映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~ベルリン(ドイツ)~その②

2017-08-31 | 旅行記(海外)
**壁がなくなった今も天使が見守る街** vol.2
 




その①につづき

 今日は、終日ベルリン街歩きなのだ。前日までの雨予報がウソの様に、快晴!! そう、私は“晴れ女”なのです。

 アテンドをしてくださるB子さんは、ホテルまでお迎えに来てくれるとのこと。9時50分にホテルロビーで待ち合わせなので、少し早めに降りていくと、すでにB子さんはいらしておりました。B子さんについてはおいおい書いていくとして、、、。

 事前にお知らせいただいていた本日のコースは、、、

 ベルリン大聖堂 → ハウス・シュヴァルツェンベルク → イーストサイドギャラリー → トルコマーケット → チェックポイントチャーリー → ユダヤ人犠牲者記念館 → ブランデンブルク門 → 国会議事堂(ガラスドーム見学)

 と、盛りだくさん!! 「かなり歩きますので、、、」とB子さんにはさんざん念を押されており、気合いを入れて、いざホテルを出発。

 まずは、1日乗り放題乗車券を購入し、Sバーンでアレクサンダー広場駅(Berlin Alexanderplatz Bahnhof)へ。

 電車を降り、さぁ、歩くぞ~!と意気込んでいると、B子さんは冷静です。「お水、買っておきましょうか?」 ……確かに。日本みたいにあちこちに自販機はないのだよね。

 ……というわけで、駅の真ん前にある Galeria Kaufhof Berlin Alexanderplatz というデパートへ。


右手が旧東ベルリン時代からのデパート。奥にそびえ立つのはもちろんテレビ塔


 この1階に、日本でいうデパ地下の様なものがあり、飲料がズラ~ッとならんでおりました。水の種類も豊富すぎて迷ったけれど、オレンジ風味とやらをゲット。ちなみに、ドイツでは、ペットボトルを売り場に返却すると、いくらかお金が戻ってくるのだって。

 さて、気を取り直してベルリン大聖堂(Berliner Dom)へ。テレビ塔を背に橋を渡ってスタスタ。B子さん、歩くの速い!! てくてく、なんぞではなく、スタスタ、いえ、ずんずん、って感じだった。B子さんがここまで早足な理由は後ほど分かりました。でも、普段も速歩だそうな。

 大聖堂、、、というだけあって、本当に大きい。中には入らなかったのだけど、外からでも十分その重厚かつ壮麗な建物は堪能できます。


結構、観光客が多かった


隣のシュプレー川からの大聖堂

 この大聖堂は、戦争で破壊されたけど元通りに再建されたんだとか。B子さん曰く、ベルリン市民(というかドイツ人)は、戦争で破壊された建造物や街並みを、とにかく元通りに戻すことに異常に執念を燃やしたらしい。とは言っても、そこは敗戦国、建前上、何でもかんでも元通りに出来ないもどかしさはあったらしく、逆に敢えて破壊されたまま遺してあるものも結構あるんだとか。


大聖堂横の旧博物館(Altes Museum)。有名な建物らしいけど、もちろん外から見るだけ



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 さて、サクサク次へ進みます。お次はハウス・シュヴァルツェンベルク(Haus Schwarzenberg)。ここは、いわゆる“サブカル発信地的な場所”らしい。とにかく、壁画が凄くて、、、。ここに絵を描くのは若手アーティストの登竜門というか、目指すべき場所らしい。観光客も結構多くて。個性的な絵の数々に圧倒されたわ、、、。


もはや、個性的を超えている、、、


隙間という隙間に絵が、、、


 ここに限らずだけど、ベルリンは壁画が多かった。普通のビルやアパートの壁面にモダンアートな落書きみたいな絵が描かれていて、それがまた風景にマッチしている。見とれて写真撮り忘れたのがイタイ、、、。というか、B子さんはイロイロ気を遣ってくださったんだけど、何気ない風景やら街並みやらのショットを撮りたいと思っても、歩みが速いので見ているうちに通り過ぎてしまうということの連続で、ああ、撮っておけば良かった、と思うものが多々あります。

 壁画に圧倒されつつ、少し歩いたところに、今度は、ハッケシャー・ホーフ(Hackescher Höfe)へ。レストランや劇場、ショップなどが建ち並ぶ可愛い中庭の様な場所でした。


可愛いタイル張り(?)の壁に囲まれた中庭風


 このハッケシャー・ホーフは、ベルリンのミッテ(Mitte)という地区にあるのだけど、ミッテは、東京で言うと原宿~表参道辺りらしい。ハウス・シュヴァルツェンベルクは原宿、ハッケシャー・ホーフは表参道?みたいな。……と、B子さんの解説あり。

 で、ここにある、アンペルマンショップにB子さんが「お土産でもいかが?」と案内してくださいました。「10分ほどどーぞ」と言われ、内心、“え゛~、そこまで分刻みなの??”と思いつつ、小さいお店なので、まあ10分でも結構隅々見ることが出来ました。

 アンペルマンのキーホルダーとか、付箋とか、ショッピングバッグとか、、、ちまちましたものをもろもろゲット。でも、このアンペルマンショップは、渋谷にもあるらしい(どこか知らないけど)。おまけに、ネットでも日本公式HPから買い物できる。……まあでも、これは旅の記念だからネ。

 あ、アンペルマンについては、ご存じの方も多いと思いますが、一応。旧東ドイツ時代の「歩行者用信号機」。旧東ドイツのものは何かと壊されがちだけれど、このアンペルマンだけは、統合後のドイツで支持者が多いのだって。だから、ベルリン中の信号を、今、このアンペルマンに変更中なんだとか。詳しくは、こちらへどうぞ。

 

確かに可愛いのよ、この信号。これは、ホテル近くで撮ったもの



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 さて、買い物を終えて、またSバーンに乗り、イーストサイドギャラリーへ。そう、あの“ベルリンの壁”の残る場所です。



