katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

陸王とリピータ―さん教室

2019-08-31 01:03:42 | モザイク教室
今日は前半は陸王、後半はリピータ―さん教室だったんだけれど、陸王の画像の撮り忘れ・・・。その位、厳しい状況だったのね。宿題の結果を見た瞬間、ん・・・このままじゃ予約の残りの予定内に終わらない・・・そんな感じでね、とは言え慌てた所で終わらない。

そんな中、本人に確認しないとならない事があって、どんな感じ?・・・えっと、思うように進まない・・・何で?えっと・・・最初は何も邪魔が無かったから好き放題に入れられたんだけれど、これを入れて、これを入れてって間は、これしか入らない・・・って事になり、何度も切り直し

1回じゃ入らないから・・・正解。そうなのね、理由が判っている。しかし、複雑な事は1つ1つ解決して行かないと、何処か何処だか判らなくなるから、黒なら黒、青なら青みたいに1つずつ消して行きたいのね。となると、間がどうしても出来てしまう・・・。仕方無い事なのね。

今回何時間やった?この位かな?・・・って時間を、もっと増やさないと・・・次回が本当のヤマになるからね・・・何とかそこを時間で埋めて行かないと・・・。今まで通りじゃ終わらないからね・・・。

そんな中、本来なら入れ替わる所、そのままいて・・・と居残り。そんなこんなのリピータ―さん教室。宿題の黄色の花びらを切って来たのね・・・。ここも同じ質問。

んで、どんな感じでした?30分位かな?・・・慌ててチャッチャって感じで・・・そこでこの言葉を復唱して、ねぇそんな風に切ったパーツってどんな感じ?・・・って陸王に聞くと、えっと・・・って言いずらそうに、えっと・・・ダメかな?って。そうなのね、パーツを見なくてもね。

ただ、確かに陸王の言う通りで、正しい事を正しく言うのなら、その通りなのね。でもね、果たしてそうだろうか?なのね。でもね、じゃ陸王はどんな感じ?・・・って言うと、きっとこの夏で100時間を超えるんじゃないのかな?・・・って位、切りまくりってのモザイクな人。

では方やリピータ―さんは?って言うと、体験ではアトリエ初のなるべく切りたくないって、1枚も切らなかった方。全くスタイルが違うのね。それが、表札を作るに当たって、流石に切らないと作れないって事で、何とかかんとか切って作ると、それが娘さんや実家の表札も・・・と

立て続けに作ってからの・・・これ。そう考えて見れば、この大きさでこんなに切っている、言わば彼女に取っての大作なのね。だから同じ土俵で考える必要は無いのね。でもね、流石にそれでも、チャッチャは丁寧さに欠けるでしょ?そこでチャッチャのダメな事を指摘してお直し。

そもそもチャッチャ・・・ってどんな感じのパーツになるか?って言うと、1.2.3.4.5.6って感じで、片側半分の曲面が大体切れるとしたら、1.2.3.4くらいで滑らかにする感じだと思うのね。その1.2.3.4をしなかった・・・これがチャッチャって感じのパーツだと思うのね。

つまりその1.2.3.4をやって貰う・・・それがお直し。ゴツゴツを滑らかに。そんな感じがリピータ―さんに丁度良いのね。しかも、ただのお直しってだけじゃなくて、簡単に言えば考えさせないお直しなのね・・・これが丸くするなら、質はともあれ初心者でも丸くしようとする意識

のみで、結構丸くなったりするのね。それは丸を知らない人はいないから。けれど、花びらの形に切って・・・は、個人の見解で色々差が出来るのね・・・けれど、仮に大小あったにせよ、ゴツゴツは花びらにいらないから、そこだけは直す・・・ただそれだけなのね。

その時に一人でやっていると、こうすれば良いのかな?こうかな?と丸とは違うから探りながらになる。でも結果が必ず良くなるとは限らない。本来はこの悩みながら・・・の考える行為が経験になるんだけれど、そもそも切りたくない・・・って方なのね。だから切っただけでOK。

つまりチャッチャだろうと切った・・・ここね。微調整をここですれば、全部成功パーツになるのだから、無駄に悩む時間が少なくなるから、気楽な宿題になる。勿論、これが労作展の場合、その悩みすらも制作日誌のネタになる訳で・・・。おっと戻して・・・。

それでも、切り直すって感じとしては、えぇぇ直すのぉ・・・って気持ちやら、やっぱりかぁ・・・そうかな?と思ったのねとか、感じ方は色々とあるだろうけれど、要するに陸王なら労作展、人に見せるよね?・・・初めてとは言え・・・とか、ハードルが上がった所へ提出なのね。

でもリピーターさんは発表はしないし、人にもあげない自分のモノ。その時に早く終わらせたいって気持ちが勝つか?素敵な作品が欲しいのか?どっちが良いか?になるのね。最初は早さが勝っちゃってた・・・でも、段々と気持ちも変わって来て、大作に・・・となると、そこも段々と

気持ちも変わって素敵なものになるかな?それなら・・・って。陸王は最初から目指すスタイル、リピータ―さんは段々とそっちへ・・・のスタイル。だから同じじゃなくて良い訳で。それならゆっくりで良いのね。ただ、ゆっくりとは言え、気持ちはゆっくりだけど、月に3回来ている。

それが切らない3回だったら、特にそんなに変わらなかったけれど、切る3回だと、多少少な目だったにせよ慣れて来る。慣れて結果が良かったら、また、そしてまた・・・になった時、そんな時の急に大作・・・・表札から考えたら大物になった。ほらゆっくり同じ道になった・・・

何でも一緒なのね。どの道を通っても同じ人が教えているんだから・・・その時に一挙に行きたい目標があれば、一挙に連れて行く教え方になるし、徐々にと言うのなら、徐々にになるし、けれど月に1回だと忘れてしまう事が多くなるけど、その忘れる事が少なくなった頃が、切る事が

上手くなった頃なのね。そこら辺りがステップとして、大きな変化が起こり得る時だったりするもので・・・。リピータ―さんはこの作品で、周りの評価が変わった時に、これが普通の人になるかも知れない・・・・そうすると、切る事が極端に嫌では無くなっているかも知れない。

そんな気持ちで、何かを作ると知らず知らず上手くなっているかもね・・・。今までに無いタイプのスタイルなのね。根詰めないけれど、月に3回・・・気楽な気持ちで無理せずに・・・。のんびりって感じでね。ただ3回って、それだけでも凄いと思うんだけれどね・・・。

いずれにせよ、その人なりのペースが続けるには丁度良いのが良いのね。勿論最初は・・・ね。

キウイとお母さんとローラの相席教室

2019-08-30 07:24:36 | モザイク教室
今日はキウイとお母さんとローラの相席教室。それではまずローラから・・ようやくバラが終わっていよいよバックになるんだけれど、前フリで労作展の子達の話をしたのね・・・それは他人事では無く、場合に寄ってはこれから自分に降り掛かって来る内容だからなのね・・・。

それは何か?と言うと、今までどんなスタイルで進めていたか?なのね。例えば写真などの模写的なもの、逆にオリジナルで自分の絵、仮に模写なら見て描いたものだが、コピーしたもの・・・まぁスタートは人それぞれだったりするのね。みんなそれぞれの都合があるから。

