katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

リピーターさん教室と夏の出張教室用のサンプル作り

2022-05-22 08:42:19 | モザイクタイル教室

今日は午後からリピーターさん教室。それまでは昨日の続きで、結局答えが出ないまま、2通りの下地を彫ったのね。

また張ってはいないんだけど、一応こんな感じになる・・・って仮置き。どんな方が来るか?が判らないから、間口が広い分、仮に未就学児の子が来た時に、張るだけ・・・なんて事になると、どんな感じになるのかな?とか、色々あるのね。

ただどちらにしても、単なる好みであって、そこそこ見栄えも良いし、らしい仕上がりになって来た。まぁそれはそうと、しばらくして土砂降り・・・外でやっていた時間もあったんでラッキーだったのね。

そんなこんなのお教室。昨日の話の続きになるんだけれど、良くあるいらしてからの会話に、今日はどーですか?ってのがあって、要するに予約したのは数週間前だったりして、それはお互いが空いていた日にちを抑えただけであって、体調とか、

気分とか、乗っているとか、その日の調子ってのがあるでしょ?その時に、大作なんてやっている人は、慌てて無いし、場所が広い分、何処でも良い訳で。だから調子に寄って、じゃこの辺にしますか?みたいに決めたりするのね。

これが体験なら、何しろ今日完成って事になるし、終わる前提だから、順番通りにやった方が良くなるが、大作は今日は終わらないのだし、難易度の低い場所もあれば、高い場所もあって、その分量も果てしなかったりするのね。

まっ簡単な例なら、料理で、じゃジャガイモの皮剥いて・・・こんなの初歩な感じでしょ?これが体験なら、家庭の料理としての数だから、2,3個って事だろうから、やっとこやったとしても終わるでしょ?所が大作は、披露宴分みたいになるから

50個とか、100個になる。となると、それだけで終わっちゃうかも知れないし、でも簡単な事の繰り返しな訳で・・・。ただこれは下ごしらえなのだから、焼くとか煮るとか、炒めるとか、味付けとなると、難易度は変わって来る。

つまり調子が良かろうが、悪かろうが、体験は完成する事になるし、逆に大作は、調子が悪ければ下ごしらえの箇所を進めれば良いし、調子が良ければ、味付けなんて大事な箇所をやる?なんて事になるのね。だから最初に問診になるのね。

だから間違っても時間の後半の疲れた頃に、味付け箇所なんてやっちゃダメなのね。なるべく前半に。勿論、味付け箇所を次回のさわりに・・・って感じにちょっとだけ説明がてらに・・・なんて事はあるけれどね。

そんな事を話したが、何しろ他分野で何年も習っている方なんで、制作するって時間を過ごす事が慣れていて、しかも男の方って言うのも中々珍しく、ただとても器用で、以前作ったものの画像を何個も見せて頂いたんだけど、知らないながらも、

時間の掛かる作品に見えたのね。そんな事もからも慣れているのかも知れないのね。しかも既にウォンバットを完成させているから実績もあるし、まだ始まったばかりだけれど、今のグレードでこのまま仕上がれば、かなりの作品になる。

本来なら手慣れない事をしているはずなのね。何しろ前回のウォンバットは同じパーツの繰り返しの点での仕上げだったが、今回は流ればかりが続く線での仕上げ。段々細く、太く、と思いきや、元に戻ったり・・・。

これが音楽なら、ただドやミと言った音が出ました・・・それが点みたいな事だとしたら、ドは強く、段々弱くみたいに、デクレッシェンドとかクレッシェンドみたいな指示マークが増えれば、単なる音符より高度になる。

それが線の仕上げみたいな感じ。段々って言うのは、強い、弱いみたいな単純な事じゃ無いからね。どっちか…じゃ無くて曖昧な感じって言うのは、難しいのね。それを既にこの完成度で出来ているのだから、本来ならここで戸惑っていて、

