映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

わたしは、ダニエル・ブレイク(2016年)

2017-03-26 | 【わ】



 以下、本作公式HPのあらすじコピペです。

 ====ここから。

 イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。

 悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。

 しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。

 ====コピペ終わり。

 ローチが、引退宣言を撤回してまで撮った本作。カンヌでは、パルムドールを受賞したことで批評家たちはブーイングの嵐だったらしいが、ローチの怒りはそんなもんと比べものにならんでしょ、これ。 


 
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 ローチファンとしては、引退宣言撤回は嬉しい限りでありますが、とにかく、ローチがものすごく怒っていることがビンビン伝わってくる作品でした。いやぁ、、、マジで、すごい怒り様です。まあ、本作を見れば、その怒りもムリもないと思いますが。怒りにまかせて何かをすると、大抵、大失敗になるわけですが、そこでキッチリ秀作を世に出してくるところが、ローチのローチたるゆえんです。


◆ローチが、とにかく怒っている。

 正直な話、本作を見ると、日本の方がまだマシと思えてしまうところが恐ろしい。国の財政健全化を名目に、福祉の切り捨てに邁進する政府の政策に翻弄されるのが、ダニエルやケイティたちなのですね。その一方で、福祉を切り捨てている張本人であったキャメロン前首相は租税回避していたってんだから、そら、ローチでなくても怒るわね。

 きっと、ダニエルは、昨年行われたEU離脱の国民投票まで生きていたら、離脱に1票を投じていたんじゃないですかね。世界からは白眼視されがちな排他主義的思想だけれども、こういう実態を見せ付けられると、離脱の選択にもそれなりの理由があるのだと、改めて知る思いです。

 大体、日本が排他主義を非難できるのか、って話です。ヨーロッパで極右政党が躍進していると批判しているけど、ルペンなんかは以前、「我々は、日本のようになりたいだけだ」とか言っているわけで、それは、難民をほとんど受け入れず、移民政策もとらず、国籍法によって血統主義が明文化され、、、彼らが望むのはその程度のことだ、ってことらしい。その主張のどこが極右なんだと。だったら、日本はとっくに極右じゃないかと。……まあ、実際、日本の現政権は極右どころか、独裁傾向に拍車がかかっていると思うけれども、確かに、日本のメディアがこぞってトランプ政権や欧州の極右政党を批判しているのには、あまりにも短絡的すぎて違和感を禁じ得ない。

 私自身は、政治信条的にはリベラル寄りだが、移民政策には慎重派だし、国籍の血統主義も間違っていないと思っている。難民受け入れはもう少し寛大になっても良いとは思うけれども、近い将来起きると予想される朝鮮半島有事の際、難民が押し寄せたらと思うと、そうそう人道主義第一のタテマエばかりも言っていられないと思う。

 ローチは、EUについて、残るも地獄、去るも地獄だが、去るよりは残る地獄の方がマシだろうということを言っている。ローチからすれば、EUなんてのは、金持ちの理論で成り立っているのであって、下層階級の者にはなんの恩恵もないけど、タテマエ上、人権尊重主義でつながっている共同体に属することで、イギリスのさらなる右傾化は避けられる、ということらしい。……まあ、ローチらしい見解です。

 でも、ローチは、ダニエルがEU離脱に1票を投じるのを見ても、決して咎めたりしないでしょう。十分、その心境は理解できると思います。だからこそ、本作を撮ったわけで。


◆シビアな中にもユーモアを忘れないところがローチ。  

 見ていて疑問に思ったのは、ダニエルは、心臓発作を起こして、労働はドクターストップがかけられているわけで、働きたくても働けない状態なのに、「就労可能」という判断が役所から下されること。日本だったら、医師の診断書があれば、手当はされるでしょう? なのに、イギリスでは、医師の診断よりも、役所の判断が優先される。死んでもイイから働け、ってこと。これはヒドイ。強制労働じゃねーか。人権無視もいいとこです。

 このときの役所の対応が、まあ、見ていてムカつくんですよねぇ。ダニエルじゃなくても怒り爆発したくなるわね。「(役所に)反発したら手当は出ない」というお上意識丸出しの恫喝行政。これがかつては「ゆりかごから墓場まで」と言われた国で行われていることだとは……。決して、映画だからデフォルメしているんではないと思いますね。

