映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

愛する映画の舞台を巡る旅Ⅴ ~函館から八甲田へ~ ②

2023-01-29 | 旅行記(国内)

関連映画:『八甲田山』(1977)
 

につづき


《2日目の予定》 五稜郭タワー → 函館朝市 → 函館港 → 津軽海峡フェリー → 青森港 → 宿 


 8時50分に集合なので、6時頃に起きてダラダラしながら身支度して、7時前に朝食会場へ。

 考えてみれば、この日は元日で、朝食ビュッフェにはお雑煮とかおせちとか、お正月メニューコーナーもあったけれど、お雑煮もおせちも苦手な私はスルーして、フツーに洋食系のメニューとなる。

まるでお正月感のない朝食

 

 余談ですが、私は子供の頃からあんまし正月が好きではないのです(理由は一応ありますが、書くほどのことでもないのでやめときます)。正月の社会的な雰囲気が嫌いなんですよね。今は知らないけど、昔はテレビもバカ騒ぎ系ばっかしだったし。正月嫌いは今も継続中で、親の家に帰らなくなってからは、正月といって特に何もしないようにしています。ちょっと和なお花を飾るくらい。年賀状も、年一の消息確認の方々以外は毎年やめたいと思いながら、なかなかきっかけがない、、、。

 話戻って、朝食会場を出ると、コーヒーサービスがあり、その隣に部屋に自由に持ち帰ってよいと新聞が積んであったので、コーヒーと元日の読売新聞(てか、読売しかなかった)をもらって部屋に戻る。

 荷物の整理をして、天気が気になる。何しろ、翌日は八甲田ロープウェイに乗る予定なのだ。

 

ホテルの部屋から。曇り空、、、

 

 この後、吹雪いたかと思うと、晴れ間が出たりと、とにかく、天気がコロコロ変わる。嗚呼、明日はどーなる、、、と気になるが、まあこればっかりは運に任せるしかない。

 時間までコーヒーを飲みつつ読売に目を通す。が、元日からこんなもん読もうとしたのが間違っていた。3面の社説を読んで、気分が悪くなる。あまりに酷い内容だったので画像に撮って来たが(もちろんここには載せないが)、大体、読売が「民主主義の劣化」とかよくまあ恥ずかしげもなく書くもんだわ。劣化を体現していた張本人をサンケイと一緒に盛大にヨイショして「劣化」を積極的に助長してきた自覚ゼロってのが、実に読売らしい恥知らずっぷり。社説としての文章の格調高さも全くなく、唖然とした。高校生でももう少しマシな文章書く人大勢いるんじゃないか? もはや、新聞ではなく、新聞紙(by『クライマーズ・ハイ』)。

 ……いや、これは旅行記だった。脱線はこのくらいにしておかないとね。


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 集合時間少し前にロビーに降り、荷物をホテルに預けて、五稜郭タワーへ徒歩で向かう。ホテルから歩いて5分ほど。歩きながら五稜郭タワーの写真を撮ったはずなのに、なぜか無い、、、。消しちゃったのかなぁ。まあ、良いのだが。

 エレベーターで展望台へ上がる。

おなじみの光景。雪景色が美しい

 

 

 昔はお濠が完全に凍ったらしく、氷の切り出しが行われていた、、、というのを、ジオラマで再現していた。ほかにもジオラマがいっぱいあって見て楽しかった。

 

人気の土方さん(逆光で上手く撮れなかった)

 

青森方面。雲行きが、、、

 
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 宿に戻ると、タクシーが何台か迎えに来てくれて、函館朝市へと移動。

 運転手さんから、これから行く朝市についての情報提供。「あそこは、観光者用の市で、モノは高い上に良くない。地元民は誰も行かない。昔は行っていたけど、テレビなんかで取り上げられるようになってダメになった」みたいな話をされる。元日だから、開いているお店もあまりないだろうと思っていたので、ふーん、、という感じ。私のこの旅の目的は、一にも二にも八甲田なので、朝市がどうでも、まあ別に構わない。

 

やはり締まっているお店が多く閑散とした印象、、、

 

すぐ近くにJR函館駅

 

 そもそも、あまり見て回る時間もなくて、40分くらいだったかなぁ、、、。フェリーに乗ったら、中でまともな食事は売っていないと言われていたので、朝市か、近くにあるJR函館駅構内で昼食を調達しなければならなかったのだ。

 

