katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

みどりとお姉ちゃんと棟梁の相席教室とモンゴルの額装

2018-02-28 23:59:29 | モザイク教室
今日はみどりとお姉ちゃんと棟梁の相席教室。ただその前に色々とほうれんそう・・・報告、連絡、相談的な話から。まずみどりが見つけた話の提出が済んだ事・・・昨日受理されたとメールがやって来た。それと、先日棟梁から話のあった多目的ホールを使わせて貰える話。

それをかぐやに相談すると、使い方をもう少し幅広げませんか?との事なんで、確かにそれも良いかも・・・ってな話。本来普通は生徒さんってだけなら、こんな話は出て来ないものだが、作家katsuとして何とか成功して欲しいと願って下さる人は、生徒さんってよりもご贔屓さん寄り。

だから、何かをしてあげられないものか?・・・となったりする事が、作品購入になったり、イベントに参加だったり、手伝いだったり・・・そんな中に、出張のワークショップの開催側になり、場所の提供の手配などをやってくれたりもするのね。

これが弟子となると、仕事がして見たい・・・って事になると、かぐややみどりのように積極的に参加したり、そう言う機会を探してくれたりもする。いずれにせよ、そう言う事になると、一般的なお教室とは全く違うものになるのね。

しかも、そうなると単なる技術論では済まなくなる。当然いつも言っている心の問題は大きくなる。そもそも単純に考えれば、何の世界も誰であっても
一緒で、練習なら伸び伸びやって結果は出たりする。子供のゲームも一緒で結果が悪ければリセットってね。

それを学芸会でも受験でも、大会でも、ひとたび失敗は許されない・・・って緊張感の中であれば、日常の力を発揮出来ないのは何故?それは緊張感に負ける心そのものなのね。つまり本当に上手くなるって言うのは、いつも通りに何処でも誰とでも一緒にいられる心も必要になる。

所がこれを思い上がると簡単に平気と言えるのだが、その思い上がりすら気が付かない・・・つまり自覚の無い場合がある。この場合は、崩れている本人が崩れている事にも気が付けない・・・・これが一番の悪だったりする。それは本人だけで無く他人にも迷惑を掛ける事になるから。

所がそれは紙一重なのね・・・例えば競技なら、勝者と敗者になるし、受験でも合格と不合格に分かれる。何故そうなるのか?それは相手がいるから。
つまり1人で永遠に他人と交わらなければそんな事にはならないのに、独りではいられなくなるから・・・。

ただ好きって言うだけで何でも続けたいのなら、群れる必要は無いし、教わった事を黙々と一人自宅でやれば良いし、自分の趣味、楽しむだけなら、全く誰にも見せなければ、上手い下手も問われないし、出来ただけで楽しめる。それが人って言うのは欲望の塊なのね。

続ければ上手くなりたい気持ちが芽生えるが、じゃ世の中ってのは上手くなる基準って何で計るか?となると、単純に2通りあって、先生の評価か自分の眼って感じになると思うのね。これが点数を付けられるものや、成績がはっきりするものであれば誰の眼でもはっきりするが、素敵な物みたいな美の点数は

人の感覚的な曖昧なものになったりする。つまり評価が一定にはならない。ここが美の難しさでもあったりする。それを踏まえた2通りの話に戻ると、まず先生の評価・・・こんな場合、そうね、誰もが知る大先生に貴方上手ね・・・って評価を受けたとしよう。完全に自信になるでしょ?

何でかな?それはハクだね。要するに大先生に褒められたから。ではこの他人事をリアリティを持って緊張感のある話にすると、例えば女の人なら、貴方がフィギュアの宇野君の母親だったとする。その子が幼い頃に、羽生君に頭を撫でられて、上手いね・・・って言われたとする。

そしたら、僕も羽生君みたいになる・・・って言ったとする。そしたら金メダルの人のようになるのだから、当然今までの練習とは変わる。こんな事があったんだろうし、実際そうだったんだろうね・・・は聞かなくても判るでしょ?じゃ、こんな言わなくて判るような事は勉強にならないから、

もしかしたら?・・・って部分ね・・・ではそのリンクにはいっぱいの生徒がいたのに、宇野君だけそう言われたとしたら?多分宇野君自信は何も変わらなくても、周りの人達の反応は様々だったと思うのね。例えば単なる友達なら、良いなぁ・・・だけだが、ライバルだったら?