 一番、見ていて悲しかったのは、ケイティがフードバンクで缶詰をもらったら、空腹に我慢しきれずにその場で缶詰を開けてむさぼる様に食べ出したシーンです。その光景もショッキングですが、フードバンクのボランティアスタッフの優しさが切ない。服や床を汚してしまって、泣きながら詫びるケイティに「いいのよ、大丈夫よ、気にしないで、スープがあるから食べる?」と、こんな時にこんな優しい言葉を掛けられたケイティの心情を思うと、胸が張り裂けそうになります。また、泣きじゃくるケイティに、自らも苦しい状況にあるダニエルが「君は悪くない、泣かなくてもいい、自分を責めなくていい」と慰めます。

 このケイティの行動は、ローチや脚本を書いたポール・ラヴァティが取材で実際にスタッフから聞いた話だそうで。そこまで、市民に尊厳を失わせるって、、、そら、ローチが引退撤回するのも納得です。

 でも、ローチ映画の良さは、そういう絶望的な状況を描きながらも、ユーモアを忘れないところ。

 怒りが溜まりに溜まったダニエルは、遂に、行動に出ます。カラースプレーで、役所の壁に自らの尊厳を懸けて派手な落書きをするんだけど、これを見た、近くにいたホームレスや失業給付金請求者たちは拍手喝采をする。ここは、ローチが一番言いたかったシーンだと思うけれど、それを説教くさくなく、ユーモアを交えて面白く、かつ辛辣に批判しているのです。

 ダニエルの落書きシーンでは、みんなスマホで写真撮ったりしているので、私は、これが全国に拡散して、少しは行政が動く、、、という展開になるのかな、などと甘いことを考えてしまいましたが、案の定、ゼンゼン違った。

 ダニエルは、駆けつけた警察官に連行されてしまい、結局、事態は何も変わらず、彼は家財道具を売り払い、どん詰まりまで追い詰められる。でも、ギリギリのところで、ケイティの娘に「あなたは私たちを助けてくれたでしょう? 今度は私たちにあなたを助けさせて」と言われて、窮地を救われる。人権派と思しき弁護士が助っ人に現れ、何とか、救済措置を申請できそうになったところで、ダニエルは心臓発作で亡くなる、、、という結末。

 最後のダニエルの葬儀シーンで、ケイティが読み上げる一文が、「私は、ダニエル・ブレイク、一人の人間だ」というもので、これを言わせるためには、やはりダニエルが亡くなるという展開は仕方ないのかな、、、と。


◆ローチ映画に共通しているもの。

 ローチの映画に通底しているのは、逆境から抜け出すのは、本人の意思+「人の力」が欠かせないということ。どの映画も、詰まるところそれを描いていると思う。

 人生や世の中には「どうにもならないこと」「不可抗力」は必ずある。それを跳ね返すのは、結局自分自身でしかないけれど、それをほんの少しだけ支えたり見守ったりする周囲の人の小さな力が欠かせないということを忘れてはいけないと改めて教えられる。そこが、ローチの映画のシビアさにもつながると思うし、でも絶望で終わらないところだと思う。

 本作も、ダニエルは亡くなったけれど、ケイティたちには一筋の光明が差して終わっている。ダニエルも、ただただ役所にやりこめられて終わったわけでなく、彼なりに精一杯の抵抗をしたわけです。これは、階級闘争でもあり、私はそんなものに甘んじるつもりはないぞ、という確固たる意思表示で、これを成し遂げたことがダニエルの一つの希望であったと思う。こういう、ほんの少しの救いが、胸に沁みる。

 ダニエルは腕の良い大工だった、という設定で、彼が木材で魚のモビールを作るんだけど、そのモビールが実にステキです。ケイティの子どもたちにプレゼントし、自分の家にも飾っているんだけど、モビールの魚がゆったりと空を泳ぐ様が、ダニエルやケイティたちの置かれた状況との対比で切なくもあります。そういうところもまた、本作の味わいを増していると思います。

 カンヌの受賞は、まあ、ファンにとっては割とどーでも良いことで、ローチの創作意欲が枯れていなかったことを本作を見て改めて知ることができた、それが一番嬉しいことです。また、次作があるものと信じて。

 
 

 




ローチの怒り爆発!!




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