 でも、朝市では画像のような似た感じのお店ばかりでそそられなかった(市という割にお高い)ので、函館駅でパンをゲットし、集合時間と相成る。 

 

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 再びタクシーに乗って、フェリー乗り場へ。

 

 で、乗船して、船室へ向かう。私は事前にHPでフェリー内の画像をチェックしていたので、船室の様子は分かっていたのだが、ほとんどの方はご存じなかったらしく、このような船室を見てネガティブな反応が、、、。

 

左:船室/右:共用スペース(画像はHPからお借りしました)

 

 一応、男性陣と女性陣で別々に部屋を確保してくれていて、しかもツアーで貸し切りであったので、まあ許容範囲だと私は思ったのだが、中には「こんなのイヤだわ」「椅子のあるところはないの?」「窓がないなんて!!」とおっしゃるおばさまも何人か、、、。今回のツアー、結構、文句言う方がいて、、、、ああいうのはあんまし聞いていて良い気分じゃないですね。今度から、ちょっとここのツアーは考えようと思った次第。

 まあ、でも多数の方々は、ごろ寝したりおしゃべりしたり気ままに過ごしておられましたけどね。

 とりあえずサクッと船内探検をしつつ、外が吹雪いているのを見て、ますます八甲田が遠のく気がしてどよーんとなる。

 

 

 

 船室に戻って、私もイヤホンで音楽聞きながら、いつの間にか爆睡しておりました。多分、1時間くらい寝て、起きてから函館駅でゲットしたパンを頬張り、その後、共用のフリースペースへ移動して、コーヒー飲みながら音楽聞きながら『八甲田山死の彷徨』を読む。


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 そうこうするうちに、青森港に到着。

 

函館港と見分けが付かない、、、

 

 降りた瞬間、函館よりもかなり寒いと感じる。寒さの質が違うというか。底冷えする感じ。

 ここからタクシーで宿まで移動。タクシーを待つ間に、喉が渇いたので売店でジュースをゲット。宿について、早速一気飲み。フェリーに乗っただけの日だったけれど、まあまあ疲れていたので、このジュースは五臓六腑に沁みた、、、。

 

 

左:前日の部屋より広くてキレイ♪/右:部屋から(やっぱり天気が気になる)

 

 その後、6時から夕食。ここで、運悪く、お隣に文句の多いおばさまが、、、。

 やれ、ツアーの人数が多いだの、添乗員が要領悪いだの、どこそこのツアーで飲んだ酒が美味しかっただの、安いツアーはダメだの、、、。私は反対隣りの方と話すようにしてほとんど無視していたが、嫌でも声が聞こえるし、ほとんど食事の内容を覚えていない。やはり正月ということで、おせちの皿もあったのは覚えている。味も良かった(と思う)。

 持って帰って来たメニューを見ると、鍋は「八戸せんべい汁仕立て」とあって、そうだった、この八戸せんべい汁は美味しかったのを思い出した。蓋を開けた画像を撮るのも忘れるくらい、お隣のおばさまが「この鍋の火、どーなってんの??」と騒いでいたので、メニューを見直すまで忘れてたよ、、、まったく。

 で、食事が終わるころに、添乗員さんからバッドニュースが、、、。

「八甲田ロープウェイ、本日、運行中止でした。明日はどうなるか分かりませんが、天気予報は悪い予想なので、今、代替案を検討中です」

 ………………がーん、、、。何のためにこの旅に来たのか、私。

 失意のまま、部屋に戻って、グッタリ眠りにつきました。

 

 

③につづく

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ペルシャン・レッスン 戦場の教室(2020年)

2023-01-21 | 【へ】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv78458/


以下、公式HPよりあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 ナチス親衛隊に捕まったユダヤ人青年のジル(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)は、処刑される寸前に、自分はペルシャ人だと嘘をついたことで一命を取り留める。

 彼は、終戦後にテヘランで料理店を開く夢をもつ収容所のコッホ大尉(ラース・アイディンガー)からペルシャ語を教えるよう命じられ、咄嗟に自ら創造したデタラメの単語を披露して信用を取りつける。

 こうして偽の<ペルシャ語レッスン>が始まるのだが、ジルは自身がユダヤ人であることを隠し通し、何とか生き延びることはできるのだろうか──。

=====ここまで。


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 昨秋に公開された『キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱』(2019)は、東京での上映が立川にあるkino cinéma立川髙島屋S.C.館だけでした。この劇場は配給会社キノフィルムズの直営館だと思われ、都心での公開に広げてもらえないだろうかと密かに期待していたのだけれど、それはないまま終映となってしまった。がーん、、、。まあ、DVDか配信に期待するしかない。

 で、本作も同じで、公開時は立川だけで上映しており、都心の便利さに慣れた身には立川まで片道1時間半掛けて出向くのはかなりハードルが高いのですよねぇ。贅沢言ってんじゃねぇよ、と怒られそうですが、、、。都心への展開がなければ、本作も見逃しかなぁ、、、と思っていたところ、渋谷で上映開始との情報がTwitterで流れてきました。やったー!