段々上手くなって行く・・・だから、後半に前半の剥がしたい・・・なんて気持ちになるもんなんだけど、既にかなりの高得点。後はこのまま最後まで行ければ、自分の代表作の書き換えになるだろうね。


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フェルメールのリピーターさん教室

2022-05-21 06:44:47 | モザイクタイル教室

今日は午後からフェルメールのリピーターさん教室。それまでは、ご紹介で夏の出張教室の問い合わせがあって、そのサンプル構想・・・趣旨としては大人の方を対象として、子供さんも参加出来るような・・・って話。

そんな訳で昨日までの方向性では、

こんな鍋敷きな感じだったんだけど・・・どちらかと言うと、子供寄せになっている感じがして、

こんな感じの模様の方がシンプルなのかな・・・と迷ったりしていて。色合いとか形の不揃いなのは、全て陸前高田の残ったパーツを全体像とか雰囲気作りを見るのに使っているだけで、趣旨はぺきぺきでは無く・・・と言う方向。

今までほぼ必ずと言って良い位、出張教室にはぺきぺきを使って来たが、先日のINAXのアートタイルが今年いっぱいで生産中止なんて事を考えると、ぺきぺきにも大きく影響すると思われると、今後使いずらくなると想定した方向の一回目。

そんな形も考えて・・・ただ物事は必ず何を取っても、良い事と悪い事は背中合わせ。つまり無くなるのは寂しいし、大きな打撃だけれど、逆に他のタイルを使って来なかった事による新鮮さはあると言う事になるし、ぺきぺきやアートタイルは、

10cmやそれ以上の大きさなんで、1パーツを大きく出来る事で、作品自体も大きくしやすいし、しかも柔らかいから、未就学児でも切りやすいのね。しかしながら、それが無くなるとなると、お手軽には切れなくなる。

そうなると、既存の形のタイルを使って、並べるだけになり、単に色合いと配置だけの問題になるのね。そもそもが、考え方として、柔らかいから誰でも切れる・・・取っ掛かりには持って来いのタイルなのね。しかし誰でも出来るとなると、

悪い事は、余程素敵に見えないと、若干可愛いにしかならず、幼稚さが残る欠点もある。そうね、例えば音楽なら童謡を演奏するとする。仮に見ないで子供の演奏と、ピアニストの演奏を聞き分けられる?とか、料理としてゆで卵を子供と大人

で違いを出せる?となると、余程の目利きでは無いと、簡単には判断出来なくなる。これをクラッシックの名曲だったり、フランス料理みたいな格式ある料理にすると、確実に差が出たりする。つまり腕が左右するって事なのね。

それが証拠に本気のぺきぺきの作品になると、こうしたフェルメールの名画作品になる訳で。ぺきぺきと言えど、侮れない作品になるのね。良い事と悪い事は背中合わせって言うのは、こんな話で、お手軽なだけに差が見つけづらい。

その差って言うのが、ある程度の大きさがあって、そこに果てしない時間を注ぎ込めば・・・であって、初心者とコースターで競えば、そうたやすく差は付きづらいのね。何故ならコースターの大きさに名画は作れないから。

つまりその大きさの中で作れるものとなると、モチーフは限られる事になるからなのね。これが真似るってスタイルの話ね。似ているか?似て無いか?の話だからなのね。でも、オリジナルとなるとこれが話は違って、オリジナルの創作段階は、

別にタイルが切れなくても良いのね。考えるって事は、切れる前提では無いのね。これは全て同じなのね。まぁ悪意を持って説明すれば、簡単なのは、秋元康先生は素晴らしい歌詞を描くが、それに合った作曲が出来るか?とか、ピアノやギターを弾けるか?って話。

別にそんなの要らないでしょ?つまり作詞するには、楽器なんて別に要らないのね。だから、オリジナルで何かを作るとなった時、考えるって部分で素敵な事が浮かぶ人達がいて、そこで満点を取るような構想の場合があったりするのね。

