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katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

kAMEYAさん出張教室

2017-07-23 04:40:11 | モザイク教室
今日はkameyaさんの出張教室。2人欠席で2人。そんな中、本日張り終わりの方から。とうとう終わったのね。何しろステンドをやっている事もあって、ぺきぺきでのモザイクは自宅でもサラッと終わらせて、しかもかなり上手かったのね。所が周りの人達が1cmタイルを使っているのを見て、私も・・・って

事になったんだけれど、余りにぺきぺきで結果が良かった分、簡単だわ・・・って気持ちのまま始めてしまったんだろうね。しかも周りのみんなもやっている・・・ってね。ただ、実はその周りのみんなは何年もモザイクをやっている人達だったんだけれど・・・・。思い込んでしまったんだろうね。

そうしたら、初めてつまづいたんだろうね・・・思うようには行かないし、けど無理に進めても何か変な感じだし・・・何しろぺきぺきのようには行かない。そんな気持ちの中、棟梁に習った所を進めるのは良いけれど、習っていない所までやったら失敗しちゃうよ・・・ってアドバイスがあって・・・。

そんなこんなで少しづつ気持ちも変わって、難しい事をやっている・・・みたいな考え方になると、今度は今まで一人で勝手にやった所が剥がしたくなって・・・・何度も剥がしちゃったりもしたのね・・・・。まぁ幾度と無くへこみつつ、ようやく完成したのね。

それを棟梁に凄いね・・・頑張ったね・・・素敵になったってねぎらいの言葉を貰ったのね。なのに、喜んではいるものの、ここが・・・ここがって何か気になる場所があるって・・・・昔は、この位は良いですよね・・・・って明らかに進みたい事の方が大事だったのに、今は完全に質重視。

それを聞いていた棟梁にこっちに来ちゃったね・・・って言われていたのね。確かにこっちの人なのね・・・何が素敵で、何が大変で、質を選べば進まない・・・こんな気持ちに切り替わった事が全てなのね。そんな気持ちの葛藤がこの1つの作品の中にあるのね。

それが今度は葛藤少なく、そう言う気持ちで・・・と最初から取り組めるのね。ただね、初心って言うのは、また向上すれば、今度はもっともっとと欲張ったりもする。作り手って言うものは果てしない欲望があるもんなのね・・・だから上手くなれば上手くなった人の葛藤をする事になるのね。

それについては新作に入った時で良いが、今日はひとまずお疲れ様・・・この努力は報われるべき・・・そんな作品となった。では棟梁。


最近、手が痛いんですよね・・・ってまた言ってるのね。だったら、気持ちの楽な方にすれば・・・とこっちに切り替えを提案したんだけれど・・・。流石に自覚して貰わないと・・・と、何故手が痛いのか?の検証をする事にしたのね。まっ、聞かなくても想像は付いているんだけれど・・・。

ねぇ棟梁は1週間単位でどの位、モノ作りの時間を使っている?・・・って質問なのね。まずは仏像彫刻。えっと・・・5.60時間かな?って言った瞬間、そんなにやってんの?・・・ってビックリされているんだけれど、本人はケロッとしているのね。まっ、そうだろうね・・・まだまだ続くんだからね。

じゃそれじゃない彫刻は?えっと・・・2.30時間。だろうね・・・ここでご存知じゃない人への説明は、仏像彫刻って言う図面やルールがしっかり決まっていて、落語だったら古典落語みたいな扱いで守らなきゃいけない事ばかりなものと、新作落語つまり自由に自分で作るスタイルの2つがあるのね。

方やルール通り・・・つまり考える事じゃなくて、そっくり真似る。って方と、自分で考える・・・つまり何を彫りたいか?モチーフ自体も決めないとならないのね・・・。つまり棟梁は古典落語と新作落語を2つやっている事になるのね。それを彫刻をする時間が1週間に100時間を超えるのね。

じゃ続けよう・・・それでモザイクも俺が教えている時間だけでも、kameyaさん1回にアトリエ3回なんだけれど、更に自宅でも進めているよね?まだまだこんなの序の口。えっと・・・季節は夏だったよね?夏は浴衣の季節だよね?・・・当然、浴衣なんか作っちゃっているよね?・・・。

えっ、でもたった3.4枚・・・・あっ、小物も数点作った・・・って。きっともっともっと聞けば、いくらでも出て来ると思うのね。それでも、まだまだ出来る・・・と思っているのね、本人は・・・。もう途中から唖然としていたのね・・・聞いていた方は・・・。

それじゃ手が痛くなるのも当たり前ってね。まっ本人に自覚無い所か、まだまだ出来ると思っているのだから、休む気一切無し。だから、アドバイスは、人も呆れる位、止まらないんだから、止まらなくても良いよ・・・でもね、止めないのなら、責めてこれは気が楽、これは集中みたいに、

制作する内容をしっかり把握して、新作落語は考える・・・だから、頭を使う、だから想像力。古典落語はしっかり真似るだから、洞察力や観察力。良く見る事なのね。それを今日の自分の体調に寄って変えるって事。それだけでも気持ちだけは調整出来る。

それと消してさぼっているような状況では無いし、むしろ人から見てやり過ぎに見えているって事であって、まだまだ出来るはおごりや過信である。
その考え方を持たないと、段々と歳を重ねると、老眼であったり、肩こりだったり、ずっと座っているんだから、腰痛だってあるかも知れないのね。

でも運動と違って汗も搔かないし、ついつい軽視しちゃうんだけれど、結構辛かったりするのね。しかも年々ね・・・明日同じ事を続けられるのがいつまで続けられるんだろう・・・が本音であって、このまま永遠に今のまま行ける訳では無いのね。

それじゃまとめに入ると、やり過ぎの人は時に休む事も大事で、酒飲みに休肝日って言っているようなもん。つまりやっている人はやっている自覚が無いから止める事も指導だし、止まらないなら、手を止めて頭を動かせば良いのね。つまり考える・・・構想を練るってね。

それなら、手は休める。これが逆にほぼやっていない人は、やった時にやった・・・って自分で言うものなのね。だから棟梁はやり足らないって言うのだから、相当やっている人になるし、逆に結構やっているんだけれど・・・・なんて言う人は、そうでも無いのかもね・・・。あはははは。

いずれにせよ、こうした自覚1つで、手を休めるのか?頭を休めるのか?使い分ければ良いだけなのね。少なくとも湿布張って、彫刻やモザイクをするのはいかがなものか?って話なのね。今日の棟梁への指導はこれだけで十分だと思うけれど・・・一応、技術指導もしたけれどね・・・あはははは。

そんなこんなでアトリエに戻って、ペンキ塗り。


その後は、子供教室用のサンプルの構想・・・・中々、これっって言うのが出なくて・・・また今日も夜のホームセンター巡り。明日、明後日とお教室が無いんで深夜もありなんで・・・・割と遅くまで考えていると・・・おっ、これ良いかも・・・って言うのがまとまったのね。

明日はそれを作って見ようと思うのね・・・・。

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