katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

お教室とカサブランカのモザイク

2021-01-31 00:36:47 | モザイク教室

今日は午後からお教室があって、その合間合間にカサブランカのモザイクって事になったんだけれど、丸1日やるとカサブランカの花が1つってペースなんで、中途半端に終わるなら、いっそ花では無い事で・・・となり葉っぱに手を出したのね。

それと、生花が3つ半も咲いていて、近々2つ咲きそうなのに、葉っぱの色が薄くなって来たのを考えると、濃いうちに・・って事もあってなのね。そんな訳で葉っぱとなったけど、目安が無いから、こんなもんなのかな・・・


カサブランカのモザイク8つ目とかぐやの青い鳥

2021-01-30 04:19:28 | モザイク作家

今日も引き続きカサブランカのモザイク。結果としては8つ目のカサブランカも終わって、後3つになったのね。それと、今日はかぐやに送った青い鳥のモザイクの進行具合もご紹介。

まぁ下絵は見ているし、心配する事も無い。ただガラスタイルでこれをスイスイ作るって言うのは、そう簡単でも無いのだけれど、一応期日的なものがあって、来月末には取り付けを予定しているので、それまでには・・・。

それも踏まえて早めに送ったんだけれど、これを見れば時間も問題無いようなのね。ここの所、一緒に仕事はするが、任せるような仕事は久し振りな感じがして・・・例えば、以前の大野荘の伊勢海老だったり、鯉の玄関、ローマの金魚・・

みたいに、これはかぐやの・・・みたいな1つの作品みたいなものを久し振りに見た感じって言うのかな。相変わらず上手いし安心する。しかもこのグレードが2匹付くのだから、かなりの存在感になるのね。楽しみなのね。

そんな中、ちょっと用事があって外に出ると、かなりまん丸な月があって・・・パチリ。

何か聞いた所によると、ウルフムーンって言うらしく、満月だったんだけれど、昔からそんな呼び名があったのかな?・・・何かこう言うの聞くと、じゃ昨日はハイエナムーンで、一昨日はジャッカルムーンだったりするのか・・・

なんて思ったりするのね。それが先日、壇蜜さんのラジオで、コロナ禍の中、飴が乾燥した喉に良いみたいな話の中で、バレンタインのチョコのように、飴屋の陰謀か?・・・なんて言うのを聞くと、面白い事を言うなぁと感心したんだけれど、

そう言う感覚が妙に好きなのね。しかも壇蜜さんの容姿を持ってしての、陰謀って言葉を引用するなんて・・・センスが良いなぁ・・・って。そう言うような話で言ったら、小藪さんなんかの切り替えしなんかも、何ともキレが良くて・・・

新作の落語でも聞いている感覚になる。そんな感性って面白いな・・・って。そんな感覚でバックが出来ると良いんだけれど・・・そんな事は考えずにシンプルに色だけ・・・ってそんな仕上がりも良いのかも・・・って言う気持ちもある。

まだ検討中・・・


カサブランカのモザイク7つ目

2021-01-29 02:14:40 | モザイク作家

今日も引き続きカサブランカのモザイク。7つ目の花・・・ここ数日の結果としては、何とか1日1つの花は終わるようなのね。それはそうと、朝はそんなに寒さを感じ無くて、カサブランカの生花の事も考えて、暖房を付けずにいたんだけれど、

何だか午後から薄っすら寒くなって来て・・・仕方無く暖房を付けたんだけれど、そうなると花も完全に反って来て・・・そうなると受粉されるのも困るんで、雄花撤収。ただ次のつぼみの口が開いて来ているので、ひとまず大丈夫なのね。

ただその後にトイレが1階なんで降りると、みぞれ・・・そりゃ寒い訳なのね・・・ビックリだったのね。

そんな中、かぐやといつものように話したのだけれど、何しろ毎日が駆け足のように過ぎて行く・・・その癖、何かやった証みたいな感覚があるか?となると、確かに花は1つ終わるのだけれど、物足りないような、そうでも無いような・・・。

しかも毎日カサブランカ・・・結構同じ事の繰返しは削られるのね。ただとは言え、ここまでは恐らくこんな事だろうな・・・って想定内なのね。とは言えカサブランカが終わるとバックはほぼノープラン。ひとまず水中花って所からは離れないで考えてはいるけれど・・・。まだグッと来る感じなものが無いのね。


