katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

さくら教室とレトロなタイルで・・・

2020-07-10 00:33:09 | モザイク教室

今日は午後からさくら教室。って事で、それまでは昨日手に入って仕分けしたレトロなタイルを使って何しようかな?って事になるんだけれど、まぁこれを見て貰おうかな・・・。

良く見ると判るだろうけれど、2枚くっついていたり、欠けていたり、普通ならこんなのは廃棄のタイルなのね。ただこんな形のタイルはかなりレアで、そう簡単には手に入らないのね。通常では販売していないからね。

増してこんな形になると、もはや見た事も無いんだけれど、残念ながら全部欠けているのね・・・さてではこれをどうする?って事になるんだけれど、まともな状況では使えないのね・・・どうにか切って使えるようにしないと・・・。さて。

そこでまずコンセプト・・・そもそもレトロなタイルって古い訳で。しかも正直地味である。これで可愛いのが作りたいって言うのはかなり難しい訳で。更に小物にして量産するのか?大物にして1点モノにするのか?

普通今までの流れだと、小物を作っただろうね。でもどうだろう?今まで手応えがあったか?って言うと、そうでも無かった・・・それなら1点モノにしようかね、になる。じゃ一体どんな下地に張るのよ?って事になると、やはり鍋敷きとか、

ってすぐ思ってしまったり、ついつい単純に飾るもの・・・みたいに安易になる。でもさっき1点モノって決めたのだから、一点モノ下地にしないと。でも何かあったかな?・・・って言うと、何か8角形の入れ物みたいのとか・・・。

そんな中、かぐやがワインテーブルありましたよね?・・・あぁ確かにって事で降ろして見ると、中々感じが良いのね。じゃこれで決まり。そんなこんなで始まって・・・既にこんな話の最中にイメージは出来て来て・・・。

そこでひたすらさくらが来るまで、切りまくり。ではそんな訳でどうなったのか?

中々感じ良く出来たのね。後は目地。さくらは側で下絵写し。時よりこれを見て、とても良いと思うけど・・・そうね、けどね・・・良く使われる言葉の、けど・・・この言葉は便利で気が付かない人を相手だと、とても楽に使えるのね。

例えば、相談しようと、どっちが良いと思う?なんて質問をしたとする。すると相手が、こっちが似合うと思うんだけど・・と、けどを使うとする。では、けどの後はとなると、最初とは違う事を言う訳で。つまり本音は、けどの後にある

って事になる。これをもっと複雑な話にしても同じで、今は簡単に2択。どっち?だから。それをあれもこれもと複数あったとしても、仲良い友達だったとして、いつもはグレー系とかが多いじゃん。だからこっち側の方が似合うと思うけど、

・・・みたいな言い方をして、けどを使う。つまりけどの後は、グレー系じゃ無いものを言うのね。それが相手の思っている事の本音になる。まぁこの場合も大した話じゃ無くて済むのね。問題は自主性のある人の質問風味の場合。

今の例に自主性チックを入れると、私はこっちの方が良いと思うんだけれど・・・と既に聞く前から、質問する側が決めているかのごとく、試して来るのね。けど・・・と。そんなに決まっているならそれにすれば良いのに、悩むフリ。

それを答える側は、まず同意をして安心させる為に、良いと思うよ・・・と、おしまいかと思うと、けど・・・つまり同意はしないって本音。厄介な話になるでしょ?でもそもそもが、質問している側が、けど・・・もはやどっちでも良い。

まぁ良くある事なのね。これでは相談にはならない。これを笑い話としてなら、大阪の人の会話にすれば、例えば午後から雨降るらしいよ・・・って言い切り、その後、知らんけど・・・って。またけど。完全に天気予報見たよね?

なら確かな情報を言っているのに、知らんけど・・・と責任を放棄する。でもね、けど・・・なのね。つまり、放棄したかのようだけれど、完全に自信があるのね。まぁ普通はここまで掘り下げては聞かないだろう・・・けど。あははは。

けど・・・ね。言葉って難しいのね。大体が、自分に有利になるように聞くし、それでいて、話す時も大体。左程聞いてもいなかったり、急に掘り下げたり・・まぁ曖昧な事が多い。いずれにせよ、さくらの教室って言うのはこんな事が多い

のね。馬鹿にする訳では無いが、みにくいアヒルの子の本来の伝えたい意味、それを普通に可哀そうな話・・・なんて思っているのなら、みんなと一緒にお手て繋いで安全に渡れるはず・・・ただ本当かな?そもそもその考えで上手く行くなら

世の中何にも起こらないはずなのね。だってみんな一緒じゃん。平和じゃんってね。そして何でみんなそう思うか?って、みんながみにくいアヒル側で感情移入するからなのね。何せタイトルがフェイクだから。だって可哀そうじゃん・・・。

既に醜いんだもの。ここは漢字使った方が、より醜さが出るよね?でもさ、本当のタイトルは私だけハクチョウ・・なんじゃないのって話。これを逆のアヒル側に感情移入するなら、黒い転校生みたいな話で、同じ村では無ければ馴染めない。

そんな時代の話。今は外国の人達も多くなり、それだってたやすい人もいれば、そう簡単では無い人もいる。受け入れるって言うのは中々簡単じゃ無くて、全ての人の自分中心での考え方だから、同じ匂いのする人と仲良くなるもので・・・

