katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

シーバス【すずき】の魚拓モザイク下地

2021-08-31 07:25:15 | モザイク作家

今日は昨日の気分転換の続きで、すずきの下地を完成させる事にしたのね。そんなこんなで昨日はトリマーで彫ったんで、残りはジグソーって言う機械で、今度は切り抜くって工程。まぁ昨日ほどは大変じゃ無いので、そこはすんなり。

その後、ペーパー掛け。これで半日終了。その後、ペンキ塗りとなるのだけれど、まさかの黒が無くて・・・何とも二度手間のホームセンターに・・・。そんなこんなで終わる頃に、中学生から連絡が入って・・・。

郵送しているんなら、届けた方が早いな・・・と、夜届けて、良い時間になっちゃったから、今日はそのまま帰宅。

そうそう、サイズの目安として、扇風機や足なんて入れて見たんだけれど、1m位なのね。


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中学生教室1人目完成と・・・

2021-08-30 07:24:18 | モザイク教室

今日は中学生教室で、目地をして完成って言う1人目。この子は3年目で、完成と言う事はお別れの日・・・たった3年かも知れないし、たった夏を3回かも知れない。時間にしたら延べにしたって100時間位だと思うが、それでもちょっと寂しい。

最初の頃と違って親しくなって、よっ・・・ってな挨拶が出来たりして、彼も自分から話もするようになって、勿論モザイクだって上手くなって・・・でもこれで会えなくなるのね。学校の先生みたいな事になるとはね・・・自分が。

これでも随分と慣れて来たんだけれどね。さて、そんな中、流石にベテランなんで、ボンドは取って来ましたって。おぉやるね・・・そんなこんなで目地スタート。ただ木を2枚重ねた作品で、入り組んだ場所がいっぱいあって、結構大変。

目地も、ピンセットを使わないと塗ったり、拭いたり出来ない場所もあったりする・・・そんなこんなで何とか目地も終わったが、うっかり取り付け金具を買い忘れて・・・一緒にホームセンターへ。まぁ、これも終わってしまえば、最後に

ドライブ・・・そんなこんなで、取り付けしていると、パトカーや救急車が何台も通ったのね。そうね、まさかこれが後々、繋がって来る話があるとはね・・・そんなこんなで、とうとうおしまい。先生有難う・・・って言われて、こちらこそなのね。

3年も続けてくれると、こっちの言い分かも知れないが、単なる先生じゃ無くて、親戚の叔父さん位な気持ちになる。でもまた来いよ・・・って言えないから、いつも売れっ子になったら、一緒に張ろうね・・・連絡すっからさって。

こんな事を言う事にしているのね・・・さようなら・・・だけじゃさ、もう会えない感じがしてね。そんなこんなでご両親の迎えの車を見送ったついでに、大家さんとこに行って、先日のイベントの見積もりの件を話したのね。

もし、もしその話が決まった時に、車庫を1か月借りる事は出来ないか?・・・その時にいくらで貸して貰えるか?って。何しろその屋根付き車庫は、大家さんの吹き付けの作業場でもあるのだから、単純に車庫じゃ無いのね。

当然頼む事がどんな事かは判っている前提で・・・もし万が一、大家さんも使いたい時に、仲間の場所を借りないとならなくなる訳で・・・流石に簡単に良いよ・・・とは言いづらいだろうし・・・それでも、何とか良いよって事になったのね。

すると、すーさんがやって来て・・・今さっき、パトカーとか、救急車いっぱい来てただろ?あれさ、そこの川で高校生が溺れてたんだよ・・・河原でサッカーやってて、ボールが川に落っこちて、拾いに行って落っこちたんだかなんだかで・・・

たまたま友達の船で釣りをした帰りに出くわして・・・すーさん達が救助したらしいのね。あらっお手柄じゃん・・・表彰状じゃんって言うと、助けて名乗らずに帰ったんだって・・・それじゃタイガーマスクじゃん。なんて話だったらしいのね。

ツイッターで言ってやろうか・・・って言うと照れくさそうだったんで、ここでお知らせ。そんなこんな後、本来ならアオリイカなんだけれど、日常は嫌だな・・・何か気分転換って事で、すずきの下地を彫りにホームセンターに。

当然って事は無いけど、理想通りに彫り終わったのね。ちょっと意地張ったかな・・・何しろ気分転換だから・・・。

 


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kameyaさんの出張教室と中学生教室

2021-08-29 07:53:49 | 出張教室

今日は午前がkameyaさんの出張で、夕方戻って中学生教室のダブル。ではまずkameyaさんのりょうさんから。先月、痛恨の外用ボンドを俺が忘れる・・・って失態があって、今日、中の模様を張る事になったのね。

ちなみに全てのパーツが切ってあり、張るって事に専念出来るのだけれど・・・って言うと、未経験の人は、それなら張るだけじゃん・・・と思いがちなのね。所が、そうは問屋が卸さない・・・のね。

では一体何が起きるか?簡単な事なのね。それはいつもの点と線の話で、1パーツ完結の点と、何パーツも合体して1つのパーツになる線とでは、難易度が全く違う・・・こんな話。そこで見ると判るのが、5パーツで出来ている白い花。

これは一見、線の方側に思えるが、丸を中心に順番にそれに沿って張ったら、位置がずれようと、きちんとした白い花に見える・・・つまり点側のパーツなのね。だから、すんなり張れる訳なのね。更に3つで作られる中心部とか、外側の花とか

・・・そうやって見ると、一見、線側に見えるが、どちらかと言うと点側なんで、それほど悩まずに張れたのね。所が中心の花となると、全てのパーツが切ってあっても、何十ものパーツで構成されているものは、ちょっとずれても合わない。

それを全てテープにくっつけて来ては、取り外す時にずれたりもする。だから思うように行かなくなるのね。だから1つ目の失敗は沢山切って完成したパーツを1つにまとめてしまった事。是正としては、テープにまとめるにも、3パーツごととか、