例えば極端に絵が苦手。こんな場合、モザイクがやりたいのに、絵のハードルが邪魔をする。それじゃコピーすれば・・・になる。それが見て描けば何とかなる・・・って言うのなら、じっくり時間を掛けて描いてみ・・・となる。それなら多少お直し程度で済んだりする。

こんな簡単な表現で済むものは悩みは少ないのね。これは簡単に文字にすると、コピーした、見て描いた・・・とこんな文字数で説明出来る。所がこれらに該当しない事になると、海イグアナでも無く陸イグアナでも無く、ハイブリッドな水陸両用のハーフ・・・。

あえて判りやすくハーフって言葉使うけれどね。単純に文字数が増えたでしょ?つまりその文字数の増えた事が、複雑化に繋がるって事なのね。例えば、文字を入れる・・・って言うのと、隠し文字を入れる。単純に隠しって字が増えた。その分難易度を上げた事になる。

それを踏まえて見て見ると、黄色いバラじゃん・・・普通の。何が当てはまるの?となるのだけれど、この絵は美術の得意な娘さんが描いてくれた絵なのね。ほら字数が増えた・・・この文章の内容を紐解くと・・・美術の得意な娘さん。この部分で自分で描くより娘さんの方が上手いって、

感じに思えるでしょ?つまりもしかすると、絵が苦手なのかも知れないってね。その苦手な本人が、美術の得意な・・・ここね。これが単なる得意なら素人なんだけれど、もし美術系の学校を出た人だったりすれば、完成度の高いオリジナルの絵となる訳で・・・もはや娘さんなんて言葉は、

いらなくなる。つまりその表現は自分から見たら娘であっても、きちんと整理すると、完成度の高いオリジナルの絵のモザイクが終わった・・・こう言う意味になるのね。ではそれを踏まえて見た時に、ここまでの完成度はいかがなものだろうか?俺には何の問題も無い完成度に見える。

ではここまではほぼ完璧とする。その完璧度はどうして得たか?それは娘さんの完成度の高い絵から得た結果。それに沿って丁寧に切った。つまり楽譜のまま演奏をした・・・こんな感じなのね。所がその絵はバックは描かれていない。つまりこのバックはローラの自由。つまりソロなのね。

更につまりローラが初めてこの作品の中で自分で考える場所なのね・・・でもね、ソロを弾かせるにはスペースが多過ぎる。そこで質問となる。それでどうしたい?・・・その時に表現をゴージャスに・・・なんて言ったとする。ではゴージャスからイメージする色はどんな感じか?

そうなると、ブルーダイヤの洗剤じゃないが、金銀パールプレゼント・・・みたいに順番があると思うのね。これがお母さんなら迷わず金になる。それがキウイならパール。付き合いが長いから趣味趣向が判りやすい。だからそこからどう考えるか?になる。けれどローラは?

パールを選んだのね・・・それを別に良いじゃんって言えるのは単純な話なのね。何故なら仮にキウイと同じパールを選んだだけとしても、キウイならずっとその色で色んな形を切り続けるアイデアもあるだろうが、そもそもここまで娘さんの絵通りに切って来たのね。

その下絵通りに・・・。察しの良い人なら判るけれど、1色だけで色んな形を切り続ける事は、同じ食材をずっと食べ続けるよりもきついのね。
つまり箸休め的なものが必要になるかも知れない。じゃ箸休めって何よ。それが色とか形じゃ無いのかな?例えば形ならハートとかクローバー。

ただ有り得ないのね。こんなしっかりした作品に既存のパーツはいらないし、本人も望まないだろうね。つまり選択出来るのは色。じゃ何色を箸休めにする?となった時、自分の好きな色・・・って単純に考えもせず本能のまま、その日の気分のままって言うのは、上手くなった人がやる

と良いのね。つまりキウイやお母さんならね。勿論、モザイク歴は浅いけれど、美術系の娘さんなら、じゃそれで・・・と任せる事になるだろう。けれど、ローラは下絵を娘さんに任せた人。つまりデザインとして苦手なのだから、色なら任せるのは簡単だけれど、根拠の無いひらめき

はこの作品にはいらない。何故なら大作のような時間が掛かっている大事な作品だから。体験のような作品ならどうぞ・・・だけれどね。だからこそ根拠が必要になる。そこでまたブリッ返すと、ゴージャス。単なる色決めのみのパールをどうしたらゴージャスに見えるようになるか?

しかもただ切らずにグルっと張るとは思えない・・・何故ならローラの口癖は面白味が無いですよね?・・・つまりわずかであっても、基本からずれる事を意味する訳で、王道へは行かない表現をするのね。つまりにっちもさっちも動けなくなる。それをどうして良いか判らない・・・。

と表現するのね。良く陥りがちな事で。実はそれはどうして良いか判らないのは、判らなくなる理由があるからなのね・・・ん・・じゃ例えば、キラキラしたガラスタイルがあったとしよう。後はそれをクラッシュね。いびつ角形に切って・・・何も考えずに。

こうすると恐らく理想になると思うのね。何故なら考えなくて良いし、クラッシュだし、キラキラしていて綺麗だし・・・全てご希望通りに当てはまるように感じるからなのね。しかし、しかしなのね。ガラスタイルを切る・・・当然、手を切って血を流す覚悟が必要なのね。


キウイは今日も手を切っていたのね・・・上手いから大丈夫じゃなくて、上手ければ深追いしたくなるから切る事も多々ある。

ではローラならどうだろうか?まだまだそんな事はしなくて良いし、家に戻ると赤ちゃんがいるような場合、絶対に使わせる事は出来ない。そんな危ない事は避けた方が良い。となると、タイルの中での話になる。そんな中、1cmタイルじゃ無いのはダメですか?となるのだけれど、何で?

勿論、言われれば見せるけれど、まぁ100%無いのね。見せるまでも無く、何故なら自分でゴージャスにしたいと表現したから。つまりゴージャスの持つ言葉の意味はキラキラやギラギラみたいな光っているものであって、マットの艶の無いタイルには、可愛い事はあっても、ゴージャス

に当てはまるものでは無いから。当然見せても無反応。つまりガラスタイルが使いたい事は判っていても見せられない理由があって、更に言えば当然、切る事もままならず、失敗する可能性が高い。しかも高価でもある。そうね、使わせられるようになるには、子供が大きくなってから

・・・とか、最低でもこの位のバックを幾何学模様のような形で全部統一感ある位、同じ事の繰り返しを何とかたどり着く根気が無いと、恐らくガラスタイルのバックなんて、挫ける前提で見届け無いとならなくなる・・・。勿論、たどり着かない事も考慮に入れて・・・。

話を戻して、つまり今出来る中でのゴージャスを探すべきなのね。けれど、今度は納得したとしても、またハードルがある。それは、結果が見えないからの不安・・・どうしたら良いのか?ってね。要するに1を決めないからなのね。既にゴージャスにする為のタイルは艶のあるパールの

白を自分で選んだのね。じゃ1列目、どうやってゴージャスに見せるか?になった時、考え無しでスタートするのなら、普通に張れば良いでしょ?何故なら考え無しでのスタートだから。つまり色に頼るだけ。ただそれは無いのね・・・何故ならローラは面白味が無いですよね・・・って、

言う人だから。全部自分自身なのね。けれど嫌な事は判る。けれど最善は判らない・・・心理の中に、キラキラした大きなタイルで余り時間の掛からなくて・・・とか、まだ何か捨て切れない気持ちが残るから。そしてここまで素敵になった作品をより良くしたいから・・・。