所が、けど・・・の使い方1つ取っても、まさかこんな意味がある・・・なんて学校では教えてくれなかったけど・・・ここも、けど・・・でももしそうだとしたら?日本人でも難しいのだから、異国の人は難しいだろうな。

所が異国じゃ無くても、さくらは日本人だけれど、厄介なのは、アヒル側にも入れないし、自分がハクチョウだったとしたら?って想像も出来ない。それじゃ居場所は無くなるのね。そもそもおとぎ話的なものの優しさは結論が無いのね。

それが優しさなんだと思うんだけれどね・・・先人の。

例えば、普通の話として、黒いアヒルは白いアヒル達にイジメられていました・・・こう書かれると、悪はアヒルになるでしょ?当たり前に。完全に言葉で操作しているのだから。そう思っている段階で、私はそんな事を

しない・・・って前提で始まるのね。だから可哀そう・・・になる。でも、最後はハクチョウなのね。良く考えて見て。テレビでこの池にまたハクチョウが返って来ました・・・ってニュースは聞くけど、この池にアヒルがいっぱい・・・

ニュースにならないね。まだカルガモの方がマシ。つまり好みはともかく順位はハクチョウ、カルガモ、アヒルって言ったも同然なのね。人はこうして順位を付けようとせずに、順位が決まっているのね。だから、世界で一つだけの花が名曲

になる訳で。こんな話が当たり前なら名曲にはならない。だって普通なんだから、当たり前の事しか言って無いし。話は戻して、それなら黒アヒルをいじめないで仲良くすれば良いだけ。これでこの話は無くなる。でもそうしてしまう・・

ただ絶対にそうしない・・・って言う人は可哀そうって思えるんだろうね。だからそのまま進む。でも結局ハクチョウになる。物語は虐められていた所からハクチョウになって飛んで行く・・・で確か終わるのね。

つまりイジメていた側より上になって去る・・・倍返しだって聞こえるのね。これってイジメられているから、美談って感じに思えるが、みんなに囲まれて良くされた黒アヒルはやがて大谷くんだったり、ダルビッシュさんや、マー君になり

国を離れましたとさ・・・って話でしょ?昔ならフリーエージェントって言うルールを使って、他球団に移ったら非国民的扱いで罵声を浴びせたもんだけれどね。まぁそれはそうとして、最後の最後の描かれない事・・・これが大事。

そもそもファンタジーとホラーって言うのは紙一重で出来ていて、それでおしまいならファンタジー。でも続くって言うとホラーになる。会えない、会えない、会えたぁぁで、母を訪ねて3000里。これを殺したぁ・・・眼が開いた生きてる。

って事になればホラーって感じになる。って前提で、1人飛んで行ったハクチョウ・・・群れも無くどうなったんだろう?って言えばホラー。良かったね、いじめられずに・・・で終われば、みんなの考えと一緒になる。

結局、作者が言いたかった事は、人を見掛けで判断してはいけない・・・って事なだけで、普通はそれ程、見事に変わった生き物と出会う事は少ない。ただ例外は必ずあるもので・・・。俺はさくらがハクチョウ側に見えるんだけれどな。

それなら今までの人生にツジツマが合うはずなんだけれど。でも普通が良いんだろうな・・・難しいのね、それは。気が付かなかったら、知らぬが仏だったけれど、気が付いたら、触らぬ神にタタリなしって出来れば良いけれど・・・。

中々難しいだろうな・・・理解出来たら、行動は変わるはずなんだけれど・・・。

 


ご新規教室とDucati発送

2020-07-08 00:38:45 | モザイク教室

今日はまずご新規さん教室からスタート。ただこれが普通のご新規さんとはエピソードが違って、ここに来たのは、御宿の大野荘さんでお風呂を見て・・・って言う事だったのね。何か偉く感激して下さって・・・それがきっかけって。

そうね、簡単に有難うございます・・って終わらせれば、簡単に終わる話だけれど、そうじゃ無いのね。つまり過去の仕事を認めて貰ったって事で、お教室に来て頂いた。見て感激だけで終わったとしても、良い反応をして貰ったって事になる。

でもそれだけじゃなく、もう1歩があった事で、今のkatsuにお金も頂いて腕も書き換えて頂ける訳で。それで情報が新しくなる。むしろこっちが感激な話しな訳で。その上、またご予約が入るって事は、もっと深く知って頂ける訳で・・・。

ってここまでは良い事。でも悪くは無いけれど、10年近く前の仕事が今頃やっと知って頂けた・・・何とも時間が掛かった事か・・・って事でもある。更にでもだけれど、新品だった頃から10年も経ったものでも良く見えた・・・って事。

満更でも無いのね。そんなこんなのお教室では、いつものように、どんな事がしたいですか?の問診に、表札とか・・・って言うのと、また来るって事も話に出たんで、それなら表札を作る前の練習って事で、この下地で作ったのね。

まずは何しろタイルを切るって事が大事になるからね。慣れないと。そんな事を踏まえての体験・・・良い感じに終わったのね。これを経て次回から表札作り。そんなこんな後は、M・Y・Yの美術会社の方がDucatiの梱包を手伝って下さる。