チェッって気持ちだってあるだろう。何せ小学生だから。そしたら我が子可愛さの母なら、ウチの子は?と思ったりしなかったろうか?逆に単なる趣味程度であったのなら、とてもとてもウチの子なんて・・・と握手と写真で十分だったりもしたかも知れない。

こんな環境の中、続けていたとしたら今の宇野君とライバルとして競い合っているだろうし、もうとっくに辞めているかも知れないし・・・ただね、もっとえぐいのは、褒めて追い掛けられた羽生君・・・凄いのは勝ってまた同じ事をする・・・大きな壁である事。

逆も真なりで、その宇野君は冷静に全ての演技を完璧なら僕が金かぁ・・・って。きちんと追い掛ける所かライバルとして銀に輝いている。人が渦巻く環境を勝ち残ったものが味わえる例だし、眼には見えない敗者の人達がいっぱいいたはずである。人の不幸の上に幸せは成り立つ例。

ではそれが嫌な場合、個人で永遠に楽しむ・・・って出来ればそれに越した事は無いのだけれど、人の欲望ってのは果てしないもので。上手くなりたい・・・って思ってしまうものでね・・・では一体何を持って上手いとするか?になった時に、何でもそうだが何の何処を評価とするか?になる。

まっ簡単な話で言うのなら、昔なら絵が下手だと絵は描けないし、楽器が弾けないと・・・みたいに諦めれば良いが、今はパソコンなんてものがあったりする。つまり実際に描いたものは直せないが、パソコンでは曲がった線を補修してくれたりするから、上手く描けたりするし、色も選ぶだけで、

塗りムラも起こらない。利点はね。欠点は誰でも同じになる。その技術を習得すればね。楽器も同じで、生演奏をするのでは無く打ち込みとして、作り込んで置けば、当日の失敗はほぼ無いし、弾かなくても弾いた事と同じ音で作れたりする。ただアドリブは利かない。

つまり生の場合、その人の今日の気分を出せたりするが、パソコンを通しての場合、技術は全てパソコンの技術になる。要するに絵を描く行為の技術では無く、パソコンの知識みたいな話。こうして言うと、否定的に聞こえるがそうでは無く、結局何をどうやったとしてもオリジナルな訳ね。

だって結局、自分でオリジナルを作らないと人の真似なんだから。あれに似てる、これに似てると先人の有名なものと比較されて、似ていないと下手と言われてコピーとも言われず、本物と区別が付かなければ贋作と称される。ただ名は明かせないだろうがね。

こうした感じが人の眼の評価の話なら、これとは対極にある自分の眼って事になるが、何を持ってしてその眼を養うか?となると、人のを見たくなるんだろうね・・・そこで憧れて努力したのが宇野君なら、憧れを追い越そうとするのも宇野君。ではそこまで行かなくても・・・って人は、

一体どの程度が良いのだろうか?・・・ここね。そろばんなら級とかで判断する。たださぁ、1+1=2はさぁ、否定的になったんでしょ?この国って。
俺はそう習ったんだけれどね・・・2にするにはどんな方法がある?って自分で問題を考えさせる・・・つまり人の問題を解くのでは無くて、自分で

考えるって方向になっているから、十人十色って事にしているんでしょ?今って。でもね、それを2=1+1って言うのなら、結局俺の頃と何ら変わらないのね。当たり前だから。発想力ってのはそんなに単純じゃないからね。そんな事を踏まえた時に、パソコンであっても、実際であっても、発想力の

問題であって、しかし発想だけでは簡単に真似をされるし、だから簡単に真似出来ない事を考えようとする訳で。それを技術だけに走ると、きちんと切れた、張れた、楽譜通り間違えなく演奏が出来た、先生のお手本のような字になった、綺麗に塗れた・・・それをただ繊細にしただけになる。

いつしか飽きるわっ。何故ならプロなら飽きてもやり続けなければならないが、アマチュアならそこまでこだわらずに出来る。しかし、そこまで出来るようになったらオリジナルに手を出さなければ、金魚の飼育って言っているみたいな話になる。

例えば金魚が好き・・・だから飼う。こんな場合、必ず失敗し死んでしまう。それは知識の無さ。ここで脱落すれば飼わなきゃ良いだけ。所が何匹死んでも買い続ければ必ず自分の実力以上の元気な金魚に出会う。そうすればそう簡単に死なない。ほら楽しめた。死んだ者が浮かばれた。

所がいつかまた死ぬ。どうする?それが生きていたのはそいつの生命力であって、必ずまた・・・とは限らないし、そいつの代わりはいないのね。そこで愛好家は血を残す・・・つまり子引きをする・・・繁殖ね。絶えさせない血って話ね。まっ、これが伝統って話。

これを続けたのが伝統。しかも、受け継ぐのは技術だけじゃない・・・さっきの宇野君と一緒。そこに他流派だってあって、何の何処が正しいか?なんて誰も判らない訳。まっ簡単に正解があるとしたら?売れているとか、人気がある・・・とかが判断基準になるのだろうが。

元に戻して、愛好家はプロでは無いけれど自分のオリジナルが欲しくなった人だと思うのね。勿論、そこに波及してお金儲けとして売る人もいるだろうし、もっと言えば自分の所に全て置いては置けないけれど捨てるほど悪く無いし・・・と思って売るとか、自分の残したい分の為の敗者処理かも、