それこそがプレッシャーなのね。あら大変なのね・・・だって初めて向き合っているのだもの。自分と・・。俺とでは無いのね。俺はただ上げ足のようにローラの言った言葉を呪文のように唱えるだけ・・・それと向き合いなさい・・・と。つまりそこに間違いがあると、間違いのまま

連れて行かれるのね。だって表現のままなのだから。それなのに、嫌の事だけは判るから、それは違う、それは違う・・・そのやり方を消去法って言うんだけれど、残ったものがやりたかった事て゛それと向き合う俺も大変なのね・・・何故なら嫌がらせの人のように思われるから。

ただ言われた方向に連れて行こうとするだけなのに・・・。けれど、そこに無理って言う事がある。つまりゴージャスから外れた時。当然、外れたいのなら、外れる理由、外す根拠、それこそが説得であって、もっともと思われれば、OKを出せるが、何と無くでは無理。

つまりこの話でOKなのは、白パールが使いたい・・・ここだけ。それでどうする?なのね。考えないと・・・1列目。けれど、もうこの時間でヘトヘトになっているから、2人が助け船を出して寄って来たのね・・・こう言うのがベテランの間だろうね。ひと息とでも言うのかな。

じゃ折角来てくれたんだから、2人の眼を使おう・・・例えばどちらがゴージャスゲーム。これから2つを見比べて貰います。さてどちらがゴージャスに感じますか?・・・1つ目は普通に張る。2つ目は頂点を角に合わせて、斜めに張る。さてどっち?・・・するとローラまで2となる。

ほらね。単純にこんな事だけでも、色は同じなのに感じ方は違う。しかも満票。つまり俺の提案は通る事になる。創作って言うのは、こうして自分の言葉、表現したまま進めば良いだけなんだけれど、結果ばかりに気を取られる。そもそもがこうして向き合う事が初めてなのだから、

そんなに結果ばかり気を取られなくても良いのに、ここまでの出来栄えが良ければ良い程、失敗したく無いとか、もっと良くならないかな?と言う気持ちになる。その時に人に寄っては、失敗したく無い・・・って方向なら、もっと攻撃しろっ・・・ってチャレンジの葉っぱを掛ける事に

なり、逆にもっと良くならないかな?・・・と攻撃側に感じれば、もっと守れ・・・安全安心の側へ・・・ソロなんか無し。ずっと同じリズム、ずっと同じ振り付け、余計な事はすんな・・・味を変えんなっ・・・みたいな指導になる。全ては相手が何を言ったか?・・・となる。

所がもしゴージャス自体が表現の間違いだった場合、どうすれば良いのかな?・・・張ったものを剥がすかっ・・・俺のせいとして。って事で、最初から気紛れとか気の迷いなんて事があるから、全面的に信用なんかしないのね・・・俺は。あははは。そこで、そこでなのね。

仮にゴージャスでは無かったにせよ、いきなり可愛く・・・に全く逆にはならないだろうから、そこに近い表現なんだろうな・・・と振んで、本来なら安全安心なら、普通に張っとく?・・・で良いのに、何せ面白味欠ける・・・って事にならないように、何か変化を望むだろうし・・・

しかも、じゃいっそバンバン切りますかぁ・・・ってキウイやお母さんならそう言うが、やっとたどり着いた・・・って気持ちもあるだろうから、なるべく切らない方が良かろう・・・って気持ちもあって・・・そんな事を踏まえるとこうなるでしょ?って話。

それをこうしよう・・・って1列目から言ってしまっては、創作にならなくなる。何しろ自分きっかけでスタートしないと。もう娘さんの絵も無いし、照りや艶を望んで1cmの白パールに決めた。しかも面白味に欠けるのは嫌なんだから、今後普通に張る事は無い。そうなるとキャベツの

千切りしているんじゃないから、統一感の大きさ、幅を合わせるのは普通であって、その上、素敵に見える形を次々考えないとならず、しかも考えた上で、切るのは自分・・・結構向き合うのは大変なのね。ただそれなのに結果ばかり気にしても無駄なのね。まずは1列目に合う2列目。

そこだけを考えないと、4や5列目なんか考えられるのなら、全ての模様をデザインした下絵を描くべきで・・・そんな事は娘さんのように絵の得意な人のやるやり方。違う、違う、こっち側の人は、やりながら考えるのね。次の手を・・・。その繰り返し。1の次は2。2の次は3とね。

そしたら勝手に後から結果は付いて来るのね。それが例えプロのクリエーターだって、湯水のごとく溢れて、さっさと出来る訳じゃ無くて、しっかり考え抜いた結果なのね・・・。そんな考え方の基礎・・・そんな1日目だったのね。きっと大変だったと思うけれど、キウイとお母さんが

いたのは、ローラも俺もラッキーだったのね。そんなこんなのお母さんは・・・・外す事は無いのね。

高洲のサークルと陸王教室

2019-08-29 02:17:08 | モザイク教室
今日は前半は高洲のサークル、後半は陸王教室。と言う事でまずは高洲から。1人欠席だったんだけれど、ご新規体験が1人って事で、まずはのりちゃんから。既に次回やりたい事が決まっているらしく、終わらせる・・・って方向だったけれど、若干残って次回に持ち越し。次はタピオカ。


ここはしばらく同じ事の繰り返しだし、この位の事ではタピオカに教える事はほぼ無いのね。じゃキョンキョン。

ここはまだ狙った形に揃える事が難しいし、張る事も手探りって感じなんで、様子を見ながら・・・って感じなのね。とは言え、特に悪くは無く、しかもキウイとタピオカに挟まれての席取りだから、どちらにも聞けるし・・・困ったとしても、困らない。良い環境だったのね。


お母さんは明日も見られるので軽くスルーして、キウイは明日は大作の方なんで・・・とは言え、タピオカ同様、特に口出す事は無いのね。この作品にはね。ただこの作品はここだけの制作なんで、高洲のみんなのように1か月に1回の御開帳的な感じなのね。そんないつものメンバーの中に


ご新規の体験の方。何か偶然持って行ったクローバーを使って、モモかな?・・・そんな可愛い模様に利用して、随分と丁寧に切っていたのね。
初めてなのにこんな仕上がりなら十分楽しめたんじゃないのかな?そんな高洲の後は、アトリエに戻って陸王教室。


いつものように、送迎中にどんな感じ?の質問に、まずまずだと思うんですけど・・・って言うので、手応えあったのかな?と思いつつ見ると、こらこら・・・悪くは無いけれど、見解の相違。このペースじゃ終わらない・・・と叱咤からのスタート。それもこれも今の内に・・の保険。

本当に切羽詰まる前に、安心が欲しいのね・・・・今ならまだ間に合うはずだから。もっと追い詰められてからペースを上げようとしても、モザイクは慌てた所で左程ペースは変わらないし、もっと言えば質を落としては今までの苦労は台無しになる訳で・・・。

いずれにせよ、時間をなるべく取ってやるしか無いのね・・・。

久し振りのくじらと中学生教室

2019-08-28 04:47:10 | モザイク教室
今日は前半は久し振りのくじらと後半は5人目の中学生・・ただ中学生は正式だと6人なんだけれどね。さてまずはくじらなんだけれど、今年の初めに来たっきりって事だと、もはや積もる話は沢山あって、一体何処で終わっているのか?そんな事も判らなくなるもので・・・。しかもお互い。