 
 これらの絵画が描かれている方が、旧東ドイツ側なんだとか。壁が壊れた後に、アートとして描かれたのだそうです。

 今回初めて知ったのだけれど、ベルリンの壁は、三重構造になっていて、つまり、壁が3枚あったってことです。壁と壁との間も結構広く、1枚超えたからと言って、すぐに自由の街へと脱出できたわけではなかったのね。

 『ベルリン・天使の詩』で、カラーに反転したシーン(天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)が人間になった場面)でも壁が出て来ました。ダミエルが空から降ってきた鎧で頭を怪我し、額から流れる赤い血に感動しながら歩くバックにも壁画がありました。


人間になった天使ダミエルが歩く背景にはサイケな壁画が、、、


 端から端まで、全長1.3キロだとか。歩いたわよ、端から端まで。……つっても、大した距離ではなかったけど。あの、有名な“ブレジネフとホーネッガーのキス”の壁画ももちろんありましたヨ。でも、有名すぎる絵の写真は他でも見られますので、ここではパス。
 
 
イーストサイドギャラリーそばのオーバーバオム橋から市中心部を眺める


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 結構歩いたので、B子さん、気を遣って、オススメのアイスクリーム屋さんに連れて行ってくださいます。ここで、B子さんが美味しいと教えてくれた、ウォーターメロン&バナナを注文!


白いのがバナナ、ピンクがウォータメロン


 これがまあ、ホントに美味しいのなんの。甘いのにサッパリしていて、なんというか、渇いた喉に沁みるのです。普通、アイスを食べると、水分とりたくなるものですが、コレは違うのね。決して、氷ではない、本当のクリームなのに、でも喉を潤してくれるのです。食べ終わった後も、水飲みたいって思わない。水分補給したみたいな感じ。すごくフシギ。


これがアイスクリーム屋さん


 さあ、一息ついたので、次はトルコマーケットへ!!

 このトルコマーケットは、ホントに楽しかったんだけれど、写真をなかなか撮れず、、、。でも、良いサイトを見つけたので、興味のある方はこちらをご覧ください。ベルリン在住のトルコ系の方々が、火曜日と金曜日に開いている市です。

 私たちが訪れたのがたまたま火曜日だったので、B子さんがこちらをメニューに加えてくださったのでした。でも、それが却ってB子さんを焦らせることに、、、。どうしてB子さんは最初から、あそこまで時間を気にされていたのか、、、、? それがこの後、分かったのです

 
 

その③につづく

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愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~ベルリン(ドイツ)~その①

2017-08-21 | 旅行記(海外)

**壁がなくなった今も天使が見守る街** vol.1
 




愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~コペンハーゲン(デンマーク)~その③につづき

 コペンハーゲン中央駅発11:12のEC34に乗車。ハンブルク乗り換えで、ベルリンへ向かいます。


コペン~ベルリンのルート。赤い部分がフェリー区間
(画像はICE公式HPから拝借しました)


 旅に出る直前に初めて知った情報。それは、この路線は“渡り鳥ルート(コース)”と呼ばれていて、デンマークとドイツを隔てる海をフェリーで渡るらしい。それも、電車の車両ごとフェリーに乗り込むらしい、、、。マジで??

 フェリーに乗るのも楽しみだったんだけど、心配事は、ハンブルクでの乗り換え。14分しか乗り換え時間がない! しかも、この渡り鳥ルートは、フツーに遅延するらしいと知って、え゛~~っ。まあでも、ハンブルクからのベルリン行ICEは1時間に3本くらい運行しているらしいので、乗り遅れたら次の電車に乗るしかないなぁ、でも、せっかく座席指定だから乗り遅れたくないなぁ、、、などと気を揉んでおりました。

 電車の座席は前に広いスペースのある2人掛け。対面4人席ではなくて、ちょっとホッとする。だって、前にスーツケースを置いて、思いっきり脚を(スーツケースに乗っけて)伸ばせるもの!

 コペンのホテルの朝食ビュッフェに並んでいたハードのゆで卵と、コペン中央駅で買ったでっかいクロワッサンを食べながら、フェリーに乗るのを待ちつつ車窓を眺めておりました。2時間ほど経っていたでしょうか、とある駅ロービュ(Rødby)で止まると、多くのお客さんが降りたんですが、なかなか発車する気配がなく、ドアも開いたまま。皆さん、駅でプラプラされているではないですか。

 もしや、ここからフェリー? と思い、私も駅に降りてみたのですが、何だかイマイチよく分からない。でも確かに、進む先には海が見える。そのうち、皆さん、また電車に乗り込み始める。で、私も乗る。

 すると、電車が動き出して、ハレ、、、? と思ったら、いきなりすぐ隣にでっかいトラックが急接近してくるではないですか!! あ~~っ、ぶつかる!! と思いきや、それがフェリーに乗り込んだ瞬間だったのでした。そう、電車が駐車場に停まったのでした!


迫り来るトラック! フェリーに電車が乗り込んだ瞬間



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 フェリーに乗ると、電車の乗客は全員手荷物以外を置いたまま車外に出され、電車はロックされます。乗客はゾロゾロと船室の方へ、、、。

 船内は、食堂、カフェ、ゲーム(カジノ?)とまあ、一通りが揃っており退屈はしません。とりあえずデッキへ出てみると、、、。さっきまでいたはずのデンマークがあんなに遠くに、、、。


デッキから。遠くに見えるのがデンマークの陸地。この後大雨に見舞われる



カモメが時折飛んでくる


 実質45分くらいの船旅だったでしょうか。あっという間に電車に戻れというアナウンスが流れて、またゾロゾロと乗客は電車へ戻ります。

 そして、海を渡ってきたとは思えないほど、極々フツーにまた電車は走り出しました(まあ、アタリマエなんですが、何だかとってもヘンな感じでした)。


何事もなかったかのように陸地を走り出す電車、、、


 この渡り鳥ルートは、あと数年で廃止になる(?)とか。トンネル掘っているんだって。

 ……で、心配していたとおり、ハンブルクに電車は遅れて着いたんですが、遅れたと言っても10分程度でした。でも、乗り換えホームを探すには4分では厳しいかも!? と気持ちは焦り、かなり慌ててホームのエスカレーターに乗ってコンコースに上がったら、すぐそこに発車案内画面があって、乗り換える電車は、何と同じホームの向かい側でした。なーんだ。エスカレータ乗らんでも良かったやん、、、。

