駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

鳥野しの『アステリスク』(祥伝社onBLUEコミックス)

2018年03月30日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 大学生の澤は家庭教師先の高校生・七央に片思いしていた。七央は将来有望なバレエダンサーで、傲慢で甘え上手な少年。いつも彼女がいて、澤は振り向いてもらうなど考えてもいなかった。しかしある日、澤の色気に気づいた七央が…

 雑誌でポツポツ読んでいたのですが、まとまったというので読んでみました。
 まず、絵がいいですよね、線に色気があって。デッサンがしっかりしているところも好みです。BLなんてセックスを描くに決まっているんだから(暴言)、身体を正確に描く画力がない漫画家とかマジ勘弁、なのです私は。あと、ちゃんと男性の肉体が描ける漫画家がいい。女体と見分けがつかないようでは、これまた私は萎えるのです。その点、この作品は片割れがバレエダンサーの設定なので、バレエシーンもちゃんとしているし普段の描写の中での筋肉も身体そのものも綺麗に描けていて、見ていて気持ちがよかったのでした。
 総じて好きな話だっただけに、でももうちょっとページを取って描き込んでほしかったかなーという部分もありました。倍とはいわないけれど、1.5倍のページをかけてもいい作品だったのではなかろうか…でも最初から1巻本にする予定だったのかなあ。
 たとえば冒頭、できればふたりの出会いから見たかった。曜一が七央のどこにどう恋するのかを見たかったんですよね。まあでもこれは、恋しているんです、ってところから話を始める手もあるので、我慢します。
 で、そのあと、七央はヤリチンといってもいいくらいにガールフレンドを取っ替え引っ替えしている、まあある種健康な異性愛者の男子高校生なんでしょうが、曜一は生来の(?)同性愛者で、のちに「はじめて好きな相手とセックスしちゃった」みたいなことを言っているので、いわゆる2丁目なんかでゆきずりみたいな性体験しかなくて…ということだったのかなとか思うのだけれど、そういう前提条件みたいなものをきちんと描いておいてもらってから、それから、だけどこのふたりのこの恋がこう始まり…と展開してほしかったのです。
 あと、基本的に視点人物は曜一とされているのに、ふたりが初めてするに至るくだりだけ一瞬、七央視点になるのは演出のミスです。これは編集者が直させなきゃダメ、両方の気持ちを描いちゃダメ。それじゃ読者は神になり他人になってしまう。曜一の身になって、七央の気持ちがわからないままで、それでドキドキしながら読みたいんだから。
 あと、七央にしてもおそらく同性相手のセックスはさすがに初めてだったと思うので、もうちょっととまどったり手こずったりのちに葛藤してほしかったりはするかなー、とは感じました。要するにもっとネチネチ丁寧に進む物語を楽しみたかったのです(^^;)。
 でも全体としてとにかく好きな物語でした。年齢差萌えとか体格差萌えとかは私には特にないのだけれど、アーティストの恋愛って題材にわりと興味があるんですよね。だからそのあたりももう少しネチネチ描いてほしかったけれど、それもページがない印象でそこは残念でした。
 ふたりはそのままちょっと都合のいいセフレみたいな関係になっちゃうんだけど、曜一は自分が愛されるはずなんかないという自己肯定感の低さだし、七央のことをスターと崇めすぎちゃっているのでなかなか素直な恋愛にならず…みたいなのが、もっとウジウジ楽しめると私としてはなおよかったですね。七央の方でも、確かに彼はバレエが一番でそれ以外のことは二の次で、まして曜一にはどれだけ甘えてもいいと思っていて、そういう意味でも実は特別ってことなんだけれどそれにはなかなか気づけなくて、でも曜一のバイト先の女性には嫉妬したりすることもあって…とかがあってもよかったかなと思うのです。
 ともあれ、曜一はとにかく七央のことが好きすぎて自分のことは低く見過ぎていて、七央の邪魔にならないように、また自分が傷つかないように先回りしすぎていて、一方の七央は傲慢で周りが見えてなさすぎで曜一に甘えている自分に無自覚でだけど安心毛布は必要で…っていうのがすれちがいの原因になる恋愛の物語で、間にどかんと12年も時間をとばしてしまう、というのもなかなかいいなと思いました。そのまんまあっさり上手くいく恋愛なんてありえないんだから、別れて、再会して、再燃して、それでもどうにかなるなら、するなら、やっと本物、みたいな、そういうドリームが見たくて人はBLを読むのではないかしらんと思うのです。12年の間に何かあったか、それで今どんな大人になっちゃっているか、の描写ももうちょっと掘ってほしかったですけれどね。
 プロポーズのアウティング疑惑、というつっこみも現代的でよかったです。
 ふたりともメガネのかけ方が流動的なのは、リアルなんだろうけれどキャラ立てとしては曜一だけにした方が、わかりやすかったかもしれません。それでいうとふたりとも黒髪というのも珍しい。まあ描き分けができていないわけではないので、混同するようなことはないからいいのですが。
 やんちゃな少年とソフトな雰囲気の青年だったふたりが、ギラギラした中年と変わらず若く見えるやややさぐれた青年、みたいに見かけが逆転した成長・変化をするのもおもしろい物語でした。オチは、あとがきにあるように外国でふたりで暮らすところまで描いた方がよかったとは思いますけれどね。
 と、何かと注文が多い感想ですみませんが、それくらい、もったいなく思えるところが多々あったけどとにかく好みの、素敵な作品だった、ということを書き付けておきたかったのでした。BLってやはり性癖との細かい合致が重要だから、愛蔵して何度も繰り返し読むに足る作品に出会うのはなかなか大変ですよね。でも私はこれは愛でていきたいです。過去作も読めたら読みたいと思っています。