所が逆に、習っているけど、オリジナルでは無くて、ずっと何かモチーフを真似る事を繰り返して、技術を会得している場合・・・全く逆のスタイルね。こんな場合は、技術が素晴らしいのね。つまり音楽なら楽譜があれば、初見で演奏し、

覚えている曲なら見なくても演奏みたいな感じになるし、料理ならレシピがあれば初見で、少しアレンジなんかも出来たりして・・・勿論見なくても作れる料理があったりもする。ってこんな感じの人になるのね。

所が反面、オリジナルとなると、一転技術はあったとしても、考える制作をしていない場合、いつもの素敵さ加減が出るか?となると、ほぼ見劣りする場合が多いのね。それは仕方無いのね・・・それは技術の為に真似をし続け会得したのだから。

つまり悪意のある言い方なら、天下の秋元康さんでも作曲は出来ないのだから。これが物真似師としても、昔のコロッケさんなら、形態模写で歌わなかったし、漫画なら、ヒカルの碁やデスノートの小畑さんのように作画のみ。

こんな人達もいたりするのだから、そのスタイルは人それぞれなのね。所が物作りって分野になると、ついついオリジナルなんて事をしたくなるのが、世の常なのね。つまり作曲がしたくなるのね。そうなると、今風ならパソコンは出来るに

越した事は無いし、古典的ならギターやピアノの主線を引くような楽器は出来た方が有利になる。つまり技術が必要なのね。勿論、考える側の作詞側だって、技術は必要なんだけれど、目に見えない事教室って言うのは中々成立しないのね。

まぁ例外なら伝統的なのは、俳句ね。初心者でもベテランでも歴史上の人物でも、17文字で競い合う。これが文学なら大作だから大きく差は出て、素人にも判りやすいが、17文字では、時より素人でもビギナーズラックはあったりする。

こうした話からも、ここまで出来るようになったリピーターさんには、次はオリジナルのコースターなんてものを作る事をお勧めするのね。考えて作る・・・これは今までに無い練習になるし、お手軽な時間で終われるはずなのね。

ただね、凄いのは17文字でも差をハッキリさせるのがプロ・・・でもね、ここが難しいのは、何度も出て来るけど、作家katsuなら大作の陸前高田のようにそれ相応の結果は出たりする。勿論依頼品としての小物作品でも、そこそこの依頼も

あったりする。所が先生katsuだったり、小物の販売って事になると、17文字作品みたいな感覚・・・短編小説くらいの感じなら何とかなるが、ん・・・何が良いんだろうか?ってサンプル作りって毎回悩むのね。

制限時間、予算、対象年齢、素材・・・この場所で受けたからと、使い回しが出来ないのが、俺のスタイル・・・陸前高田のように顔の見える場合、そこの土地や歴史、ゆかりのある物、人・・・それを網羅したらこうなった・・・。

こんなスタイルだから、同じものを他では使えないのね。簡単な話で、俺の場合、依頼が極端で、施設などが負担してお客さんの負担が軽い場合、内容を攻められるのね。つまり遊ぶとか、面白いとか、ふざけたり、馬鹿馬鹿しい感じだったり、

そんな部分を多く出せる。それは結果として、この金額なら面白そう・・・って思えるからだと思うのね。所が全額お客さん負担となると、当然お金を出したんだから・・・となると、要求も厳しくなるだろうから、こっちも真面目に・・・

みたいな内容になる。所が流行りものタイルの取り付けみたいな事を避けて、タイルを切るってスタイルでやろうとすると、どうしても使い勝手の良いぺきぺきやアートタイルに頼りがちになる。しかし初めての人が綺麗に切れるはずは無い。

だから下地を凝って、何とか切れれば、そこそこな見栄え・・・って続けて来たんだけれど、結果としては可愛い仕上げにはなっても、お洒落な仕上げにはならないのね。それは練習無しの初めてでは多くは望めないのね。

そもそも使い慣れたぺきぺきで無く、硬いタイルで何処まで、何が出来るのか?・・・新しい事をするって言うのは、考える・・・って事が、限られた時間の中、ずっと続くのね・・・しかも、それが良いかどうか?も判らずに、サンプルを

作らないとならないのね・・・だから大変なのね。実際作るのは俺じゃ無くて、初めてやる人達なのだから。何が何処まで出来て、その前にこのサンプルを見て、やりたい・・・って思うだろうか?って。


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ちょっと野暮用からの・・・

2022-05-20 07:39:41 | 休み?

