katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

新モンゴル日馬富士学園の額

2020-03-31 08:32:44 | モザイク作家
今日は昨日の続きで三角部分。正直2日とは言ったものの、本当に掛かるかな?何とかならないかな?・・・と半信半疑で始めたものの、お昼の時点で、あぁやっぱり2日かぁ・・・って思い知らされた感じなのね。文字に引っ掛かると、どうしても決まった形に切らないとならない事が続くんで、進行具合がグッと落ちるのね。3時頃

には、何とか青だけは・・・に変わって、深夜になって、もう終わらないと思って、ここまでとなったんだけれど、丸々2日は掛からないだろうから、時間の貯金は出来たんだろうけれど・・・。にしても、今日は志村さんだろうな・・・著名人の死を聞くと、終わりに向かっているのか?まだまだ続くのか?・・・気が張っている今は良いが、こ

れが終わった後、正直不安になる。それはみんな一緒なんだろうが・・・。今やれる事をやるしか、今の時間の使い方が判らず、先の事を考えると不安だけが残る。ただ、本来夢を見るって言うのは、今日より明日、明日よりまた明日って希望だけで進むもんだと思うのだが・・・だから我慢では無く辛抱になる訳で・・・。終息を待つ

しか無い・・・。

新モンゴル日馬富士学園の額と33tokyo

2020-03-30 07:35:02 | モザイク作家
ん・・・色々考える事もあり、仮にお教室があったとしても、今日からそこに触れるのをしばらく辞める事にしたのね。自粛なんて事もあるし、けれど生活もしないとならないし・・・ご新規さんならまだしも、ハンドルネームがあるような方だと、ご迷惑も掛かりそうだし・・・と言う事をお知らせしてからの、改めて今日は今やっている、

新モンゴル日馬富士学園の額と33tokyo.。新モンゴル日馬富士学園の額の方はこれと、刀を張れば張り終わりで、後は残りの2割程度の目地。そしてその後、裏側にもう1枚、全部のパーツに木を張るのね。目地は1日は掛からないだろうし、木の張り付けも大きくて大変だとは思うけれど、1日で何とかなると思うのね。つまり

仕上げに2日。プラスこの三角と刀は張り終わるのは何日?って事なんだけれど、三角は2日、刀も2日見たとして・・・だとすると、後6日間。33tokyoの方は、後900mm分なんだけれど、文字も無く張るだけなんだけれど、現場で切らないとならない事があって、もう1回行かないとならず、行ってしまえば終わるから1日。ザックリ

計算なら1週間と言う事になる。ただ木を切って張るには晴れてないと駄目だし、33tokyoの方も、都会なんで駐車場から台車で運ぶ事になると、こっちも雨では困るんで、天候に若干左右はされるとは思うんだけれど・・・。

かぐや最終日

2020-03-29 07:37:32 | モザイク作家
今日はかぐやの最終日。そんな中、すーさんから連絡があって、月曜日に手伝う事になった。モンゴルもレストランも4月中旬アップなんで、そろそろメドが立つような感じにならないと行けないんだけれど、先日のミスのような事があっては・・・と言う気分的なプレッシャーがあって、終わるとは思うんだけれど、心配する気持ち

が、進んでいる気持ちを邪魔して、気忙しくさせている感じなのね。それを打ち消す為に、あっちこっち食い散らかしたような場所を終わらせる感じに事務的な作業。それによって気持的に後どの位、掛かる?って時間を計算出来る、そんな整理をしている感じなのね。目地にしても、仮に雨が続いたとしても、アトリエ内で解決

するような部分しか残っていないし、やはり大きく感じる事は、この後に余白となるタイルが飲み込むように下地をかさ上げしないとならず、イメージはもう1回今まで切った下地を切って裏側に張らないとならない・・・恐らく1日あれば終わるとは思うんだけれど・・・。そんなこんな中、かぐやは帰ったんだけれど、やはり一緒に

やっている事で、終わるの?って気持ちのままでの帰宅は、手伝いたい気持ちと、心配な気持ち、・・・それは、ずっと携わっている者と途中で帰らないとならない者の違いで、ニュアンスはいくらか変わっても、俺の日常を例え1週間でも共有すると、日頃一体何をしているのか?はっきり判るだろうし、どうして終われるのか?って

