映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

メーサーロシュ・マールタ監督特集 @シネマカリテ

2023-06-25 | 番外編

 映画友が教えてくれた特集。日本ではほとんど名前を知られていない監督とのことで、私も今回初めて知りました。監督の経歴は、特集公式HPをご覧いただきたいのですが、ハンガリーに生まれて孤児となり、ソ連で養父母に育てられるという、、、それだけでのけぞりそうな生い立ちなのですが、今回見た2本の映画は、その生い立ちとは切っても切り離せない作品となっていたと感じます。

 ほかにも見たい作品があったのだけど、時間切れ、、、。また特集企画してくれないかしら。そうしたら、今回見そびれた3作見に行きたいです。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


◆アダプション/ある母と娘の記録(1975年)

作品情報⇒https://meszarosmarta-feature.com/#program

 《あらすじ》 43歳のカタは工場勤務の未亡人。彼女は既婚者と不倫関係にある。カタは子どもが欲しいのだが、愛人は一向に聞き入れない。とある日カタは、寄宿学校で生活するアンナと出会い、彼女の面倒を見ることにした。次第にふたりは奇妙な友情を育んでいく。

~上記リンクよりコピペ~

 何とも不思議な人間関係にフォーカスした作品。子供を欲しがっている中年女性が、偶然知り合ったアンナという近所の女子学生と親しくなっていくのだが、アンナはその両親に愛されていないという設定。お互い、家族愛に飢えている者同士。

 が、このアンナ、そもそもカタと知り合ったのは、アンナが彼氏との逢瀬を楽しむ場所として、カタの部屋を貸してくれ、と言って来たのがきっかけで、カタの家の一部屋で彼氏とセックスしているのである。で、コトが終わると、2人でカタに挨拶して帰って行くという、何とも珍妙な関係性である。終盤でアンナはその彼氏と結婚するけど、その結婚式はやや不穏で、彼らの将来に暗雲が垂れ込めていることを暗示している。

 ……という具合に、全編、やや暗いし、ラストシーンはカタの念願かなって養子を引き受けて自宅へ帰る場面なのだが、それもあまりハッピーな感じではないのである。

 家族愛を渇望しているのは、当の監督本人であろうと思うが、決して、家族を美化しておらず、むしろ突き放したような描写は、やはり家族の持つ欺瞞性にも切り込んでいるとも見える。

 アンナも一見トンデモ女子学生なんだが、性根の悪い子ではなく、カタの不倫相手も身勝手ではあるけれど、悪人とも言い切れない。本作に出てくる人たちは、基本、みんな特に悪人ではない、普通の人々である。それでも、人と人との関りはままならぬ、、、ということが描かれているのだと感じた次第。 

 技術的なことは分からないが、75年にこのテーマか、、、と、少し驚きはある。当時の東欧の人々はこれをどう見たのだろうか。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


◆ふたりの女、ひとつの宿命(1980年)

作品情報⇒https://meszarosmarta-feature.com/#program

 《あらすじ》 1936年。ユダヤ人のイレーンは、裕福な友人・スィルヴィアからある相談を持ち掛けられる。スィルヴィアは不妊に悩んでおり、イレーンに自身の夫との間で子どもをつくってほしいと言う。そうして生まれた子どもに莫大な財産の相続が約束されたのだが、彼らの関係は悪化の一途をたどる。その頃世界ではファシズムが台頭し……。

~上記リンクよりコピペ~

 若きユペール様の出演作、ということで見た次第。

 不妊、代理出産、、、という単語、80年当時の、少なくとも日本ではほとんど表で口にされることはなかったと思う。私はまだガキんちょだったから知らなかっただけかもだけど。今でもそうなのだから、当時はなおさら、子を産まない女に対する世間の風当たりは強かったのだろうが、それにしても、夫に他の女とセックスさせてまで子を持つって、ほとんど強迫観念だよな、、、と思って見ていた。

 自分のエゴで赤の他人に夫の子どもを産ませておいて、その女性に夫が心を許したからといって激しく嫉妬し、果ては恨むという、、、仕方ないような気もするが、ユペール演ずるイレーンにしてみれば理不尽極まりない。

 イレーンは、最終的に、ユダヤ人であることを密告されて拘束され、連行されるシーンで終わる。なんか、終盤で一気に別の映画になった感じもある。

 ユペールが若くて可愛らしかったけど、全般にちょっと退屈だった。ストーリー的にも、ユペールが出ていなければ見ようと思わなかっただろうから仕方ないのか、、、。

 まだまだ、知らないけれど良作を撮っている監督っていっぱいいるんだろうなぁ。こういう特集、どんどん企画してほしいものです。

 

 

 

★★ランキング参加中★★

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黒蘭の女(1938年)

2023-06-21 | 【こ】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv4526/


以下、allcinemaの作品紹介のコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 ジュリー・マースデン(ベティ・デイヴィスは血気盛んな、南部の綿糸工場の経営を継いだ女当主で、心憎からず思っていた許婚者の屈強な若者プレストン・ディラード(ヘンリー・フォンダを、しきたりを煩しく思うあまり遠ざけてしまうが、後に彼が黄熱病に罹ってからというものは、献身的な介護でその罪滅ぼしをする。

 南北戦争直前から最中にかけての時代を背景に、気高い南部美人(サザン・ベル)の意欲的な生き方と恋の葛藤を見つめる、ワイラーの重厚な演出が光る秀作。デイヴィスの当たり役の一つで、その年のオスカー主演賞を得た。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 この邦題、正しくは「こくらんのおんな」と読むのですが、私はいつも頭の中で「くろらんのおんな」と音にしてしまうのですよねぇ。似たようなケースは「白鯨」で、正しくは「はくげい」なのですが、「しろくじら」と脳内で音にしていて、先日、ウチの人の前でつい口にしてしまったら「ハクゲイだろ」と鼻で笑われ、すごいカチンと来て「いやだから、知ってるって、、、」と思わず言ってしまったけど、それだけですごい言訳感満載でそれ以上説明するのもイヤで。でも、何となくムカついたんですよねぇ、、、。何に、、、??

 それにしても、この邦題は意味不明ですな。原題からも、作品の内容からも、ほとんど脈絡がない、、、としか思えませぬ。誰がつけたんだろ??

 何となくTSUTAYAのリストに入れておいたら送られて来ました。ベティ・デイヴィス主演だからリストに入れたのだと思うのですが。で、TSUTAYAの紹介にはこう書いてありました。

「自分の裏切った男への復讐心に燃える女を描いたラブストーリー。19世紀半ばのニューオリンズ。自分を捨てて、ほかの女と結婚した男に、さまざまな復讐を企てる毒婦“イザベル”の波乱万丈な人生を描く。ベティ・デイヴィスが悪女役を好演。」

 大嘘やん、、、。TSUTAYA、これ直した方がいいですよ、マジで。


◆イヤな女、その名はジュリー

 何かと、「風と共に去りぬ」と比べられる本作。モノクロ版「風と共に~」などとも言われているらしいのだが、あちらはインターミッション付き4時間の長尺映画であるのに引き換え、こちらは2時間にも満たないコンパクトさで、まあ、見た目的にも「風と~」に比べてお金がかかっていないのは明白。

 ワイラー監督はまあまあ好きだが、本作は、私的にはあんましピンと来なかった。そもそも、ベティ・デイヴィス演ずる主役のジュリーが、どうにも苦手なキャラ。わがままお嬢という設定なんだが、ああいうのは、わがままというより、自己顕示欲が強い人と言った方が良い気がする。わがままというと、育ちが良くて何でも思い通りになると思っている勘違い女(端的に言うとバカ)、、、、だと思うが、ジュリーの場合は、ちゃんと分かっててやっているんだよね。周りが困惑して迷惑かけるのは百も承知でやっている。

 ただ、彼氏プレスが、それで本当に自分に愛想を尽かすとまでは、さすがに彼女も思っていなかった。……って、これは単なる傲慢でしょ。

 というわけで、どこを切ってもイヤな女しか出て来ない金太郎飴なわけですよ。

 白いドレスしか着ちゃいかん、という慣習が悪いとか、そりゃ今の物差しでイロイロ言うことは出来るけど、この場合、そういう話じゃないでしょってことよ。まあ、敢えて言うならTPOなのか。彼女の自己顕示欲を押し通すことで、プレスは恥をかいたわけで、あのパーティが彼女一人で参加するものだったら、むしろ古臭い習慣を打ち破った先進的な女性、、、とかになるんだろうけどさ。

 1年後にプレスと再会するときの、あのウキウキしたジュリーの姿は、見ている方が気恥ずかしい。プレスが一人で戻って来ると思い込んでいるあたりが、もうイタ過ぎる。

 スカーレット・オハラの方が、キャラとしてはまだマシだと思うわ。スカーレットも相当なモンだと思うけど、ジュリーは頭は悪くないけど、性根が悪い。

 なので、後半、プレスが黄熱病で隔離されるのにあたって、命がけで看病に付き添う、、、とかってプレスの妻を説得するシーンも、全然グッと来なかった。ナニ勝手なことを言っているんだ、この人は、、、としか。あんなんで説得されちゃう妻も妻というか。時代なんですかねぇ?