すると、何と3人で来て下さって梱包となるが、始まってすぐに頼んで良かった・・・って思うのね。こんな大きいモノを梱包するなんて2人でも、そう簡単では無い事で、美術会社の人達でさえ、こんなに大きいのは中々無いって・・・。

だから3人で来て下さったのかぁ・・・って。

しかもこの後、恐る恐る搬送の会社に持ち込みなんですが・・・と言うと、先生、車を持って来て下さいって事で、積み込もうとすると、梱包をしっかりやった分、車に入らなくて・・・すると、僕の車で・・・と一緒に行ってくれる事に。

西濃さんに持ち込み・・・

ついに発送となりDucatiの仕事は終わったのね。この発送の手伝いをしてくれた美術会社の人達も今朝のご新規さんと一緒で今のkatsuを認めて下さっての事・・・もしこれがただの付き合いなら、やってやる的な話になり、こんな事にはならず、もっと言えば、単なる自分の仕事の発注先であり、こちらの手伝いなんて有り得ない訳で・・・。しかも3人。

しかも美術品扱いとして梱包して下さっている訳で・・・美術会社の人達が3人で・・・。今日の1日は作家katsuとして暖かく向き合って頂いた・・・そんな1日だった。

 


来客と中学生教室

2020-07-05 23:01:34 | モザイク教室

朝、ちょっとしたタイミングだったんだけれど、知らぬ間に着信があったみたいなのね・・・ただ、それも支度をしていた時に光っているのを見て、今の今の着信じゃんって事で・・・ただ、登録していない番号・・・誰かな?って事で折り返すと

・・・今月予約が入っているリピータ―さんで、えっ?今日でしたっけ?・・・って言ってしまう程、焦って・・・すると、どうやらDucatiが見たいとの事。って訳で午前中いらっしゃる事になり、そんなスタート。

そんなこんなでいらしたんだけれど、実は最後にいらしたのは6.7年前になるらしいのね。ただ、以前ニクオンに顔を出して頂いたので、久し振り感はあるものの、もうそんなになりますか・・・って位にしか思わなかったのね。

流石に積もる話も沢山あるし、毎週福山君のラジオを聴くきっかけを作った人でもあるのね。そんな昔話なんかして、最後にDucatiをお見せして・・・ではまたって事で送迎。そして入れ替わるように、中学生教室。

空けてビックリ・・・おぉぉぉ、やるじゃん。が第一声。進み具合的には問題はあるものの、質はお見事。先日のオンラインも少し役立ったようで・・・。実に何より。その後、遅くなったけれど選挙へ。


リピータ―さんの新作のフェルメールの真珠の首飾りの少女

2020-07-05 02:09:55 | モザイク教室

今日は午後からリピータ―さん教室。そんな訳で午前中は棚作り。前日に軽いイメージ図を描いて置いたので、何とか時間前に片付けられて、お昼も食べられたのね。さてそれではお教室。

前回から始まったフェルメールの真珠の首飾りの少女・・・ちなみに前回は下絵を写して2枚切って終了したのね。それから考えると、結構な枚数切ったと思うんだけれど、モザイクをやった事が無いと、これっぽっちなんて思うだろうが、

狙った形に切るって言うのは、中々難しく、単なるクラッシュなら失敗パーツは無いだろうけれど、こだわりのパーツは、失敗ありきだったりもする。それだけでも、楽しむとかラクって事から大きく離れるし、本気とか必死とか、

集中するとか明らかに言葉が変わる様に、こちらも態度が変わったりもする。何せ出来たら良い訳じゃ無くて、自分の思っている以上にこだわりの強い作品になるはずなのね・・・。恐らく常連さんなら、いくらぺきぺきであっても、

そうたやすくは無い事は判ると思うんだけれど、イメージとした例で、同じぺきぺきの作品なら、具体的に去年の小学生のアラジンの作品以下でも大丈夫?って聞けば、大人だからあれ以上を望んだりするのね。

でもそれが実は半端無く大変な気持ちにさせるのね。おいおい判るが・・・何の分野でも一緒なんだけれど、子役って子って特典が基礎点があると思うのね。例えば幼稚園の子供がかけっこで1等凄いでしょ。じゃペケ、良く頑張ったでしょ?

まぁ後はみんな一緒として、いずれにせよ、特典感あるでしょ?これが小学生は?中学生は?ってこの辺に来ると、段々と大人色が出て来ちゃうんで子供ポイントが減って来るのね。そして高校、大学、と来て社会人となると、もはやプロ顔負け

とかって表現で、技術のみが比較されるもので。こう考えると、大きく越えないと、子供ポイントにやられる事になるのね。しかも、子供にあれだけ出来るんだから・・・って幾分、大人のプライドもあったりする。当然と言えば当然ね。

つまり自分が思う以上に高みが欲しくなっているって事になるのね。ただそんな中でも、この目1つでも、割かし進んだ・・・って言っていた姿勢はひとまず慌てていないんで、安心ではあったのね。その内終わるって位が丁度良いのね。

これがこれしか進まなかった・・・って感じだと、これからの果てしなさはとても完成までの道のりは遠くかんじるだろうし・・・。でも慌てなければ、その内に終わるし、思い入れも出てくるはずなのね。