 などと書くと、さも期待していたかと思われるでしょうが、実はそうでもなく、ウリ文句で「『戦場のピアニスト』『シンドラーのリスト』に続く、ホロコーストを題材とする戦争映画」等と書かれていて、シンドラーはともかく、マイ・ベスト5に入るだろう映画『戦場のピアニスト』が引き合いに出されているからには、食傷気味のナチものとはいえ、この目で確かめておかねば、、、という感じだったのです。

 ……で、早速見に行ってまいりました。


◆なぜ虐げられている側が罪悪感を抱くのか。

 そんなわけで、斜に構えて見に行った次第。実際、中盤くらいまではあんまし、、、だったが、やはり「いつジルの嘘が露呈するか、、、」とヒヤヒヤするので、退屈する余裕はまったくなかった。

 けれど、中盤以降は一気に引き込まれ、終盤ではハラハラし、ラストでKOされた、、、という感じだった。いや、これはかなりの逸品だと思う。

 中盤くらいまであんましだったのは、ジルが捏造するペルシャ語の語感がどうにもピンと来ない(というか、そもそもペルシャ語なんかまったく知らないのにピンと来るも来ないもないのだが、、、何か響きとかが凄くヘンだなぁ、、、と)のと、コッホ大尉のキャラがどうもなぁ、、、いや、“実はイイ人”じゃないとかそういうことではなく、キレやすくてすぐ怒鳴るし、ぶっちゃけ、あんまし頭がおよろしくないという印象だったからです、はい。

 このコッホ大尉は、他の収容者には容赦ないのに、ジルにだけは食べ物をあげたり、重労働をさせなかったりと、ジルをことのほか厚遇するのだけど、その様はかなり異様。上官にも指摘されるのだがコッホ大尉は「ペルシャ語をマスターしたいから」とかシレっと言う。

 こんなエコひいきをされていて、次第にジルも、生きて収容所を出たいという気持ちに変化が起きる。そらそーでしょう。周りはどんどん人が入れ替わり(というか、死んでいき)、自分だけはいつまでもそこにいて、、、。しかも、そこにいられる理由は嘘なのだ。これが、本物のペルシャ人であれば、この葛藤もまた違うものだったのだろうけれど、同胞は無体に殺されていくのに、自分は嘘で生き延びているのだから。

 とはいえ、ジルがそれで罪悪感を抱く必要は、本来はないはずなのだ。理不尽に殺されることに知力で抵抗しているだけなのだから。それなのに、“自分だけが、、、”等と後ろめたく思い、この映画を見た観客にさえ「自分だけ生き延びればよいのか」的な感想を持たれるという、その状況こそが非難されるべきであって、いかにこのホロコーストが狂っているかということを脇へ置いてしまう人間の思考回路が怖ろしい。

 それで、ジルは中盤で、収容者の移送の列に自ら加わる。コッホ大尉からは、移送の度に別の作業に出ていろと言われたが、そのときは、別の収容者と服を交換し、移送される身となった。移送先でどうなるかは分かった上でのことで、もう死んでもいいと思ったわけだ。けれど、そこでもコッホ大尉から救出されて生き延びてしまうことに。

 ジルは、何度もウソがバレそうになる危機に直面しながら、なぜか事態がバレない方に動く。本作は実話からインスパイアされたほぼフィクションであるけれど、現実に生還した人々も同様だったに違いない。結局、偶然が重なった上に、ほんの少し運が良かったために死ななかったということなのだろう。


◆嗚呼、片想い。

 自分がペルシャ人だと言って、適当なペルシャ語を口にするのは簡単だが、自分が出まかせで言ったペルシャ語を、自分も覚えなければいけないというのは相当の難行である。しかも、収容者たちは筆記用具を持つことが許されていないから、ジルに“書いて覚える”という手段はないのだ。これはツラい。