 とにかく、何から何まで、??何でそーなるん???という感じでありました。


◆その他もろもろ

 ヘンリー・フォンダが若い! けど、あんましカッコ良くない。全然イイ男に見えなかったのが辛いとこ。……いや、ルックス的な魅力だけでなく、キャラ的にも、まるで魅力的じゃないのだよなぁ。ジュリーが何であそこまであの男に執着したのか、よく分からん。

 ベティ・デイヴィスは、ジュリーというヘンな女を情熱的に演じていらっしゃいました。彼女が演じると、ヘンな女もとりあえず見られるので、さすが。

 プレスが結婚したエミィという女性は、メラニーと若干被る感じではあるが、正直言って、存在感がほとんどなく、キャラ的にもパッとしない、これまたプレスが彼女の何に惹かれたのか謎な女性である。演じるマーガレット・リンゼイ自身地味な感じではあるのだが、、、。あと、衣装がイマイチだったなぁ。

 それにしても、プレスは黄熱病から回復したとして、隔離先で看病してくれたのが愛する妻でなく、ジュリーだったと知って、嬉しいですかね? ハッキリ言って、私がプレスだったら、めちゃくちゃムカつくと思うんだが。何勝手なことしてんだよ、こいつ、、、と。妻に病気を感染させたくないので、妻が付き添っていないのは構わないが、何でお前がおんねん!!ってなるでしょ、普通。

 ……まあ、致死率も割と高いみたいなので、回復せずに亡くなったとすれば、そんなことはどうでもよいのだが。ジュリーも感染した可能性も高いしねぇ。とにかく、最後が美談ぽくなっているのが解せないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

黒欄の花言葉は「希望」だそうで、、、

 

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛する映画の舞台を巡る旅VI ~初台湾・縦断の旅~ その④

2023-06-18 | 旅行記(海外)


関連映画:『悲情城市』(1989)
 

その③につづき

 2日目のホテルでは夜中にヘンな声がバスルームから聞こえてくることもなく、初日の晩よりはよく眠れた。……けれど、やっぱり早くに目が覚める。5時過ぎに起き、昨日と同様、友人を起こさない様に身支度したり、コーヒー飲んだり、、、。

 出発が7時半と早めなので、フーさんから、朝食時に荷物を持って降りてくるよう前日に指示されていた。

 6時半過ぎに荷物を持って朝食へ。

 やはり、お腹の調子を考えて大人しめに、、、。ご飯の横の小籠包、前日夜の鼎泰豊での夕食が美味しかったので、こちらもそれを想定して食べたら、どうやら豚足(?)だったみたいで独特の臭いが強くて、全部は食べられなかった。

 食事を終えてバスに乗り込む前に、ホテル周辺をちょっと見て回る。前日夜にフーさんが「この辺は倉庫街で、面白いお店とか結構あるよ」と言っていたけど、昨夜はとても見て歩く気力がなかったので、、、。

 

宿泊したホテル 高雄真愛館/ライブハウスやおしゃれなお店が入っているみたい

 

 すると、通りを挟んだホテルの向かい側に、見たことのある絵が、、、。

 

 なんと、伊藤潤二!まさかこんなところでこのお方の絵に遭遇するとは。といっても、私は、古賀新一は結構読んでいるのだが、伊藤潤二の作品を読んだことは(多分)ないのだよねぇ。「富江」とか読んだような気もするが、記憶にない。大分前にEテレの「漫勉」で伊藤さんが取り上げられていた時にその作画風景を見たのだが、あまりの緻密さに目を剥いた。楽しそうに描いている伊藤さんの姿が印象的だった。

 どうやら、こちらでは期間限定で伊藤潤二関連グッズを販売しているみたい。後で調べたら、台北にも同様のお店があって評判みたいなのね。ちなみに、友人は「誰、伊藤潤二って??」と言っていたし、ツアーの人たちも「伊藤潤二って日本人?漫画家?」と。知らんのかー、そっかーー、と、そっちの方がちょっと衝撃だった。

 でまあ、予定通り7時半にバスは出発したのであった。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


【3日目のスケジュール】 高雄~台中~台北

台中へ移動 → 宝覚寺 → 宮原眼科 → 台灣高鐵で台北へ(車中食) → 免税店 → 十分 → 九份(夕食) → 士林夜市散策


 この日は、まず台中まで移動から始まる。約3時間。フーさんは最初の1時間弱は、台中のことなどをイロイロ説明してくれたが、途中から「じゃあ、これから台中まではテレサ・テンの特集番組をご覧ください」と言って、モニターに、20年位前のNHKの特集番組が流れ始める。司会は、あの阿部渉アナで、まさか20ウン年後にあんな騒動で失脚するとは想像もしていなかっただろうなぁ、、、などと下世話なことを考える。意外だったのは、ゲストが早見優で、事務所の後輩に当たるとか何とか、、、。デビュー当時は可愛がってもらって、、、などと話していた。

 テレサ・テンについては、いくつかの有名な曲以外、私はほとんど何も知らないので(そもそも興味がなかったというか、、、)彼女の生い立ちや、日本で成功するまでの紆余曲折、その後の様々な問題など、これを見て初めて知ったことばかり。懐かしい歌もたくさん流れ、ツアーの中にはドンピシャな世代も多かったみたいで一緒に歌っている人も。

 それにしても、演歌の歌詞って、聞いているだけでウンザリするけど、文字になって視覚から入ってくるとすごい破壊力だった。男に都合の良い女ばかりが、男に都合の良い文句で歌われ、頭が痛くなってくる。演歌好きな方々、すみません。今の演歌もそうなの?知らんけど。

 まあ、テレサ・テンの歌声はキレイだし、いろんな衣装とっかえひっかえで、面白かったのではあるが。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 そうこうするうちに、10時半少し前に、最初の目的地である宝覚寺に到着。

 木造の本堂は、日本統治時代の1927年に建立されたのだが老朽化が目立つようになり、保護するために、石造りの建物で覆われたとのこと。かなり巨大な建物で、スマホを横にすると入りきらんのよ、、、ごーん。

 

 そもそもは臨済宗のお寺だけど、台湾仏教のお寺でもあり、いろんな様式が複合した建物になっていると。本堂の釈迦三尊像(中央のケースが光ってしまっているけど、この中の白いお釈迦様が貴重なのだとか、、、。横から撮ってみたけど、イマイチ)。

 で、本堂脇を入って行くと、いろんな人に撫でられてツルツルになった布袋様が現れ、さらに進んだ先には黄金色の巨大な布袋様が、、、。

 

 同じ布袋様でも、白い方はリラックスしたお姿、黄金色の方は正式なお姿、、、なんだとか。へぇー。それにしてもでかい布袋様。

 巨大な布袋様に目が行きがちだけれど、このお寺には、日本統治時代から戦中にかけて亡くなった多くの日本人が埋葬・安置されている。戦後、放置されていた多くの遺骨等をこのお寺の住職が安置してくれたのだという。この奥には、日本統治下で強制的に戦争に動員させられた台湾人も祀られていた。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 お次は、有名な宮原眼科へ。バスで10分もかからないくらいで到着。

 みんなアイスが食べたいのだが、何しろ時間があまりない。11時に着いて、出発は11時40分。バスからも行列が見える。ただ、思っていたほど長蛇の列ではなかったけれども、買い物もしたいしアイスも食べたい、、、というのは難しいか。ともあれ、まずは店内へ。

 

乙女心をくすぐる店内

 

 友人は買い物はしないでアイスの行列に直行。私はお目当てのパイナップルケーキをゲットした後、急いで列に戻る。が、この行列。40分に間に合うか、、、? アイス希望者が多くて、フーさんは、この後の新幹線の時間があってちょっと心配そう。

 

ふと足元を見ると蟻さん(10匹)/アイスの行列には男性の姿も多い

 

 並んでいる間にどれにしようか大いに悩む、、、。アイスはシングルからトリプルまで選べて、アイスの数だけトッピングが無料で選べる。本当ならトリプル食べたいくらいなんだが、、、

 お腹の調子が不安だったので、自重してシングル+ワッフルコーンにすることにした。これで120元、500円くらい?

映えない画像ですみません

 

 バタバタとバスに戻って来て食べる。美味しい、、、。トッピングのチーズケーキがまたさっぱりしていて美味い。友人は、ダブルで、やはりマンゴーとラムレーズンを選んでいたけど、ラムレーズンの溶けるのが速い!!と言って、焦って食べていた。食べながら「やっぱしラムレーズンにハズレはないねー」とご満悦。

 どうにか、アイス希望者が全員買えて、予定より5分くらい遅れて出発。フーさんは「ホントに間に合わなさそうだったら、アイス諦めてもらうつもりだったから大丈夫」と笑っていた。

 ちなみにゲットしたパイナップルケーキたちはこちら。土鳳梨酥の方は、行く前にチェックしていたのだけど、鹹鳳梨酥はパッケージが可愛い(鳥の絵の箱)ので買ってみた。正直、味の違いはそれほどないけど、どちらもパイナップルフィリングたっぷり、繊維質の存在感があって美味しい。2つで580元、3000円弱かな。6個入り(土鳳梨酥)と8個入り(鹹鳳梨酥)で、まあお安いとは思わないけど、妥当な値段でしょうか。パッケージ代とかも結構かかっていそうだし。

 

可愛い紙袋を一杯くれた/土鳳梨酥と鹹鳳梨酥(塩パイナップルケーキ)

 

 アイスを食べて満足していたら、台中駅に到着。

 

12:39発

 

 ホームに上がってみると、周りは何もない、、、。日本の新幹線の駅にもありがちな光景。

 

デパートでもできる予定なのかな、、、。

 

 そうこうするうちに、電車到着~。

 

内装は日本の新幹線とほぼ同じ

 

 皆がバタバタと席に着くと、すぐにフーさんがお弁当を配り始める。何しろ、乗車時間が40分ほどなので、さっさと食べないといけないらしい。

 

 豚カツをタレにくぐらせた(浸した?)のがご飯にのっていて、野菜も結構入っている。まあ、味は普通だったけど悪くなく、お腹もすいていたので完食。

 で、あっという間に台北駅に到着してしまう。バタバタと降りる。

 

 

 駅前からバスに乗り、、、、

 

パナソニックの看板が多い気がする、、、/三越?