何かを目指すと言う事は、人と生き方が大きく変わるもので、一般の人の日常とは色んな面で変わって行くと思うのね。ん・・・例えば、くじらも俺も子供がいない・・・そうなると、そこに関わる時間の全てが無くなるって事であり、子供がいるって人との生き方が大きく変わって来る。

それは車がある無しって事でも良いし、ペットを飼っているか?いないか?でも良い。そんな事の1つとすれば、くくりの中で、そう言う中でどう生きるか?って話なのね・・・後はそれがある重さと無い重さの違い。そうした時に、いないものの生き方として、いるものの生き方としてって、

ってくくった時、それがある人の中に、無くて楽ね・・・て表現をしたりする人がいたり、無い人があって大変ね・・・って表現をしたりする事があるんだけれど、流してしまえば簡単なんだけれど、もし人よりも感受性が強かったりした時、その人それぞれの感じ方なんだけれど、大きく

違うのは、ある同士ならあって大変ね・・・は共有出来るから何の問題も無いが、共有出来ない、あると無しでは、悩み事が大きく変わって来る事が多々ある。つまり取りようで、ある人が無い人に、無くて楽ね・・・は、つまり自分はあって大変なのに、あなたは楽ねを意味している・・

って単純に思えもするが、場合に寄っては、その大変さも楽しく、逆に楽ねの表現がお気の毒に・・・にも聞こえたりもする。それは卑屈じゃん・・と思えたりするだろうが、あくまで個人の見解であり、感じ方だから仕方ない訳で・・・。しかも、卑屈じゃんはどっちサイドの意見?

恐らくある側の意見が多いだろうね・・・つまり無い側では、あるあるネタになったりする。じゃ無い側では常に無い事として、あるあるネタとして片付けないとならない・・・そんな窮屈な生き方になったりする。つまりはいはい、楽でーす・・・とね。これで問題無し・・・とね。

所が中には俺やくじらのように目指すものみたいなものがあると、その卑屈や窮屈を感じなくても良い生き方もあって、それが俺はモザイクであり、くじらは俳句だったりする訳で。そうなると日常の起きている時間の大半は、それだけを考えている人になるのね。所がここまでなら

仲間のくくりだったくじらも、子供のいない繫がり側だったが、裏切る様にくくりは変わって来る。それが家族ってくくりにすると、旦那さんがいる・・・つまり家族を持っているか?いないか?は、子供だけが家族では無いのだから、ある無しでは、子供はいないが旦那はいる。

つまりそれがあるから、日常の大半は・・・にしたのね。つまりご飯の支度やら最低限の生活はこなさないとならず、全ての時間をとは言えない。そうした時に俺のように家族無しには、自分の好きな事を出来て良いね・・・となるのね。つまり好き放題。そう思われる事が多々ある。

もしこれでタイル屋だったら・・・どうでも良い話だが、それは普通だから。それはあろうが無かろうが、自分の生活を守っているだけなんで、見ている方もだから・・・ってだけになる。けれどこれが目指すものがあるとなると、こんな俺にも好意的で接して下さる人がいたりする

のね・・・それが応援してくれる人達となる。勿論そこにも声のみの人、お教室の生徒さん、作品依頼、材料の支援・・・と色々あって、お相撲さんなら、食べ物だってプレゼントされたりもする。ある意味、全て当たり前の話で、そんな生き方をすると、そんな事が起こったりする。

そんな話。こんな説明をした上で、本気で目指した所で、何の結果も残せない場合、大した変化は無いが、何らかの結果が生まれた場合、それが知名度を上げたりしたような時に、今までの生き方では生きられなくなる・・・そんな急激に変わる日がやって来たりする・・・。

少なくとも受賞によって、くじらは良い事と悪い事が一緒にやって来ている・・・そんな人になった。そして今年の始め以来となった。つまり忙しくなった・・・と言う事になる。それで?・・・ここからはパソコンでは無いが、そこまでだった事を更新しないとならないのね・・・。

それでどうした?・・・とね。最新版のくじらに。もっと言えば、俺はこうして毎日ほぼ更新しているのだから、俺のはここを見れば、ほぼ判るはずだから、更新するか?しないか?は個人の判断でいくらでも出来るはず。つまり来た人を更新すれば、常にお互い最新版になる。

まぁ簡単な話なのね。ただね、ここまでなら一般的であっても、普通に当てはめられるが、目指す事がある・・・って言うのは厄介で、全て良いじゃん・・・ってお気楽な言葉を掛ける事で平和が成立するとは限らない。つまりえぐり返すような事も多々あるもので・・・。

それが1か月に1回なら、どの程度の更新?って話だけれど、半年以上となれば、そりゃ簡単には更新出来るはずも無く・・・つまり今日はほぼ話だけなんで、画像はなしって事なのね。そうね、ただくじらだと中々感情移入出来ないから、あえて棟梁を使わせて貰うと・・・。

例えば棟梁なら、旦那はいないわ、娘も2人嫁ぎました、家もあって、働いていない、後はペットと仲良く・・・こう話して、今は何の苦労も無く極楽往生の世界へようこそ・・・って言ったら、本人は何て言うんだろうか?なのね。勿論そうなるには大変な苦労はあっただろうしね。

でもそれは昔の話で、あくまで今は?となった時、きっと楽だろうね・・・ただね、ただ、楽には楽の悩みがあるのね・・・暇を持て余す。普通はね・・・でも棟梁のスケジュール・・・流石に売れっ子の時のピンクレディーとは言わないが、結構真っ黒なのね。

でもそれは仕事じゃなくてね・・・後は本人の問題。このままの平和を保つにはペットの犬がいて・・・の話だし、じゃいなくなったら、また時間が出来て、ラクになったね・・・もっと好きな事が出来るね・・と言うのか?お悔やみを言えば良いのか?一体何が正しいのか?になる。

つまりそっち側って言うのが究極の子供がいないから・・・であり、ペットがいなくなったら・・・であり、子供はいても嫁いで今までの生活とは違った時、何をどう対応して行くのか?が問われるだけで、別に平気と言うのなら、何の問題も無いが、問題があるから目指した・・・

そんな考え方もあったりする。その人なりの理由があって、一概には良いね・・・とは言えない。むしろ言えるのなら、こっちの水は甘いぞ・・・とはそそのかして嘘は言えないが、そっちの水は甘いかい?・・・甘いと言うなら浸かってな・・・。甘いんだから・・・になる。

その人が甘い場所を望むのなら、それを否定もしないし、応援とまでは行かないが、甘い所にいられるように・・・と手助けをするだろうね。何しろ先生だから。けれど、その線を超えると、甘いだけでは無く、手厳しい事も多くなる訳で・・・。ただそこに何があるか?は本人次第。

って随分と長いフリになったが、入れ替わって中学生教室。ちなみに他の4人のレゴもイカ2も、後は目地になるまで自宅で進めるって事で抜けたから、後はゾムと陸王の2人・・・それにしてもラストスパート的になっている最中、5人目として彼がやって来ている・・・そんな感じ。

じゃ一体、彼何時間掛けてどんなものを持って行きたいのかな?・・・となった時、適当にササッと・・・何と無く見栄え良くって言うのなら、他の4人とは違う姿勢ななんだから、それならその教え方もあるのね。けれど、もし万が一、良いモノに見える、しっかり作りたい・・・。

とまるでみんなと一緒みたいな姿勢だったとしたら?・・・そうなると最低50時間はやらないとならなくなるのね・・・目安として。でも最初からは時間なんて言うつもりは無いが、んでどんな感じ?・・・この質問は、一体自宅で何時間やって、手応えやら結果はどうだった?って意味。

すると、タイルが足りなくなったけれど、ほぼ宿題は終わりました・・・結構上手く行ったと思います・・・としっかりした答えが返って来たのね。んで何時間やった?・・・えっと・・・30時間位かな?・・・こんなやり取りを送迎の車の中でやるのね・・・これが俺の問診。

つまり作品を何も見ていなくても、その返答は自分自身の答えであり、読み取るのなら、しっかりした答えが返って来たのは、手応えとして満足感があった・・・と感じるから、最低限自己満足感はある・・・そう言っている訳で。そして時間。少ないと思われるから・・・と増すのか?

