映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

愛する人に伝える言葉(2021年)

2022-10-31 | 【あ】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv77727/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 膵臓癌を宣告されたバンジャマン(ブノワ・マジメル)は、母親であるクリスタル(カトリーヌ・ドヌーヴ)と共に、名医のドクター・エデの元を訪ねる。

 ステージ4の膵臓癌は治せないと告げられ、バンジャマンは自暴自棄に陥ってしまうが、エデは彼に症状を緩和させるための化学療法を提案する。

 一方で、母クリスタルは息子の病気は、自分が過去にかけた心労のためではないかと悩むようになる。

=====ここまで。

 
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 先日、健康診断がありまして、ウチの職場では大抵皆さん、健診の日は休むんですよね。私は、以前は健診終わった後仕事に行っていたんだけど、ここ数年は休んじゃってます。朝8時半に健診スタートすると、人も少ないから待ち時間も少なくスルスルとメニューをこなして、どんなに時間かかっても1時間足らずで終わります。9時半スタートだと全然違って、待ち時間が長くなり、どんなに短くても1時間はかかるという、、、。

 で、9時半に健診センターを出て、その時間でも開いているカフェでモリモリ食べて(朝食ヌキですからね)、一息ついたら遊びに行くわけですヨ。

 今年は、映画。新聞の評で、本物の医師が、モデルとなった自分の役でそのまま出演しているというのを読んでいて興味を持った次第。それに、ドヌーヴとブノワ・マジメルのコンビだし。


◆生きることは死への歩み。

 膵臓がんは確か非常に見つかりにくいがんだと聞いたことがある。見つかったときはかなり進行していると。本作でのバンジャマンも、もう治る見込みがないとはっきり医師に宣告される。

 で、当然知りたいのは「余命期間」である。バンジャマンと一緒にいる母親のクリスタルは「あとどのくらい?」とエデに聞くのだが、バンジャマンは聞くことにためらいを見せる。クリスタルは「私だけ聞くのはダメなの?」と言うが、エデは「それだと親子で分断が起きてしまいおススメしない」と答える。

 序盤のシーンなんだが、なかなか初っ端からシビアである。

 結局、バンジャマンはその次の機会にクリスタルと一緒に、自分の余命期間を聞く。「あと半年から1年」と。

 そこから、バンジャマンが亡くなるまでの、彼の死に様を描いたドラマなのだが、序盤のシビアさからはちょっと想像とは異なる方向性の映画であった。つまり、死をどう受け入れるか、、、とかじゃなくて、「どう死ぬか」を描くのだ。受け入れるも何も、死ぬのは自明なんだと。だから、葛藤劇にはなっておらず、死に向かって生きよう!という緩めのポジティブ映画になっていた。

 でもそれって、別にバンジャマンだけの問題じゃなく、全人類の問題なのよね。生ある者全て、生まれ落ちたその瞬間から「死に向かって生きる」ことを強いられているわけで、がんで余命宣告を受けた人特有のオハナシではない。

 つまり、この映画は「生きること」を描いた映画なのだ。

 だから、がんドラマにありがちな、患者が容貌が変わるほど痩せこけるとか歩けなくなって倒れるとか、、、そういう描写はない。それがリアリティがないと感じる人もいるだろうが、私は好感を持ったクチである。本作の描きたいのはソコじゃないのね、と。


◆バンジャマンが選んだ自分の死の場面

 一番印象に残ったシーンは終盤の、バンジャマンの死の場面。彼の死自体は静かで穏やかだった。私が、うわ~~っ、、、と思ったのは、まさにその死に目に、母親であるクリスタルは逢えなかったというシナリオ。数分前まで、バンジャマンの横に居たのに、である。というのも、確か中盤でエデ医師がクリスタルに言うこんなセリフがあるからだ。

「患者は、死ぬタイミングや立ち会う相手を自分で決めることがある」

 バンジャマンが若い頃、ある女性との間に子ができたのだが、クリスタルの猛反対に遭い、女性と別れ、子供を手放した過去がある。バンジャマンはまだ消化できずに引きずっている。余命宣告を受けた後も、そのことでクリスタルを責めるシーンもある。クリスタルも罪悪感から逃れられないでいる。

 ……という深い確執を抱えた母と息子である。その息子が、母がトイレに立ったほんの数分の間に息を引き取るのである。何というシーンだ。バンジャマンはそういうタイミングと立ち会う相手を自分で決めた、、、ということか。これは、クリスタルにこれ以上ない十字架を負わせることになるのではないか。

 が、クリスタルの表情は割と落ち着いていたのが、これまたどう捉えればよいのか、混乱してしまった。

 クリスタルは、そこに至るまで、バンジャマンの余命を聞いて様々な思いで動揺したり悲しんだりするわけだが、そんな彼女にエデ医師は、こうも言っていた。

「旅立つ許可を与えましょう。死んでもいいという許可が最大の贈り物です」

 つまり、彼女のあの落ち着きは、自分が息子に許可を与えたのだな、、、という思いだったのだろうか。……うぅむ。


◆死ぬときに愛する人に言うべき5つの言葉

 タイトルの「愛する人に伝える言葉」どおり、本作にはハッとさせられるセリフが多い。

 バンジャマンが治療に後ろ向きなのをクリスタルが責めるシーンで、バンジャマンが言う。「これは僕の病気だ、母さんのじゃない!」これも結構、うわ~~~っとなる。言う方の気持ち、言われる方の気持ち、、、どちらも想像するのがキツ過ぎる。

 エデ医師が弱って行くバンジャマンにかける言葉も考えさせられる。死ぬときに、愛する人に言う5つの言葉である。

私を赦して
私は許す 
ありがとう
愛してる
さようなら

 順番はどうでもいい。この5つの言葉を愛する人に言ってあげなさい、とエデ医師は言う。

 果たして、私は言えるだろうか、、、、と考えてしまった。そもそも誰に?? 愛する人、、、とは。私には子がいないし、親とは断絶しているし、パートナーはいるけど、この5つの言葉を言う相手なんだろうか、、、と。さようなら、は言えるかな、、、とか。……いやでも、私が先に逝ったら、あの人は多分腑抜けになるだろうから(別に愛されているから、とかではなく、気持ちの切り替えが超絶下手な人だからです)、私がちゃんと見送るべきだろうから、こんな言葉をかけることはないな、、、とか。するとますます言うべき相手がいない、、、ごーん。

