katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

店舗のリピーターさん教室とバレンタインの作品張り終わり

2016-12-31 03:02:51 | モザイク教室
今日は午後から店舗の床をDIYを・・・って言うご夫婦のリピーターさん教室。そんな中、出勤すると大家さんが何かやっているのね・・・。おはようございます・・・車庫の中で何か明らかに仕事じゃない事をやっているのね・・・・何してんの?・・・教えないぃぃって。


何か本格的でしょ?・・・・ただ駐車場を借りたかったんだけれど、これでは厳しいんで、すーさんに電話すると・・・。あぁ、チャーシュ―作ってんだろっって。もうお馴染みの事なんだね・・・きっと。そんなこんなで、一応駐車場は確保して・・・。


後で貰っちゃったんだけれど、どうやら30本作ってたみたいなんだけれど・・・・。実はこの話まだ膨らむんだけれど、初めてこんなの見たんだけれど、実家でいつもお袋が作ってるんだけれどね、毎年20本位作っているのね・・・・確かに大変だろうなとは思ってたのね・・・けれど・・・。

こんな量なの?・・・しかもこんな寸胴なんて一般家庭には無いし、更に言えば老夫婦だからね・・・この量を作る前に買い物だって半端無い・・・。
お陰で有難みが良く判りました・・・今年はいつもよりもねぎらいの言葉が言えそうなのね。

更に昨日、さくらとみどりで用意してくれたお飾りを付けて・・・その後はバレンタインの作品をやって・・・そんなこんなのお教室。


旦那さんがフル回転で花びらの仕込みをして、奥さんは張る・・・そんな感じになったんだけれど。ちなみにこっちの4500枚の仕込みは終了。後はひたすら張るって事になるのね・・・・理想は1月いっぱいで仕込みを終了したいんだけれどね。

そんなこんな後は、バレンタインの作品張り終わり。



昨日に引き続きわんちゃん教室

2016-12-30 06:43:11 | モザイク教室
今日も昨日に引き続きわんちゃん教室。ただ昨日はお帰りぃぃ・・・・って感じもありなんで、突っ込んだ指導と言うよりも、大まかに全体についての話だったけれど、今日はかなり1つの事に特化したような話になったのね。まっ昔、ブログでも誰の時だったかな?使った話だと思うんだけれど・・・。



物事を考える時に、こんな例があると思う・・・って話。考え方として図1は平等の考え方。一応平面的なんで自分の立ち位置を何処に置いても、上下関係は生まれていないし、何を選んでも一見平和に見える。ただ図2になった時、急に違和感を感じはしないかな?・・・・

これは数字として判りやすくしたからであって、もしこれが色だったとしたら?・・・赤だの青だのオレンジだのってね・・・。もはや図1で好みで選んだとして、その選んだ色がどれ程の威力があるのか?・・・とか、太って見える順だったり、必ず物事って言うのはこんな事がある・・・って話。

例えば信号。同じ大きさの丸が3つで、どうして赤が止まれなのか?となった時、赤の威力が強いって理由だったら?・・・当然横並びであっても、目立つ順となったら、図2のように立体的な考え方になる。つまりもし理由があっての順番があったとしたら?図1の平面的考え方と図2の立体的考え方とでは、

全く意味の違う事になる。更にこれをモザイクに当てはめると、もし自分の考えた色って言うのがあって、花は何色、葉っぱは?とかもう決めてあったとするでしょ?それが色を混ぜられる絵画のようなものなら、自分の好きに作りゃ良いじゃん・・・それがテクニックなのだから。

じゃモザイクでは?となると、売っているタイルの色の中での制作になる。この時にもし葉っぱは緑、花は赤みたいに単純な話であったのなら、割と融通が利くような話なので、許容範囲が広い分、左程困らない話なのね。ただもし何とかレッドとか、エメラルド何とかとか、素敵な名前を言い出すと・・・

そんなものがタイルに存在するか?となると、ほぼ壊滅的であるって事。つまりモノの考え方1つで大きく変わって来る。しかもこう聞くと、私は許容範囲が狭いと言われたく無ければ、流動的に決められる・・・・なんて簡単に曲げたとしよう・・・けれど、そんなに甘くないのね・・・物事ってのは。

本当にそう思わないと、物事には順位があるって事なのね。図1のような時に自由に自分が選んだものが、図2では目立つ順位だったり、太って見えたりね・・・しかも自分がそう思っても、図2になった時、人がどう感じるか?であって、絶対数そう多く見て貰えないと、自分の意見は通らない。

こんな事を踏まえて考えた時に、春夏秋冬の4つを図1に当てはめた時に、どの季節が一番目立つと思う?となった時に、自分のモチーフうんぬんの前に、イメージって言うものがある。例えば決定的なのは、冬を連想した時に寒い・・・とか、雪とか、白とか銀世界とか、冬眠とか・・・って。

こんな事をイメージしないかな?イメージって言うのはこうした大まかな事であって、良く間違えているのは、イメージと言いつつもう決定事項ばかりの人。こんな人は図2になった時に絶望的なのね。だって何も曲げられないし、曲げているって意識の段階で気持ちが崩壊して行くから・・・。

だからまずモザイクは自分に合わせてよ・・・では無くて、私が合わせに行くものくらいで考えると良いと思うのね。だって最初から自分に合った色なんて何にも無いのだから。話を戻して、冬を白ってイメージしたとする。白は純白なんて結婚式のドレスに使われるように、色が付いていない・・

そんな従順って感じだから、威力的には、より強い色が側に無いと主張しない。では同じように夏は?秋は?春は?となった時に、恐らく冬よりも主張するだろうね・・・その時に、もし平等に・・・なんて図1の段階で4分の1に区切って考えていたとしたら?・・・・

果たして本当に平等に見えるのだろうか?となった時に、図2の展開では、春夏秋冬に目立つ順番があったとしたら?どうなるのかな?・・・・。その時に図2ありきで考えられたのなら、白は主張しないから・・・少しスペースを大きく取ろうかな?なんて考え方にも繋がるよね?

ただもし白では無くて銀世界なんて浮かんだとしたら?・・・・白ならそうだけれど、銀なんて使って置いて、白の時のままのスペースならバランスを悪くするだろうし、白金なんてタイルもあったりするから、今度は金なんて事になれば、当然今度はかなり主張して来るはず。

まっ構想なんてもんはこうやって組み立てて行くって話。つまりアトリエに来るって事は、本気でやると作家katsuと同じような色数の中からの選択になるから色数は出張の時よりも増えたりするけれど、逆に多過ぎて迷う事も人もいれば、何とかレッドやエメラルド何とかって人は無いわっになる。

ってそんな中、みどりと棟梁がやって来たのね・・・・まっ当然、みどりは何度もこんな事は言われているだろうから、知ってはいるだろうけれど・・・棟梁は随分とビックリしていたんだけれど・・・まっ使える人は使って見て・・・って話。

単なるものの考え方だから、そんなのいらない・・・って人に押し付けるつもりは無いからスルーして貰えば良いのね。ただ必要って人は、人間関係にも十分当てはまる事で、会社なら図1なんて話は絶対に無いから、きちんと役職の札を見れば偉い順番は判る。

つまり図2の立ち位置をしっかり判れば、どんな話し方をすべきか?なんて簡単に判るが、それも思い込んだりすると間違えたりもする。何故なら自分を1番下に置けば、全部尊敬語で通せる。しかし、もし一番上でざっくばらん・・・って感じだとして、あぁ上下の無い人だ・・と思われる事もあるし