多くは言わずに少な目に・・・って言うのか?のスタイルで、大きく変わって来るでしょ?そこは見ないと判らない。さてそんな訳で、作品を見せて貰うと、出来栄えも悪く無いし、まずまずだったのね。つまりこの時点で30時間は出来る人って言う普通の目安となったのね・・・。

ただ、ただなのね・・・つまり1回の教室の3時間で30時間分教えないとならなくなる訳で・・・俺が教える時間は後何回?って話で、もし1回なら、また3時間教えて30時間やるのなら、最低最初の下絵も含めて、アトリエ9時間に自宅で60時間の目地・・・つまり軽く70時間超えになる。

となると、制作時間としては4人に卑下する程の時間では無くなる事になる・・・じゃ彼が優秀だったのか?みんなが劣っていたのか?何がどうなっているのか?けれど先生は一緒・・・簡単な理由の1つは無理、無駄、ムラを無くして、能率効率にすれば、ベルトコンベアー的になる。

ノウハウ、ノルマ、マニュアル、・・・何でも良いが、スピードアップに繋がる事のみを並べれば、一番いらないのは情緒や感情。その人の気分、気持ち・・・こんなのが一番いらない事になる。理由は1つでいちいち考えなくて良い。それがルールだから・・と方程式を解くように、

方式って言う誰が考えたか判らない、正解とするものに当てはめて解く事だけに専念する。ってスタイルをモザイクに当てはめれば、何しろ切って当てはめる・・・こうなる。しかしながら、4人には徹底的に大事なのは情緒と教えて来た。それこそがオリジナルで大事な事だと・・・。

個性とは?となった時に必要な事は何か?を。単なるモザイク指導なら、技術のみならこうして、あぁしてで良いが、みんなモザイクを習いに来たんじゃなくて、労作展を習いに来た・・・って言うのが本音。なら俺は望まれれば労作展対策委員長のつもりで考える・・そんな役目。

そう思っている。けれど、正直今から4人と同じ事をしては間に合わなくなる・・・ならば情緒を消せば楽になる・・・今はね。けど、今を楽した所で結局、はしょった分、制作は見栄えが良くても、制作日誌に何て書く?・・・何枚張りました。素材の説明、そして大変だった・・・

それなら小学生でも書けんだろっ・・・って話。慶應なんだろ、エリートと思われているんだろ。って話なのね。受かった者は受かった大変さがあり、辛いなら受けなきゃ良かったし、受からなきゃ楽だったのかな?・・・しかも成績に関係無いんだから、いっそやらなくても良いじゃん

・・・そんな程度の作品は必ず毎年あるのだから。しかも単なる夏休みの宿題じゃん・・・なら、塾みたいな俺の所にわざわざ来て、お金を支払い、大変な事に向き合う必要も無いだろう。しかし、それなら世の中の塾なんて学校あれば良いじゃん。サッカーもダンスも習わず出来る。

でもより向上・・・となった時、必要性はあるかも知れない。それは各々の判断。ほら今日の話、全部が一緒・・・結局、向き合った人の度合いで、大事な事がおのおの変わって来るもので、俺はただその人のやろうと思っている事や、やりたい方向へ連れて行く役目である・・・

だから大事な事はどうしたいのか?であり、時には残酷に無理って言うのも優しさでもあり、けれど、もしかしたら?の判断を誤ると、命取りになり兼ねない失敗にも繋がる・・・それはお互いに。それは大人も子供も関係無し。そこにある熱意や望み、そしてやる気だったりして、年齢

や性別も関係無いのね。それが証拠にきっと彼は必ず良い作品になる。間に合う。けれど4人に教えた情緒・・・それを短い時間で教えないとならない・・・例え風味やもどきであっても・・・そうすれば何も教えないよりもマシにはなるだろう・・・3時間教えて30時間をこなす制作。

それなら1時間念仏のように唱えりゃ、10時間分の制作日誌位は書けるだろう・・・って思いたい・・・。何にせよ、やっぱりこうだった・・・って後出しジャンケンは、時間のある人とのやり方であり、何が大事か?の判断を間違えると、お互いに良い結果は生まれない。そう思う。

中学生教室

2019-08-27 01:11:05 | モザイク教室
今日は午後から中学生教室で、それまでは高洲のサークルのご新規の体験用の下地と、亀有カルチャーの方の下地作り。


体験用は特に問題は無いけれど、亀有の方は外用の流しだからね・・・こんなの初めてなのね。まぁ一応何とかベースは出来たけれど・・・。明日どうなっているか?って話なのね。それでもここさえ逃げ切れれば、メドは立つんだけれど。そんなこんなの中学生はこれで2度目。

一応宿題はやって来たものの、質は悪く無いが進み具合は・・・って感じで、本人は今日終わると思っていたらしいが、来るなり1日増やす事を提案したのね・・・正直見た瞬間終わらない事が判ったんでね。それで一通りやり方は説明して、注意書きを渡して、次回までに張り終わらせる。

理想は次回目地をして完成なんだけれど、場合に寄っては1時間位なら張り残しがあっても・・・って話をして終了となったのね。


そんな後は息抜きの小物作り・・・。

ゾムと小学生教室

2019-08-25 22:37:51 | モザイク教室
今日は前半がゾム、後半は小学生の女の子教室。それではゾムから。いつも通りに宿題はやってあり、グレードもまずまず。特に今の所は何とか切り抜けているんだけれど、問題はここからなのね・・それは、では後は良しなに・・・ゾーンだからなのね。ん・・そうね、例えば季節がらで

ひまわりを作っていたとする。もうひまわりはこの色って決まっていたりするから、タイルの色と照らし合わせれば当然のごとく、これとこれ。って決まってしまうのね・・・ほぼ。じゃバックとなった時、もし一眼レフのようにぼけていたら・・・要するにきちんとした被写体があれば、

それに似せる為には・・・って指導出来るが、曖昧なものって言うのは、タイルには中々無いもので、そうなると激しくこっちかこっち?みたいにどちらを選ぶか?で、全く感じ方が変わるのね。つまりこれとこれとこれ・・・みたいな選択をして、どんな分量?みたいな事になるから、自分の

お好みの量で・・・そうね、ソースや醤油、塩・・・みたいな食事の時のあんな感じなのね。つまり個々の感じ方次第。そんなゾーンはここはこれって言う感じじゃないから、考えないとならないのね・・・良く出て来る自由が不自由になるかも知れないゾーン・・・。

今までは左程考えずに切る事に集中出来たが、ここからのゾーンはこれ位かな?これ位かな?と悩む可能性があるゾーンなのね・・・ただそこもこんな感じで切り抜ける事・・・みたいなニュアンスは伝えたんだけれど・・・。ただまだ時間はあるのね。だからこその時間が使えるのね。