カサブランカのモザイク6つ目

2021-01-28 07:47:25 | モザイク作家

今日も引き続きカサブランカのモザイク。やっと半分の折り返しの6つ目。カサブランカの花は残り5つ・・・そんな中、折り返しって事もあるが、前回買ったカサブランカが咲いて、今回の花と比べられる事が出来たのね。

実は昨日の夜、前回のカサブランカのつぼみにちょっといたずらをしたのね・・・つぼみが2つ残っていて、1つはまだ黄緑色で咲きそうもない感じで、もう1つは白くなってはいるけれど、口先がいつになっても開かない・・・。

そんな中、葉っぱは色が薄くなって、最後の1枚しか無くなって・・・これ咲かないんじゃ無いのかな?・・・ここまで白くなっているのに・・・って気持ちと、買ったカサブランカがあるし・・・って気持ちと。そこで実験って、口先をめくって

強制で馬のお産じゃ無いが、アシストにならないのかな?咲く時にかなりの力を使っちゃうのなら、そぉぉぉっとめくって置けば楽々咲けるんじゃないかな?って気持ちと、そんな無理したら咲かなくなっちゃうだろって気持ちと、何もしないで、

枯れちゃうんじゃないのとか、どうせ枯れちゃうのなら・・色々考えてやったのね。そしたら後から買って来たカサブランカと同じ開き方で咲いてたのね。すると、おしべが前回とは全く違うって比較して見られて・・・そこで作り方変更。

違う花が見られたのはラッキーだったのね・・・実験成功。これで2.3日持ってくれれば、花にはメドが立つし・・・ただおしべを残して置くと、受粉して枯れるのが早まるのかな?カブトムシは交尾するとオス死ぬって言うし・・・。

いずれにせよ、それでもまだ新しく買ったカサブランカはまだ咲くだろうから大丈夫。それと話は変わって、朝、ティーアートさんに注文していたタイルが届いていて、こっちも一安心って言うのも気分的に助かったのね。

何しろ手持ちのタイルが少なくなっていたんで、それがあると無いとでは、そもそも切るって事は失敗ありきでやる訳で・・・しかもわざわざグニャとしたラインにしている分、後少しえぐろうとした瞬間に残念なんて事になる。

この後少し・・・ここ。紙一重って言うのはこんな事なのね・・・後少し行くのと、余力を残して1歩前で辞めるのと・・この差は大きいのね。仮に初心者で例えるなら、これで良いっかって言うのと、まだまだって言うのとの差で言うと、

初心者はそのパーツの難しさが判らないし、技術も無い。そんな場合、怖いもの知らず。その状況で、これで良いかと思う場合、安全安心の中で終わるのだから気持ちは削られずに、結果はこんなもんか・・・的になる。

これが逆に、もっともっと・・・こんなんじゃ無くて・・・と、こだわりを持てば、やるって方向で進めようとするが、思うように行かない・・・時間が掛かる・・・こんなに難しいんだ・・・チェッって感じになる。

この極端な例を教える時にさじ加減をして、ちょっと困って帰って下さい・・・って教えるのね。沢山困るとへこたれちゃうし、困らず帰れば簡単過ぎちゃうし・・・って。だから教えるのは、ちょっと困るって言うこだわり・・・。

つまりこだわり方を教えるのね。その人にあったこだわり方をね。じゃそれを踏まえて上手くなった人達の場合、当然これで良いや・・・なんてパーツは切らないから、とことんこだわろうとする。姿勢としては良い方向になった。

でも、でもなのね。例えば、季節モノ作品や小物としてプレゼントをするような作品を作るとする。これって何回教室で作って良いと思う?ってここ。仮に月に1回の人が3.4回掛かるって事になると、1年間の12回の内の3.4回って事は、3.4か月

つて事になっちゃうのね。それでは自分の作品を作る時間が無くなっちゃうのね。せめて1.2回で終了しないと。これが月に3回来る人なら、1か月で終わるから、どうぞそのペースで・・・になる。余裕が変わって来るでしょ?

