駒子の備忘録

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『ナビレラ』

2024年05月29日 | 観劇記/タイトルな行
 シアタークリエ、2024年5月23日18時。

 バレエ団に所属する23歳の新進ダンサー、イ・チェロク(三浦宏規)は、恵まれた才能を活かしきれず将来を迷っていた。一方、定年退職を迎えた70歳のシム・ドクチュル(川平慈英)は、ある秘密を抱えながら、残りの人生について考え始める。ある日、ダンススタジオの前を通りかかったドクチュルはチェロクが踊る姿に心を奪われて、子供のころに憧れたバレエへの夢を思い出し…
 作/HUN、JIMMY、オリジナル台本・作詞/パク・ヘリム、作曲/キム・ヒョウン、オリジナル・プロダクション/ソウル芸術団。上演台本・日本語歌詞・演出/桑原裕子、オンガクカントク・キーボードコンダクター/門司肇。韓国のウェブトゥーンを原作に、テレビドラマ化もされた韓国ミュージカル。全2幕。

 サブタイトルは「それでも蝶は舞う」。ナビは蝶ですが、~のように、の意味のレラがついたとても詩的で繊細で、現代ではあまり使われていない言葉だそうです。素敵ですね…!
 評判は聞いていたのですが、『赤と黒』でも観て、『メディア/イアソン』では贅沢すぎるというか無駄遣いだったのでは…とも思えた三浦くんのバレエを活かした作品を観てみたいとも思っていたので、飛びついてきました。期待に違わぬ良き作品で、ダダ泣きしました。
 韓国では年に三百本ものミュージカルが制作され、切磋琢磨しブラッシュアップされ取捨選択されているんだそうで、それはちょっと勝てないよな…と思いました。イヤ私が最近評判の『千と千尋の神隠し』とか『この世界の片隅で』、『ゴースト&レディ』とかを観られていないだけで、日本のオリジナル・ミュージカルもたいしたものですよ、と言われればそれはそうなのかもしれませんが、なんていうのかな…こういうフツーのお話をきっちり仕上げてくる地力がもうものすごい、と震えたのです。ウェルメイドを超えていると思いましたしね、普遍的な力がある…! ザッツ・韓国で、ストーリーはこのイントロダクションから想定されるように進みオチる、ベタベタのベタかもしれない。でもそこがすごい。変なひねりを入れてこない、真の力量に裏打ちされた自信みたいなものが窺えました。
 あとは、緞帳を使っていたのがよかったなあ。一幕も二幕も、幕が上がって始まり、下りて終わる…暗転よりクラシカルで、私は好きです。この作品にも合っていたと思いました。
 配役もある種の異種格闘技戦感がありましたが、適材適所で新鮮で、とてもよかったです。そしてみんな達者で歌も上手かった…! ドクチュルの長男ソンサンがオレノグラフィティ、次男ソングァンが狩野英孝、バレエ団の団長ムン・ギョングクが舘形比呂一、ぴったり!! ドクチュルの妻ブンイの岡まゆみは、私は初めてかな? いかなもなアジュンマを作っていて好感。ソンサンの娘ヘジンがダブルキャストで、この日は青山なぎさ。東宝ヤング女優枠なのかな? 良き良き。そしてチェロクのサッカー選手時代のチームメイト、ソンチョルの瀧澤翼は『SPY×FAMILY』のユーリだったそうですが、私は観ていない方かな…? タッパがあってスタイル良くて、カッコよかったです!
 アンサンブルさんもみんな素敵で、バレエはもちろん、お芝居でも何役もこなして、達者でした。バレエを習っている役者さんは多いとは思うけれど、これだけ踊れて活かせる機会もなかなかないだろうし、楽しかったのではないかしらん…
 それでいうと川平さんはジャズもタップもヒップホップもやっているのに、バレエはやっていなくて、今回の件で初めてレッスンに行ったんだそうな。意外! 実際には10歳近く若いということだし、本当はもっと全然動ける人なのに、白髪にして足取りもおぼつかないような老人の動きにして、それでも少しずつ手脚が伸びやかになっている様子を実にナチュラルに演じてくれていて、素晴らしかったです。
 うちのアラウンド80の両親を見ていても、70なんてこんな年寄りじゃないだろう、とも思うのだけれど、韓国のこの世代の人たちは子供をより良く育て上げることに全力投球で自分のことはみーんな後回しにして、やっと勤め上げたらもうくたびれきっていて…というのがリアルなのかもしれません。そこへ病気で余命が…ということかなと思っていたら、なんとドクチュルの「秘密」とは認知症でした。せつない…! てか私なんて60で定年退職したらそのあと25年くらいは遊んで暮らしてそのあとやっとおとなしくしようかなとか考えているのに、70なんてすぐすぎます…!
 それでも、身体を壊すより、夢が壊れることの方が怖い、と言ってがんばるドクチュルに、もう泣かされること泣かされること…完全にそっちの視点で観てしまいました。幼いころに親の仕事の都合でロシア(ソ連か?)に行っていた、そこで赤ずきんちゃんのような、バレエを踊る花売り娘(川西茉祐)と友達になって…とかも、ありそうだしエピソードとして本当に美しすぎました。イメージとして何度も現れ、くるくると踊る少女の姿のいじらしさ、美しさにも泣かされました。好きだから、美しいから、バレエを踊りたい…それで十分じゃないか、と心底思えました。
 そして、若いころにバレエをやっていた母親を病気で亡くし、父親はワーカホリック気味なのか子供に無関心で、バイトで生計を立て、目標を定めきれずに悩み苦しみさまよっているチェロク…冒頭、レッスンに遅れてやってきて、ウォームアップもせずにそのまま曲に乗って踊り出す彼のジュテの高さよ! これに心を鷲づかみにされない観客なんています!?(珠城さんリリーに欠けていたのはコレですよ!!)あまりにも鮮やかすぎました。三浦くんは熊川哲也に憧れてバレエを始めて、怪我で断念したそうですがそれはプロのバレリーノになるには、ということで、こういうレベルならなんの問題もなく踊れるのでしょう。これは大きな武器ですよ…! 素晴らしかったです。もちろん、演技も歌もよかったです。
 バレエ団の経営の厳しさとか、ドキュメンタリー番組でクラファンをとか、今っぽい要素も入ってくる中、最後の公演が始まり、チェロクとドクチュルのパ・ド・ドゥ(なのかな?一応…)が始まる。美しい振付、そしてクライマックスにチェロクが跳ぶ。それはポスターのポーズで、そこで暗転…! 舞台の魔法でした。着地の音なんかしなかったじゃん…! もうもう素晴らしすぎて、爆泣きでした。
 ラストは数年後で、海外で活躍しているチェロクが久々に帰国して、シム一家のピクニックに混ざる。ドクチュルは車椅子に乗っていて、もう家族のこともわからない。けれどチェロクが踊ると、そろそろと腕を伸ばす。かつてバレエを教え始めたときのように、彼の指先を直してあげるチェロク、幕…
 人は老いる、いつかは死ぬ、みんな忘れ去られる、でも何もなかったことにはならない。夢があった、美があったのだ…そう信じられる、美しいラストシーンでした。
 こういう体験ができるから、観劇はやめられない…そう、思うのでした。






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