理由もしっかり判ったとは思うのね。普通にやってたら絶対終わらないってね。ただそんなのも後少し・・・そんな気持ちも少しはある。終わりが見えては来ているから・・・。

納車と新モンゴル日馬富士学園の額の目地

2020-03-28 07:28:44 | モザイク作家
今日はホームセンターに養生資材を買いに行って、その足で納車。本音を言えば、もう一回車検を通したかったが、周りの意見と送迎を考えて購入したんだけれど、特に選んだ訳でもないから、思い入れも無く、乗り慣れないとって気持ちの方が大きく、そんなこんなで戻って目地。恐らく、この2日間で8割位は、目地が終わったと思うんだけど。

新モンゴル日馬富士学園の額とレストランのエントランス仕込み

2020-03-27 07:52:09 | モザイク作家
今日も相変わらず。、かぐやと新モンゴル日馬富士学園の額とレストランのエントランスの仕込み。恐らく期日をはっきり聞いた事で、忙しさと言うよりも気忙しさが増した感じで、自分の中での安心ゾーンまでたどり着かないと、落ち着かない・・・そんな気持ちの中、目地をして終わらせたものを増やそうと、俺は目地、かぐやは

残りを張るって分業にして進める事にしたのね。何しろタイル屋の時の目地とは違って目地も塗りやすいものは無く、どれもこれも細かく・・・

有利なのは座れるし、アトリエ内でも出来ない事は無いんだけれど、流石に仕上げではウエスで拭いたりするから、骨材の砂っぽいものが出るから、こんなに沢山だと、やはり外で・・・、あっ目地は午後からだった・・・午前中はしめ縄の下地直ししたんだっけ。何とか一応思ったより早く直ったから、その流れで外って事で目地。

そうそう、そんな中、さくらがやって来て・・・用事があってすぐに帰ったけれど、コロナの事もあるし、こんな中だから、何かちょっと会えただけでも、それはそれで何より。そうね、何しろあれもこれもなんで、何処までやってもわんこ蕎麦みたいで、何か果てしなくて、キリが無く、終わりには近づいているはずなのに、気持ちの焦り

みたいなものが、気分的に削られている感じで・・・いずれにせよ、やっていれば終わる方向には向かっている。

新モンゴル日馬富士学園の額とレストランのエントランスの仕込み

2020-03-26 07:42:46 | モザイク作家
昨日の巻き返しをしないとならない所に、レストランのエントランスの仕込みもしないとならず・・・かぐやに模様を任せて、俺はこっち。

文字は仕込んであったので、ベースの紺を切りつつ・・・。何とか文字部分は終わったんで、後はベースの紺を張るだけなんだけれど、寸法を現地に測りに行かないとならず、現場の進行待ちって感じなのね。そんな中、何とか昨日壊した部分のタイルの直しは終わったんで、後は綱の部分の下地直し・・・。いずれにせよ、元に戻

りつつ、地味ながらは進んでいるのね。

店舗の仕込みと、えっ?今から・・・

2020-03-25 07:35:32 | モザイク作家
今日はかぐやと店舗の仕込みを始めたんだけれど、予定通りにまずまずなスタートを切って、キリの良い所でお昼にしようか?・・・って話で、1時過ぎになってしまったのね。そんな中、電話があって、今から伺うんですけれど・・・って。美術会社の方・・・しかも4人でって。この手狭な状況で?って慌ててお昼を済ませて、現状確認を

する為に、大家さんに頼んで庭に並べて・・・まぁそうなると4人もいると助かるけれど、何しろ今の状況は狭い中に人込みって言うのはね・・・そんなこんなでみんなで寸法を測ったりしていると・・・先生、寸法が合わない・・・って。えっ?・・・確かに測って見ると、上下の長さが30cmも違ってて・・・さてどう直すか?になって・・・。確

かに以前、現地で寸法違いがあって直した事があり、今回も微調整位は覚悟していたのね。何しろ5mx2mなんて大きさをアトリエ内で作っているのだから。とは言え、数回全部外に出して測ったんだけれど・・・完全に計算間違いがあったのね・・・何しろ30cmだからね・・・。そんな訳で、みんなに測って貰った寸法でどう直す

か?となり、一番被害が少なくて済む直し方で、あっちこっち切り直しをして・・・夕方までには寸法は直ったんだけれど、今度は黄色と黒色のタイルを剥がして直し・・・夜半になっても半分位しか直らず・・・ここに来て1.5日分位はロスになった上、改めて納期が4月中旬って言われると、気忙しくなった・・・。