 どう死ぬか、というのは、どう生きるか、の裏返しなのだなぁ、とつくづく感じさせられた映画だった。


◆その他もろもろ

 ドヌーヴ&ブノワ・マジメルというと、あの『太陽のめざめ』なんだが、監督も同じエマニュエル・ベルコである。内容的には本作の方が好きかな。

 ドヌーヴはセリフが少なく、表情や佇まいでクリスタルという人物を演じていた。ほとんど笑顔のシーンがなく、全編基本辛そうで、見ているこっちも辛かった。

 バンジャマンは39歳の設定なんだが、ブノワ、どう見たって50代だろ、、、という容貌で、年齢設定をもう少し上げた方が良かったんじゃないのか、、、と、思った。けど、ブノワはやさぐれたキャラが似合う。若い頃の美青年も美しかったけれど、オジさんになった今はちょっと荒れた感じがなかなかgoo。

 が、何といっても本作で特筆すべきは、エデ医師を演じたガブリエル・サラ。本業はもちろん医師なんだが、エデを演じられる俳優をベルコ監督が探したものの見つからず、結局、エデのモデルであるサラ本人に演じてもらうことになったらしい。演技素人とは到底思えない素晴らしさで、やはり、本業で修羅場をくぐってきた人は違う、、、と圧倒された。

 バンジャマンが生き別れた息子くん役の男の子が可愛かった。オスカー・モーガンというお名前のようだが、ググっても、“オスカー俳優・モーガン・フリーマン”とかしか出て来ない、、、。

 

 

 

 

 

 

クラゲ柄のネクタイなんてあるのね♪

 

 

 

 

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黒蜥蜴(1962年)

2022-10-28 | 【く】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv20504/


 女盗賊「黒蜥蜴」と明智小五郎が“美”を巡って対決する。果たしてその行方は、、、。

 江戸川乱歩原作『黒蜥蜴』を三島由紀夫が劇化、脚本は新藤兼人、で井上梅次が監督。音楽は黛敏郎。主人公の黒蜥蜴を演ずるのは、泣く子も黙る、京マチ子、明智小五郎は大木実。有名な美輪明宏版より前の制作。

 
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 神保町シアターで特集されていたので、見てきました。乱歩は大好きなんですが、どっちかというと、初期の短編が好きなんですよねぇ。明智も嫌いじゃないですが……。原作の『黒蜥蜴』も何度か読んでいるけど、美輪版の映画は見ていないのですよね。美輪版の方が有名ですけど、あれは、深作監督なんですね。

 こちらは、監督は井上梅次。よく知らないので、今回ネットで検索してみたら、、、げげっ(後述)、

 まあ、とにかく、感想から。


◆黒蜥蜴様・京マチ子様

 本作を見ようと思ったのは、もちろん乱歩が好きで、原作を知っているのもあったが、世間一般では“黒蜥蜴=美輪明宏”みたいな印象だけど(舞台でも何度も演じているしね)、こちらは主演が京マチ子だったから。

 で、オープニングからしてもう期待値を上回る異様さで、ニヤニヤしてしまう。明智役の大木実が気取った調子であれこれ黒蜥蜴との思い出を語るシーンに始まり、怪しげな歌が流れて来たかと思うと、「聞こえるでしょう?この音。この鞭の音!」と思わせぶりな大木実の言葉に続いて、バニースタイルの京マチ子が踊りながら鞭を振るって現れる、、、。うわ~~~!!

 この怪しげな歌の歌詞は三島由紀夫が作ったらしい。全部は聞き取れなかったけど、♪不眠症の星 死体の瞳~とか歌っているのだ。♪くろとか~~~げ!ピシッ!!ピシッ!!!(←鞭の音) がしつこく繰り返され、いやー、のっけから参りました。

 ストーリーは、割と原作に近いのかな(私の途切れ途切れの記憶と符合するシーンが多かった)。前から読むたびに「ソファに隠れるってどういうこと??」と思っていて、今回も映像でそのシーンはあったのだが、あんなソファに人一人入れんだろう、、、と内心ツッコミ。

 でもそんなことはどーでも良いのだ。

 緑川夫人こと黒蜥蜴は、手下たちが手柄を上げるとご褒美をあげるのだが、それがね、、、「お前にも爬虫類の称号をやろう。今日からお前は青い亀(だったかな)を名乗るといい」とか言うわけよ。はぁ~~?爬虫類の称号?? もうね、面白過ぎる。これ、京マチ子が大真面目にセリフ言っているのだから。ヘマをしでかした雨宮は称号をもらえなくて心底ガッカリしているのもウケる。爬虫類の称号なんて原作にあったかしらん?? ちょっと読み直してみようと思った次第。三島の創作だとしたら、ありそうな気がするが、、、。乱歩のセンスではないような。

 まあ、乱歩原作モノを映像化すると、ほぼ100%B級orC級映画になるのだが、本作もB級っぽさ満載でありながら、格調高さも併せ持っており、これはひとえに、主演が京マチ子だから、、、に尽きると感じた次第。

 ところどころミュージカル仕立てになっており、京マチ子のカメラ目線なシーンもいくつかある。追われて逃げるシーンなのに、踊ってるしね。男装しているんだが、さすがの京マチ子様でも、男装はイマイチだと感じたわ。