今日は午前中ちょっと野暮用。実はかぐやのせがれが転勤でこっちに来ているんだけれど、入院していたが、今日退院って事で送迎して、昼を一緒に二人で退院祝いがてらに食事をしたのね。何しろ子供の頃から見て来たし、こっちに一人・・・

だからって、大した事は出来ないけど、出来る事は何かしてやりたいって・・・ね。まっ何はともあれ、退院したんで、またね・・・って、またがある事が何よりなのね。何しろ無事これ名馬・・・なんて言葉もあるしね。

そんなこんなでアトリエに戻ると、メールが来ていて、夏の出張教室の話。大人も子供も出来る・・・そんな依頼。そこで浮かんだのは魚の鍋敷きなんだけれど、いつもならぺきぺきなんだけれど、何しろINAXが撤退するし、ティーアートさんも

色々と少なくなって来ている今、無くなる前提と考える方向で、何か使わなくても出来る事を模索したりして・・・。しかも人数と時間を考えると、制作時間は1時間ちょっと・・・。色々やっては見たものの、これって所まで行かず今日は終了。


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高洲公民館でのサークル

2022-05-19 06:40:09 | 高州のサークル

今日は高洲公民館でのサークル活動。何回かコロナで他の地域の人は入れないとの事で行けなかった事もあって、みんな結構雰囲気が変わっていたのね。ではキョンキョンから。何かバックのコツは?みたいな話が出たんで、こんな話をしたのね。

まず後はバック・・・なんて表現があるんだけれど、こんな言葉の裏側にある気持ちって、メインが終わって、その大事さよりも落ちる箇所であって、楽な所である・・・って意識が働いているのね。それが証拠に例えばバックからやったとして、

後はメイン・・・みたいな表現をするか?となると、後は・・・みたいな事は言わないのね。仮に言うとしたら、後はメインかぁ・・・みたいに、簡単な所をやっちゃって、難しい所になっちゃったな・・・みたいになると思うのね。

そうね、例えばリレーとか何番目が良い?恐らくストライカーとか四番バッターを選ぶ人なら、アンカーを選ぶだろうけど、2番や3番を選んだりするんじゃない?そこは何かリカバリーとか挽回とかして貰えるんじゃないか?的な・・・。

でもそれは運動会レベルの話で、オリンピックならそんな人はいないのね。どこも責任ある場所だから。こんな事が意識って話になるのね。つまり無意識にここは簡単、ここは難しいと決めている自分がいるとして・・・。

仮にこんな事があるとしたら?バックはメインより楽って気持ちで臨んでいるのに、思った以上に難しかったり、進まなかったりすれば、気持ちが折れそうになる。トップやアンカーじゃ無いのに・・・ってね。

まず1つ目の意識の問題はそこにあるのね。次に時間を掛けて自分なりにここまで良い出来栄えだった・・・こんな意識の場合。やっとバックに来た・・・この表現を受けての、同じセリフで、後はバック・・・となると意味は全く違うのね。

つまり最初のランナーの3人は今、金メダルに近い走りをしている・・・後はアンカーだけ・・・このまま行けば。って気持ちだから、今まで通り気は抜けない。同じセリフなのに、意識が高い事になる。こうした事を踏まえて見て見ると、

バックのパーツがピッタリ入っているのね。無造作に入れば良いや的になっていない。このピッタリって言う事に気が付けば、いかに意識が高いか?難しい事をしているか・・・に気が付くんだけど、恐らく本人は無意識だと思うのね。