 しかも、乗り換えるべき電車も遅れてきました、約10分。……そんなわけで、コペン出発時の心配事は杞憂に終わり、無事、ベルリン中央駅に着きましたよ。コペンを出発してから、なんと7時間。18:30を回っていました。

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 それにしても、ベルリン中央駅、デカすぎ。Sバーンに乗りたいけど、はて、一体どこへ行けば良いのやら。とりあえず、「S」の掲示を辿ってエスカレーターを乗ったり降りたりし、途中、でっかいグロサリーがあったので、夕飯を買い込み(ホテルで食べるため)、両替カウンターにいた親切そうなお兄さんに乗り場を聞いて、券売機はよく分かんなくて使えなかったから、切符売り場でどうにか切符を買って、ようやっと、目指す電車に乗れましたとさ。


ベルリン中央駅地下ホーム。地上3階まである


 ホテルは、ベルリンのオシャレ通りと言われるクーダムにあり、ツォー駅からてくてく15分ほど歩きます。クーダムは、東京で言えば銀座みたいなところだとか。着いたのが夕方だったからか、ショーウィンドウは確かにオサレだったけど、まるで営業している感がなく、???な感じでした。

 明日は一日中ベルリンの街歩き。現地オプションに特化したサイトで、現地在住の日本人女性B子さんにアテンドをお願いしているので、大船に乗ったつもりで安心してベッドに潜り込みました。。 

 どうしてアテンドをお願いしたか、というと、、、。

 正直なところ、コペン~ワルシャワの移動は、当初飛行機にしようと考えていたのですが、まあ、電車の旅が好きだし、電車で行ってみてもイイかな、と思っただけで、コペン~ワルシャワまで1日で移動しても良かったのだけれど、せっかくだからドイツのどこかで寄り道しよっかな、、、という程度の考えだったのです。

 とはいえ、ドイツは何度か行っているし、どうしてもこの街に行きたい、という所もなかったし、たまたまベルリンになった、という感じ。あまり思い入れがないベルリン、、、。事前にイロイロ調べて計画を立てるエネルギーが湧かず、ここは街を熟知している人に見所を案内してもらう方が良いかも、と考えたのです。

 それに、ベルリンと言えば、何を隠そう、私にとってはある意味トラウマ映画の『ベルリン・天使の詩』の舞台じゃないの! まあ、映画の場所にまんま行きたいわけじゃないけど、そっか、ベルリンか、イイかも!! などと気を取り直す。事前のやりとりでB子さんもとっても良さそうな方だし!!

 たまたま行くことにしたベルリン。でも、この“たまたま”がアタリだったのです~~


その②につづく
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ピュア 純潔(2009年)

2017-08-19 | 【ひ】




以下、WOWOWのサイトよりストーリーのコピペです。

=====ここから。

 スウェーデンのヨーテボリ。20歳のカタリナは母親ブリジッタが飲んだくれであるなど家庭環境に問題が多く、けんかっ早かったり売春をしたりと、恵まれない少女時代を過ごした。

 現在はマチアスという恋人がいてやや落ち着いたが、モーツァルトの音楽を好きになったカタリナはコンサートホールで受付係として働きだし、人生を再出発させようと目指す。そこで出会った知的な指揮者アダムに魅了されたカタリナは、彼と肉体関係を結ぶ。
 
=====ここまで。

 アリシア・ビキャンデルの長編デビュー作とのこと。根性あるわ~、アリシア。

   
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 『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』で、カロリーヌ・マチルデを演じていたアリシア・ビキャンデルの作品を見てみたくなり、日本では劇場公開されなかった本作を見てみました。
 

◆ヤサグレのカタリナ・キラキラのカタリナ

 カタリナは作中20歳ということなんだけど、20歳にして、“ヨーテボリの半数の男と寝た”とかいう設定の少女です。その理由は、機能不全家族により、経済的な事情から売春に手を染めた、ってことになっています。

 オープニング、カタリナを演じるアリシアのアップに、カタリナのモノローグ。正確にはモノローグを再現できないけど、要は、「モーツァルトに出会って私は変わった。もうこんな生き方やめてやる!」みたいな感じ。その時のカタリナの顔は暗いけれど、どこかこう、、、モノローグの内容通り、決然とした感じを受けます。

 ……とはいえ、決意したからって現実はそんなに簡単に変わらない。周囲を見回しても、360度、うんざりするような現実に覆い尽くされており、カタリナはイライラしてヤサグレている。まあ、とにかくこのカタリナちゃん、もの凄い喧嘩っ早い。すぐ手じゃなくて、足が出る。蹴り入れちゃうのね。……気持ちは分かる。私も、1日1度は心の中で誰かに蹴りを入れている。しかし、現実には、生まれてこの方ウン十年、誰かに蹴りを入れたことは、当然ナイ。カタリナちゃん、この辺りの精神的訓練は大変そうだ、、、。

 と思って見ていたら、案外そうでもなかった。指揮者のアダムと恋に落ちたら、あっさり喧嘩っ早い性分は鳴りを潜めてしまった。

 なんでそんな彼女が、ハイソなアダムと恋仲になったのか。

 彼女は、たまたま戸口が開いていたコンサートホールに入り込み、リハーサル中のオケと指揮者のアダムを客席から覗いてしまう。そんなカタリナを、ホールの職員の女性は、面接に来た少女だと思い込み、カタリナは面接を受けることに。ここで彼女は、瞬時に決断するのだ。

 「母親はピアニストでした。でも、若い頃に病気で亡くなったんです」

 この真っ赤な嘘が職員女性の目には真実に写ったのか、カタリナは仮採用される。ここから、カタリナは、ヤサグレから一変、キラキラし始める。この変わり様、、、。希望って、人をこんなにも変えるものなのか、、、と、見ている者は驚かされる。