ただ子供はいたけれど、大人の名画って何か教えた事ってあったかな?・・・何かちょっと新鮮だったりもするけれど、何しろ似て無いのは致命的になるから、そこは教える側も若干ナーバスになるのね。そんな後は、またリフォームの続き。

もう1日出来れば、アトリエはひとまずおしまいで、後は自宅・・・。そうすれば、身の回りの環境は落ち着くんだけれど・・・。


中学生のオンライン教室とDucatiのモザイク

2020-06-21 07:49:49 | モザイク教室

今日は中学生のオンライン教室。支度をして出掛けようとすると、・・・見慣れない番号で電話があって・・・何だろう?って出て見ると、その子のお母さん。どうやら俺の勘違いで、1時間間違っていたみたいで・・・すぐにアトリエに。

そんな訳で30分弱遅刻でスタートになって・・・何ともお恥ずかしい限り。ここから挽回しないと・・・。ちなみに彼はオンラインは初めてで、ただ実際始めると、ほぼ毎日のブログの内容と同じなのね。

つまりこのDucatiをどうやって進めているか?と言う事なのね。何でもかんでもがむしゃらに・・・では、中々思うようには行かないのね。人には美味しい、まずい、綺麗、汚い、上手い、下手・・・みたいに感じてしまうもので。

それを感じるって事は、それによって気分が大きく変わってしまう・・・って事になる。今のコロナでも、解除って事で、不安ながらも動ける人と、不安だから動けない人になると、気分は大きく変わってしまうもので。

動ける人は動いた事で、リスクは負うものの気分は晴れたと思うのね。逆に動けない人は動けないのだから、昨日と同じなだけ。つまり変わらない。ってこれなら判りやすい。けれど人の気持ちって言うのは、そう簡単じゃ無いのね。

動ける人は自分の判断。つまりリスクあっての事なんだから、その覚悟をしていれば、後悔をする事もあるだろうが、判った上の判断になる。だから、そのリスクを負って何も無かったら、当然楽しさは倍増な感じがする。

所が動けない人って言うのは、仕方ない・・・って言う判断。これが動かない、であるのなら、前者と同じ自分で選んだ事になるから、自分の判断になり、結果として相反するだけで、逆も真なり。真向反対はどちらも一緒だったりする。

でも動けない・・・これは見えない誰かに操作され、仕方ない・・・って感じにも思えると、これが厄介で、一見結果としては、動かない人と同じ結果ではあるけれど、もしそこで同じ気持ちと判断して話して行く道中で大きく変化する。

そもそも動かない人は動ける人と一緒で決めた覚悟がある。だから相手の結果を見て、仮に結果が悪くても相手の方にすれば良かったとは思わない。でも動けない人は、動かない人と同じ側にいるけれど、問題は結果で左右する。

もし動いた側に良い事があると、あっちにすれば良かったかな?・・・と思うだけなら良いが、動かない側でそれを言えば、あっちに行けば良かったじゃん・・・になるし、逆にこっち側に良い事があれば、良かったラッキーって事になる。

けれどそれは今回がラッキーなだけで、また何か決断しなければならない時、必ずラッキーが起こるとは限らない。つまりラッキーと何でだろう?の繰返しをする事になる。しかも、これが更に厄介で、動いた人がリスクを負うなら良いが、

動かない人も動けない人も動かなければ安心って言う事では無いから、理不尽な結果になる可能性もある。どんな結果になっても、どれを選んでも後悔の無い事は無いが、動けないって人も、実は動けないを選んだ事になるのね・・・。

そうね、見えない人の判断を選んだのだから・・・。ではそれを踏まえて、当然中学生となれば、労作展なのは明確。じゃ労作展ってそもそも開催されるの?されないの?されれば、やらなきゃならないけれど、いきなり間に合う?

逆にされなければ、お金と努力は無駄になる・・・そんな事を踏まえて教える側になれば、なるべく適度に・・・となりたいが、大抵は大作を作りたくて来るものだから、自然とハードルは上がるもので・・・。ただ今年は夏休みも限られて

いるだろうし・・・それと、ここに来るから、来れば強制力もあるけれど、果たして自宅が多くなる中、薄れる強制力で、終われるか?・・・となると、不安はある。こちらも初めての事なんで、何か工夫しないとならないだろうな・・・。

いずれにせよ、誰もが初めてのコロナの中、いつも通り・・・って経験値で乗り越えられる事は少ないだろうし、ただ初めての事なのだから、そこにもきっと良い事があるだろうし・・・悪い事ばかり考えると、気持ちが削られる。

そうなると、気が病になり病気って事になってしまうだろうから、何か良い事に向かえるきっかけ・・・そんな事を見付けないと。そんな後はDucatiのモザイク。もうこの場合、片付けて一旦、進行具合を確認してもう終わるから・・・って

自分の気持ちを高めないと・・・って。終わらないって焦れば質が落ちる。しかし、まだ時間はある・・・と安心は出来ないし、むしろ時間が迫っているって気分が勝っているのも判っている・・・そんな中、ここからの1週間はラストスパートって感じになる。その気持ちを整える為にも再確認。そうしてまた進めたのね・・・

 


