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道聴塗説 その三 2

(庭のクリスマスローズとヒヤシンスの蕾)

一風ごとに暖かくなって、少しずつ花の季節に移って行くようだ。

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「道聴塗説 その三」の解読を続ける。

元祖(法然)の臨終奇特などは、西方指南抄に広く載せられ、高僧和賛に、曇鸞源空との両讃に、臨終の霊相を嘆じ給う。道綽善導源信に臨終奇特あれども、讃文には初後の両讃を挙げて、中の三師を略し給う。これらの祖師をも皆な化土の往生と判ずべきや。
※ 西方指南抄(さいほうしなんしょう)- 法然の法語・伝記・書簡などを編集したもの。
※ 高僧和賛(こうそうわさん)- 親鸞が撰述した高僧の和讃(和語をもって讃嘆する詩)。
※ 曇鸞(どんらん)- 中国南北朝時代の僧、中国浄土教の開祖。浄土宗では、「浄土五祖」の第一祖。 浄土真宗では、七高僧の第三祖。
※ 源空(げんくう)- 法然の諱(いみな)。
※ 道綽(どうしゃく)- 唐代の中国浄土宗の僧侶。浄土宗では、「浄土五祖」の第二祖とされる。浄土真宗では、七高僧の第四祖とされる。
※ 善道(ぜんどう)- 善導大師。中国浄土教(中国浄土宗)の僧。「称名念仏」を中心とする浄土思想を確立する。
※ 源信(げんしん)- 平安時代中期の天台宗の僧。恵心僧都。「往生要集」の著者。浄土真宗では、七高僧の第六祖とされる。
※ 化土(けど)- 方便化土ともいい、阿弥陀仏が方便により自力の行者のために仮に現した浄土。


但し、御書などに臨終を期せず、来迎を頼まずとあれども、念仏往生に来迎などは無しと申すことに非ず。ただ期せず、頼まずと申す義なり。その故は前段に孝子の織女・金釜を心に掛けて、父母に事(つかえ)る譬えを示すが如し。来迎などの奇特を心に掛けて、往生の大利を外にするは、如来本願の正意に戻れり。ただ乃至一念即得往生と心得たらば、往生に付きたる御利益は、自然に具わるべし。
※ 乃至一念(ないしいちねん)-「すなわち一念に至るまで」と読む。「一生涯の相続」を乃至の言葉で省略しており、一生涯から一念に至るまでのすべて含むことを表す。
※ 即得往生(そくとくおうじょう)- 念仏行者が命を終えるとただちに極楽浄土に往生すること。真宗では、真実信心が得られたそのときに往生が定まるとする。


然れば、往生は本なり。来迎(等)は末なり。開山の御勧化は、ただ本を存して末に貪着なき旨なり。
※ 勧化(かんげ)- 仏の教えを説き、信心を勧めること。
※ 貪着(とんじゃく)- むさぼり執着すること。物事にとらわれること。
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