少なくくっつけて置いて、それを合体なんて事にすると、そこは解決なんだけれど、実はもっと根本的な事なのね。それは切っている時の自分と、張る時の自分の差なのね。例えば、切っている時の自分は、あっ切れた、次・・・って感じ。

こんな時に良くみんなが使う言葉は、仮置き・・・そうして仮置きを30個も切って見て・・・仮なんだよ、あくまでも。それでは練習試合みたいな感覚になるのね。そんな気持ちは無いって言ったとしても、それでも仮は仮なのね。

そしていざ張るとなると、もう失敗は出来ないし、それは仮では無く本番です・・・になる。簡単な話で、全ての人達のパフォーマンスは、練習では出来るのね。でも本番で失敗したり、成功もしたり・・・でも練習では成功率が上がる。

と言う事が全て。自分には起きないと思っている事が、不思議で、いざ張るとなると、仮のパーツで張れるの?って自分になった瞬間、切りなおしたくなるのね。でも切ってしまったら、隣と合わなくなる・・・そして更に・・・。

目地幅一つだって、ほんの数ミリずれただけでも入らない・・・そんな事は多々ある。それと同時に心持ちが変わるのね。仮の時と、いざ張る時は・・・でも、さっきまでの数枚の点のパーツの時は、すんなり張れたのね。

ほら矛盾でしょ?つまり張れたのは全てが点での少ないパーツのもの。張れないのは、複雑な線のパーツのもの。しかも、意識して最後に難しいと思っている中心をやっている事。ほら、ちゃんと難しいと思っている事でつまづいているのね。

だから、何パーツくらいまでなら、仕込んで大丈夫か?って言うのが次回の是正になる。それが今回の課題になったってだけなのね。そもそもこの時点で、かなり上手くなって来た事が伺えるのね。そもそもが、自宅でやっている事。

これは子供の頃なら復習。これは会得するには欠かせないものなのね。これによって、忘れる速さよりも、覚えて記憶に残す事が勝てる唯一の行動だと思うのね。反復する事で、忘れないって行為としては。

それとついやりがちなのは、折角切って来た・・・こんなセリフを言ってしまう場合、折角なんだから張っちゃう・・・そんな場合なら、切る事で満足しているから、切った時点で気持ちが終わっているのね。だから進む事重視。

所が、進む事よりも美を重視の場合、これでもか・・・って姿勢は、自分の切ったパーツすら切り直す。ほら、見なくても上手くなる方向の行為に繋がりそうでしょ?中々期待値上がるのね。じゃ棟梁は?

もうここに教える事は無いと思うが、簡単な比較として、棟梁の場合は、きちんと花びらをその都度きちんと合わせて張る。恐らく色んな色を使って、バックは白で・・・丸やら隠れハートやら・・・って方向性が誰もが判るのね。

この場合、注意として、似た色は隣り合わせにしないとか、キツキツに張らないとか、花びらを左右対称に張るとか、ほぼ誰もが想像出来る事なのね。つまり切る事にも困らない棟梁では、時々確認で済むのね。

ではさっきのりょうさんの場合、花のような模様・・・であって、何の花?とか決まりは無いのね。その場合、何が良いのか?悪いのか?の判断基準が難しいのね。それを例えば、棟梁側に立って、言うと、きちんと揃えて・・・と言いたくなる。

すると、花びらのバランスを整えて・・・となる。それが普通だと・・・。ただね、ただなのね。問題は、マリメッコのウニッコ柄ね・・・ほら子供のお絵描きみたいな絵・・・ちゃんと成立しているのね。もしりょうさんがそんな感じを、

イメージしていたのなら、きちんとする事が正しい訳じゃ無いのね。そうなると、何処まで出っ張って良いのか?何処まで引っ込んだらダメなのか?とか、一応花だから、直線のカットは避けようとか、微妙なアドバイスになるのね・・・。

図面や真似しているモチーフが無いのに、その人が描こうとしているものに近づけるアドバイス・・・これって結構難しいのね。そんな両極端のモチーフ。そして実は見えない部分に隠されている事があってね・・・。

切る事に困らない棟梁が、さほど考える事無く、単調に進めるこの作品は、怪我をしている棟梁には丁度良く、切る事に困らなくなりつつあるりょうさんは、考える事を追加して悩む・・・もう1つ上の段階に上がろうとしているのね。

実に良いバランスのお教室だと思うのね。きっとお互いに教えあう事が出来ると思うのね。さてそんなこんなで戻って中学生教室。

流石に終盤で、残り時間を考えると、慌ててしまう事もあるし、何しろ大作なんで、色々まだまだあったりする。ん・・・残り時間を考えるとね、少し無理しないと・・・って感じはある。まぁ終わらないなんて事は無いとしても。

まだ教えていないモチーフがある・・・って段階で、厳しい事が残っている。次回は朝から晩まで特訓教室として貰って何とか帳尻合わすしか無いのね。とは言え、グレードは全く問題無いのね。


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キウイ教室と・・・

2021-08-28 07:05:19 | モザイク教室

今日はキウイ教室。この作品は足掛け10年以上やっているんだけど、額縁に入った頃に、あれ?ここ・・・そうなのね、デザイン的に彫ってはいけない所が彫ってあって・・・・そんな訳で、それをキウイが進めている中、直したのね。

これでペーパー掛けて、ペンキを塗れば補修完了・・・まさかの今更そんな事があるとはね・・・。そんな後、ひとまず目は離せるし・・・と、アオリイカでも・・・と思った時に、電話が入ったのね。

それがイベント事があって、それをやるに当たって、数名上がった中に俺の名前が上がったらしく、まだ決定では無いんだけれど、プレゼン的に見積もりを・・・なんて話だったりね。そうね、こう言う話は時々頂くんだけれどね・・・。

まぁ簡単な話なんだけれど、スタートの問題なんだと思うのね。例えば、普通タイル屋さんだと、このタイルを使って、このお風呂でいくら?って言う事になり、1㎡あたりいくらだから、×数量とか、一日いくらだから、×何日なんて話なのね。