 

 まずは免税店へと向かうのでありました。……とにかく、この旅は慌ただしい

 

その⑤につづく

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

波紋(2022年)

2023-06-17 | 【は】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv79851/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 夫がいなくなって十数年、“緑命会”という新興宗教を信仰し、日々庭の手入れを欠かさず、祈りと勉強会に勤しみながらひとり穏やかに暮らす須藤依子(筒井真理子)。

 そんなある日、自分の父の介護を押し付けたまま失踪した夫・修(光石研)が、突然帰ってくる。がん治療に必要な高額の費用を助けて欲しいというのだ。さらに、息子・拓哉(磯村勇斗)が、障害のある彼女を結婚相手として連れて帰省。依子のパート先では癇癪持ちの客に大声で怒鳴られる……。

 自分ではどうにも出来ない辛苦が降りかかる依子は、湧き起こる黒い感情を宗教にすがり、必死に理性で押さえつけようとするのだが……。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 何かの映画を見に行った際に予告編を見て、荻上直子監督作だと知り、私はこの監督の映画は「かもめ食堂」しか見たことないので、“何かちょっと雰囲気違うんじゃない、、、?”と思って興味をひかれたのでした。それに主演は、筒井真理子さんだし。脇も個性派ぞろいで、これは面白そうかも?と。

 折しも新興宗教が重要ファクターというのもあり(撮影は例の事件前だそうですが)、そんなこんなで劇場まで見に行ってまいりました。


◆父、帰る。

 何も言わずに突然いなくなった夫が、ある日突然、目の前に現れるって、考えただけでもの凄くイヤだよなぁ、、、と思いながら見ていた。「オレ、癌なんだよ」って、知るかよ、そんなもん!!と、私が依子さんなら吐き捨てて門前払いなんだが、依子さん、家に入れてやるのだ。「オヤジに線香あげたい」とか絶妙な口実をスラスラ言うこの夫が、超絶憎たらしい。

 しかも、この夫、めっちゃ図々しくてムカつく。ほんの短いシーンなのに、見ているこっちは殴りたくさえなるという、、、。

 「もしかしてご飯食べるの?」と聞く妻に「……え、できれば」と抜け抜けと答えたり。「酒ある?」と聞いたり。味噌汁をズルズル音立てて食べたり。

 また、別の日には、パートから妻が帰って来ると、ごみ箱に直接足の爪を切りながら「おかえり~」とか。大事にしている新興宗教の祭壇に祀ってあるでっかい水晶玉にベタベタ手形が付いているとか。

 夫が出奔している十数年の間に、妻は新興宗教にハマっていたのでした。そして、そんな母親を見ているのがイヤで、遠い九州に進学して家を出た息子。自身が結婚しようと、彼女を連れて帰ってくれば、何と、そこにはいないはずの父親がごろ寝しているではないか。自分が帰って来たつもりが、まさかの「父帰る」状態になって唖然とする息子。

 ……という具合に、深刻なはずの状況なのに、ムカつきながらも可笑しくて乾いた笑いが起きる。この、スッとぼけたムカつく夫を演じている光石研が実に巧い。この人は、本当に良い役者さんだ。


◆依子さんは本当に解放されたのか。

 依子さんは、夫の突然の失踪で傷ついた心を、怪しげな宗教で癒して来たのだが、緑命会という新興宗教の描写はソフトというか、悪質感があまりなく(守銭奴的な感じがない)、人畜無害なボランティアサークルっぽい感じさえする。ただ、それでも異様なのは、水の精(?)の稚拙な踊りや、集っている人たちの“イッちゃっている”目。あれらがなければ、依子さんがそれで救われるのなら、むしろ続ければいいんじゃない?と言ってあげたくなりそうな集会である。

 が。実は、依子さんは、この緑命会では本当には救われていなかったことが中盤に露呈するのである。

 つまり、本当に依子さんが救われるリアルな出会いがあるのだ。木野花演ずるパート仲間・水木さんの、率直でウソのない言葉の数々によって、依子さんが無意識のうちに溜め込んできたわだかまりや醜い感情は肯定され、依子さんは内なる自身と素直に向き合うことが出来るようになるという次第。嘘くさい(というか嘘そのもの)の緑命会の水や踊りや教えは依子さんを現実から逃避させていただけで、水木の言葉によって教祖の言葉が欺瞞であることを(薄々気付いてはいたけれど)ハッキリ認識するに至る。

 ただ、本作は新興宗教の欺瞞性を描いているのではなく、あくまで、依子さんという女性の抱える闇を描いているのであって、だからまあ、ソフトな描写になっていたのだろうと思われる。

 結果的に、ラストシーンでは依子さんのはじけた踊りが披露され、彼女はある意味解放されたことを暗示するエンディングとなっている。監督や出演者のインタビューを読んでもほぼそういう意味のエンディングなのだろう。……が、私は、依子さんの今後を思うと、なかなかそう単純な話にはならんだろうと、勝手に懸念してしまうのだった。

 彼女が新興宗教にハマったのは、結局、依子さんは自分に正面から向き合えない人だからである。これは、私自身、母親にその気があったので何となくそう思ってしまう。私が幼かった頃、母親にある集まりに何度か連れられて行ったことがある。今思えば、それは聖書の勉強会(多分、エ〇バだったのだと思う)だったんだが、私は聖書のあのペラペラの紙の感触が好きで、母親の横で聖書を意味もなくいじって喜んでいただけだったし、母親も結果的にそこにはハマらなかった。けど、その後も、母親は、宗教だけでなく、マルチ商法にハマりそうになったり、欲しくもない化粧品を買わされて顔がシミだらけになったり、、、と、それ系のハナシは枚挙にいとまがない。迷信深くて、他力本願的な思考回路がそういうことを招いていたんだと思うが、依子さんを見ていると、どうも母親のそういう側面と被ってしまう。

 母親も依子さんも、一見常識的でマジメでキッチリしている人なんだが、ちょっとキャパオーバーなことが起きると、パニクって現実から逃避するのである。まあ、人間誰しもそういう面はあるとはいえ、依子さんがあそこまで新興宗教に縋ってしまうってのは、彼女が典型的な他罰思考で自力で局面を変えることが出来ない人だからであり、60年くらいそのように生きて来た女性が、緑命会や教祖の欺瞞に気付いたとしても、そこから“脱退する”という超難題に立ち向かうことは容易ではないはずだ。

 そのハードルを、例えば水木の助力を得て超えたとしても、依子さんは次の依存先を水木にするのがオチではないか、、、という気がしてしまう。下手すると、また緑命会に舞い戻り、、、というパターンもアリだろうな。夫が死のうがどうしようが、妻の生来の気質まで激変するってことは、、、あんましないんじゃないかね。

 なので、筒井真理子さんの凄みあるダンスシーンに圧倒されながらも、鑑賞後感としてはあまり爽快さは感じなかった。いやぁ、、、この先ヤバいだろ、この人、、、という感じだった。


◆今と昔、どっちがシンドイのか。

 パンフを読むと、依子さんは、均等法世代よりちょっと上の女性の象徴的モデルとして良妻賢母の設定をされているらしい。逃げた夫も、男として一家の大黒柱の役割を担わされてきたと。

 息子が、結婚したいと言って連れ帰った女性は聾唖の障害を持っていて、依子は露骨に差別感情を丸出しにして結婚反対を宣言する。そこで、夫も交えた家族喧嘩が勃発するのだが、そのとき依子さんは息子に「父さんは、放射能から逃げたんじゃなくて、母さんから逃げたんだ」と言われて、返す言葉がない、、、というシーンがある。

 このブログでも以前書いたけれど、結局、性別役割分業が当たり前だった時代は、男も女も抑圧されていて、(誰が決めたか知らんが)社会の仕組みに勝手に組み込まれて良いように動かされてきただけである、、、ということなんじゃないかね。女の方が子育てや家事に向いているとか、男の方が仕事に向いているとか、ただの妄想だったということだ。

 ただまあ、そういう時代は、あまり考えなくても生きていける時代でもあった、、、とは言えそうだ。ライフスタイルが画一的で、良いことも悪いことも定型であれば、その型にハマっていれば良いのだからね。

 今は、多様性がお題目のようになっているが、定型がなくなるということは、それぞれが自身が良いと思う生き方を模索して実践していかなければならない、ということでもある。いろんな意味で、皆、人間性が試される時代なのかもしれん、、、。今の方が楽なのか、シンドイのか、、、どっちなんだろうねぇ。


