい…そして「田舎の家」、マーガレット(麻実れい)が整えてくれた家の重要性たるや! 人には居場所が必要なのです。それがないと、トビーのように飛び出して、コンクリの壁につっこむしかない…
 なので私は、依然独身でパートナーもいませんが、四十歳でマンションを買って友など呼べていることには(依然ローン返済中ですが)感謝しているのでした。

 ところでニューヨークの地理的なことはいい解説がないかしらん…23区でいうとどこみたいなイメージ、とかさ。たとえばマンハッタンは中央区でブルックリンは中野、みたいなの…わかるとこうした作品はもっと楽しいのかな、と思いました。出てくる小説や映画のタイトルなんかは、イメージがつかめるものばかりだったんですけどね。
 プログラムはA5で130ページ。半分はキャストの写真集みたいになっていますが、読みでがあり、よかったです。
 このあと大阪と北九州に行くんですね。どうぞたくさんの人に観ていただけますように…!








コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 虹は架かっているか~『アル... | トップ | 音楽劇『不思議な国のエロス』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

観劇記/タイトルあ行」カテゴリの最新記事