逆に、横柄だって思われる事もある。そうやって考えて行くと、いかに中間管理職って言うのは難しいか?良く判るのね。話し方1つでも変えないとならないだろうからね。そうなるといかに図1の世界は平等かって話。所が図1なんてそうそう無くて、立ち位置を間違えると痛い思いをするって話。

モノ作りとしてのオリジナルが自分自身と言うのなら、生き様としての考え方を問われているようなものなのかもね・・・もしかしたら?
さて難しい話はここまでとして、白い花、ピンクの花となった時に、色合いだけ見る人は今の表現で十分だけれど、ここでは色より形って指導。

白い花は大きさを変えてあって、しかも形もかなりいびつなのも入っていて、花びらの表現が繊細。それに比べるとピンクはどうだろうか?同じ大きさに揃えてしまっていて、棒状に見えたりもする。ただこれが一人でやった事なのだから、こうした違いになっても仕方無い事なのね。

違いが比較出来るのは、チャレンジしているから。同じ事を色違いでやるだけなら、同じ失敗しか手に入らない。そこで3つ目も違う失敗を手に入れる・・・って考え方で、じゃ何をどう?って考えると、色が白もピンクも薄味である事。そこでピンクはピンクでも思い切ってエンジを使って見る。



かなり尖がったピンクになったでしょ?けれど引きの画像はどうだっただろうか?・・・・アップにするときついエンジも、引きの画像は左の花の濃さが目に入ると、全然違和感が無くなって見える人もいるはずなのね・・・・じゃわんちゃんには?って事。全然平気って・・・。

じゃ色はエンジを入れるとして、形ね。形は絶対に白い花の方が花っぽい。つまり大きく切ったり、細かったりって切り方を変える。もし更に出来るのなら、右か左かを大きい形を少しどっちかよりにする事で、同じ色であっても大きい方が重く見えると思うのね。

そんな事も意識して、3つ目は1つ目でも2つ目でも無く違うものに見えるように・・・良くも悪くも。あくまで個人の見解でね、例えば何かを研究していて見つけた・・・発見したって言うじゃない?じゃ2つ目も3つ目も発見すりゃ良いじゃん。凄いんだから・・・。単純な話。

でもそうは同じ人が何個も発見出来ない・・・何故なんだろうか?・・・これが何年も同じ事を研究するって事はいくつもの失敗を重ねているって事。
人一倍ね・・・またこれも違う、またこれも違うってね。当然実験なんだから、こうなるんじゃないか?と探している訳じゃない?

所が思うような結果が出ない・・・所がある日、有り得ない失敗をする・・・落としちゃって割れたとか、滑った転んだとか、野球、サッカー、絵、何でも人のやる事はほぼ一緒だから、そんな毎日の繰り返しの中での偶然を見逃さなかった・・・そんな人が発見するものだと思うのね。

そもそも失敗番長は色んな失敗事例を知っている。なのに偶然のたまものは偶然なのね。だって作れるのならとっくに作れるでしょ?要するに今までの失敗事例に当てはまらなかった事に気が付いたって事だと思うのね。昔、親父が犬のブリーダーみたいな事をしていた時に、あれとあれを掛けて・・

とか、仲間とやってたのね。けど思い通りになんてならないもので・・・ただそれは犬の場合、何頭も飼えないし、しかも敷地や労力も掛かる。絶対数トーナメントの図のように底辺のすそ野の部分が多く無いと、良い物が出る確率が低くなる。比較するものが少ないと何処が悪いか?良いか?

って判断がしにくい。そんな中、大抵は良い物と良い物を掛け続けようとしてしまう。つまり血が偏る。そもそも良いのと良いのが良ければ、お金で解決になるでしょ?じゃお金持ちには勝てないのね。勿論そっち側の人は、そっち側の成功があるだろうから、別次元の話。

こっちは絵と違ってサクサク描く事は出来ないのね。とんでも無い時間が掛かるから。それなのに失敗事例を手に入れる・・・って。まっぴらごめんって話。だからこそ人の失敗も自分のモノにしないと・・・。ただ何の何処が?って目利きが無いと、わー綺麗ぃぃ、可愛いぃぃでは見つけられない。

何処が可愛いのか?何処が綺麗なのか?何処が失敗なのか?・・・みたいに自分なりの答えを持ってして、人と意見の交換を出来るとね、さっきの図2になるのだけれど、常に図1ならカルチャーのようなみんな一緒って場所は居心地が良いだろうね・・・きっと。

そんな事も踏まえると、わんちゃんの場合、一人海外での制作。キウイにしろみどりにしろ棟梁にしろ、みんな大作をやっている人達なんで、大作の大変さも知った上での意見交換も出来る訳で。ブログで見ているのとはちょいと違う。本当に良い物は画像よりも生なのね。

それが画像通りだったぁ・・・ではその程度。けれど本物は大きさの迫力やら、繊細さやら、何しろひととなりまで見られる。あぁこの人が作っているのかぁ・・・ってね。もしこの先、付き合って行く上で、やり取りがあった時、こんな風に思う・・・って意見を貰える関係になったら?

1人で作っている不安もいくらか解消したりもするかも知れない。ただ沢山になると色んな意見も出て来るから、悩み事も増えるけれどね・・・。
いずれにせよ、生の批評は一人作っているわんちゃんには励みになったと思われるのね。そんな中、ちょこっとさくらもやって来たのね。

でも調子が悪くすぐに帰っちゃったのね。まっそれでも年度末らしく、みんなで良いお年を・・・って言えたんで良いっか。そんなこんな後は、少しだけ・・・昨日の続き。

台湾からわんちゃんがやって来る

2016-12-29 04:11:20 | モザイク教室
今日は台湾からわんちゃんがやって来る。久しぶりとなるから当然、新しくなったアトリエは初めて・・・そんな中、最寄り駅まで迎えに行って・・・・いつものようにこの大きな作品を台湾から持って来たのね。すると、作品が少し重く感じた・・・って。

どうやらいつも言っている大作だけが感じられる、作品の終わりの合図・・・・ある日突然、ズシッと感じる・・・昨日まではそんなに感じなかったのに・・・勿論、俺も作品を確認するのに持った瞬間、重いって思ったから、そろそろ終わりだね・・・って声は掛けたのね。

ではお教室って事になるのだけれど、何しろもう楽しくだけでは済まない作品を作っているし、しかもそう簡単には来られない。そうなると、指導もいくらか厳しくなる・・・・甘くすれば今日は楽しいかも知れないけれど、戻った時は1人でやらないとならないのだから・・・。

いつもは1人で判断してやらないとならない。しかも切る事が上手くなれば、進み方も早くなる。自分が良いと判断すれば、進み方は良くなる分、それまでの早さでは無い早さで進む事になるし、その癖、悩むとその早さがピタリと止まる事になる。

つまりこの落差はストレスにもなる。そんな繰り返しなのだから、更に言えば何も考えずに決まった形や色の繰り返しなんて部分は異様な進み具合になる。ただここに落とし穴があって、要するに果たしてその判断は本当に正しかったのか?・・・って部分に関しての目って話を広げる事になる。

例えばほって置くと、わんちゃんの場合、薄味になる。つまり指導としては濃い色をどう使うか?になる。ただ、先日のみどりの指導と同じで、色がうんぬんでは無くて、趣旨とか意図って話をきちんと持っていると、ブレが少なくなるが、その日の気分なんて言う決め方をすると、時間が掛かる分、

自分の気持ちもその都度変わってしまう。そこでもう一度、確認をすると、春夏秋冬って言うので、それでは空欄は冬だね・・・と言うと、冬はいらないって言うので、余程の事が無い限りそれは駄目・・・って話になる。そもそもこれだけの作品になると、見る側としても感じるものがある。