 あと、売店のおばちゃんに変装するシーンもあり、京マチ子七変化、、、といったところ。

 ラストは恋する明智の腕の中で息絶えて、黒蜥蜴もそこそこ幸せな人生のエンディングだったんやないの??などと思いながらエンドマークとなりました。


◆今話題のアレが、、、。

 いやしかし、こんなヘンテコな話、小説だからその世界観も想像で楽しめて面白いけど、映像化となると、どうしたってB級路線にならざるを得ないでしょう。舞台はまた、そもそもが異空間なので成立すると思うけれども、、、。

 それを、これだけエンタメ映画としてクオリティを保った作品に仕上げた井上梅次監督の手腕はなかなかだな~、と感心したのだった。

 でも、私は邦画の監督って全然知らないので、見終わった後にネットで検索したら、Googleの検索窓に「井上梅次」と名前を打った瞬間、その後に、今話題の「統一教会」がトップで出て来てビックリ。

 井上梅次氏は、あの月岡夢路さんの夫だったのかー、とそれも知らなかったのだが、このご夫婦そろって統一教会と浅からぬ関係があるらしい。詳細はここでは書かないので、興味のある方はググってください(すぐにイロイロ出てきます)。

 何より驚いたのは、教団の資金で映画を作っているらしいということ。さすがにメジャー公開はできなかったらしいが、地方の公民館とかで地味に上映していたとか。出演者も、柴俊夫、国広富之、榎木孝明……となかなか豪華。本気で作った映画のよう。しかも中身がスパイ映画で、共産国家と闘う、、、みたいのだったらしい。

 井上氏、思いっきり反共で保守思想の方だったんだろうが、その映画が作られたのが1987年というから、統一教会の悪質さは知られていた時期であり、いくら思想が共鳴するからといって、そんな団体の資金で映画ってのはクリエイターとしてはかなりマズい行動だろう。その映画の後は、作品を撮っていない様子だけど、まあ仕方ないよね、、、としか。

 月岡さんの方は、関連団体のCMにも出ちゃっているというから、何をかいわんやである。別に信者じゃないだろうけど、そういう問題じゃないからね。

 井上氏は、土ワイで天地茂の「美女シリーズ」も撮っている。「美女シリーズ」も好きなのだけど、まあ正直言って残念な感じはするよね。作品と監督の思想は別、、、とはいえ、見る方としては切り分けはなかなか難しいところ。クストリッツァもそうだし、この問題、どうすれば良いのだろう。分からん。

 

 

 

 

 

 

 

 

爬虫類の称号、、、もらうならヤモリがいいかなぁ。いらんけど。

 

 

 

 

 

 

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厩戸沼にハマって奈良へ~「日出処の天子」の舞台を巡る旅~ ④

2022-10-22 | 旅行記(国内)


につづき


 2日目のお昼は、飛鳥から橿原まで来て、“明日香古代米の昼食”とのこと。

 ツアーは移動が楽で良いのだが、食事が自由にならないのがちょっとね。折角だから自分の食べたいものを食べたい、、、というのはわがままと分かっているけど、食事がハズレだと気分も下がるのよ。

 橿原のダイワロイヤルホテル内にある和食レストランで、このランチは、ハズレでもないけど、アタリでもなかった。

 

(店内の画像はお借りしました)

 

 “うなぎ”あんまし得意じゃない(食べられますが)ってのも大きいのだが。なんと、とろろをこのうな重(と敢えて言おう)にかけて食べろと。うなぎにとろろをかけろ、というよりは、古代米ゴハンにかけろってことだと思うけど、それにしても、うなぎととろろって組み合わせが驚きだった。

 食べてみれば、特にどうというこもなく、普通に“うなぎ と とろろゴハン”であった。しかも、沢庵と一緒に梅干しが。まあ、迷信ですけどね、うなぎと梅干は食べ合わせが悪いってのは。それより、ちょっとなぁ、と思ったのは赤だし。赤だしの本場で育った人間としては、うぅむ、これはイマイチであった。赤だしは香りよりコクというか旨味なのだが、味がしない、、、ごーん。いや、赤みその、豆味噌の味はするんだが、あのコクがないのだよな。

 デザートの冷たいぜんざいは、甘さ控えめでまあまあ美味しかった。

 ……まあ、こんなもんか、と。食べ物にあんまり文句をつけるのは主義じゃないし。

 食べ終わって、ロビーにある売店を物色し、職場へのばらまき系土産をゲットする。別に旅行に来ると言ってこなかったから、買う必要もないのだが、なぜか後ろめたさを感じて、ほぼ毎度買ってしまう。大したものじゃないから、むしろ買わない方が良いのか、、、といつも思うが、買ってしまう。嗚呼、、、。 


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 お次は、蘇我馬子が埋葬されたと言われる石舞台古墳。

 

デカい、、、

 ここは、修学旅行では来ていないが、もっと以前、幼稚園か小学生くらいの頃に来ている(色褪せた写真があった)。父親の実家が関西なので、まあ、奈良の主要観光地は大抵子供の頃に巡っているのだ。ただ、子供過ぎて、その場所の意味とかゼンゼン理解していなかった、、、。

 

  

中に入れるようになったのは、割と最近らしい、、、

 この巨石は、封土で覆われていたはずで、どうやってこの石が露出することになったのだろう。ちなみに、この古墳の形は全体では方墳。覆う花崗岩の重さは、64トンと77トンで、総重量は、2,300トン。

 あの馬子(って、マンガに出て来たのを思い浮かべています)がここに葬られたのかぁ、、、ってことは、毛人(も、もちろんマンガ内の美青年)も埋葬の儀式とかでこの地に立ったのかも知れぬ、、、とか思うとロマンだわ~、などと勝手にニヤニヤする。飽くまでもマンガの世界を漂っている私の脳内、、、。まあ、マンガの中では馬子は最後まで生きてますけど。

 

こちらは復元(石棺)

 

 拝観券に、「石舞台の名の由来」として、「昔狐が女性に化けて石の上で舞を見せた」とか「この地にやって来た旅芸人が舞台がなかったので仕方なくこの大石を舞台に演じた」とか書いてある。それはいいけど、最後に「今は石の上に登ることは禁止されています。お弁当などの飲食もご遠慮願います」とあって、ぷぷぷ、、。