ただ一応次回までの宿題が1つの山になるとは思うんだけれど・・・。そんなこんなの後半は、小学生の女の子教室。今日は目地をして完成の日。


昨日の晩にボンドも取ったし、縁取りのペンキも塗ったし・・・だもんだから、特に問題も無く無事終了となったのね。しかも何も無ければすんなり終わると時間が余る・・・そんな事も踏まえて、実は頼まれモノがあって・・・



それがこれ。アトリエでイニシャルのオーナメントを見て、KとRがやりたい・・・って言われたものの、それが無く・・・けれど、作る時間はkameyaさんとその後来るまでの時間しか無くて・・・やったさ、やった。何とか完成したのね。一応、保険として無理だったらごめん・・・。

とは言って置いたんだけれど。そんなこんなの俺が仕上げている最中、放置していても10日間もやった大作の後・・・ワークショップ用の下地なんて、オチャノコサイサイって感じでスイスイなのね。ある意味、この下地で遊べたんじゃないかな?気持ちに余裕を持ってね。

確かに順番なら、これを経て大作へ・・・なんだけれど、それだけの事が出来た上での遊び・・・これこそが大作を作った人へ薦める提案なのね。たまにそんな事をすると、結果は早いし楽しいし、しかも上手く出来る訳で・・・緊張感の無い分、ラクだったりもするのね。

いずれにせよ、楽しませてあげられて良かったのね。頑張ったんだから・・・10日間なんてもう労作展の中学生並み・・・その内にアップするんで是非見て欲しいのね・・・そりゃビックリするような作品の仕上がりになっているのだから・・・。


kameyaさんと小学生教室

2019-08-25 08:04:56 | モザイク教室
今日は前半はkameyaさんで後半は小学生の女の子。ではまず棟梁から。かなり木彫も進んで完成も想像出来るようになって来たのね。まぁ完全にこの世に無い1点モノの作品になりつつあるのね。そもそも木彫なら木彫、モザイクならモザイクって作品はあっても、こんな作品は俺も見た事は

無いし、そしてこのグレード・・・どちらも相当達者じゃないと出来る事では無いのね。まぁ大事に進んで欲しいのね。そんな中、木彫の先生がタイルの先生は何か考えているのかな?って言われたらしいが、こちらとしても木彫の先生が何処かの美術展に出すお考えなら、一度お会いする事

になるだろうなぁ・・・と思っていたんでね。色々と話したい事もあるし・・・いずれにせよ、このまま最後まで終わらない事にはそれは早いとは思うけれど・・・ただこれだけの作品。やっと出来たぁぁ、おしまい。では勿体無いって言うのも判るのね。ちなみに俺の場合は、以前職人の

頃に、知り合った職人さんが美術展に良くエントリーされている方で、薦められて東京都美術展って言ったかな?そこに応募した事が最初だった気がするのね。そうね、かぐやも地元の美術展に・・・と俺が薦めての最初みたいな話で、最初から目指していたとかじゃない限り、結構最初は、

誰でも何と無く・・・なんてスタートだったりするのね。それがね、そう言う人が身の回りにいるか?いないか?で大きく変わるものでね、人は環境ってもので色々と影響を受けたりするのね。大体、本人にそんな目指している意識は無いし、ただ上手くなりたい・・・って気持ちのみ。

けれど、その側にいる人達はどうなっているか?となると・・・


何処にもクラフト色は無く、いつ終わるか?全然判らない位、手間暇の掛かる作品になっているのね。勿論、クラフトがいけないって話じゃなくて、楽しむ事は本当に必要だと思うんだけれど、人に何年やっているの?って聞かれた時、クラフトしか持っていないのと、こんな作品を1つでも

持っているのとでは?印象が大きく変わるってだけなのね・・・。それは後半の小学生の女の子も一緒。今後一生モザイクをしなかったとしても、一夜にして終わるモザイクを何個も持っているのと、10日も掛かった作品を持っているのでは、全然印象は変わると思うのね。しかもただの作品

ってだけじゃなくて、グレードも大きく変わるし、もっと言えば、簡単に終わるモノでは無い取り組み方を経験すると、モノ作りの大変さを知った上での制作の仕方を知ってしまった訳で・・・当然、その大変さも知るが、その喜びや楽しさを知ってしまう事にもなるのね。

その経験はクラフトでは味わえないのね。ただ明日になれば判るが、時間があれば、そんな人達がクラフトを楽しむとどうなるか?・・・それは明日の小学生に時間があったら・・・って事にして、アトリエに戻って小学生の女の子教室。


出来たぁぁぁのね。やっとこさっとこ張り終わり。しかも今日は土曜日。かおるさんにもリクエストして、2度目のラジオで読まれたのね。そんなささやかな楽しみもありつつ、9日間で張り上げたのね・・・そして明日はとうとう目地。完成でお別れなのね・・・。

陸王と小学生教室

2019-08-24 07:14:13 | モザイク教室
今日は前半が陸王、後半は小学生の女の子のお教室。それでは陸王から。何しろ学校行事の参加があって、若干遅れ気味ではあるものの、最初から判っていた事もあり、ここは落ち着いてじっくり・・・ってコツコツ進むしか無いのね。ただ難しいのは蓄積疲労と何だかなぁ?って気分の問題

なのね。1つ目の蓄積疲労は、大作はやってもやって終わりが見えないし、ニッパーは重いし、それを何日やっているの?って言う疲れがあるのね。しかし、それはいずれ慣れるから、大丈夫って励ましと、根拠のある進め方や基礎的な動作の確認で軽減させる事は出来るもので・・・。

手首を体に固定するとか、ニッパーをギリギリに持つとか、刃を浅めに入れるとか、それだけでかなり疲れは変わって来るのね。ただ2つ目の気分の問題って言うのは、本来基礎を踏んで、鍛えた目があっての話で、いきなりの大作ではそこは中々防げない。そこは何とか逃げ切るしかない。

その気分ってものは、アトリエにいれば何も聞かなかったとしても、保険として安心感で進む事が出来たりする事がある。これが自宅だとこれで良いのかな?・・・って疑問が起こった時に不安になったりもする。ではどうして最初の頃には無かったものが後半に出て来るのか?ここね。

そもそも最初は単調にこの線をやって来てとか、丸や四角の繰り返しを張って来るってものだったりするから、言われた通りにやって来るってだけで、やって来ましたぁ・・・で済む。所が段々と上手くなって来て、それならこれ、それならこれ・・・って具合に難易度の上がったパーツ

流れを気にして、段々細くやら、段々太くみたいな、段々・・・なんて変化をさせないとならないパーツに変化して行く、梁次パーツの繰り返しとは明らかに難易度が上がるのね。でもここまでは切る事の難易度の話で、最後に出て来る、あとは良しなに・・・そんな場所。

そこは感じ方になるのね・・・各々の。それは餃子の食べ方みたいな感覚なのね。醤油にラー油にお酢・・・多分この3つの配分をどうする?って話だろうが、お酢は使わないとか、辛いの嫌いだからラー油は入れないとか、身の回りにもそんな人はいたりするのね。それを色に変える