新モンゴル日馬富士学園の額とかぐやが来る

2020-03-24 08:33:10 | モザイク作家
今日も相変わらず新モンゴル日馬富士学園の額。何とか夕方までにこの部位は終了したのね。その後、かぐやを迎えに羽田へ。今回で額については終了したいのと、店舗の仕込み、更に先日のすーさんの話があれば、それも含めたやる事満載な感じなのね。それはそれで今のご時世を考えたら有難い話なのね。何にしても、

慌てない様にしっかり1つずつ終わらせないと・・・。何しろその後もやる事はあるのだから。

中学生教室と新モンゴル日馬富士学園の額

2020-03-23 01:19:54 | モザイク教室
今日は中学生教室。まぁ大体状況は判って貰えるだろうけれど、そうね例のあれね。ちなみに早い始動なんで、名前を入れてドン引きなんて事も嫌なんで、しばらく伏せとくとして、いずれにしてもリピータ―さん。ただね、にしても去年は全員受賞なんで、それを踏まえてやるって事になると、ただやりましたって訳には行

かない。何故なら、もう始めちゃっているから。軽くやる感じでは無いでしょ?そうなると、じゃどうする?って話から始まるのね。当然そんなの2年目なんで、質問の意味も良く判っているから、去年と同じ質問でも、何を答えるのか?知っている分、こっちもそれに返答しやすいのね。そうね、そもそもモザイクを2年目って言うの

は、例えば小1が小2になったとか、みたいな話なんだけれど、これが受賞なんて言葉を付けると、レコード大賞を去年取った2年目は?・・・みたいな話になると思うのね。そんな感じでそれを踏まえて今回どうする?・・・なのね。じゃまた例えばじゃんけん。グー出して勝った後、どうする?みたいな話で同じにするならグー。

とは言え、同じもんを作る訳には行かないから、考え方って話なのね。つまりグーを2回出すって事は、仮にオリジナルで取ったのなら、今年もオリジナルで2回目となり、既存の絵画や写真の模写的なものであるのなら、今年もそうする感じで連続同じスタイルにする・・・そんな考え方。例えばカレーでも良い。二日目のカ

レー。一日目よりもコクはある。しかし、新鮮さは無くなるのね。つまり刺激は去年よりも薄くなる。見慣れられてしまった分、同じ程度では評価が低くなる可能性がある。大体、人がやる事なんて言うのは、特例って状況が起きない限り何でも一緒なのね。去年と同じ出し物とか、去年と同じ演奏、去年と同じプログラム・・・

ほら文字で十分伝わるでしょ?・・・それを今回初蔵出しとか、今年初めての・・・とか、初って付けると特別感出るでしょ?これを踏まえて、どうする?なのね。その時に今のようにどちらか一方の話って言うのは0点か?100点か?みたいな話は、単なる説明でサラッと流したいのね。当たり前の話だから。大事なのはどっちでも

無い・・・ハイブリッドな話。要するに、ヒョウモントカゲモドキ・・・の、もどき・・・これ。同じように、風味でも良いし、のようなもの・・・でも良いし、考え方はオリジナルのようなもの、オリジナルモドキとか、オリジナル風味みたいな感じに言葉で表現すると、オリジナル寄りの真似な感じにならないかな?そうね、きっと今のモ

ンゴルの作品はこっち寄りなのかな?それをスペイン風味とか、スペインもどきとか、のようなもの・・・みたいに原形に寄せたのがノアさんの依頼作品みたいになるのね。いや、なっているか?どうかは見ている人の感想であって、そう言う感じで作った・・・って位にしとこうか。いずれにせよ、こっちか?あっちか?の話より

も、ちょっと上の話になると思うのね。どちらにしても、オリジナルとして考えないとならない自分だけの部分が必要になるのだから、グー、グーの考え方では無くて、グー、グー´位の違いは出るはずなのね。つまり本当に説明したい部分はこの辺の話になるのね。こんな考え方もある・・・って。勿論こうしたいが決まっている

のならそれで良いんだけれど、そんな事思い付かなかった・・・って場合、選択しようにも浮かばないのでは、選択しようも無い事になる。もっと言えば、こうしたい・・・ってだけなら、2年目なんで、タイルを切る張るって行為だけなら、素材の固さなどの違いやら、材料選びやら、単なるアドバイスで済むと思うのね。でもも

