katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

キウイ、お母さんにローラの相席教室

2018-10-31 23:32:24 | モザイク教室
今日はキウイとお母さんとローラの相席教室。そんな中、ローラがプレゼントする為に作ったオーナメントの残り3つを自宅で張り終えたのね。それが前回までは、丁寧に、丁寧に・・・と慎重にになり過ぎて、うっかりすると1日1個しか出来ない・・・なんて事だったらしいのね。

それに輪を掛けたように、キウイとお母さんの相席で目が肥えてしまったのね・・・必要以上にね。恐らくこれが更に拍車を掛けたのね。それは良い事と悪い事みたいな話で、良い事は自分よりも上手い人の作品を見るって言うのは、刺激的であるし、憧れるような作品であったりもする。しかし・・・。

これが難しい話になるのだけれど、人は意識するって事を無意識にしてしまう事が多々あるもので、しかもキウイやお母さんって言うのは、非常にフェイクに値するものがあるのね。まずその前に、人は見掛けで判断してしまうものだ・・・って事。それだからこそ、童話やなんかで幼い頃から、それはダメ

みたいな事を教わって来ているのだけれど・・・って事を頭に入れた上で、要するにキウイを知っている人なら、あの陽気な雰囲気で正直、本当に上手いのかな?・・・って思わせたりもするし、お母さんはハンドルネームからも、割と年配である人なのは想像出来たりもするだろうね・・・。

そんな事からも、この2人の教室は和気藹々で、のんびり時間が過ぎて行ったりするのね。しかし、さっやろうかな・・・になった瞬間、上手い人達なのね。しかもかなり。そうなると、和気藹々な空気が一転するから、その和気藹々をそのまま継続するには、ある程度の腕が必要になるのね。

何故ならお茶をしていたり、呑気な雰囲気の時間のまま、さっやるか・・・に変わったとしても、結局やっている事だけが上手いだけで、話している事はお茶の時と何も変わらず・・・なんで、必死に作っているような人では付いて行けなくなるのね・・・。ただ、ただなのね。そこが思い違いなのね。

付いて行けるはずが無くて当然なのね。だって上手い人達なのだから。その時に凄い上手い人達・・・って思えば、凄いを付けた分、意識も大きいが、上手い人達でも、凄いを付けて凄い上手い人達でも一緒な人の場合、何ら変わっていない事になるのね・・・。

それが意味する事は、もしくくりを子供がいるからお母さんで同じとか、女の人とか、主婦とか、何らかの条件が一緒と判断して、私も・・・もしかしたら頑張れば慣れるのかな?・・・って思ったりして、お茶をすると和気藹々で、親しみやすく、って良い感じであればあるほど、差を感じるのね。

その時に、頑張らなきゃ・・・って思って自宅でやったとする。それを別にぃぃって出来る人は、左程この問題は起きないが、その差を何とか埋めたい・・・と無意識に思えば思う程、きちんとやりたい・・・上手くなりたい・・・人にあげるんだから・・・ってどんどん知らず知らずに追い込まれる

・・・そんな人は、身動きが取れなくなるのね。それは何故か?と言うと、結果ばかりを気にするからなのね。しかもまだローラのように始めたばかりなら、出来たぁ・・・って出来た事を楽しめば良いのに、良いのが作りたい・・・って思ってしまうと、じゃ良いのってどんなの?・・・になる。

そもそも、ここで気が付いて欲しいのは、オリジナルであると言う事なのね。例えばプラモデルのように結果が箱の表紙になっている・・・みたいに判ると、そうする為に1番はこれ、2番はこれって順番に真似をすると、誰でもそこそこな結果になる。この考え方は、レシピ、楽譜、設計図のように、

結果ありきでスタートするものなのね。所がオリジナルは正解が無いのね。つまり結果ありきで始めるんじゃなくて、手探りなのね。その時に大事なのは、こうしたい・・・って単純な考え1つなのね。例えば今回のローラなら、みんなに売っていないものをあげたい・・・ってね。単純でしょ?

でもね、ここに文字を付け加えると、どんどんと変化するのね。けれど、出来れば素敵なものをあげたい・・・嫌、可愛いものをあげたい・・・嫌、折角あげるのだから、良いモノをあげたい・・・嫌、貰って嬉しいモノをあげたい・・・・って言葉を変えれば、いくらでも変化をするのに、意識せず

ハードルを上げている事に気が付かないのね。例えば、素敵なもの・・・って言うと、幅は広いがキラキラしていると、小さな女の子からお年寄りまで、宝飾品のようなものは好まれたりもする。逆に可愛いもの・・・になると、場合に寄っては幼いモノにも思えるし、良いモノとなると、人それぞれ

になるし、もはやその上に、貰って嬉しい・・・ってもはや検討が付かなくなる・・・って言葉通り変化するのね。でも作り手はローラなのね。つまりこの3人の中では一番キャリアが無いのね。これがもしキウイなら、この幅でもハートを1つ入れようかな?・・・なんてアイデアを出すかも知れない。

でもね、それは思うように切れる人だから。でもね、そのアイデアさえ頂ければ、それを切れるお母さんなら、真似を出来るかも知れない。でも、ローラには無理がある・・・これが差なのね。その時に相席で目が肥えてしまい過ぎると・・・肥えたでは無く、肥え過ぎると・・・ね。

凄いな・・・私も・・・と無意識で思い、でも何処が上手いの?何が違うの?凄いのは何処?って意識しない場合、単なるプレッシャーになるだけで、そんなものを抱えて、先生不在で自宅でやれば、どうすれば良いか?を聞けず、失敗はしたくないし・・・もはや動けなくて当然なのね。

それが前回だったのね。それを2人に1個1時間でも掛け過ぎぃぃ・・・って何度も言われて、今回は3個を1日掛からずに終わった・・・って。そうなのね。つまり正解が何たるか?が見えたから進み具合が変わったって話なのね。要するに考え方としては、さっきの話に戻れば、習ったばかりのローラが

みんなに売っていない手作りのプレゼントをする。これだけにすれば、その人のイニシャルで作るんだから、例えばあの人は活発だから・・・赤とかオレンジとか・・・あの人は水泳部だったから、水色とか・・・何かそうした自分にしか作れないものって言うのは、その人への思いであって、業者には作れないものであって、

ゆかりのある人でしか作れないもの・・・であるのなら、腕とか質では無いものになると思うのね。もっと言えば、これが孫からのプレゼントなら、下手だからダメとは言われないが、大人が作って大人にあげる・・・のだから、良いモノをあげたい・・・って思うのも仕方ないと思うのね。

そこまでなら丁寧に外枠に沿って・・・とか、同じ色が被らないように・・・とか、小さく幅が狭いものだから、余り大きいパーツは入れないとか、アドバイスはいくらでもあるのね。けれど、2人の影響が大きいと、意識が素敵だのお洒落だの、自分の許容範囲を大きく超えた理想を掲げてしまう。

それは勝手に影響を受けちゃったのね・・・でもきちんと2人にアドバイスを貰うと、無意識に思っていたものが、きちんと指導を受けると意識としてきちんと入って来るから、思い込みってものが取れた結果だと思うのね。そして完成した・・・って話に更にプラスの話をすると、終わってから、