2つの折り鶴に四季。そこに冬無しは考えられない。この作品にどんな形でも冬は必要であり、冬の花、冬の華に見えるものも必要だし・・・そこで提案として雪解けのような川は白く流れ、段々と水色の川になる。もしそうなった時に想像が出来るのは、右半分と左半分の違い・・・。

春と秋が非常に色濃く、夏が清々しくもあるけれど、薄く、しかも冬は誰もが思い描く銀世界やら白銀などの色合い・・・となると、水と油のように真っ二つに見える。そうなるのも、夏が薄味過ぎるから・・・。例えば冬は白みたいな連想ゲームみたいなイメージをした時に、これを音楽に例えると、

この四季の4つを何処を強く、何処を弱くみたいにメリハリを付けるのか?それともカルテットのように4人揃って同じスペースを取るのか?みたいな事を考えた時に、まず冬を外す事は考えられない。しかしいらない・・・とまでの考えだったのに、入れるを選択するのだから、当然小さめになる。

この時点で、白いわ、薄いわ、小さいわになるから存在感は薄い。そこで状況は子役みたいな雰囲気になる。そうなると、右上はかなり手薄になる。
ただどんなに小さかろうが、入れた事で春夏秋冬になる。これで成立したのと、入れなくて四季みたいな・・・と言うものよりも数段上に見える。

ただそれにしても、冬は取って付けた感じがしても入れるだけで良いと思うが、気になるのは夏の薄さ。同じようなスペースなのに。理由は簡単で、赤い花に赤を入れられたから、葉っぱの緑が負けないバランス、紫や紺が入ってのまた葉っぱの緑・・・これでわんちゃんの思う色より濃くなった。

それが夏の部分に後押しの指導が薄くなった分、悩んだ末にこうなったらしいのね。そんな中、夏の葉っぱの左側に少し濃い緑を入れたり出来たら、いくらか左側から徐々に薄くなる花みたいに見えないかな?って話。もし春夏秋冬なんてきっちり意識してのスタートなら、そんな事も出来たのね。

それと、四季の色合いをイメージした時に、わんちゃんはかなり秋押しだったのね・・・俺は夏かな?と思ったんだけれど・・・そんな中、キウイがやって来たんで、同じ質問をすると、やっぱり秋押しだったのね・・・キウイは春押しして来ると思ったんだけれど・・・。

例えばこんな事1つでも、夏押しすると、元気とか成長とか、華やかやらこんなイメージに思えたりする。それが春だと夏の前フリになるから、夏より薄味だから、若葉なんて若さを感じたとして、夏に濃く成長みたいに引き継ぐ事になる感じかな?となると、同じアイテムだけでは春より夏が強い。

そこで夏の力強さを考えると、例えば花を1つで色濃くなら、春は薄味な分、花の数を多めにしてバランスを取る。更に秋となると、緑の葉っぱは少なくなり、紅葉なんて言う紅なんて言う色が使いたくなる・・・ただ紅って色がタイルには少ない・・・つまり紅は赤になる可能性が強い。

ただそれが嫌な場合、えんじなんて色になってしまう事にもなる・・・紅葉にするには地味かな?・・・ってね。ただ赤は事故を防ぐ位強い色。当然薄味のわんちゃんが使うには目立ち過ぎるだろうから、必要以上に少なくなる可能性もある・・・・。

いずれにせよ、こんな事からわんちゃんへのアドバイスは、あるべきものは少なくても入れるべきだし、きちんと切れるようになったら、きちんと切るだけでは無く、わざと曲げるとか、細かく細く切れるのなら、大きく太くみたいに対比させたり、薄くしたいのなら、いかに濃い色を入れられるか?

だったり、偏らない事がバランス。そんな中、キウイが入れない事も個性なんじゃないか?と言う質問があったんだけれどね、確かにそうだけれど、1つだけ言うのなら、入れないの意思。入れられないのは逃げ。全く違うものなのね。

それが良い例で、どっが良いか?って見比べた時に、こっちが・・・と変わってしまう事が、悩みつつそっちになった・・・と薄味になっちゃった。
薄味にした・・・のと、なっちゃったでは意味が違うのね。釣れてたと釣ったは意味が違うのね。

作り手は操作出来るのだから。つまり入れられるようになれば抜く事は出来ても、入れられないのでは足すしかない。足すは外側にしか入れられない。足し算で作る事に慣れた人は、引き算も必要なのね・・・・。けれど、薄味過ぎては引く事は出来ないのね。

ただ、こんな指導をするのも、一人になったらここで言わないと、薄味から抜けられないから。ただ当然現状の是正もある。もし冬を入れられるのなら、折角薄味ついで・・・バックを右側から濃くして、左側に向かって薄くしたら、もしかすると均等に見えるようになるかもね。

大事なのは本人の趣味じゃなくて、趣旨。言いたい事、伝えたい事が大事・・・もしそれをおろそかにするのなら、伝わらなくても良いや・・・って言うのなら、自己満足からは抜け出せなくなり、人に見せる前提では無いのだから、無人島でも楽しめる人になるだろうね・・・。

ここまで上手くなったのなら、小物で自己満足して、大作は伝える事を目指した方がもっと上手くなる。ここの意識を持つか?持たないか?が、切る事が上手くなった人のステップアップと考えるのね。そんなこんな後は、キウイの家の棚作りをして、アトリエに戻って・・・



みどり、カルビの親子教室

2016-12-28 00:53:23 | モザイク教室
今日は午後からみどりとカルビの親子教室。ただ朝から雨で・・・そんな中、出勤すると大家さんがいて・・・あっ丁度良い。あのぉぉ・・・生徒さんに棚を作って欲しいって頼まれたんだけれど、こんな場所にこんな感じに・・・って施工の仕方を聞くと・・・かっちゃんそれはムリって・・・。

だよね・・・柱が欲しくなるんでしょ?・・・ただそんな重さは掛からないと思うのね・・・それってどうにもならないのかな?・・・ん・・・じゃこんなのは?・・・ってビスとかを出して来てくれて・・・かっちゃん、こうやるんだよっ・・・ここは気を付けて・・・。

あっ、これなら出来そう・・・ってな具合に知恵は授かったし、棚の木は切って貰っちゃったし、大きく外す事はこれで無いと思うのね。そんなこんな後にお教室となるのだけれど、まずはみどり。まっ、ちょっと厳しい話になってはしまったが、単にドレスを作ろうって感じに思えたので、

どんなドレスを作っているの?と尋ねると、影が・・・とか、うす暗い感じで・・・とか、やけにペラペラな事を言うので、こんな事を確認したのね。
例えば扉は老婆心の扉と命名したのね。だとするのなら、一体ドレスは?と聞いただけなんだけれど・・・・。

要するに扉は扉なのに、みどりが簡単には行かせたくない・・・母親の複雑な気持ちを表したって趣旨にしたのなら、じゃドレスは?と聞いたのに、ドレスは影が・・・とか、もはや単なるドレスの説明なんかをする・・・・もはや真の意味が理解されていない・・・。

そもそも言いたい事がきちんと定まっていないから、そうなってしまう訳で。もし単なるドレスの説明をするのなら、単なる扉を作れば良いんじゃないのかな?それを扉だけ特化した形を取れば、もし上手く作れれば作れるほど、その主張色が強くなるのだから、単に母のエゴの強調になる。

何を作っているか?とは?、ドレスを通じて一体何を表そうとしているのか?って質問なのね・・・つまり恐らく答えはこんな事だと思うのね。母親としての葛藤を老婆心の扉としたから、その老婆心とは?どんな色合いかな?・・・って考えた時に、薄っ暗い色になったはず。