知れないがいずれにせよ、何をしてもこだわると残酷な話は付きまとうもので・・・。それに打ち勝つ心も必要になるのね。だから、勝者は大抵無くしたものも大きい・・・ってセリフになると思うのね。やらなきゃそんな事を知らずに済んだのだからね。

ただ当然、無くしたものがあれば掴んだものもあるのね。本来の楽しみはこだわらないと長くは続かないし、続けると気疲れもする。ここで気なんて言葉が出て来る・・・病は気から・・・自分の都合良く進めば気は疲れない。けれど、気が疲れる・・・つまり上手く行かないと病になる訳なのね。

読んで字のごとく的な話で、残っている言葉は先人が大事だから教訓として残っている訳で。だから受け入れてそうなんだぁ・・・じゃ今の私は?って出来るようになれば、良いだけなんだけれど、大抵意識はしていないから、そんな事はいちいち考えない。

しかも仮に考えたとしよう・・・じゃどんな時?大抵は困っている時なのね。それでは無理だわっ・・・全ての一流の人は困る前に困っているのであって、困ってから考えては、良いアイデアが出る訳が無いし、時間も制限されて行くし・・・そもそも準備が出来ない。

それでは結果が出にくいのね。ただ何事も例外があって、書道なら一瞬、演奏なら何分で済むがモザイクでは、一瞬なんてものは無理だし、何分じゃ何も出来ていない。つまり一瞬のパフォーマンスははかなさが売りになるし、はかないからこそ即効性があったりする。

しかし時間の掛かるものって言うのは、その果てしなさの追求なんで、ため息を付かせたり、時に見るものを委縮させたりもする。全く反対側にあるものだったりする。ただそれもよくよく考えれば、その一瞬の為の練習は全く生かされず失敗すれば不甲斐ない結果にもなるし、果てしなさの追求は

心折れれば完成すら見られない事にもなる。もっと言えば、オリジナルなんて一切作らないで、誰かのデザインを真似しているだけで楽しめるのなら、考えて生み出す行為で困る事は一切無いし、創作料理はせずにレシピ通りに肉じゃがやカレーを作れば良いと思うのね。飽きなければ。

真似で楽しめるのは最初だけ。大変でも乗り切った後に見える景色は、乗り越えた人にしか見えないし、負けて得るものがあると言うのなら、勝たなきゃ見られない景色もある。いずれにせよ、選ぶのは自分次第になる。ただそれだけの事。そう言う話をここまで聞いた上で、これを見て貰うと、


お姉ちゃんの作品。きっとこんな手の込んだ作品は一生作らないと思うのね・・・今日もムズイって言ってたのね。しかも自分の結婚式のウエルカムボード・・・何度も作るはずも無いだろうし・・・そんな目的意識が高いシュチエーション無いだろうなぁ・・・今後。

だからこそ、一生懸命頑張って完成して欲しいのね。では更に踏まえて棟梁。


大作疲れから、こっちを完成させてから・・・にしたらしいのね。それも本人の希望なんで良いと思うのね。けれど・・・けれどね。それがどんな意味があるのか?は伝えないとならないのね・・・先生だから。それは気楽だと思っているのね・・・この作品が大作よりも。

既に言葉は悪いが舐めているのね。だから大作では無くこっちにしたんでしょ?疲れているのに大変な方に行く人はいないよね?ここでそうですぅぅぅって言えれば素直なんでどうぞぉぉぉで済む。そこに自覚があるから。しかし、そんな事はありません・・・楽じゃありません。って言ったとする。

じゃ楽じゃないんだね・・・それを終えた時に、もっと楽じゃ無い大作が待っているのかぁ・・・って事になるって事だね。そもそも同じ内容なら、大作でも良い訳で。つまりこっちの方が小さいから・・・終わらせてって思っているのか?理由があるでしょ?意識していないだけで。

棟梁は意識不足。意識して確認してそこに向き合って、自覚してそうすればもっともっと上手くなる。けれど、そこに気が付けないと腕の上手さに心が付いて行けない事になるのね。それが理由に、同じバラの繰り返し・・・1つ成功したのなら色も同じ形も同じ教える事なんてある?

それなのに聞く・・・聞けば教える事になる。しかし教えれば知恵が付く。知恵が付けば考える。考えれば自分なりの正解を持つ。その目で1つ目のバラを見返せばアラも見える。その目は成長しているのだから・・・だから剥がしたくなる。では3つ目を見たら・・・。

本来なら食べ終わってからのお代わりだったら、何もしていないはずが、すでに同じ事の繰り返しとして、能率効率で同じパーツを張ってしまっているから、成功なら進み具合も良いが、失敗なら全部同じ場所が気に入らなくなるのね・・・。ほら良い事悪い事は背中合わせ。起こったでしょ?