つまり色は意識して、こうかな?あぁかな?と考えているんだけど、目地幅とかは無意識で、今までちゃんと揃えて、ちゃんと・・・って意識でやって来て、その意識のまま、ちゃんと入れているバックを・・・になっているのね。

でもピッタリ入れている意識は無いのね。ちゃんとやっているだけで。ここが難しい所で、最初は基本ってものがあって、こうすると良い・・・ってお手本的なものがすべての物にあるのね。例えばボールを使うスポーツ。

ちゃんと相手が取りやすい所にパスをする練習をするでしょ?キチンと、ちゃんと。この時は敵は無し。ここが問題なのね。敵は無しだから、邪魔されない。じゃ、邪魔入ります・・・もういつものようなパスは出来なくなる。

何しろ邪魔されるんだからね。つまり邪魔されると練習パスが出来なくなるのが未熟な人って事になるのね。所がベテランになると、そこをかいくぐって、練習パス通りに出来るのね。ほらいつも通り。何があっても・・・。

ではそれを踏まえてモザイクに戻ると、メインは邪魔無しで作って来たのね。所がバックはメインが至る所で邪魔をするのね。自由なゾーンが一つも無いのね。ほら難しくて当然なのね。そこへ持って来て、ではバックが難しい事は判ったけど、

そのバックに甲乙丙丁って言う難易度の違いがあったりする。その違いの意識が理解出来ると、上級者への仲間入りなのね。要するに楽譜やレシピ、図面があると、その通りに遂行するだけで、いちいち考える事は無くなるのね。

勿論、ハイレベルになれば、時代背景なんかも読み取っての遂行になるんだけれど、そこは今はスルーして、つまりそこは作詞作曲を考えなくて良いからなのね。この両者がバックにもあって、1枚入れれば終わるようなゾーンは、色を決めたら、入れるだけ。

その時にユルっと入れる人は、ずっとユルっとをキープして目地幅を合わせる。逆にキチッと入れた人は、最後までキチッとを繰り返す。こうすると目地幅が一定になり、どちらも綺麗な仕上がりになるのね。そしてもう一つの考え方で、

そんなの関係無ぇ~って入れれば良い。ここはランダム、その日の気分。恐らくこんな場合、安定したその日の気分だから、ここだけキチンとって訳では無く、あっちこっちキチンとだったり、テキトーだったりしているから、不安定な感じな安定なのね。

やったりやらなかったりしていてね。それを満遍なく。所がダメなのは、キチンとしていたのに疲れてしまって、まっ良いか・・・ってルーズになった場合・・・例えば花びらを4枚続けて同じに切れたのに、もう良いかぁ・・・と後は、バラバラ。

こんなのと、最初から一枚も同じ大きさは無し・・・どっちが綺麗?それは後者なのね。みんな違うとウニッコ柄みたいになるのね。最悪なのはみんな微妙にずれている・・・折角合わせていても、その微妙なズレが合わせようとしているのに

ズレてしまった事がみんなにばれてしまうのね。これは良くみんなが使う、あじだから・・・には見えないのね。所が最初から全部違うと、それは幼児の描いた絵のように、可愛く見えたりするのね。それはあじだから・・・に見える。

ただね、ウニッコ柄を描いた人ってヘタッピじゃ無いのね。滅茶苦茶上手い人だと思うのね。ガッチリ基本が出来ている人・・・つまりキチンとずらしているのね。ズレちゃった訳じゃ無いのね。つまりキョンキョンは無意識でキチンとを、

選んでいるから、果てしなさと向き合っている事になるのね。そこでのアドバイスは、こんな事を理解出来た上で、実はバックの難しさにも色々あって、1枚で完結の場所はキチンと切って入れるだけ。だから難易度は低いのね。

逆に5,6枚入れられる場所は、自由に拾って入れられる空間ではあるけれど、そこを3枚でも入れられるし、8枚にしても入れられる事になる。ダブルスって2人って決められているから良いのであって、何人でもどうぞ・・・ってどう?