 キラキラな若い女性が受付に座っていたら、目に留める男がいないわけがない。……というわけで、目に留めたのは指揮者のアダムだった、、、。

 が、このアダム、私の大嫌いな、頭の良いコズルイ男だったのだ。まあ、簡単に若い娘に手を出す様な男にロクなのはいないのはお約束ですが、、、。それにしても、って感じな典型的、今で言うところの“ゲス”野郎だったのよ。


◆ヤな男、、、その名はアダム

 頭の良いコズルイ男、ってのは、自分が意のままに組み伏せそうなオンナを一瞬で見抜くのよね。アダムの様に、不倫したいだけの男の場合、不倫だけできるオンナを。お飾りなオンナを妻にしたいだけの男の場合、お飾りにされることをトロフィーワイフとかって喜べるオンナを。、、、という具合に、目的別にきちんと見分ける。

 で、アダムはカタリナを誘惑し、あっという間に男女の関係になるんだけど、最初に結ばれるときのカタリナちゃん、まさしく獰猛な肉食獣、って感じで圧倒される。すげぇ、、、。

 まあ、カタリナにとってみれば、アダムは、何というか、自分の世界を激変させてくれる人であり、自分の知らないことを何でも知っている師であり、オーケストラを華麗に統率する神なわけよ。こういうところが、やっぱし20歳の小娘だよなぁ、、、。

 アダムのやり口が極めてイヤらしい。アダムは、カタリナの身の上話をウソと見抜いているのよ、最初から。その上で、カタリナが絶対に読んだことのないはずのキルケゴールの詩集をこれ見よがしに貸したり、カラヤンの音楽を彼女の感性を試す様に聴かせたり。いちいち感動するカタリナに、「だろ? いいだろ? 知らなかっただろ? こういうのくらいちゃんと身につけろや」なアダムの調教師的な眼差しと態度が、まぁ、オバハンの私から見ると、ムカツクことこの上ない。張り倒してやりたくなるわぁ。20歳の小娘に何をぶってるんだよ、オッサン。

 だいたい、カラヤン崇拝しているなんてアタリマエすぎるし、そんなの聴かせるなんてセンス悪すぎ。……ま、これは私の好みの問題なんだけど。

 妻が長期留守中に、カタリナを自宅に引っ張り込んで、やりたい放題のアダム。若いカタリナが本気になるのもムリはない。でも、頭の良いコズルイ男は、当初の目的通り、きっちりカタリナをぶった切る。あらゆる手を尽くして、自分に火の粉が掛からない様にする。

 結果、カタリナは、本採用される予定だった仕事を失う。同棲中のマティアスにも家から追い出され、彼女はホームレスに、、、。嗚呼、カタリナ!!

 ……と思って心配していたら、カタリナ、タダ者じゃなかった!!


◆泣き寝入りなんかしてられっか!!

 カタリナは、もう一度、面接してくれた女性職員に会いに行き「もう一度雇ってください」と懇願するんだけど、女性は「私は戻ってきてもらいたいのよ。でもアダムがダメって言うから、それには逆らえない」と答える。

 で、カタリナは、意を決して、アダムに直談判に。コンサート本番中に、アダムの控え室に入り込み、アダムが戻ってくるのを待っている。果たして、満足のいく演奏を終えたアダムは戻ってくる。カタリナを見るなり不快感全開にするが、カタリナに「私をもう一度雇う様に言って」と懇願され、意地悪な笑みを浮かべる。「踊ったら、下品な踊りを踊ったら雇ってやる」と言って。

 カタリナは、踊るんだな、これが。哀しそうに。私は、彼女の喧嘩っ早さが再び出現して、アダムを蹴り倒すんじゃないかと思って見ていたんだけど、素直に踊るのよね、、、。もう、見てられない、痛々しいシーン。

 もちろん、踊り終えたカタリナにアダムは「雇うわけねーだろ」と罵声を浴びせ、窓枠に腰掛けてたばこを吸い始める。ここで、もしや、、、と思ったら、案の定。

 カタリナは、窓からアダムを突き落とす、、、。アダムくん、読み間違ったね、最後の最後で。残念。さようなら~~。

 そしてラストシーンでは、彼女は、コンサートホールでマネージャーの様な仕事をしている。キラキラのカタリナに戻って、その美しい顔がアップになってジ・エンド。

 というわけで、この展開で、私は本作にをプラス2つ献上することとしました。アダムは恐らく死んだのでしょう。はっきりした描写はないので分からないけど。殺しを賞賛するわけじゃないけれど、大体、こういう、若い娘が身勝手な男の性欲の捌け口にされてゴミの様に捨てられる、って話では、韓国映画の『愛のタリオ』や『ハウスメイド』なんかが典型的だけど、女性が泣き寝入りでさらに不幸になるという展開が多い中で、ここまで鮮やかに身勝手男に鉄槌を下すラストは、死んだアダムには悪いけど、ハッキリ言って快哉を叫びたい気分。

 そう、やられたらやり返す、これくらいの意気がなくてどーするよ、お嬢さんたち。泣いてる場合じゃないんだよ。自分の人生は、自分で取り返さなければ! 身勝手な男ばかりが思い通りに生きて良いわけがない。ちゃんと落とし前付けさせるのよ!