さくら教室とDucatiのモザイク

2020-06-20 07:46:11 | モザイク教室

今日は午後からさくら教室。って事で、その合間にいくらかDucatiのモザイク。

微妙に進んではいるのね。さてそんな中、さくらは新作に取り掛かるんだけれど、フクロウを作りたいって事なんだけれど、指先が相変わらず調子が悪い事で、上手く切れないんじゃないか?果たして出来るのだろうか?って一番のワードが、

大作として自分と向き合うような事はしたくない・・・まぁこれだけあれば、何が良いか?って提案は十分だったのね。つまり、牛では無く牛肉、カンガルーじゃ無くて、オーストリッチ・・・単純にこんな感じになると思うのね。

本来、大作を作るって言うのは、長丁場になり、しかも表現をするって言うのは、自己表現なんて言う事を考えれば、長い時間掛ける自己表現の事を大作って呼ぶみたいになると思うのね。所がそれをしたく無いけれど大作を作りたい・・・

正直、矛盾しているように思えるが、例えば家族の分のおにぎりを作るとする。まぁ10個をちょっと超える程度・・・勿論、初めて握る人では、どうやるの?から始まり、単なる塩握りだとしても塩の分量は?大きさは?みたいな事にもなる。

そこに具材となれば、例えば梅干しなら、大体同じ大きさだから入れる時、気を付けるのは数のみ。まぁ数も1個だけどね。でももし鮭なら?分量もさることながら、部位で味だって違うだろうね。それがフレーク状なら、分量だけで済むけど

・・・。テーマをおにぎりって事にしても、初めてなら塩の分量と大きさで済むが、中に入れるモノ1つで、更にハードルが上がる事になる。更に数となった時、いつもの家族の数なら、常に作れば慣れて来る。慣れれば普通になる。

でも大作は何度もやったさくらでは、それを作る為の難易度など経験がある。つまり知っているから、それをやりたくない・・・って事に繋がったと思われるのね。つまり今までの大作の作り方と向き合う事が嫌なのは、もしかすると、技術

の不安では無くて、心の部分だったとしたら?思い入れを一切無くす・・・それなら向き合うのは技術のみになる。さくらが思う技術の不安と考える事が、実は自分の心と向き合う事と勘違いしているとしたら?

って仮定して、おにぎりの話に戻ると、そもそもおにぎりを作りたくないのなら、作品を作る所から否定になるから、この話は終わりになる。しかし、大作を作りたい・・って事は、自ら大変な事を知ってて選んだ事になる。

けれど、知っているが故に不安になる。あの時出来ても今の自分で出来るかな?と。そして出来れば向き合いたくない・・・けれど、大作は出来無いものか?って話になる。じゃ全部満たされれば良いのね・・・もはや一休さんのトンチ。

そうじゃ無きゃ良いだけ。そもそも料理がしたく無いって人は、おにぎりも嫌なはず。それなのに大作。そこでまたおにぎりに戻って、子供でも安心して大丈夫な事なら、上手く行くか?どうかは別にしてカッコにはなる。それを大きさや形、

具などを均等にする事で、上手さの差を付ける。段々判って来たと思うけれど、つまり難しい事は考えずに繰り返す。体に沁み込ませる・・・それが慣れるって事なのね。それが技術。でも自分と向き合うって言うのは技術とは違う部分。

その時にどうしたい?と自分と相談する事になるのね。でもね、大抵何と無く・・・なのね。つまりさくらの場合なら、フクロウが作りたい、大作作りたい、でも不安があるから向き合いたくない・・・まぁこんなとこ。それを踏まえた答えが

一休さんのトンチで、そうじゃ無きゃ良いのね・・・じゃあ、フクロウを作りましょう、大作にしましょう、不安があるから向き合うの辞めましょう・・・これで出来るのねって事になる。だから難しい料理じゃ無くておにぎり。何個握るか?

果てしなく・・・家族分なんて量では無くて、おにぎりセンターくらい。果てしなく。でも余計な事は考えなくて良い。ただ握れ・・・なんで、ひたすら切るだけ。でもそれにもルールはあるのね。何故なら考えるな・・と言われると、不安

が増すのね。大丈夫だから・・でやれるのは、愛に包まれた子供だけ。大人はそんな簡単じゃ無いのね。増してさくら。謙虚は通り過ぎて卑屈の極み。そんな人に何をどう言っても無理だから、おにぎりルールの元、今度は最初の牛では無く

て牛肉とか、カンガルーじゃ無くてオーストリッチ的な話で、牛を食べるのに頭を取って血だらけになったモノを、血を抜いて・・・牛肉って死んだ肉の事だよ・・・とか、オーストリッチって、中身よりも皮を大事に丁寧な仕上げ・・って

考える?って事になると、それじゃ食べられないし、使えない。つまり考えていない事になる。しかしながら、本当の達人レベルなら、命を頂きます・・であり、私が生きる為、幸せの為であったりする訳で・・・かなりのエゴ。

でも、普通は考えないでしょ?だから、さくらも達人じゃなくて良いから、考えずに行きましょうって事にする。って言っても、きっと考えちゃうと思うのね。そこでフクロウを作るのでは無くて、フクロウに見えたら良いねを作る発想。

普通はフクロウに見えるように、これでもか、これでもか・・・と見えるようにとプラスする考え方をする。そこをマイナス的に、これが無くてもフクロウに見えるかな?これも無くてもフクロウに見えるかな?と削り落とす、マイナスの考え