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竹宮惠子『風と木の詩』

2010年02月25日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 小学館フラワーコミックス全17巻

 19世紀後半。かつて父がその青春時代をすごした南仏のラコンブラート学院に、セルジュ・バトゥールはやってくる。学院の問題児ジルペール・コクトーと寮で同室になり、ふたつの魂の相克が始まる…少女漫画史に燦然と輝く金字塔。

 小学校高学年の頃に単行本で読みました。学校で休み時間に読んでいて、クラスメイトに
「何読んでるの? わ、ヤラシー」
 と言われたときには、その子をひっぱたいてやろうかと思ったこともありました。当時すでに、これは世に言われているような少年愛漫画なんかではないと考えていたからです。
 狼少年じゃないけれど、人は人に育てられないと人になれないのだ、ということを知った作品でした。

 オーギュストは父と兄の歪んだ愛情を受けて育ちそこね、それを倍増してジルベールにぶつけてしまった。だからジルベールは人の愛情を肌でしか計れなくなってしまった。学校や社会といった共同体で生きていけなくなってしまった。それはまっとうな人のあり方ではない。人種差別を受けながらも両親の深い愛情によってまっすぐに育ったセルジュをもってしても、ジルベールを変えることはできなかった。ジルベールはオーギュを追って馬車に轢かれたのだから…
 なんてひどい物語でしょう。人間が人間の尊厳をどこまで痛めつけられるかという物語なんですもの。セクシャルでセンセーショナルだった部分や、当時の少女漫画の読者にとって主人公が少年たちであったことの意味、同性愛が描かれたことの意味などにも深いものがあるとは思いますが、私にとってはこの作品は、以上のことに尽きるのです。
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竹宮恵子『ファラオの墓』

2010年02月25日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 小学館フラワーコミックス全8巻

 紀元前1700年頃のエジプト。エステーリアはウルジナの侵攻に会い滅亡する。第二王子サリオキスは妹姫のナイルキアを河に流して逃がすと、自身は砂漠へ逃れるが…今も残る「エステーリア戦記」を伝える大ロマン。

 卑近な感情移入など拒むような高潔なキャラクターたちと、手に汗握る大冒険、醜い政争、戦争の悲劇。時代を超えた名作ですね。よくできたNHK大河ドラマでもこれだけのものはなかなかないんじゃないでしょうか。
 私は昔からアンケスエンがけっこう好きでした。あんまり読者に人気なさそうですけれどね。戦時下の女の生き方を説く彼女はひたむきで正しい。そしてスネフェルとナイルキアのあまりにも悲劇的な恋にかき消されがちですが、アンケスエンとサリオキスの恋のまた悲しくかつ激しいものだったと思います。そしてまた、アンケスエンとスネフェルとの間にありえたかもしれない恋も…
 かわいらしい少女が苦手と言いつつ産み出した、清潔なナイルキアの存在もすばらしいものでした。そしてもちろん、竜虎サリオキスとスネフェルも。
 余談ですが、私はこの作品を宝塚歌劇で翻案して上演してくれないかしらんと夢見たことがあります…「そして今でも…」(『カサブランカ』イルザふうに)
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竹宮恵子『変奏曲』

2010年02月25日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 朝日ソノラマサンコミックス全3巻

 音楽評論家のホルバート・メチェックが語る、夭折した天才ピアニスト、ハンネス・ヴォルフガング・リヒターと、その親友にして最大のライヴァル、ヴァイオリニストで指揮者のエドアルド・ソルティーとの魂の軌跡。

 心が通い合ったもの同士がすばらしい音楽を紡ぎ出す、というのにあこがれています。
 ニーノに手を出す(!)あたり、結局ボブってただの美少年趣味なのね、という感じでちょっと興ざめしました。年食っておじさんになったエドはいい感じなのになあ。
 アレンとニーノで続編があるとのことだけど、あんまり興味ありません。
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紡木たく『瞬きもせず』

2010年02月17日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名た行
 集英社文庫、全2巻。

 むせかえるよーな緑のにおいのする県立高校は勉強もスポーツもふつうって感じで、ほんとにのんびりしています。テニスがしたくてこの高校に入って3か月が過ぎて、やっと私も慣れてきたかなーと思っています…高校時代の初恋、友情、家族や兄弟への想い、将来への不安や悩みを描いたまぶしいばかりの名作。

 以前読んだときには、「うーん、でも私は『ホットロード』の方が好きかな」などと思ったものでしたが、今回再読して「いや、やはりこれはこれで名作だ」と結局買い揃えてしまいました。

 実際の自分の高校時代はというと茫漠として記憶の彼方で、決してこんなふうにキラキラ輝いていたものではなかったのだけれど、でも、すごくよくわかるんですね。誰かを好きになったときの、甘くて苦しくてせつない胸の痛み、自分に何ができるのか自分が何をしたいのかわからなくてもがく気持ち…

 本当は私の個人的な好みとしては、もっとしゃっきりした絵とセリフの作品の方が好きなんです。この淡くやわやわとした絵、ひらがなと間投詞を多用したいかにも思春期の若者がしゃべっていそうなセリフ(しかも方言!)は、本来ならば脱力ものなのですが、この作品では実にいい味になっています。
 当時一世を風靡したのも納得の才能だと思います。そして一過性の流行りものではなく、読み次がれる名作のひとつだと言えると思います。読み始めると本当に胸苦しくなるので、コンディションがいいときにした手を出せないかもしれないけれど…(笑)
 文庫版の装丁がまた渋くて美しくて、愛蔵にぴったりです。

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