遠目からでも十分おっきぃ、、、

 

 もう、とにかく、暑くて暑くてヘロヘロだった。熱中症になりそうだったよ、、、。


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 2日目のスケジュールは終わり、法隆寺近くの宿へ。バスで40分ほどで、本日の宿「和空法隆寺」へ到着。

こちらは私たちが泊まった東方館。正面玄関は西方館

 

 このツアーは、この宿がウリの1つだったみたい。こちら、和空シリーズとして古刹の近くで展開している様子。関東では、成田山新勝寺近くにあるみたい。

 

 

 

 部屋は広くてとってもキレイ。部屋に着いて、10分くらいしたら、猛烈な大雨と雷の夕立。ひゃ~、ギリギリで間に合って良かった。

 で、夕食前にトークショーなるものが行われ、これは自由参加で、法隆寺にまつわる歴史のレクチャーがあった。ホテルのスタッフさんがパワポで作った資料を見せながらお話してくれた。

 特に、初耳!!的な情報はあまりなく、でもそれは、現段階で史実であるとされている説を基にした講和であるともいえ、良心的だと思った。その中では、乙巳の変の主役、“中大兄皇子と中臣鎌足は飛鳥寺の蹴鞠会で出会った”ってのが、へぇなエピソードだった。

 このトークショーも、このホテルのセールスポイントらしい

 

 で、夕食は、大広間でツアーの皆さんと一緒に。座席が指定されていた。

 

 


 なんと、この夕食のメインである、国産牛リブロースしゃぶしゃぶの画像を撮り忘れました。がーん、、、。一番、“映え”な画像だったのになぁ。お肉も美味しそうだったし、実際美味しかったし。なんとマヌケな、、、。ホテルの公式HPに画像があったので、お借りして貼っちゃいます。まさに、こんな感じでござんした。

 

 

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 お腹も一杯になったところでお風呂、、、は、こちらの大浴場は温泉ではなくサウナ併設の“浴堂”だそうなので、(サウナはあんまし好きじゃない)疲れ果てていたのもあり、私は部屋のシャワーで済ませて、とっとと寝ました。

 

につづく

 

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カサンドラ・クロス(1976年)

2022-10-16 | 【か】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv11531/


以下、WOWOWよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 テロリスト3人がジュネーブのIHO(国際保健機構)にある、米国の秘密生物研究セクションを爆破しようとするが失敗。

 危険な細菌に感染したテロリストのひとりが大陸横断列車に乗り、CIAのマッケンジーは列車に乗車していた著名な医師チェンバレンと連絡を取って、感染者を治療させる。

 だが、マッケンジーは細菌の秘密を葬るため、30年近く使用されていない“カサンドラ・クロス”と呼ばれる鉄橋に列車を誘導する策を取る。

=====ここまで。

 
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 なぜリストに入れたのか記憶にないDVDがTSUTAYAから送られて来ました。恐らく、コロナがらみで何かでオススメされていたのを見て、ポチッたものと推察されます。タイトルは有名ですが、今までほぼ興味の範疇外にあったので、、、。


◆感染症・閉じ込めパニック映画

 コロナも3年目が過ぎようとしているにもかかわらず、なかなか収束の兆しが見えない中で、各国は対策をどんどん緩和させており、我が国も同調している。アベもスガも後手後手で酷いもんだったが、岸田は、後手ですらなく、放置プレーで一貫している。何もしないもここまでくると、根性あるな、感心するわ。おまけに、遊んでて感染とか、総理大臣とは思えぬ所業にも唖然。相変わらずPCR検査体制は整っておらず、そのくせ岸田を始め与党の政治屋は症状が出ると即PCR検査を受けている。最早、棄民だろ、これ。

 ……という愚痴は、もう言い疲れたが、見たくなくてもネットを見ていると岸田の顔画像が目に入ってきてしまい、不快極まりない。アベスガよりマシかと思っていたが、勝るとも劣らぬ無能っぷりで、これが我が国のレベルを象徴しているのかと思うと絶望感しかない。これからを生きていかねばならない子供や若い人々が気の毒でさえある。どこまで落ちるのか、この国は。

 落ちるつながりで、この映画も、落ちるんですよ、ラストで。こっちは、文字通り「落下する」んだけど、列車が。

 これがハリウッドだったら、ギリギリのところで列車が落ちそうになって止まる、、、、ってパターンだと思うが、ヨーロッパは容赦しない。余部鉄橋にも劣らぬ高さと赴きある鉄橋は、列車が通った衝撃でもろくも崩れる。列車もおもちゃみたいにガラガラと落ちていく。車内の悲惨な状況は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 何でそんなことになっちゃうかといえば、車内にばら撒かれた細菌の情報を封じ込めるため。飽くまで感染拡大防止目的の“細菌の封じ込め”という名目でCIAは指令を出すが、実際は全員抹殺による“情報の封じ込め”なんである。まあ、これくらいは今のロシアならホントにやりそうである。

 でも、全車両が落ちないってのがミソ。主人公たちのいる車両は、ギリギリ手前でセーフ!! そこへ至るまで、あれやこれやと必死で動き回る人々を描く、パニックもの。まあ、パニックぶりだけでなく、乗客たちの人間ドラマも盛り込まれて単調にはなっておらず、見ていて飽きないのは良い。

 マッケンジーは無事に作戦が成功したと思い込んで、指令室を後にするが、どっこい、生存者が多くいる、、、というラストの波乱を予感させる終わり方も味があって良い。

 無残に落ちるのは前方の1等車両であるとか、車両の窓を外から覆ってしまいさながら貨物列車の様相でポーランドのカサンドラ・クロスへ向かうとか、乗客の一人がホロコーストの生還者とか、色々とメタファーが散りばめられてもいるが、あんましそういう要素は見ていてピンとは来なかった。