し、もっと上を目指すのなら、一体何を向上すれば良いのだろうか?例えば大袈裟に表現をして、死ぬほど・・・を付けたとする。死ぬほどバットを振った、死ぬほど野菜を切った、死ぬほど書いた・・・こうすると人一倍の努力をした感じが出る。勿論、感じだけじゃ無くて凄さも伝わったりもする。じゃ死ぬほど勉強をしたな

ら、みんな合格じゃん。でも違うのね。勿論やらないよりは、全ての分野に置いてマシにはなる。けどね、死ぬほど野菜を切っても、切るのは上手くなったからと言って、味が整う訳じゃないし、バットを振っても守備が上手いとは限らないし、わざと書いたと表現をしたけれど、ボールペンも書道も一緒な訳じゃないから、必

ず結果が出るとは限らない。そこで言いたいのは、1年目なら頑張っただけで良い。何も知らなかった人が何百時間掛けただけでも、全く何も見なくても、良くそこまで諦めずにたどり着いたね・・・これで十分。けれど2年目もそれで通用する?ものの考え方だと思うのね。じゃ早くからやって倍の時間やれば良いのかな?

じゃ3年目は?終わったらすぐ始めれば良いのかな?そんな単純な事で結果が出るのかな?そこで考えるべきは、去年とは違う意識なんじゃないのかな?って事になる。その時に受賞者として何見せる?なのね。例えば、その反対の考え方なら、受賞したからモザイクはもう良いや・・・こんな感じだったり、刺激として薄くな

り、違う分野へ・・・って事もあると思うのね。それは刺激の人だから。ただ、その刺激って言う考え方を同じ分野で求めた場合、探求心が大いに変わって来るのね。何故なら、常に新しいものに移る人は、常に新人なのね。要するにスペシャリストにはならない。それが行為と知恵の2種類あるとして道具を使う場合、その

道具に慣れるには時間が掛かる。勿論器用なんて人もいるから、最初から上手い人もいる。こんな場合、次々に移る人達になるんだろうね。或いは知恵の場合、アイデアで勝負するから、発想って言うものでその分野に取り組むから、腕よりもデザインや模様を考えちゃうのね。だから、オリジナル感が簡単に出せたりもす

る。だからある程度の練習で結果がすぐ出たりもする。これもまた次に移るケースになる場合がある。けれど逆に3年続けたりするケースがあったりする。その場合に、一体何を教える?って事になった時、これも何でもそうなんだけれど、1つのものを追求するって行為はどんな事なのか?なんじゃないのかな?と思うのね。

全く前者とは違う考え方。物事を追求するって行為は、恐らくそうそう無い事だと思うのね。そこで折角の3年間をどう使うか?となった時、どう、ホップ、ステップ、ジャンプに繋げられるか?・・・そんな指導がしたくなる。そもそも、読んで字のごとく、ホップもステップもジャンプも違う動作の表現であり、同じ事を意味しない。

極端に言うのなら、ホップもステップもジャンプの捨て石。つまりジャンプの為の準備とも言える訳で。これを世の中では、基礎固めなんてして実践みたいになってて、けどさぁ、それじゃ2つの動作しか無いじゃん。と思うのね。つまり最初から3年間やる・・・なんて人は早々いないから、最初は単なるきっかけに過ぎない。そ

れがきっかけで、3年やるみたいになった時、じゃこの1年を無駄にしないで、更なる向上って2年目・・・なんて、誰でも良いそうだから言わない。俺なら3年目に頂上って事にして、2年目は冒険でもしようか?・・・責めて行くのも良いし、守るも良し。でも以前と違う考え方をしよう・・・ってね。そこで慣れが使えるのは動作にな

る。つまり切る張る。練習は裏切らないからね。でも刺激・・・だから考える事。推理、クイズなんでも良いが、それを解いていては普通。それを作る側にならないと・・・ただね、そんなに甘くは無いのね。見る側は海千山千・・・容赦無いからね。しかも受賞者。えっこれ?って残酷に言われるかも知れないし、あぁまた・・・。って

言われるかも知れない。同じ分野で去年の自分と同等かそれ以上・・・そんなもんを目指すって。そんなに甘く無い。そう言うもんだよ・・・ってまず覚悟が一番大事になる。それを持ってどうする?なのね。あるメダリストがCMで金を取るのも大変だけれど、続けるのはもっと大変って。そうなのね。それがプレッシャーなの