 ジルがとった手段は、人の名前と関連させて覚えるというもの。でも、それだって、誰にでもできることではない。……というか、少なくとも私には絶対ムリだと自信を持って言える。しかも相手のコッホ大尉は勉強熱心で、一生懸命覚えるのだから、ますますジルは苦しい。

 実際、不意に「木はペルシャ語で何というのか?」と問われて、慌てたジルが咄嗟に口にした単語は、既に使用済みだった、、、ので、マジメに暗記していたコッホ大尉はすかさず気付いて「やっぱりお前は嘘をついていたのか!!」とボコボコにされる。ジルは「同じ音でも意味の違う単語がある!」と言い逃れようとするのだが。

 この危機をどう脱出したか、、、というと、気を失ったジルがうわ言で、偽ペルシャ語を口走っているのをコッホ大尉が見て「うわ言をペルシャ語で言うのだから、やっぱりコイツは本物のペルシャ人なんだ!!」と思う、、、というわけ。……やっぱし、この大尉、ちょっと、、、でしょ。

 まあ、とにかく、ジルにとっては、自身の記憶力の素晴らしさと、大尉のあまり良いとは言えない頭が、これ以上ないというくらいに運良く奏功したのだった。

 大尉のオメデタさは終盤いかんなく発揮され、自分が厚遇しているからと、ジルも自分のことを信頼し、好感を抱いているだろうと勝手に思い込み、どんどんジルに肩入れしていく。冷静に考えて“そんなわけねーだろ!”と分からないのだ。さながら壮絶な片想いをしている様に見えるほど。そして、片想いだと分かったときには、、、という、かなり憐れなオチが待っている。このオチも、コッホ大尉のオメデタさに合っている。もう少し、大尉が賢い人なら、きっと違った行動に出ていただろうな、と。

 ちなみに、ジルは、無事に生還する。


◆SS(親衛隊)って、、、

 本作は、ラストにジルが膨大な偽ペルシャ語を覚えて生還したことの“意義”が描かれており、このシナリオは巧いなぁ、と思った。実際、歌による犠牲者の名前の伝承、いわゆるオーラルヒストリー(口頭伝承)は、『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』(2019)にも描かれており、そういうことは実際にあったのだと思われる。

 また、本作では、ナチ側の人々の人間ドラマをかなりの尺を割いて描いているのも特筆すべきかと。“ナチもの”では、大体ナチの組織内力学に係る人間関係を描くことは多いが、彼らも人間として恋愛したり、嫉妬したり、どーでも良いことをチクったり、、、と言ったことを結構丁寧に描写している映画は珍しいのでは。

 私がコッホ大尉にあんまし好感を持てなかったのは、頭の悪そうなオメデタイ人だからというだけではなく、SS隊員であることも大きい。『戦場のピアニスト』でトーマス・クレッチマンが演じたホーゼンフェルト大尉もやはり主人公シュピルマンの生還に大いに貢献したが、彼は陸軍(国軍)の大尉だった。SS(親衛隊)か国軍かの違いに意味はない、という見方もあるかもだが、私は、この違いは結構見逃せないと感じている。コッホ大尉は、その口ぶりから恐らくイデオロギー的に大した考えもなく雰囲気でSSに加入したようで、それがますます彼のオメデタさや頭の悪さを象徴しているように思えてならない。

 そんな印象を、パンフでマライ・メントライン氏が書いているコラムを読んで、さらに強くした。

 コラムでは親衛隊の説明も結構詳しく書かれているが、その中で面白いと思ったのは、「親衛隊の内的な問題は……ぶっちゃけ実業的な大口のコネがないゆえ(軍事的にも民事的にも)あまり仕事がなく、「軍事官僚組織ごっこ」を肥大化させつつ展開するしかなかったことだ」というところ。「親衛隊の戦犯でもそれなりの割合でイデオロギーに無関心な者が居た」とも書かれていて、コッホ大尉は、まさにコレであると思う。そして、本作は「そんなナチス親衛隊内の空気が見事に活写された珍しい映画で、正直、それだけでも価値がある」と。さらにコッホ大尉のことを「知的権威性を渇望する、満ち足りぬ、悲痛な悪」と手厳しい。……けど、まあそういう描写だったもんね。

