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典座和尚と道元

(天童山老典座和尚と若き日の道元禅師)

石雲院にまだ居る。

本堂前の左手には「天童山老典座和尚と若き日の道元禅師」と銘打った銅像があった。そばに銅像を案内した石碑がある。
    正法を求めて宋に渡り、天童山に在りし時、・・・・・
    典座(※)、仏殿前に在って苔を晒す。
    手に竹杖を携え、頭に片笠も無し。
    天日熱く、地甎熱きも、汗流して徘徊し、力を励まして苔を晒す。
    稍苦辛するを見る。背骨は弓の如く、ほう眉は鶴に似たり。
    山僧、近前づきて、典座の法壽を問う。
      座 云く、六十八歳なり。
      山僧云く、如何ぞ行者人工を使わざる。
      座 云く、他は是れ吾にあらず。
      山僧云く、老人家、如法なり。天日且つ恁のごとく熱し。如何ぞ恁地にする。
      座 云く、更に何れの時をか待たん。
    山僧、便ち休す。廊を歩むの脚下、潜かに此の職の機要たることを覚る。
    ※ 典座(てんざ、てんぞ)というのは、禅宗寺院で修行僧の食事、仏や祖師への供膳を司る役職。食事の調理、喫飯も重要な修行の一つで、修行経験が深く温厚な人物が任命され、修行僧たちの相談役として敬慕される者が多い。

この問答は、道元禅師が38歳のときに食生活全般について書かれた、「典座教訓」に載っている話である。このままでは理解出来ないから、出来るだけ原文に忠実に現代語訳を試みよう。

正しい教法を求めて宋に渡り、天童山に居た時、(中略)典座の老僧が、仏殿の前で椎茸を日に干していた。手に竹の杖を持ち、頭には笠もかぶっていない。照りつける陽射しは熱く、敷瓦も焼け付くように熱い。汗を流して歩き回り、一生懸命椎茸を干している。見るからに苦しそうである。背は弓のように曲がり、眉は鶴のように白い。
近づいて老僧の年を聞いた。「六十八歳だ」という。「なぜ、修行僧や下働きの人を使わないのですか」と聞くと、「他は是れ吾にあらず(他の人にやらせると自分の仕事にはならない)」と答える。「おっしゃる通りです。しかし陽射しがこのように熱い。どうしてこんな時になさるのですか。」と聞くと、「更に何れの時をか待たん(いまやらずに、いつするのだ)」と答えた。
自分は口をつぐんだ。廊下を歩きながら、心中ひそかに典座職がいかに大切であるかを覚った。

当然のことであるが、写真の銅像はこのお寺のために一体だけ作ったものではない。ネットでよく調べてみると国内の寺院に何体か設置されていることが知れる。
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