◆豪華キャストと感染症の行方

 ……というわけで、映画としては悪くないと思うが、ツッコミどころは満載。

 いっぱいあり過ぎるのでいちいち書くのはやめておくが、私が一番ツッコミたいのは、主人公の2人、医師チェンバレン(リチャード・ハリス)とその妻ジェニファー(ソフィア・ローレン)が、さんざん感染者と濃厚接触しまくっておきながら、感染しない、、、ってこと。もう、笑っちゃうくらいに2人は元気。感染対策も何もしていないで、いくら何でも不自然過ぎる。ほかの感染者は、ほんの少し接触しただけであっさり感染しているってのに。

 まあでも、1つの車両を感染者専用車両にしたり、透明シートで患者ごとに仕切りを作ったり、防護服を着た作業員たちがゾロゾロいたりする光景は、2020年2月のダイヤモンド・プリンセス号での状況を彷彿させるものであり、50年近く前にこの映像が撮られていたのかと思うといささか不気味ではあった。感染対策なんて、50年前から基本的には大して進歩していない、、、というより、それしかない、ってことなのかも知れない。

 とにかく、出演陣が豪華。

 上記お2人のほか、CIAのマッケンジー大佐はバート・ランカスター、IHOの医師にイングリッド・チューリン、列車の乗客には、エヴァ・ガードナー、マーティン・シーン、リー・ストラスバーグ、ちょこっとアリダ・ヴァリ、O・J・シンプソンも出ている。

 エヴァ・ガードナーが、最初分からなかった、、、。これは、割と晩年に近い出演作なのね。若いマーティン・シーンと恋人同士、、、というか、パトロンと若い燕、、、だったが、なかなか2人ともハマっていた。マーティン・シーン演ずる若き登山家の最期があんまりにも酷すぎて、ちょっと同情してしまった。

 で、感染症はどうなったかと言いますと、、、コロナと違って、わりかしアッサリ皆さん回復する。このあたりが、若干拍子抜けという感じもあるけれど、メインテーマは、“列車が橋から落ちるか落ちないか”なので、ま、良いんでしょう。

 列車を落としたって、生存者がいなくたって、事故処理に当たる人間が感染するかもしれないんだから、このCIAの作戦は杜撰極まりない、、、のだが、言うのは野暮ですね。

 

 

 

 

 

 

 

コロナもアッサリ収まって欲しい。

 

 

 

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LAMB/ラム(2021年)

2022-10-14 | 【ら】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv77135/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 アイスランドの山間で暮らす羊飼いの夫婦、イングヴァルとマリアは、ある日、羊の出産に立ち会った際に羊ではない“なにか”が生まれてくるのを目撃する。子どもを亡くした経験を持つ2人は、その“なにか”にアダという名前を付けて育てることに。

 アダとの生活は幸せそのものであったが、やがてアダは彼らを破滅へと導いていく。

=====ここまで。

 
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 1日の「映画の日」に見ました。その日は夕方に用があって、“そのためだけに出掛けるのもなぁ、、、1日だから映画でも見るか、、、、うーん、あんましそそられるのないなー、いっそのこと「ベルばら展」見に行くか、、、え、2,200円もすんの??どーすっかなぁ、、、やっぱ映画にするか。”という脳内作用の結果、本作を見ることに。

 何でこの映画か、、、というと、Twitterで公開前から結構ガンガンに宣伝が流れてきていて、それが勿体つけた感じので、なんか食傷気味だったんですよね。食傷気味なら見に行くか?と思われるでしょうが、私自身もそう思ったんですが、ましてやA24制作というとあの『ヘレディタリー~』とか『ミッドサマー』とかでしょ? ……想像つくやん、やめとけやめとけ! と、私の脳みそからも指令が出ていたんだけど、夕方の用のためだけに出掛けるのも(貧乏性ゆえ)もったいない気がしてしまったのですヨ。

 裏を返せば、それくらい、他に見たいものがなかったんですが。最近は映画の日でも1,200円も取られるのだけど、映画館はコロナもあって経営が厳しいだろうから、ささやかでもお手伝いしようと思った次第です。

 前置きが長くなりましたが、ようやく感想です。やめとけ! という私の脳みそ指令は正しかった。


~~以下、ネタバレバレです。本作は、予備知識ナシで見た方が良いと思います。~~


 結論から言うと、キライです、こういうの。

 じゃあ、面白くなかったか、、、というと、面白かったです。セリフは極端に少なく、アイスランドの灰色がかった美しい自然がふんだんに映像に盛り込まれ、全体に不穏さが漂う、、、私の好きな要素が揃っているのです。

 こういうスリラー映画ってのは、不条理な要素があってこそ面白いわけで、本作の不条理なんかは、もう究極の不条理なんですよ。本作のキャッチコピーは「禁断(タブー)が産まれる」。タブーって? はい、羊頭人間(名前はアダ)が産まれて来たのです。本作のポスターで主人公の女性が子羊を抱えていますが、隠れている身体は人間の赤ん坊のそれです。お尻が可愛かった。

 でも、申し訳ないけど、本作は“それだけ”だった、、、、ごーん。

 それだけ、ってどういうことかと言いますと、その要素がなければ、映画として何も残らない、ってことです。ワン・アイデア一点突破映画ですね。

 ネットでは聖書絡みでイロイロ解釈を考えている人もいたけど、残念ながら、それらはハズレだと思います。いや、アタリかも知れませんが、少なくとも、そういう深淵さをこの映画(脚本)からは全く感じられなかった、ということ。

 ツッコミ所というか、齟齬が多いのもそうだけど、色々あざといんだよね。

 例えば、羊頭人間が産まれて来た瞬間のシーン。まず、何が産まれて来たのか全く映さない。それはいいんだが、羊の出産を手伝っていたイングヴァルとマリアは、産まれて来た(はずの)羊を見て、一瞬動きが止まって、その後、ごく普通の羊が産まれたのと同じような感じで作業を続ける。明らかに、羊ではないヘンなものが産まれたと観客に分からせておいて、スクリーンの中のイングヴァルとマリアは平然としている、っていう対比を際立たせることで、異様さを演出する、、、とかさ。