楽らく進んで、そんな事を気にしないで進められるのなら、大作よりも楽だろうね。しかし、一度そんな事になったら、あれもこれもとなれば、気になったら最後、これもまた大作になってしまうのね。ただ、やり続ければ大きさから言って、終わりは必ず早めにやって来る。

だから、完成の喜びは早めにやって来るだろうけれど、一旦休憩って程休めない作品になってしまうだろうね。しかしながら、出来栄えは十分過ぎるくらい見事ではあるのね。こんな事も踏まえて、お姉ちゃんが続ける事があれば、いつか棟梁みたいになるんだろうし、棟梁はお姉ちゃんの今が、

かつての自分の姿なんだと思うのね・・・一生懸命やっていて、みんなが良く出来ているね・・・って褒めてくれて、段々終わって行くから、嬉しくて・・・って。でも、その棟梁もこんなに作れているのに、お姉ちゃんにも凄いと言われても、あの時の新鮮な気持ちにはなれないのね・・・。

徳永さんの歌の歌詞のように、思春期に少年から大人に変わる・・・ってからの歌詞。人の心とは移り行くものだったりする。同じままではいられないものなのね・・・そこをあのときのまま・・・とやり続けられるのか?失うものと引き換えに得ようとするのか?

いずれにせよ、教えている人はみんな俺。去る人ばかりなら問題ばかりになるけれど、残っている人がこうして結果を出せるようになったのなら、それに見合った心も会得して貰いたいと思う・・・と言うより、強く願う。そんな後はモンゴルの額装。


ある意味、今日の3人よりもダメージの少ないモザイク制作である。デザインはカザフ模様のアレンジだし、トンカチみたいな模様も存在する。そこにオリジナル部分の馬となる訳だから、1からオリジナルじゃない分、製作費と期日のプレッシャーだけ。内容では何も困っていない。

ただだから楽なんて1つも思わないし、これだけの手間を掛けても本当に判るのは、本気で制作している人だけ・・・。若干虚しさも感じたりするが、そこと向き合うって事はいくらかプレッシャーが掛かったのかな?・・・気を付けないとね。もしかしたら、ミイラ取りがミイラかな?

いずれにせよ、先生もやっているのだから、何しろ何があってもいつも通りの俺でいる事・・・それが全てである。・・・と思われる。



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確定申告とモンゴルの額装

2018-02-28 08:15:10 | モザイク作家
今日は確定申告の準備の日で、この日が来ると1年を嫌でも振り返らないとならず、良く生きてられたなぁ・・・と思ったりする。ただ、ある意味こう言う生き方は逆算なんで、常に毎月確定申告的なのね・・・つまり生活費を除いたお金がいくらある?・・・何日それで暮らせる?ってね。

その時、お教室だったり、作品作りだったりって言うのは、生活費を稼ぐ為のものだったりするが、ウミウシの作品のような無償なものは宣伝広告費的なものであって、その間の生活の保障は一切無しになる訳だから、それを何日やり続けられるか?・・・って話になる。

まっ、先日のオリンピックの話じゃ無いが、スポンサーを持っているか?いないか?では、働かないと存続出来ないし、とは言え、その時間は練習を出来ない事になるのだが、幸い俺の場合、全てモザイクのみなんで、全てが糧になるのは有難いのね。

つまり生きるお金以外は、全てそこに次ぎ込む訳で・・・・文無しにならないようにね。だからギリギリで予定を立てるから、1つ歯車が崩れると生き死に関わる話になる訳で・・・。そんな中、去年は急な移転の1年目・・・・今までとは違った中、良く逃げ切ったとは思うのね。

勿論、逃げ切らせて貰ったんだけれどね・・・テレビじゃないが、皆さんのお陰・・・。助けて下さる人がいるからやって来られていただけ。そうなると、この日だけは、その人達に結果を出せなかった事で、こんなザマでまたすみませんでした・・・と言わないとならない。

全て良い事と悪い事は背中合わせ。皆さんのお陰で・・・と続けられたが、逆に言えば、いつまでそんなザマなんだか・・・って話であって、その確認の決算日みたいな心境になる日な訳で・・・。だからお世話になった人達には報告義務と、謝罪的なものが必要になる。

ただそれと、今後のやる気とは一切関係の無い話なんで、その儀式的なものが終わったら、気持ちの切り替えをして、元に戻らないとならないから、当然今すべき事に戻る事になり、とは言え金魚も無くなって息抜きも無く、そうなると全てモザイクだけでやりくりをしないとならないのね。

本来ならトップの画像の茶色は終わったんで、青いグルグルを終わらせるべきなんだけれど、気分転換をしたい訳で。


そこでこうなる。新しい事は新鮮であるが、新しい事は考えないと同じ事の繰り返しの慣れでは進めない。楽なのは今までやって来た青いグルグルだが、そうなると慣れているから手だけで進む・・・そうなると頭は余計な事を考えてしまう。それが前向きな事なら良いが、1年を振り返るような日・・・