つまりもしそう見えたのなら、もはやその色合いは老婆心を意味する事になる。だから今、ドレスは老婆心に浸食されているって感じになっている。
もしこの意味が理解出来たと言うのなら、今のみどりは、過去のかぐやの作品のペガサスを作っているようなもんなのね。

あれは魔法を掛けられ石にされていたペガサスが雪解けしたように・・・みたいな表現になっていたりする。ほぼ趣旨的な表現はほぼ一緒で、みどりもグレーを使うって言うのは今後老婆心を意味する・・・って意味になるから、沢山張るって事は老婆心の塊を作る事になるって事。

そもそも新沼謙治さんの嫁にこないかって歌の歌詞には、嫁には裸1つで行ける比喩が出て来るのだから、この浸食されたドレスをも脱いで裸になっても・・・そんな覚悟にも見えるだろうし、女の子に涙なんか付けたりして、腕なんかに落ちたらそこが明るくなっていたり・・・・。

いくらでも表現なんて浮かぶだろっ・・・って話。それをどう作れば良いんだろう?はとても難しいが、今まで生きて来て見たものや体験した事からしか浮かぶはずも無く、いかに今までの自分の経験からこのモザイクに合ったものは何か?なのね・・・・。

その時に仮にこの趣旨にあった経験が無かったとしても、今度はユーミンなどの歌詞の考え方・・・・つまり疑似体験。まるで自分の経験値のごとく・・・それにあった事やものを探す・・・・オリジナルってのはこうして作ったりするものなのね・・・・きっと。

それを切る事や張る事の技術の上手さで乗り切ろうってのは、無理なのね・・・それじゃ工芸。自分のやっている事が芸術よりなんだ・・・と気が付くべき。そうね・・・最近だと、ビリギャルの先生が、口にしよう・・・って言ってたのね。

つまり気恥ずかしくても、みどりが作っているのはそうなんだ・・・と思う事。そうなると、そう見える為には・・・と意識を変えれば行動としてやる事は変わって来るはず・・・いずれにせよ、扉は単なる扉じゃないのなら、ドレスも単なるドレスじゃない・・・って話。

そんな話を横で聞きつつのカルビ・・・・。


でもまだここは楽しまないと・・・・だから、さっきの話はムーディ勝山さんみたいに右から入って左に受け流す・・・・聞いても聞き流す。それだけで経験値になるから・・・・入れて忘れる。それで良い。そもそもそれで良いのはきちんとした関係性があっての事で・・・・。

大体、20歳になろう女の子が月に1回とは言え、定期的に来るって事が凄い事で、継続出来ている・・・ならばこのまま何か意識が変わるまで、このまま続けていれば良い。その内にこの作品が終わるから・・・その時にこんな話を横で聞いていた事がカギになるだろうから・・・。

その日まで聞いて忘れてしまうと良いのね。だから現状は、ちょっとだけ何か進歩に見えそうな事をしようか・・・・って位で十分なのね。そこで、じゃ影なんて事をやって見ようか・・・って話で、右を濃く、左を薄くを意識して見ようか・・・・って話でこうなったのね。良いじゃんって話。

中々上手くなって来たのね。色々と・・・。




くじら教室

2016-12-27 08:20:34 | モザイク教室
今日はくじら教室。広げる話もあるにはあるが、そもそもくじら教室ってのは、モザイクは2の次であって、真摯に向き合うってスタイルなんで、ある意味こちらもとても厳しい。だからこそ掘り下げ過ぎると、余りにも厳しい話になっちゃうので、軽く触れると・・・。

例えば単なる技術を習うってだけなら、この道具をこう使います・・・やら、この素材は・・・とか、まっ生きている取扱説明書みたいな役目になるんだろうね・・・先生ってのは。つまり楽しくなくても成立する。ただ楽しく・・・となると、単に説明が上手いだけでは成立しなくなる。

これを普通の店舗の板前さんとマグロ解体ショーの板前さんとの違いみたいな例えると、普通の板前さんなら腕だけ優れていたら、後は礼儀以外は左程必要は無くても何とかなるだろうが、解体ショーではいくら腕が良くても話にならない。そもそも人を呼び込めないと・・・・。

つまり腕の前に呼び込めるだけのトークやパフォーマンスが要求される。見せる部分が必要って事。それは何でも同じで、黙って上手い書道と、音楽や威勢の良い声などで大きな文字を書くって書道だったり、座ったまま演奏する吹奏楽部と立ったり踊って見たりする吹奏楽部だったり・・・・。

つまりどちらも同じ分野であっても、必ず同じ先生とは限らないように、モザイクって分野であっても、クラフトと言う日常使うものもあれば、似てるって言う有名なモチーフの模写だったり、遺跡のような神々しいものもあるだろうし・・・当然芸術なんて分野になるものもあるだろうし・・・。

単なる取り付けみたいなものもあるし、そうそう真似など出来ない・・・なんてもんもある。つまり先生なら何でも出来るとは限らないだろうね・・・きっと。そうなると、生徒さんは何をお望みなのだろうか?・・・になる。

良く先生が合わないなんて表現を聞く事があるが、逆な言い方をすれば、生徒さんはどんな事をお望みなのか?なのだから、合う合わないなんて表現は、具体的に言えばただそんな事だったりするだけなのね。ではそれを踏まえたくじら教室って?・・・となると、単にモザイク教室では無いのね。

逆にモザイクとしての技術は一切必要としない・・・って言う指導も出来ないと、くじら教室は成立しないのね。例えばくじらの場合、俳句をやっているのだけれど、モノつくりなんてくくり方をすれば、所詮人間の作るモノなのだから、考え方は一緒な訳なのね。しかもオリジナルなのだから。

そもそも作品は自分自身なら、オリジナルって言う自分自身って何なんだ?って話になる。最初は既製品にちょこっとあしらうだけで、オリジナルって風味で楽しめる。そこをとょこっとからだいぶ・・・に変えたら、最初よりは変わった事にはなる。けれど切らずに張るだけでは、技術の向上って言うのは

モザイク自体の向上では無く、パソコンでの図柄の向上になるだけで、ただ張るだけで継続するには限界がある。そうなると、小さいものを作るには切るって技術が必要になる・・・みたいな、簡単な話で、どうしたい?って事さえ決まれば、教える事もはっきりする。

ではこれを踏まえて戻すと、俳句って何?って事になると、他の分野のように、ちょこっと変えてオリジナルって言い切れるかな?あははは。無理無理。それは何処まで行ってもパクリ。つまり完全オリジナルなのね・・・。しかも17文字の字数制限。まっ、つまりコースタ―作りみたいなもん。

狭い規制の中での自分らしさの追求になる。となると、モザイクならいかに繊細に切れるか?なんて技術の会得が必要になるだろうね。逆も真なりなら、パソコンでの図面の技術の向上をし続ければならず、後は並べるだけ。つまり純粋なモザイク技術よりも設計みたいな向上が必要になる。

要するに大工さんとして木を切ったり、組み立てたりって言う側か、設計ってデザインの方側か?って事なったりする。じゃ俳句は?そうなのね、何処まで行っても当てはまらない・・・つまりパソコンに頼れるのは文字を綺麗に入れ込むくらいなもので、紙に書けば済む事。

要するにいにしえの時代のままであって、言葉が増えた分だけ使える単語があるって事。この素材を使って17文字で何を訴える?自分らしく・・・って話。要するに自分らしく言いたい事が無いと、小手先のテクニックを習った所で一体何を伝えたい?って最後は自分の問題になる。