◆その他もろもろ

 木野花さん演ずる水木のキャラも良いが、本作はシナリオが見ている者を要所で微妙に(良い意味で)裏切った展開になっていて、それが、一見ありがちな“女の解放物語”をなかなか上質なブラックコメディにしている。

 特に、おぉ、、と思ったのは、息子が彼女を予告なく連れ帰って来た展開。それだけでも、それこそ“波紋”だが、その彼女が、息子よりも6歳も年上なだけでなく、聾唖者という設定なのが唸る。これは、依子さんが母親として試されることになる。そして、案の定、、、という行動になるが、その時の依子さんの言葉は、想像以上にドぎつくて、水木にも「あんた、露骨に差別するねー」と呆れられるほどである。

 高額医療を受けたいと、生に執着していた夫が、妻の心の闇に思いが至ったとき「オレ、さっさと死ぬわ」と言うシーンも笑える。いや、笑っちゃいかんのかも知れんが、、、。何気に、息子が本作ではキーマンである。

 筒井真理子さんはもちろん、皆さん巧い人ばかりで、演技で??となるシーンがないのは素晴らしい。邦画でもこのようなレベルが可能なのだなぁ、と感慨深い。

 正直、荻上直子監督の映画って「かもめ食堂」の延長みたいのばっかじゃないの?と勝手に思い込んでいて、ほぼ食わず嫌いに近かったのだが(いや、「かもめ食堂」は嫌いじゃないけど)、それは本当に食わず嫌いだったのかも知れないと反省、、、。ほかの荻上作品も、これからぼちぼち見て行こうと思った次第。

 

 

 

 

 

 

 

 

本作と「かもめ食堂」はコインの表裏かもね。フィンランドが、本作では新興宗教になったと、、、。

 

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛する映画の舞台を巡る旅VI ~初台湾・縦断の旅~ その③

2023-06-13 | 旅行記(海外)


関連映画:『悲情城市』(1989)
 

その②につづき

 巨大宗教施設を後にして、高雄を目指し、再びバスに揺られて約1時間。フーさんから、予定の順番を入れ替えるとの説明あり。

 というわけで、まずは美麗島駅へ。

 

 この地上のガラス張り建築物が、美麗島駅の地上建物。日本人の建築家の設計によるものだそう。フーさんは「びれいとう」と説明で言っていた。見どころは地下にあるとのことで降りて行くと、、、。

 

 一面のステンドグラスによる「光のドーム」が出現。人間の誕生から死までを描いているそうで、よく見るとなかなか不気味な絵もある。

 

 

 

 フーさんは、ガイドブックにある様な説明はもちろんしてくれるのだが、それ以外に「この駅舎を作るのにものすごいお金がかかっているのですが、市はその内容を一切公表していないので、誰がどれだけどこに使ったか謎です。多分、余分なお金、いっぱい使われています!!」と熱弁を振るったりするのがすごく面白い。そうよ、建物の概要なんかは、ネットで情報溢れてるしね。そういうのを聞きたいわ。

 でも、この駅、そんだけお金を掛けたのに、乗降客がかなり少なく(要はオフィス街や繁華街から外れたところにあって不便なんだとか)、採算がとれていないらしい。まあ、こうやって観光客が見に来てくれれば良いのかもだけど、私たちはバスに乗って来て、バスに乗って帰っちゃうわけで、地下鉄には1元も払っていないので、、、スミマセン。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 お次は、高雄市寿山公園と隣接する高雄忠烈祠へ。国共内戦や対日抗争で亡くなった人々を祀っているとのこと。日本統治時代は神社(?)だったとかで、そのためか石灯籠も見られる。建物自体は見るからに中華様式。

 

 フーさんは丁寧にイロイロ説明してくれるが、とにかく暑くてあんまし頭に入って来ない、、、。ごめんなさい、フーさん。

 その後、公園から見た眺めはご覧のとおり。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 弾丸ツアーにフリータイムはない。ハイ、次っ!!という感じで一路、蓮池潭へ。

途中、消防署を見付けてバスから撮影。警察署と一緒の建物のよう

 

 友人が、「何か、台湾の建物に違和感がずーっとあったんだけど、なぜか分かった!」と言うので、「何で?」と聞いたら「エアコンの室外機が大きなビルでもいっぱい付いてるからだと思う」と。言われてみれば、この消防署にも室外機がたくさん、、、。

 30分弱で蓮池潭に到着。バスで遠目からでも派手な建物が目に入るが、間近で見てなおビックリ。

 「龍の口から入り、虎の口から出る」ことで厄払いできるのだとか。まあ、人がいっぱいいたので、ここはスルーしたのだけれど、、、

 少し歩いた先にも、このようなカラフルな龍がいて、こちらは一応くぐってみた。こちらは、春秋御閣といって「龍に乗った観音様が雲の合間に現れた」という言い伝えを表したものだそうで、龍の口をくぐっただけで、虎の口はくぐらなかったので、厄払いは出来ていなさそう、、、。

 高雄周辺では一大パワースポットなのだとか。名前のとおり、蓮の花がたくさん咲いていたけど、あんまし風情はなく、まあ、テーマパークに近い感じかなぁ。

 とにかく暑くて、自由時間は30分ほどあったけれど、もう歩き回る気力もなくて、ツアーの皆さんと集合場所近くの日陰で涼んでいた。聞けば、皆さん、割と全国各地からいらしていてビックリ。北海道からというご夫婦も。皆さんも暑くてグッタリ、、、という感じだった。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 で、2日目の日程をほぼ終えて、最後の夕食へ。鼎泰豊は、日本にもたくさん出店しているのだって。初めて知りました。調べたら、銀座や日本橋にもお店がある。

 高雄の漢神アリーナデパート(日本の阪神系)の地下にある鼎泰豊の高雄店へ。

 

 予定より大分早く着いてしまうので、フーさんより「多分、少し並びます。何組かに分かれてばらばらに入ることになると思う」との説明がある。待つ間、フロアを見て来ても良いよ、と言われたので、イロイロ見て回るが、まあ、日本のデパ地下とほとんど変わらない。友人がマンゴーを探していたけど、やはりシーズンじゃないから無い。

 待つこと20分くらいで、最後のグループとしてようやく入店。テーブルに着くなり、すぐに料理がじゃんじゃん出されてきて、食べるのに必死。薬を飲み忘れそうになる。

 以下、料理の一部です(慌ただしくて全部撮影できなかった)。

 

 
 

 小籠包は店員さんが「これは一人〇個!」と言って出してくる。事前にフーさんから小籠包の食べ方レクチャー有り。「蓮華に小籠包を載せて、皮を破る。蓮華に出て来たスープを飲んで、少し温度が下がった状態で小籠包を食べる。スープごと食べないように!」とのことで、皆、律義にこの方法でいただきました。

 人気店というだけあって、確かに美味しかった。けどまあ、ここでなきゃ食べられない味、、、、ではないよね。個人的には、空心菜とチャーハンがとっても美味しかったな~。

 デザートに餡子の入った小籠包が出て来ておしまい。餡子が甘すぎず、美味しい。お腹いっぱいになりました。

 食べ終わって、店の外に出ると、先に済ませた方々が待っている。……のだが、フーさんが「4人いない!」と言って探している。しばらくみんなでうろうろ探していたのだが、見当たらず、、、。10分くらいしたところで、4人様現れる。先にバスに戻ってしまい、でも、バスはドアが閉まっていて真っ暗なので、慌てて戻ろうとしたものの、駐車場から店まで来るのに迷子になってしまったとのこと。何はともあれ、無事に全員そろって宿へ。

 

☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 1日中暑さにやられて、ようやく宿へ辿り着き、友人も私もぐったり。……だったのだけど、ホテルの部屋がなかなかキレイで、2人ともちょっとだけテンションが上がる。

  
 

 この後、のんびり湯船に浸かって身体を癒し、友人と駄弁りながら眠りについたのだった。あー、疲れた。

 

 

その④につづく

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

帰れない山(2022年)

2023-06-12 | 【か】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv80483/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 都会育ちで繊細な少年ピエトロは、山を愛する両親と休暇を過ごしていた山麓の小さな村で、同い年で牛飼いをする、野性味たっぷりのブルーノに出会う。まるで対照的な二人だったが、大自然の中を駆け回り、濃密な時間を過ごし、たちまち親交を深めてゆく。

 やがて思春期のピエトロは父親に反抗し、家族や山からも距離を置いてしまう。

 時は流れ、父の悲報を受け、村に戻ったピエトロ(ルカ・マリネッリ)は、ブルーノ(アレッサンドロ・ボルギ)と再会を果たした。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 大分前にチラシを目にしたときから見たいと思っていた本作。なかなか上映時間と都合が合わずに、これはこのまま終映か、、、と諦めかけていたところに、たまたま運良く都合がつきましてようやくスクリーンで見ることができました。

 ……と思って見に行ったら、いきなり、あり~?と。だって、スタンダードサイズなんだもの。雄大な山の風景をワイドスクリーンで見られるのだとばかり思っていたので、、、。でもでも、そんなのは始まって数分もしないうちにどーでもよくなりました。それくらい、映像美と音楽、ストーリー、何より主演2人の素晴らしさに引き込まれたからです。