ただそれだって、こだわりって面が、既にこれで良いや・・・の姿勢が無い分、思い入れがあればあるほど、時間は掛かるもので・・・上手くなるって言うのは、こだわりが強くなるって事でもあるし、ある意味こうなると、先生としては、

引き算や、引き際とか、良い塩梅なんて方向を教える事になるのね。簡単に言えば、それって深追いになって無い?ってね。こだわりの追及は悪い事じゃ無いけれど、上手くなって来た人のパーツへの執着はハンバが無くなって来る。

そのこだわりはパーツでは無く構想に注ぐ方向で・・・になるし、絵の上手い人は、下絵で満足してしまったりする。本当はモザイクが始まらないと何にも始まらないのに。いずれにせよ、教える時はこんな事があるのね。

ではその教えるkatsuが作るkatsuになるのだから、叱咤激励を1人でやらないとならないのね・・・つまり甘やかせば一歩手前になるし、ほっとけば崖から落ちる・・・そうならないように、深追いになっていないか?って。

所が残りのタイルが少なくなれば、失敗したく無い・・・に心変わりになる。さっきのカサブランカの話と一緒。新しいカサブランカがあるから・・・ってつぼみを剥くって・・・。馬鹿でしょ?でもね、咲いたのね。そうなると、誰もが

やらない事で結果が出ちゃった事になるのね。でもこれが安心安全なら、水替えをまめにして暖房を入れジッと待つ。ってな事になる訳で。何でも一緒で、ホコとタテの話でも、海イグアナと陸イグアナの話でも一緒なのね。

待つのか、攻めるのか・・・って。でもね、タイルが少なきゃ、もう少し・・・って深追いがしずらくなるのね。守りになるから。でもこれがタイルが来ました・・・となると、一転攻撃的になる。失敗しても大丈夫と。

こうなると、守るストレスをもぶつけるのだから、大きく成功しちゃうか、逆に大きく失敗しちゃうかの両極端になる。しかも、精神的ダメージとしても、やっちゃった・・・って思うのと、まっ良いかでは大きく変わるのね。

やっちゃった・・・の場合、守ろうとするから、もうやらないように・・・なんて気持ちがオドオドしたようになるし、逆にまっ良いかになると、次々みたいな反省や是正をするつもりは一切無しで、リセット・・・無かった事でぇになる。

やっちまって、オドオドしたら、更にまたやらかす事になるし、もう止まらない。でも反省なしのリセットは、引きづら無い分、リセット0からなんだから、1や2の結果は出やすい。つまりすぐに取り戻す事が出来る事になる。

ただね、こうなるとリセットのまっ良いかの方が得に思えるけれど、良い事と悪い事は背中合わせ。オドオドって事は謙虚過ぎて卑屈なだけだから、大きな失敗は少ない。逆にまっ良いかの方は、振り返りが無いから是正も無い。

当然また同じ失敗を繰り返す事になる。つまり将棋崩しで例えると、1.2枚目で崩してしまうのが、オドオドする人。崩してもリセットの人は、何処で失敗したか?どんな風にしたか?何故つまづいたか?って、その失敗を糧にはしない。

まぁこの差は、本人には何も関係無いが、指導する側になると大きな差になるのね。失敗を繰り返した人は、教える側になった時、ありとあらゆる失敗を知っている人になる。その事例を教える事が出来るから、指導者向き。

けれど、リセットの人は自分はそうして来られたとしても、どうして出来たんですか?って質問しても、何と無くぅってなもんで、教えるってよりも、やっている事を見せる・・・って事になるもので・・・。勿論、教わる側が誰か?って問題も

生じては来るけれど、先生と合う合わないなんて表現は、こんな仕組みの元の話で、教え方が1通りしか無いのと、その人に合った指導って言うのとでは、大きく変わるし、その人に合ったが正解なのか?先生にあったが正解なのか?

それすらだって誰が正解なのか?って誰が決めるのか?みたいな事になると、堂々巡りになったりして・・・話を戻して、教えるkatsuが作るkatsuのスイッチに切り替えると、こんな環境や状況でどうする?って事になると、良い事がありました。それで・・・となり、

こんな事すらも越えると、保険に入りました・・・安心を買いました・・・どうぞ失敗出来ますよって気持ちになるのね。行くも良し、行かぬも良し・・・どうしますか?って自分が自分に聞いて来るのね。どっちって結論じゃ無くてね。

その時に良くある話が、モザイクとは全く違う事・・・つまり生活の中で何かマイナス面を受けていないか?みたいな一般的に、気分と言う面を振り返るのね・・・例えば支払いとか、自分や身の回りの大事な人への不安、体調・・・。