つまりオリジナルとは?だから自分自身なのね・・・けれど、技術が無いと言いたい事が確立していたとしても、テクニックが無かったり、基本を知らないと、17文字なんてどうでも良くなると、もはや俳句じゃなくなる。それを基本を心得てからの字余りはテクニックになるけれどね。

つまりここでも着崩し的な話で、基本を知っての崩しが着崩しでお洒落に繋がるものが、基本無しで着崩したものを見て崩せば、単にだらしなくなるだけ。ってここまでをオリジナルの基本とするのなら、ここまでもオリジナルを目指す人達には当たり前、つまり普通になる。

つまりこんな話は当たり前であり、もっともっと細分化して、細胞分裂のように枝葉になって行くような話になると思うのね・・・だからプロのやり取りって言うのは、緊迫感があり、それを見る人達の感動を呼んだりするものなのじゃないのかな?・・・・。

つまりくじらが楽しい俳句を目指すのなら、そんな事は全て必要じゃなくなるけれど、もしもっと上を目指すのなら、当然こんな事は当たり前な話として必要となると思うのね。それこそが人とは明らかに違うオリジナルってものになるんじゃないのかな?・・・・

ではそれを昨日の晩のニュースにちなんで話せば、SMAPが最後となった。みんなの好きな世界で1つだけの花・・・オンリーワンなんて言葉があるが、そもそもオンリーワンって何?って話。ナンバーワンにならなくて良いって・・・・勘違いしてはいけないなぁと思うのは、オンリーワンって、

真似がそう簡単に出来ないもんなんじゃないのかな?・・・簡単に盗まれるものはオンリーワンなんて言わないし、言えないのね。そもそもアイドルはカッコ良いもので、可愛いもので、ずば抜けてて、隣近所にはいなかった。けれどいつしか隣にいるような人が好まれるようになった。

けれど、・・・のようなであって、いないのね・・・それでもそう簡単には。それを歌が上手いとか、踊りが上手いとか、技術の優れている人はいくらでもいる。けれど、本当のオンリーワンはナンバーワンを目指して疲れ果ててしまった人が見つけた生き方・・・それこそが真のオンリーワン。

そう思うのね。しかもそれを継続したからこそ、老若男女に知られる愛される、そこまでのパフォーマンスが出来る個々の集まり、だからこそオンリーワンなんだと思うのね。他のジャニーズのグループが20年続けばそうなるか?となると、疑問にもなる。

けれど野球界に江川卓って人がいるが、200勝した訳じゃないし、辞めた後に監督もコーチにもなっていないが、記録では無く記憶に残る人もいる。こんな人もやはり逆も真なりで、これもまたオンリーワンだと思うのね。どちらも人に惜しまれつつ去って行く・・・。

そして思い出と共に遠い記憶になって行く・・・・昨日見ていて凄いなぁ・・・・あれだけ惜しまれつつ、辞めるを選択するんだなぁってね。理由は本人にしか判らないが、事実はどんなにファンが引き留めても辞めるの選択・・・。

俺は数少ない人に続けられるわずかな望みを与えられて、続けている事を思うと、素直にうらやましいし、凄いな・・・とただただ1つの時代の終わりとして見ていた・・・・もし芸術なんてもんを目指すのなら、ファンでも無い人までも巻き込むsmapみたいに、名前1つで曲1つで、誰だかが判る、

そんなパフォーマーになりたい・・・そう思うのね。じゃくじらは?・・・まっ目指す立ち位置さえ決まれば、やる事は自ずと決まって来るし、人と違って当然。俺がくじらに教えられるのは、俺がどんな姿勢で取り組んでいるか?・・・ただそれだけ。

びれっじさんでの初売り用の作品完成とキウイ邸へお呼ばれ

2016-12-26 05:12:38 | モザイク作家
今日は朝からびれっじさんでの初売り用の作品の目地・・・10枚。


何とか10枚完成させて・・・夜、キウイ邸でクリスマスのお呼ばれしていたのね・・・・タピオカと。今年もまた随分とご馳走になって・・・。
そんな帰り道に、何かこれでいよいよ今年も終わりかな・・・って気がして来たのね・・・・何かね。

空気感って言うか、何かとても静かな夜だった・・・変な言い方だけれど、今年が瘦せて行く・・・そんな感じかな?今年って言う中でのイベントみたいな事が無くなって、いつもと同じ1日なのに、同じ時間じゃない感覚がある。昔ほど粛々と・・・って年の瀬は感じられないけれど・・・。

それでも1年が終わって行く・・・そんな気持ちに十分なる。テレビじゃないが、今年の俺は何をしたんだろう・・・って振り返りもしたし・・・。
後1週間かぁ・・・。

Kameyaさん教室と最後の蝶尾張り終わり

2016-12-25 08:07:33 | モザイク教室
今日は今年最後のKameyaさん教室。本日は3人。


ただちょっと雰囲気が変わったのは、全員がアトリエに来た人達になったって事。つまりアトリエでは無いのに、アトリエに引き続いた指導が出来るって事なのね・・・そもそも同じ教材の場合、同じ指導が出来る。しかも教える側は、当然手慣れた分、垢抜けても来る。

しかし逆に、教えられる側は同じものを作るのだから、生徒同士が比較対称になり、同じものなのだから、早い遅いが一目瞭然だったり、出来栄えが誰にでも判ってしまう・・・って欠点もある。そうね、言い方を変えれば、平等って言う不平等でも良いし、平等って言うイジメとでも言うのかな?・・・・

要するに同じものを作った時、見本通りつまり真似する事を得意としている人と、真似をする事が苦手な人って言うのがいるのね。しかも得意な人は見本を見てアレンジもして来る・・・器用なんだね。しかし不器用なんて言われる人は、真似をする事に必死になる。ここに差が出る。

ただね、逆に言うとそれは見本がある事による弊害なのね。つまり規定演技での評価なのだから。それを俺の場合、見本は一切無し。お好きな題材でどうぞ・・・こちらとしては、作りたいモチーフで・・・が基本。ただ、出来る事と出来ない事があって、小さ過ぎて出来ないと判断すれば拡大して貰う。

ただそれだけ。つまり自由演技。良い事はみんなが同じ学校とは違って、寺子屋みたいなもので、違う学年の人達が集まっているから平等では無く不平等スタート。違って当然、キャリアが違う・・・比べるまでも無い。そこをね、比べるまでも無く・・・と思えれば、比較されない安心がある。

しかし、平等がベースのメンタルでは、初めての人では圧倒的って押される気分にもなるだろうね。でも自由演技なんで、やりたいモチーフを体験から出来る・・・でも、初めてなのにお好きなものをって言われても・・・・どちらのスタイルが良いか?は、全てはお客さんが決める事。

そんな心理的な事がある・・・目に見えない事って言うのは厄介な事でね、何も無いでは無くて、ありありなのね。そんな事があるって事で話を進めると、更にアトリエに来た場合とそうで無い場合が混在するって上乗せをすると、相当本気な人と、楽しむ人がいる空間になる。

本気で指導をすれば厳しい話にもなる。しかも、その本気な指導を必要な人は人の指導まで必要になるが、楽しむ人にはそんな事は必要は無い。例えば勝ちたい・・・と思うプレーは貪欲に厳しいコースを狙う練習をするものだが、楽しむ・・・は、出来て満足。入ればラッキー。意味が全く違う。

そんな人達がいる中の1人体験なんて、相当なメンタルとか、ただひたすらやりたいぃぃと思うとか、安かったからとか、体験の場合だけ見本があるから、それが欲しい・・・と思って来た・・・とか、何らかの1つくらいは気持ちありきでいらっしゃる。でも次は?となると、いきなり自由・・・。