◆人生いろいろ、男もいろいろ。

 少年時代のピエトロとブルーノの交流が、汚れ切ったおばさん(私)の心を浄化してくれる。2人が互いに距離を測りつつ、少しずつ、、、いや、あっという間に親しくなる様が見ていて微笑ましい。

 ピエトロのお父さんと、少年2人の登山シーンがなかなかスリリング。クレバス(?)を越えるシーン。お父さんとブルーノは何とか飛び移るんだが、それもまあまあ怖いんだけど、ピエトロが高山病で息苦しくなって「ダメだ、、、」ってなる直前に頑張って飛び移ろうとするところなど、もう怖くて手に汗握ってしまった。私がお父さんだったら怖ろしくて「頑張って飛べ!」なんてとても言えないなぁ、、、などと思いながら見てたので、お父さんがピエトロに「大丈夫か?」と言って、ちゃんと引き返してくれたときは、ホッと胸を撫で下ろしました。

 これ見ていて、「プロヴァンス物語」をちょっと思い出していた。都会っ子マルセルが夏にやってくる山で少年リリと出会って、友情を育むお話。2人には哀しい未来が待っていて、映画ではそれはサラリと最後にナレーションで流れるだけだが、少年時代のキラキラとのあまりのコントラストに衝撃的で、鑑賞後感はかなり重かった。マルセルとリリを引き裂いたのは、その後の戦争なので、余計に辛い。

 一方、本作は、そういう不可抗力的な惨事には見舞われることはなく、成長過程で交流に中断はあるものの、再会後にすぐ友情は戻る。その、久しぶりの再会も何とも呆気なくて、それがまた良い。久しぶりだね、、、という感じでハグするだけ。

 チラシのスチール画像にもあった、2人が山で家を建て直すシーンはただただ作業している場面を見ているだけで楽しい。ブルーノが巧みに柱や梁を組んでいく様は見もの。

 その建て直した山小屋で、青年になった2人のそれからの物語が紡がれていく。ピエトロが人生に迷っているときに、ブルーノは山で生きる一択で迷いがないのだが、歳を重ねるにつれて、立場が逆になって行く。ブルーノはむしろ、一択だからこそ迷いがないようで、迷うのだ。それは、伴侶を得て、子供を持ち、自分一人の人生ではなくなったからだろう。そんなブルーノを見ていて、結局、伴侶は子どもと共に去って行く。

 一人になったブルーノは、やはり山に生きる一択の人に戻るが、それは伴侶を得る前の一人だったブルーノとは明らかに違っていて、それを定期的に会って目の当たりにするピエトロの気持ちが、直截的には語られないけれど、山と小屋の風景が雄弁に物語る。


◆幸せ~って何だっけ?

 最終的には、2人には哀しい結末が待っているのだが、「プロヴァンス物語」とは違って、鑑賞後感は悪くない。

 途中、ネパールから帰ったピエトロが「鳥葬」の話をするシーンがあって、それを聞いたブルーノの妻は嫌悪感を示すのだが、ブルーノは「それは理想的な埋葬だ」(セリフ正確じゃありません)と言う。そして、ブルーノの最期は、まさに「鳥葬」を連想させる描写で終わっているのである。

 ブルーノは、実の父親とは不仲だったし、妻子とも離れ離れになってしまったけれども、ピエトロの父親とは実の親子のように親しく交流していたし、ピエトロとも長く友情を保って、山にこだわった生涯を全うして理想的な最期を迎えた、、、と思えば、かなり幸せな人生だったと言っても良いのでは。

 ピエトロも、なんだかんだとあったけれども、好きなことをしながら才能を開花させることができたわけで、こちらもおおむね幸せだと言って良いだろう。

 だからおそらく「プロヴァンス物語」を見終わった後の悲壮感はないのだと思う。どんな人間関係にも必ず終わりは訪れるのであり、ピエトロとブルーノにもそれが訪れただけだ。ただ、少し早かったということ。

 こういう映画を良いと思うのは、やはり私が歳を重ねたからだろうなぁ、と思う。若い頃見たら、途中で爆睡していたかも、、、。いや、2人のイイ男を見ているだけで、バッチリ覚醒していたかもだけど。

 ルカ・マリネッリとアレッサンドロ・ボルギは、当初、互いに逆の配役の方が良いと思ったとか。でもまあ、これは作品となって見たからそう思うのかもだけど、やはり、ブルーノはボルギの方が合っていると思ったなぁ。パンフを読むと、ボルギ自身は「自分は誰とでもすぐ親しくなっちゃうから、ブルーノとは全然違うヨ」みたいなことを言っているのが面白い。
 
 このパンフが実にオシャレな作りだったので、画像載せちゃいます。表紙をめくると、あらお手紙? 入っていたのは……!!

 

 

 

 

 

 

モンテ・ローザ(居酒屋じゃないよ!)の美しさよ、、、!!!

 

 

 

★★ランキング参加中★★

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛する映画の舞台を巡る旅VI ~初台湾・縦断の旅~ その②

2023-06-10 | 旅行記(海外)


関連映画:『悲情城市』(1989)
 

その①につづき

 初日の晩、疲れているはずなのに、どうも眠りが浅くて、何度か目が覚める。で、ふとバスルームの方から、ゲホゲホッという女性の苦し気な声が聞こえて来て、またまた目が覚める。友人が宿に着く直前のバスでちょっと酔ったと言っていて、ベッドに入る前も「何か寝れそうにない、、、」と言っていたので、具合が悪くなったのかと思って隣のベッドを見たら、友人はおとなしく寝ている、、、。

 あり~?? 寝ぼけてたのかしら、私。空耳?……それとも、、、??

 とかちょっと考えたけど、どうやらまたすぐ眠ったらしい。

 朝食は6時半からだったけど、友人はゆっくりめに行きたいと言い、でも5時半には目が覚めて眠れそうにないので起きてしまった。友人を起こさないように身支度したり、お茶飲んだりしながらダラダラ過ごす。

 7時過ぎに朝食へ。

  

量少なめ、、、。/友人オススメの黒糖蒸しパン

 

 かくいう私も、3月末から続くお腹の不調がイマイチのままで、出発3日前に別の病院に行ってエコーやら血液検査やらレントゲンやら撮って色々診てもらったんだけど「異常ないですね。旅行前で心配なら安心材料で胃カメラしますけど、必要ないですね」とハッキリおっしゃる先生。「多分、機能性ディスペプシアだと思います」と言われ、漢方やら胃薬やらを2週間分出してもらったのだった。

 この薬が、飲み方がややこしく、食前と食後に分かれていて、しかも、朝晩と昼と飲む種類が違う。間違えそうなので、1回ずつ小分けにして持ってきたのだけど、この旅行中にも食前の分を何度か飲み忘れて、食事中に飲んだりしていた。……そんなわけで、朝食も大人しく少量で、、、。

 食パンの横の黄色いのは蒸しパンで、中にカスタードクリームみたいのが入っていた。蒸しパンはもう1種類あったのだけど、友人が「これ美味しいよ!!」と言って、たくさん持ってきてくれた。

 黒糖の蒸しパンで、甘さ控えめで確かに黄色いのより美味しかった。友人はお持ち帰りしていた。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


【2日目のスケジュール】 台南~高雄観光

安平古堡 → 赤崁楼 → 延平郡王祠 → 田寮月世界 → 仏光山仏陀紀念館(昼食)→ 蓮池潭 → 寿山公園 → 美麗島駅見学 → 鼎泰豊(夕食)

 

 2日目の集合は、8:15で、20分に出発。既に暑い、、、

 

もう27度/バスから街並みを撮る

 

 バスに揺られて10分もかからないくらいで、安平古堡に着く。

 

 17世紀にオランダによって造られた城堡。当時のレンガが今もあるとフーさんが教えてくれるが、清掃の機械の音がうるさくてイマイチ聞こえない、、、。おまけに暑い。

 

展望台/展望台からの眺め

 展望台に上ってみるも、あまり広くないし、やっぱり暑い。

安平開台天后宮(安平古堡入口前にあって広場が駐車場になっている)

 

 こちらは入っていないけれど、海の守護神媽祖を祀っていて、台湾の媽祖廟では一番古いのだって。美しい建物で思わず撮影。

 バスに戻って、今度は赤崁楼へ。

コメダ発見!(フーさん曰く、「高いだけでイマイチ」)

 

 15分ほど揺られて赤崁楼に到着。

 こちらもオランダによって造られたもの。その後、鄭成功によって東都承天府と名を改められて行政機関として使用されたそう。

御贔屓牌

 

 亀に見えるのは龍の子ども。花崗岩で作られていて、背中には石碑を載せている。石碑には清の乾隆帝が武将を称えたものらしいけど、文字はよく見えない。というか、石碑が倒れそうで、よく見ると後ろで支えがしてあった。

海神廟

 

 内部には、鄭成功さん関連の展示。

 

 

☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 バスに戻る途中で、フーさんに冬瓜茶のお店に連れて行ってもらう。イロイロ種類があって良く分からないけど、フーさんオススメのシンプルなのにする。たしか15元だったと思う。

 

 これが、思いのほか甘くて、味がよく分からなかった、、、。冬瓜のお茶といっても茶葉ではなくて、冬瓜と砂糖を一緒に煮込んで作られたものだというので、甘くて当然なんだけど、ここまでとは、、、。全部飲むのにかなり時間がかかった。