つまりこの空間でのベストな数は?とか考えないとならないのが難しいのね。ほら考える事・・・。それが1枚の場所は、一枚の色決めなだけ。形もある程度決まっている。ほら左程考えていない。でも団体さんになると、何枚?色は?

ほら難しくなったでしょ?つまりこの難易度の違いが判れば、ここは簡単だから取って置いて、へこたれたらここ。元気な内に考える場所・・・みたいに、自分で操作してやれば良いのね。それを右から順番に・・・ってやると、難しいゾーンになれば、進まなくなるし、

簡単ゾーンならスイスイと進む。それを調子が良いとか悪いとか、まるで偶然のように思う人がいるけど、全部必然なのね。そこが上級者の目利き。切る事、張る事が上手いだけじゃ無いのね。これがなおみぃぃとなると、

息抜き作品と言っても、四葉からクルっと出ている所の幅の安定感や、クルっと回せる切り方、ここまでは言う事ないが、さっきの自由なスペース・・・白い部分がとても多いし幅も広い。キョンキョンとは全く違う悩みなのね。

まず息抜きな作品なのね。所がいつも通りなのね。本気全開。ここまで切れるのに、バックとなって、えっと・・・になってしまう。まずさっきの話がベースにあって、今度は色の話。バック前の仕上がりを見ると、薄味なのね。

つまり薄味好きなのね。しかも薄味の色んな色を使ってしまったのね。例えば仮にエースとして大好きってものがあったとする。まっ主役って事ね。字のままなら、主なんだから、それは目立って当然。普通は凄い・・・って前に付けて、

凄い綺麗とか、凄く可愛い、凄くカッコいい、凄く怖いとか・・・こんな目立つものが主役となる。つまりなおみぃぃの作品はエースがいないのね。つまり可愛い新人、薬師丸ひろ子さんを主役にするなら、バックに高倉健さんで野性の証明。

みたいに、引き立たせる為には濃い味が必要になる。ただ恐らくなおみぃぃは、ここまで温存していたのでは無く、使わなかったんだから、こんなに残っているバックに高倉健さんは使えないはずなのね。つまりどの位?って事になる。

それを渡瀬恒彦さんにすれば、セーラー服と機関銃になるし、松田優作さんなら探偵物語になる。さじ加減ってのはこんな話。同じ主役でもね。そして問題なのはモザイクって言うのは、絵と違い色を混ぜられないし、作れないのね。

つまり色を使うと後で被る事になるから、必要な色は温存しとかないと。でも大抵はメインに使いがち。しかももしメインを小さく使ってしまうと、更にそれを目立たせる為には・・・と考えないとならなくなる。

つまりなおみぃぃの場合、好きな薄味を使い果たしてしまい、後の残りの薄い中で何が合うかな?になっちゃっているのね。つまり買い物初日の冷蔵庫の中身で作る料理じゃ無くて、最終日的な冷蔵庫・・・そりゃ工夫もいるでしょ?

しかも濃い味が好きじゃ無いって言うか、理由はキッチンに置いた時・・・もう置き場所としてのインテリア扱いでは、分野の決まった映画って話なのね。こうなると、メインに合っているってだけで、濃い味は使えないのね。

何故なら、作品ファーストじゃ無くて、インテリアファーストだから。単品として合っている話であって、トータルコーディネートとなると、そこのキッチンを見ないと、本人にしか判らない話なのね。ただ、そう言っては身も蓋も無いから、

想像するに、恐らく濃い味は無いけれど・・・けどね。あるとしたら?今までメインに使った色は好きだから使ったんなら、その色の中で濃く出来る色がもしかしたら、使える色なんじゃ無いのかな?って事で選ばれたのは、施釉のピンク。

施釉は割と日本的な色合いなんで、ピンクと言うよりは桃色みたいな表現の方が良いのかな?いずれにしても、色が決まったのなら、後は切るだけなんだけれど、メインの邪魔はしないようにするには、ハートよりも大きくせずに。

それとトッピングって言うのなら、小さめにアイスにチョコを振り掛ける感じに。ただ更に上級者っぽくなら、ランダムにせず、トッピングを丸く小さめに・・・隠れキャラ的に。更にもっとって言うのなら、時折大小くっつけてトッピング。

そうすると、より可愛く見えるはず。なんてのがアドバイスになるんだけれど、最初は聴かれるまで躊躇したんだけれど、タピオカが見に行ったんで、こんなアドバイスをしたけれど、正直こんな話はアトリエのレッスンの話で、サークル

で必要かな?とも思ったし、もっと言えば、先生の押し付けっぽくならないかな?って思ったんだけど、ここレベル高いし、割と時間掛けて作るから、言っても平気かぁ・・・って少し遠慮してたかな?・・・って。ただ楽しみレベルは超えているのね。

当然、そのタピオカになれば、

コピーとは言えど、この髪の安定感となると、ドラムのリズムが安定している・・・みたいな感じだし、きちっとしたリズムのカッティングとか、蕎麦の麺の幅が一定・・・これが趣味のレベルか?となると、俺にはそう思えないし、

キウイになると、オリジナルの色違いの量産・・・もはや販売出来るじゃん。それをプレゼントって・・・。しかもここ本気の場所じゃ無くて、公民館のサークル・・・何処の教室言っても困らない腕なのね。って言うか、お金取れるのね。

ちゃんとやってたのね。ただ、まだ日常に戻らないのね・・・気持ちの方が。

 


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フェルメールの生徒さんの額縁

2022-05-18 07:02:27 | モザイクタイル教室

日常に戻さないとならないので、やらなきゃならない事の順番としては、こうした額縁だったり、出張教室用の下地、中学生の下地だったりするが、まだ人数が決定している訳でも無いとか、正式な大きさが決まっていない状況では、アトリエに

置いてある作品が一番やりやすかった・・・って理由から。そんな中、大家さんがいたんで、いつもならカットを頼むんだけれど、丸鋸の使い方を教わって初めて自分でカットしたのね。そうしたのも色々理由はあるんだけれど・・・。

まぁ最終的には、大家さんが手伝ってくれたんだけどね・・・簡単なカットなら出来そうな感じにはなったのね。まぁカットが終われば、組み立てて周りを彫るなんて事は、何度かやっているので何とかかんとか逃げ切り。

ただこうして作品を作っていて、後から作るとなると、木くずとか付いてしまうから掃除機で吸って・・・でもそもそも作品の上でカットもしちゃっているから、ホコリなんかも付いていて・・・そこで軽く掃除もしとこうかな・・・と思って、

水拭きしたら、結構ボンドが付いてて・・・これじゃなぁ・・・と思って本気でボンド落としをしちゃったのね。

こんな事をしたら、知っている人なら何時間掛かるか?知っているとは思うけど、全部やれば3・4時間は掛かるだろうね。ただ夢中になっちゃって・・・とは言え、随分とお待たせしちゃったんで・・・。

場合に寄っては、1か月以上お待たせしている方がいるんで、随時やって行かないと・・・って感じ。それにしても昨日の話のアートタイルの製造中止って、もう今年いっぱいで手軽にこんな作品を作る事が出来なくなるって事なのね。

このまま本当に無くなるって事になると、もう1cmタイルやガラスタイルのように、値段も張るし、本格的にやらないとならなくなるし、ハードルは上がるだろうな・・・って、何か考えないと・・・って感じだったりする。

何しろ未就学児にでも切れて、これだけの色合いも揃っている・・・モザイクアートを広げる為には必須なタイルだったのに・・・何かこんなグレードの作品を見れば、頑張ればこんなのが作れるのに・・・と思うと残念である。


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