ね。それはね、選ばれしき者にならないと味わえないものなのね・・・ノープレッシャーなんて単なる期待値が低いだけ。本当に何かを目指す時って、そう言う事と向き合うんだよ・・・だから人と違くなる。良くも悪くも。ただ負けて得るモノがあると言うが、勝たないと得られないものもあるのね。って言うとね、単なる宿題に、

・・・つて言われそうだけれど、俺の言いたいのは宿題にでは無くて、去年の自分に・・・なのね。本当にそれで良いの?ってね。勉強のように点数は出ない。同じモチーフじゃ無いのに、分野が同じだけで、比べられ軽く流されるかも知れない。そんなプレッシャー、プロフェッショナルにならないと普通は味わえないのね。で

もね、折角やるのなら、単に時間を使わないで知恵を使おう・・・って話。たっぷり考えて貰うって。でもだからと言って、何でもかんでも答えを出して・・・って言っている訳でも無いのね。悩むって事ね。そもそも困りもしないで新作作るって・・・有り得ないでしょ?子供とて一緒。しかも大作。試行錯誤とはそう言うもの。って

事を踏まえて画像を見たら、一体何が始まるんだろう?・・・って、とんでもない線が引かれているのね。また今年も楽しみなのね。そんな後は、いつもの新モンゴル日馬富士学園の額。しかも、中学生にそんな事を言った後だもの・・・やりますよ。



リピータ―さん教室と店舗の打ち合わせと・・・

2020-03-22 08:04:10 | モザイク教室
今日はリピータ―さん教室。自宅でパーツは切ってあり、張るだけにしてあったんだけれど、何しろそのパーツが1作前と違ってかなり精度が上がっていたのね。もうそれだけでもグレードアップに繋がるのに、中心部の赤の花びらパーツを見たら、もはや言う事無しなんで、デザインが決まり次第張って貰ったのね。これが例え

ば、中心部って言うのはメインな部分で、しかも赤。一番目立つ色。そこの部分がマチマチのパーツなら切り直して・・・ときっと言ったと思うのね。でもこれだけの精度・・・つまり一番目立つパーツがしっかりしているのだから、仮に他のパーツが見劣りしたとしても、大きくグレードが下がったようには見えないと思うのね。だから

何の問題も無いだろう・・・と判断するんだけれど、1cmタイルの4分の1の段階で綺麗に切れているなぁって思えているのだから、脇役のパーツに問題が無く、メインがとても綺麗・・・もはやパーツに一切問題が無い事になるのね。そうなると問われるのは、それを生かしたデザインとなるのだけれど。普通ならそこでち

ょっと戸惑ったりするものじゃない?だって美術の学校とか出たみたいな人じゃ無いと、何かちょっとこんな感じぃぃ・・・位の思い付きとかみたいな事で始まるものだったりして・・・。つまり俺の考えでは、そう言うデザインや絵みたいなものは基礎みたいな事を問われると、モザイクがして見たい・・・って言う前にへこむでしょ?

じゃそもそもモザイクって何?って各々に質問したとするじゃない?すると、大抵の人は切る事を全く考えていなくて、既存のタイルを並べたものを思い浮かべるのね。そこにハートや丸やクローバーや葉っぱのタイルみたいに形になっているものを入れれば、誰でもそこそこに見える・・・それはデザインらしきものを問われな

いからなのね。何しろ形が安定しているから、きちんと並べられれば、左右対称も作りやすい。そして切るって事をしない事でその技術は問われない。つまり切らないと言うのは、デザインの良し悪しのみの追及になるのね。しかも切らない以上、既存のタイルで続けるには限界があるのね。だって簡単に真似されちゃうから。

しかもその真似は残酷で、材料は一緒だから、同じデサインなら、張り方が均一な人の方が上手く見える。ではそこも同じレベルだったとすると、今度は目地。何しろ仕上げだからね。ここで大きく変わるのは、デザインはみんなも言うようにセンスなんて言葉になると思うのね。つまり誰にでもの権利が無い気がするのね。

所が目地も切る事も反復する事で誰にでも権利がある。そこは技術なのね。しかもデザインや絵は今更・・・って言う気分になるが、モザイクとして切る張るって行為はそう簡単にみんなが誰でもやった事がある・・・ってもんじゃ無く、ほとんどの人が1から・・・ってもの。ほら今更って気分にはならなくて済むのね。だから、

俺は技術は裏切らない・・・って教え方をしたくなるのね。つまり例え張っただけのモザイクだったとしても、目地は技術。比べれば一目瞭然になるものでね・・・何でも仕上げ方ってものがあるのね。それと、何でもそうなんだけれど、何事も起きない前提なら、マニュアルを作ればその通りになるだろうが、そうは行かない。

それは、例えば目地を何グラムに水を何グラム入れて練る・・・なんて書いたとしよう。まず無理なのね。何故なら、みんな大きさも張り方も、下地の木の種類やボンドの種類、天候、エアコンや暖房器具・・・そんな事1つで大きく変わって来るし、誰が言ったか知らないが、耳たぶの硬さ・・・何だそりゃ?なのね。判る?それ?