 そりゃ、映画はエンタメだから、そういう“面白がらせ”は作る方にもあっていいけど、一歩間違えると、上記のような“クサい演出”になるよね。

 大体、あんなこの世ならぬものが産まれてきたら、ギョッとなるのが人の脳の働きってもんでしょ。それを平然と受けとめる夫婦という設定にすることで、映画としてのアブノーマルさをアピールしたかったのかもだけど、いささか安易と感じざるを得ない。あそこで、夫婦でギョッとしたって、別にスリラーにはなり得るのであって、問題は、あの夫婦がどうしてあの羊頭人間を受け入れて、我が子同様に愛情を注ぐことになったか、なのであって、そこを深掘りしてこそのスリラーじゃないのか?……ってこと。

 そりゃ、マッドサイエンティストみたいな設定ならアリですよ、あれも。でも、あの夫婦は、別にそんな風な描写ではなかった。強いて好意的に解釈すれば、あんな人里離れた所で、牧羊しているとはいえ、それでどうやって生計立てているのか(羊にまつわる経済的な描写は一切ない)もイマイチ不明な夫婦、、、それ自体がマッドなんだよ、ってことかも知らんが、、、そんなん、いくらなんでも無理があり過ぎでしょ。

 正直言って、私は本作を見ながら、結構笑ってしまっていた。笑ってはいけないのかも知れなかったけど、笑うしかないやろ、これ、、、みたいな画が多過ぎた。アダの身体が露わになったシーンとか、わざとサラッと描いているのだろうが、いきなり赤ちゃんのお尻どアップってのもねぇ。

 トドメは終盤。アダの父親が登場する。それが、、、もう、出て来た瞬間、ぷっっ!!!って小さく吹いちゃいまして。マスクしてたんで周囲に気付かれなくて良かった。もうね、、、ギャグかよ、と思いました。何アレ、、、。

 いやでも、本作は面白いですよ。真面目に言っています。決して茶化しているのではありません。ただ、これをスリラー映画とか言って、あんな勿体つけてカルト系・アート系みたいに宣伝しているのが何かね、、、詐欺的な感じがするのです。

 アダが可愛い、と書いている人も結構いたのだけど、どこが、、、?? そもそも羊って、可愛いですかね? 私は全然可愛いと思えないのだけれど。あの顔、よく見たら、可愛くないどころか、むしろ不気味。子羊は小ささで可愛いと錯覚するけど、顔は、、、可愛くないです。いえ、私の目には、そう映るってことですが。

 

 

 

 

 

 

 

 


A24とは相性が悪い。

 

 

 

 

 

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厩戸沼にハマって奈良へ~「日出処の天子」の舞台を巡る旅~ ③

2022-10-10 | 旅行記(国内)


につづき


《2日目の予定》 橘寺 → 飛鳥寺 → 昼食 → 興福寺 → 石舞台古墳 → 宿 


 2日目の出発は10時とゆっくり目なので、その前にちょっとお散歩に行くことに。というのも、宿の場所が平城宮跡歴史公園の近くだったので、復原された朱雀門でも見に行こうと思った次第。

 宿の人は歩いて15分くらいと言っていたけど、前日、宿へ来るまでにバスで前を通っていて、そのときの実感で、徒歩15分では無理だろうと思ったので一応、地図アプリで検索してみた。すると、少なくとも最短で徒歩20分、慣れない身では30分はかかるだろうと思われ、この日も猛暑の予想で、いくら朝早いとはいえ、朝っぱらから大汗かくのもイヤだなぁ、、、と思ったけど、せっかく来たのだし、日頃運動不足だし、たまにはいっぱい歩いた方がいいか、とかイロイロ自分で理由を考えて、朝6時半頃に宿を出て、いざ朱雀門へ。

 そうして実際歩いてみたら、ちょっと遠回りしてしまったのもあるけど、35分くらいかかってしまった、、、。それでも途中まではそれほど暑さも感じず気持ちよく歩いていたのだけど、25分くらいを過ぎた辺りから日差しは強くなってきて汗が噴き出してくる、、、。

 で、ようやく着いたのでした。

復原遣唐使船

 これは、朱雀大路脇にある観光施設の広場にある復原された遣唐使船。9時30分~18時の間は、自由に中を見学できるらしい。復原と言っても、大きさなどは推定だそうだが。


朱雀門(大宮通りの日陰から撮影)

 歩いて来た大宮通りから朱雀門へ辿り着くには、朱雀大路を歩いて行かなきゃいけないのだけど、これが表示で260メートルもあり(単純に計算して3分以上かかる)、ここまでで既にヘロヘロになっていたのでとても間近まで行く気力は残っておらず、遠目で眺めるのみ。


 この地図を見ると、さもいろんな施設が立ち並んでいる充実した復元施設と思われるのだが、残念ながら広大な敷地に復原施設と資料館が点在し、イマイチ見て楽しめる施設とは言い難い。大体、朱雀門から大極門(この地図でいうと茶色い「中央区朝堂院」ピンクの「第一次大極殿(復原工事中)」の境界にある門。2022年3月に完成したそう)まで歩いて12分かかるんだからね。宿でもらった公園のパンフを見ると、おすすめ見学ルートが載っているんだが、この何もない復原された建物が点在しているだけの公園で、所要時間の目安が「1時間~2時間」って、どんだけ物好きな人たち向けのルートなのよ、、、。

 とにかくだたっぴろいだけで「公園」と名はついているけど、まあ、まだ整備途中みたいだし、これから充実されていくんですかねぇ。昼間はガイドさんもいるみたいだけど、よく分からん。