 ……というわけで、私はカタリナちゃんのしでかしたことを全面的に支持します。不道徳だろうが犯罪だろうが、ヨヨと泣いたり自殺しちゃったりする女に同情しているだけの観衆の横面を張るような本作は、十分存在意義があると思いますね。

 テーマは古典的だけれども、なかなか思い切りの良い、面白い映画じゃないでしょーか。


◆音楽について

 モーツァルトに目覚める、、、。なかなか若い娘にしては渋い設定だなぁ、と思う。クラシック音楽に最初に触れて目覚める音楽としては、むしろロマン派じゃないか、という気がするけれど、カタリナは古典派に感性を強烈に刺激されたのね。うーむ、渋い。

 私が最初に刺激されたのはブラームスとかドビュッシーで、モーツァルトもそうだけど、ベートーベンも、その良さに気付いたのは30歳過ぎてからだった。モーツァルトもベートーベンも、スコアの面からは想像もつかない演奏の難しさ。ただ演奏しただけでは曲にならない御しがたさ。まあ、ブラームスもその音楽は渋いと言われるけど、モーツァルトに痺れちゃうカタリナの感性はやっぱり渋い。

 で、本作中、アダムがオケを指揮している音楽は、それこそベートーベンなのね。交響曲第7番が使われているけど、これがかなり下手クソでビックリ。あれはプロのオケ? まあ、シーンを追うごとに若干上達している感はあったけれど、、、。

 おまけに、アダムの指揮っぷりも、あんまし洗練されていない。指揮の姿って、ホントに、指揮者の感性そのものだから、あんなスタイルの指揮では彼の才能の程度も知れるという気がするのだけれども、、、。アダムがどんくらいの指揮者なのか、イマイチ作中で描写がないので分からないけど、まぁ、三流オケ専門指揮者ってところじゃないですかねぇ、、、。もう少し、カッコ良い指揮になる様に指導してあげて欲しかったなぁ。物語に説得力が出ないじゃんか。


◆その他もろもろ

 それにしても、アリシア、今やオスカー女優になっちゃいましたけれども、この頃から凄まじい根性の女優だったのがよく分かりました。

 別に、気合い入りまくってるとか、必死すぎるとか、そんな演技ではもちろんありませんよ。『湯を沸かすほどの熱い愛』のりえさんみたいな痛々しさはないにもかかわらず、とっても芯のある女優であることが画面を通して伝わってくる。これはタダ者じゃないわぁ、、、と思いました。

 アダムに捨てられそうになって、カタリナは必死にすがりつき、コンサートホールのロビーで、何と口淫に及びます。誰か来ちゃうんじゃないかと、見ている方がヒヤヒヤする。そういうシーンを、実に上手く演じている。本作を撮影したとき、21歳か22歳で、カタリナとほぼ同年齢。肝の据わった、しかも、非常に演技も確かな俳優です。

 アダム役のサミュエル・フレイレルがスキンヘッドだったもので、どうも、パーヴォ・ヤルヴィとダブってしまい、困った、、、。パーヴォ・ヤルヴィは、別に好きでも嫌いでもありませんが、、、。

 かつて私が所属していたアマオケを振ってくれていた指揮者(一応プロ)のオッサンは、飲み会の席でこう言っていた。「色恋は芸の肥やしだから。妻もその辺は分かってるはずだし、私も既婚者だからってセーブしない」、、、、はぁ、そーですか。でも、芸の肥やしにされた女性たちは堪ったモンじゃありませんね、自分を肥やしにしたアンタがアマオケしか振れない四流以下の指揮者にしかなれていないんだから、、、と、喉まで出かかったけどグッと押さえましたよ、そりゃもちろん。

 話が逸れたけど、、、。アリシアは、きっとこれからますます飛躍するだろうと確信する映画でした。







カタリナ、天晴れなり。




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静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(2016年)

2017-08-16 | 【し】




以下、公式HPよりストーリーのコピペです。

=====ここから。

 19世紀半ばのマサチューセッツ州。家族と離れ、マウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、学校での福音主義的な教え方に神経質になっていた。そんなエミリを家族が迎えにやってくる。弁護士の父親エドワードは彼女をアマストの家に連れ帰り、エミリは両親、兄オースティン、妹ラヴィニア(ヴィニー)らと過ごすこととなった。夜の静寂の中で詩を綴っていたエミリは、父親の口添えもあり、地元の新聞に初めて自身の詩を掲載されるも、当時の編集長からは「女には不朽の名作は書けない」と皮肉な意見を返される。

 やがて、彼女は資産家の娘、ヴライリング・バッファムと友人となる。ユーモアにあふれ、進歩的なバッファム嬢にエミリは影響されていく。牧師との祈りの時、跪かなかったことを父親から注意されるもエミリは言い放つ。「私の魂は私のものよ」

 ハーバード大学に通っていた兄オースティンが父と一緒に弁護士の仕事をすることになり、美しい花嫁スーザンと隣の家に住むことになる。義姉であるスーザンとの友情、甥の誕生はエミリを喜ばせ、彼女にとって生家より素晴らしい場所は考えられなかった。しかし、外の世界は大きく変わりつつあり、南北戦争は60万人以上の戦死者を生み、奴隷制度は廃止されることになった。

 「結婚して家族と離れることは考えられない」と言うエミリだが、心を揺り動かす男性も出現する。ワズワース牧師だ。説教に感動した彼女は彼を自宅に招待するが、彼には妻もいた。ワズワース牧師と自宅の庭を散歩しながら自作の詩を渡す。称賛の言葉を送る牧師に対してエミリは語る。「自分の作品が後世に残ってほしい」と。

 一方、親友バッファムの結婚にエミリは大きな喪失感を感じる。ワズワース牧師も別の土地に旅立つことが判明しエミリは衝撃を受ける。そして父親の死。3日間部屋にこもったエミリを心配しヴィニーがドアを開けると、喪中であるにもかかわらず白いドレスを着たエミリがいた。

 以降なかなか自分の部屋を出ようとしないエミリはやがてブライト病という不治の病をわずらう。病気がちだった穏やかな性格の母親の死も他界。深い喪失を抱え屋敷に引きこもる生活をつづけながらもエミリは詩作を心のよりどころとしていた—。
 
=====ここまで。

 生前発表した詩の作品は10篇、死後発表されたのは1,800篇、、、だそーです。

   
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 岩波ホールで鑑賞。珍しく、かなりの人混み。相変わらず年齢層は高い。開場までロビーの椅子に座って待っていたときの、隣のマダム2人の会話。ちょっとウケちゃいました。

 マダムA「結構混んでるわね」、マダムB「ホント、珍しい。いっつもここ、ガラッガラなのよ」、マダムA「え?(耳が遠いご様子)」、マダムB「いっつも人いないの、ここ!」

 
◆愛されない私、、、

 、、、んまぁ、こんなことを書くとヒンシュクだとは思うんですが、本作を見ていてず~っと感じていたこと。それはつまり、本作は 「モテない女ゆえの捻くれ人生譚」じゃない?