 で、バスで冬瓜茶をちびちび飲みながら、お次の延平郡王祠へ。

 鄭成功を祀る祠で、日本統治時代の建造物。

 

“この廟で一番値打ちのあるもの”とはフーさんの言/ここでも成功さん関連の展示

 

 

鳥居のような、、、/リスがけっこういました

 

 お次は、バスに揺られて約30分、田寮月世界へ。

 

 ご覧のとおり、荒涼とした景観で、「悪地地形」と呼ばれるのだそう。台湾で悪地地形と泥火山が最も発達したエリアとガイドブックにもあるのだけど、不毛の地というのも何となく分かる。

 で、戻ってくると、バナナを売っているおばさんが。

バナナと、手前のネットが見えるのは瓢箪

 

 それまでにバスの中でフーさんが、「ここのバナナはフィリピンバナナとは大分味が違うのよ」と教えてくれていて、「これがまさに台湾バナナ」と言って、おばさんに交渉して房ではなく、1本5元で売ってくれることに。

 

 短くて、皮は少し茶色くなってからが美味しいのだそう。で、いただいてみたら、普段食べているバナナとゼンゼン味が違う!! 適度な酸味があり、実に美味しい。うー、これはもっと欲しいけど、すぐに傷んでしまうからお持ち帰りも難しいので、諦める。でも、2本、3本買っている人もいた。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 とにかく、暑くて、すでにお疲れ気味だったのだが、次はようやく昼食。バスで約30分ほどで、仏光山仏陀紀念館へ到着。

 

 来てみてビックリと言うか、ここは広大な宗教施設だった。もうとにかく、ものすごいお金がかかっているのが分かる。フーさんによれば、献金(寄付)が「すんごい!」んだそうな。

 お昼は、ここの食堂でとるのだが、精進料理バイキングだった。

 お皿とお茶碗が1つずつ。どんなにたくさん料理をとっても、お皿は1枚だけ。取り皿もう1枚!なんてのはNG。消毒もマスクもしっかり求められるが、お料理の方は、意外にバラエティに富んでいて、日本料理の精進料理とは全く異なる。

 ここで、私は食前に薬を飲まなければならないので、水が欲しくて係の女性に聞いたら「そのお椀でスープを飲んだ後、水が欲しければそこに入れてあげる」と言う、、、。いや、私は薬が飲みたいのだけど、、、と思ったが、なんか面倒臭そうなので大人しく諦める。お椀にスープを入れられたので、仕方がないから、スープで薬飲んじゃうか、、、とゴソゴソ鞄から薬を出していたら、先ほどの女性が「ああ、あなた薬飲みたかったのね、こっちいらっしゃい」と言って、食堂外の廊下に連れていかれる。そこで、ガラスのコップを渡されて、ウォーターサーバーの前に行って「ここの水使いなさい」と。

 ……あ、これは英語でやりとりしていました。親切な女性で有難かった。まあ、スープで飲んでしまっても良かったけど、粉末の漢方だから、やっぱし水の方が飲みやすいよね。

 ご飯の右側の揚げ物は、さつまいものから揚げ(天ぷらではない)だったのだが、さつまいもの甘さとしょっぱさが絶妙で美味しかった。友人はお持ち帰りして、夜、宿でそれをつまみにビールを飲んでいた。

 前日の夕食がまあまあ残念だったので、この昼食はとっても美味しく感じたわ~。

 この後、名物の金ぴか大仏を見に行こうと思ったけど、暑いし、遠くから眺めるだけで十分か、、、ということで友人と意見が一致。早々に冷房の効いた施設内に戻って涼んでいた。

 

 

恐竜(?)なぜここに、、、?/高級ブランド店がモールのように並ぶ(スタバもあった)

 

 

その③につづく

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生きる LIVING(2022年)

2023-06-09 | 【い】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv79969/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 1953年、復興途上のロンドンで公務員として働くウィリアムズ(ビル・ナイ)は仕事一筋で生きてきた。いわゆるお堅い英国紳士である彼は、仕事場では部下に煙たがられ、家では孤独を感じる日々を過ごしており、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。

 そんなある日、ウィリアムズは医者から自分ががんを患っていること、そして余命半年であることを告げられる。手遅れになる前に充実した人生を手に入れようと、彼は大きな一歩を踏み出す。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 これも、前回の「ザ・ホエール」同様、見たのはGW中。オリジナルの「生きる」があんまし好きじゃないので、本作も本当なら見る気にならないはずなんだが、なんつっても主演がビル・ナイで、脚本がカズオ・イシグロと聞けば、まあ、一応見ておくか、、、という気になってしまった、という次第。

 でも、正直なところ、前半は退屈で睡魔に襲われそうになること数度。目覚めたのは、ビル・ナイの歌声。歌えるのは知っていたけど、やはり彼は芸達者な役者さんだ。

 オリジナルよりも全体に小奇麗になっていて、アクが抜けた感じだったけど、私は本作の方が好きだなぁ。

 それは、志村喬が苦手で、ビル・ナイが好きだからってのが大きいんだけど、不思議なのは、オリジナルで志村喬演ずる渡辺さんの変わり様にどうにも違和感が拭えなかったのが、本作のビル・ナイ演ずるウィリアムズの豹変ぶりには、ゼンゼンそういうのを感じなかったってこと。これも、単なるビル・ナイ効果か??

 みんシネにも書いたが、オリジナルの渡辺さんが公園づくりに勤しんだのは、結局、自分のためにしか思えなかった。このまま無為に死を迎えたくねぇんだよ、オレは!!っていうね。そこに、たまたま公園問題があったから、これ頑張ってやって死のう、みたいに見えたのよ。住民のため、じゃなくてね。いや別に、結果として、住民の要望が実現したんだから動機が利己的だって別にええやん、という見方もあるし、そうだと思うけど。でも、志村喬の演技を見ていて、私は「ええやん」とはゼンゼン思えなかったわけです。

 翻って、本作でのウィリアムズ氏はどうかというと、まあ、動機は似たようなもんだし、背景もほぼ同じ。なのに、渡辺さんに感じた、「この人、どこまでも自己都合な人やね」というネガティブなイメージは抱かなかったというか、余命宣告されたら、ああいう風に変わるのもアリかもね、なんて思っちゃった。……やっぱり、ビル・ナイ効果かねぇ。

 あと半年しか生きられない、と分かったとき、自分ならどういう心境になるのかは、想像がつかない。どういう最期を迎えたいかとかも全く分からない。呆気なく死にたい、と思ってはいるが、こればっかりは自分の意志でどうにかなるもんでもない。ただ、私の友人のお祖母さんは、日頃から「ぽっくり死にたい」が口癖で、日々健康に気を使って暮らしていたそうなのだが、本当に「ぽっくり」亡くなったんである。訃報を聞いたとき「え?先月お会いしたのに、、、!」という感じだったのを覚えている。なので、日頃の心掛けも大事ではあるのだろう。

 オリジナルでの、渡辺さん亡き後の葬儀のシーンが、私はものすごく退屈でウンザリしたのだが、本作はその辺りは実にサラッと簡潔にされていて、それも好印象になった要因の一つ。オリジナルは、とにかく長過ぎる。出てくるのもほとんど、おじ(い)さんばっかだしね。


 

 

 

 

 

 

 

オリジナルより小奇麗なのは戦勝国だからかな。

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ザ・ホエール(2022年)

2023-06-05 | 【さ】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv79969/


以下、公式HPよりあらすじのコピペです。

=====ここから。
 
 恋人アランを亡くしたショックから、現実逃避するように過食を繰り返してきたチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、大学のオンライン講座で生計を立てている40代の教師。歩行器なしでは移動もままならないチャーリーは頑なに入院を拒み、アランの妹で唯一の親友でもある看護師リズ(ホン・チャウ)に頼っている。

 そんなある日、病状の悪化で自らの余命が幾ばくもないことを悟ったチャーリーは、離婚して以来長らく音信不通だった17歳の娘エリー(セイディー・シンク)との関係を修復しようと決意する。

 ところが家にやってきたエリーは、学校生活と家庭で多くのトラブルを抱え、心が荒みきっていた……。

=====ここまで。


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 実は、本作を見たのはGW中。公開前にチラシを見て興味があったので予備知識なく見に行ったのだけど、うぅむ、、、あんましピンと来なかった。

 見終わって、基は戯曲と聞いて納得(後述)。ほとんどの場面はチャーリーの部屋で完結しているし、登場人物も限られる。

 主人公のチャーリーは、体重が272キロにまで増えてしまって死を予感する毎日を送っているのだが、死ぬ前に生き別れている娘と和解したいと望んでいる、、、という設定で、娘エリーとの和解がなされるかが本作の主たるストーリーである。

 結果的に、和解を思わせるラストで終わり、チャーリーはまもなく死んでしまうのだろうが、一応はハッピーエンディングということなのだと思われる。

 映画として悪くないとは思うけど、好きか嫌いかと聞かれれば、正直なところ、好きじゃない。なぜかって、チャーリーのことが好きになれなかったからである。巨漢だからでも、家族を捨てたからでもない。

 終盤で、チャーリーは多額の金を蓄えていることを元妻に打ち明け、それを全てエリーに遺したいと言うのだが、これを聞いて、私の気持ちはズッコケた。ナニ、この自己満オヤジ、、、と。彼の娘に対する罪滅ぼしということだろうけど、だったら、エリーの養育費ちゃんと払って来ればよかったやん、と思う。大きくなってからだって現金もらえれば、そら有難いに違いないけど、別れた妻はエリーを一人で育てて来たのであり、元妻は苦しみからかアル中になっており、これまでの過程でお金があったらどれだけエリーを育てるのに役立ったかと思うわけで。お金ってのは要は使い方なんですよ。間の悪いときに大金ドカッと一度にもらってもね、、、。

 何でそんなお金をこっそり今まで蓄えていたのかという、チャーリーの真意を描いているシーンがないので、結局カネかい、、、としか思えない。金さえ遺しゃ多少の贖罪にもならぁ、、、っていう発想が卑しくないか?