どう考えてもロクな事が無い。そこでこんな日に頭をフリーにさせるとマイナスな事を考えて、余計にへこむ事を防ぎたいのだから、新鮮で緊張感のある場所に手を付けたのね。勿論、白い縁取りって手もあったが、それはかぐやとキウイに取って置きたいし、黒のバックの見本も欲しいしね。

こんな感じに頼むね・・・って事でね。そんな中、進めていた話・・・かぐやがエントリーの企画書を送った。いよいよ心の準備もしないと・・・。
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班長とリピーターさん教室とモンゴルの額装

2018-02-27 02:47:04 | モザイク教室
今日は班長とリピーターさんの教室。まずは班長。扇の形に切って緑のバックなんだけれど、白い部分は半分にした後に台形にするんだけれど、半分にするにも技術がいるが、その後に両サイドを切って台形にする・・・つまりまず半分にして1回目の技術、そして台形にする為に右、左と2回揃える。

そうなると1つのパーツに3つの成功をしないと完成しないのね。それを右は成功しても左で失敗・・・なんて事があると、2まで成功して3で失敗なんて事があったりするのね。それを踏まえて考えると、緑のバックは1が無く、いきなり2.3となるのだけれど、1が無い分難易度が下がる感じがするのね。

そこが落とし穴なのね。半分にするのも技術だけれど、慣れれば何とかなるのね。そうなると同じ台形にするにも半分の長さで済むのと、1cm丸々の長さの角度をキープしないとならず、半分なら曲がらずに切れる可能性が高くなる。つまり半分からの台形で練習をしていた事になるのね。

その白をこうして逃げ切った後に、同じような台形を切るとなると、楽勝・・・と判断してしまうと、楽だと思う分だけ失敗するとへこむし、楽と考えた分、進みが悪いとへこむのね。そんな事が1日目にあって・・・もう終わるってニコニコしていた所から気分が転落って感じだったのね。

しかし、今日はすでにもう楽と思っていないので、元に戻っていつか終わる・・・ってスタイルに戻ると、終わる事よりも質にこだわる形になり、進まない事にとらわれないので、何も変わらずにいつも通りになったのね。そうなると、何度かやっている内に段々それに慣れて来るものなのね。

そう言う点ではリピーターさんは、完成したのね。


次の作品の事を考えていたし、とてもほっとしていたし、そもそもがもう1cmにも慣れたから、焦ってやるような事も無いし、いずれにしても安定感があったのね。良く頑張ったのね・・・お疲れ様でした。そんな後は、モンゴルの額装。


茶色の部分は後1枚まで追い込んだのね・・・


気が付くと12時廻っていたので、慌てて片付けしたんだけれど・・・何か朝がすぐやって来るし、いつの間にか1日が終わるし・・・今日なんだか、明日なんだか、一昨日なのか?同じような繰り返しが大変なのは、良く判っているのね・・・。

ただ仕事なんでいつか終わる・・・って訳には行かないから、期限があるのね・・・。しかも、これだけじゃ無くなったのでね。ただ、まだ焦る段階では無いけれど、貯金的なもの・・・忙しくなる前に・・・出来るだけって感じなのね。

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今日はひたすらモンゴルの額装

2018-02-26 00:23:41 | モザイク作家
今日はかぐやも帰って日常に戻り、そんな訳で丸々1日モンゴルの額装。


この逆の分の茶色部分がそっくり残っていて、それが終わるとようやく茶色は終了となるのね。ただアクアリウムバスの下地も作らないとならないから、今月いっぱいで少し中断となるんだけれど・・・・。だからなるべく進んで置きたいのね。まだ数日あるし・・・。

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kameyaさんの出張教室とかぐやが帰る・・・

2018-02-25 08:46:38 | モザイク教室
今日は朝からkameyaさんの出張教室。ただかぐやがいたんだけれど、アトリエに残ってやる事がある・・・って事で、別行動となったのね。そんな中、今日は2人。先日、具合が悪くてキャンセルだった棟梁は何とか調子を戻しつつあり・・・って感じらしく、久しぶりだわっ・・・って言ってたのね。

でもう一人の方は、新展開はアトリエで・・・って事で、ここまでにして・・・・って感じで、


その後にちょっとだけ・・・


結構楽しそうにやってたのね。ただ、このレベルになっての楽しさ・・・って難しくって、初期の頃の楽しいのは出来るだけで十分なんだけれど、この辺になると、出来栄えが満足しないと純粋に楽しめなくなるもので、やはり評価ってものが大きく左右するから、納得出来るものが作りたいものなのね。

所が納得ってどんな感じ?・・・って言うと、その日の気分が左右する・・・なんて心持ちでは、ほぼ感になり、下げた気分なら点数は低めになるのなら、気分の高めになった時に見るとどうなんだろうか?逆に、下げた気分の時に、厳しく高めに設定すると、そこに届くだろうか?なんて事になる。