 本作でもしつこく描かれているけど、エミリは、もの凄い強烈な容姿コンプレックスを持っていたのね。たった1枚残されている彼女の若い頃の写真を見ると、決してそんなにブスじゃないと思うけれども、とにかく、本人は激しく“私はブスなんだ!”と思い込んでいる。

 これって、ある意味、もうどーしよーもないんだよなぁ。家族であれ、友人であれ、とにかく身近な誰かに「そんなことない、あなたは美しい」とか言われたって、そんなのは気安めにもならない。かえって腹立たしくさえなる。「テキトーなことばっか言いやがって!!」みたいな。もちろん、こんなお下品な言葉はエミリの脳裏に浮かばなかったでしょうが。

 唯一、彼女が過剰なコンプレックスから救われるとすれば、それは、エミリが尊敬し好意を抱く相手から愛されること。全人格的に受け容れてくれる(親きょうだい以外の)人と出会い交わること。

 エミリは、結局、誰からも(恋愛という意味において)愛されなかったのよねぇ、、、。これはツライよなぁ、と思う。結婚しない理由を、「家族と離れることなど考えられない」などと言っているけど、それは恐らく半分本音で、半分は強がりと思われる。あの時代、女性が肉食獣的生き方を実践するのは難しかったろうから、やっぱし、強引に彼女を家から引っ張り出してくれる男がいれば、彼女は結婚していたはず。

 少なくとも、本作を見ていて、彼女は恋愛に関心がないわけじゃないことは間違いない。憧れ、願望は大いにあったのは明らか。けれども、自分にはチャンスが巡ってこない。

 それが、結婚しない理由の“強がり”であり、詩作へと向かわせる原動力になったのだと思う。実際、彼女の書いた詩(劇場で、岩波文庫の詩集を買ってしまった)を拾い読みしたけど、まあ、世間への恨み辛み、ってのが第一印象だったし、、、。他の詩もじっくり読めば違う印象になるのかも知れないけど。


◆過剰な自虐は鬱陶しい

 正直なところ、本作に描かれるエミリは、まるで魅力がない。自己主張するのも良いし、知識先行の頭でっかちなのも良いけど、とにかく笑顔がないし、話し下手だし、プライドの高さが邪魔をするのか素直じゃないし、、、これじゃあ、人は寄ってこないわね、特に男は。

 いくら才能があっても、自分を過剰に卑下している人って、あんまり関わりたくないのが凡人の情じゃないかしらね。自虐ネタをしょっちゅう言う人のフォロー、面倒くさいでしょ。「そんなことないよ~」と言って欲しいのだろうけど、そう言ったって素直に受け容れないのはみんな分かっているし。実際、「そんなことある」し。自らの魅力を、自ら減殺する、もう致命的な性格・思考回路です。

 こういう人は、私は嫌いなので、全然エミリに同情も共感も、何も抱けなかった。詩人としてどれほどスゴイ人であろうが、映画のヒロインとして見たとき、“鬱陶しいオンナ”でしかないのよ。エミリを敬愛している方々には申し訳ないけれど、それが本音。


◆その他もろもろ

 そんな、容姿コンプレックスのエミリだけど、若い頃のエミリを演じたエマ・ベルは、実にチャーミングです。役柄、あまり笑わないけど、でも若い頃はまだしも笑顔の場面がそれなりにあったのよね。あんなにチャーミングで、教養もあって、家柄も良くて、、、だったら、普通は結婚相手に困らないと思うけど。まあ、現実にエミリは結婚しなかったし、求婚者もいなかったところを見ると、やはりあの残された写真は、実物よりかなり良く撮れたものだったのかも知れない。

 いくら容姿より中身、とか言ったところで、結局、第一情報は視覚から入る場合が多いので、そうすると容姿の要素は大きいことは真理であって、、、。エミリは、やっぱりそこに考えが行き着いちゃって、綺麗事などとても言えない気分だったのだろうな、とも思う。

 妹のラヴィニア(ヴィニー)を演じたジェニファー・イーリー、どこかで見たなぁ、と思ったら、ドラマ版の「高慢と偏見」に出演されていたのね。実際のヴィニーも美人だったようです。ヴィニーは、控えめに描かれているけど、結構、言うことはキツい。エミリにとっては耳の痛いことを言う。でも、ヴィニーも結婚せず、エミリの死後にエミリの詩を世に送り出したのは彼女なのだとか。家族の繋がりがひときわ強いディキンスン家だったのかも。

 兄のオースティンは美青年という設定なんだが、演じたダンカン・ダフは、???な感じ。このオースティンが、結婚後、人妻とダブル不倫するんだけど、その不倫現場をエミリが目撃しちゃうシーンがあって、そのときのエミリの激昂の仕方がスゴイ。確かに、オースティンのその後の言動はサイテーだけども、不倫を、あそこまで激しく責め立てるのは、やっぱりエミリにあまりにも免疫がないからじゃないか、と思ってしまう。

 中年以降のエミリを演じたのは、シンシア・ニクソン。あの「セックス・アンド・ザ・シティ(SATC)」の4人の1人らしい。私は、SATCはシーズン1の1話目で挫折したので見ていないから知らないが、容姿コンプレックスを持ち、どんどん偏屈になって引き籠もるエミリを熱演。屈折した役を演じるのって、面白いだろうなぁ、と思う。

 2時間ちょっとある作品で、あまり長さは感じなかったけれど、肝心のヒロインが、同じ女性として決して素敵だと思える人ではなかったのが残念。






これは世の中に宛てた私の手紙です/世間から私に便りはなかったけれど――(エミリの詩から)




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愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~コペンハーゲン(デンマーク)~その③

2017-08-08 | 旅行記(海外)