それを相手に提示する。すると相見積もりなんて言って、他のタイル屋さんにも同じ条件で、聞いて安い方が選ばれる。なんて話になる。だから、どうしても取りたい時には、ギリギリでも・・・と無理をしたりしてね。

じゃ今の俺は?となると・・・何を誰とどう比べる?って事になるのね。その時に、例えば車にタイル張るといくらですか?みたいな事になるのね。だから車って、どんな車ですか?とか聞きたくなるでしょ?だって軽自動車とトラックでは、大きさも形も変わって来るし・・・。

タイル屋さんの時は、お風呂の大きさを相手は提示して来るでしょ?でもね、イベントの企画段階・・・もっと言えば、やらないかも知れないのね。企画が出たから、いくら位掛かるんだろうか?って話だから。

その時に大きさだけ聞けば良いか?となると、それでは雑な話なのね。だって走るのか?走らないのか?なんてのもある。もし走らないのなら、エンジンなんか取ってしまって、中には綺麗な・・・とかやりたくなるでしょ?

しかも展示の仕方も、ボンネットを開けるとか・・・仮にトラックなら、荷台を斜めにしてタイルが落ちて来るとか・・・要するに作りました、はい納品では無くて、こんな展示とか・・・みたいな話も付いて来たりする。

何故なら、そこを仕切るプロデューサー的な人物がいなかったりするから。その話にそんな人がいたのなら、こうしたいからこう・・・みたいなはっきりした指示があるだろうが、そう言った具体的な事が無い場合、漠然としていて、出来るのかな?って半信半疑の話だったりしている中の話になる。

だから、余計なお世話なんだけれど、それなら俺の考える最高の見栄えの話と、張るだけで良い最低限の話の2通りは用意すべきだろう・・・と考えたりする。何故なら、この話をやるって前提で考えるから。いつもいつも。

つまり来るかも知れないとか、出来るのかな?じゃ無くて、やるにはどうしたら良いか?どうしたら出来るのか?つまりこう考えている段階で、その企画会議に出ているような話は、出ていなくても想像は出来たりする。

その時に、ありとあらゆる想像の中で、これは誰かその道のプロに聞かないと判らないんじゃないのかな?みたいな事や、本物があるのなら、見に行くとか・・・それが近々ならドゥカティのバイクだったりして、カタログを貰いに店舗まで。

ただドゥカティの場合、相見積もりでは無く、依頼だからその行為はすぐに作品に反映して行くが、また俺に頼む訳じゃ無いのね・・・だから本気になって質問すればするほど、本決まりの話じゃ無くて・・・と恐縮されたり、呆れられたり・・・。

でもね、本気だからなのね。その時に話が来なかったとする。確かに残念だけど、断られた実績は負の遺産。あの中森明菜さんだって、スター誕生で何回も落とされるのね・・・ある審査員に。かなりのビックネームの。

でもね、結局逆に中森明菜さんを落とした人として、消えて行ったのね。世の中ってのはそんなもん。落とされたのなら、捨てる神ありゃ拾う神あり・・・続ける限りチャンスあり。まぁ、まさか自分がそんな人生を送る側になるとは・・

って思うが、何かを目指している人って、全てそうだったんだな・・・と痛感するのね。その時に諦めていたら、例え中森明菜でも、スターにはならない。簡単な話で、諦めない人が成功する可能性を残しているだけなのね。

ただね、続けるって地獄なのね。もう後戻りなんてあり得ないから・・・だから生きているだけでバクチ。普通の生き方じゃ無いのね。おっと話を戻して、こんな事を踏まえて、本気でやって落ちたら実力が劣っていたって事になる。

それで諦めて次に行きやすい。けれど、もしこんなで良いか・・・なんてやっていたとしたら?後で後悔しないかな?それじゃ出来るものも出来なくなる。何だかこいつうざいなぁ・・・って思われたら、俺がその話、一番本気だから・・・

って、所まで行ければ良いだけなのね。それで俺なりにやった・・・って納得出来るから。正式に来てから本気なんか出していては、全てが後手後手になるからね。こっちからガンガン行けるようにしとかないと・・・。

そんな話を横で聞いているキウイは、そんな事を何度も見て来ているので、ビックリもしないし、過剰にも喜ばない。来れば良いですね・・・って感じなのね。そんなこんな後、かぐやに話を振って更に相談すると、更に質問が増えて・・・

それじゃ先方に聞いて見るか?になり、やる前から起こる不備についての質問をして見たのね。すると、先方もそれが議題に出ていたらしく、おっ先方も結構本気だった事に期待をしたのね。もしかすると、俺かどうかはともかく、実現できそうな話になるかも・・・って。


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中学生教室とアオリイカのモザイク

2021-08-27 07:22:59 | モザイク教室

今日は午後から中学生教室。それまではアオリイカのモザイク。

もう特別な展開は無いし、時間が解決する方向に向かっていると思うのね。だから先日、すずきの絵を描いたんだと思うんだけれど・・・そうね、これは出来たとしても普通のモザイク作品なのね。だから普通の値段になると思うのね。

この普通って言葉を何とかしたいのね・・・普通は当たり前だから、誰もが考え付くだろうと思われる。正直、作家としてなら、それを正反対にある異常を目指したくなるもので・・・だから変わって行く方向にある。

そんな場合、人からの表現が、そこまでやる・・・みたいに、若干呆れ気味だと、きっとそっち側にいる感じがする。これは正反対だから、王道の普通さえ判れば、異常は邪道で見つけやすいと思うのね。俺はここを若干誤解していたような気がするのね。

例えば、モザイクって普通は・・・って言うと、大体ドットって言うなら、四角いタイルでってものだったりして、それをカットして繊細になると、それを超える作品となり、値段も当然高くなる。この時に、より繊細、更に・・・って、

やって行ったら、今のスタイルになった・・・それによって得た事が切る事が上手くなった。当然、得たものがあれば、無くすものがあるから、上手くなった分、全てが必然の方向にある。簡単な話、きちんと切れるようになった・・・。

こんな場合、例えば、4分の1の四角切って・・・とか、3分の1の長方形・・・、9分の1の丸・・・こんな感じに言われるがまま切れる・・・そんな感じの話だと思うのね。この程度の話は、常連さんなら誰もが出来るようになるのね。

じゃ生徒さんと変わらないじゃん・・・そうなのね。所がそうやって切れる技術を持っても、ここはどう切る?ここはどう切る?って判断の目が必要になる。例えば、アオリイカの足。全ての足の幅とか違っているのに、全て同じ幅に切るの?

だから、その変幻自在の腕は持っているのだから、ここはどうする?の判断力が必要になる。また目に見えない力の判断をする目・・・それはきちんと切れるから・・・って腕とは、全く異なる技術なのね。まぁ作詞と作曲くらい違うのね。

ただそれも、きちんと理解して来ると、恐らくこんな感じかな?・・・って段々コツが判って来たりして、その切る技術に追い付いて来るのね。これで両方揃ったって事になるんだけど、これが厄介で、手に入ったのは、きちんと切る技術と、

きちんと切る為の判断をする目って言うのが身に付いたのね。これはテニスなら、缶にボールが当てられるようになった感じね。確かに繊細で凄いと思うのね。でもそれで失う事は、繊細に当てはまらない事は、全てがルーズに見える・・・

つまり目地幅が合って無いとか、隣り合わせのがスムーズじゃ無いとか、丸にするには、ここが出っ張っているとか、だって缶にボールを当てるなんて、何と無く打って当たると思う?でしょ?でもね、じゃその腕で何がしたいの?って話。

確かに缶に命中させる為に頑張って来た・・・のなら、パフォーマーとしては素晴らしいのね。けどもし試合に勝ちたいと思っての練習だとしたら?もはや致命傷なのね。だってスポーツはあっち向いてホイだから。駆け引きなのね。

あっちに打つと見せかけて、こっちへ・・・なのね。つまり缶に当ててばかりなら、そこら辺に必ず来るって事だから、繊細であればあるほど、狙い撃ちって事になる。要するに裏をかくように、組み立てて打たないと、いつも一緒になる。

こんな話で例えるなら、きちんと切れると、全てがきちんとなり、きちんとが普通になる。こんな事を得た代わりに、きちんとじゃ無いとダメって気持ちと目になってしまったのね。これを枕に、お教室へ・・・。

これだけ出来れば、初めてのモザイクなんだから、十分だと思うのね。しかし、段々と切れるようになり、段々と目も肥えると、以前の部分のまだそれらを持っていなかった部分が気になって仕方無くなるのね。しかも、バックに入って、

少しルーズで良いよ・・・のルーズが気になって仕方無い。つまりきちんとしたのが普通って自分になっちゃったからなのね。そしてそれが身に付いて来て、きちんと切れると、例えばきちんと丸を同じく10個って言うと、ほぼきちんと同じ

サイズに切れたりする。けれど、大体丸で・・・って事になると、大体ってどんな感じ?・・・ランダムってどの位?みたいに言われたサイズに切りたくなるのね。これが、楽譜やレシピや図面通りに出来る人へ向かっている技術なのね。

言われた通りに・・・つまり未熟な時は、きちんとちゃんと。これを目指して、それが身に付いたら、今度は加減って話になるのね。例えば100点なら、言う事無し。これは誰でも判るけれど、何点からダメ?何点ならセーフ?

このギリギリの点数を切る練習をするべきなのね。そのギリギリセーフのパーツは、アウトじゃ無くてセーフだから、100点もあるし、70点もある・・・みたいになる。これがメリハリに繋がるのね。そもそもモザイクは絵画じゃ無いから、

色を作れないから、選ぶだけになる。本来自由になるのは、色じゃ無くて、形なのね。でも精度が上がると、同じような形で、同じ精度で・・・ほらそれでは、ドットになってしまうのね。つまりただ精度良く繊細に切ったドットアート。

だからメリハリって言うのは、繊細な形もあるし、ルーズな大きさや形もある。それによって、繊細な部分が、ルーズな部分によって、より繊細に見える・・・って錯覚を生むのね。そもそもモザイクってマジックみたいなもんだから。

まるで・・・ってって表現されると、本物とか、似てるとか、動き出しそうとか・・・に繋がって来るのね。それが繊細って事になって行く。まぁこんな話で、彼は終わりに向かうはずなんだけれど、タイルが足らなくてすぐ注文。

そんな中、ここまではお教室の説明なんて事なんだけれど、作家katsuの話になると、もう一歩二歩上の話にならないと。仮に今の話が全て合っていたとして、じゃそれが出来ました・・・じゃその上って?そこで考えたのが、とてもいびつな形。

シュっとか、スッとか、みたいなちゃんとじゃ無くて、グネッとか、ガクッとか、これが変化球。これで不気味さとか、違和感、ボール玉、何でも良いが、より変な形に切る事で、よりシュっとか、スッとかのパーツが繊細に見える。

そこまでは理解したのね。恐らく。じゃその上は?となって、最近気が付いたのが、このアオリイカのように1cmタイルを切って張ったら、いつものkatsuのモザイク・・・普通じゃんなのね。そしてそれを初心者でもお手軽なのが、縁取下地。

先日のオオハシのようにね。勿論、ぺきぺきでね。つまりそれをガラスタイルにしたら、高級感が出たりする。まぁ簡単な話、オージービーフで作った料理をA5ランクの肉にすれば、高級になるみたいな話ね。勿論、腕があって切れる前提。

これも当たり前の話で普通。もっと異常な話探しなのね・・・当たり前じゃ無い事って・・・。ちょっと判り掛けているのね・・・こうすれば・・・って。ただやって見ないと答えが出ないのね・・・だって言葉よりも見る方が判るだろうし。みんなも・・・

 

 


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アオリイカのモザイクと今後の作品の下絵

2021-08-26 07:23:51 | モザイク作家

と、その前に昨日のウォンバットの方の説明に、画像が無かったんで、ちょっとした解説の続き。

結論から言うとこれになったんだけれど、例えばこのレトロなタイルにはもう一色、緑があって・・・

入れたとすると、こうなるのね。淡いタッチの中で、ひと際パンチの利いた色なのね。抜いた人の気持ちも判るのね。これを違うタイルのギヤマンって、タイルの上にガラスの被膜があるような、ちょっと変わったタイルがあって・・・

もっと沢山の色があるんだけれど、手持ちは少ないから一例として、さっきの事を踏まえると、緑を入れないだろうな・・となると、

今度はあっさりする。まぁ簡単な話で、ウォンバットのシックな色合いに近い緑が入ると、ウォンバットの邪魔をするように見える人は、抜きたくなる。じゃ抜けばOKか?と言うと、残りが一色になると、今度は寂しく見える・・・

そんな事を踏まえた結果が、完成形にたどり着いた人の理由の1つだったと思うのね。それを調味料どれくらい入れる?って話の時に、濃い味付けって言うのを好むような人なら、緑はアリになるだろうし、パンチが欲しい人なんだろうね。

もっと言えば、ギヤマンの黄緑のみなんて言うのを選んだのなら、徹底的にウォンバットを目立たせるみたいになるだろうし、何しろ今までは、写真を見てそっくりに真似ていた規定演技を、ここからは自分で考える事になる自由演技。

そのまま簡単に進めないのが自由演技なのね・・・どうする?って考えて自分で決めないとならないのね。しかも規定演技が上手く行けば行くほど、自分にプレッシャーが掛かるし・・・。大作をやりたい人や、やっている人への参考として。

さてそんな今日は、こんなの出来たらどうなんだろう・・・?って下絵を昨日ちょっとだけ描いていたのね。その時にウォンバットの方から、切り絵の話が出て・・・もし切り絵のような下地が出来たらどうなんだろうか?・・・って。

そんな風に思って、気になったんで、ちゃんと描いて見たのね。昨日は顔だけしか無かったんだけど・・・。何しろ全部描くと1mを超えちゃうんでね。それがこれ。

スズキ。釣り人はシーバスって呼ぶんだけれどね。恐らく陸っぱりで釣れる一番の大型魚なんじゃ無いのかな?本来いつもなら輪郭線のみで作るだろうが、これは黒い部分は木で残す事になるのね。つまりこの中にタイルを入れる・・・

体験の下地の本格巨大版みたいな感じね。まぁ言うなれば、モザイク魚拓って感じなのね。これなら、釣り人全部に見て貰えそうだし、カジキマグロでも作れるから、結構面白い仕上がりになると思うのね・・・見た事無いだろうしね。

ただ普通にモザイクなら、そもそもがルーキーの時に、立体でマグロや伊勢海老作っているしね。簡単な話で、規定演技のような普通にモザイクって言うのは、先人が色々やり尽くしちゃっているのね。だから、いかにオリジナルを作るか?

が、作家の生命線で、真似をするってモザイクは、商業ベースの人達も現在もやっているしね。俺はそっちだけって訳にも行かないしね。作家でありたいんでね・・・。いずれにせよ、これで完成形か?って言うと、もう少し是正はいるけど、

割と面白くなりそうな気配はあるのね・・・そんな後は、埼玉のコープみらいのオオトリのサンプル画像の撮り直しの話・・・。実は先方から、もう少し南国風味出ませんか?って話があって、かぐやと100均で買って来るものを決めて、

是正して撮り直し。いくらかマシにはなったかな?何しろ年度末から春先に向かっての時期に、オオハシって南国風の鳥の提案なんだから、攻めた話なんで、やれるべき事はね・・・やっとくべきなのね。

と言う訳で、夕方からアオリイカのモザイク。ようやく先が見えて来たって感じなのね。


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ウォンバットのリピーターさん教室

2021-08-25 07:28:59 | モザイク作家

今日は午後からウォンバットのリピーターさん教室。その間、アオリイカを進めたい所なんだけれど、1cmのタイルの棚側のテーブルに座りたいが、そっちをお客さん側にしているから、午後から来る事になっていると、遠慮しとかないと・・・

これがぺきぺきなら、色数が決まっているから、ざるにでもクラッシュを出しとけば、問題無いが、あれこれ出したくなる色数の多い1cmでは、なるべく近くでやりたいからね・・・。そんな訳で次の下絵でも・・・と絵を描く事にしたのね。

またアオリイカかい?って感じなんだけれど、今の作品が作品自体悪く無いのだけれど、問題は掛かる時間なのね。当然と言えば当然なんだけれど、手間が掛かるって言うのは、それだけ価格に反映してしまう事を考えると、掛かり過ぎ。

本来は、もっとリーズナブルな感じ・・・つまり本格的までは行かないけど、結構良いじゃん・・・こんなものが趣旨だったのね。だから、どうするべきだったんだろう?・・・って検証も兼ねて、色々と書いて見たのね・・・。

完全な是正とまでは行かないんだけれど、恐らくこんな事なのかな?・・・って感じは掴めたと思うのね。まぁ後は作って見ないと判らないけど・・・。そんなこんなでお教室。とうとうウォンバット自体は終わったのね。

これが初めての大作となるのだけれど、良くここまでたどり着いたのね。お見事なのね。これだけの時間を耐えられると、色んな作品に手を出せると思うのね。それが3時間完結のような作品のままでいると、中々大作には手は出せない。

何しろ終わる時間に慣れちゃうから。そんな事で考えると、普通は徐々に・・・と時間の掛かる作品への移行なんて事になるのだけれど、例えば労作展の子達の場合、初めてで軽く100時間超えの作品だったりすると、いきなり100時間が普通になる。

つまりそれは、普通体験の初めてなら、コースターや鍋敷きを3時間で・・・って事なんだけれど、最初から100時間鍋敷きを作っている・・・そんな感じなのね。果てしないのね。ただある意味、宿題って言うハードルがあるから、強制力も働くのね。

つまりある程度の縛りがあって、持ち時間を100時間を超えるなんて事になると、慣れる分、上手くなるし、大きさで迫力も増すから、見栄えが良くなる。と言うより、凄くなるって感じなのね。ただ良い事と悪い事は背中合わせ・・・。

これを毎年3年やると、モザイク歴が300時間を軽くオーバーする事になる。それを大人の生徒さんで考えると、月に1回の人なら、12か月で36時間だから、8.9年分になるし、月に3回の人なら、3.4年分に相当する。そりゃ凄いのね。

ただ残念な事に、彼達は一生のモザイクがこれでおしまいになるのね・・・本当に残念なんだけれど。所が大人の人達の場合、それをずっと続けていると、いつか追い付くかも知れないし、追い抜くかも知れないのね。

これがうさぎとカメの話なのね。ただもっとリアルなのは、彼達は3年やると3個大作を持っている事になるのね。つまり遊びの作品も体験も無いから、練習無しのいきなり本番。ある意味、1作目が体験みたいなもんなのね。

つまり鍋敷きやコースター扱いになる。そんな結果が3つ・・・誰が見ても凄いものに見えたりする。しかももし万が一、楽しむようなモザイクをしたとしても、何百時間もやっているから、たった3時間・・・って感じで、慌てる事も無い。

これをカメさんのように毎回、3時間でコツコツ積み重ねるのが、大人の人達と考えると、いつか時間を掛ける作品にチャレンジしないと、例え上手くなっても、3時間内の作品が上手くなるだけになるのね。そうやって見る目を養うと、

このウォンバットが、体験で作れるかも・・・なんて判断はしないし、ここを見ている人なら、おぉぉ来た来たって感じに、感情移入も出来ると思うのね。しかも、しかも男の人って言うのも、かなりのポイントでもあるのね。

例えば、子役なんて場合、子供なのに・・・みたいな目線で、それだけで可愛いポイントが付く。出来ただけでも十分なのね。所が何処からか、大人扱いになる・・・例えば未就学児・・・これはポイントが沢山、じゃ小学生は?

1年と6年では変わるし、中学は?高校は?大学は?ほら変わって来る。しかもそこに美大に行ってます・・・なんて付くと、やっぱりね・・・とか、凄いねポイントが付くし、そう考えると、モザイクに限らず、男の人が習うって場合、それだけでも珍しいのね。

それを体験では無く継続するって言うのは、それだけでもポイントな気がするのね。中々いないからね。こんな事を踏まえると、、最近ではフェルメールの方のように、労作展の子達の作品に刺激を受けて、私も・・・って作り出して、

あそこまで来ているように、ウォンバットの方もようやくここまで来た・・・って感じで、これから着地へって感じになったのね。そんな訳で時間の最後に縁取りでも・・・になったのだけれど、さてどうする?って話。

例えば、安定感って言うのなら、最後までリップルで統一って言えば、普通になる。それをちょっと違和感とした違ったタイルを使って、味の変化を求めるとなると、大事なのは設置場所・・・これは庭に置くらしいのね。

例えばTシャツの胸のワンポイントだとする。ワッペン的なら、輪郭をくるんで縁取りとする・・・なんて事がある。つまり庭のワンポイントと考えると、庭に同化させる気なら、ウォンバットに使ったリップルを縁取りにすれば、タイルも同じ、色も同じとなり、

違和感は一切無く、この1枚のモザイクは大きく主張しなくなる。それをワッペンの小ささを色でカバーって言うのなら、目立たせる方向だから、今まで使っていない色が、転校生がやって来る・・・ひと際目立つみたいな感じにね。

しかも、今までマットな感じから一転、艶ありで、しかもちょっと大きめ・・・なんて事になれば、華やかさが増して、存在感ありになる。しかももし、ポップな色を選べば、リアルだったウォンバットが急に可愛く見えたりする。

つまりこんな風に見えるのね・・・何を選ぶか?でね。だから、どう見せたいか?なのね。ただ好きな色を選ぶんじゃ無くて、可愛いとか、シックとか、なんでも良いから、方向性を決めるのね。それを決めて、そう見える色は?って選ぶと、

その方向に寄って行くが、何しろやみ雲にとっかえひっかえ取り替えていたんでは、数字を合わせる鍵のように、111違う、112違う・・・222っていつまで偶然を待つ?って事になるのね。それは確率を下げるのね。

このやり方では、ぺきぺきのように色数が少ない時はまだしも、色数が増えれば、確率は下がるし、芳香剤選びのように、沢山嗅げば鼻は利かなくなるように、目がチカチカしたり、何か段々うんざりして来たりなんて事がある。

そんな説明をしていると、マット繋がりだったのかな?しかも濃い緑を外して、ポップに大人可愛い縁取りになったのね。いよいよ次回から新展開のバックになるのね。そんな中、さくらがやって来て・・・今日はお教室では無くて、野暮用の帰り。

お教室は月末。


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引き続きアオリイカのモザイク

2021-08-24 07:23:39 | モザイク作家

今日は午前中は親の用事で昼過ぎからアトリエへ。そんな中、大家さんが見に来て・・・やってる?大家さんは時々、早じまいだったり、玄関に俺の雪駄以外に無かったりした時に、見に来たりするのね。今何作ってんの?って感じに・・・。

こう言う時に、ちょっと困る事があるのね・・・例えば、きっとハワイアン雑貨辺りで、様子見が終わっていると思うのね。でも、まだ新作が続いていると思われると、えっ、アオリイカ?・・・これって注文?って事になるのね。

嫌、違うよ・・・となると、えっ?自主的に?って事になるでしょ?つまりこんな場合、大家さんはハワイアン雑貨なら、自主的に作っていたとしても、良いじゃんの認識だが、アオリイカだと、何故?って事になったのだから、どうして?って疑問に

答えないとならなくなるのね。ただハワイアン雑貨の場合は、単に大家さんの好みだから説明要らずで済んだのね。でもちゃんと答えるとなると、長くなりそうなのね・・・。それは何かこんな時期に、イクスピアリにハワイアン雑貨の店が出来た・・・って話があって、

と同時に大家さんの家が、どんどんとハワイ化しているなんて事があって、ニーズがあるのかな?と半信半疑で作っていたら、大家さんの玄関にモンステラ・・・なんて事になったのね。そこで波やらヤシやらの小物を作り、出張教室でオオハシなんて事もやったが、

ある程度、やり方やグレードアップとなると、最後はグッと来るデザインってな話にたどり着くのね。この辺までたどり着くとおしまいなのね。つまりこれらの作品でサンプル的なものは見せられるし、こんな感じにって判るだろうって事で、

これ以上の深追いは要らないな・・・になり、次は?になった時に、サンマの塩焼きで大きく方向性を変えたのね。例えば、ハワイアン雑貨のモザイク・・・これだって十分珍しいだろうが、普通にお洒落な小物作品って感じなのね。

ほら、また普通ってワード・・・攻めるってのは、普通じゃないものになるのね。良く使う例えとして、野球、サッカー、テニスじゃ無くて、ラクロス、セパタクロー、カバティ。ってこんな例えね。これだって、カバティの題材で、

アニメが作られている今では、成立しなくなって来ているのね。こんな例えで言うなら、モザイクがあっても不思議じゃない場所だったりするハワイアン雑貨は王道なのね。ただ今は無いだけでね。だから普通。つまりその反対側になるモザイクが作りたかったのね。

それでサンマの塩焼きになったのね。そこに至るのは簡単で、まず旬な事。それとなのに獲れないって不漁が続いている・・・更にコロナで居酒屋さんとかにダメージ・・・いつかどれも収束に向かった時、こんなのが店にあったら?

面白いかな・・・って店主さんいないかな?って思ったのね。サンマ高いからね・・・なんて話の時に、あるよ・・・って言ったら笑えるかな?って。しかも、ハワイアン雑貨にモザイクなら、もしかするとあるかも知れないけれど、

居酒屋さんにモザイク・・・これは世界広しと言えど、そうは無いだろうし・・・普通じゃ無くなった感じがするでしょ?そんな流れで、マニアックに攻めると、コロナで釣り人が増えた・・・なんて話題があって、それなら・・・。

って、アオリイカにしたのね。勿論、サンマと来たら、アジにいわし、サバなんて言うのも食卓を意識すれば、良いんだろうが、釣りって事になった時、正直それらは船で狙うなら大きいだろうが、陸っぱりだと、若干小物感あるのね。

そうなると逆に陸っぱりの大物となると、餌で釣るよりもルアーの方がバリエーションがあって、例えばスズキってシーバスに、ヒラメ、マゴチに青物・・・って感じになるが、エギングって釣りがあって、イカを釣るのに、エビの疑似餌で釣るのね。

それほど詳しくないけれど、ルアーってのは魚っぽい形だから、シーバスが釣れるなら、ヒラメやマゴチも同じもので釣れるだろうが、エギングはイカしか釣れないのね。その時にイカの王様扱いがアオリイカなのね。

ただこんな理由から・・・魚はこれまでも作って来ているし、イカはテレチャンの頃に作った回転すし以来。しかもこんな精度では初めてなのね。ある意味、あの頃よりも上手くなった・・・そんな意味もあるのかも。

ただそれも年末のイベントに連れて行くとなると、やはり余り高価では見せるだけになってしまうし・・・そうなると、流石にこいつの作り方では厳しいのね。って説明しないとならないと、これを短い時間にまとめるのが難しいのね。

ただ、大家さんルアーもやってたから、すぐにアオリイカって判ってくれて・・・そこまで話を広げずに済んでね、しかも、それなら色んな分野に引っ掛かるようにしないとね・・・って、趣旨は理解されたようで、何より。

ただ、もっと簡素化するって下絵は難しくて・・・ただイメージはあるのね・・・ただその絵が中々描けない。ヒントはイースターのウサギや、今回のオオハシ・・・これを変化させれば良いんだけど・・・。

 


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アオリイカのモザイク

2021-08-23 07:24:17 | モザイク作家

今日は丸々アオリイカのモザイク。ようやく足が終わったのね。いくらかそれっぽく見えるようになったと思うんだけれどね。そうなると、そろそろただ作った・・・にならないように、これどうする?って考えないとならないんだけれど・・・。

ただ年末にイベントに参加する事になって、そこに持って行くって手はあるんだけれど、それまで待つのか?出来次第何処かに・・・って動くのか?って考えどこだったりする・・・。果てさて。

それと終わるって事は次なんだけれど、今考えているのは、前回のヤシの木の是正とか、魚のキスとか、はたまたもっと何か?みたいな感じで、年末のイベント用の新作を増やす事なのか?作った作品を次々に、何処か?と考えるのか?

結局、行先を考えちゃったりするのね・・・まぁ仕事だから、当然と言えば当然 なんだけれどね・・・・例えば昔イベントなんて事になると、そのイベントに寄せたものを作ったが、唯一デザインフェスタの時には、銘木の金魚だらけにしたのね。

自由だったのに・・・しかも銘木なんで大物作品だから、売るってよりも見せる方向のが強かったのね。その時に、かぐやの考えとしては、もっと手軽に買える値段設定のものにするべきだった・・・って感じだったのね。

そんな事があっての年末、久しぶりのイベント参加なんだけれど、方向性としては、Katsu色があって、割と手軽な値段設定・・・それとビレバンやドンキのようなあれこれみたいな感じ・・・・ザックリとこんなイメージなのね。

でも、そんな感じだと、以前のフリマと何が違うのか?となるのだけれど、フリマではkatsu色は薄かったと思うのね。割と普通なものだったりしたのね。それと今回は建築色もあったら良いな・・・とも思ったりもしているのね。

いずれにせよ、入場料を出してでも来るお客さんは、何かここでしか買えない変わったものを探していると思うし、中々の目を持っている気がするし・・・まだまとまってはいないが、ボヤっとこんな感じって言うのはあるのね・・・。

ただ、年末なんてあっと言う間だし、まぁこうして地味に作っていれば、持って行く玉は増えるだろうし・・・。いずれにせよ、変わったものを見せられると良いのね。

 

 

 


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中学生教室とアオリイカのモザイク

2021-08-22 08:09:00 | モザイク教室

今日は午後から中学生教室。本日は額縁を取り付けてバックへ・・・って感じなんで、四隅の角を留めって斜めに切り込んだり、寸法を整えてあるもの木を微調整して取り付ける準備をして待つ事になるのね。

そんなこんなでスタートとなるが、何しろ1200x1100mmなんて大きさなんで、二階のアトリエに運ぶのも一苦労なのね。その額縁となると、流石にアトリエ内では無理なんで、外で加工やら取り付け。自分で出来る事はやって貰って、何とか終了。

それをまた二階に運んで・・・ここからバックに。ただ画像の撮り忘れ・・・とは言っても、労作展は一部だけなんで、あっても無くても・・・そんな中、バックをぺきぺきにしたんだけれど、ここまで初心者なのに、リップル、1cmタイルと来て、

最後がぺきぺき・・・経験者なら判るだろうが、ぺきぺきが一番柔らかいのね。だから、切れない・・・なんて事は無いのね。でも、でもなのね。彼が発した言葉が、あっ・・・。今までの、あっ・・・は、どちらかと言うと、あっ切れた・・・

こんな感じね。つまり切れないかも・・・って不安が解消したって感じで、俺にも切れるじゃん・・・的な、あっなのね。所が今日の、あっ・・・は、どちらかと言うと、あっ・・・では無くて、えっ・・・に近いのね。

つまり今までの硬さのつもりでいたのに、拍子抜けとか、戸惑いみたいな、予期しなかった事が起こった感じなのね。そして決定的に違うのは、硬いタイルの時は、狙って切るって言うよりも、割ったって感じ・・・つまり偶然と必然の違いなのね。

割ったって表現は、1回カチンって感じでしょ?これは偶然のパーツなのね。それを組み合わせる、いわゆるクラッシュってパーツでのモザイク。つまりこの場合は、色が大事って感じで、切る技術はほとんどいらない。

逆に狙って切るって言うのは、丸くするとか、ピッタリ合わせるみたいな感じ。つまり偶然では無く必然のパーツなのね。そもそもが初めてなのに硬いタイルから・・・それなのに狙って切るなんて、難易度がどんどん上がるでしょ?

だから、硬くて大変な分、切るでは無く割るって方向にしたのね。でも今度はぺきぺき・・・柔らかいんだから、狙って切る事も出来るでしょ?もうタイルを割るって事は慣れたんだし・・・ってね。

この時に、どんな心理が働くか?が大事なのね。最初は出来ないかも・・・って思ったからこその、あっ・・・って出来るを確信して行く。しかもそれを使ったものを1つ完成している。そんな事で自信が付いたし、慣れても来たのね。

でもその慣れは、硬いタイルを割る事なのね。柔らかいタイルを切る事じゃ無いのね。全く違う難易度なのね。でも、人の心理はそうは思わないものなのね。出来ると判断してしまうのね。そうなると、えっ・・・になる。

本来、初めてのタイルは初めてであって、そこが初心を忘れちゃったからなのね。そこを警戒するくらいが丁度良いのね。そんな説明をして、バックもただクラッシュ入れて来て・・・では無いから、一通りやって貰って、これがサンプルね。

困ったらそこを見て、広げて行ってね・・・と宿題にしたんだけれど、最初はその柔らかさに戸惑うだろうし、割ると切るでは大違いな事を感じるだろうな・・・何しろ初めての事って言うのは、心持ち1つで大きく変わるからね・・・。

軽く大丈夫って感じな場合、その言葉通りに軽く終わらせて来る事もある。こんな場合は、それはそれで問題は無いが、もし美しさやさっきのサンプルの場所を一度も見なかったとすると・・・恐らくただ進めただけになる。

つまり言葉にすると、終わりました・・・って感じね。それが、サンプルを何度も見返したような人の場合、柔らかい事、狙って切る難しさを知る事になり、そんな人の言葉は、難しかったです・・・になるのね。

つまりやっとやっと終わった感じね。これは簡単な話で、良い事と悪い事は背中合わせで、柔らかいって言うのは、もろいって言う事なのね。そして柔らかいが、もろいに変わった人は、自分に不都合になっているのね。

何で?だって硬いタイルから柔らかくなったんだから、簡単に思えるでしょ?その時に、軽く終わった人は狙いを甘くしているとしたら、軽く進む事になるし、狙いを厳しくした人は、後少し直そうとして、欠けてしまう・・・これがもろいの正体。

つまりもろいと表現した人は、自分に不都合になるくらい、こだわりのパーツを切っていた事になる。逆に柔らかい事を自分に有利に進んだ人は、簡単だった事になるのね。だから、見なくてもどんな表現をするか?で想像出来たりするのね。

勿論例外は何にでもあって、それを超越する上手い人はいたりもするから、思い込む事無く、見ての判断になるけれど、一般的に言えば、こんな事は起こりやすいのね。ただね、八月も後半になるから、あんまり気取った事も言ってられない・・・

って言うのも本音なんだけれどね。そんなこんな後は、アオリイカのモザイク。地味には進んでいるが、趣旨から大きく外れた分、気持ちとして進まないなぁ・・・って言うのがあって、まぁ何とか逃げ切らないとって感じなのね。

ただ以前のように、穂竜の巨大なのとか、ウミウシとか、お客さんの付いて無い作品作りの時に、趣旨が無かった穂竜は眠っていて、ウミウシは鹿児島の水族館にいたりする・・・じゃアオリイカは?となると、以前のような1か月以上掛かるような、

そんな時間は掛けていないし、大きさとしても売りやすいサイズでもあるし、あんまり馬鹿げてはいない作品だったりする。それを無難と呼ぶか?嫌、そもそもアオリイカってモチーフが攻めてるでしょ?って取るかは、見た人の問題だから・・・

とは言え、穂竜よりはニーズがある気もするんだけれど・・・。

 


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