しかも、更に言えば下げた気分に気が付かない・・・いや、気付けないなんて事になると、もはや話にならないもので、そんな場合、いつもの自分に戻った時に、何でこんな事になっちゃったんだろう・・・何て事になったりもする。それが気にしない、気にしない・・・って人は、上手くならないし、

気にすれば上手くなった眼を持つ事になるが、気が付くのだから、それが気になり後悔に繋がったりする。ほぼこれが棟梁なんだけれど、そんな中でも、これだけのバラを作れるのだから、相当上手くなったと思うのね。そうなると腕に見合う心の問題なのね。

つまり今の自分がどうであるか?って判断をする時に、調子が良い・・・調子が悪いの2通りしか無いのでは、オリンピックなら金以外なら、予選落ちだろうが銀だろうが一緒・・・こんな考え方になるだろうが、これを普段の時ならまだしも、崩れている時にまでそれを望むとどうなるか?って話。

それがもう一人の方は、ほぼ常にいつも通りなのね。それは良い意味では安定感なんだけれど、逆に言えば欲張らないのね。この2人とても良いバランスなのね。そうね、棟梁の場合、自己記録更新を常に目指せるんだけれど、気分を下げた時、歯止めが利かなくなるくらい失速してしまうのね。

けれど、もう一人の方は、それがほぼ無いのね。こうやって言うと、棟梁がどう感じるか?となった時、ダメなの?・・・となれば、調子を崩していて、クスッって笑えれば、復調気味、あはははって笑えれば好調・・・要するに同じ言葉であっても、自分の調子次第でリアクションが変わる。

それがもう一人の方は、常にリアクションが一緒でそこからでは、今どう言う気分なのか?って言う事が伺えない。こうなると、こちらとしては、その気分なら・・・とこんなのは?と提案出来ないから、さじ加減的なアドバイスとしては、安全安心な事しか言えなくなる。もっと言えば無難にね。

それが、最近のこの方は、かなり表現を読みやすくして下さって、今の気分って言うか、どう考えているか?をさっきの笑い方で表現するようになったのね。しかも、そう言う事?って言う切り返しにきちんと答えてくれるので、本人の気持ちと俺の提案の折り合いを付けやすくなったのね。

そうなると、腕の違う2人の指導は全て一緒の指導になるのね。要するにお母さんと姉妹2人みたいな関係になるから、お姉ちゃんに起こる事は、いつか貴方にも関係がある事だよ・・・って事になり、妹に起こった事は、私もそう言われた・・・って初心に戻る事になる。

この関係は、きちんとお姉ちゃんである・・・妹である・・・って力の差を認め合った関係じゃないと、成立しないし、上である自覚、下である自覚があってこそで、上だからこそ、手を止めてでもアドバイスしたくなるし、下だからこそ追い掛けて見たい・・・ってこんな関係。

ただ、ここまで来られるのも中々大変で、本当の姉妹であっても難しい事なのだから、他人さんでここまでの関係を作るって言うのは相当、自分を語らないと相手に伝わらないし、伝えたら全て受け入れられるとは限らない訳で・・・そんな中、築いたものなのね。

それを仮にみどりとの相席なら、棟梁は下の立場になるだろうし、けれどこの腕を持った下って言うのは、場合に寄っては1つ下位だとすると、かなりおませな事を言われるだろうし、しっかりした姉で無いと、こんなで良いよね・・・良いんじゃないぃぃ・・・みたいに甘くなる。

それでは向上はしないし、けれど楽しめる。相席って言うのは、使い方1つで個人レッスンでは味わえない利点があるし、逆に立ち入った指導をみんなの前でした時に、良い事ならみんなの前で褒められる事になるが、えっ・・・って言うような事をすれば、その露呈にも繋がるのね。

全て良い事と悪い事は背中合わせって話なのね。そんな中、棟梁が近所に多目的ホールがあって、先生使って見ませんか?って話を頂いて・・・。kameyaさんと目と鼻の先なんだけれど、折角の話なんで前向きに検討って事で、場所の確認をしつつアトリエに戻って・・・。

そんな中、戻ってかぐやと最終打ち合わせ最中にキウイがやって来て・・・ほんの少しお茶タイム。それもひととき、それじゃ・・・とご挨拶して送迎。それが今回は余り馴染みの無いANAだったんで、何もかもが新鮮で・・・こんな作りだったんだぁ・・・って駐車場から戸惑い・・・。


こんなのがあったのね・・・・JALもあったのかなぁ?・・・・いつもなら、駐車場もお土産も夕飯も見送る場所も全て判っている・・・けれど、全て初めてだったりすると、じゃあね・・・って言った後、1人になるのだから、ちょっとドキドキする。安定感と刺激って事はこんな事にもある。

感受性なんてもんは、これをどう感じるか?なんて事でも計れるもので、食事をしても、景色を見ても、何を選ぶか?日ごろの行動を知れば知るほど、統計学的な事が言えたりするもので・・・・帰宅間際のかぐやは落ち着いた様子で・・・じゃまた・・・と見送りして、アトリエに戻って・・・