 この展開によって、結局、チャーリーという人間は、どこまでも身勝手で自分のことしか考えていないヤツ認定してしまったのでした。いや、自己中大いに結構!なんだけど、こういう自己満なことをして、自己満のうちに死にたい、、、っていう根性が嫌いだ。とことんエゴイストとして生きればええやん、と思うのよ。そんな覚悟もなく、家族を捨ててまで恋人に走ったんかい、、、ってね。

 そもそも映像化した意味があんましないような。だって、見ていて、これ戯曲やない?と思ったわけだから、それはほとんど舞台を見ているのと変わらない印象だった、、、ってことよね。

 メルヴィルの『白鯨』が重要なファクターになっているのは分かるが、白鯨になぞらえられた巨漢のチャーリーについては、白鯨ほど微に入り細を穿った描写はないし、設定が設定だから、チャーリーの部屋に娘や友人や宣教師が入れ代わり立ち代わりやっては来るが、あまりドラマに深みはない。

 せっかくの特殊メイクで、巨漢過ぎて動けなくなったチャーリーの、白鯨さながらの達観した生き様を面白おかしく描いている映画かと勝手に想像していたら、思いっきり空振りしてしまったというわけでした。

 何となく手ぶらで帰るのも悔しいので、一応パンフを買って帰って来たのだが、春日武彦氏のコラムがあってちょっと報われた気分。やはり、こういう映画では、精神科医の見方を知るのは興味深い。

 

 

 

 

 

 


チャーリーの姿を初めて見た宅配ピザ屋の兄ちゃんの反応が酷過ぎる。

 

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛する映画の舞台を巡る旅VI ~初台湾・縦断の旅~ その①

2023-06-04 | 旅行記(海外)


関連映画:『悲情城市』(1989)
 


 コロナが収束したわけじゃないけれど、世の中、最早コロナ禍は過去のハナシみたいになっているではないか。都心でも再び外国人が大勢歩いている光景が見られるようになっている。ああ、またどこか行きたいなー。ロシアにもう一度行きたかったけど、もう私が生きている間は無理だろうし、そもそも円高だし、海外はどうなんだろう、、、。

 ……などと考えていたところ、たまたま、台湾縦断ツアーをネットで目にしまして、以前から行きたかったこともあって、この機に行ってみよう!と思い立った次第です。夏休みを利用して、、、とも思ったけど、おそらくメチャクチャ暑いだろうから、5月ならギリギリ大丈夫かな、と思ったのですが、、、。

 ツアーに申し込んだときは、まだ、ワクチン接種証明が必要と言われていたので、準備したのだけれど、出発するときには一切不要となっていました。3泊4日の旅行記、いつ終わるか分かりませんが、とりあえずボチボチ書いていきます。 


☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜


 羽田8:55発台北松山空港行きJL097便に乗るべく、集合は、何と朝6:55でかなり早い。自宅を5:30前に出て、無事6:30くらいに第3ターミナルに到着。

 久しぶりの羽田国際線チェックインは、荷物の預け入れも全てオンライン化されていて、ちょっとビックリ。まあ、やってみればさほど難しくはないのだけれど、スーツケース預けようと指定場所に置くと、「横にして置け」と機械に怒られる。けど、ちゃんと絵に描いてある通り横にして置いたのに、縦だと認識してるのはアンタでしょーが、、、と言いたくても機械には言えない。ので、ちょっと向きを変えると、今度は「バーコードが読み取れない」とまたも怒られる。めんどくせぇ、、、と思いながらタグを直す。ようやく荷物を吸い込んでくれてホッとなる。

 その前の顔認証では、なかなか顔写真を読み取ってくれないので、「はぁ??」と思ってよく見たら、ロシアのビザの写真を読み込ませようとしていて、これはこちらの間違いで、申し訳ございませんでした、、、と、パスポートの顔写真ページを開き直して再度チャレンジでどうにかパス。

 ようやく手荷物検査へ進むが、結構な行列。羽田は成田みたいなでっかい案内ボードがなかったんだっけ? 何ともショボいモニターで、これじゃぁ旅の気分も上がらないよ。

 

 少し遅れて搭乗手続きが開始されて、友人とは別々の座席に。3時間弱だから別に構わないけど。出発も少し遅れたけど、離陸してほどなく機内食が出る。

 ハヤシライスがなかなか美味しかった。朝も早かったしお腹が空いていたので美味しい食事は有難い。

 

まもなく到着、、、

 

 ほぼ予定通り11:30頃に松山空港に到着。ここで、現地ガイドのフーさんが待っていてくれた。ツアーは計23名で、ご夫婦が多い印象だけど、お一人参加も何人かいた様子。

 

日本のどこか、、、って言われても違和感ないこの光景は、松山空港前のバス駐車場。

 

 ここからバスに乗って、一路、日月潭へと向かう。高速を飛ばして3時間半。

 

キリン好きには嬉しいバス♪/途中、一度トイレ休憩有り。

 

高速から見える光景。タモリが見たら喜びそう

 

☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 日月潭は、台中と台南の中間くらいの内陸部にある、台湾で一番大きな湖。あの霧社事件のあった場所から車で1時間くらいの所。暗緑色の水が特徴なんだとか。湖の東側は円形(?)だから“日”、西側は三日月形(??)なので“月”で、日月潭という名なのだって。

 

文武廟にあった案内図。左下が日月潭の形なんだけど、、、日と月に見える?/水の色は、、、よく分からない

 

 ここからさらにバスで登って、文武廟へ。

 

特大の獅子の石造に圧倒される

 

 バスを降りて、廟の前でフーさんが説明を始めたら、突然、ボタボタと大粒の雨が落ちて来る。フーさんが「急いで中入って!!」と言って階段を駆け上がって行くので、皆ばらばらと走って社殿への階段を上る。

 

スコールか!? 滝の様、、、

 

 この廟は、日本統治時代に日月潭にダムがつくられた際に、湖に沈む2つの寺院が合併して、1938年に建立されたもの。なので、割とまだ内部も新しい。孔子、関羽が祀られているほか、仏教、道教、儒教の神(仏?)が一同に集められているという。

 

  

 展望台やロープウェイもあるらしいけど、突然の土砂降りだったし、内部をフーさんが詳しく解説してくれたので、そちらへは行かなかった。けれど、この眺め。

  

 

☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆

 

 この後、台南へと、再びバスで2時間半。神農街へと着いたのは、午後7時を回っていた。

 この神農街は、日本でいえばレトロな街並みと言ったところか。フーさん曰く、「昼間見ると、ただのボロ家並みだけど、夜はキレイよ」とのこと。

 

 

 ライトアップされていて確かにキレイ。だけど、昼間来ても十分古い建物見て歩けば楽しそうなんだが。ここでの自由時間はわずか20分くらいなので、駆け足で家並みやお店を見て回る。駄菓子屋発見!!

 

 

 これだけ買って89元だったので、大体450円くらい? まあ、さほどお安くはない。けど、旅のお楽しみ。

 

☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 この後、宿へ向かい、夕食はホテルのレストランでとったのだけど、これがかなり、うーん、、、なのであった。中華料理の円卓を囲んで、次から次へと料理が運ばれてくるが、どれも取り分けにくいものばかりで、とにかく写真を撮る暇もないくらい慌ただしい。私も友人も疲れていて、あまり積極的に料理を取る気力もなく、ちょいちょいとご飯とスープあたりを口にして、早々に引き上げることに。

 友人は酔い止めを持ってくるのを忘れたと言って、宿の目の前にある薬局へフーさんと酔い止めを買いに行った。

ロビーから客室廊下がずっと吹き抜けでリゾートホテルみたい。下に見えるのが夕食をとったレストラン

 

 

 

 部屋の写真を撮りまくっていたら、あっという間に友人が戻って来る。友人も撮影タイムに入り、二人ともグッタリして、部屋にあったポットでお茶を入れて一休み。

 とにかく、移動が長くて、慌ただしい初日だった。

 

その②につづく

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TAR/ター(2022年)

2023-06-03 | 【た】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv78686/


以下、上記リンクよりあらすじのコピペです(青字は筆者加筆)。

=====ここから。
 
 リディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、世界最高峰のオーケストラの1つであるベルリンフィルにて女性初のマエストロに任命されることになった。天才的な能力と努力によって地位を確立し、作曲家として活躍するが、マーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャー、そして新曲の創作に苦しめられていた。

 そんな時、かつて彼女が指導を担当した若手指揮者の訃報が届き、彼女にある疑念がかけられる。

=====ここまで。

 
☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆゜'・:*:.。。.:*:・'☆゜'・:*:.。。.:*:・'゜☆