にして、落とし過ぎるとフクロウに見えない・・・それでは本末転倒。その時に、いつもなら、実物よりもなるべく大きめで・・・となるべくなのね。そして結果の出た人達は?となると、7.8.90cm級になる。全体で・・。

じゃフクロウをそんな巨大に作りたい?となると、物理的に無理だから、発想の転換で、フクロウに見えたら良いね、のマイナス的な考えで、眼は口ほどにモノを言うのだから、眼付近だけでフクロウに見せちゃえよになる。

更にそれを巨大化させちゃえよ・・・となれば、顔だけ60cmってどう?しかも、そこから削り落として・・・そうなると、フクロウなのにフクロウを作る感覚では無くて、模様を正確に切る事になる。つまり牛では無く牛肉感覚。

単なるパーツの繰返し。ただおにぎり作りと同じで、何しろ精密になら均等に、けれど元々生き物・・・均等とも限らない。何しろ考える事無く、ひたすら良く見て、あるものを正確にまずは写す。出来るか?出来無いか?切れるか?

切れないか?は別にして。そして写し終わったら、次に切る段階で、どの線が大事で、どの線が切れて・・・とやれる事と、やれない事を分ける。その時に1番大事な事だけを選んで行く。あれもこれもと選ばないでね。

スーパーの買い物みたいな・・・大事なモノを買ってからの余力や、カゴの余白、持って帰れるか?は、車の人、自転車、歩きと様々で、人それぞれ。であっても、大事なモノを1つだけ・・・なら、何とかなるもので。大事なモノはどれ?

って1つ。それが出来たら余力で2番目。あれもこれもじゃ無く、全て順位。本来ならいつもなら、丸く切るんじゃ無くて、眼を作っている・・・何を作っているか意識を持つって教えるのに、向き合いたくないのだから、いつもとは違う。

だから、いつもとは矛盾が起きる。でも簡単に言えば、まるで何々のように・・・みたいに見たもののまんまじゃ無くて、その人その人の作り手の思いや感覚が個性って事に繋がり、昇華すると美術、芸術になるのなら、その反対の作り方

は、模写的に、そのまんま、見たまんま、聞いたまんま、食べた通り・・・全てそこにある通りであって、作り手はそれに従えば良いので、一切考えるな・・・それが自由演技と規定演技の違いだと思うのね。

今のさくらは考える事が嫌だって言うのなら、規定演技が良いんじゃないかな?って。でもいつも通りって言うのもなんなんで、やった事の無い刺激も必要だろうって事になると、こうなると思うのね。そしてこの作品を作り終えた時に、額を

焼いた木でくるむと、大木の木の隙間から、エサのネズミを昼間の間、確認をしている鋭い眼光のフクロウが完成するはずなのね・・・。リアルって言うのはそう言うものなのね・・・。しかも本人の意識無く。

いずれにせよ、進んで行けば意味が判るとは思うのね。

 

 


来月分のデイ・サービスのサンプルとDucatiのモザイク

2020-06-15 01:28:41 | モザイク教室

今日は何しろ明日持って行くデイ・サービスのサンプル作りから。こんな土壇場まで追い込まれたのは初めてで、それでどうすんの?になる。しかも外は雨。もう神様が彫るなと言っている気もして・・そうなると、一番得意な事封印になる。

でも、普通提案ってサンプルは何かいつもと違った変わったモノを・・・とか、季節モノとか、何らか意識して作ろうとするのね。ただやる人の事や持ち時間を考えたり、更に1人で行く事も踏まえると、かなり消極的になるのね。

そんな事を踏まえた時に、今回は彫った下地にしたのも、2回連続張るだけの下地にしたからなのね。でも1つ目は鏡で、その下地も彫ってはいないけれど、割と凝ってて、彫ってはいないけれど、そこそこ時間は掛かったのね。

そして2つ目では、下地は100均のもので何も手を加えていないけれど、タイル自体をレトロに見せる為にわざと欠けているようにとか、傷を付けたりして、そっちに時間を掛けたりして・・・そんな後の今回は彫る下地。

それによってタイルを切るスタイルに戻したのね。それでどうする?って次回となると、Ducatiの事もあるし、もう時間も無い・・・ただ今日までノープランだった訳じゃなくて、今までやった事の無いって事でマグネット・・・

ってワードは出ていたんだけれど、普通にマグネットを作ると大きさは10cm以下になると、いくら彫った下地でやりやすくなると言っても、パーツが小さ過ぎて年配の方ではきつ過ぎる。それとマグネットにしたのも、以前の余りがあって、

買いに行かなくても済むって言う事もあったりしたのね。つまり時短・・・ん・・・何かが違うんだよな・・・そこで、更にマグネットの下敷きサイズの材料があったので、何らかの下地に作ったマグネットを更に下敷きのようなマグネット

にくっつけられると、その縁取りも張れるかな?とも思ったが、それもやり過ぎだし、そもそも小さい下地の解決はしていないし・・・そこで悩んだ末に昨日、100均に行ったのね。そこでマグネットのこの下地を見つけて、これに決めるも、