 このコッホ大尉を演じたラース・アイディンガーは、ドイツでも有名な個性派俳優とのことで、メントライン氏曰く「日本でいえば遠藤憲一みたいなタイプだ」とのこと。へぇー。この人が演じている、というだけで、ドイツ人にとっては「ただのナチものじゃないでしょ」と察しが付くらしい。また、「本当は、原作となった短編小説は映画と別の意味でスゴい」ともあって、是非とも原作であるヴォルフガング・コールハーゼ著の短編小説を読んでみたいものだが、、、邦訳は出ていない様なのが残念。

 ジルを演じたのは、ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート。『BPM ビート・パー・ミニット』でブレイクしたお方。『天国でまた会おう』(2017)での演技も良かったが、本作では、ドイツのエンケンにちょっと食われ気味。彼自身も、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、フランス語の4か国語を話せるのだそうな。言語のセンスがあるのだね。

 

 

 

 

 

 


「何語を喋っているんだ??」とテヘランの空港で言われてしまうコッホ大尉、、、嗚呼。

 

 

 

 

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ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地(1975年)

2023-01-17 | 【し】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv74419/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 思春期の息子とブリュッセルのアパートで暮らすジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)は、湯を沸かし、ジャガイモの皮を剥き、買い物に出かける。そんな平凡な暮らしをしているジャンヌだったが……。

=====ここまで。


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 昨年、渋谷だったかで「シャンタル・アケルマン特集」があったのだが、都合がつかなくて行けず仕舞い。中でも、本作は是非見たいと思っていたので、あーあ、、、という感じでいたのだが、早稲田松竹が新年早々かけてくれました。他の作品も見たいけど、何といってもアケルマンといえば本作。

 いやぁ、、、これは見て良かったです。というか、見ないと損かも。


◆ジャンヌのルーティン

 映画にしろ小説にしろ、良い作品というのは“省略の美”が大事だと言われるし、同意である。そういう意味では、本作はその対極にあるといってもよい映画であって、省略しないことの意義を納得させられる稀有な作品である。200分の映画だけど、ゼンゼン長さを感じなかったのがスゴい。

 朝、起床したジャンヌが息子を学校へ送り出すまでのルーティンの映像がず~~~~~っと流れ続ける。長回しでほとんどカットがない。でも、見ていて飽きない、ゼンゼン。それは、ジャンヌを演じるデルフィーヌ・セイリグの動きに無駄がなく、品があって美しいから。家の中でも靴を履く欧米ならではで、ジャンヌが歩くコツコツと鳴る足音がまたイイのだ。

 ストーブに火を入れ、息子の靴を磨き、コーヒー豆を挽いてコーヒーを淹れる、、、と、文字にすると味気ないけど、見入ってしまう。

 見ていて思ったのは、YouTubeの動画ブログによくある“〇〇ルーティン”みたいだなぁ、、、ということ。動画ブログも色々だが、人様の極々プライベートな時間・空間での行動を見るのは、覗き趣味的なのかも知れないが、ハッキリ言って面白い。例えば、同じコーヒーを淹れるという動作一つとっても、人によって「へぇー、こんな風にするんだ」という発見がある。そんな私的な部分は、一昔前までは、まったくのナゾだったのだから。

 とはいえ、動画ブログでも演出は当然あるだろう。本作でも、制作裏話を聞くと、ジャンヌの一つ一つの動きについて実に細かくアケルマンとセイリグは打ち合わせをしたのだという。観客がスクリーンに見たジャンヌのモーニング・ルーティンは、彼女らの計算しつくされた動きだったのだ。

 キッチンでの映像が多く、腰より少し上くらいの高さに設置された固定カメラは、淡々としたジャンヌの動きをひたすら映し続ける。普通の映画だったら、数秒、長くて1分くらいでカットになるシーンだろうが、ここまで執拗に描写する必要があるのか、、、?と思って見ていると、その必要性は、中盤以降からだんだん感じて来て、ラストでこれまでのあの延々とした映像がなぜ必要だったのかを理解できるようになっている。

 見終わって、ボー然、、、。うわぁ、、、やられた……って感じだった。


◆真似しちゃダメ。

 つまり、ジャンヌの規則正しいルーティンに、ほんの少しの綻びが生じ、それがどんどんジャンヌを思わぬ方へと導いていくことになるのだ。

 昨日と同じ直線のラインをなぞっているはずなのに、ある箇所で0.1ミリズレてしまって、元のラインに戻れないでいるうちに、元のラインと自分の進むラインがどんどんどんどん、1ミリ、1センチ、10センチ、、、、と離れて行ってしまう。……そんな感じなのよ、この映画は。

 その些細なズレは、あの省略のない連続した映像があってこそ、見ている者たちにジワリと伝わるのだ。そして、ジワジワと恐怖感が襲ってくる。これは何かが狂っていく前兆だ。……でも何が?これくらい、別に大したことないじゃん。……いやでも、何かヤバいでしょ、このズレ、、、!!!