女子カーリングを見つつ、12時まで切り続けて帰宅。

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みどりとかるびの親子教室にかぐやとモンゴルの額装

2018-02-23 23:31:20 | モザイク教室


今日は午後からみどりとかるびの親子教室。その間は、かぐやとモンゴルの額装。ただ女子フィギュアもあったんで、俺はひたすら切る事に専念で、かぐやはそれを張る・・・ほぼ分業。何しろ色んな工程をやるよりも、1つの工程の繰り返しの方が気が楽なのね。

そんな中、結果としては、かぐやと2人で4枚。


午前中は切るだけ切って、午後から俺も張ったのね・・・。まぁまぁだと思うんだけれど・・・。そんな中でみどりもかるびも地味に進んでいたのね。それもこれも、2人共に特に構わずに済んだ事もあって、進めたのもあって・・・。お陰でどれだけ進むのか?大体の目安としての残りの予定が立てられて、

そんな訳で来月もかぐやが来る事になり・・・みどりとかるびにはアクアリウムバスの手伝いを頼んだのね。何しろ来月末なんで、一旦離れて、そっちの下地作りもしないし・・・モンゴルの額装は4月末までなんで・・・その辺の調整。

そうねぇ、俺とかぐやの2人では、真面目かっ・・・とか、緊張感みたいな雰囲気だったのが、かるびが雰囲気を変えてくれて、笑い声の絶えない楽しい中での半日になったのね。

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かぐやとキウイとモンゴルの額装

2018-02-22 22:59:45 | 世界遺産をみんなでつくろ!
今日はかぐやとキウイと3人でモンゴルの額装。ちなみに白い縁取りをやったのね。しかも、朝ドラ見終わって2人をピックアップして・・・そんな時間からスタート。しかもキウイがお昼を用意してくれたお陰で夜までやって3枚・・・これは思ったよりも掛かるわ・・・って感じなのね。

そんな中、ちょっとした打ち合わせもお昼に出来たし、中々実のある1日だったのね。
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高洲のサークルとかぐやがやって来る

2018-02-22 07:13:54 | モザイク教室
今日は高洲のサークルだったんだけれど、公民館では無くタピオカのマンションの集会室だったのね。そうなると、何が違うか?って言うと、カーリングに負けないくらいに、おやつジャパン。キウイキャプテンが支度をし始めると、みんなが持ち寄ったお菓子やら焼き立てパンまで・・・。

ただカーリングは試合途中のおやつタイムなんだけれど、何しろキウイキャプテンは、まずおやつタイムから・・・。しかも、カーリングと大きく違うのは、おやつタイムの時に、モザイクの話は一切無し・・・それどころか、何しろ女子フィギュア・・・そんな訳で支度の前にテレビの準備。

しかもいつもよりも1時間長く取っているので、緩さも倍増って感じの中、キウイの知り合いの方がお一人ご参加・・・ただ前にもいらした事があるから、それも知ってはいただろうけれど・・・あはははは。ただね、こう話すと遊びの方が多そうなんだけれど、これがやっている事は大違い。

そんな中、お友達はトップ画像の左側。右はキウイのサンプル・・・・しかも、それが完成した後に、ぺきぺきでこんなのも・・・。


まぁ、ちゃんと作っているのね。廻りに溶け込んで・・・そうね、技術って言うのなら、こう言う切らずに張るって事が多い場合、いかに丁寧にきちんと真っすぐ張れるか?とか、目地幅を均等に出来るか?みたいな事になり、良く見て・・・ってだけで、特にアドバイスも無く・・・。

ほぼ精神論みたいな話で、きっちり取り締まる気持ちさえあれば、綺麗になるのね。それを、進みたい・・・って気持ちが勝てば、まっ良いか・・・になる。ただそんな話なのね。でもね、1日で完結って作品の場合は、何しろ楽しく持ち帰るってのがルールなのね。だから難しい事は言いっこなし。

そんな中、いつものメンバーは・・・。


さっきまで、おやつジャパンとは思えない腕前なのね・・・・そんなこんなで終わった後に、かぐやを迎えに空港へ。明日はキウイと3人でモンゴルの額装作り。
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モンゴルの額装と確定申告の準備

2018-02-21 03:41:40 | モザイク作家
今日もモンゴルの額装の続きをしつつ、かぐやと事務的な話・・・・そんな中、こちらに来る事もあって、そちらの準備もあるから、1つずつ話しては、終わってから連絡、みたいな繰り返しの中、女子カーリングの事を知って、少しだけ見られたのね。

何しろ、おやつタイムがあったり、そだねーって方言が可愛かったり、そんな中で結果が出ているのだから、見る方には魅力を感じるんだろうね。例えば、メダルの話題が先行するような場合、獲れたか?獲れないか?そして色は?となったりするから、結果が全てで一番大事な事になる。