1店舗では数が足りずにはしごになり、何とか数は揃っての今日、それでどうする?だったのね。それで最初はこの入れ物が鉄なんで、そこにマグネットの何かをくっつける・・・なんて考えたものの、結局小さいのは変わらずな訳で・・・。

そこでここに直に張れないか?と考えたんだけれど、普通なら木をくっつけないと張れないし・・・となると、何で張る?になるし、何も張らずに直に張るとなると、いつものボンドじゃなくて、強力なボンドになると、扱いが難しくなる。

もっと簡単に、もっとアイデアで解決出来無いか?・・・そんなこんなでこうなったのね。今回は一度もやった事の無い事で、正直こんな事で良いのかな?って位、実験的な事なのね。しかも何とかこうしてサンプルは出来たものの、明日どうな

っているか?って様子を見ないと、流石に手の内は明かせないし・・・。ただ一応ここまで出来たって話。そんな後は、夕方からDucatiのモザイク。ここの所、丸々1日やれていない事の焦りもあるんだろう・・・気持ちがね。

相変わらず進まないし・・・ただ、そんな中でも、やればいくらか進むし、必ず終わりは来る。慌てずに何しろ今はバイクを終わらせる事に専念して、バックは二の次。


ローラ教室とDucatiのモザイク

2020-06-13 01:45:35 | モザイク教室

今日は午後からローラ教室。それまでの間はDucatiのモザイク。

まぁそう簡単には終わらないとは思っているけれど、それにしても終わらない・・・何か果てしなさにいくらか参っているのね。長いな・・・ってね。そんなこんなでローラ教室。ある意味、こちらもそんな気分だったと思うのね。

何しろ張り終わっていたんだからね・・・そんな中でのコロナ。やっと目地をして完成。その目地なんだけれど、どうする?って時に、例えば一体何を言うか?なのね。この時に一体何を見ているか?なのね。その時に例えばバックを見ていたと

すると、普通は折角こんなにしっかりしたパーツを見せたい・・・って言うのなら、白やクリームのようにバックの白いタイルと被る色は避けたくなるから、その2つが消えるのね。じゃ逆にメチャクチャ目立つよ黒・・・って言うとどう?

大抵はそこでひるむのね。昔は結構、俺も全くひるまずに意外と好んで使っていたんだけれど、色んな生徒さんなんかの作品に影響を受けたりして・・・そうすると、どぎついって黒よりも、いくらか薄めなブラウンを選ぶ人が多くて、

確かに仕上がりが上品な感じに見えるかな?って思えたりもするのね。勿論それが生き物だったりすると、そのえぐみもリアル感に繋がって、黒を選ぶなんて事をお勧めするけれどね。話は戻って、この決め方が消去法の決め方だと思うのね。

いきなりこれ・・・って言うのなら、例えば、ボンドだらけになる初心者なら、そこを隠せる白い目地って言う事になる。ほぼ決定事項。逆に上級者のリアル感を考えれば、生き物の黒の目地なんて言うのも鉄板。

これなら悩む必要は無くすんなり決まる。でも、これだけの作品になると、ここまで張って来て、ここまでの出来に満足感や完成度が気に入っているのなら、最後の目地は慎重になる。より良くしたくなるからね。だからこそ、その慎重に

どうする?って時に、消去法って選択は悪く無いと思うのね。その時にどんな感じに消去するか?って言うのが、一番大切だと思う事・・・それを悪い例は一番って1つなのに、あれとこれとそれ・・・みたいに何個も言うと、あっちを立てると

こっが立たずみたいになっちゃうのね。今回のローラの場合は、バックが消したくない・・・これが一番だったから、決めやすかったのね。更に言えば逆も真なりなんて言葉があって、例えば折角のバックをわざと消すなんて手法もある。

お洒落なんて言う事の中に、見えないお洒落なんて言うのもあって、見える場所では無い・・・そんな考え方。つまりわざと最初に消した白やクリームの場合、消えたのはバックを見せたいからであり、消したいのなら真っ先にありだった。

それによって、一見バラだけに目が行くのに、近くに寄って良く見ると・・・あっ・・・って感じに、更にって凄さが増すのね。ただそれは興味を持って良く見て貰えないと、バラか・・・って通り過ぎられちゃう可能性もある。

常に良い事と悪い事は背中合わせなのね。そこんなこんなでその後、頼まれていたトイレのプレートを始めたんだけれど、途中だったのでスルーにしたのね。次回までに張って来るって事で。小物作品は1回で見せないと、ネタバレすると、

興味が薄くなるんでね。って言う事で、久し振りのお教室は色んな話が満載で、気になる話も多かったのね。そんなこんなで、その後も少しだけDucati・・・。


オンラインのサークルとDucatiのモザイク

2020-05-20 23:44:29 | モザイク教室
今日は午後からオンラインで、高洲のサークルをキウイとのりちゃんで開催。それまではDucatiのモザイク。

まぁ相変わらず進まない事・・・ちなみにこれは夜までやった分。サービスでアップも・・・

そんなこんなでオンライン教室。まずはのりちゃん。次回の話でバックは?となったので、こんな説明をしたのね。

まずはぺきぺきには水色が3色あって、既に窓に一番薄い色が使われているのね。それを前提に、空と海がある・・・何しろこれが1cmなら、色数も多くバリエーションも多いけど、ぺきぺきはたった3色。だからこそ、選択が重要になるのね。その時に、ついつい空はどうしようか?海は?と全て単独に別々に考えてしまうのね。