 ……と、徒労感に襲われつつも、宿に戻らなければならない。ので、また来た道を歩く。来る時よりは早かったけど、延々20分。やっぱり大汗かきました。あー、疲れた。

 部屋に戻ったのが7時40分。1時間以上も歩いていたのか~。汗を流しに温泉に入りに行きたかったけど、10時までに、朝食も食べて、身づくろいして、荷物もまとめなきゃいけないので、諦めて部屋のシャワーで汗を流し、朝食へ。

 あんましきれいな画像じゃなくてすみません。……まあ、普通のバイキングでした。卵の横の葉っぱは、奈良ならではの柿の葉寿司。朝から歩いたしお腹が空いていたのでペロリ。

 どうにか集合時間に間に合って、10時出発。

 

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 まずは、聖徳太子が生まれた場所とされる橘寺。

 
中腹に見えるのが橘寺

 良い天気なのはありがたいが、日差しを遮るものもなく、炎天下、てくてく歩くのはなかなかの苦行。

 まずは、本堂に上がって、講和を聴く。暑くてイマイチ内容を覚えていないが、お寺の由緒とご本尊についての説明だった、、、と思う。メモを見直しても、記憶が喚起できない、、、

 覚えているのは、この場所にあった欽明天皇(太子のおじいさん)の別宮で聖徳太子は生まれ、生まれた後に不思議な出来事が起きて、寺が建立されたと。聖徳太子建立七寺に数えられている。

 この橘寺には春秋だけ公開される日羅(百済の高僧)と伝えられる像もあるとのこと。日羅は厩戸に「死んでもらいましょう」と言われていたお方ですね。

 
黒駒(聖徳太子の愛馬、マンガでも出てきましたね、、、)と本堂

 

 

鐘楼・五重塔跡

 

二面石(飛鳥時代の石造物だそう)

 

本堂から境内を一望

 

 

寺から来た道を眺める

 

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 お次は飛鳥寺へ。

 ここも修学旅行で来たのはよく覚えている。

 

 こちらでも、まず講和を聴く。ここではメモもとっていないので、ほとんど内容は覚えていない。ただ、歴史の授業で、大仏のお顔が“アルカイックスマイル”と習ったけれど、アルカイックスマイルとはちょっと違う、、、みたいなことを話されていた気がする。へぇー、、、と思ったのが記憶にあるくらい。

有名な飛鳥大仏

 日本最古の大仏は、マンガでも出てくる“とり”こと鞍作鳥の作。けれど、火災で大部分を焼失しているとかで、お顔も当時の部分がどれくらい残っているのかがハッキリしていないそうだから、そういうこともあってアルカイックスマイル云々というのはちょっと、、、ということなのかな。

 

  

 回廊部分に建立当時の伽藍復元図があったけれど、当時は壮大なお寺だったのだろう。境内を出て、西側には、蘇我入鹿の首塚がある。

蘇我入鹿の首塚

 乙巳の変で暗殺された入鹿の首が、ここまで飛んで来たと。けれど、乙巳の変の現場となった飛鳥板蓋宮は、ここから600メートルも離れているというから、将門の首が飛んできたってのと同類のオハナシですかね。将門の首はもっと長距離飛んでますが、、、。まあ、こういう伝説がイロイロあるのも歴史の面白いところです。

 一通り見学し終わったら、既にお昼を回っている。お腹もすいたし、昼食へ!

につづく

 

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少年の君(2019年)

2022-10-08 | 【し】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv73154/


以下、公式HPよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン。全国統一大学入試(=高考)を控え殺伐とする校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜め卒業までの日々をやり過ごしていた。

 そんな中、同級生の女子生徒がクラスメイトのいじめを苦に、校舎から飛び降り自らの命を絶ってしまう。少女の死体に無遠慮に向けられる生徒たちのスマホのレンズ、その異様な光景に耐えきれなくなったチェン・ニェンは、遺体にそっと自分の上着をかけてやる。しかし、そのことをきっかけに激しいいじめの矛先はチェン・ニェンへと向かうことに。

 彼女の学費のためと犯罪スレスレの商売に手を出している母親以外に身寄りはなく、頼る者もないチェン・ニェン。同級生たちの悪意が日増しに激しくなる中、下校途中の彼女は集団暴行を受けている少年を目撃し、とっさの判断で彼シャオベイを窮地から救う。

 辛く孤独な日々を送る優等生の少女と、ストリートに生きるしかなかった不良少年。二人の孤独な魂は、いつしか互いに引き合ってゆくのだが・・・。

=====ここまで。

 
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 昨年の劇場公開時に見そびれ、ようやっとDVDで見ました。


◆いじめと受験戦争

 オープニングでいじめ云々のテロップが出るのだが、確かに、本作は“いじめ”が背景にある。いじめは、洋の東西を問わず、大人も子供も、人間の集う所にはついてまわる現象と言って良いのでは。これは、人間の、というか生き物の持つ気質みたいなもんじゃないかと常日頃思っている。あのさかなクンが言っていたけど、“お魚ちゃん”たちの間でも、群れで1匹の魚を小突き回したり仲間はずれにしたりという、いじめ現象が見られるのだとか。

 日本でも、もちろん“いじめ”は多発しており、被害者の自殺に発展する場合も少なくない。本作も序盤で被害者の女子生徒が投身自殺を図る。しかも現場である学校で。

 その学校が、国内有数の進学校という設定で、どうやら苛烈な受験戦争がいじめを誘発していると言いたげである。

 しかし、それは間違っている。前述のとおり、いじめはどこにでもあるのだ。受験戦争や進学校は、関係ない。日本では、進学校で、しかも高校でのいじめってのは、むしろ少数派ではなかろうか。最近の高校は知らんけど、、、。私が高校生だった頃も、同様に社会ではいじめが問題になっていたが、進学校に来るような子たちは、“いじめる時間があるならお勉強”という感じが多いし、自分のことで手一杯だったんじゃないか。陰で悪口、とか、ケンカ、くらいならあったろう。もし深刻ないじめがあったとすれば、本作のように、劣等感を持った子が拗らせていじめ行為に走る、、、というパターンか。