そこがいつも通りなら、いつもの気分でいられる。つまり花が咲いた事と、タイルの到着分の気分が良いからプラスとね。つまりその分の余裕が良い気分でタイルを切れる事になるのね。所がもしこれが花は咲かずに枯れれば、実験は失敗

になり、失敗覚悟とは思っていても、マイナスを抱える。しかもタイルは来ない・・・こうなれば、守りは強固になる。攻めなくなる・・・しかも責めないのは安心か?となると、これまでのさじ加減次第なのね。

つまりここに至るまでどうだったか?もし攻めていたのなら、急激に守る事になるし、もし守っていたのなら、もっと守る事になる・・・結果は守るだけれど、前者の急激って事になると、巨人が阪神にって位正反対になる。所が元から巨人が

もっと巨人好きになる・・・となると、例をこうしてあげると、大きく意味は変わって来る。つまり同じ結果にはならないのね。では今回の俺は・・・となると、2月までガッチリ使おうと思っていた矢先の緊急事態宣言。

お教室はほぼ無くなり、作家時間が増えるのだから、増々って事に倍増チック。そこにブレーキを掛ける手持ちのタイルが・・・となったと思ったら、花は咲くわ、タイルは到着。つまり攻め続けになる。しかも安定的に11時までやるって、

決めているので、それも習慣づいて来た。更に本来なら鳥も1匹は手を出してしまう所を、2匹かぐやに送った。余裕を作る為に・・・完全にカサブランカだけにする為に。ここまでの状況、環境、申し分無し。

つまりみんなと一緒で緊急事態宣言の中・・・ってだけ。しいて言えば、人に接しない時間が多いと言うのは、孤独って言うものと向き合う事になるのだけれど、これは作家ならみんな大なり小なり向き合うものだから、今に始まった事じゃ無いし・・・。だから特別な事じゃ無くて、いつも通りを続けられれば終わりに近づける。

 


カサブランカのモザイク5つ目終了

2021-01-27 00:28:31 | モザイク作家

今日もカサブランカのモザイク。5つ目が何とか終了。生花も1つ咲いて来て、良い感じになっているのね。出来れば、この生花がある間に何とかなると良いんだけれど・・・。そんなこんなで特に広がる話も無く今日は結果報告のみ。


お教室と5個目のカサブランカ

2021-01-26 07:42:06 | モザイク作家

今日は午後からお教室があって、その合間にカサブランカのモザイク・・・5個目に入ったのね。いくらか昨日買ったカサブランカが口を開いて来ていて、中が覗ける感じになってて・・・・ちょっと今までとは違う感じに作って見たのね。

花に関しては、もう5個目となると、使うタイルやタッチとしても、ある程度決まりつつあって、そうなると輪郭の微妙なラインの調整位しか無い・・・って感じになると、この表現に1個目の手探り感が薄れている感じがするのね。

1個目はこうかな?こうかな?と探った訳で・・・。手慣れてしまっては、模様みたいな感じになってしまうのね。あくまで生き物は種類としてのくくりは一緒でも、全て同じって事は無いから、違うって事があっても、それが自然だったりする。

つまり繰り返しをする事で慣れた作り方にならないように・・・って点では、まだこんなかな?って探る気持ちを持たないと、慣れと思い込みになってしまわないように・・・。ただそんな行為は良いと思ってやっていた昨日までの自分否定になり、

余り良い気分でも無いから、気持ちも削られるのね・・・そもそも最初が100点ならそんな事を考える必要も無いけれど、最初に100点があるはずも無く、そうなると作り手としてはより良く・・・なんて事になれば、もっともっとって事になる。

しかも参考にする生花は生。造花じゃ無いから日に日に変わる。更に言えばいつ食べ時?みたいな話だと、熟成なんて言う事になると、腐る一歩手前なんて事になるし、もはや新鮮とは相反する事になる。

更に目利きと言うのなら、花に詳しくないのに、何日目がこいつの旬?  って事になると、そんなの判るはずも無く、それでも何度も見ているとここかな?なんて感じたりもする。でも感じるって言うのも気分1つで変わったりする・・・

こう言う事がループするのね。こんな事をベースにしているのが、今の歌詞であったりドラマやアニメの支流だったりするのね。昔は単純に味方と悪だったから、迷わず誰もが味方目線で進めるから、迷う事は無かった。

けれど、今のようにまず味方側目線で描いて置きながら、実は悪はどうして悪になったか・・・なんて事になると、感情移入をするにも昔のように単純では無くなる。簡単に単純な図式にならないから。