戸惑ってしまう事も多いとは思うのね・・・ただそこを何とかクリアーになった人は、トップの画像の方のように、棟梁とおかみさんに囲まれても、全然問題無く、しかもここまで結果が伴って来る。ただ、笑い話で言うのなら、上手い2人はこの作品を見て腕を上げて来た事が判るのに、

やっている本人はただ一生懸命やっているだけで、本人のみが気が付かないのね・・・あはははは。それが今までは、みんながKameyaさんの人だったのに、みんながアトリエの人になった事で、同じ指導を遠慮無く出来るようになった・・・遠慮無くね。

そんな今日はいつものメンバーであっても、全然意味が違う1日だったのね。恐らく伝わり方も今まで以上に伝わったような気もするのね。どうしても言葉を気にしたりするのね・・・例えば、そんなんで勝てるのかよっ・・・取れ取れ、立て、立てぇぇってノックするのが甲子園を目指すだとすると

・・・楽しむは入ればラッキーぃぃ、OKですぅ・・・だから、そこをはき違えると、先生あの人だけえこひいきしてるぅ・・・にもなるし、逆に何で厳しく言ってくれないんだろう・・・私だけちゃんと教えてくれない・・・なんて事が起きたりもする。中々難しいのね・・・こちらも。

ただ少なくともこの3人には今はそんな事は無くなった。って事なのね。今年最後の日がそんな日。そんな後は、アトリエに戻るのだけれど、話のネタにクリスマスだから・・・ケンタッキーなんて行って見ようかなぁ?ってかぐやに言うと、結構地獄が待っているかも・・・って脅かすのね。

まっちょっと寄り道しつつ、ドライブスルーを見ると、誰も並んで無いのね。これなら買えるじゃん・・・って事で入ると、案内の人がいて・・・ご予約されてますか?と聞くので、いいえ・・・と言うと、ご予約以外チキンがございません・・・って。なるほどね・・・だから並んで無かったのね。

まっ、買えないのもネタになるからそれはそれで充分なのね。あはははは。それよりも、幸せな場所から逃げていた今までから考えると、わざわざ竹内まりやさんに突入って言うのだから、以前よりも俺のメンタルは強くなっているのね・・・あはははは。

そんなこんなでアトリエに戻って、最後の1つ・・・蝶尾の作品を張って・・・

その後、400枚の花びらの仕込み・・・結構頑張ったのね・・・そんなクリスマスイブ。


大好きな蝶尾が2匹ともくもく館で息抜き・・・

2016-12-24 00:19:23 | モザイク作家
今日は祭日だったんだね・・・全く知らないどころか、3連休かぁ・・・どおりで何か様子が変だなぁと思ったのね。休みって外に出た瞬間何か違った空気感あるでしょ?・・・・いつもとは違う見慣れない人がいたり、この辺は珍しく祭日に旗が出ていたりする家もあったりしてね・・・。

そんなこんなでアトリエに到着して・・・まだ花びらの仕込みはあるものの、どっちが先か?となると、下地まで作ったのだから、途中で辞めるのもなんだし、まず安心したいんで・・・と、びれっじさんの初売り用の蝶尾からスタート。まっ結果的には2匹終わって、後1つで10個。

ただ息抜きしたいなぁ・・・とちょつとあるところにタイルでも買いに行こうかな・・・・と思ったものの、祭日はその店が休みだったんで、駄目かぁ・・・となったが、じゃ銘木のもくもく館でも行くかっ・・・となる。もうみんな彫っちゃったし、年末年始にやる事作らないと・・・ってね。



もう養魚場へは行かなくなっちゃったから、唯一の息抜きの場所なのかな?・・・・

問い合わせの件と初おかみさんと棟梁とリピーターさん教室

2016-12-23 06:13:46 | モザイク教室
今日は朝から昨日の問い合わせの件で、こちらに見えるとの事。こう言う事は何度と無くあって、何度と無く作った事もあるし、何度と無く残念な思いもした・・・ただ残念と言うのは仕事が流れた事では無く、こうしたお会いした段階で無理だな・・・と判ってしまうそんな話。

どう言う事かと言うと、そもそも簡単な話で欲しいと思った方が直接お客さんの場合、ほぼ簡単に話は決まる。何しろ欲しいと思っていらしてくれるのだから。まぁここで終わる場合で言うのなら、金銭的な折り合いが付かなかった場合。そう言う場合は大抵、そんなにするとは思わなかった・・・

こんなセリフが似合うかな?つまり欲しいとは思って下さったが、高いと判断したのね。逆に決まる場合にはそんな額で大丈夫ですか?と逆に聞かれたりする・・・全く反応は正反対。つまり同じものを見て・・・ここが問題でネットで見つかり画像で両者ともに気に入って貰ったからの問い合わせ。

しかし大きく変わるのは、作品を生で見て頂いた場合、画像よりも良く見える。当たり前の事だが、お見合い写真じゃあるまいし、修整やらより良く上手く撮るなんて誤魔化しどころか、俺が撮るだけなんだから、ただ撮れたってだけ。つまりそんな粗悪な画像で良く見えたのだから生が良く見えて当然。

ただ最後の最後の値段の話になった時に、結局いくら?って話になった時に簡単な話で、良く聞く事はいくらか判らないんで・・・と言われるのね。
特に難しい事は無いと思うんだけれど・・・要するにオーダーメイドって何?って話。1点モノを注文するって事は比較対象が無いって事なのね。

じゃ信頼関係も無く、見た事も無く、設計図なんて何も無く、お客さんの気に入ったものをいくらで?と言われても答えようが無い・・・。そこで1人が1か月生活をするっていくらですか?・・・・と尋ねる。何とも簡単な話で、最低賃金をそちらに委ねる・・・って言っているようなもん。

すると場合に寄っては材料費はいくらですか?・・・と聞く方もいる。この時点でもはや絶句である。何故ならば1人が生きる生活費を決めて・・・と言ったのに、材料費はいくらですか?では、聞きたいのは儲けはいくらですか?と聞かれたようなもの・・・。もはややる気よりも絶句である。

例えば寿司屋さんで仕入れの値段聞くかな?マグロいくらで仕入れたか?って・・・店に入ったら信用みたいな取り引きしているんじゃないのかな?
そもそも質問は人が1人の生活費は?って言っているのであって、家族が生活をするなんて言っていないのだから・・・。

つまり家族もいない俺は家族を養うお金を下さい・・・では無く、この先も続けられる最低賃金をお決め下さい・・・って言ったようなもの。つまりここで流れた話は誰にでも出来るアルバイトの賃金にも満たないもの・・・って言われたも同然なんで、左程欲しいとは思われてはいなかっただけ。

つまり別にそれはどうでも良い。その程度なのだから。流れるべくして流れた話であり、残念なのは費やした時間。タイムイズマネーと言うのなら、こんな俺の時間もそう言うものには該当しないのだろうか?・・・って話。ではお客さんと直接の話でこんな事になったりするのだから、間に入った場合は?