所が強豪に何処まで食い下がれるか?みたいな場合、素直に頑張れ・・・のみなので、過剰な期待が掛からない。しかもオリンピックなのにおやつ・・この緊迫感の無さ・・・ちょっと有り得ないのね。すると、かぐやがプチ知識で、何か競技時間が長いらしいかららしいですよ・・・って。

でもね、例えば野球だって3.4時間なんて良くある話だけれど、飲み物やガムは見るけれど、おやつタイムとかは無い。仮にだけれど、もし食べていたとするでしょ?オッサンだと可愛くも無いし、あれは女子で若い人達で・・・と条件がある感じがするのね。

しかも、あれだけ緊張感のある中で・・・良くお笑いに緊張と緩和が大事って言うのだけれど、構成の話で、そう言う点ではオリンピックの緊張感の中での緩和と言う見ていてほっこり・・・って言うのはうなづけるのね。しかも、外国は立っていたりするのに、座っての円陣。

更に外国の人達は大きい中、何とも小柄。何もかもが揃っていると思うのね。更に言えば、最後は体力で負ける・・・って競技だとまたか・・・って感じになるが、カーリングはそうは見えない。そんな事も魅力の1つな気もする。いずれにしても、ここで大きく知名度を上げる事が出来ると、スポンサーの

名乗りもあるだろうし、環境や状況もより改善される可能性も増えると、それだけでも継続して行くだけで無く、向上へ繋がると思われるし、人気の向上って言うのも大事な話なのね。まっ、俺も他人事じゃないんで、日頃の活動内容などを聞くと、頑張っているなぁ・・・と思うのね。

中には続ける事だけでも大変・・・そんなエピソードを聞くと、だよね・・・と自分にも当てはまって思う事があると、俺も続けないと・・・とね。まっ、良くフィギュアってお金が掛かる・・・なんて言うけれど、別にフィギュアだけじゃないのね。何でも本気で続けると一緒。

そんな事を痛感するのが、1年でこの時期・・・確定申告。まぁ、良く生きているのね・・・もはや続けているって言うレベルの話じゃなくて、良く生きていられたな・・・って思えたりもするが、それにも慣れたのね。本気でやれば誰でも何でもそう・・・ただそれだけの事。

そんな中、アクアリウムバスへの参加が決まったのね。同じ事を繰り返せる・・・これもまた大事なのね。
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キウイと定例のデイ・サービスへ・・・梅にウグイス

2018-02-19 22:12:00 | デイ・サービス
今日は午後から月1の新松戸のデイ・サービスへ。アトリエから1時間チョイって感じの場所なんだけれど、もう4回目なんでそろそろ道も間違えずに行きたい所なんだけれど、何しろ間違えちゃっているから、あれ?ここ曲がって間違えたんだったけ?・・・これは合っている道だっけ?・・・って感じでね。

やっぱり1つ早めに曲がったみたいだったけれど、流石に間違えた回数が多いから、この間違えはこっち・・・って感じで、大きな間違えも無いし、もっと言えば、遅刻は嫌だけれど、今までかなり早目過ぎたんで、そんな時の時間調整の為のコンビニの場所も覚えて・・・。

特に問題は無く、7名のご参加でスタート。


もう何度かご参加されている方もいらして、もっと言えばトップの画像の方が前回、次は鳥が作りたい・・・ってリクエストがあったんで、梅にウグイスにして見たのね・・・まっ、余談だけれど、梅にウグイスって実は、ウグイスじゃなくて、メジロなのね。

そもそもウグイスってもっとくすんだ感じの色合いで、お世辞でも綺麗な鳥じゃないのね。それがメジロとなると、とても色合いも美しく、抹茶のような感じなのね。ちなみに、眼の廻りが白いからメジロって言うらしいんだけれど、メグロって目の廻りが黒いのもいるらしいのね。

この辺でも、スズメに混じってメジロなら良く見掛けるのね。柿だのキウイなんて実のなる木なんかにいたりするのね。ただ、ムクドリのような大きな鳥に脅かされて、すぐ逃げちゃうけどね。おっと、話がそれちゃったのね。そうね、ちょっとハードルを上げ過ぎちゃったかな・・・って反省。

流石に足は厳しいので、急きょこっちで仕込んだんだけれど、クチバシも難しかったかな・・・ただ、それでも、下地を羽根と体の境目には筋を残して彫って、少し是正はしたんだけれど・・・ね。ちょっと下地が小さかったかな・・・その分、パーツが細かくなっちゃったって事なんだけれど。

ただ、段々とこんなかな?・・・って言う方向には向かっているとは思うんだけれど・・・・そんな中、次回のパンダを見せると、わぁぁぁって結構、良いリアクションだったんで、次回もそこそこは行けるんじゃないかな?・・・・って期待してしまうが・・・。

そんな後は、アトリエに戻って確定申告の準備。
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