茶色と黄土の濃い薄いの3色を後は良しなに・・・お好きにどうぞ召し上がれとなると、そこの場所で醤油は何対何で・・・って言う話じゃないでしょ?自由なのだから・・・って事が不自由になる事が多々ある。勿論、それを待ってましたぁ・・・と進める人もいる。しかし前者の場合には、

初めて悩み考える事になるのね。最初の頃は切るって行為が下手だから困って進んでいただけで、上手くなれば、慣れて来れば、誰もが通った言葉の、切るだけなら・・・とか、切るだけじゃん・・・とか、この形なら切れる・・・とか、切る事にいくらかの自信を伺えたりする。

それならば・・・と進級の意味もあり、お好きにどうぞ・・・つまり考えて自分で決める・・・って一番難しい事にチャレンジとなるのね。でもその難しい事を待ってましたぁ・・・と進む人には気にならない事が、気になる人にはとんでも無い宿題になるのね・・・どうしたら良いの?って

・・・そうなると一歩も動けないって事があるのね・・・それは失敗したくないから。今までの結果にそこそこ満足しているから。全てが安心安全なのね・・・今までの少ないながらの基礎を踏まえて、そこはチャレンジで挑む場所なのに・・・けれど、言われた通りにやって来ただけで、

言われていない、お好きにどうぞでは・・・でもそこはチャレンジ。可愛い子には旅をさせろなのね。少ないながら基礎はしたのね。ただ考えては来なかった・・・って言うか、考えさせずに進ませた。基礎に疑問なんか持つと哲学的になる。何しろ命令みたいなもんで決まりだから。

そんな後に最後の最後で自分で決める・・・それこそがオリジナルの本来の姿。本物そっくりにしない方を選んだのだから・・・。ただね、いきなり自由にされても・・・そうなのね。だからせめて少しのアドバイス・・・って言うのなら、上下どっちが濃い?左右どっちが濃い?

それだけ決めれば、3色しか無いのだから、簡単に残りは後1色・・・とか、難しく考えるのなら、資料の一番濃い場所を決めたら、そこは茶色みたいに変換して行けば、ならにここは薄い黄土とか、変換して行く方法もある。ってやり方は色々あるんだけれど、実はそうして進めても、

悩みはあって、モザイクって最初の頃はこうして色が氾濫して来ると、眼がチカチカして自分が何をしているのか?判らなくなって来るのね。勿論、最初から見える人もいるんだけれど・・・。その時にこれで合っている・・・と進めたのに、出来れば出来る程、チカチカして不安・・・

これで良いのかな?って、最初の輪郭線とか、影位の頃の方が良く見えていた・・・なんて気持ちになったりして・・・。もはや半信半疑になる。でも終わらなくなるし・・・本当にこれで良いのか?って。でもね、残酷だけど、良いじゃん、それ最高に良いじゃん。なのね。

全ては良い事と悪い事は背中合わせ。そんな気持ち、真摯に向き合わなきゃ経験出来る訳無いじゃん・・・なのね。つまり葛藤してんじゃん。
ならば制作には不都合だけれど、制作日誌には最高のネタじゃん。その気持ちだけで、10ページ書けるねって話なのね。

それが目とか鼻、口を作っているのなら目的意識も高まるし、似させるって意識も持てるが、髪の毛みたいな話は果てしないし、何処の部分だったかな?・・・って感じになる。勿論、どれもきちんと見れば同じ事なんだけれどね・・・。そんなこんなの後半は小学生。


これが数回前あたりから、みんなと同じにタイル用ニッパーを使っているのね。こっちの方が切りやすいってね。まぁ当然と言えば当然なんだけれど、小さいニッパーか持ちやすく軽いけれど、タイル用じゃなく、ただぺきぺきなら切れる・・・ってだけだから。

でもきちんと持たないと、重いし疲れるし・・・良い事と悪い事は背中合わせ・・・いつも一緒なのね。ただここは小学生・・・何とかバックを終わらせる・・・って感じでも良いから、手を替え品を変え・・・って感じで、そんな事1つでも気分良く進めるのなら・・・。って。

ただ気分だけじゃなくて、上手く切れると自信にも繋がるし、逆に難しいパーツにチャレンジしに行って失敗して、あぁぁぁぁって言ってたりもする。それは確実に良いのが作りたい・・・って気持ちの表れで、終わらせたい・・・じゃ無いのね。恐るべしなのね。

いずれにせよ、彼女も後2回・・・明日が張る最終日。また1人夏休みが終わるのね・・・。

レゴとリピータ―小学生教室

2019-08-23 08:01:21 | モザイク教室
今日は前半はレゴの張る事を教える最終日、後半は小学生の女の子教室。ではレゴから。宿題がいつものようにやってあって、そんな中、とても目を引いたのがこれ。


確かに日本の国旗で丸の穴の空け方を1度は教えた・・・けれど、それだけで道具も無いのに4つも空けて・・・しかも更に丸まで入っている。一体何枚失敗したんだろう・・・それなのに心折れずに良くやったのね。確かに進み具合からしたら、余裕はあったにせよ・・・。

見事だな・・・と思うし、根性あるな・・・何とも我慢強い。そんな事もあり、後はバックでも良かったが、どうする?もう1つ位、最後に困って終わるか?時間もある事だし・・・って1つ提案すると、やりたい・・・となり、その手間の掛かる事を始めたのね。ただ必ず悩むはず。

そこで、違う部分の手助けになるパーツの切り方を教えたのね。それがタイルカッターの使い方。


鉛筆のような棒の先にタンガロンって工業用のダイヤかな?まっ、タイルにギィーって傷を付けるのね。

そして折るんだけれど、その傷の付け方に工夫があって、長嶋監督のように言うと、まず人差し指を立てて、刃をタイルの先端に当てたら、グッと立てて、ギュっと一気に引く。その時に出来れば容赦なくって感じに。そうすると、きちんと傷が付くのね。コツは最後まで引き抜く。

シュって。それを傷が付いていないから・・・と何度も引くと、何本もの線が複数付くから、割った時にガタガタになったりするのね。そして傷が付いたら後は割るんだけれど、持ち方があって、人差し指を両方とも折って、指にYが出来るまで。そして傷付いた線の真ん中に合わせて、

ギュって感じ。ここもギュゥゥとってゆっくりじゃなくて、ギュって一気に。それを6.70枚切ったかな?もっとかな?いずれにせよ、これがあれば、ひと手間掛ける場所に時間が掛かっても、いくらかカバーしてくれるはず・・・。そんな指導が最後になったのね。

後は自宅で張り終えたら、イカ2と一緒で目地の1回のみで完成。後ちょっと頑張れ・・・って事で、後半の小学生女子。

今日から怒涛の4回続けてなのね。凄く大変だろうけれど、何とか逃げ切って欲しいのね・・・何しろアトリエに来ている人達は知っているけれど、ビックリする程完成度は高く、完成が楽しみです・・・って言われている作品。けれど、終わらない事にはね・・・。

ただ今日を何とか逃げ切れれば、後は大きなパーツで逃げ切れる場所があって、そこで気分転換をして、もう1日最後の厳しい所を切り抜けて終わる予定なんだけれど・・・・。いずれにせよ、大体予定通りの1日目が終わったのね。そんな後は、俺の気分転換の小物・・・

キウイとお母さんの相席教室

2019-08-22 07:10:26 | モザイク教室
今日はキウイとお母さんの相席教室。ここは特に何も言う事は無いのね。趣味って言う楽しい部分も持っているし、その上上手い。