 それが、普通の映画みたいにカット割りでつないでいれば、説明的になって、ヤバさを演出するばかりにあざとくなる、、、という結果になりかねない。手に汗握るジワジワとした恐怖はあんまし味わえないだろう。

 でも、だからって、こんな演出を実践してしまうアケルマンの発想と実行力には恐れ入る、、、としか言いようがない。真似してみたとしても、きっと本作のような効果は生まれないだろう。誰もが出来る芸当ではない。

 セリフが異様に少ない映画なのだが、その少ないセリフの中でも、ジャンヌと息子の短い会話にギョッとなる。ジャンヌは亡き夫と愛情なく結婚したことを話すと、息子が「自分は好きじゃない人とセックスなんかできないと思う」(セリフ正確じゃありません)と返す。するとジャンヌは「セックスなんて大した問題じゃない。あなたを授かったんだし」とシレっと言うのである。

 この会話で、この母と息子の関係性は十分に察せられる。こういう、何でもなさそうなシーンに横面を張られた気分になるのだった。

 本作が名画だとか、見るべき映画だとか言われるのも納得。滅多にこんなことは書かないが、書いちゃいます。「見ないと損」です。アケルマンのBlu-rayが出るらしいのだが、欲しい、、、。

 

 

 

 

 

 


じゃがいもをゆでる時間も決まっていたのに、アイツのせいで……

 

 

 

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愛する映画の舞台を巡る旅Ⅴ ~函館から八甲田へ~ ①

2023-01-15 | 旅行記(国内)

関連映画:『八甲田山』(1977)
 

 以前、『八甲田山』(1977)の感想でも書いたのですが、この映画を見た後に読んだ、伊藤薫著「八甲田山 消された真実」(山と渓谷社)の内容に衝撃を受け、夏は絶好のトレッキングコースでありながら、冬には一転して白の地獄と化す八甲田を、一度この目で見ておきたい、と思うようになりました。

 で、この度、函館から八甲田へとまわるツアーを見付けて、昨夏予約。この年末年始に行ってまいりました。昨年の後半は、この旅を心の支えに過ごしたと言っても良いくらい(言い過ぎ?)楽しみにしていた旅行でした。 

 大晦日から2泊3日。新年を旅先で迎えるのは、もしかすると、生まれて初めてかも知れません、、、(幼少期に親戚の家で、ってのはありますけど)。


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《1日目の予定》  東京駅12:20発はやぶさ23号 → 新函館北斗駅16:30着 → 夕食 → 函館山ロープウェイ → 宿


 北海道まで飛行機でなく新幹線! 一度乗ってみたかった北海道新幹線。本当は、札幌までつながるはずが、いまだに新函館北斗駅までしか開通していないという、、、。札幌までの開業予定は2030年だそう。

 東京駅集合は11:40で、お昼は前回の奈良ツアーで駅弁を吟味できなかった経験から、今回もムリだろうと想定して、家を出る前にしっかりめに食べた。というのも、夕食が18:00前になりそうだ、と事前に添乗員さんに言われていたから。新幹線の中で食べたら、夕食までに消化しきれないかも、、、と思ったので。そして、案の定、集合して全員でホームへとなったので、まあ良かったかな。

 

めっちゃ混んでいた東京駅


 今回もおひとりさまツアーだったのだが、ツアー参加者は計23人とかなり多い。男女半々くらいで、男性はお若い方も何人か、、、。新幹線の座席は、旅行会社の方で割り振ってくれているのだが、男女で分けてくれているのは、正直言ってありがたい。

 今回も(奈良に引き続き)行きは、3人掛けの真ん中席だった。東北新幹線はトンネルが多いし、あんまし見知らぬ人と話すのも得意じゃないので、早々にイヤホンで自分の世界に入ってしばし爆睡していた模様。気が付いたら、すでに盛岡、、、。驚いて外を見ると、やはり雪景色だったのだが、車内は暑くて、また(奈良に引き続き)アイスを買ってしまった。

 