つまり、大抵の本に載っている説明って、結局やった事のある人が判るだけで、取扱説明書を読んで何でも出来る人みたいな感じの人用みたいなものなのね。それを全くやった事の無い人への説明なら、目地の粉をコースター1枚分で大匙3倍位?足りなきゃまた作れば良いし、少し練るって難しいから、何枚か溜まって

からやるとして、そこにガサツな男の子が手を洗って拭かないで、パッパッってやる・・・あれ。あんな感じで、その粉に振り掛ける。その時に入れた器を横に振りながら・・・ほら遊園地の船の大きいのが右左に揺れるあれ。あれをなるべく高速で・・・何も変化が無かったら、またパッパ・・・その間、ずっと振る。すると、カサカ

サって音がするのね。粉がダマになるから。そうしたらちょっとだけパッとやって、100均で売っているケーキのクリーム塗るシリコンのヘラ・・・これ大き目よりも小さ目の方が使いやすいのね。それで練るんじゃ無くて、潰す。料理的にはこすなのね。そうするといくらか滑らかになって来る。そしたら、もう一度振るのね。

するといくらかトロッとするのね。それを1分位置くと、ヘラですくった時に、トロッとすぐ落ちるようでは柔らかい。ちょっと頑張って落ちる位が丁度良い。それが頑張り過ぎて落ちない・・・では固過ぎ。みたいな目安。みたいなのが俺の説明。まぁ本にはなりにくいけど、子供にも伝わると思うんだけれどね。おっと別に目

地のやり方を説明したかった訳じゃ無くて、要するにセンスなんて言葉でつまづかなくても、技術で始めましょ・・・なのね。そこで切る張るの技術が会得出来ると、どうなるか?が今回の方の作品なのね。今回の作品は手のひらサイズ。こんな小さな下地では切らないと収まらない。ほら切る技術が必要でしょ?これがもし

既存のタイルだけなら?いつも大きさは決まって来るし、もっと言えば段々大きくなっても、張るだけならあっと言う間・・・限界があるのね。所が、この作品、張るだけでも3時間・・・既に自宅で切ってあったモノだから。次回目地って・・・そりゃ質が良くて当然なのね。張るだけとは意味が違うのね。ただ更に先があって、この

方、手とかに絵を描く方で、デザインを自分なりに持っている・・・つまりデザインには困らない。と言う事は、切る事が上手くなれば、一挙に素敵な作品になる可能性があって、既に提案しているのは、これを例えば30枚とか、50枚とか作って正方形に並べたりすれば、タペストリーになったり、連で繋げて見たりすれば、

小物とは言え、大作になってしまう・・・そんな事も出来るのね。ただただ量産しても質を落としては意味が無く、全てを並べた時に、人に見せて1票も入らないようなものは作らないイメージ・・・それと必ずデザインは変えて・・・色違いに手を出すのは、デザインが枯れ始まったら・・・そんな感じ。そうするとかなりの完成度

になる。このグレードで何十枚も並んだら、相当な威力があるだろうし、それだけで見た事の無いモザイクになると思うのね。そんなこんな後、店舗の打ち合わせで、渋谷に行って工務店さんに会ったのね。4月初旬にアップって事らしいが、もう1回ここに来て、確認しないとならない事が出来て・・・とは言え何とかなると

思うんだけれど。そんな中、道中、銀座とか渋谷を通ったんだけれど、情報よりも人が多く、マスクをしている人はいるものの、花粉?って思える程だったのね・・・。
そんなこんなでアトリエに戻って、

ボンド落とし

側面のはみ出たものだったり、タイルの表面だったり・・・その後はいつもの新日馬富士学園の額。

丸は終わって色に入ったのね。モンゴルカラーが赤、黄、青なのね・・・だから青。ちなみに白いタイルの黒い点は数えたしるし・・・。