だから、これだけの結果が出るのは当たり前と言えば当たり前で、継続は力なり・・・って言葉があって、それが本当なら続ければ力になる。こんな事は誰でも知っている事なんだけれど、当たり前の事が当たり前に出来ないから、そう言う言葉がある訳で・・・。だから工夫が必要。

そこに至るには1つは楽しむって事は重要になったりする。ではその楽しむって何を?になると、モザイクをしに来てるんだからモザイクでしょ?って言うのなら、その人はそれで良いのね。ただそれだけでは無理な場合、何か他のモノが必要になったりするのね。それは何か?となると、

それは上手さだと思うのね。人に評価をされた時に上手いね・・・と褒められたりすると嬉しさを感じたりする。勿論、自分で上手いと感じるのも良いだろうけれど・・・ここではひとまず、自分で感じるも良い事にして進むと、いずれも嬉しさを感じるだろうから、そこから楽しいに

繋がる事にもなる。ただそれも慣れてしまうのね・・・味覚視覚聴覚・・どれもこれも感じるって事は当たり前になって行くものだから。所がここに至るにも簡単じゃなくて、1つ完成した時は、出来た事で嬉しさは簡単に手に入る。けれどそれを2つ目、3つ目となると、出来栄えとして

もっと上手くなりたい・・・なんて思うと、1つ目が基準となり、もっと・・・とハードルが上がる。向上心ってもので、とても良い事だけれど、何作目からとは言えないが、果たして楽しいだけで上手くなるだろうか?・・・となると、それはとても難しいのね。

だって楽しい・・・はたのしいとも読むが、ラクとも読める訳で。つまり紙一重なものだから。それから抜けると、本気になる。当然本気になれば、これじゃ嫌、ここも違う・・・ん・・・失敗した・・みたいに自分と向き合えば、それで良いやと許すのも自分だし、許さないのも自分

なのね。これで1つ進歩したのね。楽しむだけから、多少苦しんでも・・・って制作に。そうなると、進み具合も悪くなる。その姿勢は早く完成したい・・・では無く、質を気にして全てが、それ美しいですか?と自分に問う形になるもので。ただここまで来ると辛いなと感じる事がある。

しまいには、何でこんな事やっているんだろう・・・なんて気持ちになれば、そこが分かれ道。そこで辞めてしまう人もいれば、そこも乗り越える人もいる。そこを乗り越えられた人の1つの例は、キウイとお母さんのような関係だろうね。それはライバルにならない・・・ここ。

普通は同じような年齢で一緒にやると、ライバルのように競う関係性が生まれたりする。勿論、お互いに負けないって強い意志があれば相乗効果も生まれて、そのライバル性がお互いの力を引き出し合う事もあるし、それを刺激を受けたなんて言う事もある。しかしながら、大抵は悲観

したり、優しさ故に声を掛けたつもりが、余計に差を感じさせたりしてしまう事も多々ある。つまり相席と言うのは、大きな差があった方が過ごしやすいもので、上の立場ならお兄さん、お姉さんのような面倒を見るような気持ちで教えられると、以前の自分と出会えたりする。

それによって初心を忘れる事無く、それもまた自分の戒めにもなったりする。逆に下の者は上手い人の腕を生で見れるし、先生とマンツーマンで息苦しいなぁ・・・と思う人ならワンクッションあったりして、居心地も楽になるし、プチ先生がいる感じで2人の意見が聞ける事になる

・・・そんな環境がお母さんが上手くなった原因でもある。その2人が高洲に行けば、そこには以前アトリエに来ていたタピオカもいるから、上手い人が3人もいる訳で・・・つまり、そんな環境なら上手い人が満遍なくいるんだから、のりちゃんやなおみぃぃが必ず横には、上手い人

に挟まれている事になる訳で・・・何処にでも目は光っている事になる。しかもその人達と会う事も楽しい・・・となれば、モザイクはこだわりを持って作れるし、辛くなっても私達も同じだったよ・・・って悩みを解消してくれる訳で。その部分に救いがあるから楽しいに繋がる

もので・・・。それがとても上手く行った例なのね。しかもお母さんと年齢の差があるから、みんなが優しいし、けれど腕はみんなに負ける所か上手かったりする矛盾にも、素直に受け入れる人達に囲まれている。しかもそのプレッシャーを感じる事も無いように、まだキウイが

いると、お母さんがいくら上手くなっても、自分よりも上手い人がいるって言うのは、何でも聞ける事で安心にも繋がる。つまりお互いに上手いのにライバルでは無く刺激を受けられる・・・絶妙な関係性なのね。それはいたわる気持ちにも繋がる年齢差は大きいのね。

ただひとたびモザイクになれば、えーお母さんもうおしまいですか?ってハッパを掛けたり、逆にさっ、そろそろやらないと・・・ってキウイが言われる事もあったり、話題も価値観も似ていたりして・・・そこが楽しい部分だったりする訳で・・・。つまりモザイク以外の魅力が、

そこにあったりするから、メリハリは付けやすいのね。当然ここまで来るには、相当な量のタイルを切って来た訳で・・・切る事に困らない2人くらいになると、十分楽しめるスタイルになる。ここまで来ると、自分の判断でやり続けていても大きな失敗は無いし、逆に質問は相当に

困っている事だろうから、本気で見ないと俺とて危うい訳で・・・。上手い人への指導って言うのは、ながら・・・では出来ないのね。それ相応のプレッシャーを受けるし、責任も負うからね。まっ、いずれにしても、こうして文字にすると固くなるが、実際は緩い話なのね。

そんな時間は永遠には続かないし、わずかな時間そんな場面がある・・・そんな話。そんな後は、かぐやと問い合わせのあった件についての相談・・・建築系の話が何件かあって、概算の請求があったり、納期だったり、下絵があったりすると、実際にどの位掛かるか?何でやるか?

等、来る来ないに関わらず、見積もりらしき事はやらないとならず、ほぼ流れる事の方が多いが、その中でどうしても・・・って話になった時には、かなり色々と無理もしないとならない事もあり、モザイクの認知って点ではまだまだな発展途上の分野だったりするのね・・・。

例えば既製品のモザイクなら、メーカーが作り置きしているから、発注のみで納期も短縮出来るだろうが、俺の所に来る話は全てオーダーメイド。話が完全に決まった時点のスタートなので、1.2週間で完成なんて事は有り得ないのね。しかも、その仕事のみをしている訳じゃないから・・・。そもそも既製品にしても、納期まで1か月掛かります・・・って話なのだから、当然それ以上は掛かる訳で・・・。

それでも・・・って熱意のある仕事なら、受ける事も可能だけれど、そんなに掛かるのか?って場合、大抵は流れる。しかしながら、全て一応調べないと結論を伝える事は出来ないので、それ相応の労力と時間が掛かる訳で・・・。それが本当に必要とされる場合、労作展の子達なら

お願いします・・・って簡単に決まり、後は日程のみ。それはここでしか難しいと感じて貰えるからであり、逆に建築系の話は、きっと何処か他にあるだろう・・・と思われているんじゃないのかな?まっ、まだまだだな・・・って話。いずれにせよ、問い合わせがあるって事は、

見られている・・・って言う事で、知られる場所にいるって事な訳で。それはそれで何よりなのね。勿論、やれればやれたに越した事は無いが、最初から何も無かった事なんで、やる事だけやったのなら、後はまな板の鯉。準備だけして置けば・・・ってただそれだけ。