**ハムレットの舞台クロンボー城の地下牢に幽閉されたカロリーネ・マチルデ** vol.3
 




その②につづき

 地下牢から地上に出て来て、ようやくホッと一息。再び中庭に出ると、ハムレットはもう終わったのか、役者さんたちはおらず、観光客が結構増えているような、、、。そんな中庭を尻目に、海に面した稜堡の方へ。


ズラリと並ぶ大砲は壮観


 こちらには、17門の大砲がズラリと並んでいます。大砲が向いている先にはスウェーデンが見えます。スウェーデンとは何度も戦火を交えているというだけありますねぇ、、、。


遠くに見えるはスウェーデン


 この大砲、1864年のデンマーク対プロイセン・オーストリア連合軍との戦争で実際に使われたものだそうです。18世紀から改良を重ねて、その当時には射程距離も3,000メートル超だったとか。その後も精度が上がるなどして「エーレスンド海峡対岸への砲撃も可能だった」つまり、スウェーデンにダイレクトで撃ち込めたってことらしい。ホント??

 そもそも、このクロンボー、王族が居住していたのははるか以前の話で、17世紀からは、スウェーデンとの国境にあるクロンボーはほぼ要塞としての役割を果たしていたようです。「1600年代末より王室の居城としての役割を失い……」「1700年代には軍隊の兵舎として使用され始めた」「1800年代半ばまで、奴隷や囚人たちも収容されていた」とガイドブックにはありますし、城内の様子を見ても、確かにまあ、王族の華やかな生活が垣間見えるという風情はほとんど感じられませんでしたもんね。でも、1991年まで、兵士が実際にいたのだって!



 この大砲、今も十分現役らしく(?)、王室行事に使用されることもあるとか。2005年、王子が誕生したときも大砲が砲射されたそうです。


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 クロンボーから、コペンハーゲンに戻って、今度は街歩き。

 まあ、コペンハーゲンといえば、ニューハウンかな、、、ってことで、まずはニューハウンへ。駅前の宿から地図を見ながらテレテレ歩いて20分か30分くらいでしょうか、ありました、絵はがきで見るあの光景が。


可愛い建物の前に並ぶテントとその前の人だかりが、、、


 いや~~、しかし、街並みの可愛さよりも、私は人の多さに圧倒されてしまいました。もうとにかく、人、人、人、、、、で芋洗い状態。楽しく街並み鑑賞♪などという気に到底なれない。

 このニューハウン一帯、運河沿いにズラリとカフェが並んでいるのですが、もう、どこもかしこも人で一杯! 観光客も多いだろうけれど、見るところ、現地の方と思われる人も多々、、、。しかも皆さん、日が燦々と当たる席に、まともに太陽の光を浴びて座っておいでなのです。紫外線なんか気にしている素振りもない。

 思うに、やはり、この辺りでは、日光はとても貴重なのかも。冬が長く、夏が短い地方で、きっと、この日が燦々と降り注ぐ短い夏は、彼らにとって日光を身体一杯に浴びて満喫する季節なのだと思いました。だから、あんなに日陰のない席で盛大に宴会やって楽しんでいるのでしょう、、、。日本じゃあり得ない光景です。

 そんなわけで、ニューハウンはまさに“通過した”感じでしたが、やっぱし、ヨーロッパに来たからには城でしょ、ってことで、少し歩いて、今度はクリスチャンボー城へ。


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 クリスチャンボーは、「女王が公務をつかさどる場」なのだそうです。拝観できたのは、ロイヤルレセプションルームという、まあ、賓客をもてなす場として使われる部屋等をメインにしたコースです。さすがに、外国の要人が訪れる場所だけあって、目の保養には十分。

 その華麗な城内をご覧あれ。


アレキサンダーホール(小規模晩餐会用)の豪華なシャンデリア



52人が着席できるマホガニーの長テーブルのあるダイニングホール



晩餐会などが行われるグレートホール。全長40m、幅14m


ガイドブックより。オバマさんも来たのね


 このクリスチャンボーの全盛期(1740年~94年)は、まさに、カロリーネ・マチルデが生きた時代。その時期、このクリスチャンボーは王族が居住していて、実に壮麗だった様です。……が、94年に火災で全焼、、、。嗚呼。

 何と、このクリスチャンボーは、2度も大火に遭っているというのです。1794年の後は、1884年、築後わずか60年あまりです。現在のクロンボーは、1928年に再建。王の居住する城は、ここではなく、アマリエンボーになったのだとか。

 まあ、建物自体は当時と変わっちゃっているけれど、こんな感じの部屋で、カロリーネ・マチルデも玉座の隣の王妃の椅子に座っていたのかな……などとその図を思い浮かべてしまいました。


ガイドブックにも絵画が、、、。ストルエンシーになっている


 そんなわけで、クリスチャンボーを見終わったら、既に17時を回ってしまい、塔に上れずじまいだったけれど、あまり惜しいという感じもなく(城内が美しくて充実していたので)、、、。途中にチボリ公園(遊ぶ気力は残っていなかった)で夕食を食べて、なんとか宿へ戻りました。


チボリ公園の案内とコペンハーゲンカード(とカードのガイドブック)


 この日は、なんだかんだと、結局18キロほど歩きました。


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 クロンボーで買ったガイドブックは、なんと、日本語によるもの。英語はもちろん、中国語、スペイン語、、、、各国語が出されていました。クリスチャンボーでも、やはり日本語ガイドブックがあったので、ゲット。これらは、やっぱしここに来ないと手に入らないものだもの。1冊、1,000円ほどですから、これだけ写真満載で解説もたくさん、安いものです。



 へとへとになって宿に戻り、これらのガイドブックを眺めつつ、、、。さあ、明日はベルリンへ移動だ!!

「愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~ベルリン(ドイツ)~」へつづく



 
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愛する映画の舞台を巡る旅Ⅰ ~コペンハーゲン(デンマーク)~その②

2017-08-02 | 旅行記(海外)


**ハムレットの舞台クロンボー城の地下牢に幽閉されたカロリーネ・マチルデ** vol.2
 




その①につづき

 “地下牢は真っ暗”という事前情報の通り、マジで真っ暗でした。本当に、照明はおろか、非常灯も何もない。これ、火事とか起きたらどーすんの?? と、身も蓋もない疑問が頭をよぎる、、、。

 通路に出ると、辛うじて照明があって、ちょっとホッとする。



 これはかなり明るく撮れていますが(フラッシュのおかげ)、実際はこれでもかなり暗い方。牢のあるところは、まさに漆黒の闇です。

 こんな真っ暗な中を、どうやって歩くのか? はい、個人で勝手に照明を用意するのです。入り口の売店で、懐中電灯のようなものは売っています。でも、観光客の皆さんは大抵、スマホの照明(?)を使っていましたね。私もそうしました。それでも、ゼンゼン暗い。暗すぎて、写真を撮る気にもならない

 暗い、ってこんなに心細く、不安になるものなのですね。かすかな灯があってもこれだけ不安で、とにかく明るいところへ出たいと気が急くものなのに、カロリーネ・マチルデは、恐らく、灯も何もなく、漆黒の闇の中に幽閉されていたのだと思われます。そう思うと、やはり、いくら王室大不倫劇の当事者とはいえ、かなり気の毒に思えてくるのでした、、、。



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 精神的に病んでいる(統合失調症といわれている)王クリスチャン7世のもとに嫁いできた、英国王ジョージ3世の妹カロリーネ・マチルデ。しかし、王は王妃を愛さなかった。そして、王の侍医となったドイツ人精神科医ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセは、王の絶対的な信頼を得、また王妃とも恋愛関係に落ちる、、、。

 デンマークじゃ知らない人はいないと言われる、この王室大不倫劇は、『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2014)を見て初めて知りました。あまり期待せずに見に行ったのですが、これがなかなかどーして。グッとくる逸品で。


映画のパンフ


 何しろ、王の精神科医ストルーエンセを演じたマッツ・ミケルセンがとってもセクスィー。みんシネにも書いたけど、決してイケメンというか、美男という感じじゃないのに、ものすごい色気です。

 こんな精神科医がいつも傍をウロウロしていたら、おまけに芸術にも造詣が深く頭も切れるとなれば、そら、王妃でもクラッと来てアタリマエ。肝心の夫は、何より王妃である自分を微塵も愛していないどころか、嫌ってさえおり、人前で公然と彼女を侮辱する言葉を口にするという、、、。これじゃあ、英国という先進国から嫁いできた小娘(結婚当初彼女は15歳)は立つ瀬がない。

 しかも、王自身、ストルーエンセを信頼して慕っており、三角関係というよりも、王にとって、自分の妻が信頼する侍医と恋愛関係にあることなど、ハナから興味もなかったことのよう。


クリスチャン7世とストルーエンセ


 ストルーエンセは、ドイツ人。貴族ではなく、ルソーの『社会契約論』を愛読する啓蒙思想家。教養あるカロリーネ・マチルデは、ストルーエンセの本棚に『社会契約論』を見つけたことがきっかけで、2人の心の距離が一気に縮まる、、、というのが、映画の描写だったのだけれど、史実的にも大きくここから外れてはいないらしい。カロリーネ・マチルデは、ストルーエンセの知性に惹かれたのだ。

 映画でのストルーエンセの描写は、なかなか巧妙で、史実では(政治的に)かなりえげつないこともやったとはいえ、そもそもは、啓蒙思想に基づく理想主義が根本にあるという点をフォーカスし前面に押し出すシナリオだった。王の信頼をバックに、演劇好きな王をストルーエンセがストーリーを仕立てて巧みに動かし、印刷物の検閲や、貴族の特権を廃止するという、ちょっと時代の先を行き過ぎた啓蒙主義的な政策を矢継ぎ早に進めた結果、貴族や、王の義母の反感を買い、足下を掬われたのだ。

 不倫発覚後、、、というより、不倫を口実に突如起きたクーデターにより、ストルーエンセは捕えられあっという間に斬首


斬首台に引きずり出されるストルーエンセ


 カロリーネ・マチルデはクロンボーの地下牢に幽閉された後、ドイツ・ハノーファーに近いツェレに追放され、数年後23歳の若さで病死する。毒殺されたという説もあるとか、、、。

 『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』は、演技の確かな主役3人による締まった展開で、見応えのある映画。見て損はない、、、はず。

 カロリーネ・マチルデと、王クリスチャン7世の間には、長男フレデリク6世と、長女ルイーセ・アウグスタが家系図には載っている。でも、長女ルイーセ・アウグスタはストルーエンセの子と言われており、肖像画にも、ストルーエンセの鉤鼻を受け継いだ顔が描かれているとか、、、。


この子こそルイーセ・アウグスタ


 しかも、その直系が、現在のスウェーデン王カール16世グスタフというのだから、歴史の流れとは恐れ入る。



☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜



 この地下牢には、有名なホルガー・ダンスクの彫像があります。この彫像は、デンマークの彫刻家H.P.ピーダセン=ダンが1907年に制作したオリジナルのブロンズ像。



 ホルガー・ダンスクとは、万が一、デンマークに危機が迫った場合は目を覚まして闘うと伝えられている伝説の戦士。だから彫像はこうして、腕を組んで座ったまま眠っているのねぇ。

 その伝説によると、デンマーク王子であったホルガーは神聖ローマ帝国のカール大帝に人質として送られ、その奉仕中に偉業(どんな偉業??)を成し遂げたんだとか。もとはといえば、フランスのものだったホルガー・ダンスク(フランス語でオジェ・ル・ダノワ)伝説の歴史は、1000年以上前に遡り、民族意識が高まった1800年代、ホルガー・ダンスクはデンマークの強力国家の象徴となったんだそうな。

 まだ、一度もこのホルガー・ダンスクは目を覚まして闘ったことはないのだそう。これじゃ、目を覚ましても、足腰が立たなくて闘えそうにないよなぁ、、、。

 まあでも、そんな伝説に頼らずとも、クロンボーには頼もしい備えがあるのだ!!

その③につづく
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