 カチカチのアイスを20分くらいかけて食べ、ふと外を見ると、雪がない。八戸辺り。えー、青森なのに??と思ったら、後日、青森のバスガイドさんが「八戸は雪は少ない」とおっしゃっていた。でも、新青森を過ぎたところで外を見れば、、、、


 青函トンネルを通っているところを見たい!と思っていたのに、寝てしまったらしく、気が付けば「木古内」。がーん、、、。まあ、仕方ない。で、定刻通り、16:30に新函館北斗駅に到着する。

 


 あんまし人気のない駅で、もちろん駅舎はキレイだし、天井もちょっとイイ感じだったのだが、立地としては新幹線の駅にありがちなポツンと孤立した状態っぽかった。暗くて周囲がゼンゼン分からなかったけど、、、。

 

 ものすごく寒いのを想像していたけど、スマホで確認したら2度、感覚的にも思ったほどの寒さではなかった。

 

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 まずは夕食会場へ。函館山のロープウェイ乗り場の近くとのこと。バスで30分ほどで到着。「沙羅の月」というツアー向けのお店ですな。ほっけとかホタテとか、、、一応、海の幸が並ぶが、味は普通。もう、このツアーではあまり食事は期待していない。

 


 で、18:20にはロープウェイ乗場に行きます、と言われて、あわただしく店を出る。お店からロープウェイ乗場までは歩いてすぐ。ロープウェイは10分間隔で動いていて、あまり待つことなく乗れ、山頂までは2分くらいだったかな、、、。

 

結構人がたくさん、、、。

 

おなじみの夜景(下手っぴですみません)


 さすがに外の展望台は風が肌に刺さって寒かったけれど、なるほど、夜景は美しかった。……とはいえ、やはり寒さが身に染みるので、屋内展望台へと移って夜景を目に焼き付けたら、階下のお土産売り場で北海道限定菓子など(お土産用)をゲット。そうこうするうちに集合時間。
 
 この後、この展望台でカウントダウンが行われるとガイドさんは言っていたけど、私たちは早々に宿へと向かう。

 宿は、あまりにもフツー過ぎるビジネスホテルで、部屋も狭すぎたため写真は撮らなかった(撮るまでもないというか、、、)。ただ、このホテルには温泉大浴場があって、これはなかなか良かった!

画像お借りしました(ホテル公式HPより)

 

 残念ながら、夜景はゼンゼン見えなかった(そもそも窓に目隠しがしてあった)けれど、久しぶりに温泉にのんびり浸かって、疲れが取れた気分。

 部屋へ戻って、紅白もゆく年くる年も見ず、本(新田次郎の『八甲田山死の彷徨』)を読みながら寝落ち、、、


②につづく

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オーメン(1976年)

2023-01-07 | 【お】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv1232/


《197X年のとある日の三面記事》

【ロンドン発】×月〇日、ロンドン警視庁は、アメリカの駐英大使ロバート・ソーン氏が、ロンドン市内の教会で死亡したと発表した。発表によると、ソーン氏は、祭壇に息子のダミアン君(5)を押さえつけてナイフを突き立てようとしていたところを、駆け付けた警察官の制止に従わなかったため、射殺されたという。ダミアン君は無事だった。

 ソーン氏は、△月から駐英大使としてロンドンに赴任しており、一家で郊外に暮らしていた。6月のダミアン君の誕生日に自宅で開かれたパーティで、ダミアン君の乳母が自殺を図る事件が起きたほか、その後、妻のキャサリンさんもうつ病を患い、入院していた病室から飛び降りて自死。ソーン氏は、一連の出来事に大きな精神的ダメージを受けていたといい、最近では時折意味不明なことを口走ることもあったという。

 ソーン夫妻の遺体はアメリカ本国へ移送され、後日、〇〇大統領臨席の下で葬儀が執り行われる予定。


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 2023年になりました。今年はどんな年になるのでしょうか。

 さて、新年第一弾のレビューは、“いまさら名画”シリーズ第4弾、ホラー映画の本作となりました。見たのは昨年末なので、今年の初映画ではないのですが、、、。有名なこの映画、実は、未見だったのです。で、レンタルリストに入れておいたら、たまたま年末に届いたのでした。

 ダミアン、666、、、が学校で話題になっていたのをよく覚えています。小学生だった私は、本作について怖い怖いと刷り込まれて、この歳になるまであんまし積極的に見る気がしませんでした。怖い映画好きなのに、です。でもまあ、名画と言われてもいますし、この機会に見てみることにいたしました。

 地味ながら、手堅い作りで楽しめました。


◆事件の背後にあるものは、、、

 冒頭の“ニセ三面記事”は、本作を外形的に捉えれば、こういうことになるのだなぁ、、、とエンドマークが出た後しみじみ感じたので書いてみた次第。恐らくは、三面の下の方の、せいぜい20行くらいのベタ記事でしょうね。日頃目にする事件記事のアレもコレも、蓋を開ければ、そこには信じられないような因果があったのかも知れませぬ。

 はたして、本作でのソーン氏の精神状態はどーだったんでしょうか?