これが良く使うサッカー用語の2列目、3列目・・・なんて言葉。要するにバスの伝達ゲームみたいなもんで、単なる繋ぐって話だと思うのね。いかに最後の人に同じように繋ぐか?って話。ここでも当然2つの例が単純に発生する。そうね、そもそも2列目がお客さんでは無く、3列目になった。

この時点で今の段階はお客さんは欲しいとは思っていないどころか、知らない。これからプレゼンして・・・と2列目に見つかっただけ。ではその2列目はどんな人か?で大きく変わって来る。さっきと同じ話をしたとする・・・あぁ面倒だわっ・・・って思う人は電話のみで終わる。

当然なのね、ただ見つけただけで、他の探すかっ・・・ってだけだから。所詮電話程度の話。熱意なんて言葉以前の話で、会話と言うよりも一方的にそれっていくら?って感じで駄菓子屋さんに買いに来た子供以下の話なのね。

そもそも駄菓子屋さんに買いに来た子供なら欲しいって意気込みを感じる。しかし、電話で聞かれて判りましたぁぁって、手慣れた話し方で、この後もまたネットで他を探して、また同じように話すんだろうな・・・と思われる。とても1点モノを探しているとは思えないのね。

いくらでもきっと見つかるってご判断なのだから。こんな話を枕で広げた理由は、どれにも該当しない方だったから・・・。そもそも2列目は俺の値段に上乗せして3列目のお客さんにプレゼンするのだから、儲かるか?儲からないか?とか、自分の思う通りに事が進む事が大事なんで、

前例に無い事のやり取りなんてその程度では無理なのね・・・何せこちらは俺が責任者、そんな場合の相手は結局その人には何も責任を負えるものは無い。それでは単なるコピー機みたいなもんで、こう言ってましたぁ・・・って3列目のお客さんの前に上司なんてのがいたりする。

つまりお客さんは4列目以降・・・そもそも2列目に左程やる気が感じられないのだから、上司には伝わらないだろうし、逆に2列目が大きく膨らまし過ぎて、上司に却下なんて事もある。それが今日の方は電話で無く来店、こちらが伺うでは無くて・・・しかも経営者。

しかも今後のお客さんとの関係の為の話であって、もし正式に決まるのであれば、直接お客さんとやり取りして下さい・・・との事。2列目が儲けの話をしない・・・この時点で今回もし流れたとしても、いつかこの方の仕事をする事もあるんだろうな・・・と思わせて貰えた。

熱意も心意気もあって、何しろ話をした・・・って気分になった。会話だった。それが時間を使っても・・・と思わせて貰えたのだろう。そこでお時間があるのなら、現物を見ませんか?とお誘いして生で見て貰ったのね。時間にして1時間程度ではあったのだけれど、良い時間だった・・・。

ただ正直に今の話をその方にもお話して、今日もまたそんな方が来るのかも知れない・・・とも思っていました。しかし、折角の来店、礼には礼と言うのなら、お茶を出すよりも現物を見せるべき・・・と考えたつもりだし、正直、何か決まって行く話みたいに感じました・・・と。

あっ、催促じゃなくて、2列目の人が欲しいって熱意が感じられるので・・・そんなやり取りの中で、でもkatsuさんそれでもきっと必要料金があると思われるので、無理な値段では無くて、お客さんに欲しいと言って貰えたら、また同じ質問するんですけれど・・・と言われた。

ただ、このやり取りを踏まえた上でなら、恐らく2か月は掛かるとは思われるモノ・・・俺の生活費っていくらに設定するか?・・・本気で考えないといけないな・・・と思うような話だった。そんなこんな後は、初のアトリエ教室のおかみさんと棟梁の相席教室。

カルチャーでも無く、kameyaさんでも無く、アトリエ・・・何が違うの?って言うのは、体験した人が決める事なんだけれど、あえて言えば、ここでははっきり指導を出来るって事かな?・・・もっと言えば思い切って・・・遠慮無く。そもそも何と無くでは無い2人なんでね。

楽しむだけなら今までで十分なのに、わざわざここまで来る・・・ならばもっと上手くなりたいって事になる。当然上手く・・とは?となると、厳しい話も出て来る。今までは良かったものが、それでは・・・となり、直して貰わないとならない事も多くなる。

出来た・・・だけでは評価は出来ない。上手く出来たかどうか?になるのだから。では上手く出来る為には?それは意識改革。切るだの張るだのを一生懸命やってももう左程の伸びは無い。それよりも意識をするって事を向上させないと・・・。道具の扱いに慣れたなら、作り手の意識と見極めの目。

良くあるのが、何か変・・・なんて気が付く事。けれど普通はそう思っていても何が?何処が?と掘り下げずにそのまま進む。偶然良くなれば持ち直せるがねそう何度もは偶然は無い。けれどそれが小物なら1度の失敗の立て直しは簡単だが、大作となるとそうは行かない。

しかも何度も何度も失敗らしき事が続く・・・いかにどう立て直すか?が大事で、言い方を変えれば成功ありきの小物作りでは無く、失敗をどう回避したり、立て直したり出来るか?であり、小物ばかり作っていては判らない苦しみを味わう事になる。

つまり簡単な話で幼稚園の子なら完走すれば転んでも立って走って、泣いてもゴールしてペケでも拍手して貰える。がしかし、小学生ならどうだろうか?中学生なら?高校生なら?大学生なら?・・・そして社会人なら?・・・・もはや話にならなくなる。

階級があれば判りやすいが、趣味って言葉は全てを曖昧にする。先生と生徒・・・2つしか無かったりする。でも本当は生徒と言えども全く違うもので
上手い人もいればそうで無い人もいる。ただ趣味だから・・・と言えば本人が満足すれば良い。これはカルチャー的な場所。

しかし、これが同じ習うでも先生が足を運ぶ場所と生徒さんが通って来る・・・とでは目的意識は大きく変わって来る。そうね、塾のような感じになるのかな?・・・カルチャーはそう言う点では学校かな?ニュアンス的には・・・。

そんな中、いきなりおかみさんに指導ってのもこちらも厳しいので、棟梁の指導を聞いて貰った・・・そんな間接的な指導だったんだけれど・・。


そんな棟梁への指導は、それじゃ張るに当たって、みどり教室が参考になるのだけれど、絶対に色合わせはしない事。そもそも色が好きぃぃなんて選び方をすればあぁなる・・・ってブログで散々見ただろうし、同じ失敗をしない。するのなら違う失敗を・・・って話。

そもそも大巨匠でもあるまいし、自分の好きな色なんぞありゃしない。そんな考え方では本気のモザイクには向いていない。だって混ぜられないのに自分の好きな色なんて・・・・こらこらって話。ただ理想は伺いましょう・・・あくまで理想ね。

すると、髪は黒とか茶色じゃなきゃダメですか?・・・って質問。そもそもファンタジックな絵だから、何色でも構わないんじゃないの?って言ったとしたら安心して好きな色を選ぶんだろうね、きっと。ただ絶対にそんな事は言わないけどね。つまり作るって言うのは設定するって事でもある。

設定とはなんぞや?って言うのは、この女性の妖精的なものは大体いくつ位に見えると良いのだろうか?ってね。それに見えるにはどんな色が良いだろうか?って決めると良いのだけれど、何か好きな色と始めれば、行き詰るのは目に見えている。

そんな説明をすると、白茶色みたいな色が・・・って言うのね・・・げっ、言ったそばから始まった・・・そもそもそんな色はタイルに無い。そうなると棚を見て忠実に選ぼうとすると、白と茶色を見る事になる。ただ白は1色だけなんで、見るほどの事は無い。

だとすると茶色を見る事になる・・・・こらこら茶色は嫌って言ったのは誰?・・・もはや本末転倒になっている。しかも白って髪、白髪なんて言葉を大好きな人ばかりなら白髪染めはいらないでしょ?しかも女性みたいな妖精なのに白?・・・するとパールなんかを持って来てキューティクルって。

確かにそれは良いかも知れないが、羽根やら何やらにもう使う事が決定として描き込まれていて・・・・かぶる事になる。もはや始まって早々に暗礁って感じ・・・でもね、そんな中、白髪の話の時に、白いと年配には見えるけれど、ロマンスグレーって言葉はお洒落感あるよねぇ?・・・。