これに戻るんだけれど、全然進まない・・・って話になるのね。じゃさっきの話に戻ると、1日で何パーツやった?って話になると、10個位だと思うのね。しかもぺきぺきでね。その時は2人にもっと気楽にぃぃって言われたのに、今度は2人そんなもんです・・・って言われている。

当然、硬くて難しいタイルだから・・・って意味もあるが、文字は無機質だから幅を気にする・・・形を整える・・・みたいな事を重視だけれど、これはバラの花びらを作っている訳で・・・それを文字のようなクラッシュで入れたらどう見えるのだろうか?・・・。勿論、それも良いのね。

ただバラは無機質になり、生き物としての植物感が無くなり、プラスチックとかステンドっぽくとか、生き物としての滑らかさは無くなるのね。つまり作っているモチーフはバラでも文字でもどちらも一緒・・・タイルを切るだけ・・・の人は、何を作ってもクラッシュにすれば簡単なのね。

でもひとたび上手くなりたい・・・と思うのなら、楽しむ作品は入れるだけ・・・みたいな無機質にして、同じ事を繰り返す事。でも向き合う作品は無機質に進まずに感じる事・・・ここはどんな花びらになるのかな?ってね。判らなければググる。そうすれば無いよりはマシになる。

その時に正解は何か?を考えるよりも、不正解は防ぐ・・・って方が最初は良いかもね。これは違和感あるなぁ・・・は簡単に見付けられるからね。でも最高はどれ?って考えても、そんなもんがスイスイ出るならクリエーターなんてこの世にいらないのね。あはははは。

実は時間と向き合って負けているだけなのね。だって難しいタイルなのに大きな花びらを11個パーツを入れられた。以前悩んでいた頃はぺきぺきで10個程度がやっとだったのにね。ほら、成長しているじゃん・・・なのね。なのに進みたい気持ちが多いから物足りなさを感じてしまうのね。

それが証拠にキウイが私は先日、眼が入れたい・・・って壊して数枚に丸々1日掛けました・・・って言葉に、キウイさんでもそうなのかぁ・・・と思えば、あぁやって上手くなったのかぁ・・・に繋がったりする訳で。それと大事な事がもう1つあって、月並みだけど素材を生かすって話。

例えばぺきぺき。柔らかく切りやすいけれど、もろいから変な所で割れたりもする。色は鮮やかで可愛いから、可愛いものには合うが幼くもなる。それと、1枚が大きいから、大きなパーツを入れる事も出来るのね。ではこのリップルってタイルは、ランダムで大きさはマチマチ。でも大きくても2cm。

それでも1cmタイルよりも大きいパーツが入れられる。それと表面が波打っているから、同じ色が続いても揺れているようにも見えるのね。そんな素材の違いを意識すれば、折角大きく切れるのに、細かくしてしまっては波打って見えないし、大きさも生かされない。それが文字のぺきぺきだと、折角

ぺきぺきでも大きく切れないってもどかしい事にもなるが、大きく切れるのに切れない・・・練習だったり、より大きく取る練習だったり、今回の大事な事は何だろう?って意識をしたりすると、そこにどうやれば良いのか?のヒントがあるかもね・・・って話。そんな中、質はバッチリだったのね。

そんな中、お母さんは・・・


どちらも規定演技で、スノーマンは自由なのにサンプル通り。トレイはサンプルの形通りに・・・だから、どちらも決まり通りになり、色だけ違うだけで、考える必要はほぼ無し。何しろ丁寧に同じパーツを繰り返す意識を持って・・・ただ、スノーマンは目地だけなんで、今日のお母さんはトレイのみ

そう考えると、ローラと同じタイルで余り数は変わらない。つまり進む数では無く、1枚1枚の質なのね。上手いって人はパーツの質が良いのね。ただ時間を掛ければ良いって訳じゃなくて、同じ事を繰り返せる事が大事で、最初にピッタリ入れたら最後まで・・・最初にスカスカなら最後まで・・・。

なのに、気分でやったりやらなかったり・・・とかムラが最悪なのね。ただこのタイル、硬いからもあるんだけれど、お母さんマメ作って切ってたのね・・・もしかすると切り方を是正しないといけないかもなぁ・・・若干、力任せに切っているのかも・・・。そんな中、キウイは・・


いよいよ自宅でもやろうかな・・・なんて言い出したのね。終わらせに行くのかな?・・・・そろそろね。そうそう、キウイがこんなの作って来てくれて・・・ローラもお母さんもお菓子を差し入れしてくれてハロウィンっぽくなったのね。

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来年の江東区のサンプルとデイ・サービスとリバティ―アートさん

2018-10-30 22:26:03 | モザイク教室
実は昨日、何と無く気になってリバティ・アートさんに電話したのね・・・・そもそも仕事の用事でも無い限り、俺から誰かに連絡するなんてほぼ有り得ないんで、かぐやに珍しいですね?と言われる位だったのね。でも、夜になっても連絡来ず・・・どうしちゃったのかな?と思っていた朝、連絡があって、

実は法事で・・・って。ただ、こちらは特に用事も無く様子伺いみたいなもんだったが、そんな中、ちょっとなんですが・・・やって貰えないかな?って。どうやら外構工事の仕事をやってて、そこに鳥を2匹作るらしく、それを頼みたいって話。そんな訳で今日来られないかな?って事になり・・・。


そうね、もうこうして下絵も出来ているし、楽譜がある音楽を演奏する・・・って感じの仕事なのね。でもね、久し振りの外仕事だし、腕利きの人と仕事が出来るって言うのは、自分磨きにも良い刺激になるし・・・これは良い勉強になるだろうし、有難い話なのね。

って事なんだけれど、俺が1週間勘違いしてて、だからデイ・サービスの来月のサンプルだったり、来年の江東区のサンプル提出だったり、来週で良いものもあるらしく・・・ただ1つだけでも張るだけ張って様子が見たかったので、それを終えてから現場に向かったのね。

確かに現場ってだけなら、村人の母の時に行ったけれど、あの時は作品作りじゃなくて教えたり、サポートだから制作とは違うし、いずれにせよこんなに早く一緒に仕事が出来るなんて何よりで・・・ワクワクする。ただ初めての仕事なのだから、自分だけじゃなくて相手にもワクワクして貰えるような、

そんな仕事にしたいものなのね。そんなこんなで帰ってから江東区のキャラクターのことみちゃんってカルガモを使って、江東区で行われるオリンピック競技のテニスと3on3って3人で戦うバスケットボールをモチーフにしたものを3回で完成するって言う子供教室のサンプルと、デイ・サービスの来月分。

これで後は同じ江東区の来月末のイベント2つ分の下地とご新規さんの下地を作れば、来週の週末の亀有での販売の準備でひとまず落ち着くはずなんだけれど・・・。

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今日は1日下地三昧

2018-10-30 02:26:48 | モザイク教室
今日は1日下地三昧。まずはデイ・サービスのクリスマス用を4つはやってあったので、4つ、更に来月分のイノシシの絵馬、そしてリピーターさんの分を使ってしまったキリム。オルテガ柄風味のトレイに、最後は来年用の出張用のサンプル・・・これだけで油やペンキを塗って完成する頃は11時過ぎ・・・。

下地作りって地味で時間が掛かるものなのね。でも完成すれば完全なオリジナルで、既製品や他では無いものになる。何処にでもあるものなら、こんなに時間を掛ける意味も無いし・・・・こんな時に思うのは、常に新しい・・・ってものの感覚なのね。良く例にあげる音楽なんかだと、フォーク全盛の中の

ユーミンの出現・・・何もかもがお洒落で本人曰く、ブリティッシュに影響って言うのね。フォークの人達がギター1本でカントリーってアメリカな感じの中で、1人だけイギリスみたいな・・・そうかと思うと、方や小さな石鹸がカタカタなったりする歌詞なのに、ソーダ水の中を貨物船が通る・・・って。

俺が高校生位の頃では、この意味も判らなかったが、知れば知るほどお洒落だし、もっと言えばお金持ち・・・って感じるのね。そうね、例えば小学生の頃に近所の大学生に勉強を教わっていた時には、小学生の癖に大学生の真似をするような奴だった・・・今考えればイジメられて当然なのね。

グルーピーケースなる段ボール的な素材の箱を小脇に抱えて行ったり、その後は紐で縛って持って行ったり、4年生位からランドセルを使わなかった気がするのね・・・バインダーでノートの変わりにしたりして・・・紙しか持って行かなかったり・・・良くも悪くもさっきの話のようなのね。

要するに叔父さんのフォークの人達はきっとラジオから流れる音楽に影響されたりしたと思うのね。それがユーミンはその当時にイギリスに行っている気がするのね・・・その位の差がある感じね。その時に方や現実の日常あるある的な感じなんだけれど、ユーミンのは、それって何?・・・的な発信力。

それ位、非日常な感じがするのね。勿論、それをみんなが共有すると、それすらも日常で大した事では無くなるし、いにしえの記憶のように、あぁあんな事やこんな事もあったね・・・になると、思い出になり、そうすると懐かしいね・・・に変わると、ある意味それもあるあるになるんだろうけれど・・・

いずれにせよ、普通は女の人が先生だったりするから、数少ない男の先生だろうね・・・当然女の人が多ければ、キッチン用品なんて得意中の得意だろうし、飾るモノなんて言うのもお洒落に・・・なんてオチャノコサイサイな感じ。そこに男が入るのだから、ユーミンの中にフォークのオッサンって感じ。

そこを何とかしないとならない訳で・・・ただ必ずそれが悪いのでは無く、そこにも良い事が必ずあるはずなのね・・・数少ない異性。視点の違う分、考え方は間違っていないだろうが、垢抜けた感が無かったと思うのね。けれど、美術となると男女は関係無いのね。そうなると作家katsuは左程不利では無い

から、そこそこの評価を貰っているんだろうが。おっとその流れなら、やっぱり草間さんの話かな。どうも気になってしまうのは、贋作って言う言葉ね。まず贋作はダメな事って前提で、そもそも贋作って本物と偽物の区別が出来なくなるくらい質の良いものであるべきだと思うのね。

なのに見てすぐに判ってしまうもの・・・あれは偽物コピーって表現すべきなんじゃないのかな?って思うのね。もうちょっと本物に寄せろよって話。へっぼこすぎだわっ。もっと下に表現すべきなんじゃないのかな・・・丸の大きさや数が大きく違うじゃん。って話で、何と無く似てれば良いか・・・

ってやった感が出ちゃっているのね。完全にお金を儲ける方側の考えであって、本物そっくりで見分けがつくまい・・・って言う作り手がやった事では無い感じがするのね。こんな事があると、人のデザインを使うなら少しは意地見せろよっ・・・って言いたくなるのね。

ただそれも大きく悪い事なんだけれど・・・。




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かるびと親子のリピーターさんの相席教室。

2018-10-29 07:41:33 | モザイク教室
今日は午後からかるび一人のお教室なんで、朝一番は使ってしまったトレイの制作の為の木を買いにホームズへ。その後、ちょっとだけ実家に顔を出して、かるびと合流。そうね、弟子や昔馴染みの生徒さんの子供は子供の頃からの付き合いなんで、こんな時に成長したんだなぁ・・・と改めて思うのね。

1人で電車に乗って来るのかぁ・・・みたいにね。それが以前、働くような歳になったかぐやの娘が新幹線で帰るのを見送った時、やっぱり一人で・・・って思ったりしたのね。こんな事は田舎のお爺ちゃん、お婆ちゃん感覚に似ているんだろうね。何せ普通なら働く様な歳なら当たり前でしょ?って言うよね。

でもね、これが棟梁やみどりのお姉ちゃんのように、最初から大人な歳から始まった人は、逆に最初から大人スタートの人は、親は子供と言うけれど、大人にしか見えないのね・・・いつまで経ってもね。そんな違いがあったりするもんでね・・・。

そんな、かるび教室。今まで横にして制作していたものを、初めてイーゼルを使って縦にして作ったのね。その違いは横にすれば、タイルを切っても張っても、落した時にそこにあるけれど、縦にして落としたら切ったタイルの破片の中に紛れてしまって見つからない・・・そんな事になる。

逆にそのリスクがあっても、作りながら全体を見渡せる利点があり、良い事と悪い事は背中合わせって話で、どっちかが有利って事は無いのね。ただ、1つ言えるのは、やっとやっと切っているようでは、落してしまったタイルばかりに執着をする。しかし、チェッって言って次々みたいな気持ちになれる様な

そんな事が出来るようになったら、イーゼルでの制作って言うのも悪く無いのね。それと、さっきの話の続きで、1人で来たみたいな事が大人扱いに切り替えようみたいな気持ちにさせたのかな?・・・・まっいずれにせよ、そんな中、かるびが今見ても馬車は完璧なんだけれど、お城は曲がっているんだよな。

って言うのね。そっか・・・そう見えるのか・・・良い眼してんじゃん。俺もそう思うよ。でもね、それを気が付いただけで良いよ。今まで本気じゃなかったから・・・でもね、そうやって良いものと悪いものを見分ける眼がきちんと出来て来た。その眼はこっちとこっちはこっち・・・って比較出来るのも

、それはこうして差が出来た事からの発見なのね。しかも本来なら段々上手くなるべきなのに、以前の馬車のが良い・・・って。違和感あるのね。それもまた良いのね。だってその理由は馬車はどうしても作りたかったもの。でもお城はあったら良いな・・・のトッピング的な思い付き。その差は歴然。

つまり本当に作りたかったものよりも時間が掛かってしまったトッピングは、前座の方が長いコンサートって言っている感じだったり、メインディッシュが先に来てお腹一杯の後のサラダの食べ放題的な感覚で、もう結構です・・・みたいな気持ちになっているからなのね。でもね、だから頑張れなのね。

そこで最後まで出来たら、後はそのあんまり気に入っていないお城を消せば良い・・・・折角の夜なんだから、暗闇に花火・・・そうすれば曲がっていても判らなくなるだろうね。しかし、またトッピングの上乗せにはなるだろうけれどね。でもね、この1作があるのと無いのでは、意味が変わって来るのね。

それは今、かぐやが制作している生徒さん写真集を見ればすぐ判るのね・・・例えばキウイの今の作品の前って何作っていた?・・・みたいな話で、今の作品が自分の中での一番の大作って人は、その前の作品って、数年前にさかのぼるのね・・・そんな前の腕まで戻ってしまうと、そっきの子供の話みたいに

なって、確かにその作品も上手いけれど、今の腕では無いのね。だから比べれば見劣りしてしまう。つまりかるびも同じで、この作品の前になると、高校生頃の作品になってしまうのね・・・まっ、そんな話はそれが出来た時に比較して貰えば、全員判るだろうし・・・。

いずれにせよ、この作品が終われれば、これ以上時間の掛かる作品は早々作らないだろうから、制作時間の長さに負ける事は無いから、何を作ってもそう簡単にはへこまないし、何と無く・・・って言う気持ちで作ると痛い目に合う事も知ったろうし、でもそれは上手くなってしまったからなのね。

何故ならその時その時に、常に適当でやっていたのか?そんな事は無いはず。ならその時には良かったと判断したはずなのね。つまり今それが変と言えるのは、成長しているからなのね。そして更なる成長をしたいのなら、その変に見える部分のフォローなのね。どうしたら良くなるのだろうか?

その提案が頑張って作って、頑張って消す・・・そうすればきっと良い作品になる。そんなこんなのリピーター親子の相席の2回目。


今日の娘さん、絶好調。前回は2時間でヘトヘトだったけれど、残り20分くらいの時に、そろそろおしまいだね・・って言ったら、次は何処?次は?と最後の追い込みみたいにガッチリやっていたのね・・・・ナイス持久力。しかもお母さんも慣れて来たから、ここ失敗したなぁ・・・とか、ここ入れとこ

みたいに自分から気になって・・・そうやって作ると、親子でこんなにしっかりした作品になるって言う典型的な事例。もはや初めての作品には見えないし、これを予定では後4回で仕上げる予定なのね。何か和気藹々ではあったのだけれど、内容は非常に濃い話ばかりだったのね。2組ともにね。



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本当は単純にkameyaさん教室だったのに・・・

2018-10-28 04:18:56 | モザイク教室
朝いつものように棟梁に連絡して、様子を聞くんだけれど、既に昨日連絡があって、その時にもうミスをしている事に気が付くのね・・・それが数日前のキリム、オルテガ柄祭りみたいな日に、夜も遅くなって、何だこれ?トレイ1枚余ってんじゃん・・・って思っちゃったのね。

その時にもうみんなに渡したし・・・と思って余っているなら作っちゃえ・・・って勢いでやっちゃったんだけれど、実はリピーターさんの分だったのね。そんなこんなで支度をして、それでは後ほど・・・って電話を切って外に出ると雨が降ってて・・・でも傘も無く、それでも小雨だし青空も見える

し・・・そこで追加分をIKEAのバックに詰めて歩いて行って、もう駐車場に・・って敷地に入る時、あっ・・・右足が少しだけ鉄板の上に乗っちゃった瞬間、ズルッと滑って右半身から倒れたのね・・・。それがこれ。


完全にびちゃびちゃよっ。しかもドブ臭い・・・これでは行くに行けない。そんな訳で、数分前に掛けたのにまた棟梁に電話して、その旨を伝えると、怪我は?と聞かれたが、痛いのは痛いけれど、それよりもこのままでは遅刻なんでみんなに言って置いて・・・と伝えて、自宅に着替えに戻って・・・

結局20分遅れのスタート。つまり本来なら普通のkameyaさん教室のはずが、リピーターさんの下地のミス、転んで痛く、更に遅刻って相当のマイナスがあって、1日で取り戻すにはかなりの負担になるような状況だったそんな中、棟梁の友達が初参加。ちなみに住宅展示場の時にいらしてくれた方。

それが事前に棟梁が下絵から面倒を見ていたらしく、正直初めての参加とは思えない位のグレードの相談をしていて、おいおい、ちょいとやり過ぎじゃないの?・・・って思う程だったのね。例えば、普通体験の場合、1回で終了になるのだから、考え方は様子みって感じになるのね。

だから、例えば初めての料理教室なら卵料理ね・・・くらいの話なのね。なのに、その卵が烏骨鶏って・・・縁取りのガラスなんて、普通は1㎝タイルになるだろうし、ただここは切らないで張るだけだから、無駄にはならないとして・・・ギリギリ譲歩としても、文字が白金のタイル。しかもピュア。

当然安いはずが無いのね。しかも1cmタイルを切るのが初めて。何枚失敗するのかな?・・・これが先生としての正直な判断なのね。つまり棟梁は一切お金の事は気にしない提案を受け入れて、最高の出来栄えだけを考えたのね。しかし、お金の事を気にしないのなら、棟梁は出来ると判断した事になる。

つまり腕だけの事なら・・・この時点で、何も聞いていなかったが、1回で終わらなくて良い人なんだな・・・って言うのと、掛かった材料代は特に気にしていないんだなって事になる訳で。お小言としては、こらっ・・・って感じで、何故いくら掛かっても良いの?って聞かなかったのかな?なのね。

結果的に左程気にしていなかった事と、確かに見立て通りに上手かった事で何事も無かったし、棟梁の指導も間違っていなかった事が重なって、見事な仕上がりで言う事無しだったけれど、その人の技量とその提案に掛かる費用、そして時間、それが初めての人に釣り合うか?なんて事も大事なのね。

ただ今日の俺は失敗続き・・・そう考えると、初見って言う事の不利さ加減を踏まえると、棟梁に任せる方が正しい・・・と判断したのね。それはどう言う意味か?って言うと、簡単な話で、初見では一般的にはどんな腕か?は判らないのだから、安心安全と考えて普通って提案をする。

しかも費用にしても、アトリエではここ以上に材料が揃っている所は無いのだから、最高な提案を受ける事は出来るが、さっきの話を踏まえて、続けるって前提なら仮にやり過ぎだったとしても、長い目で見る事にして、この辺までなら・・・って受け入れられるのね。

つまりアトリエが一番なら、出張教室はそれよりも落ちてしまうのね。そもそも不便になるのだから。持って行く事には限界があるし、心変わりには対応出来ないから。そんな事を踏まえると、既に棟梁が全て相談に乗っているのだから、俺よりも情報が豊富な分、有利な展開になっているのね。

気にしていないのは費用だけ。つまりそれを気にしなければ全て棟梁とご新規さんは完璧に出来る打ち合わせをしている事になる。そこに俺の指導は左程役には立たない訳で。けれど、その意味は美容院の店長の役目で、チェックお願いしますぅぅって言う所になるまで、棟梁に任せるって話。

丸投げする気は無いのね。けれど初見の俺の安全安心よりも、やりたい放題提案の棟梁の方が楽しいだろうし、判断するのも、知り合いの棟梁の判断の方が信憑性があるし、それなら最後の最後の仕上がり確認だけにした方が、良いだろうと判断になる。ただ1つだけ確認する為の行為・・・それが、

この質問。今後続けるならニッパーが必要なら買いますか?・・・持っては来ましたけれど?・・・ただこれだけなら、買う必要は無いから、こっちを使うと良いですよ・・・って。この質問の答え1つで方向性が判るでしょ?そうねぇ、少なくとも買えば2000円はアップするのだから、結構な支払いになる

と思うのね。その場合はその負担を取り戻すには相当な仕上がりを期待してしまう事になるだろうけれど、ある程度続けて貰えるのだから、段々とモザイクにも俺にも慣れて来る間に、その人の考え方やら心変わりも手に入るけれど、この作品だけ・・・では、慣れる前に終わってしまう。

しかも友達って棟梁の方が情報が多い分、趣味趣向も判っている訳で・・・・しかも本来なら当然、体験の人に時間を割く事になるのだから、ミス続きに更なる負担になる事を考えると、棟梁に任せたわっ・・・は正しい判断なのね。しかも、その責任を負って教えている行為は、今後の練習になる。

人に教えるって行為は、自分のスキルを大いに上げる事に繋がるのね。そもそも自分が手を出せば簡単なのに、手を出さずにその人の技量に合わせた指導なんて、何歩も先を読まないとならず、自分ならミスをしてもやり直せば良いだけだろうが、自分が教えてミスをされて平気だろうか?・・・

あはははは、その責任の重さが先を読む・・・って勉強になるのね。しかも自分の腕じゃなくて、その人が出来るかどうか?を見極めてね。もっと言えば、数年前にオードリーに教わっていた人が、教える側に回っている・・・それだけで十分成長が感じられるでしょ?お小言は更なる成長を考えるなら

・・・の話で、まっそれはおいおいね。そんな事を踏まえて文字を見れば、この方の器用さは良く判るのね。これが初めての人の文字とは思えない。正直、この作品でおしまい・・・は惜しい気がするが、こんな人ではどんな分野でも腕を発揮出来るだろうし・・・・。単なる刺激としての通過であり、

初めてのモザイク・・・って言うのは、楽しいぃぃって終われば、今までやっているモノ作りの分野に戻って真剣に取り組めるだろう。何しろ真剣にやれば苦しい事や上手く行かない事ばかりで、楽しい事は少なくなる。けれど初めてのことは新鮮だし、上手い必要は無いのね。だって初めてだから。

欲張る必要は無いしね。けれど続ければ当然欲が出る。そうなると、最高の結果が欲しくなる訳で。そんな事が簡単で楽しい事ばかりのはずが無いのね。いずれにせよ、仮に最初で最後の作品になっても良いように、満足な結果になるようにお付き合い・・・そんな事を心掛けするとして・・・。

ではそんな棟梁はキリム。オルテガ柄トレイの目地をして完成。


そして女将さん。


もうこの2人では、この位の事に俺は必要無いし、これだけの仕上がりになれば、何の問題も無くお見事なのね。そして、一番気になるのはテンションを下げてしまったリピーターさん・・・トレイ使っちゃったから・・・。ただ今日だけ凌げばフォローは出来る訳で・・・。

何しろ凌ぎたかったんだけれど・・・。結果としては次回完成しそうな感じにはなったのね。


そんな中、大家さんから連絡があって・・・katsuちゃん、この間話していたホームセンターで会ったご夫婦が今来ているんだけれど、アトリエ見せるよ・・・って。どうやら用事があってこっちに来たから寄ってくれたらしいのね・・・そんな訳で、少しお話をして、また・・・って事になったのね。

今度、間があったらゆっくりと・・・って事なんだけれど、さわりだけでも見て貰った訳で、それでご興味が増せばそれはそれで何よりな訳で。それよりも何よりも大家さんに話をして置いたから、スマートに話が進んだのは何よりだったのね。そんなこんな出張の後はフォロー。

その足でイクスピアリにあるお店に行って、トレイがあるか?見に行ったんだけれど、流石に夏頃の話で入れ替わってて、まっそれなら作れるようになっているし、今度はホームセンターに行って、トリマーの刃を買ったのね。それをコピーするには、その刃が必要なのね。

そんなこんなでアトリエに戻って片付けしたら、そこそこ良い時間・・・今日はマイナス気分だし、無理せず帰宅にしたのね。





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キウイ教室

2018-10-27 03:12:36 | モザイク教室
今日はキウイ教室。とその前に、高洲のサークルに入ったキョンキョンが自宅で張り終えた・・・ってハロウィンを預かって来たって事で、目地から。


って事で完成ぃぃ。何しろ季節モノのハロウィンだから、急げや急げなのね。今ならまだ間に合うのね。ただこの仕上がり・・・良い出来なのね。これを自宅で1人張り終えた・・・普通、始めてまだ日が浅い場合、ついついそんな理由で早く完成したい・・・を優先してしまって、質を落としがち。

例えばデコボコってなっている頭をきちんと輪郭を守って張れるかどうか?であって、そこを大体入れば良いかっ・・・ってやるのと、こうして輪郭をきちんと守れるか?どうかでは、完全に仕上がりが違って来るんだけれど、そこに俺が居れば、えっ?それで進むの?ってお小言を言えば、止まる事は出来る。

けれど、自分の判断のみで進む事になるので、自分に優しくすれば質は下がるし、厳しくすれば中々進まないし、これで良いのかな?って不安にもなったりするのね。そんな中でこの仕上がり、良い眼と良い判断が出来ているのね。お見事なのね。これなら仕上がりが綺麗なので結果として時間は掛かっても、

そりゃ満足感が明らかに変わって来るのね。ではそんな刺激も受けて・・・からのキウイも今日は顔を直す気満々なのね。ただ相席の多くなったキウイはついつい相席相手が優先になりがち・・・そうなると、難易度が上がるから、こっちとしても1対1じゃないと片手間では教えられない。

そんなこんなの今日は、まずどんなのが理想か?になるのだけれど、上野に行って美術展を見て来たらしく、本を持って来たのね。そこで見せて貰うと、そこにはヒントがあって・・・所が良い事と悪い事は背中合わせ。つまり参考にもなるが落とし穴があると思うのね。

それはキウイが切る事が上手い人だから。例えばこうして作品が大きいとより繊細にしようとすればキウイの腕だから、かなり繊細な事が出来ると刃思うのね。ただ、ただなのね。でもこの絵、何処がなの?繊細に出来るのは?その時に大きさの割には顔の大きさはOKって手で丸を作った位の大きさ。

つまりそんな小さな顔は絵なら、それでも繊細に描く事も出来るだろうが、全体の大きさの割には米粒に絵を描く間隔くらいしか出来ないのね。なのについつい上手くなったキウイでは、この位なら出来るかな?・・・と思ってしまうのね。しかも、教えた事をしっかりやるから、増々間違えてしまうのね。

それは資料を良く見る事・・・って約束。そうすると、資料を大きく拡大して繊細な部分まで真似しようとしてしまうのね。しかし自覚が足らないから、ついつい今出来る事と、知らぬ間に欲張っている理想をはき違えて、この位なら譲歩した・・・と判断してしまうのね。これが上手い人の落とし穴。

大きく引き伸ばして繊細に見えた資料をこの位しか出来ないよな・・・まっこれ位なら・・・って、ちょっと落としているって感覚になりやすいが、こんな狭いスペースに作る場合、同じ条件以下で資料を見ないとならないのね。つまり例えば、アリを作ろうとしたとする。その時は被写体が小さいから、

拡大して見えない部分をより繊細に見る。しかも作る大きさは実際の大きさよりも大きく作るはずだから、資料を拡大して正解。所が逆に被写体を同じように拡大してしまっては繊細に見えてしまうのに作る広さは狭い・・・ここに矛盾が生じてしまうのね。そこに合わせないと・・・。

つまりこんな場合は、資料は広げずに良く見えないな・・・のまま見て、その小さい資料の見えづらい中、どの部分が大事か?そして出来るか?みたいに考えて、自分がやりたい事では無くて、出来る事をチョイスする。その時にあれもこれもでは無くて、1つに絞る事。常にそれをクリアーしてから。

そんな考え方をして、大きな場所に大きく作れる場合は繊細に、小さな場所に小さく作る場合は、米粒に達筆に・・・・は無理だから、何とか出来る事を見つける事であって、米粒に檸檬やら薔薇なんて画数が多いモノを選ばない・・・みたいな話。

そんな話の中、今日のキウイは瞳を作るに専念して、1日費やした・・・そんな中、さくらがやって来て・・・。久しぶりに会ったキウイも楽しそうで何よりな話で、3人で夕飯を食べたのね。そんな機会も中々ある訳じゃないので、俺も楽しかったのね。

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キリム、オルテガ柄風味のトレイ祭りだわっ・・・って

2018-10-26 01:40:53 | 商業モザイク
今日は丸々1日キリム、オルテガ柄風味のトレイ祭りって位、作ったんで見て下さい・・・って感じ。


最後にペンキ塗り



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村人の母のご紹介の親子教室

2018-10-25 07:46:52 | モザイク教室
今日は朝からホームズでスタート・・・何しろ午後から村人の母のご紹介の親子教室で使う下地がまだ終わっていなくて。ただ30分も掛からない程度なんで、何とか間に合うんだけれど。その後、アトリエに戻ってペンキや油を塗ればひとまず終了って事で、お昼も食べられたって話。

そんなこんなで、それではお母さんから。宿題だったパーツは切ってあったし、後はほぼ張るだけなんて事で、2人のお子さんの面倒を見ている間に、バック以外を仕上げて貰って、バックは黒が・・・なんて事で、エミリアをクラッシュって事でこんな感じになったのね。だからほぼ1人で張り終わり。

良く頑張ったと思うのね。何しろ初めての硬いタイルでの作品なのだから。そんな訳で次回目地をして完成。


そんな中、今日の役目は小さな子2人って事で、まずは女の子から。まずはクローバーを張って貰ってから、切る事になったんだけれど、難しいのは男の子の方は、カメレオンなんでいきなり切るから始まる。となると、若干そっち寄りになってしまう。


この時に、体験ではタイルを切った・・・って事が楽しかったとしたら?カメレオンでは、きちんと目、きちんと口、そしてツブツブのようなパーツで切らないとトカゲの時とは難易度が全く違うから、前回の自由に何でも入れれば良いよ・・・では、何を作っているのか?判らなくなるのね。

だから、当然1回では終わらないのね。それをもし適当に入れられてしまったら、3時間なんて掛かる事は無く、そうなると1人暇になる。そんな事も踏まえて、時間調整の事も含まれているのね。しかも当然それだけ守るだけで半分しか終わらないが、質は上がるのね。だから彼は順調なのね。

問題は女の子・・・何しろ自分の絵のように絵画にすれば、当然ながらバックの分量は増えるから時間が膨大になる。しかし、こうして彫ると、そこに入れないとならないから、カメレオンのような自由感が無く、彼のようには進まない。しかもスタートの張るだけ・・・は、きちんとねしか言う事が無いし

色しか選べない張るだけ・・・では、つまらなくなるし、切れば切ったで、ここに入れて・・・では、自分の好きな絵なのに、過酷な状況が続くのね。そうなると、2時間位で限界になって来る。ただ、楽しいだの楽だのって言うのは、体験の1回で済むけれど、何度も通ったりすれば、お金も時間も掛かる。

となると、当然体験の時のように出来た・・・では済まない。体験は遊びであっても、何度もとなると習い事になるからね・・・だから例えこれで終わっても、体験の時よりも上手くなっていないと、親御さんに負担ばかり掛かる事になるし・・・。だから厳しい事も言わないとならなくなる・・・。

そんな感じではあったけれど、何とかかんとか3時間持って・・・2人共良く頑張ったのね。ただね、難しいのはこれが夏休みの宿題なら頑張れ・・・って声も掛けられるが、何の為に頑張らなきゃならないのか?になるし、逆に楽しくのみなら楽だけれど、何千円もする下地を楽しく適当に張って良いか?

となると、そうも行かないだろうし・・・彼もお母さんも次回終わるけれど、普通に彼女が1人でやるのなら、後3回は掛かるだろうし・・・そこはお母さんのお考えがあるだろうから、相談しつつ次回って事に・・・って後は、昨日の作品に目地をして、下塗りをしたのね。


来月の亀有の販売に持って行こうかな?・・・

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明日の村人の母のご紹介のリピーターさん親子教室の下地作り

2018-10-24 00:56:05 | モザイク教室
今日は明日いらっしゃる村人母のご紹介のリピーターさん親子教室の下地作り・・・。


カメレオンは既に下絵は描いてあったので下地に写すだけだけれど、女の子の下絵は絵画調なんで、鏡にすると真ん中を開けたくなるし・・・。そんな訳で配置を入れ替えたり、拡大しないとならず・・・やる事は満載。結果から言えば間に合いそうなだけで、かなり厳しい感じで、毎回は無理なのね。

ただ前回いらした時に頼まれたんだけれど、それまでに俺の空いたのは今日だけだったのね・・・。だから朝から全開って感じでやったのね。そんな中、合間の時間に先日の道の駅で売ってた下地にタイルを張って見たのね。まずまずじゃないかなぁ・・・。


次に行く時に持って行こう・・・・って、事で、いずれにせよ、何とか張り終わったのね。そんな中、それと、別のリピーターさんが大量の箸置きを作るらしく・・・参考画像に見たいって事で・・・アップ


そうそう、それがホームズで彫っていたらご夫婦で作っている方がいて、随分と熱心に見ていて・・・上手いですね、って声を掛けられて・・・ちょっと話す事になってね、これはお教室の下地で、ここにタイルを切って張るんです・・・作家もやっています・・・何処で?一之江の高速の乗り口付近で。

すると天神って判ります?って聞かれて・・・・それは食料品の安いお店で・・・そこに詳しいのなら、前のパチンコ屋さんの横に黒い看板、ご存知無いですか?・・・と言うと、奥さんがあぁ知ってます・・・あれなんですか?って。ようやく繋がった感じがしたのね・・・。

正直、あれを取り付けて2.3度電話が来た事はあるけれど、それだけの事だったが、ホームセンターでお話をして、看板も見て頂いていて、尚且つ木を彫っている所を褒められた。多少技術を見せられた。ただ一番得意なモザイクはまだ見せられていないのね。でも、きっと天神に定期的に行くって話だから

いつかアトリエの看板にも気が付いてもくれるだろうし・・・地元の人に見つかりつつある。やっと俺らしい営業が身になって来た感じがしたのね。そもそもが胡散臭い風貌に人見知りでは、初対面に不利な展開が多い。だから技術を見て貰うしかない。けれど、作品の結果だけでは到底判りづらい。

それがお客さんとして、作品依頼とか、DIYとか、宿題、イベント、出張と、相手が探していらした場合には、相手が調べてくれたりすればするほど、有利な事が多く、過去の実績としての活動や作品を画像ではあるけれど、お見せ出来る事になる。でもそれは相手任せな感じね。

それを自分から外へ・・・と繰り出しても同じ事が起きるのね。まっ、俺には良い修行ではあるけれど、そんな時に誰か必ず横にいて手助けして貰ったりすると、アシストありで、人にたどり着けるのね。けれど、その人には負担が掛かったりもする。そう言う点では、こんな出来事は独り完結。

そうね、昔は町の公園巡りしたり、銀座の路上にゴザ引いてパフォーマンスしたりもした事を思い出すと、路上だからね。信用も薄い場所なのに、結構声を掛けられた。それを今のホームセンターの工作室って言う場所は、特殊な人達が集まる場所なのね。作る事の好きな人か、必要に迫られた人のみ。

路上は信用は無いが色んな人がすれ違う。そんな違いがあって、でも興味を持たれないと素通りになる。所がホームセンターはそう言う意識では無く、ただ木を彫っているだけ・・・まっ坊主の修行的に表現すると無だね。販売意識無しだからね。つまり寄って来た事になる。

会話はそれから始まる訳で。所が例えば犬好きだったりすると、犬の話から入って行く・・・って、きっかけが作りやすかったりもする。まぁ、棟梁は犬もそうだし、女の人が着ていた割烹着ですら食い付いたのは見事だわっ・・・って思ったのね。おっと話を戻して、いずれにせよ、第三者としての

近隣の方に知って貰えた事、そしてまだ一番得意な事が観られていない事・・・伸びしろあるのね。だから嬉しいのね。

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棟梁、リピーターさんにみどりの相席教室

2018-10-23 06:42:31 | モザイク教室
今日は棟梁にリピーターさんにみどりの相席教室。ではリピーターさんから。今日は顔や手を入れたのね。ただこんなに小さい顔はどんなにこだわっても、限界があるのね。とは言っても何も考えずにやってもダメで・・・。じゃどの辺まで必要か?になった時に、例えば鼻だとする。

ここが大事な所で、鼻ってね、美人はやっぱりダンゴっ鼻だよねぇ・・・って聞いた事ある?多分無いと思うのね。逆に鼻筋がすぅぅぅと・・・とか、鼻が高いとか聞かないかな?つまりそう言う一般論を思い出すと良いのね。そんな事が浮かんだら、ダンゴっ鼻って言うイメージは、丸い感じに思えない?逆に

鼻筋がすぅぅぅっとって、細長いパーツを思い出すし、上から細く段々三角に裾が広がっているような感じだけど、富士山のような正三角形じゃなくて、東京タワーな感じだけれど、裾は広げ過ぎない・・・って浮かばないかな?それを口の上に乗せる感じにするんだけれど、口と鼻の間を開けないと、変な

顔になっちゃうし・・・例えば額。何か横に羊羹みたいに長方形を3段並べたら、確実に眉間にシワに見えないかな?となると、こんな小さな顔の額は大きめに切りたくなるし・・・そこをやる前にこうしたイメージをするのね。そのコツは、嫌な事を言うと良いのね。そうするとほうれい線・・・・。

こんなの女の人にしたら悪の根源。絶対にそんな所に間違った線が入らないようにするには・・・・って防ぎたいって思うでしょ?それを別に、何が?って意識のかけらも無い人では、言うだけ無駄になるから、どうぞクラッシュで何でもお埋め下さいませ・・・になるけれど、恐らく上手い人は繊細なのね。

その繊細さを読んで字のごとく、細かいパーツを見て繊細・・・って思うのは単純に普通だと思うのね。本当の意味での繊細って言うのは、そのイメージした意識であって、いかに比喩を使った表現に沿った通りに作れるか?・・・その繊細な考え方をどう表現するか?だと思うのね。

勿論必要であるか?無いか?はその人次第であって、必要です・・・と言われても、それなら最低自分の思うパーツを繰り返し切れるように・・・そして更に言えば、自分は丸を切った・・・って言い張らずに、人に綺麗な丸ですね・・・こんなタイル売っているんですか?って言われるように・・・。

こんな事が出来れば、次のステップとして、イメージやら比喩やら、そして感じる・・・って感受性を磨くなんて行為に発展すると思うのね。つまりここに来る人の大半は美術、芸術がただ好きな人であって、習った事も無い勉強をした事の無い人だったりするのね・・・俺も含めて。

つまりデッサン力を付ける学校では無い叩き上げ的な考え方だと思うのね・・・まっ非エリートとすると、逆にエリートは勉強をして絵が上手かったりしてモザイクをやっている人とすると、まぁやる前から格段に差を付けられちゃっている感じしないかな?100万年掛かっても足元にも及ばない感じね。

そこでぇぇぇぇ、そこでよっ、当たり前な考え方では追い付けないから、考え方を変えよう。俺はタイル屋20年のキャリアがあるのね。だからタイルを切る張るって事に関して、恐らく芸大を出た人に見劣りする気は無いのね。ただ絵が天と地の差はあってもね・・・。折角だから、それを活かそう。

そんな事をまさか今日、気が付くとは思わなかったのね・・・棟梁がみどりに質問するまでは・・・。みどりさん、どうやってタイル持ってる?どうやって切ってる?って。俺はその時、リピーターさんに教えていたから、声だけしか聞こえなかったんだけれど・・・今更何言ってんだか?と思ってたのね

・・・すると、2人が先生どうやってますぅ?って・・・・おいおい、今更何を・・・だから、こうやって・・・って見せると、あっ、やっぱりだ・・・って。どうやら棟梁は明らかに違う持ち方をしていて、苦労をしていたようなのね。嘘だろっ?そこからなの?・・・・って事で、まさかのおさらい。

まず判りやすくする為に、ニッパーを待った時にタイルを挟んで持つ。

この時に左手に注目すると、人差し指と中指が接近して行ってるよね?この2本の行く場所を見てね。

この2本の指の間に切りたい場所のタイルを差し込む感じ・・・そして更に、グラグラしないように、薬指をサポートするように添える。

ここからは脇を締める、肘を体に付ける。そして出来れば、ニッパーをなるべく深く握る。

そして握力によって、非力な人は刃は浅め、力強い人は半分位差し込んで、ギュュュュュウっと握るんじゃなくて、ギュと握るのね。
それでも曲がっちゃう場合、ニッパーの頭とタイルの頭を見て平行にするようにしてから切ると可能性は高まるのね。

こうやって俺はタイル屋の時に教わったか?って言うと、世の中にそんな事を教えてくれる人はいないのね。どう切ったって良いんだから。でもね、そもそも教える気なんて無いのね。だって自分が結果として切れるだけで、教わった事なんて無い人達なんだもん。伝承する気は全く無し。

全て見て盗めなのね。つまりほぼ偶然の賜物なのね。でもね、指導料が発生するのね・・・先生って。じゃ教えなきゃ。でもね、絵が上手くなりたいなら俺のトコじゃないのね。でも、今更モザイクをするのに、絵を上手くなる為に絵画教室では手遅れだし本末転倒なのね。

つまり正論じゃない事を探さないとね。じゃ逆の発想で、絵は後回しして切る張るだけに専念しようか・・・って徹底的に切る。それによって、もしその技術を磨くと、このリピーターさんのようにここまで見せられるモザイクになって来たのね。そもそもモザイクって言うのは恐ろしく時間の掛かる

分野なのね。つまりチャカチャカって何個も作っても、楽しいだけでは続かないのね。きっといつか上手くなりたい・・・って思ってしまうから。しかも残酷なもので、人と比べ合うからね。ただね、じゃ比べる事が悪いか?となると、良い事と悪い事は背中合わせでね、良い事もあるのね。

それでは今日の棟梁。


キリムだかオルテガ柄風味のトレイをやったんだけれど、これに俺が必要かな?あはははは、これだけ切れる人には何も教える事は無いのね。ただ、でも、あるのね・・・多分。それがきちんと向き合っているかどうか?なのね。じゃ何が起こるか?まっ、大体そうなるな・・・と思う事が起きるのね。

棟梁の場合。実はこれ最初は真ん中が茶色で仕上がっていたのね。そしたら張り上がっても出来たぁぁ・・・って言うものの、声に張りが無いのね。
顔なんか見なくてもテンションが上がっていない事は判るのね。しかも、どうしてそうなるのか?すらも判るのね。でも、痛い思いを少ししないと、

本人が気が付かないのね。それは結果が良ければ良いかっ・・・だから。こうこうこうだからこう・・・ってプロセスよりも結果にこだわるから。ではどうしてこうなるか?って言うのは、まずルールは3色しか使わないなのね。その時に1色だけは2枚しか使わない・・・この変則的な決まり。

さてこの2枚みんなはどう感じる?大事なのは感じる事。例えば同じ気持ちの2人が踊っていてまるで美女と野獣みたいに、2人がみんなに囲まれている感じ・・・とかに見えると、みんなとは違う目立つ色なんて事を思い浮かばないかな?他はその他大勢みたいに似たような感じってね。

それを茶色を選ぶと、周りの木に同化して抜けているようにも見えると、穴が開いているように見えると、周りが薄い事で目立つ。つまり薄色達の集団に見えると、今度はイワシの群れのようにも見える。こんな事が感受性であったり感性のきっかけだと思うのね・・・。

話は戻して、では考え方を変えて見ると、単純に棟梁ってどんな感じ?って言うと明るい色を好み、地味な色、薄い色が極端に好きじゃないのね。ほら、やる前から結果は出ているのね。じゃ何でそうなるか?って、そもそも全色なんて買える訳無いのね。だから本物のキリム、オルテガ柄に近い色を

買って置いたんだけれど、やはり今の時代からすると、その色合いでは地味にも見えたりもすると、色は自分の好みで選びたいとなっても、希望も限界があるから、ある中から・・・となる。この時にさっきの美女と野獣的発想が出来れば、2粒あれば、後は引き立たせるだけの脇役って思えるが、

棟梁は違うのね。配役全部が欲しくなる人なのね・・・その人がどうなるか?となると、3色全てが自分の思う好きな色が欲しくなるのね。でも華やかな色はそんなには無いからテンションは下がる。つまりまっ良いか的に、最後の色を2枚だから何でも良いかっ・・・って選んでいたとしたら?

もはや薄味色2色にまっ良いか色2枚となる。これで満足するとは思えないのね。でもね、切る事張る事が上手いのね。だから仕上がりは仮に茶色のままだとしても、自分の好みで無いだけで、何の問題も無いのね。でもね、6枚も作るのね。娘さん達の分も含めて・・・しかもこれ自分の・・・。

それが娘さん達の分は4枚共に同じような色。となると作り手としては飽きるし、そもそも自分のは変えたい気持ちも個性的であればある程、変えたくなる。ただ3色揃わない・・・こんな気持ちからそうなったのね。だからテクニックとか腕とかの問題じゃなくてただの気持ちの問題なのね。

つまり俺の役目はこの説明。棟梁には気持ち1つで全てこんな事になる・・・しかも作り手の自分の気持ちの問題で、見ている側には全く伝わらない位、上手く出来ているのに満足感の薄い・・・だったらそうならないようにすれば良いだけ。では何が大事か?となると、答えは1つ。

1個だけ好きな事があれば、それを活かせれば良いじゃん・・・って考え方。それをあれもこれも・・・となるから、全てが揃うと完璧になるんだろうね・・・本人は。けれど、当然それはもしかすると、自分の好きな色は主張する3色を選んだとしたら?それは人からは派手にも思える仕上がりかもね。

こんな事1つでも、練習と考えるのなら、いつもの作り方じゃない考え方で作れると、仮にいつもの自分の好みでは無いかも知れないが、新しい発見になるのかも知れないのね。そもそもこの仕上がり・・・棟梁の中には無かった仕上がりなのだから、もし気に入ったのなら、新しい発見になる。

たった2枚のピンクを薄味でより目立たせる作り方。控えめって作り方。でも少し主張をする・・・ってね。しかも可愛い。俺は追加で取っても棟梁の好きな色で作らせて比較させたくなるのね・・・どう違うか?ってね。それこそが本当の勉強になるから。いつまでも好きな事だけ選んでも、進歩が

無いと思うのね。好きな事をしている場合なら、そうで無い事も取り入れると、良くも悪くも変化する。好きなものだけ選び続ければ単なる保守的発想になる。逆に先日の道の駅のリピーターさんなら、今度は逆でイケイケどんどん位で丁度良いから、棟梁を真似して・・・ってエキスが欲しいのね。

つまり2人は自分に無いエキスを持っている同士なのね。話を戻して、いずれにせよ何も特に教えなくても、棟梁のようにきちんと同じパーツを切れるようになると、サクッとこんな事が出来るのね。最初のリピーターさんは何しろ困りつつ切る、そして進まない時間に慣れる事。そうすると、いつか

棟梁のように出来るようになり、更にもっと・・・となると、


みどりのようにここまで必要になったりもする。今日、生で初めて見たリピーターさんはじぃぃぃっと眺めていたんだけれど、自分がやればやるほど、上手い人達の凄さって言うのが判るし、憧れたりもするのね。勿論、こんな事は無理だし、大変だから良いわって人には関係の無い話だけれどね。

ただ必要な人にはたまらないのね。そしてこんな事がきっかけで、更にやる気に火が付く事もあるし、いずれにせよ新鮮でワクワクしていたように見えたのね。しかも、さっきの切り方の指導もあったし・・・。そんなこんなで入れ替わるようにさくらがやって来て・・・。


作品の台を頼まれてて・・・・昔、棟梁に頼まれた依頼作品の端材。ブビンガって木なんだけれど、こんな長さを幅が狭いとは言え買えば、何千円って事になるのね・・・だから取って置いたのね。こんな事に使えるだろう・・・って。だから、ラッキーさん。

いずれにせよ、何か今日はかなり先生っぽい事した気がしたし、どの話も教えるって大変だし、かぐややさくらの頃にはこんな指導出来なかった事を考えると、ちょっと成長感ありって思えたりしてね・・・。

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