 ……まあ、映画的には本作の後、続編ができているわけだから、ダミアン=悪魔の子、というのは現実だったということなんでしょうねぇ。だから、ソーン氏は 、真っ当なことをしようとしたのに殺されたということになる。愛する妻も亡くなり、もう殺す必要もないではないか、、、と思わないでもないが、国の存亡に関わる!!国家権力を操ろうとしている!!!などと言われたら、大使たるもの、そりゃ命懸けで正義を貫こうとしても不思議ではない。

 と、本作を見て、私は今の日本はまさにこれと同じ状態ではないか、、、と唖然となった。だってそーでしょう? 時の権力組織がカルトに汚染されて、その人たちが躍起になって憲法まで改正しようとしているんですよ?? しかも、現実世界では、権力組織はカルトに汚染されていることにまるで危機感もなければ、ソーン氏のように命懸けでカルトの息の根を止めようとする人もいない。いやー、事実は映画より奇なり、ですな。

 そもそも、我が子が死産だったからといって、どこの誰かも分からない赤ん坊を引き取るかね??と思ったけど、実際に、あのような状況になったら、案外、引き取ってしまうかもしれない。待ちに待って授かった子だったとか、妻に死産だったと伝えるのは忍びないとか、、、。

 今回、見てびっくりしたのは、ダミアンは山犬から生まれた、という設定。聖書では犬はあまり良く書かれていないらしいが、本作でダミアンを守るべく側にいる黒い犬は、あまりお利口そうな感じはなく、どこが“悪魔の化身”やねん、、、と内心ツッコミ。さらに驚いたのが、ソーン氏とカメラマンが2人で、ソーン氏の亡くなった実子の墓を暴くシーン。墓を掘り返すのはともかく、蓋を開けたら、そこには頭蓋骨に大きな穴の開いた嬰児の白骨が、、、。

 この辺の、悪魔云々を調べる一連の展開も、ちょっとご都合主義っぽい感じもあるけど、なかなか見せてくれるシーンもあり、全体に展開も速いし、よく練られた脚本で、小粒でピリリの逸品になっていると感じた次第。


◆その他もろもろ

 本作は、あの『エクソシスト』のヒットを受けて、かなりの低予算で制作された“二番煎じホラー映画”なのだが、二番煎じに甘んじておらず、映画史に残る作品になっていると思う。

 何より、本作は、冒頭に“ニセ三面記事”を書いてしまいたくなるくらい、オカルト要素がないのだ。悪魔云々とストーリー上にセリフで出ては来るが、悪魔自体はもちろん、それを思わせるものも出て来ない。前述したとおり、ごくごく普通の雑種犬にしか見えない黒い犬が出てくるくらいだ。

 あくまでも現実に起こり得る現象を積み重ねて、オカルト、、、ではなくホラー&サスペンス映画に仕立てており、エンタメとしても上々の出来であるところは素晴らしい。

 ソーンを演じたグレゴリー・ペックは、終始、山﨑努に見えて仕方なかった。終盤、ダミアンに悪魔の印を探して「666」を見付けてしまったときの表情や、その後、教会まで狂ったように突き進む演技は、決して、精神に異常を来している様には見せておらず、そこがミソだったと思う。

 怖い怖いと聞かされていた本作だが、見終わってみれば、確かに怖いとも言えるが、本作の真骨頂は、これがソーンの妄想だったんじゃないか、、、と見る者に少しでも疑問を抱かせるようなその巧みな構成にあると思う。狂気と正気の境界を敢えて曖昧にしつつ、飽くまでもペックの演技は正気と見せるという演出がナイスである。

 『エクソシスト』も良いが、本作も勝るとも劣らぬ名作だ。“いまさら名画”シリーズ初の8つ

 

 

 

 

 

 

 

乳母の自殺シーンが一番衝撃的で怖かったかも。

 

 

 

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