そうなると、感受性豊かなんて言うのは、気持ちが削られるだけになるもので・・・これがモノ作りとして、オリジナルとして・・・って言う新しいモノを生み出す能力って言う使い方をするのなら、それが人よりも繊細なんて事になり、

表現力として、その分野を究めようとするとチャンスも広がるが、ただ生きるだけ・・・となると、その感受性としての優しさは、もろ刃の刃として、ただの弱さになってしまったりもする。そんな感受性の人は強さを身に付けないと、

自己否定なんて事を繰り返すはめになったりもする・・・。ただ俺のような作家として表現者としての生き方としては、病気と付き合うように、治らないものと付き合う的になる。しかもどっちかって言うと、治ったら普通になる・・・って、

思うから、治らない方が良かったりする・・・と思って見たり、そこがクリアーになって作品が良かったなんて言われると、もっとそっち側に行った方が良いものが出来るんじゃ無いのか・・・って危ない方側に歩こうとしたりして・・・。

それが昔はそのさじ加減が判らずに、良いモノ良いモノとそればかりを考えると、生活すらも成り立たない程追い込まれ、場合に寄っては助けようとしてくれたお客さんまで追い込む形にもなったりした・・・。

それも何度か繰り返すと、段々と一番危ない事は・・・と探せるようになっては来るんだけれど、それとて何か1つ手違いがあると、危ない橋を渡るって言うのは、たった1つのトラブルでも大きな損出になる。

でも単純に自分に有利なんて考え方にはなれないし、ここで追い込まれても逃げ切れさえすれば、また次の力になる・・けれど、その場は楽でも、諦めると諦め癖になるし、この先続ける事を考えると、今なのか?今後なのか?みたいに、

一石二鳥なのか?二兎追うものは・・なのか?相反する悩み事になり続ける・・・こんな話に終わりは無いのだけれど、どちらか1つしか無いと言うのが良いのか?それともどちらも知った上に、判断するのか?では選択の幅が違って来る。

とは言え、どちらにしても最後は何かを選ぶ事になるのだけれど・・・。


カサブランカのモザイク

2021-01-25 20:34:24 | モザイク作家

朝、気分転換って気持ちもあって、花屋さんに行く事にしたのね。昔から花の華やかさが苦手で、つぼみの時はこれから咲くって希望みたいな気持ちで花が咲くと、豪華でこんなアトリエでも見た目でも、匂いでも圧倒的な存在感があって・・・

でも枯れ始めると、葉っぱの色は薄くなって、花も色は鮮やかな白が濁り、花びらがどんどんと反って行く・・・。この変貌が苦手で、観葉植物のような何も変わらず葉っぱのみって方が好きだったりするのね。

日常でもこんな気持ちだったりするのに、緊急事態宣言となると、人と接する機会が少なくなる分、孤独感みたいな事が加わると、例えば気分1つで普通は色んな事が変わったりするものでしょ?例えば天候1つでもね・・・。

乾燥しているから恵みの雨なんて言い方もあるけれど、気分が良いか?となると、見栄えと機能性の話のように、こっちを立てればあっちが立たず・・・みたいな話になったりする。要するに日常でもそうなら、こんな中であるのなら、気分は下がる・・・

そこで新しいカサブランカで・・・となるのだけれど、前回思っていた以上に値段が張ったんで、店を変えて浦安にしたのね。すると思った以上に安く手に入って・・・勿論、種類は違うんだろうけど・・・。

例えば昔、金魚を飼っていた頃で言うのなら、素人でもランチュウって言うと、ブランド名だったりして高いイメージがあるだろうけれど、ただランチュウってだけなら、ランチュウであるってだけの品種に偽りは無くても、価値無しなんて

もんもいたりして、100均並みなんて事もあった。食べ物だって同じで、マグロって言えば回転すしでも食べられるけど、回らないお寿司の価格の差は桁外れ。問題はそこまでの差が判る場合と判らない場合・・・。

例えば金魚の時なら、尻尾が曲がっているとか、色だったり、上見から横からと、背中のラインを見たり・・・素人ではあるけれど、それなりの知識で選べる目があったと思うのね。じゃ味覚は?となった時、高級寿司と100円寿司なら判るかも知れないが、

スーパーで高い寿司とかになって比べた時に判る?俺・・・となると、自信なんか無い。つまり視角よりも味覚は大幅に落ちる・・・みたいな。じゃ視角に自信があるか?となると、全く知識の無い花では、花屋さんが渡してくれたものを受け取るだけ。