 このブログにも時々書いているけど、クラシック音楽を扱った映画は、大抵ハズレと分かっていても、気になって見に行っちゃう。

 本作は、公開の大分前からすんごい話題になっていて、それはアカデミー賞で何部門もノミネートされていたからってのもあるし、主演があのケイト・ブランシェット様だからってのもあるんでしょうが、まあ、私としては、舞台がベルリン・フィルというリアルに設定されていることや、サントラがドイツ・グラモフォンから出ているというのに背中をググッと押されまして、よせばいいのに懲りずにまた見に行ったのでありました。

 で、、、まあ星の数からお察しとは思いますが、ハズレとまでは言わないまでも、空振り気味であったと言えましょう。絶賛気味のレビューが多い中、いささか気が引けるけど、以下その理由というか、感想を書きます。

~~ネタバレしておりますので、よろしくお願いいたします。~~


◆オケも指揮者も重要ではない。

 結論から言ってしまうと、面白くは見たのだけれども、鑑賞後感としては、かなり残念に近い感じであった。

 本作は、クラシック音楽映画でも、オケ映画でもなかった。世界の頂点に立つオケであるベルリン・フィルは、単なる舞台装置に過ぎず、カリスマ指揮者というのも、権力者の象徴に過ぎず、何なら、まんまホワイトハウスの映画にしても良かったんじゃないのか?と思った次第。

 なぜなら、本作中、ケイト・ブランシェット演ずるカリスマ指揮者である(はずの)リディア・ターが指揮する本番のコンサートシーンが皆無だったから。ターの本番ステージのシーンは、終盤のイカレてからの殴り込み(後述)だけ。

 カリスマ指揮者が主人公なら、本番のコンサートシーンは必須である。だって、指揮者の真価は本番でしか分からないからね。

 彼女が指揮をしているのは、全部練習シーンであり、しかも指揮棒を振っているよりオケを言葉で指導している方が多いくらい。練習でいくら言葉巧みに指導したところで、本番のステージ上で指揮者は一言も発することはできない。本番のコンサートで指揮者ができるのは棒を振ることのみ。棒だけでオケに意図する音楽を演奏させることができなければ、その指揮者はダメなのだ。

 カリスマ指揮者による本番ステージのシーンを撮ろうとすると、これはかなり大変だろう。ケイト様の指揮っぷりの演出もだし、曲を何にするかも重要だし、とにかくオケの本番の演奏シーンとなれば監督の手腕が大いに試されることになる。予算の都合で難しかったのか、監督自身がリスク回避したのか、ゼンゼン違う理由か、実情は知る由もないが。

 どこかで聞いた話だけど、リハで全く言うことを聞かないオケに怒った指揮者が、本番では倍速で棒を振ってオケを混乱させ、文字通り本番の舞台を自ら棒に振った、、、というエピソードがあるらしい。また、私の知っているプロ管楽器奏者は、リハで饒舌に喋る指揮者を「言葉じゃなくて棒でやれよ、と思うよね」と軽蔑していた。まあ、リハで細かく指導する指揮者はいると思う(チェリビダッケとか異様に細かかったらしいし)ので、その言い草もどうかと思ったが、言いたいことは何となく分かる気もする。アマオケの練習ではなく、相手はプロなのだからね。

 ……つまりそういうことでしょ、指揮者とオケの関係というのは。

 だから、BPOと史上初の女性首席指揮者の緊張感みなぎる本番シーンを期待していると、思いっきり肩透かしである。超一流演奏家たちのピラニア水槽に飛び込むリディア・ターを見られると思っていたので、なーんだ、、、という感じになったのだった。

 本場ステージにターが現れるのは、精神的にヤバくなってから、本番を格下の男性指揮者に乗っ取られて、怒り狂ってその指揮者を指揮台から殴り落とすというシーン。カリスマ指揮者のやることか??いくら追い詰められたからと言って、、、。まあ、あの辺りから後は彼女の妄想だったかもしれない、、、という見方もできるわけだが。


◆前評判とかけ離れた超地味映画。

 本作で描かれるのは、権力者の転落物語である。奢れるものは久しからず。……こう書いてしまうと実に陳腐だが、この権力者を、史上初のBPO女性首席指揮者、という設定にし、それをケイト様が演じたってのが、本作の注目度をググッと上げたのは間違いない。

 ここに、アメリカのヨーロッパへの強烈なコンプレックスも感じないでもないのだが。なぜにBPOなの?アメリカにも名門オケはあるのに。冒頭にも書いたけど、アメリカ制作映画なら、史上初のホワイトハウスの女主人の映画にすれば良かったのに。ホワイトハウスを舞台にすると、シャレにならん、生臭すぎる、、、かもだけど。オケだったら、権力者のハナシと言っても芸術というオブラートでくるめてちょっと腐臭を緩和させることもできるってか。

 まあ、それはともかく。本作は、クラシック音楽映画ではなく、権力の座にのし上がった者が転落し壊れていく様を描いているサイコ・スリラー映画である。ケイト・ブランシェットは、その壊れ行くマエストロを、まさしく“怪演”している。

 オスカーノミネートとか、イロイロ華々しい話題豊富な割に、映画自体は、かなり地味だし、サイコ・スリラーとはいえ、一見それほど怖さも感じないので、これは見る人を選ぶ映画だろう。情報量が多いので、見終わった直後は再見しようかと思ったけれど、時間が経つにつれてそこまでの価値のある映画とも思えなくなってきた。DVDでなら見るかもしれないけど。音楽映画とはいえ、スクリーンで見るべき音楽シーンがふんだんにあるわけでもないしね。

 1つすごく気になったのは、マーラー5番の本番の演奏シーンである。ターにとって重要な音楽であるマーラーの5番なのだが(それ自体はどうでも良いのだが)、ターが殴り込みに行くステージで演奏されているのがこのマラ5である。ここで、おやっと思ったのが、冒頭のラッパのソロがバンダだったことである。この曲は何度もライヴで聴いているが、冒頭のTrpソロがバンダだった演奏には出くわしたことがない。スコアを見たことないのだが、バンダ指定されているのか?

 ところどころで、??な映像も(サイコ要素として)あるけど、あんまし私はそういうの興味ないので、面白いとも思わなかった。本作がお好きな方、すみません。


◆以下、余談。 

 ターは、自身のパワハラ行為が原因で失脚するわけだが、ネット上では、同性愛者の女性権力者がパワハラ行為に及ぶという設定に批判が上がっている。現実には、パワハラを行っているのは圧倒的に男性権力者であり、女性は(特にセクハラの)被害者であることが多いのに、こんな設定では女性がガラスの天井をぶち破ることを妨げるだけではないか、同性愛者の差別助長になるのではないか、、、というような趣旨である。

 けれども、それは女性権力者が過去に絶対的に少なかったから加害者も少なかった、というだけのことであり、権力の座に就いて、その後、その座の罠に陥るのに男も女もない、ましてや異性愛者とか同性愛者とか関係ない、ということを監督としては描きたかったんだろう、と私は思う。

 むしろ、女性や同性愛者という現段階での社会的弱者に無謬性を求めるそのような批判こそ、逆差別であると思うのだがどうでしょう? 女は権力の罠に嵌らないとでも?

 また、「20人も子供を作って、家父長制の権化みたいなバッハの音楽は聴く気がしない」と言うノンバイナリー(?)の男子学生に対し、ターがネチネチと責めて追い詰めるシーンについて、“凄まじいパワハラ”と批判している感想も目にしたけど、ターが言ったこと(要は、バッハの下半身問題と音楽を切り分けろ、ということ)自体は正論だし、クラシック音楽で飯を食おうとする人間なら、バッハは避けては通れないのは間違いない。こういうのをキャンセルカルチャーというらしいのだが、ピカソの絵も、ピカソの下半身問題に照らして撤去するという動きもあるとかで、そんなことを言ったら、歴史上の芸術は端から否定されることになりかねない。この辺は、以前にもポランスキークストリッツァについて書いたように、作品と制作者をどこまで切り分けて考えるか、、、という問題にぶち当たる。

 さらに、ターはBPOで失脚後、東南アジア(フィリピンらしい)に落ち延びて、ラストシーンはゲーム音楽(モンハン)のコンサートで指揮棒を振り上げる、、、というオチなんだけど、これがアジア蔑視であると憤慨して書いている人もいた。が、そもそもクラシック音楽(というかオーケストラ)なんてのは、白人(それも西欧の)男性のものであったわけで、白人女性ですら被差別者である世界なのだから、そらアジアなんてBPOからすれば異世界のなれの果てみたいなもんである。それは差別であることに違いないけれども、じゃあ、ターをどこに落ち延びさせたら差別にならないのか、と言ったら、どこへ落ち延びさせてもれっきとした差別になるわけで。ヨーロッパの田舎のオケなら良いのか?いやそれは田舎差別でしょ。田舎じゃなくてもマイナーなオケなら良いのか?いやそれはマイナーオケ差別でしょ。……ってキリがない。それがオーストラリアであれ、アフリカであれ、アメリカであれ、“落ち延び”た先であれば、どこでも差別的になるってことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイト・ブランシェットは本作でオスカーを逃したからか、引退宣言をしているらしい。

 

 

 

 

 

★★ランキング参加中★★

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする