katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

リピ-タ-さん教室と、フレスポの下地の続き

2014-04-30 05:44:56 | モザイク教室
まぁ、土曜日に帰りが遅くなり、土日で6人分のブログとなると、流石にきつく・・・・
やっと元に戻ったのね・・・そしたら、まぁ読む方もビックリの7000文字・・・・。

入れも入れたり、読むも読んだり・・・どちらも凄いのね。ただ何しろこっちもただの日誌や日記じゃないからね・・・きちんと毎日の生き様の報告でもある訳で・・・。

更に遠方の方の人達に指導もどき位になれば・・・とも思うし、いずれにせよ色々な意味があって・・・・、それはそうと、今日も産卵からスタ-ト。

4腹目。今回は間引くって事がテ-マなんで、沢山あっても、去年のように自然淘汰って事で無く、ちゃんと自分の手で選別をする・・・その練習でもある。

そんなこんなで今日は1時からリピ-タ-さん教室。それまでの間は、昨日のフレスポの下地のペ-パ-掛け。

そうね、この方も月に1回のペ-スで、アトリエのみ。だから進み具合は遅いけれど、
質としては悪く無い。特に1cmタイルを切る事にも四苦八苦って事は無く、

そろそろテクニック指導も必要かな?って話しになる・・・例えば、全体的に同じ感じに葉っぱが作られているので、一番下の葉っぱの時に、濃い緑を4.5粒集中して貰った。

それで何かが変わったように見えたなら?きっとこれからそれが必要になる・・・と言う事になる。では一体何がどう変わったように見えるか?・・・

それは、今までは葉脈を濃い緑でその他の葉っぱ部分を、薄い緑で作る事で、葉脈をはっきりさせる・・・こんな事を意識して作っていたと思われるのね。

って事は、葉脈中心に考えていた事になる。その考え方を変えて、今度は陰影なんて事を意識するようなアドバイスをして見た。それが濃い緑を4.5粒集中させる事で、

葉脈だけでは無く、葉っぱ全体を考えられる。こんな事を教えた時、今回は無かったが、
時々、最初から教えてくれれば良いのに・・・なんて人がいるのだけれど、

そもそもが葉脈を作ろうとし、それらしく見えた事での更なる指導であり、そんな事を意識してやろうしている・・・・とか、結果としてそう見える様になった・・・とか、

出来た事での指導であると言う事で、そもそもこんな技術は葉脈を作る事よりは簡単。
勿論、教えてしまえばね。けれど、そんな小手先のテクニックを簡単に手に入れて、

葉脈の細さみたいな事をやらない・・・それなら単純にクラッシュでも入れれば良い。
そもそも色だけに頼るって言うのは、料理で言えば、素材が良いからどう切ったって、

盛り付けが綺麗なら何とかなるよ・・・って教えているようなもの。俺はそんなに良い素材ならしっかり切れるように・・・・まずは切る事。厚みの違う刺身なんてね・・・。

そう教えているつもり。けれど、別に大した違いは無いでしょ・・・先に進みたい・・・
そう思っている人に、盛り付け方を教えた所で、あぁ簡単だわっ・・・って言うのでは、

続けるに当たって、そんな気持ちで切られてしまう・・・それでは大切な素材を、しっかり取り組んでくれている人達と同じ気分ではやらせられない。お金の問題じゃない。

しかも、それでkatsuに習ったと言われてしまうのでは、信用さえも失う気がする。
勿論、体験のような初めての人に言うつもりは一切無い。

続けている・・・続けて行くって言う人に限って。要するに上手くなるって言うのは、
意識なのである。その意識って言うのが、それは美しいですか?って話。

それについても、きちんと時間にとらわれずに・・・と作れるようになった人に限ってであって、最初から美しさのみを追究されても、体験の1回だけでは、時間内で出来る範囲

であり、そこでは終わる事が一番大事になり、美しさは2番目以降になる。それが意識として、多少時間が掛かっても・・・って思えたら、その多少は一体いつ?となる。

それが3回なのか?6回なのか?要するにそれが我慢の限界・・・つまり覚悟になる。
そして、それを聞いた上で、下絵を見た上での大きさの判断となる。

そんな中、最初は戸惑い、果てしなく感じる事があっても、こうして出来て来ると、あぁ綺麗だ・・・とか、終わりが近い・・・って思えて来ると、気分が良くなる。

こうした気分になると、早く終わりたい・・・って思う人と、もっと良くならないかな?
と思う人に分かれたりする。その時、余りに果てしない構想の場合は止めたりして、

逆に楽々やろうとする人には、ふぁいなるあんさぁぁぁ?って聞く事もある。
いずれにせよ、どちらを選んでも続ける人の結果が似ている事が大事で・・・・。

そう聞くと、何か違和感があるだろうけれど、食べ過ぎな人には止めて腹8分目と言い、
食べ無さ過ぎの人には、もうちょっと食べられない?って何とか6分目に・・・と言い、

ほら、2分目しか変わらなくなった・・・けれどこれが食べ過ぎは12分目、食べ無さ過ぎは、4分目では、開き過ぎになる。勿論、このさじ加減だって、もう限界・・・なんて、

所まで追い込んでしまっては本末転倒になるし、やる。やらないは本人次第。
何しろこだわりを持てば持つほど時間が掛かるからね。楽をするならまっ良いか。って

言えば、すぐに楽になれる。けれど、チェッ・・・って言い出したら、キリが無い。
それがモノ作り。そんな考え方で言えば、チェッって言えるようになったんだろうね。

だから、そこまで来たんだから、そうね・・・テクニックのご褒美とでも言うのかな?
良く頑張って来たね・・・って。俺は努力をした人は報われるべきと考えるから、

やはり時間を掛けてしっかり作っている人には、必ず前作を越えて頂きたいし、当然その方の回りの人の評価を得て欲しいとも考える。それには結果の出来栄えを考えるのは先生

けれど、それとて必要かどうか?本人の考え方次第。何しろ月に1回の中では限界もあるし、けれど何とか進歩して頂きたいし・・・・そう考えると、時間は変えないで、

何をどう変えると、何が変わるか?となると、意識を変えられるか?になる。
例えば、意識を持った場合の、今日のお教室の終わり方。となると、いつもならギリギリ

までモザイクをする・・・じゃ失礼します・・・・って終わる所を、区切りの良い所で辞めて、バックについての話をする。どんな感じにする?・・・って。

勿論、考えていないです・・・なんて言う場合もある。そこで、こんな説明をする。
もう花が終わった事でひとまずメインは完成した。まだ何かを作りたいならトッピング。

つまりこの花の邪魔をしてはいけないのだから、バニラのアイスにパラッっとチョコチップ・・・あの考え方。大きくてもアポロチョコくらい・・・・。

それでバックとなるのだけれど、ステッカ-のような考え方なら、今まで使っていない色で、沢山の色を使わないようにする。例えば、黄色なんて感じで終われば華やか。

他には、景色のように作れば、バックに空があったり、後ろにまだまだ花を薄く作れるし、・・・・こんな例を何個かあげて、今の気分はどんな感じよりか?を決めて帰る。

そしたら、バックにこう考えていた・・・と書き込む。すると、来月来た時に、その話を思い出すから、今話した事をお互い思い出す・・・そうしないと、今の説明を1からまた

・・・ってなるのだから、いきなり考える・・・から始まる事になる。ひと月1回の数時間を説明の時間から・・・では、やりたいのに進まない事になるし、では家で考えた?

って言うと、考えて来ても、それが出来るかどうかの判断は俺にある訳で・・・。
良く考えて来過ぎて、大幅に変更なんて事も多々ある。

要するにここも、考えていなかった人に考えて・・・って意識させると、大袈裟に意識を持ち過ぎて、構想を広げ過ぎたりする事も多々ある。

そこもさじ加減ってものがある。何しろやる気って言うのは、気分で左右するし、やったりやらなかったりのふり幅の大きい人は、物凄く変わってしまうから・・・。

気持ちの安定感なんてものが、手に入るなんて言うのは、中々難しいものでね・・・。
いずれにせよ、終わる時に、次回に繋がる手掛かりを残して置く・・・これもまた意識。

そんなこんなで、お教室が終わった後にUnidyへ・・。


また9枚切って来た。左は朝のペ-パ-掛けを終えたもの。右は今日の分。
まっ、少しづつやればヘトヘトに追い込まれないから、何とかなるかな・・・。

ユ-ミンママのポストの扉とフレスポの下地

2014-04-29 09:09:02 | モザイク作家
朝、アトリエに行くと、おや・・・産卵?って事で、慌てて人工授精。
水草の根っこに卵を絞り、精子を掛けて完了。そんな中、オスだと思っていた金魚が、

メスで、こりゃラッキ-。少し期待も持てる話にはなったが、ちょっと不安なのは、気に入ったオスと兄弟でね・・・・リスクある産卵になっちゃったのね・・・。

まっ、他のも保険で掛けて置いたので、その内、結果は出るとして・・・。
そんなこんなで、その後は歯医者。もう2回目だし、何も無くスイスイ。

次の予約まで簡単に出来ちゃうし。何事も慣れなのね。あははははは。
その後は、水換え。もう池は暖かくなって、汚れも早くなり、しかも産卵・・・・。

もはや水は悪い・・・。そんなこんな、かろうじて進む・・・・そんな感じ。
やっぱり結構きついのね・・・。中々苦労する・・・ただそのいくらかは、作品の事で

無く、それ以外の事だったりして、ただでさえきついのに、気忙しさが更に加わっている感じの中で・・・なので、それがかなり影響している・・・。

そこで、1つ1つ楽になる為にも、慌てて困る事を終わらせる事にした。


まずはフレスポの下地。一体どの位の時間で何個作れるのか?・・・・慌しいと厳しいからね。ひとまずただ切る、ただ彫る・・・ここまで9枚。

後21枚だけれど、1日9枚だけ・・・って言うなら、意外とヘトヘトにはならなそう。
これを1日で何とか・・・って言うと、段々ヘトヘトになって行くから、時間だけの問題

って割り切れるものでは無いのね・・・。ただ、5月前半は空いているので、そこで集中してやれば、何とかなる目安は立った。

更にそれは無料の分なので、有料の分を何枚作るか?になるのだけれど・・・。
そこはかぐやと相談して・・・。

kameya さん教室

2014-04-28 23:50:04 | モザイク教室
ちょっとずれずれになっているけれど、・・・。
朝、アトリエに行くと、今期初のちょっぴり産卵・・・・、ただやっぱり良いメスが、

,猫にやられちゃった、あの惨劇で。正直期待が薄い・・・まぁ今年はメス作りって感じで、秋まで大きくさせる・・・ってのが急務なのね。

そんなこんなでkameyaさん教室。今日は1人キャンセルで3人。それではまず1人目。
今日は両サイドの片側をやったんだけれど、何しろ月に1回って事は、ほとんど最初は、

思い出す事が大事で・・・要するに体験のように、1.2回で完成なら、考えるって言う間も無く終わるけれど、体験を経ていきなりこの作品を作っている。

しかもすでにこれで4回目って事になると・・・そうね、例えば体験で1回で終わったとする。そんな場合、ではこう切って下さい・・・あっ、そうじゃなくて・・・こう。

こんなやり取りで切れたパ-ツを今張った・・・そしてまた張った・・・ほらこんなやり取りで半分くらい出来たとして、段々と慣れて来た。その頃になると、手際も良くなり、

少し考えて、こんなパ-ツ切って見ようかな?ってチャレンジしたりする・・・・。こんな事があったり、逆に絵が上手かったり、過去にやったモノ作りが上手く行った事で、

今回のモザイクって分野もそこそこ結果が出る。って自分の中に理想の完成像しっかり描いているような場合、その下絵の上手さがアダになり、その通りに切れないもどかしさに

へこんでしまう・・・・って事が起こったりもする。そんなこんなで1回で終われば、それでどうする?2回目はあるのかな?・・・・って話になる。

これが初回に終わらない・・・そんな場合、前者は出来ない・・・って事が出来たから、
今日は・・・って取り組む事が出来たりするが、後者は思った通りにそこそこ切れて、

終わっていたら2回目もそれを引き継ぎ終われる。何しろそんな場合は、6割終わった残り・・・って感じだから。しかもパ-ツにクラッシュが多ければ、引継ぎって感じ。

それがここからは凝ったパ-ツに・・・なんて慣れて来た事と違う事をすれば、前回とは難易度が違うので、単なる4割って残りのスペ-スって事では無い。

これが、出来ると思い込んだ人だと、前回は思った通りに行かなかった・・・けれど、前回よりも慣れた。だから今日は・・・となっても、そもそも半分以上気に入って無いから

完成したとしても満足感は少ない。そう言う表情をする。いずれにせよ、思い込みから起こる現象である。これが最初から続ける前提で、やる気満々で来たとしたら・・・?

1つの例なら、こんなもんかぁ・・・次は・・・リベンジ。って素直に自分の結果を見て是正出来るが、続けようと思ったけれど、これじゃあなぁ・・・って場合は、次が無い。

こんな事もある。それが何と無くこんなのが作りたい・・・とか、面白かったから・・・
とか、今度はじっくり作るぞぉとか、色んな形はあれど、ここや高洲のように、

先人にしっかり取り組んでいる人がいる場合、あんなの作りたいなぁ・・・とか、あんなの無理ぃぃとか、その人達の作品をどう見たか?になる。

つまりそれを見て憧れを持ってくれた場合、その人達のしっかりした取り組み方をも、真似をしようとするから、慌てる事無く、しかも私もそうだったよ・・・最初は・・・。

って言う一言が、安心感をも生み、知らぬ間にそれを追い掛けるって事になる。そんな作品がこんな作品なのね。そんな場合、例え2作目と言えど、こんな作品になって行く。

つまり慌てる事無く、時間が来たら終わり・・・また同じ分だけ進む・・・その繰り返し
・・・ただね、ここがそんなにモノ作りってのは単純じゃないのね。

じゃ数字で考えて見る。作品を10として今4回目。何割終わったのかな?恐らく見た感じだと、3.4割は終わっているかな・・?じゃ後、6.7回?違うのね。

今は文字だの絵だのって言うのを、きちんと切っている。それが段々とスペ-スは無くなっている。すると大抵最後はクラッシュって言う、ランダムな形で切る事になるのだが、

それを、さっ後はバック・・・こんな感じの人だと、サクサク入れて1回で終われるはず。しかし、もしそこでも目地幅は均等、隙間は空けず・・・ってやれば、時間は全く、

読めなくなる。こんな事はまだ良い。もっと複雑なのは、左右対称なんて場合、前回の慣れと今回は、本当に実力は一緒なのだろうか?ここね。要するにまだ安定感が無いから、

前回上手く行っても、えっとどうやってやったっけ?・・・って事もあるし、逆にここが上手く行かなかったから・・・今度は・・・なんて自分越えしちゃう事もある。

これは切る悩み。更に構想って言う悩みがある。次はどんなデザインを作ろうかな?って・・・何しろノ-プラン。余白には下絵が無いでしょ?つまりその都度考える事になる

・・・すると限られた時間の中、戸惑って切っているのに、こだわった構想なんて事になると、その場で全部やるの?ほらね簡単に判るでしょ?すべてが当日のみってのは、

とても難しいって事になる。逆にガッチリ構想を考えて来た・・・としても、じゃそれはどの位掛かるのかな?もっと言えば、本当に出来る事なんだろうか?になる・・・。

最初誰でも何と無くやってみたい・・・こんなきっかけで始まる。問題は続け方。
どうやって続けるか?になるのね。続けられれば上手くなる。けれど自分の思った通り、

自分の思った時間、そして自分の作品の評価・・・そんなの全部簡単に手に入るなら、プロはいらない訳で・・・。問題なのは更にあって、自分の理想に潰される・・・。

何しろ人には出来る事と出来ない事がある。勉強だってスポ-ツだってあるでしょ?
モノ作りにもある。それをホ-ムランが打て無いから辞める。良い点が取れないから、

だから辞める。キ-パ-じゃ無いから辞める・・・これは判りやすいが、モノ作りってどんな時?上手く行かないから・・・ヘタだから・・・もしこんな事だったとするのなら?

練習しないと、何度も繰り返さないと、上手くはならない。ただね、ニノのドラマみたいな話でね、要するに考え方が大事になる。ほら慶應労作展の受賞者。

学生の場合、あぁして夏期講座みたいに特訓するから、あんな結果が短期間で得られる。
けれどほとんどが俺の生徒はお母さん。そうすると、限られた時間の中で結果を出す・・

そう言う教え方をしないとならない。月に1回をどう生かすか?何と無くでなく、目的意識を持つ事になると、簡単に行動も変わって来る。

ん・・・どう言えば良いんだろうなぁ?そうね、俺は仏像彫刻の人や金町湯の人には、やり過ぎないで・・と止める事だけをするけれど、自宅でやら無い人にやってとは言わない

そもそも尻を叩いた所で続けられるとは思わない。しかもみんな大人。趣味なんだから、
各々の時間を過ごせば良いと思う。けれどここの2人のように、かぐやにも匹敵する、

モザイクの時間を過ごしている場合、口を酸っぱく・・・言う事は1つ。それは美しいですか?と自問自答する事。そうすれば慌てる事無く、腹八分目になる。

こんな指導は簡単で、やる気が有り過ぎて、知らず知らずに進む事に重点を置く事が多いから・・・。けれど、ここだけの人の場合、進み具合にへこたれてしまうような人には、

進むようなパ-ツのアドバイスをしたりして、進み具合を調整してあげたり、逆にどんどん進めるような人の場合は、少し難易度の高いパ-ツを提案して見たりもする。

いずれにせよ、そう言う中での2作目と考えれば、実に安定感のある作品である。
このまま最後まで行けば、本人が思うよりも良い作品になると思われる。

では金町湯の方。


新作に入った。所が、先生ぃぃ、ユザワヤでこんなの買っちゃったんですけれど・・・と、ほら今、のりちゃんお母さんが金魚で使っているあのガラスタイルの1cm版なのね。

それを文字に使って良いか?って言うのだけれど・・・ん・・・よりによってそれかぁ。
まだガラスタイルを切った事が無いのに、いきなりそこから・・・・。

このガラスタイルは、単なるガラスの裏に色を付けたってガラスタイルで、当然固いモノで裏をこすれば、簡単に色は落ちる。つまり喰い切りで切れば、時より色は剥げる。

ただ金魚の尻尾や花なんかに使った時、それがリアルに繋がって見えるなら・・・お洒落になるけれど、文字となると折角きちんと切ったとしても、剥げてしまっては失敗って、

感じにも見える。しかも金町湯って看板をあれだけの精度で作った後に・・・ただ、折角買ったんだから、ひとまず切って、どの程度の仕上がりで納得するのか?見せて・・・。

って、切って貰うと、俺が思う程度の仕上がりと、本人の納得する程度が一緒だったので、どうぞ・・・となったが、一文字の中に何色か使おうとするので、それは辞めて貰う

何故なら、抜け歯みたいに見えるから。すべてが木に似ている色なのね。しかもこのガラスタイルはさっきも言ったように、単なるガラスに・・・って事。

裏面だけに色が付いている・・・つまり側面は単なるガラス。ガラスは透き通る。
透き通れば、木の色に影響される。文字は彫られているのだから、ピッタリ切ってそこに

入れれば、益々木の色がガラスタイルだけを見た時とは違って見える。そうね、似たような感じで言えば、ファンデ-ションや口紅の色を見て綺麗・・・って買っても、

肌の上に乗せるのだから、肌の色が白い、そうで無いで、確実に変わる訳で。
あんな感じ。しかもただでさえ、似ている色なんだから、もはやカメレオン。

つまり良く見ようとすれば、見えるし、見ようとしなければ判りづらくなる。
金町湯の時の文字とは違う。こんな説明をすると、迷って白いタイルを持って、これに

しようかな・・・?って悩むのだけれど、もはやそうなると、阪神と巨人を比べているようなものになる。白いタイルは明らかに木とは違う色。だから読みやすい。

その考え方は金町湯の看板と同じで読める・・・が趣旨。けれどこのガラスタイルの場合は、読めるじゃなくて、あっ・・・何かいる・・・って近づいてから判る・・・。

そんな感じ。はっきり判るじゃなくて、おや?って感じに判る。それが最高な仕上がり。
けれど1文字の中に何色も使うと、それじゃなくても判りづらいのに、更に読みづらく、

最悪の場合、読めない・・・なんて事になると本末転倒。全然お洒落じゃなくなる。
俺の良くやる隠し文字とは意味が違うのね。ここは読めないとダメ。

つまり水と油、阪神と巨人の比喩は、しっかり見せるってタイルと今更比べようとする事の違いを説明する為のもの。そこまで戻ると、もはやそれを買った事まで戻らないとね。

そもそも教えていないもの買っちゃっているんじゃん・・・ってね。あははははは。
だから、いかに使うか?になる。どう使うか?を考える。自分の思うような結果かどうか?

じゃなくて、それを使うって買ったんだから、出来る範囲で考えてやって見る事。まずは諦める前に徹底的に。しかもそのゴ-サインも確認して出したのだから・・・。

それなのに撤回では、何の為に確認して、説明して・・・・予期しない事かも知れないけれど、常に予期している事が正解とは限らない。勿論、予期したまんまなんて事もある。

か゜しかし、予期したまんまは結局その程度。リスクは伴わず、当然自分の予期を越える事は無い。ある程度上手くなったら、リスクを少し負ってでもチャレンジする・・・。

買ったのは自分なんだから。それで今自分の最高に出来る事をやれば良いのね。
すると場合に寄っては、自分の予期していない良さ、悪さと出会える。

そこから思わぬ収穫を得る。これが実験材料になる。何しろ辞めないで続ける前提なら、
こう言う指導は簡単に出来る。そう言う点では、そんな指導の後は、すんなりここまで。

納得して始まったら、何にも起こらずにね。もう始めてのガラスタイルで文字になる。
何とも上手くなったもんだ。

では仏像彫刻の方。


前回の是正で、もう同じパ-ツの繰り返しとなれば、切る形や大きさで悩む事も無く。
同じ色の繰り返しもなぁ・・・って事になると、当然余裕からも、色々と考える・・・

そうなると、当然こっちから光が・・・なんて事で、テクニックなんて話になる。
さてそんなに余裕が出来たなら?じゃ、テクニック論でも指導するかな・・・になる。

まず資料の写真は最高の状態のあじさいだったりしているとして、そこには無くても、
今のままでは紫色で終わって行くでしょ?何か単調じゃない?うふふふふ。

そこでね、あれ?良く見ると花と花の隙間に向こう側が見えたとして・・・あっ葉っぱが見えたぁぁぁってならないかな?葉っぱが見える?・・・葉っぱは何色?ほら緑ぃぃ。

あっ色が増えたぁぁ・・・しかも緑のタイルは何色もある。それが良いって言う人なら、
じゃ上の方は?ほら空だってあるかもね・・・・ってな話になる。これが想像力。

俺なら笑いも欲しいから、隙間からでんでんむしが覗いていたりするけれどね・・・。
あははははは。更にこんなの1つ聞いちゃえば、別に難しい事じゃないので簡単である。

そこで更なるテクニックとなるのだけれど、この方が段々なんて言葉を使うのね。
ほら出たぁ、便利な言葉の1つ段々・・・。少し、ちょっと、この曖昧な表現。

こんな難しい事は無い。言葉としては簡単に言えるが、いざ作るとなったら?では・・・
じゃマンションでも買おうか?・・・1階から段々と高くなります。ちなみに1階は2700万

・・・10階はいくら?ねぇちょっとまけてよ・・・じゃ500円まけますって言うかな?でしょ?ある程度は受け入れる側の判断が問われる訳で・・・。

これがね、30年連れ添った夫婦だとね、あれ取って・・・少し辛いね・・・ちょっと遅くなる・・・すべてがニアピンか、ホ-ルインワン・・・ビンゴってな話になる。

こんな場合、ほぼ間違いが無いから、お互いに意志の疎通があるから満足度も上がる。
でしょ?じゃさっきの500円まけます・・・って不動産屋が、0を1つづつ付けたら?

えっ500円じゃ駄目ですか?じゃ5万えん?じゃ50万・・・えぇぇぇい、じゃ500万でどうだぁ・・・これは笑い話で済むが、段々こうしたい・・・少しこうしたい・・教えて。

って言われて、今の不動産屋みたいにこんな感じ?こんな感じ?ってやったら、場合に寄っては怒るよね?・・・ほらね。だから、その段々って言葉1つで読み取らないとならない。

そりゃ付き合いの短い関係では、絶対に近いくらい当たるはずが無い。けれど、付き合いが長くなると、常にその都度更新しているから、そこに信頼関係がきちんと成り立つと、

意外に判っちゃったりもする。そこでその段々の説明をしたのね。そもそも段々だけでは成立しないので、段々どうなのか?になるでしょ?ではこの場合、段々薄くなるとでもする

そうなると、すでに張って張る部分からして、下に濃い紫だから、上へ向かって薄くなる・・・段々とって話だよね?ここね。つまり段々って言葉を理解しないとならない。

段々って、カクカクしてる感じしない?段々畑とか、ダン、ダン、ダぁぁぁぁぁンって、
何か強弱とか、真っ直ぐな感じじゃない・・・。

それでね、良く俺は戦をイメ-ジして貰うのね。右と左に分かれていて、いざっ・・・って両者が進んで行く。足軽がどっと押し寄せる・・・じゃどっちが勝つ?

そんなの判る訳無いじゃん・・・その通り。だけどね、作り手は操作出来るのね。
だからどっちが勝つか決める。つまり濃い紫軍と薄い紫軍の戦いなのね。

じゃ接戦をものにする?それとも圧勝?それとも玉入れみたいに数えないと判らない?
そもそも数えないと判らないくらいじゃ、勝ったとは言えない。だって見る人は数えては

くれないからね。つまり確実に勝ったように見えないとならない。では現場検証。
濃い紫軍しかいないよね?それじゃ戦にならない。では相手の薄い軍を上に作って行くの?

これじゃ混ざらない。そこで、右手と左手を開いて交差させて合体すると、ギザギザってなるでしょ?あれをみれば判るのは、先端が細くなっている。

つまり、濃い紫を上へ向かって小さくして行き、逆に薄い軍をすでに攻め込ませないとならない。そこでよく考えると、攻め込む奴は誰?ほら馬に乗って切り崩して行くでしょ?

あっちを掻き分け、こっちを掻き分け・・・真っ直ぐだけは進めない。しかも全体としての軍から考えると、ごくわずかな感じ。つまり小さめに攻め込ませ、小さめに攻め込む。

これを均等にするのでは無く、将棋盤じゃないので、持ち駒も敷地も違う中でやる。
しかも大きさも変えつつ・・・すると意外と、段々と混ざる・・・なんて事も出来る。

うわっ、7000文字を過ぎてる・・・・もうここまで。

さくら親子、みどり教室

2014-04-27 07:19:58 | モザイク教室
今日はあんまり枕無しで行こうかね・・・何しろあんまり時間が無いからね。
流石に3人分のブログって言うのは、そう簡単じゃないんでね・・・。

それではまずさくらのせがれから。どうかな?小学2年生の作品は?何しろ今日はみどりの車の送迎付き・・・・なんて事で、うたた寝して来ていて、おはよぉぉぉって言っても、

ぽっかぁぁぁぁん・・・としていた癖に、こらぁぁぁ、さぁやるぞぉぉぉって言って、やらないで帰るかっ?って言うと、やる・・・・って始める・・・そんな感じ。

そんな子の作品なんだけれど・・・・始まれば本気でやってるのね。そんな幼くても。
きちんとここやるよ・・・ここ切って・・・ここはこの色・・・そこはみ出てる・・・

そもそもこんなに機械がいっぱいあるような、忙しそうで、とっ散らかっている車。
これが忙しく働く車じゃなくて、そこそこ働く車くらいなら、普通の車って事で、

ホ-スもはしごも、何か判らん機材を作らなくても良いのに・・・けれど、もしこれがきちんと出来た場合、当然それよりもポイントは上がる。

まぁ、例えば何と無く車より、タクシ-とかゴミ収集車、救急車、消防車の方が、子供の本にあるように、しっかりした名前を言える訳で・・・。

例えば、野球選手と言うよりイチロ-選手と言うと、誰でも判る人となるし、何と無くフィギュア選手と言うより、羽生選手と言った方が知名度が高く判り易い。

ただ良い事と悪い事は背中合わせで、その分、似ていないとリスクを伴う。つまりそっくりで無いと、知名度が高い分、グレ-ドが低く見える。

はっきり判り易いものを作る事は、個性的であるから観ている人にも判って貰いやすい・・・あっ、消防車だってね。けれど、だからこそ、しっかりとしたグレ-ドに・・

って作らないと、評価は見えるじゃん・・となるが、更に目を留めて貰うには、細部に渡ってしっかり作らないとならず、そのパ-ツの難易度は当然上がり、失敗する率も、

上がってしまうので、進み具合も悪くなる・・・・。ここが難しい所なんだけれど、きちんと考えればすぐ判る事で、何と無くの体験なら、上手く行かなくて当然だし、

時間も限られているし・・・と、いくらでも理由は付けられる。けれど、こうしたロングランとなる作品は、そう言う事は無く、時間制限が無い以上、結果が問われる・・・。

えっ、そんなに掛かってるの?ってね・・・。すべての習い事がそうだが、何年やっているの?どれだけ泳げる?何級?レギュラ-?・・・違うかな?よくある話でしょ?

つまりモノ作りの場合は、その作品の結果となる。それだけの価値があるか?無いか?って言う事を決めるのは自分だが、それを評価する人達の意見も聞かないとならなくなる・・

続けると言うのは、そう言う事にも動じない心も必要だし、逆に動じるものだからこそ、
そうならないような準備も必要となる・・・・

やはり続けているのだから、体験の時とははっきり違うものにならないと・・・・。
そう言う点では、これだけ出来るのだから、完成までたどり着けばそれ相応の作品に、

見える。そう言う点では、ここまではまずまずで、katsuに習ったと言って貰って結構。
ただ完成しないと評価の対象にはならず・・・あくまでここまでは。

ただ、良くも悪くも、幼い頃からの付き合いなもんで、モザイクの魅力の前に、奴は珍しく俺好きなんで・・・まぁ4.5年位は続くだろうし・・・恐らくそこそこにはなる。

ただ奴に教えるのはモザイクじゃないので、モザイクは片手間程度で十分。
大事なのはモノの考え方・・・1つの考え方しか無いって事は無い・・・ここだけ。

感性とはなんぞや?・・・・まっ、判ろうが判るまいがそんな事はどうでも良い。
世の中に感性って言葉が存在するのなら?俺は奴の感性をくすぐるまで・・・あはははは

そうすりゃ、何かを感じるだろうから・・何かを・・・そしたらどうするか?は、大きくなった奴が決める事・・・・それまでの間、しっかり感性なんてもんをいじくるだけ。



お次はみどり。おっ、新展開だなっ。実に面白いし美しい。良く図鑑を見たって事が伺える。調子や体調を崩していると言いつつ、取り組む姿勢は間違いは無く思われる・・・・

がしかし、残念な事にそもそもの考え方に問題がある。例えば、これが不死鳥と言うものを作っている・・・として、死なない・・・そう思っているらしい・・・。

そうね、言葉4文字で表すのなら、仕方ないがこれも表現の1つとして間違いでは無いが、
俺が思うに、何度死んでも甦る・・・って言う意味であり、死なないと言うより、

何度でも生き返る・・・・そんな意味では無いか?それを死なないと表現するのも、判るが、もし死なない・・・と言う表現の中に、無敵のような気持ちであるのなら、

思い上がりのようにも聞こえるし、無敗のようにも聞こえるし、もしそこに意識せずに、
こんな意味にも感じられる表現である事と捉えているのなら、自覚を持っているが、

もし、そんな意味じゃない・・・って思ったのなら、明らかに何か勘違いをしている。
それが似てはいるが、何度でも生き返る・・・って表現が出来ていたのなら?

例えどんな事があろうと、甦る・・・つまり死ありき・・・って話で、覚悟の決意の様にも聞こえないだろうか?しかも不死鳥って名乗る奴が自らを死に追いやる事はしなそうで

、つまり第三者の手によって、死が迫る・・・そんな感じじゃないのかな?つまり死なないって事であれば、その生き血は不老不死として、狙われる身である事・・・。

そんな事を含まれていたりもするはずで、そんな意図は全く無いだろうが、結果としてはそんな重みすら感じられる・・・勿論、偶然で。それを本当に上手い人は、こうこうこう

だからこう・・・なんて根拠も乗せて、理想を追求し描く・・・・こんなスタイルになる
勿論、こう言った事を、先人の不死鳥を描いた人達が作って行った話で、俺もみどりが

作る・・・と言った時点で考えて見ただけ・・・・けれど、もし作る本人がそれ以上を
持っていないと言うのなら?それは変な訳で・・・・。

それは単純に考えれば、俺が単なるモザイクの技術のみを教えれば良いのなら?こんな事は全く必要とはしないはず。世の中にこんな事を言う先生はいないだろうから・・・。

けれどもし、これがいつか芸術と言われる位置まで登りつめようと言うのなら?
それこそが神々しくだの、永遠だの・・・に繋がる為には、そうした誰もが考えつかない

・・・・そう言う事を考えるべきで・・・。しかも考えるだけなら、みんな平等で、それをモザイクの表現部分で比べたのなら?それは経験値として余りにも大人げ無いが、

単なるものの考え方のみであれば、ある意味私はこう考える・・・って単なる主張。
ただここをきちんと考える為には、きちんとした定義や根拠を誰かの言葉で無くて、

自分の言葉で伝えないとならない。何故なら自分だけの不死鳥であるのなら?先人とは何が違うのか?って話で、でも先人達が作ったものを見て、全部否定するのなら、単なる

変わり者になるだけだし、先人達を全く無視するだけの主張だと、ペラペラにも感じる。
要するに個性なんて事を口にするのなら、先人を無視するのなら、それ相応の覚悟になり

先人の否定から入るべきで、当然それを打ち消す根拠が必要となるし、それが理に叶っているのなら、屁理屈くらいにはなるだろうし、先人に生意気だ・・・と言われる位には、

なる。それがいつか肩を並べる結果に繋がる可能性がある・・・方や、先人を受け入れた上でなら、先人はどう言う事を考えたのか?を判らないながらも知るべきで・・・・。

ただそれを考えると非常に難しくなりそうだが、そんなに難しい事を要求している訳でなく、もし私の不死鳥ってのは、死なない・・・ってコンセプトで考えていて・・・・

って、自分なりの主張が出来るのなら?その目線は一体誰の目線だったか?と考えるべき。
少なくとも、不死鳥とテ-マを決めた瞬間、死なない事で良いのか?と振り返るべき。

死なないって言葉には、不死鳥目線なら、私は絶対に死なない・・・って自己主張にも聞こえるし、あいつは絶対に死なない・・・となると、誰かからの伝承の言葉にもなるし、

もしくは、殺して見たんだけれど・・・死ななかった・・・つまり最低でも何かをされた事になるはず・・・。けれど、何でそうされたのか?と考えれば、死なないから・・・。

つまり相手に取って不都合があるのか?もしくはその逆で、その生き血は魅力あるからとなる。となると、死なないって事は嫉妬、ねたみ、欲望を生む事になり、当然そうなると

この場合の死なない・・・は、そう言う事も含まれる感じがする。では、それをもし死ねない・・・とすると、目線は不死鳥になり、その時点で1つの考え方だけで済む。

しかも、死ねない・・・になると、何らかの理由も感じられる。何か理由があるから・・と・・・。凄くシンプルになる・・・・では、どっちが難しいんだろうか?作るには?

つまり、死なないでは、色んな目線で考えないとならない難しさになるし、逆に死ねないでは、自分目線のみで良いが、その理由が知りたくなる・・・・。

こうした事を具体化して考え、そう見せる為にはどうしたら良いか?になる。
ただ変わった形や色の鳥だから、不死鳥だ鳳凰だ・・・は言って貰い易い。がしかし、

きちんとそう言う事を盛り込んで、理解された時に、ダビンチコ-ドでは無いが、みどりコ-ドになる。そもそもオリジナルでこれだけの作品を作るのなら?

この位の事は考えるべき。この考え方が1つ。もしこれが大作の基準なら、全くの正反対で、綺麗ならそれで良い、可愛ければ最高、一切の思い入れを捨てる・・・・

それが共感されるのなら?それはそれで主張となる。そう言う考え方もある。
ただみどりの作品の場合、バックに家紋のようなものまで作ってある事を考えるのなら?

きちんとした根拠や思い入れを入れるべきで・・・となるはず。そう言う点では、モノの考え方がぶれて来ていたので、これを指導とした。もう一度どんな気持ちで始めたのか?

を確認する事。小手先のテクニックで逃げようとしない事。少なくともやっている腕には全く問題が無いのだから、単なる作り手の心の問題。そんな感じに思えた。



さて最後はさくら。とうとうまた1枚終わった・・・・そう、さくらはこれで良い。
今日も相当調子が悪かったのね・・・・何しろあららららって感じになるからね・・・・

体調が悪い時はすぐ判る。けれど、そんなに調子が悪かろうと、こうしてやれる。
ここが大事で、体の具合が悪くて出来ない・・・って事は、誰にも非難される事では無い

けれど、大抵は一時の事で治るもの。けれど、さくらはほぼ大なり小なりこのまま。
それなら、むしろ病気が普通であり、そんな中でも出来た事が自信となる。

五体満足でやれる人とは違う訳で。さくらの場合、調子が・・・とか、体調が・・・なんて言ってたら、具合の良い日なんてそうそうありゃしないのだから、その中でも出来た。

って話で、それが治ってから・・・なんて言ってたら、いつまで経っても出来無い。
そうでは無くて、そんな日でも来る・・・約束したから来る・・・来たんだから・・・・

ちょっとでもやって見る・・・無理せずにやって見る・・・休んで見る・・・話をして見る・・・ちょっとやって見る・・・・こんな事で時間まで入れば良い。

それでもまたこうして出来た・・・では3つ目・・・とまた同じ大きさで始まった。
縁取りは終わった・・・・。要するにどんなに具合が悪かろうと、この位の作品は、

絶対に出来る・・・・そう言う意味になる。さあ3つ目もやって見て・・・きっと出来るから。このスタイルはユニディが以前やった作り方で、家族の似顔絵の作品・・・あれ。

ひとブロックづつ作って行く・・・・これが何枚も合体すれば、それ相応の大作となる。
軽くまとめると、俺には五体満足で体調を崩しているので、心も平行して乱していて、

その中で不死鳥を作っている人と、体調は常に優れず、このまま元に戻らないのかな?とそんな体で楽しく可愛いふくろうを作っている人が、両方共に不死鳥に見えるんだけれど

表面上は、リアルで上手い不死鳥と、これってそんなに掛かるの?えっ、これがkatsuさんの弟子?って言われるような作品に見えるふくろう・・・って図式だろうが、

きちんと観ているのだから、しっかり判断しないと、上っ面で観ている人と一緒になる。
それを技術のみだけで判断出来る・・・と言うのなら・・・そう言う人の意見・・・・

それはそれとしてきちんと聞いて置く・・・・。ただ技術だけで無い葛藤なんてもんが必要となると、2人共に良くも悪くもきちんととまでは言わないが、もがきながらやってる

・・・それが何より。そう言う作り方をしていれば、作品を作る姿勢が変わらないのだから、後はモザイクとしての技術の反復。つまり切る、張るの繰り返しとなる。

そうね・・結論としては、演じられなくても監督にはなれる。つまり考えるって事と、演じるって言うのは別物なのだから、モノの考え方と、モザイクをやる人は同じ実力では

無いと言う事。ではみどりの場合は、モザイク技術は上達して上手くなったが、構想と言うモノの考え方って点では、モザイクが上手くなった分、お粗末に感じられる。

逆に構想はしっかりしているのだけれど、何しろ病気では、その構想に付いて行かない。
やりたい事に届かない・・・そんな感じ。まぁ2人の悩みは全く逆でもある。

このバランスがザリガニ教室の一番良い所なのだが、2人共にドツボの場合、みどりがモザイクの切る張るって技術にすら悩み、さくらが考えるって部分に悩むと・・・・

もはや何処にも良い事は無くなり、夢や希望すら失う事になる・・・。それがミミズの雌雄同体のように、出会った都合で変えられる・・・・そんな生き物になれるようにすれば

どちらかが参っている時は、どちらかがしっかりする・・・・こんな事を意識出来れば、
2人共倒れでは無く、生かして生かされる・・・の関係を身に付ける事。

そうすれば、この相席にも意義がある。そうね、今日は正直悩んだが、あえてさくらのせがれの前で、思い切り言わせて貰った・・・・今までに無い声を張って・・・。

恐らくせがれは、こんなkatsuを観た事は無いだろう・・・・それが証拠に俺のいない間に、みどりが可愛そうだ・・・って言ってたらしいが、さくらがあれは怒られているんじゃない・・・と説明してくれたらしい・・・・。

いずれにせよ、本気で教えるって事は、笑い声だけが響くって事では無い。
本気であれば、時に声を張って、威嚇にも思えるそんな時もある・・・・。

それをそう言われた・・・と取るか、そう言わせてしまった・・・と取るかは、死なないと死ねないのような、表現の仕方なのか?言葉ジリと取るのか?それは本人の受け取り方。

それが嫌なら、弟子なんかになりたい・・・そんな事は言わない方が良い。
本気で取り組んだら、何をやっても泣かないで済むような事は何1つ無いと考える・・・

それだけ本気と趣味は違うはず。後は取り組む方法論で、プロ野球の選手のせがれだから、俺も目指す・・・と生まれてすぐに決意し取り組む・・・これも1つだが、

お父さんとキャッチボ-ルがしたくて・・・って始めたら、辞めずに続けていたら、いつしかスカウトがやって来た・・・・こんな事も多々ある。

いずれにせよ、みどりは、千と千尋では無いが、湯婆婆の俺に働かせて下さい・・・と、
頼んだのだから、しっかりやって貰わないとね・・・・。そんな話。

それにはさくらが先人として見せて行くべきで・・・生き様をね。こうやっているって。
後は2人で作り手の心ってもんを作って行くんだな・・・そう思う。

こんな話、大人2人が判らないのだから、せがれに判るはずが無いが、無くても良い。
いつか奴には判る日が来る・・・・今は感じていれさえすれば良い。

何せ奴と俺は信頼関係がある。だからきちんと付き合って行けるから、その内に・・・って時間がまだまだある。また・・・がある以上、焦る必要は無い。

人と付き合うって言うのも、俺はコツコツ積み上げる・・・何せ一生付き合いたい奴だから・・・。そう言う気持ちで付き合うのだから、伝わらないから、判らないから・・・

じゃ無くて、慌てずに何度でも・・・馬の耳に念仏、大いに結構。
犬にお座りぃぃぃって伝わるのなら、俺も奴も人間同士。きっと伝わる、いや伝える。

ただ一応先生・・・じゃ俺は俺の教え方がある。ってな話・・・。

キウイ教室とユ-ミンママのポストの扉

2014-04-26 06:30:30 | モザイク教室


本当に果てしないって感じで、一体これはどうなるんだろう・・・と観る者へ思わせる。
そんな凄さも感じる・・・まぁ正直、俺のやっている事と言ったら、以前やった場所の

ボンドでも取って置いてあげよう・・・ってな具合。そんな事で時間を使わせるのなら、
少しでも前へ進ませて・・・・そんな気持ちもあってね。

大作なんて時は、同じ事の繰り返しの場合が多く、そんな時は教える事も少なく、しかもキウイがあれ?これってどうやったっけ・・・?なんて言うはずも無く・・・・。

だから教えるって言うよりも、次の準備だったり、以前のやり残しみたいな場所のボンド取りみたいな事だったりするのね。それでもごくたまぁに・・・教えるなんて事もある。

さて、そんな中、日高氏がやって来て・・・・これが昔からの知り合いだから、キウイは凄く盛り上がるのね・・・まぁ日高氏は面白い人だからね・・・。

それが例の秀樹さんのリフォ-ムの話から、話を広げたりしていて・・・掛かっていたCDが、野口五郎さんだった事もありぃぃの・・・更に秀樹も掛けての・・・

ダンクラは?〔ダンスクラッシックの略、ディスコソングとでも言うのかな?〕とか、何でも言えば出て来るもんじゃないしぃぃ・・・・と言うものの、あったりもする。

そうね、日高氏からキウイまでの歳の差って、兄弟位の差だろうけれど、それでもギリギリ知っていたり、そこまで知ってて、これ知らないの?・・・って発見だったりもする。

何しろ昔からの知り合いだと、特に拾う話でも無いと盛り上がらない事もあるし、逆に何も無くても拾いっ放しになったりもして・・・・。

そうね、例えば定期的に来ていれば、説明いらずで前回の続きとか、継ぎ足しみたいな事で、すんなり進む話も、久しぶり・・って感じだと、ブログを読んでいる人では無いから

ほぼ近況報告からスタ-トとなり、えっと何処まで知っているんだっけ・・・?と、説明から入る・・・しかもそこに時間制限なんてあれば、じゃ帰るわ・・・となり、

ふざける時間が無くなる・・・・これが逆に頻繁だと、秀樹どうした?連絡あったら連絡するでしょ?だよな。おしまい。そうなると、昨日の楽天の試合なんて事になるが、

そもそもキウイが野球好きでも無いし、日高氏と一緒に行ったのなら、キウイに聞かせるにしても、野球うんぬんの話よりも、行った先での野球以外のエピソ-ドだったりする。

だから、聞いている方もそこそこ飽きずに聞けたりもする。そんな事から考えても、今日は昔話へ行った方が面白そうだな・・・ってスタ-トだったから、フリが古いアイドルで

・・・って事になったんだろうね。あははははは。それが、そもそも日高氏はボケる事が好きだから、常に大体俺が突っ込むのだけれど、キウイがいると、キウイがやってくれる

から、俺もボケられるのね。それをひたすらキウイがさばくから、全然話が進まないぃぃ
・・・・なんて言われて・・・・それだけでも結構馬鹿馬鹿しく楽しい・・・。

ただ意外と突っ込むって難しくてね。何しろボケる人は凄く変な事を言うから、正しい事を言わないとならないが、そのボケ方によっての突っ込みであって、それがさじ加減で、

何でも沢山、満載って多め過ぎでやっちゃうとつまんなくなっちゃう・・・良く俺の使うのは、ボケた日高氏に、そうなの?本当にぃぃ?ってお返ししちゃうのね。

そこでまさかの日高氏が、一生懸命に自分の言ったボケが正論である事を裏付ける何かを言うまで許さない・・・ってスタイルがあるのだけれど、そこに俺が助け舟を出す。

こんなのが俺達が良く使う話の盛り方だったりするが、あくまで何回も何回もやって、それを知っている上に重ねているからの笑いであって、昔から知っているからの成立。

それをいきなりやっては、何が本当で何が嘘か?判らなくなる・・・・。
昔、キウイは全部が本当みたいに信じるから、全部説明しないとならなくなり、結構面倒

な事になっていたけれど、今はそんな事も無く、逆に素晴らしい突っ込みで、それつまんないぃぃ・・・それしつこいぃぃぃ・・・とか、相当仲良い人になったんだろうね。

何しろキウイの凄さは、他の人が言ったら怒られるだろっ・・・って思うような事も、キウイだから許されるのであって、日高氏はキウイに寛大である。

まっ、それもこれも相当な時間が掛かっている訳で・・・色んな事の積み重ね。
こんな話に何があるか?・・・それはオルタの玄関が始まればすぐ判る・・・・。

勿論、それに限らず、何か関わる事になった時に生かされるのね。そもそもサッカ-だろうが、野球だろうが召集される選手は上手い人達。だから技術のすり合わせになる。

技術は上手いに限るが、その上手さを引き出す為には、そのパスの貰い方もあるし、野球にせよ、いかに相手に集中させないように邪魔をするプレ-を出来るか?なんて事もある

・・・要するに技術をより引き出す環境を作るには、個々の連携が必要で、連携とは?
となると、自分を出す話が必要で、そこから相手を知り、こっちを話し・・を繰り返し、

更に会う度に成長しているのなら、お互いの書き換えも必要となる。そう言う点では、目の前にこの作品を置かれての馬鹿馬鹿しい話は、腕を認められた上でのおふざけであり、

その上の話だから、単なる面白いって話に聞こえないのね。そもそもキウイは日高氏に認められている・・・そう言う事なんだろうね。だから楽しさも倍増なんだろうね。

まっ、いずれにせよ、もう少し先の話なんだけれどね・・・本当に面白くなるのは・・・

さて、その後は作品作り。


やっぱりこの細かさで、この精度をガラスタイルでやると、早々進まない・・・・。
まっ、コツコツやるしか無いのね・・・・コツコツと・・・そうすりゃいつか終わる。

ユ-ミンママのポストの扉と楽天vs西武

2014-04-25 06:49:36 | モザイク作家
昨日の時点で気になった事からの是正スタ-ト。それでバラを若干剥がす事にした・・・
流石にこんな小さく、細かくては、下絵のように見せるには難しかったのね。

やはり限度ってものがある。更に言えば、緑の葉っぱ部分・・・こんなのがずっと続くのかぁ・・・って事になると、ガラスタイルでここまでやるのは初めてなんで、どうなる?

正直、未知数なのね。そんな感じで2つも続けてストレス・・・って感じになったから、
まぁ安全なアゲハをやる事にしたのね・・・この程度のクラッシュで困る事は無いから。

こう言う時はバランスってものがあって、ずっと難しい事をやり続けるって言うのでは無く、得意な事を続けるのでも無く、何とか進む事の手助けになるように、いつもと同じく

出来るように・・・そんなバランスを保ちつつ・・・ってやるようにしているのね。
何しろ楽な事が続くと、その後のダメ-ジは大きいし、楽って事で、気持ちが単調になる

逆に難しい事ばかりが続くと、いつ終わるのか?その果てしなさに、まっ良いか・・・の
、連呼になっては質を下げる・・・それをいつも同じ量、いつも同じ難易度なんて、

操作して進めたりするので、あっちこっちと手を付けたり・・・になる。
それと、全部作らなくても、そこの部分だけで大体を想像する癖を付けるにも良いのね。

ただ、それをやるには、いかに自分が苦手である事か?得意な事であるか?これが大事なんだけれど、もっと難しいのは、出来る事だとしてもヘトヘトで出来た事は、得意って言う

事なのか?とか、1回出来た事は、本当に安定してやり続ける事が出来るのか?もしかして何度も成功するとは限らず、ラッキ-では無いのか?とか、見極めって言うのが必要で、

これを間違うと、果てしなさが増して、終わらなくなる・・・。もうこうなると、向き合う気持ちが遠ざかり、何かやりたくない・・・そんな事になって行く・・・。

それもこれも上手くなって、更にとんでも無く難しい事や、大変な事、そんな事を望んでしまっている自分に気が付かずに、理想と現実の違いなどに戸惑ったりする事にもなる。

まぁ、俺の場合は仕事なので、そんな時もやらないとならないのけれど、それが適度に教室下地だったりもあって、気持ちの切り替えなんて事もあるのだけれど、

そっちはそっちで難しい事があって・・・・楽な事は無いのね・・・ある意味、作品作りの場合、ご新規だと、いくらも無い情報の中で、望んでいるのはこんなかな?・・・・

とか、判らないながらも探そうとする事が難しい・・・逆にリピ-タ-さんの場合、情報も多くなり、こちらからの提案も多く出来る事もあるが、その分、色んな作品を見ている

ので、より新鮮味を出そうとすると、それはそれで自分のスタイルも何かを変える事でもあり、いつもの・・・って予定調和みたいなものを壊す事にも繋がったりもする。

ただそれとて、自分を知らないと、全然変わっていないじゃん・・・にもなり、良くあるア-チストのアルバムで、あれは好きだけれど、これは嫌い・・・とか、

制作側としては、色々変えているつもりだが、左程変わっていないように見えたり、
逆に前のと余りに変わっていて、何か変・・・なんてお客さん離れ・・・なんて事も。

何しろ、そんな葛藤の中で、みんな作っていると思うのね・・・制作するって。

確実にア-チストはこんな事も考えて作っていると思うのね・・・。何しろオリジナル制作って言うのは、ずっと同じ人なのだから、ずっと同じ味・・・これはこれで歴史が、

加わればそのスタイルが確立するし、逆に常に新しいモノの提案って悩み続ける生き様なんてものを見せ続ける・・・なんてスタイルもあり、オンリ-ワン探しって言うのは、

いずれにせよ、こう言う葛藤の中で見つけて行くもの・・・なんて考えたりする。
これとは逆に教室下地は、お母さんとか、子供とか、限定の場所だったり、夏の・・とか

イベントとかになると、ザックリの中で、何を提案すれば・・・?と大きい幅で考えないとならず、しかし金額は決まっている・・・・何とも難しくなる・・・。

こうして作品作りも教室下地も難しい事が違うだけで、簡単な事は一切無いのね。
ただ何しろ、やり続ければ、必ず自分の糧になる・・・・そう思うのね・・・。

そんな中、今日はかぐやが応募してくれた楽天の試合が当たって、日高氏と行く予定だったが、数日前に行けなくなった・・・って連絡が入り、1人で行こうかなぁ・・・って、

思っていた時に、あっそう言えば、先日の釣りの時にフィギュアが、東京ド-ムに行った事が無いって言ってたなぁ・・・って事で、昨日連絡すると、行くぅぅってなり、

急きょ2人で行く事になった。日高氏とならバイクだけれど、当然この2人だと電車な訳で・・・。ただ奴は乗り慣れているのか?パスモを何気にチャ-ジしたり・・・・。

やっぱこれが普通なもんなんだなぁ・・・と確認。ただ電車に乗れば、何処で乗り換えとかは判るから、まぁ何も問題無く到着。



こんな感じの席で、試合は観やすかったのね。そんな中、慣れない新しいデジカメで撮ると・・・・まだ使い方が判らないで使っているのだけれど・・・・

へぇぇ、こんな望遠になるんだぁ・・・って感じ。かぐやが来た時にちゃんと教わろうっと・・・・。一応、今年だけかも知れ無いから・・・チャンピオンフラッグは撮って。

これは珍しいものだからね・・・・ジャイアンツじゃないんだから・・・。
そんなこんなで試合は勝っちゃって・・・・ただ、創立からポツポツ観に来ているけれど

・・・あんなに弱かったチ-ムも、相手と見劣りしなくなって、むしろ強くも見えたりして・・・・やはり勝つって事で、やっている側に自信も付くが、観ている方も見方が、

変わるのか?・・・いずれにせよ、あの時の弱さは無くなっていて・・・・流石にチャンピオンフラッグを掲げているだけはある・・・・継続は力なり。良いものを見た・・・。





ユ-ミンママのポストの扉・・・後は全部ガラスタイルの予定・・・

2014-04-24 05:33:45 | モザイク作家
そうね・・・ほとんど何も特に無し。家賃の催促が入ったので支払いに行って・・・・。
また今月も持ち出しかぁ・・・って少しへこみ・・・。

それ以外は何も拾う話が無いし・・・・。まぁ1人で作品作りって言うのは、こんなもんって言ったら、いつもこんなもんって感じだから・・・。

ちなみに色々試したい事があって・・・・バラだけ目地をして見た・・・。
まぁ、こんな感じだろうな・・・ある意味実験的な事も多いので、正直やってはこうか、

なるほどそうか・・・の繰り返しになりそうなのね。正直まだまだ判らない・・・。

朝から歯医者に行ったのね・・・・

2014-04-23 04:20:48 | モザイク作家
って、いきなりなんだけれど、前歯が虫歯になって・・・・気になっていたんだけれど、
中々歯医者に行けるような時間が取れなくて・・・・って訳で、教室が無かったから、

予約無しで、フラッと行ったのね・・・・。勿論、かぐやに聞いたよ・・・ねぇ、歯医者って何時から?いくら位掛かるの?・・・・って聞ける位の事は・・・。

だから一応、全く情報無しで行った訳じゃ無かったんだけれど・・・・ただそんな程度で行くって言うのが、こんなにビックリする事になるとはね・・・・。

まず何と無く駅の方に行けば何とかなるだろう・・・なんて感じで行った割には、探しもせずに見つかった所までは、素晴らしいスタ-トだったんだけれど・・・・。

しかもそこは先日のインフルで行ったお医者さんの下の階。ただ、どうやら10時からだったらしく、いくらか早かったんだけれど、受付のお姉さんがどうぞ・・・って、

言ってくれて入ろうとするも、何だか余りにも綺麗過ぎて、何処から靴を脱ぐのか判らずに戸惑っていると、靴のままどうぞ・・・って。

何しろインフルの時は、自動でスリッパが出て来るような所だったので、またあんなもんがあるのかな?と思ってしまったのね・・・。

それで初診の為の手続きを取ろうとして、保険証を・・・って言われて、出そうとして探すと、あれ?・・・忘れたかな?って戻りながら探すと・・・・エレベ-タ-前で見つけ、

引き返して、何とか手続きも終わって、周りを見回す余裕も出て・・・それが受付には、さっきのお姉さんの他に3人も女の人がいて・・・更にREGOコ-ナ-があったりして、

もはやここは何処なの?俺は歯医者に来たんじゃないの?そもそも俺の知っている歯医者って言うのは、ドアを開けると小さな玄関にスリッパが出ていて、いきなり窓口があって、

マスクをした受付の人がいて、中に入ると2台診察台がある・・・って感じ・・・。
それが、子供連れのお母さんが来たと思うと、お遊びコ-ナ-があるわ、VTRはあるわ、

しかも、お母さんが治療に向かうと、子供をあやす受付の女の人・・・至れり尽くせり。
知らない間に凄い世の中になったもんだ・・・って感じなのね。

ただそんな中でも、有難い事に雑誌のコ-ナ-は昭和の名残りであってね、でも50のおっさん何見る?って話なのね。誰もいないなら婦人誌が良いけれど、まさかね・・ここじゃ

・・・って訳で、若者のファッション誌を見ると・・・あっ、まだポパイなんてあるんだぁ・・・何とも懐かしいのね。良く見たわっ・・・若い頃。

こう言う情報誌いっぱいあったもんなぁ・・・そんなこんなで名前を呼ばれて中に入ると、上着を脱ぐ場所はあるわ、診察台が7.8台はあったかな・・・?しかも先生がいっぱい

まぁビックリ続きで唖然・・・そんな中、いつ歯医者に来ましたか?って質問に・・・答えようが無いくらい昔に・・・・としか言えないって話になり、それではレントゲンを。

と言われたが、えっ?レントゲンなんか撮ったっけ・・・歯医者って?って。
そんな感じ。ただそこを咬んで・・・なんて事は無かったと思うけれど。

そんなこんなで戻って来ると、すでにモニタ-に映されていて・・・近代設備って凄い。
そんなこんなで治療になる。ここはそんなにビックリするほど変わらないけれど、

何しろ記憶の中にお医者さん側に男の人が1人・・・後は全員若い女の人・・・・。
昔、生徒のお母さんの中で、産婦人科と歯医者には良い男はいらない・・・って言って、

いた人がいたが、今日はつくづく思ったね・・・・確かに。ただ凄いのは、歯医者って、
何日掛かるのかなぁ・・・って言うものだった記憶があるのに、1日で1本治しちゃうの?

って思うと、それはそれで有難く、時間があったら治した方が良いね・・・って思うのね
・・・そんなこんなで、思ったよりも早く帰れたので、気分良く作品作り。

そんな中、かぐやからデジカメが届いて・・・・ただ使いこなせず画像がアップ出来ず・・・。まぁ、ここまでの話は、新しいものに中々馴染めない・・・・。そんな話。

更にそんな中、キウイがやって来て、先日電話があったリフォ-ム番組を録画したものを
持って来てくれて・・・・。それでどうなんですか?と聞かれたものの・・・・

何も連絡が無く、今週は無いんじゃないかな?・・・だってまさか今から撮って、土曜日放映は無理だろう・・・ってな話。

ただね・・・何があるか判らないし・・・いつもいつも・・・。
いずれにせよ、今日はつくづく思ったよ・・・取り残されている感じって言うのかな?

みんなが知っている事を、ことごとく知らないんだなぁ・・・・って。
ただもしそうなら、逆に言えばみんなほど、俺は変わっていないって事でもある。

無くすものもあって、得るものもある・・・まぁどう付き合って行くか?
常に体感するのは自分なのだから、どう感じるか?なるべく新鮮さを忘れないように・・

そう思いたいのね・・・俺は。



ユニディ教室って言うか、イベント仕込みと新作のポストの扉

2014-04-22 06:39:25 | モザイク教室
今日はユニディの予約が入っていたけれど、恐らくお教室って言うよりも、今後の予定の打ち合わせが大半になるだろうな・・・・そんな感じだと思っていたのね。

まずはオルタの玄関。お客さんに先日連絡を入れて、様子を伺うと、どうやら玄関の雰囲気は出来ているらしいので、ユニディと一緒に見に行ける日はいつ?って決める事。

それをお客さんに伝えて、何しろ今月中には伺って、更に来月初旬には材料を発注したいのね・・・それでひとまず工事1ヶ月前に材料を押える事になる。

そこが上手く行くと、先日決まったフレスポ稲毛のイベントにかぐやが合わせて来るので、仕込みを始められるかも知れないし・・・

他には、ユニディ発信で、地元のイベントで作品展示と販売・・・そんな話を持って来てくれて・・・詳細は別枠でかぐやが紹介しているって事にして・・・・

その分の作品を取りに来る・・・そんな事も含まれる。それについては、以前笠原のイベントに出したみんなが作った鏡や俺の金魚や小物、展示物としては、かぐやにプレゼント

したランの作品と、カルチャ-に展示してあった梅にうぐいす・・・こんなんでどうだろうか?って話をすると、かなりカッコは付いた感じであったのだけれど、

回りを見渡して、以前、窯ぐれ祭りの時にオ-ドリ-の作った本棚や、常連が作ったカレンダ-入れも持って行って良いですか?・・・と言うので、特に構わないが、

その常連の作品は、本当に今となっては無理難題で作ったもの・・・・。
実はその当時の常連には良い練習になると考えて、色々とハ-ドルがあったものなのね。

まずは下地選び。何でも良いからここから選んで・・・・と良いつつ、トカゲやかたつむり、トラやヘビ、タコなんてのもあった・・・・・。

絶対に常連達が好まないもの・・・・。そんな下地をわざわざやって貰ったのね。
それが勉強だから・・・。そしてそれが、常に俺がやっている事なのね・・・・。

自分の好きなお題じゃなくても、上手くなればサックと終わらせる事が出来る。しかもぺきぺき。単なるクラッシュだって大きくも切れるしね・・・ただ、そこにもハ-ドルを

作って、色は3色までね・・・って言うル-ルを設けた。つまり形で何とか見せないとならず、色で誤魔化す事は出来ない・・・・そして更に、何日も掛けてはダメ。

さっさと終わらせる・・・確か3.4時間・・・つまり普通の教室内って意味だったかな?
まぁ、アドリブで何処まで作れるか?って具合にね。

そして最後にお願いとして、それは俺に頂戴・・・そうアトリエに飾って置くから・・・
って決めてあったのね。いつかこの作品が忘れられた頃に、次に入って来る人が、

これって?って質問する日が来て・・・・あっそれは常連達が昔作ったモノ・・・って、
言うつもりだったのね・・・・それを見た人達が不思議に思えばそれで良くて・・・・。

つまり常連の人達が・・・何でこんなの?ってね。そもそも常連って、今は上手いって思われているけれど、最初はこんな感じだった・・・ってね。

けれど、今も細々と続けている・・・そうね、以前よりもやっていないだろうね・・・・
モザイク。けれど、続けるって言うのは、そんな以前のままのペ-スで続けるなんて・・

そんな事が出来る人ってのは、完全なる目的意識でも無い限り難しいものなのね。
何せそんなに刺激的では無くなっているしね。けれど、嫌いになった訳じゃないし、

そうね、言い方変えれば、確実に月に1回は触っているんじゃないかな?・・・気が付いたかな?最低、月に1回・・・・ほら、リピ-タ-さんと同じじゃない?

ただ、あの頃は自宅でもやってた・・・・ほら、今のリピ-タ-さんはそうでしょ?
つまり、過去にしっかりやったものが身に付いた・・・そして続けている・・・・。

それが常連。腕って言うのは積み重ねなのね。コツコツとね。それを1日に長い時間を取って、疲れ果てるまでガッツリやる・・・こう言う事では無いのね・・・・。

けれど、それはそれで得るモノもある。例えば、長い時間座って作れるって、体を作った事になる。そもそも、モノ作りの苦手な人は、じっと座っていられない。

こんな事が原因の1つでもある。ただこのスタイルに慣れると、長くやる癖が付くから、
短い時間ではやる気が起きなくなってしまったりもする。たった1.2時間だし・・ってね

・・・そんな感じ。つまり片付けもしないとならないと、7.8時間出来ないと・・・みたいな感じになってしまったりする。そうすると、そんなに時間が作れる事は、大人だと

そう簡単じゃないし、子供だってここまで1人で来るなら別だけれど、お母さんと一緒であったら、2人の都合が合う日って考えたら、早々簡単な事では無い。

それが定期的に出来ない原因にもなるし、やらない時間に慣れると、そう簡単には戻れないのね・・・・だって、やらない時間に慣れたって事は、やらない時間の楽しさを知って

しまったのだから・・・。そりゃ、疲れるしただ自分の為に、黙々時間を使う・・・
こんな事が出来るのは、お母さんのような自分の時間が少ない人や、今、モザイクをする

事が自分の時間の中で、定期的に組まれているようなそんなリピ-タ-さんのような人。
しかも、そんな人は今自分が上手く出来るようになって来た手ごたえを感じている。

そうそれが自覚。こんな人は、今、夢中に出来る人。そんな話をしながら、ユニディと作品を拭いて整理していたんだけれど、要するに常連って言うのは、そんな中で、

こう言うイベントの時に、色んな作品を度々作らされた訳で・・・・俺に。
そうすると、もはや俺と2人で作った金魚・・・の実力まで来た。

本人達が一番気が付いているだろうが、以前の作品を見て、確実に上手くなっている事をね・・・・。しかも、みんなが集まる事があっても、とうもぉぉ・・・って来られるのは

集まっても一緒に萎縮しなくて良い腕を持っているからで・・・。つまり、高洲と言い、
カルチャ-と言い、KAMEYAさんと言い、きちんとした目指す腕の人が先人にいると、

寺子屋のように、その人のように・・・ってなってみたいって目標になる。
そんな場所は、その先人に続くような人がやって来る・・・・残るって事になる。

ほら、まおちゃんのようになりたいぃぃ・・・ってあれあれ。
けれど、ほら、そんな人は本気じゃない?でしょ?俺の所は、まだまだそんなにハ-ドルは

高く無いのね。そうね、ニノの新番組みたいなもんで、弱くても勝てる・・・あんな話。
何と無くやって、何と無く続けて、けれど、少ない時間の中で、いかに上手くなるか?

これは指導者の力量が問われる。ただ、やるのは本人。そんな環境が必要となると、常連って言う人達がいる・・・・ってのは、誠に有難い話でね・・・。

良くぞこの腕になるまで残ってくれた・・・ってそんな感じ。さてさて、こちらの作品の準備も終わる頃に、えっと私もコ-スタ-を作って出したいんですけど・・・・って。

じゃ、俺が枠を張るから、中身をユニディが作れよ・・・って事にした。
下地はユニディが用意してあったので、ペ-パ-掛けから始まって、油塗り、後にコルク

を張って・・・枠を張ってスタ-ト。完全に流れ作業。こう言う事を目の前でやる事って余り無かっただろうけれど、昔はこれを日高氏とイベント準備していた訳で・・・。

こんな事が目の前で、一緒に出来るのは、そう言う事を持って来てくれたからなのね。
そんな話をしつつ、イベントの仕込みをしたのだけれど、純粋にモザイクをする・・・・

そう言うのとは違うので、販売目的だと単価の計算など、デザインってだけの話では無いし、要するにさっきの勉強の為に作った作品のようなモノを販売する・・・っていくら?

こう言う事なのね。例えばそれを500円って言うのなら、単なる遊びって話で良いだろうが、じゃあこのコ-スタ-はいくらなの?1枚・・・って事になる。

つまり価格は比較対照なんて事も考えなきゃならない・・・。必ず売れる訳で無く、売れるかも・・・であって、それをバッタのような売り方にするのか、売れなくて良い値段で

見せる・・・が目的なのか?で、持って行く作品が変わって行くものなのね・・・。
いずれにせよ、こうしてユニディがまた新しい事を発信するのだから、また新しい何かが

起こる可能性がある訳で・・・しかも、これはまだ未知数の話だが、オルタの玄関の場合、設計士である事・・・これは本業なのだ。とうとう本領発揮の時である。

何しろ凄いのは、生まれて初めて設計士を横に置いて、現場で相談をする事。
こんな立場で仕事を出来る・・・そんな奴は早々いない訳で・・・。

所詮、タイルを張るような施工業者は設計士の下に付くもので、立ち位置として一緒にいる事が出来る・・・そんな仕事がとうとう来た・・・・そう言う気持ちである。

何しろただ立つでは無く信頼関係ありきで。これなら本気で取り組める。
頼んだ、頼まれたの関係では、遠慮もあるが、お互いがやりたい場合、遠慮無くよろしく

で済む。いずれにせよ、何しろ初めてな事は、準備を怠らなければ後悔は少なくて済む。
何しろ報われるには、すべてが結果・・・それがプロである・・・。

その後、当然作品作り。


こんな事の後では、やらなきゃ・・・って話。まっ、いつもやっているけれど・・・・あはははは。

リピ-タ-さん教室と新作のポストの扉

2014-04-21 07:08:28 | モザイク教室
今日は月に1回のリピ-タ-さん教室。これが難しいのは、こう言った幾何学模様のような同じ事の繰り返しの場合、几帳面であればあるほど、小さな事に捕らわれてしまう。

こう言うと、お前が一番そうだろうがっ・・・って突っ込まれそうだが、要するにこだわる場所の問題なのね。例えばカレ-を作るってお題だとする。

カレ-って言うくらいだから、まず大事なのはル-なんだけれど、米を何にしようかな?・・・みたいな、炊き方が・・・とか、釜にこだわったりとか・・・こんな感じ。

では一体、何が起こったか?って言うと、隣同士の模様の流れが合わない所が1つある・・とか、ってかなり些細な事が気になるらしいのね・・・。

では一体何処なんだろうか?勿論こうして間違い探しのようにすれば、判る人も出て来るかも知れ無いが、ここまでの精度の模様の繰り返しとなると、そう簡単には合わない。

要するに、そこまで合わせたいと思うのなら、必ず1つパ-ツを決めたら、それが入る同じ所に当てはめて、何か問題は起こらないか?と考えてからスタ-トする事。

何しろ機械が切っている訳でも、張っている訳でも無いのだから、数mmずつずれている。それをまるで合っているように、大きくしたり、小さくしたりして、まるで同じ、

パ-ツが入っているように見せかける、それがテクニック。それをするには、1つ先を読むって姿勢で、確認をして進める事で、1箇所だけでは考えない事なのである。

意識の中に枠があったりして、線が引いてあるから必ず合っている・・・とか、自分の張ったタイルが必ず同じ線通りに切れているとか、勝手に思い込んでいる・・・。

俺の場合は、絶対に合っていないのだから・・・・と、考えて、だから、そうしたいけれど、こうなっちゃうだろうから、こうすれば・・・こうなってくれれば、こうなるはず。

こんな感じですべて考える。ただここが大事で、ここまでやりたくない・・・と思うのなら、そこまでこだわらなきゃ良いんだけれど、自分が考えている事が、ここまでしないと

出来ない事を知って欲しいのね・・・・実はそれ位こだわっている事なのだ・・・と。
それが自覚ってもので、それが起こる原因は、切る事が達者になったから。

最初から切れなければ、諦めるのは簡単。けれどここまで切れるから、考えたらそうしたくなる。けれどやって見ると合わなくなる・・・それは当たり前で、ほぼ枠しか無い下絵

・・・こんなものだけでは、はみ出したりもする。大体なんだから・・・。
ではこれをすべての図面に起こしてから・・・出来たらモザイクってやってみ・・・。

きっと、しばらくモザイクが出来なくなるから・・・・図面が描けるまで・・・。
でしょ?だから輪郭線だけで始める・・・ってやるのだけれど、描くもので変わる。

例えば、絵画みたいな場合、輪郭だけを守れば、そこそこ何とかなる。何しろここにこのパ-ツで無いと・・・って事は少ない。けれど模様の場合、同じ事の繰り返しだから、

ここにそれを入れると、あそこにもそこにも入るから・・・となり、場合に寄っては、
入ったり入らなかったりする・・・そこを入る所は入れて、入らないから良いや・・・

ってやるのと、じゃ一番小さい場所に入る大きさに統一して入れよう・・・では、確実に繊細さが変わる。けれど、こんな事は、知ってしまえば、こんな事が必要な人達なら、

単なる意識の問題で、切り方から教える事では無い。つまりこんな人が、これ以上上手くなる・・・って言うのは、もはや意識なのだ。何をどうする・・・こんな意識。

それをそう言う目的意識を持たなければ、すべてが偶然でやるのだから、逆に合う事の確立の方が低くなって当然である。ではもしそれが出来るようになったとする・・・・

そしたら、次なるステップアップと言うのなら・・・。今度は偶然を装って見る・・・。


では、このクラッシュを見て貰いたいが、本人に違和感無いですか?と訊ねると・・・・
どうやらあるようなんだけれど、何がどう・・・と答えられないらしい・・・。

とても簡単な話で、俺の見解では、黄緑側の方がクラッシュのパ-ツとしては、色んな形が入っていて、バランスが良いが、大きく三角で空いた目地幅があったり、目地無しの、

ように、くっついてしまっている。確かにランダムと言えば、ランダムだが、場合に寄っては、素人のようにも見える・・・。逆にエンジの方は、目地幅は均等なんだけれど、

形として四角のような形ばかりで、角張ったようなパ-ツが無い・・・。両者共に良し悪しがはっきりしている。こんな事が、この方の感に触れている事なんでは無いかな?

つまり単なる意識だけで解決する事ばかり・・・。これを直すには・・・1つはこれ以上のグレ-ドを望まない事。趣味と言うなら十分なのだから・・・。

では、もっと上のグレ-ドを望むなら・・・意識を持つ事。それには、こうした細かな失敗を何個も何個もして、後悔をする事。チェッ・・・今度はしないように・・・って。

それを大きく失敗しないように・・・の保険が俺であって、ここでやれば、大きな失敗はさせないように防ぐ・・・ただ、小さい失敗なら、それは次の勉強の素材になるから、

是正する為の練習位な話となる。何しろ続けて行く前提なら、これは良い踏み台の作品であり、出来れば見栄えもそこそこってなれば良い話で、もしこれが最後と言うのなら、

例え体験でも、今後が無いのだから、安全な事のみ・・・場合に寄ってはもそれは無理、これも無理・・・って止める事が多くなるかもね。

それがこうしてロングランでやる・・・って覚悟の人になると、進み具合が・・・って事だけに重点を置かなくて良いから、逆にそれは美しい事ですか?の質問になる。

何しろ美しさの追究ってね。けれど、それすらも出来るようになったのなら、じゃこの先どうする?それが意識。今日の気分でやっても良い事と、ト-タルで考えなきゃならない

・・・そんな事が出て来る。それが大作だったりする。例えばシングル盤とアルバム。
シングルはピンポイントでヒット曲狙い。万人受けのようになるが、アルバムだと、

ア-チストの思いのたけって言う点では、幅も広げられる。つまり前フリに使える曲なんて歌も作れる訳で・・・。たった1曲だけと、数曲あるのとでは敷地が違うのと一緒。

メインのみがコ-スタ-なら、ゆとりがあるのが大作・・・こんな風にも考えられる。
いずれにせよ、この大きさが初めてであるのなら?初めての戸惑い・・・それが勉強。

気楽に作れなくなった・・・考えなければ作れない・・・それが大作。
小物と同じ気持ちで作れるはずが無い。勿論、かぐやのように次々やれば、大作も、

慣れてしまうから、同じ事になるのだけれど、みんなはまだまだそんな事は無いから、
まずは意識。その時々にあっこんな事、あっ、こんな事・・・とチェッって思う事が、

もしあるのなら?その時は、もっと上手くなろうとしているのかぁ・・・私って思えるか?上手く行かないな・・・・とへこむのか?で全然違うし、もし上手くなりたいと思う

のなら、きちんと自覚して、何が何処が・・・と次の是正の糧にすれば良いだけ。
そんな意識を持てるか?持てないか?で何かが変わって行く・・・。そう思うのね。

そう言う点でも、もうこの方への指導は、四隅しか無い。後は自分で出来るはず。
さて、それではこんなものを見て貰う・・・


これは去年ここで生まれた金魚。猫にやられたりしたけれど、そんな中で部屋の中に入れた中で、生き残った3匹・・・・結局、外に1匹の全部で4匹が残った・・・。

この経験は大きい・・・。何しろただ買った金魚を飼う・・・ってだけでも、中々難しくて、何百匹死んで行ったか判らない・・・・けど、それでも飼っていたら、産卵なんて

事になり、かぐやが育てているのを聞いて、俺もやって見ようかな・・・?って思って、
真面目に取り組んだ結果がこれ。・・・飼うでは無く、育てる・・・に変わった瞬間って

話である。これがとても勉強になった・・・ここから人生50年を習った気がするのね。
例えば100の卵が生まれたとして、糞をしないから水は汚れない。けれど金魚になると、

食べるから糞をし、水が汚れる。とんでも無い倍率でね。そこで問われる・・・どうする?ってね。何しろいつしか、からだの大きいものは横取りをしても食べようとする。

小さくて弱々しいものは、食べられないからいつまでも弱々しい。当然、差が出る。
しかも水が汚れて行くのだから、そのままだと弱い奴から死んで行く・・・。

けれど大きいからって美しい訳で無く、小さいながらも美しいものもいる・・・・。

そのままにするのも自分。選別するのも自分。何でも良いのか?好きなのを選ぶのか?
結局、選べず自然のままにして置いたら、少しずつ死んで行き、残ったものから、

数を絞って外へ出した・・・そしてあんな逆境の外でも1匹残り、環境の良いアトリエ内だったのに、3匹しか残らなかった・・・・。

こんな事を繰り返した結果どうする・・・今年は?って話で、そもそもここで生まれた金魚の子供が欲しいのね・・・・いつか。そうすれば、買った金魚じゃなくて、ここ産。

アトリエ産の金魚がね・・・。その為に練習させて貰っているようなもので・・・・。
辞めなければ供養にもなるが、辞めてしまえば意味を成さない訳で・・・。

続けるって言うのは次に繋がる訳で・・・・。勉強とは?そう言う是正の繰り返し。
それが俺の場合、ある程度の知識って未熟なものを頼りに・・・・経験値の繰り返し。

しかもきちんとした指導者かな?・・・・金魚の産卵の先生はかぐやなのだから・・・。
そこを抜けて、ただの飼育なら、大きくなれば俺の方が長く飼っている訳で・・・・。

そこに繋げて行く。何でもそうだけれど、俺は身近な事を意識して生きないと、自宅とアトリエの繰り返しなのだから、何も起こらないし、何も刺激など無い・・・。

いかに感じられるか?・・・・人より敏感なのは、そんな生き様からかも知れないのね。


そんなこんなで・・・・こんな感じ。