目利きは必要無し。ある意味、店舗選びだけって事になる。

後のつぼみ1つは前回のなんで、今回も同じ5つ・・・この段階では葉っぱの長さとつぼみの大きさの違いしか判らず・・・それで倍以上の値段の差がある・・・咲かないと判らないけれど、それならそれで良いのね。

何しろ昨日までは花を中心に・・・って言ってたのは、葉っぱを捨てて花を優遇していたからで、こうして買い直したのなら、今度は花が咲いていないから、葉っぱを重視にして、昨日とは変わって葉っぱも少しやって見たのね。

色が薄くなって行ったのは判っているが、最初はこんなに濃かったんだ・・・って、正直ここまで濃いって感覚が無かった事を考えると、気分って言う点でも、やろうって気に火は付くもので・・・何しろ同じ事の繰返しは単調なんでね。

緊張感って言う事を持続するのも難しいし、同じグレードのままって言うのも、キープも難しい。最初はこれで良いのか?って気分が、4つ目となれば、この位だろう・・・に変わる。それを何も見ずに作れるようになっても、思い込まず良く見て・・・

となると、ドラマや音楽、小説なんでも良いが、夢中の時とは違う感覚になるのね。1回目は刺激なんだけれど、持続すると安定したりする。それを安定ならまだしも、慣れとなると、もう、ながら的になる。これは避けたい・・・。

そうね、恐らくこんな事をしていた先人の鬼畜さ加減には呆れるものがあるが、例えば折角なんて言葉を使って、折角枯れた花って言えば、大事にしなくて良くなる。大事にしなくて良くなるのなら、花びらがちぎれても気にならない。

つまり今までその花の形のままで作ろうとしたのに、自分で気に入った花びらをちぎって、位置を変える事が出来る訳で・・・まぁ残酷な話だけれど、ある意味、愛好家って人達は、そうやって品種改良や、良質の血を残している。

って点では、左程差は無いんだけれど、一般的に言えば、残酷この上ない気がするね。ただ良いモノってある程度の犠牲に成り立っているのは事実。こんな話は全て見たままの話であって、技術ってこんな感じ・・・って話。

でも更にそれとは違って・・・って話になると、その気分ってモノの中、技術なら気分さえ安定的に出来れば、いつもの腕で進められる。これは練習と実績の積み上げ。オリジナルを作るって言う事も同じで、自分自身なのね。

その時に技術とは違うモノが必要になるのね。例えば喜怒哀楽。技術にそんなもんはいらないでしょ?いつもと同じく淡々と粛々と繰り返せば良い。けれどオリジナル作りとなれば、常に考えないとならない。その時に喜怒哀楽ってもんが人にはあって、

怒っているなら怒った作品、喜んでいれば喜んだ作品、哀しければ哀しい作品、そして楽しければ、楽しい作品って、作家の気分のままを表現する?そうね、これが歌なら、シングルとアルバムなんてあって、シングルならキャッチーなサビで

それ1曲で完結させて、心を鷲づかみしたいけれど、アルバムの場合、そのアルバム1枚分を通した世界観で、喜怒哀楽を表現出来たりする。つまり短編と長編の違いみたいな事になる。じゃ大作と小物って?まぁどれも一緒な考え方になる。

ただ大きく違うのは、お客さんからの依頼作品って言うのは、大抵クライアントの意向って言うのと同じ感覚だから、怒ったり、哀しいかったりする作品をお金出して欲しいと思う?って話になるでしょ?つまり喜びや楽しみ中心になる。

その時にね、中にはそう言うkatsu作品が見たい人もいる・・・つまりお題じゃない部分。その1例が昔、ユーミンのママの壁画って作品の時で言うのなら、シャクヤク作って・・・って言うお題で、あの壁画になったのね。

もはや頼まれたシャクヤクは20cm程度で、他の部分は2m超えの寸法。あれはkatsuって言う人が、シャクヤクってお題を膨らませて、ママの人生ってこうなの?って気持ちで作ったのね。つまりその日の気分なんて事じゃ無くて、その期間だけ

一緒に暮らした気分で・・・まぁこんな作り方が良くある作り方だから、問診的に色々話をして、情報が欲しいのね。何せ趣味趣向を何も知らずに作るなら、当たるはずなんてある訳が無いのね。

所が今回の情報はほぼ0に等しいのね。だからお題のカサブランカを多くしたのね。そこから何を膨らませる?って事になるものを、逆に膨らまさない・・・余計な気分や喜怒哀楽を乗せない。つまり技術だけで作ろうと・・・なるべく。

だから、喜怒哀楽的にも、気分って事でも、ずっと同じまま・・・ただそれをキープしたいのね。何も変わらないって感じに・・・1個目みたいに。だから葉っぱに行くのも良し、つぼみでも良し、ただあの時と同じように新鮮な花って点では、

今回の料金なら、もう1.2回買っても大丈夫って感じ。ただデジャブな感じではあるのね。何しろ4分割だから、わんこ蕎麦じゃ無いけれど、食べたら次、食べたら次って・・・そうならないように・・・。それをキープするのが難しい。

それはコロナも一緒で、非日常になった今、それを繰り返してそれが日常になりつつある中、以前日常の中での余暇が、この非日常が日常になった時の余暇は?って話で、それに代わる何か?が無いと・・・・。

それが作家katsuには生花のカサブランカだと思うって話で、気分転換にはなると思うが、人としての部分のkatsuとなると、生花では何ともならないだろうし・・・本来ならそこの喜怒哀楽の部分がカサブランカでは無い部分に反映する場所に

なるんだろうけれど。今回はやらないとなると・・・。


お教室とカサブランカのモザイクの花4つ目

2021-01-24 08:13:04 | モザイク作家

今日は午後からお教室。それ以外はカサブランカのモザイクで、4つ目に入ったのね。ひとまず3つ目までは・・・

エースのカサブランカが枯れて来ちゃって・・・2つのつぼみの1つが白くなって来たから咲くのかな?って感じはあるものの、また買わないと駄目かな・・・。葉っぱに行かないのは、まだタイルにしようか?ガラスタイルにしようか?

悩んでいるのと、葉っぱは枯れて色落ちしちゃったんで・・・それと花、茎、つぼみ、葉っぱと4つの部位をバラバラにやると、あれこれと覚えないとならないけれど、花集中って事になると、段々こうかな・・・って慣れる。

ただ良い事は慣れるし、色んな色を手元に置かない分、迷う事も置き場にも困らないけれど、4つも部位があると、あれこれ手元に置きっ放しにしたくなるのね。ただとは言え、いつもよりは色数が少ないけれどね。

いずれにしても、まだまだ始まったばかり・・・


カサブランカの3つ目の花のモザイク

2021-01-23 00:22:28 | モザイク作家

今日は引き続きカサブランカのモザイク・・・3つ目の花に入ったのね。そんな中、いつものように近所のスーパーに買い物に行くと、入り口に撮影の準備をしている人達がいて・・・すぐに何の事か判ったのね。それはテレビ東京の家について行ってイイですか?って番組。

実は少し前にキウイとお友達がそこに買い物に来た時に、ロケをしているのを見たって、様子を聞いたのね・・・その時、俺は、空の湯の打ち合わせだったのね。そんな訳できっとそうだろう・・・と。今日の買い物を支払ってくれるのと、引き換えに家に行く・・・そんな話。

ちょっと悩んだのね・・・アトリエに来るのなら、それはそれで問題は無いけれど、家となるとね・・・何か抵抗はある・・・それと引き換えに宣伝出来る事って、どの位のリスクと交換になるんだろうか?って・・・。

結局、悩んだ末に辞めといた・・・どっちだったんだろう・・・って、ちょっと思ったけれど・・・。さてそんなこんなで、こんな感じになったんだけれど・・・2日でカサブランカの花を1つって感じかぁ・・・。


キウイのリモート教室とカサブランカのモザイク2つ目

2021-01-22 01:32:32 | モザイク作家

今日は午前中にキウイのリモート教室。今回は大作の方じゃ無く、サークルでやっているバラの作品の方。ちょっと画像のアップの仕方が判らなかったんで、明日にでも・・・。そんな後は、カサブランカのモザイクなんだけれど、余りにも2つ目が上手く行っているので、どうしても見劣りしちゃうのね・・・

そこでそこそこになるまで、1つ目を手直し・・・何と無くコツらしい事が判って来て、随分と良くなって来たのね。ただ切り花が弱って来ているのね・・・もう1回買わないとならないのかぁ・・・一応つぼみは2つあるんだけれど・・・。