 なので、本作で主人公のニェンちゃんをいじめる美少女は、浪人生でイマイチ出来がよろしくない、というのはリアリティがあると言える。

 もう一つ、本作の背景にあるのは、まさにその“受験戦争”である。なかなかの壮絶っぷりは、さすが中国、科挙の国。今の日本のセンター試験よりもかなり厳しそうに見えた。しかも一発勝負の様である。

 この一発勝負ってのが、日本でも物議を醸し、少年少女たちの心身に悪影響を与えているという根拠不明な理屈で弊害だけがフォーカスされ、入試制度は猫の目改革の憂き目に遭っている。が、正直なところ、受験戦争経験者としては、そんな悪影響は、実社会に出てからの悪影響の比ではない、、、と思う。

 一発勝負は、確かに容赦ないが、公正性・透明性でいえば他の方法より利があるだろう。今の大学入試は、受験生の経験値がモノを言う制度になりつつあるように感じる。けれど、経験値を積めるのは、結局のところ、家庭環境がモノを言うのであり、生まれ落ちた家庭で人生の既定路線が敷かれてしまうという、かなり問題の多い制度だと思う。

 一発勝負でも家庭環境格差は解消しきれないが、少なくとも経験値とかいう、本人の努力ではいかんともしがたい部分で逆転の機会を奪われることは避けられる。本作のニェンちゃんのように死に物狂いで勉強すれば、それこそ“一発逆転”のチャンスが誰にでもあるというのは、社会にとって罪より功の方が大きいのではないか。階層固定化を一定程度緩和できるし、希望が持てれば活気のある社会にもなる。今の日本のように、諦めムードが覆いつくしている社会もちょっとは変わるんじゃないかしらん。

 中流より上の人々は、自分たちが良ければ下々のことはどーでもええ、と思っているかも知らんが、下々の層が厚くなれば、中流も上流もどんどん下に取り込まれて相対的に地盤沈下していくのは避けられない。まあ、もう今の日本はそうなっているけれども。だったら、海外脱出するからええんだ、とか思っているかも知らんが、外国はそんなにお人好しではないと思うよ。

 で、映画の話だ。

 とにかく、ニェンちゃんは、投身自殺事件の際にとった行動が原因で、自身がいじめのターゲットとなる。けれど、とにかく現状から脱出すべく、イカサマ通販で日銭を稼ぐ母親を反面教師に、必死で勉強するのだ。その必死さが画面を通して伝わって来て、胸が痛くなる。

 そんなニェンちゃんが、チンピラたちのケンカ現場に通りがかったのが縁で、チンピラの一人シャオベイと知り合う。学校でも家でも居場所のないニェンちゃんにとって、あばら家で一人暮らしのシャオベイとの空間は、心落ち着く場所になる。


◆“優等生とチンピラ”

 ……というわけで、優等生少女とチンピラ少年の組み合わせ物語は、割と定番。

 本作は、東野圭吾の小説のパクリ説もあったらしいけど、私はそれを読んでいないので何とも言いようがない。ないけど、この手の話は、別に目新しくもなんともなく、日本の少女マンガにもあったし、恐らく、世界中の小説や映画やドラマで掃いて捨てるほどにはあると思うよ?

 なので、私は割と冷めて見ていたのだが、本作が見終わって鮮烈な印象を残すのは、終盤からオチにかけての展開があるからだろう。ここでは敢えて書かないけど、決してハッピーエンディングにはなり得ない終盤への展開が、見ている者をハラハラさせる。

 シャオベイとニェンちゃん2人の痛々しい思い遣りが、ホントに痛い。私がニェンちゃんだったら、そもそもあの状況で試験に受かると思えない、、、ごーん。あそこで合格できちゃうニェンちゃんの学力と鋼の精神力に唖然とさせられた。

 ネットの感想を拾い読みしたら、あの終盤は蛇足ではないかと書いている人もいたけれども、ニェンちゃんが合格して、良かったね、、、じゃ、つまらん映画だったと思うなぁ。つまらんは言い過ぎか。ありきたりな映画になっていたと思う。

 本作は中国(香港)映画なんだが、中国映画には良い映画が多い、、、というか、良い映画が日本に入ってきているということなんだろうが、検閲をかいくぐっての制作であることを考えると、相当のエネルギー量である。台湾映画も良作が多いイメージがあるし。邦画も頑張って欲しいなぁ。

 ニェンちゃんを演じたチョウ・ドンユィ(周冬雨)は、撮影時27歳だったとか。普通に高校生に見えるのが凄い。透明感があって、屈折した感じを上手く表現していて良かった。途中で、髪の毛を刈って、シャオベイと2人で同じ頭になるシーンが印象的。……誰かに似ているなぁ、、、と思ってずーっと見ていて、誰だか分からなかったのだが、見終わって、あーコンマリだ!!とスッとした。コンマリって、あのときめく片付けの、、、。

 シャオベイを演じたイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)くんはアイドル?らしいが、演技は確かだった。ちょっと高橋大輔に似ている??と思って見ていたのだが、、、どーでしょう?

 余談ながら現実的なことを言っちゃうと、優等生少女とチンピラ少年の物語は、飽くまでも青春の一幕ですね。大人になると、違いがあり過ぎてムリだと思うわ~。男と女が逆でも、、、やっぱムリかな。チンピラがチンピラのままだったら、、、という前提だけど。チンピラを脱出した物語が、『マーティン・エデン』(2019)かな。でも、やっぱしダメだったもんね。ブロディ主演の『ラブ・ザ・ハード・ウェイ~疑惑の男~』(2001)という超マイナー映画も優等生女性とチンピラ男の話だったけど、こちらは大人同士でラストはハッキリ描かれていないが、あんまし上手く行きそうな感じはしなかった。

 本作はラストで、2人のその後、、、と思しきシーンが出てくるんだが、はて、どうなっているでしょう。見てのお楽しみ、ということで。


 

 

 

 


 

 


いじめの首謀者は、美少女で超絶イヤな女。

 

 

 

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