そこでこんな事をアドバイスしたのね。例えば、既にやってある一番薄い水色で窓を見ながら、一番多く使われると思われる空の色を窓と同じ色を使った場合、中間、濃いの・・・と比較した場合、被る事は無いか?・・・になると、薄い水色は窓が吞まれてしまう感じがするのね。つまり窓の側には入れない方が良いので

は・・・。ただそれもテクニック次第で方法はあったりもする。それはなるべく、薄い水色を窓の近くで使わずに、1色では無く2色でやるとすると、例えば、空2色で1色は窓と一緒、海も2色で1色は窓と一緒なんて言うやり方もあるだろうし、参考にするのは達郎さんのジャケットを描いた人の絵がかなり近いと思うのね。あれを見つつやると、かなり好みに近くなると思うのね。そんなこんなのキウイは・・・

2人共言っていたのは、サークルよりも進むって。そうなのね、それは当たり前の話で、それは例えば仮に1人で自宅で進めるとすると、この時間を自分の為だけに使えるか?となると、かなりハードルが高くなる。それは学校に行かないで、勉強をするって言っているようなもので、もっと言えば学校なら、自然なプレッシャ

ーも掛かるが、お母さんの趣味・・・これでは、やらなきゃ・・・って感じにはなりづらい。それがこうして集まるとなると、時間になった・・・って集まろうとするし、のりちゃんに至っては、お引越ししたから、高洲に電車で来ないとならないのだから、往復の時間がいらないオンラインは都合が良い。つまりのりちゃんには条件が

良くなっている事になる。更にお引越しで回りに知り合いもいなければ、こうして顔見知りと会えるのは楽しい時間になる。その環境や状況、条件が揃っていて、尚且つ切る事に困らないから、唯一困るのはタイル。こればっかりは頼まれたものしか送れないし・・・変更が利かないし、必要な量を間違えれば足りなくなる。

そんな事がマイナスになるけれど、気分的に楽しいし、話せる相手も3人だから、適当な持ち時間の話になるから、適当にやる時間があったりする。これがサークルだと、みんなが話す時間も増えるし、会話が弾む・・・なんて言葉があるように、弾めば手も止まりがち。こんな事から、いつもよりも長い時間やった事になる。

まぁここの所のキウイの作品を見れば、物凄い早さで終わっているし、更にこんなのを見せられたら、俺も・・・って刺激になるのね。

オンラインのキウイ教室と新作の準備

2020-05-13 23:12:00 | モザイク教室
今日は午後からキウイのオンライン教室。それまでの間に新作の準備。実は次の作品がイタリアのDucati(ドゥカティ)って言うバイクで、画像を頂いているのだけれど、逆光で見ずらい所があって・・・そんな中、かぐやが近くにドゥカティショップがあるとの事。そんな訳で行って見ると・・・

それはそれは何だか、しっかりしたお店で・・・恐る恐る入って、名刺を渡して、その旨を伝えると、

カタログを頂いて、少し説明して貰えて・・・車種は違えど、生で色合いや雰囲気を見せて貰えたのね。だから、タイヤの溝やマフラーとかの金属の色の違いとか・・やはり写真では判らない事がいっぱいあって・・・とは言え、頂いたカタログは生に近い臨場感もあり・・・いずれにせよ、ご親切にして頂いたので資料はバッチリ。

その後に今度はコーナンに木を買いに行ったんだけれど、ほぼ日曜日並み。駐車場は満車に近く、やっと停められて、木はその割にそんなに並ばずに買えたんだけれど、カットするのに並ぶ事10人・・・でももう買っちゃったし、でもいつになるのかな?では、昼食後にはキウイ教室だし・・・冷や冷やもんで、何とかかんとか

切って貰って、さて積み込みって時に・・・あっ、入らない。後10cmは切らないと車に入らない・・・そんな訳で戻ってまたカット・・・ただ、さっき混んでいたのは無くなってて、すんなり終わり、何とか昼抜きで戻れたって訳。そんなこんなのキウイのオンライン教室。このコロナの中、随分と進んでいるのね。何か完全に終わり

が見えて来た感じがするのね。ただここまでの大作だから、本当は実物を前に教えたい所だけれど、逆にここまで出来るのだから、口出し無用な感じもする。なら、せめて気分良く出来る手助けでも出来たら良いな…と思ったりして。そんな後は、かぐやが拡大コピーの準備をしていてくれて、娘も手助けしてくれたらしく、

何とかメドが立ち、明日にでもコンビニに行けば、手に入りそうなのね。だから上手くすれば、明日木に写す事が出来るかも・・・。そうそう、もう1つあった。用事を終えてアトリエに戻った時に、前のバイク屋さんにご挨拶すると、あっドゥカティ・・・って、カタログの袋を見て判ったのね。流石バイク屋さん。すると豆知識を授

けてくれて。まずは、このバイクは街乗りでは無くて、レース用みたいなもので、走り屋さん的なものらしく、更に高級車。確かにカタログには高いモノだと、500万超えだったのね。こんな立ち話で得た事が、デザインのきっかけにもなったりするものなのね・・・。まっ何しろバイクを写さないと先に進めないのね。