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「竹下村誌稿」を読む 300 教育 3

(散歩道のコギク)

朝から志太の杜見学会を開催する。バスは島田市のバスが借りられ、26人定員中、24人の参加者であった。榛原郡、志太郡の延喜式神名帳にのる神社が6社、特徴ある寺を2寺、計6ヶ所を巡った。金谷宿「古文書に親しむ」講座主催で、島田金谷史蹟保存会、金谷郷土史研究会などからも参加して頂いた。ほぼ、時間通りに終り、皆な楽しんで頂いたみたいで、また企画して下さいと、頼まれた。天気も良くて、まずまず大成功であった。企画から案内まで、ずっと引き受けてくれた、NTさんには大感謝である。詳しくはまた後日、取り上げよう。

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「竹下村誌稿」の解読を続ける。

試験は行わざるも、常に手跡の巧拙を考査し、冬至にはオサライと称し、年中習得したる手本の諳書あり。懲罰には体罰行われ、手にて頭を打つあり、物にて背を擲(う)つあり、或るは火を付けたる線香を持たしめ、または机留とて稽古を終りたる後、家に帰さざることありき。
※ 巧拙(こうせつ)- たくみなことと、つたないこと。じょうずとへた。
※ 諳書(あんしょ)- 書を諳(そら)んじること。


寺子屋にては、習字、読書の外、算術を教ゆるもの少なかりしにより、寺を下りて後、他に算道の心得あるものに就き、八算見一、相場割りなどを学ぶを常とす。それ以上を学ぶものは稀(まれ)なり。かくて師弟間の情誼は恰(あたか)も親子の如く、極めて濃厚にして、その師を尊敬せし事、非常にして、到底今日の学童が教師に対するが如き、比に非ざるなり。
※ 八算(はっさん)- 珠算で、2から9までの8個の基数で割る一桁の割り算。九帰法という独特の九九を用いる。八算割り。
※ 見一(けんいち)- 珠算の二けた以上の割り算。除数と被除数を見て、答えがどう出るか見当をつけるもの。
※ 情誼(じょうぎ)- 真心のこもった、つきあい。


若し子弟の家に慶福のある場合には、師を招き饗応し、師家にても、また折々赤飯、菓子などを弟子に饗し、春秋の好時期には、弟子を率いて、その物見遊山に赴く事もあり。また冬至の饗応とて、冬至の日には、弟子は白米三、四合づつ持ち寄り、師家にては菜類を調理し、師弟ともに会饌して、打ち寛ぎ放楽する例あり。
※ 慶福(けいふく)- めでたいこと。幸い。
※ 会饌(かいせん)- 会食。
※ 放楽(ほうらく)- なぐさみ。たのしみ。法楽。


寺子屋の義は、年末に大抵一朱、乃至一分或るは二分位とす。但し、弟子入りの時は赤飯または酒肴を師に呈す。また正月、盆、節句などには、必ず付け届けをなし、蔬菜時果、その他珍しきものあれば、師に贈る。当村にては主として常安寺住僧、師匠に当り、常に二十人乃至三十人の弟子を収容せり。中には近傍の寺子屋に入るものもありし。寺子屋を下りて、進んで学を修めんとするものは、各方面に師を求め、四書五経、史記左伝、その他、和漢の文学を学ぶものありしも、これらの学を修むるものは、村内僅々たる人数なりし。
※ 謝(しゃ)- お礼やおわびを表す金品。
※ 蔬菜(そさい)- 野菜。青物。
※ 時果(じか)- その季節のくだもの。
※ 僅々(きんきん)- わずかなさま。ほんの少しであるさま。


読書:「山怪 参 山人が語る不思議な話」 田中康弘 著
現代版「事実証談」の山怪版といった、聞き書きの本である。
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