この文章を話の中に入れて置いたのだけれど、ここは流されて話の最後にヒントは言ったんだけれど・・・おかみさん判る?って聞くと、えっ?何処?って・・・勿論棟梁も・・・。そこでもう1回ロマンスグレーは?って言うと、グレーかぁ・・・って言うのね。

あぁまだ判っていないなぁ・・・と思うも、じゃグレーと思うもの出して見て・・・と言うと、何色もあって全部出して来て、ただこれがグレーかっって、かなり黒に近いグレーも出して来たのね・・・こらこら、もはや趣旨なんて一切関係無しで、ここまで来ても趣味のみで持って来る・・・。

こらぁぁぁぁ、それがロマンスグレーになる?同じ質問でおかみさんにロマンスグレーってどれ?って聞くと、これ・・・・って選んだのは、棟梁よりも薄いが、まだまだ薄いグレーまでは行かなかったのね。棟梁は一番濃いグレーを選ぼうとしていたのだから、まだまだおかみさんも濃い。

要するに最初に黒や茶を否定して、茶色を選び、好きな色は濃いはっきりした色だから、ついついそっちへ目移りする。しかもアトリエの棚は見た事の無いような色数・・・色酔いしちゃう感じね・・・。だから、そうならないように趣旨だの意識だのって言うのが大事って言ってたのに・・・。

つまり妖精なんて見た事の無いものを作ろうとしているのだから、どんなものなのか?と考えた時に、この妖精は自分自身だって言うのね。まぁ当然聞かなくても判ってたけど・・・確認しただけ。だとするといくつの設定?って事になるでしょ?・・・そこで、ロマンスグレーなのね。

年齢が入っているうにも見えるし、他のアイテムで若くも見えるかも知れない。これが仏像なら性別無しって話だが、私自身と言うのなら女性じゃないとね。それが仏像が性別無しと言うのなら、これは年齢無しみたいな曖昧さが必要なんじゃないのかな?・・・・。

そう言う考え方が出来れば、みどりと一緒で、老婆心の扉が私自身なら、単なる扉なら適当に作りゃ良いけれど、私となると扉を女性に見立てた比喩的な作り方になるだろうし・・・でも老婆心なのに、ピカピカ、テカテカ、可愛いぃぃってな訳には行かないでしょ?

考え方はどれも一緒。私なのだから・・・。つまり棟梁は若くも無く、歳でも無く、いくつか判らないように作れれば良いんじゃないのかな?・・・あはははは。すると、今度はどうしてこんな事気が付かないんだろう・・・ってへこむのね。また、あははははなのね。

ねぇ、もしかすると、それを習いに来たんじゃないの?・・・って話。つまり好きな色を切って張るだけなら、材料屋さん紹介すれば良いんじゃないの?もう自分で楽しめるんだから。切る張る事が上手くなって物足りない部分・・・そこがオリジナル作成の考え方だったとすると、それを習いに。

じゃ出来なくて普通じゃん・・・って話。けれど、ついつい切る張るが上手くなると、出来るって気になっちゃうのね。でもそれは下絵やデザインありきの話であって、オリジナルと言うのなら全く先の話なのね。簡単な話で見てすぐ簡単に盗まれていてはオリジナル感は薄い。

そう言う点では棟梁の作品は完成すれば中々のもの。そう簡単には出来なくても良いんじゃないのかな?むしろ転ぶ前提で立ち上がる事のが大事なのね。逆におかみさんは絵ありきの作品。そうね、ラップの音楽みたいな感じで判るかな?

昔のヒット曲のある部分をループさせて、今風の音楽に作り上げて、歌詞を変えて見たり・・・つまりオマージュ的な作品。つまりしっかり模写じゃなくて変更させている・・・しかし、原形を大きく変えれば、その絵はその色のバランスで良く見えているとしたら?・・・・

適当に変えれば良くなるとは限らない・・・・そこもただ色選びじゃなくて、しっかり原形に沿って変えた方が感だけに頼らずに単なるパクリでも無く、オマージュって形になると思うのね。自由ってのは勝手に・・・とは違うのね。しかも慣れないと自由が不自由な事もあるのね・・・あははは。

そんな中、更に相席でご夫婦で店舗の床を施工する・・・ってDIY的な教室。今日は仕込んだ花びらを張る日。


何しろモザイクが初めてなのに8㎡弱の店舗の床を張るのだから、無謀と言えば無謀。けれどね、出来たらラッキーじゃん。勿論、アシストするけれどね・・・ただ図面も無ければ、コースターも作った事が無い・・・こんな事を受けられる人は他にはそうそういないと思うから受けたのね・・・。

正直、4500枚の花びらを仕込めるかなぁ?・・・・ってそこから心配だったんだけれど、思ったよりも旦那さんが協力的で、すでに1人で1000枚は切ったみたいで・・・しかもご夫婦以外に他にも別に頼んでいるらしく・・・・何とか花びらを切るのは問題無さそうだが・・・。

これからが本題なのね。要するに今までは左程責任は少ない。何故なら切ったものが余程質が悪く無い以上、全部で9000枚の中でへたっぴぃぃこれ・・・ってならなきゃ良いだけであって、責任感無しで進められるが、今度は味付けって感じで、奥さんの好みで・・・となると、

図面でも無い限り奥さんにしか張れない事になる・・・・しかもバックに3色使うみたいだから、どんな割合になるか?も、奥さんにしか判らない。
何もかもが奥さんに掛かっている・・・コースターも作った事が無いんだけれどね・・・。でも、別に気にする事も無いのね。

そもそも図面や色決めなんて、設計屋さんになりたい訳じゃないし、そんな難しい事は必要ない。何せきちんと何をどうしたいか?それを見て出来る事と出来ない事を指摘するだけだから、やりたい事がはっきりしないと先に進めない。ただねぇ、そんなの出来るはず無いでしょ?普通はさ。

そこで、最初に戻って出来る訳無い事をやれるんだ・・・って思えたのなら、あれもこれもと理想よりも、出来る事は何か?じゃないのかな?って話。つまり張って失敗すべき・・・もし失敗したのならそれは辞めれば良いし、出来たのなら、それを踏まえてこれは?と増やせば良い。

目安になるものが無いのだから、目安を自分で作るしかない。つまりこれが一番へっぼこなパーツになる。それで良いのね。これが基準だから、今後これ以下は認めない・・・ってやれば質は落ちない。それを慣れてしまってこれを見なくなった瞬間、初心を忘れスピードを気にして、

美しさよりも終わらせるって能率効率のみに走るし、逆にこだわり過ぎれば当然全く終わらなくなる。しかも年末年始が休みって言うのなら、時間に余裕はあるし、出掛けたり日頃の埋め合わせとなるのなら、忙しくなるだろうし、そうなると1月10日以降からスタート位になるだろうし・・・

いずれにせよ、1月中に仕込みが全て終わらないようだと、厳しくなるとは思うけれど・・・まっこっちの分になると思われる4500枚分は仕込みさえ終われば終わったようなもんだけれど・・・、。いずれにせよ、まだまだいろいろとやる事もあるし・・・・そんな中の桜錦。


後、蝶尾3つで張り終わり・・・。

花びらとその下地切り・・・

2016-12-22 02:18:27 | モザイク教室
今日は花びらの店舗に使う下地のタイルを切る・・・・からスタート。ひとまず2㎡分を色んな形に切ったのね。勿論床材なんで、サンダーって機械を使って・・・・その他に花びらを300枚。それと昨日までの桜錦・・・まだ途中・・・。

それと急きょ問い合わせがあって、明日いらっしゃる事になった・・・・そんな話が1つ。